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異聞 真田信繁伝  作者: どたぬき
第一節1614年二月
25/30

外伝2-3 空は明るく、海は荒れて

半蔵はチンピラを蹴散らし、じっと船を待つ・・・。

外伝2-3 空は明るく、海は荒れて


「おや・・・半蔵様・・・お久しゅうございます。」

 船頭は軽く挨拶してくる。半蔵はそれに合わせ軽く手を挙げる。

「・・・久しいな。」

「知っているのこのおじさん?」

 ソラは不思議そうに聞いてくる。

「まあ・・・な・・・。」

「まあ・・・時々乗るお方というだけですけど・・・。」

 船頭もあまり詳しくなさそうな顔をしているが・・・。

「だったら素直にこの船を待てば・・・。」

「前にな・・・。船頭のじいさんが代を譲るとか言っていたのでな。」

「それは・・・前に言いましたかな。まあ・・・深い話は船に乗りながらお聞きしましょう。」

 そういうと船頭は手招きをするのに合わせ、二人は船に乗り込む。船は小さく、手漕ぎ船で、三人・・・ちょうどここにいる人数が乗るだけで手一杯の船である。近くに止めてある漁船の方が少し大きく感じられてしまう大きさである。二人が乗り込むと、艪を桟橋に当てて反動で離岸を行う。

「でもまあ・・・少し気恥ずかしい。」

「といいますと?」

 そうこう話している間に、船はドンドン岸から離れ、スイスイと進んでいく。只その音は小さく、いつの間にか離れている印象を受ける。

「三人の男を・・・。」

 勢い良く話そうとした所を半蔵は口を塞ぎ、静かに止める。

「すまないな。村の者だと思うが三人ほど突っかかってきたのでつい・・・冷や水を浴びせてみた。」

 半蔵が申し訳なさそうに話すのをソラは不思議そうに・・・そういえば・・・あの場所でたむろっていたという事は・・・。ソラはその事に気が付く。

「いや・・・村の若い者が失礼した。お怪我はありませんかな?」

「いや・・・無いが。」

「それはよかった。」

 そういうとゆっくりと荒波の中に向かって船はそろりそろりと動き出す。

「うわ・・・何か凄い所を・・・。」

 ソラが波を見ながらつい声を上げる。波は時折高く、船を超しそうになる中を巧みに船の向きを変え、艪一本で漕ぎ渡っていく。

「この辺一体の海は波が荒い。普通の船乗りではまず根を上げてしまう。」

 半蔵はじっと前を見ながら、波を見つめる。

「でも、このあたりの漁師はこの波を相手にせねば生きていけませんな。よく乗られる方も感心する者が多いです。」

「でしょうな。」

 二人がしみじみと語る中・・・船はさも何もないように荒波の中を渡っていく。ソラは今まで何人もの船乗りを父親と一緒に見てきたがそれとは全く異なる形での船乗りに・・・ただただ驚くばかりであった。

「でもまあ・・・代継ぎなんておるんですかねえ。」

 半蔵が続ける。

「わかりません。只言えるのは・・・息子がいれば・・・すぐにも継がせていましょうが・・・今は・・・。」

「息子さんは?」

「戦でと言いたい所ですが・・・帰っては来ているんですが舟守はまだ速いです。もう少し・・・腕前がなければ・・・いけません。」

「そうか・・。お主も厳しいな。」

「ですな。」

 二人が笑い合うのをソラは不思議そうに見るしかなかった。


「これを・・・。」

 対岸の陸地に着いた早々に勘定を受け取ると、舟守のじいさんは腰の魚籠から魚をいくつか取り出し、半蔵に手渡した。

「これは?」

「村の者が迷惑を掛けた。お詫びですじゃ。そいつは今朝採れたもんです。」

「・・・ありがたく受け取っておく。では。」

 そういうと半蔵はソラの手を引き、その場を離れる。

「ねえ・・・それ・・・どうするの?」

 ソラはわくわくした顔で魚を見つめる。

「まあ・・・こんなつもりはなかったが・・・早々に食べるか。」

 半蔵はソラを見上げるとちょうど太陽は頂点らしく、真上にあって丁度いい頃合いである。しばらく歩くと、人通りのない浜が見えたので、半蔵は近くの松林から小枝を数本持ってくると、浜の真ん中にどかっと座る。それに合わせてソラも対面した向こうに座る。

