第二十節 嵐のロンドンへ
ついにゴールドコーストまで着いた真田信繁一行は最終目的氏オランダ、アムステルダムまでの航路を目指すが・・・その眼前にはダカール海粟地たい、そして怒りに燃えるイギリス艦隊が待ち構える。その窮地の前に信繁はどう作戦を立てるのか・・・。
真田信繁伝 第二十節 嵐のロンドンへ
「結局、あそこを越えたら終わりなのか?」
青海が愚痴る中、信繁と青海は見張り台で隣り合わせに望遠鏡を見つめる。海賊船等の船が来ないか二人で見張る為だ。あの難所”喜望峰”を越えて黄金海岸までは安定的に風を受け、順調に歩を進めている。
「まあな。難所はあそこだけみたいだからな・・・それに最近暑い。」
北上し、北へ向かう彼らは赤道近くの灼熱の黄金海岸へ向かっていた。そのためか、温度の上昇は早く、速くも七輪は・・・また使うかもしれないので船長室にとって置いてある。聞けばオランダはやはり寒いのだそうだ。幹花はその話を考え再設計を依頼するとか何とか・・・。見張り自体は信繁自身、やれる事は自分からやる主義で見張り、帆の配置換え、食事の仕度なども自身も当番に入っている。只、流石に船員達も遠慮してその回数は少ないが、疲労が溜まってこれば、変わってやる事がままある。だからと言うわけではないが日本船員達にとって信繁は憧れという感覚に近くなってきている。
「でもまあ・・・ここまで温度差が激しいと・・・。そう言えば・・・。」
青海が望遠鏡で左右を見るが何も写らない。下では筧が計算方法について教えている。またアルフレッド達によるオランダ語講座も開かれていて、人々は向こうに到着後に備えて着々と準備をしている。
「あの人魚の歌には・・・何も感じなかった。でも遭難者があった。何でだ?」
先日合った人魚達は確かに歌は上手かったがあの時は何も感じなかった。
「俺の予想が正しければ・・・偶然かな?」
「ん?」
「あれから考えてみたんだ。連中は人間を怖がっているか・・・嫌っている節があった。」
「ほう?」
青海は望遠鏡を葉梨信繁を見る。背中合わせで大人の男が二人いるのだ。とても狭い。
「だから連中は人間と接触しようとしていないが・・・。」
「いないが?」
信繁も望遠鏡で後方を見張るが・・・イギリス船の追跡部隊は来る気配はない。
「歌はあの感じだ。ほっとするか、オランダのゴスペルがどうのとか言えば、あの声は歌だ。」
「ほう・・・。」
「大方多くの船は突っ切ることせず、俺たちと一緒で立ち止まる。」
「だろうな。」
「そこであの曲を聴いて気持ちよくなる。水温に近い霧の寒さで体力と気力をも蝕まれた連中の思考力はなくなり・・・。」
「事故を起こす・・・か。」
「だと思うだけだ。連中も人に見られたくないだけだし、お互いの位置を知られなければさわる事も、今後何が起こることもないだろう。」
「だといいがな。」
青海は望遠鏡で再度前方と見る。右側には相変わらずアフリカ大陸を望んでいる。大きな・・・島だ。
「でも・・・何であのおっさん・・・あんなにキレたんだ?」
青海は不思議そうに下を望遠鏡で見つめる。ドノヴァンはあれから船室にほぼ籠もりっきりだ。
「アルフレッド曰く・・・。向こうではそう言う見せ物小屋だと思うが・・・そう言うのがはやりなんだと・・・。で、金がもらえるからとか言うが・・・。」
実際日本でも見せ物小屋はあったが、その中でも妖怪はほぼ無いか・・・忍者達の手によって助けられている事例が多く、残存した物の多くは偽物である。だが実際珍しい物はどんな物でも見せ物小屋で見せびらかしていたが・・・この大航海時代終焉時のこの時代において、見せ物の話が多かった・・・がそれ以上の意味が人魚にはある。当時中国経由で人魚の肝は不老不死とか・・・血は万能薬であるとか・・・様々な噂が多く(多くは否定されてきている)当時として破格の取引額や懸賞金であると言われている。そのため、人魚一体で億万長者もまたあり得るのだが・・・。
「でも俺にはそう言う趣味はない。」
信繁にとってはそう言う妖怪達の悲惨さも・・・いくつも味わってきているし、実際退魔などをやっている青海もそれは承知している。
「俺も・・・襲う悪い奴には躊躇が無くとも・・・あれはちょっと・・・。」
青海でさえ見せ物小屋を見ると避けた事が・・・傭兵時代では多くあった。いつ見ても趣味の悪い物・・・に青海は感じられた。
「だから・・・。」
「確かに・・・。」
”おーい!交代だ!”
下から船員達の声が聞こえる。見張りの船員の交代は、一貫性を取り入れる為、食事ごとに設定されている。ついでに言うと船での食事は戦時と一緒の一日三食(昼食は軽めの保存食)で構成されている。
「飯みたいだな。行くか?」
「先行ってくれ。」
「了解。」
そう言うと、器用に体を動かし、下への縄ばしごを下りていく。
「そろそろ・・・」
信繁が前方を見ると大陸の曲がり角が望遠鏡で見た遠目に見える。まだ先だろうが・・・。下で、先程見えたゴールドコーストの話を青海はしている。
「ゴールドコースト・・・。」
次の補給地、ゴールドコーストはすぐそこだった。
ゴールドコースト・・・黄金海岸と呼ばれるそこは、象牙、奴隷、黄金を主とした産地で、その出航場所に合わせ、奴隷海岸、象牙海岸、黄金海岸の名が刻まれているが・・・。当時の感覚としては勘違いされる事も多いが、奴隷海岸と言っても当時のヨーロッパの感覚としては人足であり、あらゆる報酬を提示した中で、ガラス玉みたいな珍しいに反応しただけで、初期において(1450年から1500年代)には普通の金貨も置いていこうとしたが、彼らに価値がないと断られた為に、ガラス玉という方法でしか人足を雇えなかったのだ。それも多くは現在においてもその跡は存在していたが・・・。そのために大航海時代終了後の植民地統治下では二等市民扱いに不満を抱いていたが・・・この頃は普通の市民の数多くも二等市民での扱いの為に差はなく、貴族階級以外では一部では人扱いされない現実がある。だが奴隷船の多くは中世ヨーロッパに比べ、まだ改善されており・・・と言いたいが・・・実際かなりの重労働であったため、コスト軽減で非人道的な事がどこでも成り立っていた現実がある。だがこの時代ではまだ・・希望にあふれた・・・ゴールドコーストだった。
「やっと着いたな。」
「本当に暑いですな。」
筧の呆れる声が聞こえる。薄着にしてあっても乾いた熱さで汗がじっとり服に付く。
「でもすぐに出るんだろ。」
青海はいつも・・・いや、いつもより内着が一枚少ない。
「いや、幾つか製作する必要があってな・・・そのために一週間ほどはここでいる羽目に・・・。」
「・・・寒いよりいいじゃん・・・でも・・・ほんと・・・町・・・狭いな。」
しまはいつもの薄着ではあるが、今までが寒かった為、暖かいここが好きだったようだ。
「ここ・・・ほら・・・他の所と一緒・・・ヨーロッパの人が・・・・作ったの・・・だから・・・狭い。」
確かに町の設営はヨーロッパの人間が作っており、地元の人間は凌駕できるもっと内陸部を好んでいる。
「って事は建物また一緒ー?」
しまが不満そうに周囲を見渡す。また白い漆喰の淡泊な建物があるだけだ。当時の港は中立地帯に置いて、国ごとに止める位置が割り振られており、それ以外の港湾管理は意外とずさんではあった。
