外伝 2-4 初めてのお泊まり
今回はただ宿に一泊する・・・ただそれだけの話です。
外伝 2-4 初めてのお泊まり
その日の夕方には確かに次の宿場に着いていた。当時の宿場というのは3里から5里(12キロから20キロ)に一つ置かれていた。これには諸説あるが、早馬用の休息所、人間の歩くペースを考えての事などあるが・・・実際は人間のペース上の問題が一番関係していると思われる。意外と日本の街道は起伏が激しく、いくら歩きやすい所を行くとはいえ、山道を越える街道も多い。そこで、不測の事態に備え設置されたのが街道だとも言える。只、全宿場町に止まっては宿泊費は膨大になる為に、江戸中期以降の旅行では無理して先に行く早足旅行が流行ったとも言える。また宿場町によっては良い悪いの噂があるので、それによる差もあると思われる。だがこの江戸初期に置いては泊まれるだけでも良いと思われていたので、宿の善し悪しはあまり加味されなかった。
「やっと着いたよ。」
ソラはまたも肩で行きをしながらもう朝から半分ほどの歩みになった早さを
「疲れたか?」
「うん。」
「だらしないな。これで根を上げると、今後がきついぞ。」
半蔵は何事もないようにソラを見つめる。実際半蔵は馬には及ばぬ物の、数倍を歩く事が多い。それに対し、ソラは今まで船旅が多くてあまり歩く事はなかった。その為この差が出た物だと思われる。
「でも・・・。」
「そうだな・・・。」
夕時の宿場町を見渡す。この当時は戦争が終わってすぐの為、客引きも少なく、落ち着いた環境である。この頃は宿場でも宿は少ない事が多い。半蔵は周囲を見渡すと近くに宿屋を見つける。
「そこで良いか?」
「よくわからないよ。」
そう言うまもなく半蔵は近くの宿屋にはいる。それについてソラも宿屋に入る。
「誰かいないか?」
「あ・・・はい。」
奥から商人風の男がやってくる。それなりに大きい宿のようだ。奥が見えない。
「こんな日にいかがしましたか?」
主任の男は寒そうな格好をしている。ちょうどこの頃、大阪夏の陣から半年、冬の季節でもある。
「宿を取りたい。空いてるか?」
「はいはい。今日はほぼ空室ですから。」
確かに周りを見ても人気は少ない。夕暮れだと旅を終える・・・そう言えばまだ戦争から半年、いくら平和でもまだ旅する者は少ない。
「だとすると商いも薄かろう?」
「いやあ・・・今年はもう少しすると初詣があるので、この辺は山の者でいっぱいになります。」
この頃の初詣はまだ旅してでも遠くと言うことなく、一念を祝う為に、近くの地域の者が泊まる事が多かった。中期以降は旅行が多くなるなど減少するがこの頃はげん担ぎの意味も込めて、近くの大社に向かうのが通例でもあった。また武家の宿泊も多いので、この頃の宿場は大抵儲かる仕事であった。だが人が少ない・・・。
「ですから・・・今はみんなで稼ぎを貯めておる頃でしょう。今日は人が少ないので、逆に年末は凄い事になると・・・わくわくしていますよ。早々・・・あれ・・・用意しますね。」
「そう言えば風呂は?」
「はい。ここは元々武家様も泊まる宿ですから、備えさせてあります。沸かしますか?」
「いままで野宿が多かったからな。」
「はい。少しお待ちを。」
そう言うと、宿主は席を離れる。ソラは不思議そうに宿主が行った先を見つめる。
「何があるの?」
「今日はここに泊まるぞ。お主、今日までは野宿が多かったから宿は初めてだろ。」
「うん。」
「今日ぐらいは少し贅沢するか。」
そう言うと半蔵はワラジを脱ぎ始める。その様子をソラはきょとんと見つめる。
「何するの?」
「靴を脱げ。建物に入るに土足は厳禁だ。」
「う・・・うん」
そう言われ・・・ソラは近くの腰掛けに座るとブーツの紐を解き始める。
「でもお主・・・その・・・ブーツとか言う奴か・・・なんか立派だな。」
少し大きめのヨーロッパでは普通の革靴である。ソラからするとリスボンに着いたときにアルフレッド父さんからもらった・・・大事な靴だ。
「うん。初めて父さんからもらった・・・大切な物。」
半蔵はじっとブーツを見入っている。
「そうか・・・脱いだら少し・・・見せてもらえるか?」
「う・・・うん・・・。」
少し意外そうに靴の紐を解いていると、奥から宿主が桶を持ってやってきた。
「足湯・・・出来ましたよ。」