「でもさ・・・どうしてあんな事しゃべったの。舟守がいるなら、その人に払えばいいじゃない。」

「拙者の仕事はあまり人に目立ってはいけない。だから人に覚えられる様な事はしないのが常だ。だから出来るだけ使いたくはなかったが・・・。」

「なかったが?」

 創始ぶりがならも懐から火打ち石を取り出し、火口箱から藁を取り出し、打ち始める。昔はこの方法で火をつける事が一般的であった。

「あの船乗りの態度に腹が立ってな・・・つい・・・。だから少し恥ずかしい。」

 半蔵は下を向いたまま、火をつけるのに専念している。

「でも・・・格好良かったよ。」

「・・・それは違う。」

 小さく火がついたらしく、火種を浜に置くと、乾いた小さな枝から順々にくべていった。

「何が?」

「戦いは本来する者ではないし・・・力はひけらかすものではない。」

「どうして?」

 ソラには不思議でならなかった。オランダやその他のヨーロッパの多くの人間は武はひけらかすものだと・・・当然だと思っていた。あまりに当然すぎて・・・そう考えた事もなかった。

「まあ・・・大体そうかもしれんが・・・武をひけらかす・・・人前に見せるという事は・・・いい事ではない。」

「どうして?」

「まあいくつも理由があるが・・・一つはひけらかせば強い事がばれるという事だ。」

「だから何で・・・それが悪いの?」

 そういう間に、半蔵は小刀で魚の鱗をはぎ取っていく。

「強いと言う事は相手に警戒をさせ・・・いたずらに警戒を強めさせる。弱いと思えば通す関所も普通の対応をしなくなる。そして、強いと思えば排除しようとする者も増える。無駄な殺生はする者ではない。」