「でも・・・飯が食えぬよりはいいだろ。」
「でもさ・・・もうさすがに・・・。」
しまは言葉を渋った。美井が言うにはヨーロッパの主食はパンや小麦粉であり、芋や小麦しか基本的に食す事はないという・・・。だからこそ・・・米がない事を言っているのだろう。
「とりあえず、現地の物を食う。それが旅の鉄則だ。」
近くの酒のマークが書かれた所を美井が指さす。
「あれ・・・でもあの書き方だと・・・。」
見るとワインのマークの看板がある。海外渡航者向けなのだろう、アルファベットが並んでいる。
「行くぞ。」
「ああ。」
中にはいると、屈強そうな男達が酒を飲んでいた。ちらっと食卓を見ると野菜らしき葉っぱと白い何かが盛られたものを食べている。べったりしているようだが・・・。後ろでそっと付いて回った幹花が前に出て幾つか銀貨を取り出す。
「これで足りると思うけど・・・人数分頼むわ。」
「・・・わかった。」
そう言うと店の男は奥には行っていた。只店の人間はじっと信繁達を見つめていたが・・・近くの大きなテーブルに信繁が座ると、それに合わせ、周りの人間も座り出す。今回はアルフレッドもついてきているが・・・。
「あれでよかったの?」
流石の幹花も不安そうにカウンターの向こうで食事を作っている男の様子を見ている。
「ああ。とりあえずはね。」
アルフレッドの声は緊張しているようにも見える。
「どうした?」
信繁は周囲を見渡すが・・・少し剣呑さが伺える。
「いやあ・・・そう言えば言ってなかったっけ?」
アルフレッドはその視線の正体を感じ取っていた。
「なにを?」
美井もまたその視線の意味に築き、椅子を青海に寄せていた。
「俺は信じてはいないんだが・・・船乗りには・・・ある伝説というか・・・言い伝えがあってな。」
「ん?」
「船に女を連れ込むと沈むとか乱れるとか言う話でな。」
中世ヨーロッパでの船乗りの間に伝わる伝説で、船に女を連れ込むと嵐で沈むという伝説がある・・・。これには諸説あり、一説には船に乗り込む女性自身が少ない上に長時間(最大一ヶ月)の間監禁される為に女性を巡って喧嘩する為とか・・・女性にかまけている間に何かを見落とし・・・船が座礁するなどあるが・・・。実際の所、規律さえとれていてもそれほど影響はないが・・・。戦国時代の日本でもそうだがこういう縁起関係は進行する人が多い為、重要視される。
「そんなのがあるのか?」
青海は不思議そうに周囲を見渡す。確かに視線がおかしい・・・一人に集まっている気が・・・する。
「するとだな・・・女に餓えちまってな・・・。」
その言葉に流石に信繁も理解した。視線は熱さで薄着している幹花の肌に集中していた。信繁が見ても、しまが見ても、美人に見える幹花の事である。実際船に乗っている間もオランダ船員が手込めにしようと企んだようだが・・・あの鋭い視線と殺気である。手を出すのをやめたらしい。実際あの実力を見せられた日本の船員は手を出す事はしなかった。だがそれを知らないこの周辺の男達はひそひそと何かをしゃべっている。
「大体わかりましたが・・・せっかくですからお食事ぐらいは・・・。」
「ようよう・・・姉ちゃんよ。」
声の方を振り向くと数人の男がにやにやしている。
「何でしょうか・・・。」
冷静にじっと見つめる。人垣ができているのが確認できる。アルフレッドは気の毒にと言う顔をしている。実際アルフレッドは幹花が戦闘している所を見てはいない。
「俺たちと一緒にいい事しねえか?」
じっと船員の姿を見つめる。せっかくの金髪が熱でいたんで白髪に近くなっているむさ苦しいおっさんの固まり・・・だった。少し考える仕草をして幹花は周囲を見つめる。
「そうですね・・・。後でよろしければ・・・お相手いたしますよ。」
「今がいいんだけどな・・・・。」
そう言うと店のオヤジがちょうど、信繁達の目の前に酒を・・・美井としまの前にはミルクを置いていった。
「せっかくですから・・・一杯飲むまではお待ちいただけませんか?」
「まあ・・・それぐらいならいいよ。」
そう言ってじっと男達は幹花を見つめる。
「船長。」
「なんだ?」
「少しして大きな音がしたら・・・駆けつけてもらえますか?」
日本語でしゃべったその言葉に何か納得したのか・・・信繁は軽く頷く。それを見て幹花は周囲が見ても唖然とするほどの勢いでジョッキを煽る。そして、幹花が立ち上がる。
「外でしません?ここだと恥ずかしくて・・・。」
そう言うと・・・幹花は外に一人歩いていった。その後をまるで吸い寄せられるように数人の男がついて行く。周りの人間は一人として・・・アルフレッドを覗いて心配する様子はなかった。
「彼女は大丈夫なのか?」
アルフレッドは慌てていた。
「あれは大丈夫だ。早々やられる奴じゃあねえよ。」
青海は落ち着いてワインを口に入れる。
「何かこれ・・・甘い。」
「ですな。」
「おっちゃーん!めしまだ!?」
各自リラックスした様子に流石に・・・アルフレッドも驚いていた。
「いいのか?本当に?」
「ずっと強いぜ・・・あの姉ちゃん。」
「へ?」
アルフレッドの驚いた声に紛れ、酒場の外から大声が聞こえる。その声を聞いて信繁が立ち上がると、青海と筧も立ち上がり、外に向かった。それの後をついてアルフレッド達が行くと、泡を吹いて倒れる数人の男達をじっと見下ろす幹花の姿があった。
「まだまだ・・・淑女をたぶらかすには修行が足りません。」
「これは・・・。」
アルフレッド達が唖然とすると騒ぎを聞きつけた酒場の連中もやってきていた。流石の船乗り連中もこれには驚いていた。しばらくすると外野から声が漏れる。
「やっちまえ!やっちまえ!」
その言葉に少しずつ船乗り達が包囲を始める。それに恐れたのか信繁達の後ろに隠れる。
「すまないが・・・。」
信繁はそう言うと腰の太刀を抜いて構える。
「これ以上家の者に手を出すと・・・。」
「だな。」
青海と筧も構えるそれに合わせ、しまも、腰の短刀に手を掛ける。それに気圧されて全員が一歩下がる。
「死んでも責任は取れんぞ。」
「わ・・・わかったよ。」
そういうとすごすごと引いて・・・全員・・・どこかに行ってしまった。中に戻ると人一人・・・店員を除いた全員がいなくなっていた。テーブルの上を見ると幾つかの食事が並んでいた。
「あんた・・・単なる通訳とばっかり・・・。」
不思議そうな目でアルフレッドは幹花を見つめる。
「いえまあ・・・船長補佐ですから。」
「でもまあ・・・な。」
「ですな。」
「お前ら・・・。」
声にふと振り向くと、手にいっぱいの料理を持ったおっさんの姿があった。どう見てもラテン系ではあるが・・・。
「お客・・・どうした?」
料理を器用にテーブルに並べている。
「こいつに手を出そうとしたのでな。すまんな。」
「いや。店の外の事には関わらないのが流儀だ。気にはしないさ。ここは基本先払いだしな。」
この頃の酒場などの飲食店の多くは先払いで、金が足りないと後で請求する事が多かった。そのため、早く帰れば損にはならないが、長く居座られると損な事が多い。だが、足りない時の請求でのトラブルでの死傷事件も多く、この頃の酒場経営は難しい者があったが・・・おおむね儲かっているのが普通だった。