宿で出す足湯、足水の期限は諸説ある。飛脚(飛脚が足が疲れる為に、飛脚達の間で足水が広餓死、冬向けに足湯になった)が最初だった。東北(かじかむ足を温める為に足湯が出来、それが広まった)が最初だった。宿が自発的に始めてた(旅人が自発的に注文したのを常設した)、病気の感染を防ぐなどである。だけども個人的には『豊臣秀吉説』があると思われる。姫路城を建設していた当時の秀吉は、情報の機動力を尊ぶ為に、早馬などの通信情報伝達の整備を行っていた。その中で命令が行き来する秀吉軍は常に行軍を行う疲労のたまりやすい軍隊だった。特に足に疲労が来る為、足がすぐにぱんぱんになる伝令も多かった。中国地帯一帯は結構夏は暑く、当時の整備された道では足袋などを用いても、草履を用いては逆効果に熱した地面に触れる。その為、足が火傷する兵士や伝令が多かった。当時の火傷の治療法は患部を冷やすの一点のみであった。薬草治療もあったが、とりあえず冷やすのが通例だった。そこで足を冷やす足水を常備するようになり、冬では足湯という形になった。と考えられる。これが旅の広まりで各地に伝わり、広まっていった。
「感謝する。」
そう言うと半蔵は宿主が置いた足湯の桶に足を突っ込む、ほどよい冷たさが足を包む。
「坊ちゃんもこれ。」
そう言うと宿主がソラの所にも足湯の桶を持ってくる。
「何か・・・妙に臭くない・・・ですか?」
宿主が不思議そうに子供を見つめる。今までの旅人の臭さとは違う・・・現代人ならわかるブーツの蒸れた匂いだ。
「かなり汗をかいたからな。」
そう言いつつも半蔵もソラの近くで鼻をひくひくさせる。確かに、夏の偵察で感じるあの蒸し臭さだ。でも匂いはきつい。
「そうですか。それならきっと風呂は・・・お気に召すでしょう。」
「いくらになる?」
「一・・いや今日は暇ですから、七分八銭でいいです。」
「そうか・・・これ。」
そう言って二人分一分銀を十数枚渡す。この頃の宿の値段で七分はそれなりに安い金額で、大宿だと大体九分以上(当時の一両は十万円前後の価値。一分で1500円から二〇〇〇円)するのが普通である。それから数十年して出来る木賃宿(当時のビジネスホテルみたいな物。食事は別一部屋でみんなで共同宿泊である。)ですら、一分から八銭が必要である事からすると風呂付き個室七分は相当安い。
「これは・・・。」
「二人分だ。それに少しお主も大変だろう。受け取っておけ。」
「ありがとうございます。」
そう言うと店主は腰から手ぬぐいを取り出す。その頃ソラはそろそろと少し湯気がでている桶にそろそろと足を入れようとしている。実際ソラはリスボンからアムステルダムに行くまでにアルフレッドと宿に泊まった事があるが、この様な事は1回もなく。寝る時以外、靴を脱がない文化の中に置いて、こういう足湯体験は初めてだった。
「何か・・・くすぐったいよ。」
「そうか?」
半蔵は足湯から足を引き抜き、足を拭いている。草履はそのままに、足袋を畳んでいた。
半蔵は興味深そうにブーツを見つめる。確かに按針殿も持ってはいたが・・・ここまでは裾が長くない。
「でも・・・気持ちいい。」
「そうか。」
そう言うと凄いゆるんだ顔で、ソラは半蔵を見つめる。初めて見る顔だ。
「でもそろそろ上がるぞ。」
「うん。」
そう言うとソラは足湯から足を引き抜き、渡された手ぬぐいで、足をゴシゴシ拭いていた。気になった半蔵は足湯を見ると幾つか垢が浮いていた。
「そうだ。オヤジ。」
「はい。」
「さっき渡した分で良いから・・・。端布か雑巾どちらか一つ頂けぬか?」
「はい・・・ああ。良いですが・・・どちらを先になさいますか?」
「料理はお主か?」
「はい。忙しくなれば流れの板前(当時の臨時雇いの料理人。腕はまちまち)もありですが・・・料理は拙者が。」
「そうか。なら少し落ち着いてから入るとしよう。先に頼む。」
「はい。」
そう言うと宿主は店の奥に引き上げてしまう。
「ソラ。」
「はい。」
ソラは足を拭き終わって裸足でぱたぱたさせていた。そっと半蔵はソラの手ぬぐいを見ると・・・結構黒い。これは洗うに時間がかかりそうだ。
「ブーツを・・・。」
ブーツは舶来物の為、盗まれる事も考えられた。ふと半蔵は中に入れる事も考えたが、土足を・・・。
「これで外に吊・・・。」
そう言って縄を差し出そうとすると・・・ふと、考える。さっきの匂い・・・このブーツからも臭わないか?