 ソラは押し黙ってしまう。その間にも火は大きくなり、たき火程度の大きさになる。半蔵は少し集中して、長い棒に魚を刺して、火の側に炙るように置いていった。

「でもそれは強い事に対する当たり前の事だろ?」

 ソラは言い返す。

「じゃあ、関係ない人間を殺したいか?」

「・・・いや・・・そうじゃない。」

 ソラは半蔵の反論に暗い顔をする。

「まあ、そうれが普通だ。そしてもう一つある。お主も覚えておくといい。」

 そういうと半蔵の近くの棒にある魚をくるりと半回転させ、反対の面の焼き始める。

「もう一つは強い事をいい事に自身が油断すると言う事だ。」

「油断?」

「まあ、正確に言えば、あり得ない失敗をする確率が上がるという事だ。」

 不思議そうに見つめる中・・・魚はまだ焼けていないらしく、じっと二人は見つめる。

「自分が強いと思えば修練はしない。物覚えも悪くなる。そして相手を侮り、本気を出す前に死ぬ事もある。」

「そうなの?」

「よく戦場では・・・そうやって死んでいった奴が多い。教訓みたいなものだ。」

「戦場?」

「まあな。」

 ソラは驚いたように周辺を見渡すが・・・戦場らしい・・・荒廃した土地は見あたらない。

「昔、この国・・・この島では昔・・・戦乱があった。」

 そう感慨深そうに海を見つめる。ちょうどこの浜は瀬戸内海を望み、周囲には島々が見える。

「でも・・・焼け野原はないよ。」

「ここではない。もっと他の場所で戦争は行っていた。5,60年はなるだろうか・・・。拙者が生まれる前から戦争は続いていた。」

「そうなんだ。」

「それもつい先頃終わったばかりだ。それまでの戦争の間・・・みんな苦しかったからな」

「戦争が終わるってどんな感じ?」

 ソラが魚を見つめながらつぶやいた。

「どうって?こんな感じだ。ほら・・・焼けたぞ。」

 そういって汁がしたたる魚を一尾ソラに渡す。

「どうやって食べるの?」

「ん?知らんか?こうだ。」

 そういうと半蔵は手元の魚を捕ると背びれを取り、そのままかぶりついた。

「腹は食うなよ。あそこは苦い。」

「わかった。」

 ソラは半蔵の真似をして背びれを取ると背にかぶりつく。汁が口いっぱいに広がり、旨さが伝わる。

「おいしい。」

「そうか・・・。」

 半蔵はしみじみしながら・・・魚を食べていた。

「でも・・・戦争・・・僕たちも・・・いっぱいしているけど・・・そういう話は聞いた事無いよ。父さんもそんな事は言っていなかったし。」

「そういえばお主の国は戦乱とかあったのか?」

「僕が聞いている限り・・・父さんはずっと昔から・・・戦争があったとか言っていた。もう数え切れないほど昔から・・・。」

 ソラの声が急に寂しくなっていくのを半蔵は不安そうに見つめるしかなかった。実際ヨーロッパ大陸が戦渦に包まれてから千年以上が達ち、その間にいくつもの小国が建っては滅ぼされていき、その間にも民は戦乱に巻き込まれる。実際の所山賊とかがいなければほぼ、国境沿いの町以外の被害は小さいが国境だけでも無数に存在し、それでも蹂躙された数は多い。そのため、戦争はいつまで経っても終わらなかった。