「でもまあ・・・少し気になってな。」
そう言うとおっさんは手を挙げると、カウンターの中の人間も手を挙げる。何かの合図なのだろう。しばらくしてカウンターの中から人が出てくる。手には何か看板を持っている。
「あんたらほどの腕っこきならしらねえか?もう少しでこのあたりに着くそうなんだがイギリス船に勝ったオランダ船って奴?」
おっさんは料理を並べ終えると、手短にある椅子に腰掛けると手短にある肉料理に手をつける。
「オランダ船?」
不思議そうな顔をして信繁は見つめる。
「ああ。何か最近イギリス海軍がこのあたりをうろついていてさ・・・で、店に来たら情報だけでも金貨出すとか言い出したもんでよ。それでこのあたりの海賊どもも、血眼で探しているのさ。でさ、あんた・・・どっちから来た?」
ぺらぺらしゃべるのもうなずける。懸賞金・・・。確かにそれがあれば近海周辺あたりを捜索する事も可能だろう・・・だが・・・。
「一応・・・モザンピークからさ。」
「そうか。」
みんなが固まる中、信繁が答える。
「交易船か・・・。どうも相手・・・軍艦だって言う話だ。」
幾つか腑に落ちない部分を考えながらも少し考えてみる。
「みかけなかったな・・・でも・・・そいつどんな事やらかしたんだ?」
「いやあな。どうも一隻で、四隻の軍艦沈めたとか?そんな奴いれば凄いとおもうがな。」
そう言いながら値踏みする目でおっさんは周囲を見渡す。並べられている料理はそれなりに豪勢な物だが・・・このあたりの主食タロイモをメインとした物と、牛の肉を焼いた物だ。後は葉っぱが生で乗せられている。少し信繁は手を上がるとみんなは会えて夢中になって食べ物を食べ始める。特にアルフレッドは顔を伏せて食べていた。
「そんな奴がいるのか・・・信じられん。」
その言葉にじっと・・・おっさんは信繁の顔を見つめる。
「あんた・・・まさか・・・。」
疑うような目でおっさんは見つめる・・・。
「そう見えるかい?」
「だったとしても何もしねえよ。」
おっさんは近くにあるジョッキに手をつけると、それを一気に煽る。
「あんたら・・・相当な修羅場、くぐってんな。」
「ん?」
「あんたら、さっきの話の時、食べてる途中でも一瞬動きを止めやがった。」
じっとおっさんは周囲を見渡すが、人が来る気配さえない。
「いやまあ・・・いいさ、食えよ。あんたも腹・・・減ってんだろ?」
その言葉を聞くと・・・信繁は軽く頷き、近くのタロイモをふかしたべっとりした物体を信繁は指さした。
「そう言えばこれは何だ?」
「ふ・・・それか?それはこのあたりの奴がよく食う、”タロイモ”とか言う芋だ。食ってみろ・・・味がねえぞ。腹はいっぱいになるがな。」
そう言われて信繁は口に芋を入れる。淡泊でねっとりしているが・・・ぱさぱさする感覚しか・・・無かった。
「本当だな。」
「で、これが地元の牛だ。まあ・・・あまりいい環境ではないが・・・。」
よく見ると青海は芋を少しくって酒を飲んでいるだけで、肉には手を出していはない。
しまは牛肉をかじった節はあるが・・・臭みが嫌いらしく、一口で終わっている。それを美井が少しずつ口で含んでナイフで器用に食べている。幹花も食べてはいないが、筧は噛んでいる物の、苦戦している。固いらしい。
「でもまあ・・・食えるだけましだ。香辛料とかがあればいいが・・・最近高くてな。」
「高い?」
「昔はもっと安いからよかったんだが・・・今じゃ高くてうちらみたいな所だと手がでねえ。」
香辛料の値段の歴史は結構奥が深い、1495年代頃から陸路の少量輸送された黒胡椒の時代から、海路を用いた大量運送での安値とアラビア商人が持って行ったマージン分の確保を実現したが・・・航海時代後期になると、儲かると言われた香辛料の争奪戦が起き、交易船が来るたびに根こそぎ買われていき、現地での分が不足するほどになっていた。そのため数十倍に高騰し、それに合わせ値段も上がっていった。そのため、後期になると、意外と香辛料を使った旨い料理が衰退していった。そのため、香辛料は各地の酒場や料理店、田舎に至るまで、ほしがっていた。特に唐辛子、胡椒の辛さは珍重されていたが、それらを使った料理が普遍的になったのもこの頃で、小悪魔風料理はこの頃からが多い。特に海岸沿いの酒場ではこの香辛料を使った料理しか受け付けないと言われ、この有無の差が売り上げに確実に影響していた。
「それは大変だな。」
「できりゃあさ・・・胡椒とかあれば・・・安く譲ってもらえんか?」
「それは・・・本国に持って行く分があるので。」
アルフレッドも分かっていたらしく申し訳なさそうに答える。
「ある程度、分けてやってくれないか?」
信繁から一言が来る。性格からして予想はしていたアルフレッドはしぶしぶ頷く。
「・・・一樽程度ならいいが・・・少し多めだから安値でも値が張るぞ。」
「構わん。」
「じゃあ、明日持ってこさせよう。」
「恩に着る。」
そう言うとおっさんは大きく礼をした。
「ま・・・食べてくれや。今日は香辛料を使った料理はないが、今度来る時はサービスしてやるよ。」
そう言うと上機嫌に席を離れ歩いていった。その間にも・・・食事に苦戦していた。手で食うにしては熱々の肉、美井を見れば三つ叉の槍みたいな物を器用に使い食べているのを、しまは真似てはいるが・・・結構不器用だった。幹花を含む皆もそうみたいで、苦戦していた。フォークを無理矢理肉に刺すと、口にほおり込む。肉の味が濃く・・・あまり好きではない以上に・・・。
「これ・・・痩せている奴使ってる。」
「俺はこういうのが苦手でな。」
嫌そうな顔をして肉を青海は見つめる。
「だろうな・・・。」
「でも・・・噛み切れねえぞ。こいつ。」
しまも不満そうに肉を見つめ、芋を口にする。
「しかもこれ・・・乳とか・・・だよな。」
そう言ってしまは嫌そうな顔をして、信繁にカップの中身を差し出す。中には信繁が見た事のない白い液体が入っている。当時の日本の飲み物は水、酒、茶以外はなく、ここに出された牛乳やワインになじみはない。だが、牛乳は意外にも船乗りにも好評で水の替わりに運んでいたいワインの次くらいには人気であった。当時の日本人にとって、ほぼこの食材はなじみはなかった。
「飲んだのか?」
「ああ。」
少し信繁は口に含んでみると・・・当時の牛乳は今見たく薄めておらず、甘ったるい。
「これはちょっと・・・。」
その言葉にアルフレッドがのぞき込む。
「ああ。これが牛乳だよ。」
「牛の乳。」
珍しそうに青海がのぞき込むと、カップを奪いぐいっと飲み干す。
「おめえ!」
「ぷはー。うめえ。」
しまが今にも斬りかかりそうな表情で睨む。
「いやあ、始めでだぞ、牛乳。よく、鹸を作るのに使ってはいたが・・・。」
鹸というのは京都周辺で昔作られていた遺失料理で、牛乳からチーズを作る研究の家庭で作られた乾物であり、平安京あたりから寺など出だされていた。
「以外と高級品でな。こいつをに固めると甘い奴ができるんだ。」
当時の貴族以外ではほぼ食べられていない上に、江戸以降は砂糖菓子に押され、絶滅してしまった。
「それは・・・。」
惜しい物を見つめで、青海が飲んだ牛乳のカップをしまは見つめる。
「いいの・・・。それ・・・北に行けば・・・いっぱいあるから。」
「え・・・そうなのか?」