「少し貸してもらえぬか?」
「うん。」
そう言うとブーツを借りると、近くで匂いをかぐ・・・耐え難いほどの・・・匂いだ。無意識に、半蔵は顔を歪めてしまう。
「オヤジ!」
「何でしょうか!」
「水場はあるか!?」
「はい。中庭に!」
「洗い物がある。使ってていいか?」
「はい!」
「後・・・端布・・・少し頼む。」
「は・・・はい!」
そう言うと半蔵はブーツを持ったまま板張りの床をブーツを持ったまま歩いていく。その顔は何か・・・大仕事の予感さえした。
それから夕暮れから夜まで・・・お客は来なかったものの、半蔵と二人でブーツを水で付け、しごくように洗っていた。当時にタワシはなく、ヘチマ(タワシの代用品で良く生産されていた)も普及していない時代。端布だけが頼りであった。ついでに言うと石鹸は存在はあったが、持っている人は少なく、また生産も少数であった。
「本当に・・・。疲れた。」
半蔵は水場で桶を数回井戸から汲んで・・・靴を洗うべく、バシャバシャ水につけた。中を洗った。今は匂いをしないが・・・。
「初めてだよ。ブーツ洗う人。」
ソラは何か根負けしたように建物の土壁に寄りかかる。手には片方のブーツがある。
「そうなのか?」
「そうだよ。」
当時のヨーロッパでは確かに革靴などのブーツは耐久財ではあるが、匂いは当然で、洗う事など、貴族で靴墨をつける以外では考えられた事はない。それほどに匂いを気にしない風習があったのだ。
「今後いくつも脱ぐ所があろう。そこであの匂いではきっと嫌われるぞ。」
「そうなの?」
「部屋に入ってみればわかる。」
半蔵はあまりに賢明に擦った為、滅多にない疲れで・・・気力をほぼ根こそぎやられていた。
「・・・どういう事?」
「そういえば・・・」
「そういえば?」
「幹花と会った事があるのだろ?」
「うん。」
ソラは大きく頷く。
「船長室には入ったのか?」
「あの緑色の絨毯?」
半蔵はふと考えてしまった。畳はソラも・・・そう言えば海が近いから感じないかもしれんな。信繁達が乗る船の船長室は信繁たっての願いと言う事もあって畳を張ってある。畳に座る方が心地よいらしく、椅子よりも良いらしい。張り替えたばかりだから・・・匂いもきつかったはずなのに・・・。
「緑色の絨毯か・・・あれ・・・どうだった?」
「うん。あれ・・・何かつるつるしているけど、何か船長・・・凄い大切にしていた。」
「そうか・・・。」
半蔵は反動をつけて立ち上がると、やっと側にあった荷物を手に持って建物の中にはいる。
「お・・・お侍さん。」
宿主が心配そうにのぞき込む。
「どうした?」
「食事・・・出来ましたけど・・・これ・・・。」
呆れたように水浸しの水場を見つめる。
「流石にきつい。少し休んでから貰うから・・・上か?」
「はい。」
そう言うと半蔵がとに手を掛ける。
「ソラ。」
「これどうする?」
「そこにその紐で吊しておけ。」
「はい。」
そう言うとソラは近くに紐でくくって吊しておく。何となく苦労の後が幾つか見え隠れする。
「坊ちゃん・・・それ・・・。」
子供を見た宿主が驚いてしまう。流石に靴を洗うときまで笠をかぶるわけにいかず・・・鮮やかなブロンドの金髪がしっかりと見えていた。
「外国の者でな。・・・口外すると・・・。」
「わかりま・・した。食事は・・・少し後でお持ちします。」
当時の外交人は少数ながら各地位にいた為、珍しい物の、鎖国以前の江戸時代ではそれほどの差別はない。だが珍しいのも事実だ。宿主は少し震えながら奥に下がっていった。
「じゃ・・・行くぞ。」
「は・・・はい。」
ソラは半蔵の後を付いていく。木の廊下を渡り、階段を上がると・・・そこにはふすまがあった。
「ここだろうな。」
半蔵が冊子を開けると、少し小振りながらそこには・・・和室が広がっていた。畳敷きの部屋である。只二階と言う事もあり、針と骨組みが露骨に見えていた。当時、天井をつける風習は少なく、また普通の武士なら一階を好む為、二階は普通のお客さん用の安い部屋としてあてがわれていた。だが実際忍びとかは二階とかの見渡しが良い部屋を好む。
「凄い!ここも緑の絨毯だ!」
ソラは気に入ったように裸足でばたばたしてみせる。
「あまり動くな。下に響いて宿主に迷惑かけるぞ。」
半蔵は落ち着いて窓際によるとふすまを開ける。そこには眼下に街道を、上には夜空がはっきり見える。
「あ・・・うん!」
そう言うと嬉しそうに畳に寝そべってみた。実際この頃の畳は貴族用だったりしているが、平和になっていこう、都市部から徐々に需要が高まり、広まっていた。特にこの武士とかが使う宿には畳がないと宿を変えられる為に多かった。節は江戸初期あたりでも上客としても見られていた為に、貴重な収入源だ。
「でも・・・畳は畳の良さがある。」
そう言って畳を見つめる。いつもは殿と一緒に少し柔らかめの畳をも散る為、歩くだけでも足裏の感触がよいがこれは少し安いようだ。少し固い。実際、柔ら目の上質の畳と足湯の相性はかなり良く、かなり気持ちいい。
「何か・・・初めてだよ。」
ソラは感心している。
「お食事・・・お持ちいたしました。」
そう言うと宿主がふすまを開け、お膳を運んでくる。お膳には焼き魚(鯛のお頭付き)と香の物、日本酒と米が付いている。流石に子供にはご飯らしい。後は吸い物が付いていた。