「そうなのか?」

「だから・・・あのカトリックも・・・プロテスタントも・・・嫌いだ。神様ななんて・・・。」

 何となく断片的ながら按針から聞いていた内容と同じ事が・・・この少年の口からも漏れ出ていた。それだけ今でも根が深いのだろう。じっと少年の姿を見つめる。

「でも・・・何で戦争はこの国に終わって・・・僕たちの所は終わらなかったの?」

 ソラの疑問は納得がいった。半蔵は考えた。答えは分かっていたが・・・どう伝えた方がいいかだけは・・・考えなくてはならなかった。

「国を治める者が・・・国にいる者全てが本気で・・・本当に・・・戦争を終わらせようとがんばった結果だ。誰しもに成し得る事ではない。だから・・・だろうな。」

 半蔵がじっとソラを見つめる。意外とつらい過去を持っているんだろう・・・な。

「だとすると・・・きっと何時までも僕は村に・・・帰れそうにも・・・ないや。」

 ソラは、頬からぽろぽろと涙を流していた。

「ソラ・・・。」

「何?」

「男子たる者、涙を早々人に見せる物ではない。いくら何でも弱く見えるぞ。」

「でも・・・強く見せては・・・。」

「そこが勘違いし易い所だ。よく覚えておけ。強い所を見せないのと、弱い所を見せるのは根本的に違う。」

 半蔵は一本食べ終えたのを火の中に入れる。周りには魚が焼けた匂いがぷーんとするようになった。

「と言うと?」

「強さを見せるのは真の強さではない。武は必要な所でのみ使えばよい。だが・・・弱さを見せれば・・・弱く思われ人に信用されなかったり、女にもモテない。」

 半蔵は、半笑いでしゃべってはいるが実際・・・かなりの本気の話をしているようにソラには見えた。

「強さは見せてはいけないが、弱い所を見せたら餌にされるのは自分だ。」

「・・・わかった。」

 ソラは、数カ所を食べ終わると半蔵に習って火の中に魚をくべた。また匂いが一層濃くなっていく。

「自分から強く見せる必要はないが、弱く見せる必要は・・・別段必要ではない。必要がある時はそうすればいいがな。それが芯の強さだ。」

「はい。」

 ソラは大きく頷いた。

「そうだな。そう言うなら・・・。観光でも楽しみながら参ろうか。」

「観光?」

「少し行き先を変更するぞ。」

「へ?」

「せっかくの世だ。楽しく生きる事も覚えねば何時までも辛気くさくなるぞ。」

「せっかくって?」

「・・・そうだ・・・お主・・・平和を味わった事はないのだろう?」

 半蔵は何かを思いついたようににやにやしてソラを見つめる。その様子は自分よりも子供に見える。

「平和?」

「こんな・・・戦のない時代じゃ。」

 そう言われて、ソラは考える。父さんと暮らしたあの頃は平和かもしれない・・・だけど最近は・・・無かったな。

「無いかもしれない。」

「なら、色々見て回ろう・・・な。」

 半蔵はうきうきした顔で立ち上がる。

「いいけど・・・こんな山奥のどこにあるの?」

 周囲を見渡せば、浜のすぐ裏は山で、人里すらも見あたらない。

「ここだとほら・・・まあ・・・人里に行ってからだが・・・いい見物がある。行こうか。」

そう言うと手を引いてソラを立ち上がらせると、薪の後を置いて、手を引いていってしまう。


「で・・・また船にのせるんだ。」

 それから二日、早足で伊予と讃岐(愛媛県と香川県の間)の国境近くの港町に着くと、食事を少し仕入れ、そして船にまた乗る。

「まあな。船頭。頼むぞ。」

「あいよ!」

 そう言うと半蔵は船を出させる。船に乗り込む時、船頭に金を握らせ、ある事を話していた。半蔵は何をするつもりなのやら

「何をするつもりなの?」

「まあ、物見遊山だ。怖い者見たさもあるしな。」

「でもあんた。あれがそんなに見たいのか?」

「あれは早々他の所では見ないぞ。」

 そう言うと船はちょうど瀬戸内海の真ん中あたりに来る。このあたりの治安は水軍の力があっても早々船頭は襲わない為、安全ではあった。

「ほらあれだ。」

 そう言うと半蔵が立ち上がるので、それに合わせてソラも立ち上がる。

「あれ・・・なに・・・。」

 あまりの現象にソラは凍り付いてしまう。海に大穴がぽっかりと空いている。またそれに渦巻くように近くの海流も変に流れている。

「あれか・・・このあたりで有名な・・・。」

「鳴門の大渦でい!」

 半蔵の声を遮って船頭が大声を上げる。

「大・・・渦?」

 ソラは驚いて水面を見つめる。

「あれに飲み込まれるとどんな船でも砕け散るという大渦。この辺り一帯ではちょこちょこ見かけるけどよ。これ・・・ほんとのこの辺りだけなのか?」

 自慢してみたものの、不安そうに半蔵を見つめる。

「この子の驚き様を見てもわかるだろう。」

 半蔵は嬉しそうにソラを見つめる。ソラはあまりの光景に驚いている。海に穴が開くなぞ始めてみるからだ。この世の終わりにも見えた。

「だな・・・で・・・言われた位置でいんだな。」

「ああ。頼んだ。」

 半蔵に言われた方向に、渦を悠々と眺めながらゆっくりと船を泳がせていった。


「あれ・・・見てみろ。」

 半蔵が指さした先には赤い日本家屋が・・・遠目から見える。港に来る直前の海だった。

ソラは黙って今まで渦を初めて見た興奮も冷めやらぬままに首を上げる。確かに遠目に赤い日本家屋・・・何か赤い門みたいな物が三つある。

「あれは?」

「あれか・・・厳島神社だ。」

「神社?」

「そう言えばお主は神社も知らんかったな。あそこは海の神様を祀った所でな。」

