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異聞 真田信繁伝  作者: どたぬき
第一節1614年二月
24/30

外伝2-2 ソラと半蔵と

ソラと旅に出た半蔵は最所大宰府天満宮に向かう。そこでふとした話で・・・

外伝2-2 ソラと半蔵と


「でもまあ・・・町本当に広いね。」

 感心したように、境内を歩くソラは団子を頬張りながら歩いていた。

「ここはな・・・神様がいる・・・と言うよりも、謂われは古い。」

 半蔵も、一緒に団子を頬張っていた。団子と言っても当時の団子は、くず米や乾いた飯米を砕いて作る粗めの米粉から作る・・・粘りっこいみたらし団子や味噌団子が多い。当時は竹の皮に包むスタイルや木の串に刺した場合が多いが、木工細工が上手い地域では木の串が多かった。

「でもほんと・・・これ・・・美味いね。」

 ソラは感心したように何回も噛んでいた。この境内では木の串に刺すタイプであり、半蔵も木の枝を大事そうに舐めていた。

「ここのタレは味噌ダレか・・・中々にコクがある。」

 感心したように串を美味そうに舐めている半蔵ではある。

「でもここ・・・言われたとおりに手を合わせたけど・・・何の建物なの?」

 ソラは不思議そうに漢字の固まりを見つめる。そこには「太宰府天満宮」と書かれているがその言葉の意味さえわからなかった。ここ太宰府があるこの地域までは近く、歩いて5時間ほどの道の為、比較的近い。

「この建物か・・・。ある神様・・・と言うかある神様になった人間を祀っているんだ。」

「神様?ここはキリスト教・・・。」

「この国はな・・・。」

 そう言って半蔵は後ろを振り返り、ソラを見つめる。ソラはじっと・・・半蔵を見つめている。

「八百万の神の国という記述がある。」

「やおろず?」

「8000000さ。」

「は・・・ぴゃくまん!」

 驚いた顔でソラは大声を上げる。それに驚いて半蔵は口を塞ぐと、抱きかかえ、境内を走って下りていった。

「お前!驚きすぎだ!」

「んが・・・んん・・・んはぁ・・・だってそんなにいるの?」

 無理矢理駆け下りている半蔵の手をほどくと、無理矢理上を向く。ソラの頬に風が当たる。太めの前を見ると・・・馬より速い速度・・・に感じられるほどの早さで、一気に坂を駆け下りている。

「え・・・あ・・・。」

「せっかくだ・・・もう少し黙ってろ。一気に駆け下りる。」

「うん。」

 そう言うと口を閉じ、じっと前を見る。今まで味わった事もない早さで、半蔵からしたら、駆け下りる早さに更に駆け足を加えた早さで走っていった。その速さだけでもソラにとって初めてでもあった。しばらく駆けていくと周囲から建物が少なくなり、郊外まで走ってこられた。そのあたりで斜面も終わった為、その歩みを止め、少年を地面に降ろした。