「うん。」
美井の言葉にしまは嬉しそうににやにやしてみせる。日本では貴重品でもヨーロッパでは量産されていて、一般品目である。
「チーズとかも・・・オランダは多い・・・。」
「チーズのお。」
そう言いつつ美井のカップを筧が覗く。結構大きいカップではあるが、半分ぐらいは飲んである。
「チーズが何かわからぬが・・・相当食べ物には苦労しそうですな。」
筧の言葉が彼らが抱くもう一つの不安を象徴していたのだった。
船に帰った信繁と、船で高級ワインを飲んでいたドノヴァンと、アルフレッド、筧と幹花の5人はドノヴァンの部屋で地図を取り出し、にらめっこする事になった。外は暗く、部屋で蝋燭が照らされていた。浮かべられた顔はそれぞれ重い。
「お主らにまず聞いておきたい事がある。」
信繁の焦った声が状況を物語っていた。
「何故、アフリカで撃った船の話がここまで響く?」
信繁い一番の疑問であった。
「何かあったのか?」
ドノヴァンは意外そうな顔で周囲を見渡す。
「現地の物に聞くと、イギリス海軍が我らを捜索しているらしく・・・。」
「何だと?」
ドノヴァンはひどく驚いた顔で・・・酔いが一気に覚めたように見える。
「だとすると・・・本国に着く前に・・・どうにかできないか?」
「話が見えない。私たちにわかるように説明してもらえないか?まずどうしてこんなに速く手配がまわる?」
そう言うとアルフレッドはテーブルの上に大きめの世界地図を広げ、アラビアを刺す。
「まずここだ。」
そう言うと紅海を指さす。
「ここを通って、イギリス領地であるエジプト、地中海を抜けて、本国に着いたのだろう。結構ゆっくりしていたから・・・と思ったが・・・意外と神経質だな・・・連中は。」
そう言って地図の真ん中を抜くようなルートをアルフレッドは指さした。
「で・・・目的地はどこだ?」
面食らいながらも信繁が聞いてみる。この意見は筧、幹花ともに一緒だ。
「ここだ。」
そう言ってオランダの地、イギリスの島を越えた先を指さす。
「ここが母国、オランダだ。」
「え・・・。」
幹花の驚きの声とともに、アルフレッドは対岸の大きめの島を指さす。
「ここがイギリスだ。」
その言葉に信繁、筧の息が止まりそうなほど・・・絶句してしまう。ちょうどイギリスはオランダに行く為には通過しなくてはならない・・・。海域をほぼ全て掌握していた。
「それでは・・・この敵の本拠地を突破しなくてはお主らの地には着かないのか?」
筧の間の抜けた質問は・・・この場にいる日本人達全ての声を代弁していた。
「と言う事だ。だが・・・変に待機すれば捜索はこの地にも及ぶ。」
「しかもここ。」
そう言ってアフリカ大陸の最西端、ダカールを指さす。
「ここでも網は張るだろう。」
アルフレッドは答える。ちょうどこのあたりはゴールドコーストから運ばれた近海を狙って海賊が横行する中立地帯で、各国がこのあたりに港を持っていた。そのため、激戦区とも呼ばれる地域で18世紀ぐらいまでは決して安定しない暗黒地域でもある。先程の話が本当なら、この地域の海賊もオランダ船を狙ってくる事になる。無論その中にイギリス私掠艇やイギリス海軍が混ざる話さえもあり得る。正に危険地帯である。
「どうするんだ?」
ドノヴァンが聞いてくるが・・・聞きたいのは信繁たちである。変に捜索されていなければ・・・そのまま突っ切っても大丈夫だが、この調子だと、ダカールでの補給(当時このあたりにマルタ島というダカール湾の島にオランダ補給基地がある)も難しい。変に見つかれば港ごと砲撃もあり得る。しばらく地図を見て信繁は考えていた。
「そういえば・・・。」
「ん?」
「オランダとかイギリスとかと言っても船の形はまちまちだよな。」
「まあな。」
アルフレッドは答える。主計な事もあり、船の種類には精通している。
「どうやって見分けるんだ?船を。」
「旗だよ。旗。」
と言ってアルフレッドは上を指す。今のこの船はオランダ東インド会社の旗印がついている。
「ついでに言うと旗がなければ、無国籍船という事で、どう扱ってもよいという規定もある。」
その言葉に筧は唾を飲む。日本から出た時には旗はなく、強行突破すればイギリス船に撃沈させられていたとも考えられる。
「じゃあ・・・海賊とかはどうやって区別するんだ?」
筧の疑問はもっともである。自分たちも下手すれば海賊と間違われていたかもしれないのだ。
「海賊は海賊専用の旗がある。旗を掲げる海賊の多くは私掠艇(国が認めた海賊)で、そうでなければどこかに港を持っている船ぐらいしか付いていない。小さい海賊団だと旗印もない。だから、旗印のない船は海賊団だと思われてドボン。」
「第一旗がないのは国の誇りという物がないと言う事だ!」
ドノヴァンは胸を張るが・・・信繁はじっと考える。
「だとすれば、商人の交易船・・・。」
一応この船はオランダの交易船であるが・・・。それを差し引いても通れるとは思えない。
「じゃあ・・・見た事無い旗印だと?」
「ああ・・・。それは害がなければ無視するか、国なら一度臨検(乗り込んで実害を検査する)する。」
「だとすると・・・それが一番だな。」
「はたじるしを・・・。」
アルフレッドも流石に気が付く。
「旗印を作成する。それで後はごまかす。」
「・・・そんなので成功するのか?」
ドノヴァンは嫌そうな顔でじっとと航路を指さす。オランダの首都アムステルダムまでは後三週間はかかりそうな航路である。オランダまでの突破は難しい。
「いや、目的地は・・・あえてここにする。」
そう言って指さした所はロンドン・・・イギリスの首都である。その指先に全員が驚愕した。
「え・・・。」
「何だと!殺す気か!?」
ドノヴァンも流石に絶叫するが、それをアルフレッドは押さえ込む気がしなかった。
「旗印がないなら・・・持ってこればいい。」
「第一どうやって港にはいるつもりだ!」
アルフレッドは台を強く叩く。流石にこれは正気の沙汰だとは思えなかった。
「臨検されるが・・・敵と思わぬなら・・・そこから先はどうとでもなろう。そこで、イギリスの旗を手に入れ、それでオランダまでの海路を確保する。」
「流石に・・・できるでしょうか?」
「変に突破を狙うよりも・・・。あえて偵察ををして、敵陣を見るのが、戦場の定跡よ。」
確かに・・・今まで数多くの困難を越えてきた信繁ではあるが・・・今回ばかりは無茶にもほどがある・・・ように見えた。ドノヴァンやアルフレッドは頭を抱える。今まで怖くて、ロンドンなんて上陸さえした事がない。
「本当に・・・できるのか?」
ドノヴァンはうめくように信繁を睨む。
「出来る出来ないではありません。やるか・・・やらないかです。」
ドノヴァンが頭を捻っても何の対策もないが・・・。
「それでロンドンを突破できるとして・・・。ここはどうするつもりだ?」
そう言ってダカールを指さす。
「ここは・・・ロンドンでごまかす以上・・・ここはあえて強行突破する。」
「追跡部隊は?」
「海上の奥まで引きつけて、撃沈する。それに旗印を変えれば海賊以外は襲って来まい。」
勝算は少ないものの、無いよりはましという意見でもある。まあさっきまでの絶望的な手法よりはましだが・・・。
「俺は認めん。船室にいるからな!」
そう言うと、ドノヴァンは部屋をでてしまう。