「んだな。このあたりでは一番の神社じゃ。」

 船頭が大きく頷く。

「へえ。」

「あの建物な・・・。海の中に立っておってな。」

「海の中?だって見える・・・。」

「ほら・・・これ。」

 そう言うと半蔵は懐から筒を渡す。半蔵も一応偵察様に遠見筒を持っているので、それをソラに手渡しする。

「そいつは?」

 船頭は不思議そうにソラは当たり前に覗いている筒を見つめる。

「ああ。これは、舶来物でな。遠見筒という物だ。遠くの物も見える。」

「へえ。」

「え・・・。」

 半蔵達が雑談をする中、何かに気が付いたのかソラが唖然としてしまう。

「海から・・・立ってる。どうなってるのこれ?」

 ソラの唖然とした声が聞こえる。厳島神社は海の中に柱を立てた作りで、海に浮くように建物が出来ている。

「海の中に立っていると言ったと思うが。確かにこれであれが・・・。」

「確かに・・・厳島は・・・俺が生まれる前から建っているんだよな。」

「拙者が聞いた所だと・・・。確か・・・もう500年ほど前からあるな。」

「500年・・・!」

「おっと、ソラ。」

「はい?」

「驚いてもそれ・・・落とすなよ。高いからな。」

「あ・・・ああ。」

 慌ててソラは目から筒を話すと手早く半蔵につきだした。それを半蔵は受け取ると懐にしまう。

「出来れば・・・俺にも・・・。」

「流石に陸に着いてからな。」

「あ・・・ああ・・・。」

 残念そうに船頭が諦める中・・・あまりの驚きにソラは・・・呆然としてしまっている。

「すまないが船頭。」

「はい。」

「早く・・・対岸について欲しい。この子には色々ありすぎたみたいだ。」

「旦那。本当に・・・おもしろいですな。」

「こういう物見遊山の手伝いも良い商売になる。みんなが喜び、金も多く落としてもらえる。」

「へえ・・・。まあ・・・対岸に向かいます。」

 船頭は艪を傾けると、対岸の町に向かって船を動かしていった。


 陸地に着いた一行は、しばらくソラが呆然としているので、その間、船頭が遠見筒を堪能していた。

「本当にいいのか?」

「いや・・・まあ・・・本当に・・・いいんだって。良い思いさせてもらったしな。」

「では・・・。」

 そう言うと軽く頭を下げて船頭を別れ、町を歩いていく。町はそれなりに大きく、結構栄えている町だった。半蔵はソラの手を引き、ソラはそれに合わせゆっくりと歩いている。

「本当に・・・凄い。」

「お主の地元にもこういう物はあるのか?」

「ううん。あの穴も、建物の凄い・・・。」

 ソラは嬉しそうに半蔵を見つめた。

「そうか。平和だとこういう旅も増えてくる。」

「そうなの?」

 不思議そうにソラは半蔵は見つめる。

「盗賊などがいなく、安全に乗り物に乗れて、身を守る為の武を鍛える必要が無くとも生きていけ、安心してやりたい事がやれる。これが平和だ。」

「・・・夢みたいな世界だね。」

 ソラは冷たく言うが、歩いている人々は確かに警戒している節さえない。

「そうだな・・・夢みたいな世界だな。でも・・・。」

 半蔵は感慨深く周囲を見渡す。路地には参拝客が結構いるようである。通りに計って欲しいと露店で泣いている子供をたしなめる親とかがいる。

「誰かがやろうとしないと夢は何時までも、夢のままだ。現実になろうともしない。」

 そう言うと半蔵はわざと歩くのを止める。それに合わせソラも足を止める。

「歩こうとしなければ誰も歩かない。それと一緒だ。」

「でも厳しいかもしれないよ。」

 そう聞くとまた半蔵は歩き始める。それに慌ててソラは追いつくと一緒に歩いていた。

「でも歩くのをやめたらそれは・・・人間は誰しも歩いていく所がある。」

「・・・。」

「だから歩く。歩いて目的の地を目指す。だけど・・・。」

 半蔵の話を必死に歩いてついて行きながらソラは聞いていた。少し早足の半蔵の歩みでは、もう市街地を抜け郊外まで行ってしまっているが、家はぼちぼち存在している。

「只幾つかの注意点がある。まあそれは・・・。」

「せっかくだからさ・・・言ってよ。」

 ソラはせかしてみるが、半蔵は恥ずかしそうに下を向く。それをソラは少し駆け足で覗いてみる。

「こういうのは不慣れでな・・・。やはり・・・。」

「ごめん。ぼく・・・・疲れた・・・。」

 小走りでソラは付いて行くが、その息は切れ切れである。慌てて半蔵は歩みを遅くする。日頃速歩を行う忍者の歩みは速く、普通に歩いても・・・かなりの差が出る。

「す・・・すまない。」

 そう言うと半蔵は立ち止まり、ソラを見つめると、疲れた顔をしていた。周囲を見つめるとちょうど茶屋が店を開けていた。

「すこし休もう・・・。な。」

「う・・・うん。」

 そう言うと半蔵は茶屋を指さす。それを見てソラはゆっくりと歩いていった。

「すまないな・・・。」

「はーい。」

「何がある?」

「はい。・・・そうですね。団子と・・・茶がありますよ。」

 奥から出てきたのは妙齢の女性であった。門前町などでは寄り合いなどの組織があったりしたがそれは中心部だけで、意外と茶屋などは見逃されており、初期では働き口のない女性などが働いている事が多かった。また、茶はこの当時各地で生産地と生産方法が確立された頃で、各地で『山間部で植えられる金になる植物』として各地方に広まる異なる。飲まれ方は様々だが、それは寺などで指導を行っていたりした。そのため茶屋は山間部の農村での収益源として、江戸後期以降までも活躍する事になる。