「ほんと・・・凄いね。」

「坂道で走っただけだ。それほどの早さはない。」

 半蔵は落ち着いて周りを見渡すと、周囲は人影が・・・いないわけではないが・・・少ない。

「そうなの?」

「まあ・・・続きでも行くか。そうだな・・・。」

 半蔵は少し呼吸を整えると、ゆっくりと街道まで歩き始める。

「でもさ・・・八百万か・・・いっぱい・・・いるなら戦争もそんなにあるの?」

 ソラが不思議そうに半蔵の顔を見つめる。

「どうして・・・神様がいるなら戦争が起こるんだい?」

「だってさ。神様って居るかいないかだけでも戦争が起こるんでしょ。そんなのが八百万もいたら・・・。」

「そうだな・・・。」

 半蔵は考えながら歩いていく。それを見たソラが少し駆け足で真横に着く。

「そこに建物あるだろ?」

「うん。」

 そう言って指さしたのはちょうどあった一件の家だった。

「あそこの竈にも神様は祀られている。」

「え・・・。」

「それとは違う神様が・・・その森にもいる。」

「へ・・・。」

「戦争しているように見えるか?」

 実際はいくつもの事実は知っているものの・・・半蔵は隠しながら指さしてみる。

「いや・・・。」

 驚いてソラが周囲を見つめるが・・・そこに変わった気配はなかった。

「と言うように、本当はどれくらい居るのかわかっては居ない。」

「そうなの?」

「大体それぐらいいっぱい居るんじゃないのかという・・・あやだ。」

「そうなんだ。」

 ソラは少しほっとしたような残念そうな顔をして半蔵について・・・少し早足で、側を維持する。

「でもどうして・・・戦争なんて起こるとおもったんだ?」

「ボクの父さんと母さんは、戦争で・・・しんだ。」

「え・・・。」

 半蔵が見たあの手紙では父親は生きていたはずだ。

「お前の父さんは生きている・・・。」

「うん。パパはあの人だよ。でも・・・あの人はボクを育ててくれた人だ。あの人はいい人だ。」

 その時、その言葉だけでも何となく中身を悟ってしまう。あのアルフレッドという男の養子か・・・。

「少し話してくれないか?おじさんにもわかるように。」

「うん。」

 そう言うとソラは近くの木により掛かって座った。それに合わせ、半蔵も木の袂に寄りかかった。

「ボクは・・・ポルトガルという国で生まれた・・・。」

 ポルトガル。半蔵が知る限り、イスパニアと同じ所に属した国で、暖かいと聞いた事があるが。ある時を境にぱたっと来る者がいなくなってしまった。

「父さんと母さんはユダヤ人で、いい人だった。自分が働いた金を貧しい人に貸して・・・いた。」

「ああ。」

「でもある日・・・。村が飢饉になると、帰せないと言ってきた。しばらくすると、村人達が父さんを襲うようになった。だから・・・リスボンまで逃げた。」

「ああ。」

「いや・・・逃げようとした・・・だけどその夜。飢饉に耐えられなくなったカトリックの連中が村を焼きはらった。」

「かとりっく?」

 半蔵は聞き慣れない言葉に首をかしげる。キリスト教は聞いても・・・そう言えば按針殿も似たような言葉を・・・。

「うん。神様はいて・・・絶対で・・・神様の為に全てを捧げろと言ってきている連中。」

 その言葉に半蔵は絶句してしまう。そんな神様なんているのか?

「プロテスタントだったから村は襲撃されて・・・。」

「プロテスタント?」

「うん。基本的に神様は誰でも愛しているとか言っている連中。」

 ・・・半蔵はふと幹花の報告書を思い出す。キリスト教には二通りの解釈があり、その解釈でももめているとか・・・。

「僕たちは・・・プロテスタントで・・・カトリックからすれば・・・邪悪で・・・人間じゃないとか言って村は・・・村は・・・。」

 当時のカトリックとプロテスタントは新教徒、教徒と呼ばれた者でルターの唱えた宗教改革で考え方が変わり、神に忠実であれば、教会に従う必要がないというのがプロテスタントの考え方で、一部の国や商人の間に広がった考え方で、カトリックは神に全てを任せれば、死後幸せになるという考え方である。だが、プロテスタントの多くは寄進を嫌う為に、カトリックからすれば、収益弱体・・・又は教会寄進主義の崩壊を招く為、プロテスタントの考え方自身を邪教として扱っていた。無論・・・信じる神は一緒であっても・・・。この頃の国家はプロテスタントを信じる国家と、カトリックを信じる国家ごとに戦争が行われ、公式非公式様々な闘争が繰り広げられていた。

「差別・・・。」

 半蔵がつい口から漏らしてしまう。

「父さんは・・・金貸しと言う事で・・・真っ先に刺され・・・殺された。母さんも・・・連れてかれて後で殺された。」

 当時のユダヤ人というのは各地に散らばる商人の一族で、数多くの詳細があり、うまれてすぐに数字を教えるなどのアラブ的な考えも一部で持っていた。またユダヤ数学という考え方もあり、その数学能力は伝来のみであったものの、現代数学もかくやと言うほどの数学能力を持っていた。そのため、当時の計算のほとんどが丼勘定だった頃に、正確な計算を元に商業をすると言うだけで、商業的なセンスが無くとも、商売で食っていけるだけの学があった。その才能の差を嫉妬する者が多いのも事実である。また盗賊とかの襲撃に置いても、金貸しである確率や金銭の蓄えが多いであろうと思われるユダヤ一族は真っ先に狙われる対象であった。

「最後に父さんは・・・リスボンにいる兄に託して・・・それからあの人は父さんになった。」

 半蔵は何となくソラが日本に連れてこられた本当の理由がわかった気がした。アルフレッドにとって大切な子をもう・・・カトリックとか、プロテスタントがと言う戦争から失いたくなかったのだ。幹花から、国の事情は聞いていたのだろう。だからか・・・。