「じゃあ・・・。」
信繁が更に考えようとするが、アルフレッドも立ち上がる。
「あの人なりに、しぶしぶ了解したと言う事だ。自分が責任取りたくないからな。」
「わかった。幹花・・・仕度を頼む。」
「了解しました。」
そう言うと各自立ち上がり・・・ドノヴァンの部屋から出て行った。
「でも・・・皆が納得する旗でないと・・・。」
幹花、筧、信繁は歩きながら考えていた。
「ですな。」
「しかも・・・塗料はほとんどこの船には・・・。」
幹花が申し訳なさそうに信繁に告げる。塗料自身はなくても旗は作れる・・・だが・・・変にしみと思われればそれだけでも・・・。
「わかった・・・俺が作っておくが・・・旗の布地はあるか?」
信繁はある決意を・・・固める。
「それは明日、白い布ぐらいは買いに行かせます。黒胡椒の件もありますし、でも塗料は・・・。」
筧は何となく・・・予想が付いた。
「筆は・・・まあいいか・・・手で。」
幹花はじっと信繁の手を見るが何をしたいのか見当が付かなかった。
「後食糧を積んで・・・4日後にでる。後・・・金目の物を少し用意しておいてくれ。諸侯子に必要になる。」
「了解しました。」
そう言うと・・・幹花は船倉に歩いていった。筧と二人、船長室へ向かう。
「あれ・・・ですか?」
筧は少し早足になった信繁に追いつくように歩いていく。
「まあな・・・確かに持ってきた物資の中に塗料はない。」
船長室に足早にはいると筧の見ている前で上半身をはだける。
「でもどうやって?・・・今度は塗料もないので、足りませんぞ。」
「布一枚ぐらいなら出せる。それに・・・。」
そう言って、隠しだなを一つ開く。そこには小瓶一つ程度の赤い液体があった。
「鎧を染めるように自分専用に一つもってきておいたのだ。これを使う。」
大阪夏の陣で行った血の塗料・・・。それをここでも再現するというのだ。
「そうだ・・・筧・・・頼んでいいか?」
「何でしょうか?」
「アルフレッドの所に行って・・・旗の法則について聞いてきてくれ。変な物を掲げれば勘違いされるからと言えば、ある程度の資料を出すはずだ。」
「了解しました・・・。無理だけはなさらぬように。」
そう言うと心配そうに船長室から・・・筧は去っていった。
出航前の会議から四日目の日にはマストのてっぺんに赤い日の丸が掲げられていた。それを各船員達がじっと見つめる。
「これは?」
しまが不思議そうに旗を見つめる。赤い丸と白い布・・シミにも見えるが・・・シンプルである。
「俺たちの旗!日の本である!」
信繁のその言葉に船員達がじっと旗を見つめる。
「昔・・・家康公は!我がいた、あの国の事を・・・”日の本”の国と言った!」
その言葉に船員達が・・・オランダ人達を除いて・・・唾を飲んだ。
「そう言われてみれば、我らの旗がないので・・・これにしてみた。この旗は我らにとって・・・大日如来の来光を・・・天皇陛下の威光を・・・。東の果てである我が国を・・・。示す物だ!」
オランダ人は日本語で語られている内容をよく理解できぬまま、じっと旗を見つめる。
よく見ればこの旗・・・1(連絡用の信号旗で用いられる数字を示す旗で1)に似てる。だが、その旗を見ると細かい部分が違う。
「この旗は!今後の我らをお守りくださるだろう。」
「おおー!」
日本人の船員達が掛け声をあげる。後を追うように空気に合わせ、オランダ船員達も声を上げる。
「そんなもんか?」
しまが小声で旗を見つめる。
「元々・・・験担ぎなぞこんな物だ。それにあれは・・・。」
「ん?」
じっとマストの上に掲げられた旗をしまは見つめる。
「あいつの血だ。」
「え・・・。」
青海の言葉に隣の二人が固まる。
「お主・・・知っておったのか?」
筧が驚いたように青海の顔を見つめる。
「旗を掲げる時に・・・血のにおいがしてな。それにしてもお主も・・・知っていたのか?」
「まあな。」
青海達がひそひそ話す中・・・何かもの悲しい顔で、しまは旗を見つめる。
「そんなにしてでも旗がなきゃいけないのか?」
「そうじゃない。通る為に必要な物だ。これがなければ・・・イギリス船をごまかせない。」
「イギリスせん?」
しまは不思議そうに頭を捻る。
「ほら・・・もう一ヶ月ほど前になるか・・・。戦った船。」
「ああ。あの船の国だよ。」
ひそひそ話していると・・・もう他の船員は出航準備を始めていた。
「お前達・・・。少し頼みたい事がある。」
「ん?なんだ?」
青海達が信繁の方を振り向く。
「お前達だけでも、一応戦闘準備をしておいてくれないか?」
「はい?」
信繁が、船尾の船長室に向かいので、それについて三人は歩いていった。
「一応な。海賊地帯を抜けるまでは何時襲われるかわからない。しかも前聞いた話だと。」
「海賊が襲ってくる公算は高い。」
筧の言葉に青海としまは緊張する。
「幹花殿は?」
「あれはあれで備えてあるそうだが・・・。」
「じゃあ、俺は大砲室近くで出番を待つとしよう。しま。」
「おう。」
「お前がしばらく見張り・・・頼んだ。」
そう言うと青海は離れて船室へ向かっていった。大砲室では一応砲撃の準備だけは・・火薬が湿気ないように管理はされている。
「わかった。俺はまあ・・・いつでも出来るようにしてあるしな。」
そう言うと少し緊張した面持ちで、マストの方に走っていった。一応一人、見張りはいるが・・・。警戒を高める意味で、身軽な者は欲しい。
「私も久々に槍の出番ですな。」
「頼んだ。」
そう言うと筧は船首に歩いていった。こうして、ロンドンに向けた出航は始まったのである。
「あれ・・・何ですかねえ。」
「ん?」
見張り台からヒゲモジャの男が見つめる。
「何がある!」
「船には船・・・何ですがね。あの旗・・・なんかシミっぽいんですよ。」
「見せてごらん!」
そう言うと双眼鏡をくろいコートを着た・・・船長が覗く。そこには少し大きめの船だが・・・確かに旗は白地に赤丸・・・。何の旗か・・・よくわからない。
「あれは・・・。」
最近は護衛船が付く事も多く、海賊もそれほどではないが少なくなってきている。当然、海賊討伐も、イスパニアとイギリス双方が行ってはいるが・・・。お互い私掠船をつぶし合うだけで、こうした一般の海賊まで手が回っていないのが現状だ。だが・・・海賊にしては旗が白いし・・・。商業にしてはあっさりしすぎている。何かの信号でもないよな・・・。でもまあ・・・あの船自身が大きいから・・・狙う価値はある・・・どうも一隻で航行する船は最近少ないから逆に珍しい。ここを子供の遊び場か何かだと勘違いしているボンボンなら・・・。
「船長!」
その声に後ろを見ると、船員達が武器を構え、にやにやした顔をしている。最近獲物が少ないだけに・・・これ以上の待ちは危険だ。
「行くぞぉ!お前ら!あの船!頂くぞ!!」
それにあわせ、船員達の雄叫びが聞こえる。この海域に知られた海賊団”アスバルガー海賊団”の出陣である。
「信繁!左!後方に黒い帆の船が接近!」
後方から迫る船を見つけ、しまが叫び、見張り台に設置した警報用の銅鑼を鳴らす。
「旗は?」
信繁の声が響く。
「分かんない。黒に・・・どくろの帆!」
その言葉に甲板でバックギャモンに興じていた船員達が立ち上がる。この反応・・・海賊船か!