「これは・・・。」
「今朝採れた物です。お召し上がりください。」
そう言うと宿主はさっと引き下がっていく。何か瞳の奥が怯えているようにも見える。
「早々怯えなくとも良い。」
その言葉に宿主の顔は暗い。半蔵は側に近づき、懐から何かを取り出し・・・握らせた。
「拙者達もこの宿の良さを堪能したいだけだ。口外せねばむしろ・・・。」
「わ・・・わかりました。浴場に湯を張っておきますので、一度入り口までおいでください。」
そう言うとさっと宿主はふすまを閉め、去っていった。
「でもまあ・・・。食べるか。」
「うん。」
ソラは頷くものの、何もしようとしない。
「お主・・・。」
「なに?」
「食べないのか?」
「手とか?」
「いや。」
初めてのお膳料理にソラはじっとお膳を見つめていた。実際上方(京都、大阪地域)の宿屋では、この頃ぐらいからお膳料理は出されていた。だがこういう自室に料理を運ぶような事は、病気で特別に頼まない限り海外の宿屋などで行う事はない。しかも彩り豊かな器にのせられた料理は・・・ソラにとっても初めてだ。じっとソラはその高級そうな器を見つめていた。
「お主・・・こういうのは初めてか?」
「うん。」
実際信繁達も船で食事はしたが・・・木の器を使っており、早々豪華ではなかった。実際半蔵でもこういう器の食事離れていない。だが、江戸初期以降陶器の技術が広まり、器が貴重ながらも、窯が広がっていき、炭窯などに派生していった。その中で鮮やかな色彩の器は再現にかなりの歳月を要している。
「どうやって食べるの?」
ソラが不思議そうに器の周囲を見渡すが、フォークやナイフ、スプーンの姿はない。
「これだ。」
そう言うと半蔵は器の下に埋もれていた箸を取り出し、ぴくぴくさせる。
「え?」
「お主・・・清には行った事が・・・。」
「あるけど・・・使わなかった。」
実際清にはこの当時から各国に開かれた港があったが、その地に置いて港の人々の多くは、自前の食材しか食べなかった。それ以外を嫌っていた風潮が大きい。その為、数回しか寄港しない時は、箸を使わない船員も多い。ソラもその例にならっていた。
「そうかこれ・・・。」
そう言うと半蔵はソラの裏に回るとソラの手を掴んで箸を持たせる。
「こう持って・・・。」
そう言うとソラの手を取って箸で者を掴ませる。
「こうやる。やってみろ。」
そう言うと半蔵は手を離す。ソラは自分の手の指の間に挟まれた箸を見つめる。
「スプーンじゃダメなの?」
「スプーン・・・さじか・・・。日本ではそれが普通だから、食べるときに覚えておきなさい。意外と便利だぞ。」
半蔵は席に戻り、箸でご飯をすくい口に運ぶ。それなりの味だ。きっと少し上宿だったな。少し予算が足りるか・・・。いや・・・もう少しで京だからな・・・。
「でも・・・これ・・・。」
ソラの手つきを見ると指を単品で動かすのになれていないようだ。
「箸をまたがせてつまむ・・・わからんか・・・。」
ソラの手つきを見ると流石に・・・。魚を食べるわけにはいかないか・・・。半蔵はそう考えるとソラの前に来ると箸で魚をほぐし始めた。
「箸で挟んで食べろ・・・。」
半蔵は魚をほぐすと、自分の目の前の鯛を食べる。このあたりは鯛は良く捕れる魚で、しかも侍にはウケの良い魚である。半蔵は自分の魚に口を付ける。少ししょっぱいが・・・味は良い方だ。この頃の魚は保存法が確立されていない為、腐りやすい為、沿岸部を旅しないと手に入らない。なお・・・山奥などでは祝いの席でしか出されないが、重宝されていた為、高値で売れる事が多い。
「うん。」
そう言いソラは箸で強引に掴むと、口の中に入れる・・・焼き魚ほどではないが・・・旨みを感じる。
「ねえ・・・ダー?」
「半蔵で良い。」
「半蔵。日本人って魚か団子しか食べないの?」
ソラは不思議そうに魚を見つめる。
「島国だから魚が多いが・・・山に行けば色々食うぞ。」
「そうなんだ。」
半蔵は、蜂の子や、実験で食べた蚕などを思い出す。確かに色々食べた。魚を一通り食べると、じっとスープを見つめる。
「このスープは?」
「ああ・・・。こうだ。」
半蔵は器を持つと箸を添えてぐっと椀の中身を飲み干す。中はシジミか・・・貝の味が口いっぱいに広がる。
「中に貝があるけど?」
「殻付きだから食べなくて良いぞ。」
そう言うとソラは箸を添えずにぐっと口の中に入れる。貝の味がいっぱいするが少ししょっぱく、それでいてコクが・・・。
「これ?貝?」
「吸い物だが・・・。これは醤油とダシか・・・これは。」
この頃の上方は薄い味付けを好み、薄目のダシと、醤油をベースとしていた。それに醤油のコクがない為に、初期以降で、薄口醤油が開発されるのだが、その前は単純に薄い味付けが多かった。
「醤油?ダシ?」
「まあ・・・食え。食える物だ。」
「う・・・うん。」
しばらく、箸に苦戦しながらも、ソラはやっと夕食を食べ終わる。
「でも・・・これ・・・。綺麗だね。」
と言っても簡単に黒の顔料で色ずけされた簡素な陶器であるが・・・それでも陶器自身が高級品のイメージがあるソラには紹介の船長室で見た小さい物しか覚えがない。
「そうだな。」