「それから・・・しばらくして僕たちはオランダに渡って・・・船に乗って・・・アユタヤ周辺で貿易で、ずっと船に乗っていた。」

 当時のオランダは新興国家で、フランスやイスパニアとの領土戦争を行っている中で、安定した新規国家で、そこに逃げるユダヤ人や犯罪者も多く、荒っぽい気質ではあるものの、大航海時代での貿易で安定した収入を上げている。

「僕たちがリスボンから逃げた数時間後、リスボンは火に包まれた。」

「・・・。」

 あまりに重たい話に口が開けない半蔵だった。

「そして僕たちはアムステルダムに着き、そこで仕事を得た父さんと・・・逃げ出した。」

「そうか・・・すまなかったな。」

 半蔵はすまなそうに謝った。

「この国にはそんな神様は・・・いないと思う。」

「それなら・・・・いいんだ・・・けど・・・。」

 ソラは不安そうに半蔵を見つめる。頬にはいつの間にか涙が流れていた。

「大丈夫だ。この国にはいない。」

 半蔵は自分に言い聞かせるように言って聞かせた。

「そう・・・。」

 そう言うと、ソラはがくりと肩を落としてしまった。


「そうだな・・・。」

 あれからソラが意識を失ってしまい、背負ったままか移動を歩くが・・・結局夜に間に合わず、野営する羽目になった。

「ごめん。」

 ソラは軽く頭を下げる。あれからしばらくして目が覚めたが・・・背負われたままでここまで来てしまった。現在半蔵曰く山の中程らしい。

「いや・・・いい。拙者が悪い。お主に悪い事をした。」

「でも・・・。」

「そうだな。」

 もう今は降ろして、近くの森の中で火を焚いて・・・向かい合っていた。

「拙者の話もしようか。」

「うん。」

 ちょうど夜も深くなってきており、誰の気配も感じない・・・。

「拙者はな・・・。」

「お主と一緒のように戦乱の中で生きておった。」

「せんらん?」

「俺の住んでいた所は・・・それはもう・・・よく山賊に襲われた。」

「・・・。」

 暗闇の中、小さなたき火に映し出される半蔵は少し寂しい顔をしていた。

「あまりによく蹂躙されるから・・・これが運命だと思っていた。お前の所みたく・・・神様もこの世界にいないと思っていた。」

「・・・。」

「でもな・・・誰かがきっと・・・いや・・・自分がきっと救ってやる。」

「・・・!」

 その顔は一瞬父親が重なったように・・・ソラには見えた。

「だから・・・俺は・・・拙者は・・・強くなろうと決心した。確かに俺は・・・家康様に拾われた。」

「・・・。」

「だが・・・だからこそ・・・。おれは・・・強くなろうとした。」

「・・・。」

「だから。お前も・・・つらい記憶があるなら・・・。強くなれ。」

 落ち着いた、この闇と同じような清見るとした口調ながらもしっかりした声に・・・この人の強さをソラは感じた。幾つかの言語が聞き取れないのは・・・あったかもしれないが・・。

「うん。」

 ソラは頷いた。雰囲気だけでも重要な・・・自分に対する話だとわかったから。

「そうだな・・・明日からはどこに・・・そうだな・・・。お主、ポルトガルの首都リスボンに行った事があるのであろう。」

「うん。」

 ソラは頷いた。

「そうだな・・・この国の都に行ってみようか。」

「みやこ?」

「都だ。きれいで華やかで・・・美しい。」

「へえ。そう言えば・・・。」

「なんだ?」

「・・・昔ミリアと日本の玉で遊んだんだ。」

「それで?」

 半蔵は近くの枝を火にくべて、じっと空を見つめる。夜も深く木々の奥に這うように火の光が木を伝い、木々の色をはっきりさせている。そこから見上げる先に星空が見える。人の気配も・・・獣の気配も夜のとばりに隠されたような・・・静かさの中、ソラの声は響いていた。