「かなり速え!」
その言葉に各員が武器を構える中、船室へつながる階段前に信繁は走っていった。
「青海!左後方!水平発射!」
「了解!」
青海の言葉が聞こえると自身も着込んでいた陣羽織を脱ぎ、鎧装束のまま構える。
”うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!”
青海の怒号が響き、大砲の向きが変わる。この船の大砲は少しでも大砲の向きによる船の角度を押さえる為に、スライド可動式大砲棚を採用している。大砲の設置代のおしりの方に滑りやすくした可動台を設置して、ある程度の角度までなら曲げられるようになっている先日の戦いでも使われていた機能であるが、撃つ前に砲撃手全員で、角度の調整が必要な為、砲撃に時間がかかるのが欠点でもある。だが・・・。青海と数人だけで乗っている人ごと、砲台の向きを変える。最初の一撃用に火薬をあらかじめ仕込んであり、湿気ないように管理はしてあった。
”撃てぇぇぇぇぇぇ!”
その掛け声とともに大砲は即時に発射された。大砲は船の斜め後ろに向かって撃たれ、。船は大きく傾くが、ここにも更に工夫がされている。衝撃を逃がすように柔らかい棟木を用いた台座で衝撃を軽減してある。これにより、振動幅を抑え、可動台座の寿命のを伸ばす工夫がなされている。その甲斐もあってか初撃で・・・相手の甲板に数発がぶち当たる。
その衝撃で、船の足が止まって・・・。船側自身は少し古いが、まだ直進をやめる気配はない。
「次弾!真横!水平近接準備!」
双眼鏡を構えた信繁の声が響く。それに合わせ、青海達の台座を動かす声が聞こえる。下の階の者達は特に力持ちを配置してあるのもこの為だ。
「てめえら!カルバリン砲だ!」
そう言って甲板の大砲を構えようとするが・・・船員の動きが鈍い。まさか、あんな所から、大砲が飛ぶとは・・・!並の船ではない!ならなおさら!
「おめえら!しっかりしろ!」
声を船長が掛けるが・・・。各自、陰に隠れている!これでは砲撃できない。なら!
「帆を回せ!体当たりでそぎ落とすぞ!海戦の準備だ!接近戦なら大砲は使えねえ!」
その掛け声で船員達が側面に集結する。少し高い物の・・・あれなら縄一本でいける!
「激突するぞ!」
その声にアスバルガー船長は近くの手すりに掴まる。いつもよりかなり大きな獲物。これに・・・勝てるのか・・・。一抹の不安がよぎる。
「構えろ!」
その声とともに、船同士が激突し、船が大きく揺れる!
「後続部隊は!」
「無い!」
しまが縄を下りて、下に下りながら答える。その間に、信繁は船室への入り口に回り込む。
「戦闘準備!しめるぞ!」
「了解!任せた!」
青海の言葉を聞くと即座に入り口を封鎖する。また船室では各自武器を構え、下を見つめる。鉤縄が投げ込まれる。これで上がってくるつもりだ。信繁は手を挙げ、待機させる。今下手に手を出せば敵はしたから何かを持ち込む。・・・引きつける!
「おめえら!乗り込め!」
下にある敵の甲板から聞こえる声とともに、マストに上った海賊達の発砲が始まる・・・。だが・・・。水を入れる用の樽を構えた男達の前に弾は弾かれる。当時の鉄砲では、水を入れる用の樽は早々貫通しなかった。筧は手短に合ったモップを手荷物と、思いっきり相手に向けて投げつける。それはマストに上った男の頭に当たり、真っ逆さまに落ちていく。そして下の方ではかぎ爪の横に手がちらほら見えてくる。
「行くぞ!」
「おおー!」
その言葉とともに信繁は駆け出すと乗り出した海賊の頭を勢いつけてぶん殴る。各自、先陣を切った者は同じように、顔をぶん殴った。それとともに最初の船員達が、自身の船に落下し、背中を打ち付ける。その様子に、アルフレッドは驚いていた。あまりにも訓練された・・・軍隊でさえも見た事がない・・・規律のようなものを感じていた。そして下を見ると、落ちた兵士に驚いている者の、船長らしき、黒くなって着古した軍服みたいなコートのパイレーツコートを着た・・・船長を思われる人物の掛け声が響く。
”あれ・・・女性か?どちらにしろ、船員は彼女に従っているようだ。なら!”
信繁の考えが固まると、勢いをつけ甲板を走り・・・敵の鉤縄をたどり、一気に駆け下りる。それに合わせ、船員の一部は一揆にて機先に駆け下りる。只ひたすらに戦闘員ではないオランダ船員達は、呆然と見ているしかなかったのだ。
「あの・・・アスバルガー相手に!」
アスバルガー海賊団。ダカール周辺を根城にする海賊団の中でも1,2を争う巨大海賊団で、”雌豹”アスバルガー率いる艦船である。その戦闘力で、各国の制圧艦隊を返り討ちにした名称でもある。その異名は船乗りの間で広がっており、特に近接海戦などを得意とする海賊団である。また、船を集めている事も有名で、数多くの艦隊が船ごと奪われていった。特に”雌豹”アスバルガーはその武勇でも一目置かれているが・・・。
「おまえ!」
下りた信繁は手に持った太刀で、船長に向ける。
「なんだ!」
「一騎打ちを申し込む!」
そう言う間に後ろから襲ってきた船員の太刀をかわすとその流れで後ろの人間を一太刀に切り付ける。だが、船内は混乱状態であるが・・・!