半蔵は自分の所にある器を見つめる。椀はともかく鯛には柄がは行った器が用いられている。
「僕こういうので食べたの初めて・・・。」
実際領主次第では陶器は王宮で見る事はあっても、木の器が一般的で多い西洋では陶器は珍しかった。しばらくソラは固い容器をじっと見ていた。
「失礼します。」
そういうと一礼をして、宿主が現れる。
「風呂の準備が・・・食べ終わったようですね。下げさせてもらいます。」
そう言うとソラの目の前にある器を膳ごと持ち上げ、持ち去ってしまった。ソラは名残惜しそうにじっと・・・お膳を見つめていた。
「・・・ありがとう。」
ソラがぼそっと宿主に声を掛ける。つい口から漏れたのだろう。その言葉にぴくりと動作を止めると、宿主は振り返った。
「ありがとう。」
そう、ソラの顔を見て返答すると、すぐに後ろを向いてしまった。只その時、宿主の口元がゆるんでいるのは・・・半蔵しかわからなかった。
「では・・・浴室においでください。」
そう言うと宿主は下りていってしまった。
「美味しかった。」
半蔵を見ながら、ソラは言った。もうお膳もないが満足そうな顔をしていた。
「だな。」
半蔵はその顔を見て、払った金額分の甲斐はあったようにも思えた。
「で次はどうするの?」
食事を終えてしばらくすると半蔵はソラを引き連れて階段を下りる。
「風呂だ。・・・そう言えば・・・。」
半蔵はじっとソラを見つめる。
「お主は・・・水浴びとかはするほうか?」
当時、石鹸もないが、体を綺麗にする習慣として水浴びは良く行われた。
「うん。父さんと一緒にいたときは、船を下りるたびにしてたよ。」
ソラは洗ってくれたときの事を思い足す。
「そうか。それが少し変わった物だ。」
そう言うと下を見ると、宿主が幾つかの端布を持っていた。
「準備はもう・・・。」
半蔵が周囲を見渡すと、幾つかの奥の部屋に明かりが灯っている。客がもういるようだ。
「大丈夫なのか?」
気を使うように半蔵は見つめるが、宿主は至って平気そうな顔だ。
「これぐらいまでならどうにかなります。まあ・・・もうこれ以上は客は来れそうにないですがな。」
そう言いながら端布を優しく半蔵に手渡す。
「そうか。では頼む。」
「この風呂・・・最近言われて作ったんですけど・・・上々でして。」
「この宿は、本陣なのか?」
半蔵は不思議そうに聞いてみる。宿場町にある最大の宿の事で、良く大名が泊まる為にその大名が泊まる場所・・・すなわち本陣という言い方が一般的であった。
「ここはお大名様ではなく、商人の方々が泊まったり、家老殿がお泊まりになります。」
「それでか。」
「はい。良く聞かれたので、京から職人を呼んで作らせました。」
気をよくして、うきうきした顔で店主が歩いていく。
「下には部屋側なんですけどね。」
「まあいいではないか。」
半蔵は半笑いのまま・・・主人の後を付いていく。庭園をしばらく歩き行った先に小屋が見える。
「京の人いわく、千利休様がやったとかで、風流だと聞きまして、野外に。」
当時の『格好良い=風流』と言う流れがあり、その為風流である物は積極的に取り入れられていた。小屋は竹で編まれており・・・只当時に、男湯や女湯の概念はなく(元々湯船自身が貴重の為、多数の設置は出来ない)一個だけが普通であった。
「そうか・・・ありがたい。」
「では・・・ごゆっくり。」
そう言うと宿主はそのまま去っていってしまった。
「で・・・ここ・・・何?」
ソラが不思議そうに建物を見る。
「まあ・・・屋外の風呂はある意味楽しみだ・・・。初めてでな。」
半蔵は少し慎重そうな面持ちで、建物の中に入る。
「・・・そう。」
そう言いながら小屋にはいると、藤で編まれた篭が床に置かれただけで、湯と部屋に仕切りさえなかった。これが普通であった。刀が錆びぬように仕切りがあったりするのは多数の人間が同時に入るようになる銭湯ができあがってからである。
「あれは?」
ソラは視界の先にある湯気がでる地面を指さす。
「湯だ。」
「ゆ?」
「熱い・・・と言っても相当ぬるいが。」
そう言って半蔵は上半身の服を脱ぎ始める。
「え・・・え?」
ソラは驚いて半蔵を見る。
「水浴びと一緒だ。脱げ。」
そう言うと半蔵は下までを一気に脱ぐ、流石にふんどしはつけているらしく、白い布がさらっとはだける。
「え・・・え・・・ちょっと。」
ヨーロッパでもそうだが人前で脱ぐというのは、本能的にいやがる傾向にある。
「では着たたままはいるか?ずぶ濡れたままだぞ。」
半蔵はそう言うとふんどしをほどき始める。
「自分で脱ぐよ。」
そう言うとソラは厚着のチョッキを脱ぎ、シャツに手を掛ける。
「でもまあ・・。こうしてみると差がある物だな、服にも。」
「そう?」
そう言ってチョッキを篭に入れ、ズボンを脱ぐとそのまま下半身があらわになる。
当時のヨーロッパでは下着は一般的ではなかった。日本ではふんどしが伝わり、誰でもつけるようになっていたが、当時のヨーロッパではズロースなど(女性向け)以外はなく、特に一般人で下着が普及するのは1635年前後以降だと思われる。その為、履いていない方が普通なのだ。ソラはズボンを適当に篭の中に突っ込む。
「でも・・・それ・・・何?」
半蔵が畳んでいたふんどしを見つめる。