「その玉、しまが”京”で買ったとか言っていたけど・・・そこが”京”?」

「まあな。しまか・・・。」

「知ってるの?」

 ソラはじっと半蔵を見つめる。その瞳はたき火越しに見ても、きらきらしているように見えた。

「まあな。あいつとは半年ぐらい一緒にいたんだ。」

「そうなの?」

「美井とも一緒にな。」

「そうなんだ。」

「しまはやんちゃだったが・・・筋はよかった。」

「え?」

「しまはあれで落ち着いて行動できれば拙者を抜けるやも・・・しれんな。」

「どういう関係だったの?」

「そうだな・・・。しまの武術や忍術の師というか・・・。基本的な所で足らない所は教えたな。」

「って事はダー?」

 当時に先生という表現は一部の仏教だけであり、師という言い方しか存在していなかった。

「師かどうかはわからないが・・・教えはしたな。まあ・・・幹花にとってはしかもしれんがな。」

「・・・!」

 ソラは幹花の事は知っていた。あの人の師匠・・・。きっと凄い人に違いない。

「でもまあ・・・そうこう言わずとも・・・どうしたいのかは・・・。」

「だー!」

「?」

「ダー、半蔵。」

 ソラのと突然の言葉に半蔵はとまどう中、たき火を回り込み、ソラは腕を握ってくる。

「ダーは・・・ってそうえいば・・・。」

「日本語でダーって?」

 ソラの不思議そうな顔を半蔵は見下ろすが思い当たる言葉は中々無い。

「拙者もよくわからないが・・・。」

「教える・・・人・・・。だよ。」

「なら・・・日本では師・・・か、師匠だ。」

「じゃ、じゃあ・・・師匠、半蔵。」

「・・・何だ、急に。」

「僕に技を教えてください。」

「・・・。」

 確かに一緒にいるだけにこれはあり得ると思ったが・・・。でも・・・安直だ。

「僕は・・・強くなりたい。」

「どうしてだ?」

「僕は・・・今まで・・・守られてきた。」

「そうか?」

 半蔵は軽く頷くがその気持ちはわかるつもりだ。追われ続けた人生・・・・。あまりにも切ないが・・・。

「だからこれはいい時だと・・・思う。」

「・・・。」

 半蔵にとって力もタイミングも知ってはいるが・・・こういう人間に技を教えるのは・・・確かに強くはなるが・・・危うさも秘めている。半蔵はじっとソラの瞳を見つめた。

「まあ・・・それはもう少し考えさせてもらおう。」

「どうして?」

 驚いたように半蔵を見つめる。

「拙者はこう見えても、数多くの力を持ったものの末路を見ている。お前がそれらに耐えられるとは思えない。だから教えられない。」

「そんなの!」

「お主が・・・力を持てば村を襲ったカトリックとか言う連中と同じになるやもしれん。」

「そんなの成る筈が・・・。」

「無いとは言い切れん。何時の世も・・・。力とはそう言う物だ。武器も。」

 そう言って半蔵は腰に下げた刀をわざと抜いて、ソラに見せる。

「幹花が武器を使っている所を見たか?」

「・・・いや。」

 ソラは首を横に振る。

「あいつは・・・人を傷つけるのが嫌いだった。だから・・・あいつは武器を滅多に抜かない。」

「え・・・。」

 そう言えば幹花の腰に短刀は付いていたが抜いた所を・・・短いからかもしれないが見た事がなかった。その間に荒事は幾つかあったが・・・一度もなかった。

「それがあいつなりの覚悟だと俺は思っている。」

「・・・。」

 その言葉にじっとソラは半蔵を見上げる。少し赤く見えるのは火の光で照らされているからだろうか。それでもその瞳は暗く・・・じっと先を見据えている。

「お前にそんな・・・覚悟はあるか?」

 そう言うと半蔵は刀に指を当てる。少しすると血がたらっと垂れてくる。

「お主に血を・・・相手を傷つける覚悟はあるか?」

 その指をじっとソラに見せつける。その様子にソラは頭を・・・首を背ける。

「なら・・・今しばらくは待った方がいい。本当に覚悟が出来たなら、もう一度言うとよい。覚悟が確認できたなら・・・その時は教えてやる。」

「う・・・あ・・・はい。」

 そう頷く頃には火が弱く、闇が周囲を取り囲んでいた。

「ま・・・寝るか。」

 半蔵は棒で灰をかぶせると・・・火が消え、周囲を一気に闇が取り囲んだ。

「おやすみ。」

「おやすみ。」

 半蔵の声に合わせ、ソラのつぶやきが聞こえる。それとともにお互い目を閉じたのだった。


 次の日の中頃・・・半蔵達は漁村が見える海岸近くまで来ていた。

「そう言えばどうしてここに?」

「ん?」

 半蔵は不思議そうに聞いてくるソラ顔を見つめようとする。だが、流石に漁村とかで金髪ではあまりにも目立つ為、笠をかぶせてある。太宰府天満宮でもかぶせてあったが、駆け下りているの人気がない所では外していた。そのため今のところ顔を伺い知る事はできなかった。