「それを頼む。」

「はい。」

 そう言うと女性は奥に消えていった。と言っても作り置きの団子を・・・ぱちぱちと火を焚く音が聞こえる。これは・・・。

「半蔵さん。歩くの・・・速い!」

「本当にすまない。」

 半蔵は謝るがソラは・・・怒っている様子はなかった。

「でも・・・結構半蔵さんって・・・がんばると速くなるね。」

「がんばると?」

「うん。がんばると。」

「お待ちしましたー。」

 半蔵が更に聞こうとすると、奥から女性が団子を皿にのっけ、茶と一緒に持ってくる。

「六文です。」

「これ。」

 半蔵はお盆にあった皿と茶を受け取ると、ソラとの間に置き、懐の巾着袋から小銭を女性に手渡す。

「はい。」

 女性は受け取るとさっと奥に行こうとする。

「焼いてあるのか?」

「ハイ。暖かい方が美味しいですから。」

 そう言うとさっと女性は奥に引っ込んでいった。

「これは・・・団子?」

「ああ。これも団子だ。」

 単純に味付けなしで、米湖を丸めた団子だが・・・少し焼いてあり、焦げ目が付いている。

「まあ・・・丸めてあるが・・・これでも一応団子だ。」

 そう言うと茶が入った湯飲みを見つめる。やはり抹茶ではないが・・・これの方が薄くて好きだ。抹茶は加工が難しく当時では京などの大都市以外では入手が難しい。そのためか茶を煎じて湯で淹れる現在でのお茶の形式が戦国初期では一般化していた。今後は抹茶も多くなるが・・・簡単な方法として、良く好まれていた。

「お食べ。」

「うん。」

 ソラが口に入れると良く噛みしめてみる。米がほんのり甘く、米粉の甘みが口に・・・噛むたびに広がる。

「これは・・・これで美味しいね。」

 先日に醤油で味付けされた甘辛い団子を食べている為、それとは違う素朴な味が気に入っているようだ。良く噛んでいる。

「こういうのは良く噛んで茶で押し込むのがまた美味い。」

「茶?」

「これだ。これ。」

 半蔵は手に持った茶の容器を振ってみせる。ソラは不思議そうに見つめるが・・・よくわかっていないようだ。半蔵は湯飲みを側に置くと、ソラの側に置かれた湯飲みをソラに差し出す。

「これ?」

「そうだ。」

 そう言ってソラがのぞき込んだ先には薄く緑色した液体が広がる。

「これ?」

 今までソラはこういう緑色の液体・・・薄いようだが・・・を飲んだ事がない。ヨーロッパでの飲み物と言えば保存用に水の替わりに船に入れられた葡萄酒、水、地域によって牛乳などである。当時ジュースは無いか貴重品又は錬金術用に少数生産までが常で、流通していない。その為・・・色の付いた飲み物は白以外はこの当時見かけた事がないと言っていい。日本人にしても水以外の飲み物は実際この江戸初期以前では薬以外あり得なかった。

「飲めるの?」

「少し苦いが・・・甘い物と一緒に飲むと美味い。」

「一緒に?」

 半蔵の言葉に更にソラは混乱する。当時の料理の知識としての食べ合わせはまだ少数しかなく、そう言う知識がない方が普通だった。ソラは不思議そうに渡された湯飲みの中の緑色の液体を見つめる。

「そうだな。まずは試してみるか。そのまま一口行ってみろ。」

「うん。」

 半蔵は言って茶を一口ぐっと口に入れる。それを見てソラは茶を少し舐めてみる。

「え・・・いや!」

 つい、ソラが声を上がる。その声に奥から女性が来るのを半蔵は手で制した。

「苦いだろ。」

「うん。」

「そしたらな、その団子・・・。良く噛んでくれないか?」

「うん。」

 そう言うとソラは団子を口に入れ、わざと大きく噛んで見せる。噛むたびに甘みが徐々に広がる。

「そろそろかな。」

「ん?」

「そろそろ茶を飲んでみる。」

 そう言うとソラは口に団子を含んだまま、茶を流し込む。

「え・・・。」

 確かに茶は苦いが、それを米の甘みや雑味が中和し、茶の香り高さや旨みが米粉と混ざり、得も言われぬ味わいになる。鼻に抜けるすっきり感はソラにとって初めて味わう・・・『すっきり』と言う感覚だった。しばらくその余韻をソラは感じると、じっと茶の入った湯飲みを見つめる。

「美味いだろ。」

 その半蔵の言葉にソラは首をコクコクと縦に振る。

「俺はやっぱりそういうのが好きだ。」

 良く抹茶に茶菓子が出されるが、それはこの手法を取り入れた物だとも言える。最初に茶の味を確かめた後で、甘い物で茶の苦みを消して清涼感を楽しむのは、茶道に置いて重要な楽しみ方である。その後に景色を見るとこの頃に少ない『清涼感』でそれが・・・きれいに見える効果がある為に、景色の美しさを感じられるという相乗効果もある。その為、茶道では周囲の景色や場所にさえ、こだわりを持つ事が多い。