「そう言えば、そっちにはないのか・・・これは・・・ふんどしだな。」
「ふんどし?」
「拙者達は当たり前だが・・・戦争でな・・・という前に寒い。服は脱いだか?」
「うん。」
そう言ってソラを見る。確かに脱いだようだ。金髪と相まって肌が白く感じる。
「白い肌だな。」
「そう?」
半蔵はじっとソラを見とれているが・・・寒さが体にしみる。今は冬なのだ。
「こっち来い。」
そう言うと半蔵は湯船の前に来ると岩場の真ん中にしつらえた湯船を見る。岩の中に埋まっているものの、組石で作られており、下で焚くようになっている。無論中板は設置されている。当時最先端の風呂『五右衛門風呂』である。下に木の板があり、熱さに耐えれるようになっているが、板をずらすと石が熱く火傷する。量産が出来ない上に熱さの調節が難しいが、湯船が小さければ結構速く熱くなる。もう一つの欠点は、この風呂一つにつき一人、下の窯に付いていなければならない所だ。
『どうですか!火加減は?』
向こうから宿主の声が聞こえる。
「あ・・・。」
そう言われて半蔵はしゃがみ込むと指を湯船に入れる。ほどよい熱さだ。少し熱いがすぐにでも入れる。
「ああ。良い湯加減だ!後は良いから・・・お主は他の客の世話にでも。」
半蔵が声を上げる。
『お言葉に甘えて。』
そう言うとしたの方から走り去って行く声が聞こえる。会話が終わる頃にはじっと湯船を見下ろす・・・湯船は半分埋まった所にある。
「お湯?」
「ああ。」
ソラの声に半蔵は頷く。
「大丈夫?」
「先に入るぞ?」
そう言うと、半蔵は先に湯船に入ってみせる。
「熱くないの?」
「このくらいなら・・・熱くない。」
そう言われてそろそろと指を湯に当てる。確かに熱いが・・・火傷はしない。当時の湯の温度は・・・温度計もない為、尺度もない。その為、経験と勘がモノを言う世界でもある。
「ほら!」
そう言うと半蔵は立ち上がると、ソラを持ち上げ無理矢理湯船の中につける。初めての感覚にじたばたする。
「あ・・あうあうあうあうあううああああ・・・。」
正確にはソラはじたばたしようとしたが、半蔵に捕まれていては、早々にも暴れる事も出来ない。しばらくすると・・・落ち着いてくる。
「熱いけど・・・それほどでも。」
ソラは不思議そうに湯船を見つめる。
「だろう。暖かいだろ。」
「裸で暖かい。」
しばらくすると自分から湯船の中に体を入れる。
「これが風呂だ。」
「うん。」
この江戸初期以降風呂は各地に広まり、憩いの場として活躍していく。その暖かさにじっとソラは使っている。
「でも水浴びじゃないけど・・・じっとしていていいの?」
ソラは不思議そうに見渡す。水浴びでは入った段階で体を擦る。
「少し長く入っていた方が・・・垢が浮きやすい。」
そう、当時の風呂で石鹸を使わずに体を洗う方法とはこの「湯に長く入って垢を浮かせる作戦」である。その為、二人とじっと湯船に浸かっている。まあ、戦闘とかではこれを行うと湯船が汚くなるので、やってはいけないが、当時はこういう入り方だった。
「でも・・・どうしてお湯に?」
「いくつか説があるが、ちょうど信濃の山奥で自然に湯が沸く温泉なるものがある。一度入ったが・・・あれはこうこういうお湯とも違うモノがある。」
「そんなのがあるの?」
ソラは自分の入っている湯を見つめる。
「これは流石に違う。でもな・・・そう言う自然に出来た薬湯なるものがあり、それに浸かれば生傷が治るのだという。それを聞いた大名達がこぞって自宅にも作らせたのが始まりだという。」
「そうなんだ。」
そう言ってそらは湯を見つめる。ある意味水不足さえするヨーロッパに置いてこの水の使い方は・・・かなり贅沢だ。確かに水浴び自身はいくつもあるが、湯を使った事例は少ない。
「でも気持ちいいだろ。」
「うん。」
「では出るか。」
「へ?」
「長く入ると湯あたりするし、それに・・・もう一つやる事があるのでな。」
「ん?」
不思議そうにする中、半蔵は湯から身を乗り出すと手酌で近くの岩に湯を当て始める。
「ほら・・・出る。」
「うん。」
そう言うと、ソラは湯船から出る。
「ここに座る。」
当時の風呂場ではまだ腰掛けはなく、近くの岩場に座るほうが主流であった。ソラは頷くと、半蔵が湯を当てた岩場に座る。少し冷たいが・・・暖かくはある。素直にソラはその場に座る。半蔵は周囲を見渡すと掃除用の水桶を発見し、それを湯船に入れ、湯を側に寄せる。
「で・・・何を・・・?」
ソラは振り返って見ると、宿主から受け取った端布を桶に入れ濡らしている。
「少し・・・じっとしていろよ。」
そう言うと半蔵はソラの前に回り込む。こうやってみると、確かに肌は白く・・・幼い顔も相まって女性にも見えるが・・・男だ。流石に船に乗っていただけあって・・・幼い中にも・・・筋肉の発達は流石に見える。だが肌は所々が黒く・・・苦労の後が伺える。
下の方・・・少しおお・・・いや・・・そう言うのは・・・不謹慎だしこれでは衆道(当時で言う同性同士の愛の事)だ。だが・・・これほど・・・いや自信をなくすほどではない。頭を振り上半を見つめる。表情が可愛いが・・・だが・・・だからこそ・・・。半蔵は腕を取ると二の腕あたりを端布越しに握り・・・そこには幼いながらも鍛えられた筋肉を感じる。その腕を少し力を込めると強く擦り上げる。