「ふざけるな!やっちまえ!」
その掛け声に海賊達が信繁を取り囲む。各所で戦闘が行われている物の、信繁の周りでは・・・。
「どきなぁ!」
その声とともに頭上をしまが通り過ぎていく。ロープにまたがり、すぎていったようだが。その後を船員達が追いかける。そのためか・・・少し人数が減っている。
「待てぇ!」
「遅れ・・・おや・・・。」
幹花が信繁の側に人混みに紛れてくると・・・じっとアスバルガーの姿を見つめる。
「こんな所でかわいらしい・・・。」
「な!て!てめえ!」
アスバルガーはその言葉に刀を振り上げるが、それをすんででかわし、少し距離を取る。
「てめえ!」
アスバルガーは声を上げる者の、今度は少し落ち着いていた。早々この初撃をかわせただけの人間・・・いや女性には出会った事が無かった。
「信繁様は・・・。」
「わかった。」
そう言うと後ろを信繁は振り向く。そして幹花はじっと間合いを取って構える。刺さすがの幹花でもかわすが手元に入る前に入る一撃で十分致命傷になる。
「お前・・・来ないのか?」
アスバルガーの落ち着いた声が聞こえる。先程とは違い冷静だ。もし下手にこちらから斬りかかれば、一気に懐に入れるだけの早さを・・・相手は持っている。
「それは・・・どうでしょうか・・・。」
お互い牽制し合うがここは戦場。後ろでは信繁が数人の船員達と斬り合っている。時間稼ぎも程々にしないと・・・。少しの間合いだ・・・お互いは動けな・・・。
「どおぉっぉぉぉおおおおお!」
遠くからの声にアスバルガーはすっと後ろに下がる。そこに丁度しまが落ちてくる。
”どぉ・・・・。”
板と体顔もいっきりぶつかる鈍い音が二人の間に響く。その間に割ってはいるように幹花が一気に間を詰めるがそれを切っ先で牽制・・・幹花の動きは止まった。
「流石に・・・!」
次の瞬間、持っていたサーベルを下に打ち下ろす。
「中々やるね。」
落ち着いた声で、しまがしゃべる。幹花が下を見ると、這いながらもしまが、足下を狙い一撃を加える所を無理矢理サーベルで押さえ込んでいる。だが、その力は凄く・・・。アスバルガーは少しずつ下に下げ、刃の中心に合わせる。
「ほんとに・・・腹が立つねえ。」
じっと下の子供を見つめる。その刃は太く・・・どう見ても力の加減一つ間違えば、このサーベルぐらいならへし折りそうな・・・刃物である。どう見ても子供が持つ物ではないし、見た事もない。こんな所で身軽に飛び回る斧というのも聞かないが・・・。そう考えが頭によぎる一瞬に、幹花は胴体を預けるようにダイビングして肩を押さえ込む。肩から二の腕を押さえ、サーベルを触れないようにして体を封じる事で、刃物を封じる狙いだが、その勢いのまま後ろを取る。アスベルガーも機転を利かせ、一瞬でサーベルを床に刺すと、後ろを取った幹花の襟首を掴み、前に投げつけようとするが・・・そこを足を絡ませて抵抗する。
「本当に!」
「さすが!・・・ですね!」
幹花の声が漏れる、あまりの力に引っ張られるのを押さえるだけが手一杯である。
「お前!」
あまりの状況にしまは・・・呆然としてしまった。
「そこまでだ。」
信繁の声に全員の声が振り向く頃には、信繁達の船員達が、半数以上の海賊達を押さえている姿だった。声に合わせ、しまと幹花はさっとアスバルガーから離れる。その様子をじっとアスバルガーは見つめた。
「剣を取れ。」
「何をするつもりだ?」
「一騎打ちだ・・・船員達も納得しまい。」
アスバルガーはあえてサーベルを持って周囲を見渡す。自慢の海賊隊の一部は見合っている物の、押されており・・・相手が悪かったと言う事だ・・・。逃げるにも接近しすぎている。ここが潮時だ・・・。
「お前・・・女だからとか・・・馬鹿にしないのか?」
「ん?」
信繁は刀を構え、じっと船長を見つめる。取り押さえられた海賊達はじっと船長を見つめる。その喧嘩で一度も負けた事がない船長の姿を・・・。だが彼女自身半分諦めていた。先程の戦いで体力を奪われている上に、相手の構えに好きらしい隙はない。例えしばらく構えていれば負けるのはこちらだろう。そう・・・勘が告げる。
「馬鹿にするもクソも・・・お前。船長だろ。最後までけじめをつける・・・だろう。」
最後は相手の表情を見て、語彙が弱くはなるものの、じっと信繁は相手を見据えていた。
しばらく見つめた後・・・アスベルガーはサーベルを甲板に突き刺した。
「わかった。投降しよう・・・。」
今までつきあった船員達には申し訳ないが・・・。
「だから・・・彼らだけでも・・・。」
しばらくじっと・・・軽く周囲を信繁は周囲を見渡す。
「お前・・・。」
「・・・。」
「一緒に来い。」
「・・・。」
簡単に言うと生け捕りで、どっかに連れて行く気だろうが・・・。
「付いてくるか?」
「船員達の無事さえ確認できれば。」
「・・・まあいい。わかった。行くぞ。」
「は・・・はい。」
そう言うと手を挙げ・・・近くにあった鉤縄を伝い、信繁達は帰って行く。その様子に唖然として・・・。船員達はお互いを見渡している。負傷者はいるが・・・死傷者らしい死傷者さえいない。
「お前ら・・・大丈夫か?」
「あ・・・はい・・・。何人かは海に落ちましたが・・・。」
落ち着いて見渡す。確か・・・あいつらを襲ったの俺たちだよな・・・。
「どうします?」
副船長が聞いてくる。こちらが聞きたいぐらいだ。上の方で少し話し声が聞こえる。
「とりあえず・・・船を少し離して待機。私が一人で行ってくる。」
「船長。」
副船長の慌てた声が聞こえるが・・・。こちらも訳がわからない。只・・・もう一度・・・決着はつける。
「どうなりました?」
アルフレッドは少し下を覗く、向こうの海賊達は何かつきものがとれたように出航の準備を始める。
「とりあえずは付いてくる・・・と言っていた。」
「へ?」
「海賊気は目立つので降ろさせるが・・・。二隻あれば、少しは突破も楽になるだろ?」
信繁の平然と言い放つ事に驚いていた。相手はあのアスベルガー。いるだけでも異名で普通の海賊は素足で逃げ出す、あのアスベルガーである。ドノヴァンもじっとその船を見つめるしかなかった。あまりもあっさりした・・・戦闘だったが・・・。
「何か・・・凄いな・・・お前・・・。」
流石のドノヴァンも腰を抜かしそうな顔で、信繁を見るめる。
「怪我はないか!」
「まあ・・・。少しは・・・。」
見渡すと少しは怪我人はいるが・・・船自身は体当たり一度のみと軽傷で済んでいる。
「おい・・・。」
青海が開けてもらった船室からはい出るように出てくる。
「どうなった?よく分かんなくてさ。」
「ああ。勝ったよ。まあ・・・賊相手に追いはぎはすまい。」
「確かに・・・でも・・・哀れだな。」
そう言って青海は下を見つめる。少し船を話、停船している。
「おい。」
「ん?」
「誰か上がってくるぜ。」
そう言ってる位置に一人のコートを羽織った・・・アスベルガーが船に上がってくる。
「お前・・・。」
アスベルガーが周りを見渡す。さっきの少年と・・・幹花の他に数人の幹部と、複数の男達がいる。
「一緒に来るとはどういう事だ?」