「海を渡るのさ。」

「船で?」

「船で。」

 半蔵はすたすたと坂を下りていくのに合わせて、ソラも下りていく。

「そうだな・・・。お主・・・元は商家だろう。」

「あ・・・まあ・・・。」

「金の渡し方とかは・・・聞いた事は?」

「いや。」

「ならそのぐらいは覚えておいておいて損はない。まずはだ。」

 そう言う間に半蔵達は漁村の入り口にさしかかっていた。ごく普通の小さい漁村で、船も小さい。このあたりは瀬戸内あたりを根城にする村上水軍などが有名だが、それ以外にも数多くの水軍がいたが、それらは一度幕府軍の間で統一されて以来、幕府によって管理されていた。現在ではその多くは対海外戦力として各地に配属されていた。弱体化されていたという記述も多いが、実際の所この頃は重宝されていた。実際舵取り次第では彼らは重要な戦力たり得たからだ。そのため拠点地であるこのあたりで、漁民を襲撃する事はなかった。

「まずは覚えておいておかなくてはならないのは・・・。」

「うん。」

「上げるのは少し多めの金額と言う事だ。まずはこのあたりの建物とかから規模を探る。」

「うん。」

 周囲を見渡すが・・・それほど立派な木を使った建物は見あたらない。規模としては小程度か・・・。

「それから予想できる一食の値段に色を少し付けたくらいが適度だとされている。」

「いろ?」

「色というのは少しばかり足しておく事だ。」

 そう言うと持っていた金を取り出す。確かに団子やで出す量の1.5倍くらいに見える。

「それが?」

「大体このあたりである程度の融通が利く金額だ。これ以下だと、断られるか・・・例え頷いても足りないと襲われてしまい、これ以上だともっと持っていると思って襲われたり要らぬ物まで買わされる。そういう境目だ。」

「要求されたら?」

「ま・・・それは見ていればわかる。」

 そういうと、半蔵はすたすたと村の真ん中を歩き、浜の真ん中でなにやら賽(サイコロの事)を回している三人組にすたすたと歩いていく。

「少し・・・頼みたい事があるが?」

「ん?なんだ?」

 三人のうち一番体格のいい男が半蔵の方を向く。

「向こう岸まで頼めないか?」

「ん?」

 その顔はうろんな目つきではあるが、このあたりの漁師としてはよく頼まれる事である。というのはこのあたりで海軍の目の届かない地域から、渡るには九州の漁師に頼んで渡してもらう必要があるからだ。その為、よくこういう頼み事をされる。漁師らしき三人のうちの一人が向こう側にある桟橋を指さす。

「渡し守が・・・あっちにいるかもしらんな。いないならもう一度こっちにこいや。」

「わかった。」

 渡し守というのは今で言う所の海上タクシーみたいな物で、橋がない江戸時代に置いて、橋の替わりとなった重要な仕事である。そういって歩いて、桟橋に向かう。そこには船はなかった。ちょうど舟守は出掛けているようだ。その場に座るとそれに合わせてソラも座る。