「うい・・・いいひひひ・・・半蔵・・・。」
くすぐったそうに半笑いしながら半蔵を見つめる。
「だから・・・じっとしている。」
そう言うと何回もゴシゴシと擦る。その間くすぐった顔をしているソラを尻目に擦った後の布を見つめる。かなり黒くなっている。それをお湯につけると布を擦り合わせている。当時の衣類(端布とは服とかに使った布のちぎれたモノで、余り物の布を指す。雑巾は大きめの、端布は小さめなどに使う。)繊維は手編みの為に荒く太い。だからと言うわけではないが、風呂で皮膚をふやけさせれば、十分汚れが取れたのだ。布を桶につけるとかなり・・・黒い。やはり水浴びばかりで拭いてはいないようだ。当時の衛生に関しては一般人であろうとか成りうる際、病に対する恐怖もあるが・・・予防法などが武士などから伝わっている事が大きい。実際武士などよりも農民や市民の方が詳しい事さえ大きい。その為か、匂いなどは本来こういう宿ではうるさく、匂いだけで泊まるのを断られた旅人も多かった。
「ほら・・・こんなに。」
そう言って半蔵は布を見せる。数回擦っただけで真っ黒となり元の模様が見えなくなるほどの、黒さ・・・であった。
「え?」
半蔵は軽く桶の湯の中で汚れを落とすと今度は反対側の腕を取ると桶の湯を腕に流し、強く擦る。すると今度もまたかなりの垢がぼろぼろと出てくる。
「コ・・・これ・・・いつまでやるの?」
「全部だ!全部!・・・じっとしてろよ。」
ブーツとソラの体・・・今日は洗濯日和だったようだ。ゴシゴシと擦るその半蔵の目は夢中になった人のそれであった。
「はあ・・・はあ・・・もう・・・。」
「も・・・もう・・・流石にいいぞ。」
ソラは息絶え絶えに岩の上で寝そべり、上を見つめる。
「もう・・・ぼく・・・。」
ソラにとって全身を洗われるのは・・・しかも湯で洗われるのは初めてであった。いや産湯を除く。半蔵はその様子を見つめる。半蔵もまた、兄弟子に体を洗われた事がある少年時代を思い出す。あの頃は・・・平和だったな。半蔵はぶるっと体を震わせる。
「流石に拙者も湯冷めしてきた。」
そう言うと半蔵はもう一度風呂にはいる。流石にもうぬるいかもしれないが・・・無いよりはましだ。
「もう一度・・・入るといい。気持ちいいぞ。」
その言葉に無言でソラは立ち上がる。その顔は口を半開きにし、笑いとも疲れとも言えない顔であった。ソラはそのまますっと風呂にはいる。体に湯が染み渡るようであった。
これもまた・・・ソラにとって初めての体験である。こんな風にお湯を感じた事はなかった。だが顔は疲れ果て・・・くすぐったさで脱力し、もうこれ以上は・・・。
「暖まったら・・・でるぞ。これ以上宿主に迷惑はかけれまい?」
「う・・・はい。」
ソラは軽く頷くと、顔の半分までお湯に浸かった。この方が速く・・・で・・・寝て・・・。ほんとうに・・・。
ブ!
つい水面に浸けてしまった顔を慌ててソラは起こす。
「大丈夫か。」
そう言うと半蔵はソラを抱え、無理矢理湯船の外に抱えて出す。
「あ・・・。うん。」
「出よう・・・か。」
「うん。」
ソラは眠そうな顔を、無理矢理にも眼を開き答える。 半蔵はその返事を聞き、足が着く高さに降ろすと自身も風呂から出る。半蔵が先立って脱衣場に行くと、そこに二つあった手ぬぐいを一つソラに渡す。本来なら手ぬぐいを使って体を洗うのが本当なのだが、ソラの垢の量を計算し、半蔵は端布を頼んでいた。手に持っていた端布を見ると、それはもう真っ黒で、汚れが取れそうにない。この状態になると洗っても汚れが取れないので、処分するのが普通だが・・・大体この状態でもしばらくは洗って使うが・・・そう言う物がしまえるだけの場所は旅中にはなかった。ハンゾは手ぬぐいで軽く体を拭くとふんどしを付け始める。ソラも手ぬぐいで体を拭くと、もう汚れは少ないようだ。今まで白っぽい肌だったソラの肌は透き通るような白さに変わっていた。これで少しは・・・。
「気持ちよかったか。」
「うん・・・。」
弱い口調で頷く。その声に半蔵はソラの顔を見ると・・・どこかすっきりしたような顔をしていた。空を見るともう夜半過ぎで外も静かになっていた。
半蔵達が部屋に帰るともうそこには布団が敷かれていた。布団もまた高級品と言いたい所だが、詰める物がどうであれ庶民にまで存在していた。半蔵はじっと布団を見る。やはり綿布団だ。西洋では羽毛などが主流という話もあるが、日本では木綿がメインであった。その為、柔らかい寝心地は結構一般的でもある。
「これ・・・・。」
白い布で縫われた布団にソラは少なからず興奮していた。只西洋の布団は高級品で、綿が入ったものなど珍しく、布だけを被り寝る事も珍しくなかった。そうでなくとも綿自身も貴重で、薄い掛け布団もまた多かった。
「寝るぞ。」
「はい。」
そう言うと数枚の服などを脱いでいく。
「あれ?」
ソラは気が付いたように内地の一番上を見つめる。黒い服に見えるが・・・質感が違う。実際ソラと半蔵は数泊野宿はしているが、その時でも内地は脱ぐ事はなかった。その為初めて脱ぐ所を見たと言ってもいい。
「これか?」