アスベルガーの雰囲気に押されて、アルフレッドが身構えるが・・・信繁は自然体のように刃物も抜かず・・・じっと見つめる。
「一緒に来る。それだけだ。」
「準備がある。一度・・・付いてきてくれ。」
「わかった。アルフレッド。それでいいな。」
「りょ・・・了解した。」
慌ててアルフレッドが頷く。念のために一週間ほど余分に食糧はあるが・・・。
「お前・・・疑わないのか?」
不思議そうに信繁を見つめる。何時逃げられてもおかしくない。アジトに行けばまだ味方がわんさかいる可能性だってある。
「疑うばかりじゃ疲れちまう。だからといって、飲む条件で信じる訳じゃあねえが・・・。あの時のあんたの目が出来る奴なら信用してもいい。」
信繁の言葉にアスベルガーはじっと見つめる。
「あんた・・・何者?」
「さあな。」
「・・・あたしの名は・・・フォン・ミレイユ・アスベルガー。ミレイユでいい。」
「じゃあ・・・ミレイユさん。よろしく。」
そう言って信繁は手を出した。・・・。しばらく見つめた後、手を強く握り返すが・・・答えた様子はない。
「じゃあ・・・頼んだ。」
「誰か乗せておいた方がいいんじゃねえのか?」
青海が一言加える。
「確かに。すまないな。」
「構わん。」
ミレイユは依然と答えるが実際はどきどきしていた。
「私が・・・。」
幹花が答えると、信繁は頷く。
「じゃあ、こいつが行くから後はよろしくな。」
「あ・・・あ・・・は・・・はい。」
あまりの急展開にミレイユ自身も呆然としてしまう。
「よろしくお願いします。」
そう言って軽く礼をする・・・この女・・・。少し・・・違和感を覚える。さっきまで戦っていた相手だぞわたしは。
「よろしく・・・。」
軽く礼をすると、何もなかったようにロープを伝い、船に下りていく。何か高次元というか・・・世界の違う何かを見た気が・・・私にはした。
「みんなには・・・ここで・・・。言いたい事がある。」
ミレイユは周囲を見渡していた。ここはアスベルガー海賊団のアジトである”十字船の島”奥にある、船の格納庫である。大きめの天然洞窟で、かなり大きい洞窟である。そこには手入れはされていない物の、5隻の戦艦がそこにはあった。
「私はある者に敗北した。」
彼女の前には百名を超える男達が整列し石の上に座っていた・・・。幾つかには女性が混ざってはいるが・・・その全てがじっとつらそうに声を紡ぐ彼女の声をじっと聞いていた。
「そしてその男はどこともしれぬ・・・海に・・・。付いてこいと言った。私は部下達の放免を願い・・・受け入れられた。」
その言葉に全員が・・・唖然とした。彼女の腕前に惚れ・・・つきてきたような海賊団である。それが叶わぬなら・・・どういう人間が・・・。
「私は・・・ついて行こうと思うが・・・。お前達に聞こう。」
その言葉に意味がわかった数人が周囲を見渡す。
「付いてくる者があれば・・・。私と一緒に付いてこないか・・・。もう報酬をそんなに渡す事も出来ない。もしかしたら、陸地に下りたら最後・・・捕まる、最後かもしれない。」
その言葉にじっとアスベルガーを皆が見つめる。
「もしかしたら、ついて行った先で海軍に撃たれ・・・落とされるやもしれない。それでもいいのなら・・・私に付いてきてくれ。私は・・・お前達を守る。」
その言葉が終わった後にじっと周囲を見渡す。
「私は・・・フラウジーナスで待つ。」
そう言うと、彼女は彼らに背を向けると、ボートに一人・・・いや二人乗り込む。
「フラウジーナスって何?」
幹花が不思議そうに聞くなか、ミレイユは一人、船をこいでいく。五席並べられた船の中・・・一隻だけある全体が白い船にたどり着く。この船だけが幾つかある船の中でこの船だけが接岸されておらず、帆も白く美しい。
「この船さ。この船には手をつける事はないと思ったんだがねえ。」
「と言うと?」
「こいつはある船乗りから譲ってもらった思い出の一隻さ。」
「へえ。」
後ろが騒がしくなったので後ろを見るとかなりの数の移動ボートがあとを着いてくる。
「お前ら・・・。」
「親方!どうせ足を洗うなら!俺たちもついて行きやす。死んでも・・・一緒です!」
「お前ら・・・!!」
ミレイユはその時、部下の前で初めて泣いた。
「親方・・・。」
「お前ら!出航準備だ!外に船を待たせてある!後の船は・・・。」
「ここに置いておいてください。」
幹花の声に部下達が振り向く。
「どうせ・・・もう一度ここに立ち寄る事になりますから。」
「どういう事だい?」
流石のミレイユも少し怒りながら・・・。幹花を見つめる。
「これだけの物・・・捨てるには惜しゅうございます。」
「あんた・・・。」
その言葉に幹花を見つめる。その瞳はあくまで冷静だった。
「只・・・戻るには数ヶ月はかかるでしょう。ですから・・・各々・・・準備なさいませ。私は待ちますから。」
「わ・・・わかった。」
そう言うと幾つかの船は引き上げ・・・荷物を取りに戻っていった。
「あんたら・・・何者だい?本当に。」
「私ですか?こう見えても忍者ですから。ある程度は嗜ませてもらっています。」
「忍び?忍者?ひそむ?」
不思議そうな顔をしてミレイユは幹花を見つめる。その間にも部下達は船に上っていく。
「分かんないけど・・・そう言う物だと・・・思っておくよ。」
「それでお願いします。」
「でもあんたら・・・これからどこに行くんだよ。」
「ん・・・ああ・・・言ってませんでしたね。ロンドンですよ。」
「え・・・ァ・・・ロンドン!?」
その驚きに、上っている最中の船員が思わずミレイユの方を振り向く。
「ロンドンってあんた・・・何しに行くんだい?」
「旗取り・・・ですかね?」
「旗取り?国でも潰しに行くのかい?ふふふ。」
ミレイユは思わず笑ってしまう。
「まあ・・・そうではないんですけど・・・。そう言えば・・・海賊でしたよね。倒した相手の旗とか・・・集めてます?」
それに真剣に聞き返す幹花に思わず・・・じっと幹花を見つめ返す。
「いや・・・国家とかそう言う事が嫌いでね。すぐに捨てたよ。あんなのあっても嬉しくない。」
「ですか・・・。」
「じゃあ・・・あんたら本当に旗だけを求めて・・・。」
「ま・・・色々兼用していますから・・・結局は行きますけどね。」
「そう・・・なのか?・・。もしかしてあんたら?」
「はい?」
「イギリスの船倒してここまで来たオランダ船?にしちゃあ・・・あの旗は・・・。」
「正確に言えば・・・色々違いますけど・・・。でも・・・おおむねは合っていますね・・・。」
「あんたら・・・何者?」
「そこまで気になるなら付いてきてください。そうすればきっと・・・わかりますよ。」
・・・。
「ほんと・・・何かおもしろいのにあたっちまったな。でも・・・そんな奴らがいるだけでもって・・・。」
周囲を見渡すともう全員が盛り込んだ新しく、ほほえましい顔で、幹花が・・・微笑んで見つめている。
「皆さんお待ちですよ。」
「わ・・・わかったよ。」
それが・・・ミレイユ最愛・・・最強の船”死神の夢”号の初出航である。
これで、航海編は終了します。次回からはイギリスオランダ編になります。又遅れた事をここにお詫び致します。