「待つの?」

「急ぐ旅でもあるまい?」

「確かに。」

 そういうと桟橋に腰掛ける。対岸が見える。日はさんさんと輝き・・・少し暑くもあるが・・・。悪い天候ではない。カモメが舞っているのがわかる。

「どうして・・・あのおじさん達に頼まないの?」

「急ぎなら少し多めに払ってでも渡っただろうが、急ぐ旅ではない。それに・・・こういう日差しも好きだ。」

「そうなんだ。」

「ひなたぼっこは最近忙しくて・・・していなかったんだ。」

「どれぐらい前なの?その・・・ひなたぼっことか言う奴。」

「一週間ほど前。」

「・・・。」

 ついソラは押し黙ってしまった。どういったらいいのか・・・ツッコミと言う文化はこの頃のオランダにはなかった。

「でもさ・・・船っていつ頃来るの?」

「まともな船頭なら・・・夕方までには来よう。」

「そうなの?」

「まあ・・・二刻もあれば着く所に雑談まで計算に入れれば・・・それぐらいだろう。」

 桟橋に座ったまま背を預け、半蔵は空を見つめる。

「おめえ・・・。」

 声のした方を見ると、先程の三人が半蔵達を取り囲んでいた。

「どうなされた?」

「俺のとこくれば速く渡してやるというのに・・・。」

「早々急ぐあれもないのでな。待つ事にした。誰か来よう。」

 その言葉を言うと半蔵は反動をつけて上半身を起こすと周囲を見渡す。

「金・・・出せや。」

 体格のいい男が腰の短剣を抜いてくる。それを見たソラは半蔵にしがみつくのを軽く半蔵が手で制す。

「・・・だから・・・。」

「出せば・・・向こうまで渡してやるよ。」

「お主ら・・・。人の言葉は聞こえるか?」

「なんだ?」

 半蔵は立ち上がるとくるりと向きを変える。様子を見ると三人とも短刀を抜いている。このあたりのちんぴらと言った所か。

「もう一度だけ言おう。渡し守を待つから、お主達はいい。向こうで賽でも振っているといい。迷惑を掛けたな。」

「なんだと!」

 そういうと脇の男が短刀で半蔵の胴体狙うのを手首を掴んで捻り上げる。

「いてぇ!」

 ソラはその間に半蔵の後ろに隠れる。後ろは海でも、一番安全そうに見えた。

「ソラ・・・離れて・・・いるのもできんな。そこにいろ。」

「はい。」

 そういうと半蔵は半歩踏みだし、腕を掴んだ男を後の二人の前にあえて引きずり出し、その勢いのまま海にたたき込んだ。

「貴様ぁ!」

 その言葉を聞き流しつつ、右側の男が振りかぶる腕の肘に掌底で衝撃を与え、短刀をたたき落とす。真ん中の男が短刀で突こうとするのを掌底を打った手と反対の手で持つと無理矢理引き戻し、重心を狂わせ、海に飛び込ませた。

「え・・・あ・・・。」

 短刀を振り落とされた一人は只唖然として・・・半蔵を見つめ・・・る事しかできなかった。

「お主・・・それに・・・そこの連中。」

「あ・・・あ・・・。」

 起きあがった後の二人も唖然として見つめる。

「こいつらを持ってそこの浜で乾かしてこい。拙者は船頭と待つ故な。まあ・・・これ以上なら。」

 そういうと、半蔵は腰の刀を抜いてみせる。忍者らしい直刀ではあるが威圧には十分だ。

「わ・・・わかったよ・・・じゃ・・・じゃ!」

 そういうと三人はそれぞれバラバラに走って逃げ出していった。

「師匠。凄い!」

 ソラは感心したように見つめる。

「何も・・これぐらいなら・・・お主でも出来る。だが・・・。」

「だが・・・。」

「これぐらいにしておく方が後腐れもない。これ以上やれば・・・。」

「う・・・うん。」

 そのうなずきを見ると半蔵はまたも桟橋に腰掛ける。

「連中・・・たくさんで来ないかな?」

 ソラは半蔵の隣に座るが、周囲を心配そうに見渡している。

「だったとしても・・・。すぐには来まい?人手を集めればこのあたりの武士も黙ってはおるまい?」

「確かに。」

そういうと半蔵は先程と一緒のように桟橋に倒れると海を見つめる。

「それに。」

「それに?」

「船が来た。」

「え?」

 向こうを見ると、小さな小舟が一艘手こぎでやってくる。もっと大きな船を予想したソラにとってそれは・・・あまりにも小さい。脱出ボートと同じ・・・いやもっと小さい船である。

「あれが?」

「ここを渡るにはあれぐらいでいい。多くの人がいなければあれでいいのだ。まずは・・・。」

「はい。」

「物事程々がいいと覚えておくといい。どこかで行き過ぎれば・・・。」

 そういうと体を起こし、桟橋にあぐらで、海の方を向く。海の上の船頭もこちらの影に気が付いたらしく、少し漕ぐ速さが上がっているように見える。

「行き過ぎれば?」

「どこかで不都合がでる。それは足りない、多すぎどちらでも出る。」

「わかった。」

 頷いたソラは向こうの海を見つめる。行き過ぎればか・・・。その考えを父さんからいつか聞いた・・・そんな気がした。




いつもに比べてもだらだらしていますが・・・。もう少しこのペースで行きたいと思います。よろしくお願いいたします。

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