そう言って脱いだ帷子を見せる。忍者用の特殊な帷子で様々な素材を配合する事により想像も絶する堅さと軽さを実現した特注品である。これをそのまま着るのは体を冷やす程に冷たい為、その間に布をかぶせ、冬用の帷子にしてある。
「帷子だ。防具みたいな物だ。」
「鎧?」
ソラは真っ先に浮かんだ防具の名前を言ってみる。
「まあ・・・そう言うわけではないが、ある程度なまくらな刃程度なら通さぬし、その下に更にもう一枚着る。それである程度までの打撃にも多えらえる。」
ソラは半蔵の脱いだ帷子を見つめる。チキンと畳んである。
「ソラ!」
ソラはびくっとなる。つい帷子に触れようとしたからだ。
「す・・・すまない。寝よう。拙者の武具とかを触れて欲しくないからな。」
そう言うとばつが悪そうに半蔵は布団にはいる。その言葉にソラもまたしずしずと布団の中に入る布団の中は柔らかく・・・ふわふわしている。
「ごめん。」
ソラの入った布団から声が聞こえる。
「いいんだ。」
そう半蔵が答えるが少し気まずい・・・訃音期が周囲を支配する。・・・半蔵は半身をおこし、ついていた明かりを消した。半蔵はまた布団に体を沈める。
「ソラ・・・。」
「ん?」
ソラは暗い中にも半蔵の方を見る。半蔵は上を向いているようだった。
「どうだ。平和は。」
「え・・・。」
ソラはじっと目をこらし、半蔵を見るが、微動だにしていない。
「これが・・・平和だ。」
「これが?」
「ああ。元々こういう生活は・・・大名とかの偉い者専用でしかしなかった。だがこうして平和になればそれが徐々に、庶民にも使えるようになる。」
「・・・。」
「平和になれば、争う必要が無くなり、みんなが楽しく笑って、ゆっくり生きられる。」
「・・・。」
「こうして楽しい事もいっぱいできる。いろんな珍しい物も見られる。楽しめる。生きていて楽しくなる。」
「・・・・・・・・・。」
半蔵が今度はソラの方を見ると・・・ソラはこちらを向いたままだが・・・ソラの目は閉じられ、寝息を立てている・・・よう見える。
「もう・・・寝たか・・・。」
「うみゅ・・・もう・・・ありがとう・・・。」
寝言か・・・はっきりしない声が・・・ソラの口から聞こえた。その言葉に・・・はずそうとした視線をもう一度戻すが・・・もうソラは寝ているように見える。
「・・・おやすみ。」
半蔵は眠ろうとしてまぶたを閉じようとしたときに・・・ふすまがことことと動く。その事に目がめると、わずかに首を動かし、半蔵はじっとふすまを見つめる。そこには小さな書き置きが置かれていた。それを確認した半蔵はもう一度布団に潜り直した。
「おはよう。」
ソラが目を覚ますともう半蔵は起きており、出発の準備をしていた。
「おはよう。寝れたか。」
「はい。」
ソラははっきりとした声で答える。ソラにしても久々のすっきりした朝だ。人生が生まれ変わったような気さえする。
「本当に・・・。」
ソラにとって初めての連続だった。
「もう少しと言いたい所だが・・・急用が入った。」
「え?」
半蔵は急いで仕度しているようだ。ソラの荷物は少ないとはいえ、仕度はしなくてはならないようだ。
「里に戻らなくてはならなくなった。会議だというのだがな・・・。」
「え?」
「僕は?」
「いや・・・京に行きたいのだろう。」
「ううん。おじさんに付いていく。」
「・・・少し急ぎの旅になると言うだけだ。今までより更に強行軍となる。それでも構わぬか。」
「うん。」
急いでいても・・・半蔵はソラの顔を見る。確かに急ぎ・・・付いてこられるかわからないが・・・置いて行かれるよりはましだ。
「なら参ろうか。花の京まで・・・疾風怒濤に参ろうか!」
「はい。」
ソラは大きく頷いた。何となくやる気が出る。何か付いていきたくなる・・・今の半蔵の顔はそれだけの偉大な男に見えた。仕度を終えた二人は一階に下りていく。そこには手に包みを持った宿主の姿があった。
「オヤジ、昨日はすまないな。」
「いえいえ。これ。」
そう言って包みを半蔵に手渡す。半蔵が早速包みを見るとそこには幾つかの握り飯があった。食べやすいように海苔が巻いてある。ソラの目の前に宿主がしゃがみ込む。もう笠は付けている為に、上から見下ろすことは出来ない。
「坊や。昨日はすまなかったな。」
その言葉にソラは訳も分からず頷いた。そのうなずきを見ると宿主が立ち上がる。
「それは・・・お詫びの品です。」
宿主は立ち上がるとすまなさそうにお辞儀する。
「いいや・・・気にしてはおらん。すまないが。」
「わかりました。また・・・こちらにお寄りの際には。」
「・・・わかった。では。」
半蔵もまたお辞儀をすると、半蔵は歩き始めた。ソラも半蔵を見習いぺこりとお辞儀すると・・・また駆け足で付いていった。その足取りは軽いようにも見える。宿主はじっとその様子を・・・見つめていた。
「半蔵様・・・。」
この宿主の言葉は・・・この頃の宿屋とかの多くは、影や草と呼ばれる忍者の諜報員も少なくない。忍術などはないが、情報のやりとりなどが主な仕事である。その中に置いて一番上の長などの顔を知るものは少なく、情報も送られてくるのに遅くなる事は良くあった。また影の数は多く、上位陣もまたその多くは把握していないのが普通だ。そんな彼のそんなつぶやきが半蔵達の耳に聞こえていたかどうか・・・わかるものはどこにもいなかった。