「うん・・・。」

 初めての感覚にソラはとまどいすらも感じていた。こんな感じ・・・何だろう・・・初めて。

「昔な。千利休という男がいてな。そいつがやってくれたのが・・・それなんだ。」

「へえ。」

 ソラは感心して半蔵を見つめる。半蔵は懐かしそうに湯飲みを見つめていた。

「昔な。俺はそう言う茶道とか言うのが嫌いだった。でも主と一緒に行った時にいつも・・・側でさぼって、酒とかを飲みに行っていたんだ。それを見かねた利休がな・・・俺を連れて山奥に行ったんだ。」

「ふんふん。」

 ソラは大きく頷いて聞いていた。ちょうど女性も聞き入っているようだった。

「そこでな。途中の河原で降ろされて、そこで包みにちょうどこんな感じの団子を出してな。食えって言うから食ったんだ。そしたらまあ・・・普通の団子だ。それを食った後に水で溶いた抹茶を飲まされたんだ。」

 当時に保温出来る容器はなく、水を溶いたのが外出時の飲み物の限界だった。だから水で溶いた抹茶しか当時外出時でお茶を飲む事は出来なかった。

「それを飲んだら美味いんだ。ちょうどお前みたいな顔をしていた。」

「そうなんだ。」

 優しく語る半蔵の顔は・・・あの頃への郷愁の思い出いっぱいだった。

「で言ったんだ。本来茶道とか言っても美味い物。高い物を食うのに只食べてはもったない。それで・・・見てみろ川を・・・。って言うから見たんだ。川を。」

 そう言って半蔵は周囲を見渡す。普通に農地と建物がまばらに見える平原だ。

「ソラ・・・さっきと比べでどう見える?」

 ソラは急に言われてとまどいながら周囲を見渡すが・・・それほどの異変はない。

「わからない。」

「ま・・・いいや。妙にその川が綺麗に見えたんだ。」

 半蔵はしみじみと話を続けた。

「でな。言ったんだ。確かに綺麗に見える。はっきり見えるってな。そしたら利休はそれでにやっと笑ったたんだ。それがあるから・・・俺はそれを利用して何かが出来ないかって考えたんだ。」

 そう言い、半蔵は口に団子を頬張る。ソラはその様子をじっと見つめる。

「それで俺は初めて自然が綺麗って思えたんだ。そう言ってわくわくしていた。」

「半蔵が?」

「いいや、利休さ。」

 そう言って半蔵は茶を口に流し、じっと周囲を見つめる。

「だから、あいつは茶の飲んだときに一番何が美しいのか・・・美しく見えるのか・・・・研究を始めた。それが茶道とか言った物だ。」

「へえ。」

 興味なさそうに半蔵をソラは見つめる。じっと見つめながら・・・ソラは団子を頬張る。

「おもしろいですねえ。」

 その言葉に半蔵が後ろを振り向くと、女性が微笑みながら、もう一つの腰掛けに座り、こちらをじっと見つめていた。

「まあな。お主もやってみるか?」

「はい。」

 そう言うと、女性も自分の為に入れた茶と団子を用意し、団子を入れて、しばらくして茶を流し込む。

「ほんとに・・・全然違いますねえ。」

 口が自然とほころび、女性は感動したように周囲を見渡す。

「だろ。」

「でも・・・何かすっとするよ。」

 ソラも改めて茶を飲んでみて・・・周囲を見渡すが・・・なんか綺麗に見える・・・気がするだけに思える。だけど・・・このすっとした感じは好きだった。

「さて・・・そろそろ行くぞ。次の宿場で休むから」

 そう言うと半蔵は手に幾つかの団子を持ち立ち上がる。茶は飲みきってしまったようだ。

「は・・・はい。」

 そう言うと慌ててソラは立ち上がる。

「すまないが、次の宿場まではどれぐらいあります?」

「後・・・三里(1里約4キロ、3里12キロ前後)ほどですかね。」

「わかった。それなら夕刻には着くだろう。ソラ。そこまで行けば休めるから。」

「う・・・うん。」

 ソラは慌てて食べていない団子を手の中に入れると、立ち上がる。半蔵が後を確認すると女性に一礼する。

「では。」

「ありがとうございました。」

 その声を背に半蔵は歩いてソラは急いで付いていくのだった。やっぱり早足で・・・駆け足が必要ではあるが・・・。



又かなり・・・だらだらしていますが・・・もうしばらくもうしばらくお付き合いください。

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