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異聞 真田信繁伝  作者: どたぬき
第一節1614年二月
19/30

第十七節 半蔵の真意とオランダ商船団

あれから一ヶ月 信繁たちは山田たちに学問や武術などを押江禎太。そのなか、修理が終わり執行の準備が可能となる。その時・・・。

第十七節 半蔵の真意とオランダ商船団


「大体こんな・・・こんな感じだ。」

 地面に絵を描き説明する信繁の周りに群がっていた男達が離れていった。そこには戦術に関する連携の図が書かれていた。それを貴重な紙に写している物もいた。

「ありがとうございました!」

 立ち上がると全員が一礼をする。この現地に住む日本人街の傭兵達の顔は輝いて・・・憧れの教官でも見ているような・・・きらきらした瞳で信繁を見つめる。滞在が必要な一ヶ月間の間、青海、筧、幹花達と信繁は、教えられる限りの技術を教えることにした。・・・暇だからと言えば暇だからだが、あの新谷傭兵団のままではいくら兵士を送っても、死傷者ばかりが増える一方で、どうしようもないと分かっていたからだ。だから、幹花はこの辺一体に使われる言語と体術、青海は傭兵稼業の鉄則と仏教、筧は計算と棒などの武器。信繁は戦略と思想と礼儀についてを教えていた。最初のうちは教えられることに反感を抱いていた彼らも、彼らの強さなどを目の当たりにして、(しぶしぶ)従っていった。

「船の修理を終わるし、これで俺からの講義は終わりだ。」

「寂しくなるな。」

 去っていく他の者や子供達を残して、長政は寂しそうに信繁を見つめる。確かに最近船は修理されていたが・・・。

「いいさ。俺もすぐに出航できるなら、こういう事はしなかった。」

「本当に助かる。」

”親方ー。こっちくてくださいよ。飯!飯!”

 向こうから男達の声が聞こえる。この日本人街の長として、傭兵団を率いていた長政はこの頃にはすっかり呼ばれ慣れるまでになっていた。新谷元傭兵長は・・・今はどこにいるのか誰も声を掛ける者はいなかった。

「応!行く!」

 言葉に応えると、山田は一礼して、信繁の元を去っていった。もう夕方ではあるが・・・。

「本当に・・・短い・・・。」

 信繁は感傷に浸りつつ、夕日が下りようとする空を見つめる。異郷でも鳥は鳴き、夕暮れは来る物だと感心している・・・。そう言えば、今はオランダ商船に乗っていったソラ達は元気だろうか。何も言う前に慌ただしいままで照ってしまったが、しま達にも良い経験になったようだ。

「・・・何がですか?」

 その声に振り向くと幹花がすぐ側にいた。

「いや・・・ほら・・・一ヶ月って何か・・・こうね・・・。」 

「それは良かったですね・・・。」

 冷たく・・・いや一ヶ月間の間、何の態度の変化もないまま冷たい瞳で幹花は見つめる。

「で・・・。船長来てください。」

「はい?」

 そう言うと、幹花は腕を握るとそのまま、ズリズリと引きずっていった。

「着きましたよ。」

 信繁は連れて行かれた先、そこは港であり、もう修理を追えた船・・・のとなりに似たような船がある。そこから人々が下りてくる。

「これは・・・。」

「はい。日の本で製作していた二番艦です。」

「これは・・・。」

 どう見ても似たような船ではあるが・・・。大きさは少し大きく、立派であった。

「これを待っていたのか?」

「それは・・・そうですね。」

 信繁はその船から下りてくる船長を待とうと思ったが・・・。

「で、やっと届いたのがこれです。」

 そう言って手紙を信繁に手渡す。

「これは・・・。」

 日本風の手紙に書かれた自分の名前につい違和感を覚えてしまう。中を開くと丁寧な文字が書かれているが・・・字に見覚えがあった。

「半蔵か。」

「ハイ。半蔵様の手紙です。」

 幹花の声のうわずり方を尻目に、信繁は手紙を開く。

”ご機嫌いかがだろうか。こちらの方は大分安定的ではいるが・・・まだまだ予断を許さないといった所だ。で・・・ここからが本題になる。君に頼みたいことがある。これはここ数年の議題でもあった話だ・・・。多くの大名は知らないが、豊臣家には海外からの通商契約があり、各国と結んでいた。どうもこの通商契約と言う奴がくせ者で、商売特権を定める物だが、どうもこれが国を支配したと勘違いする国もあるみたいだ。そして何より我々には分からないものがある。其れは・・・大阪城であった黒ずくめ。按針の話ではあれはカトリックと呼ばれる輩で、そのほかにプロテスタントとか言う輩がいるそうだが・・・。実のところどちらを信用して良いのか分からない。それに按針の話が本当なのか今ひとつ要領を得ない。そこで信繁には頼みたいことがある。それは今回通商条約を絞る相手であるイギリス、オランダ、イスパニアの三国を調べてきて欲しい。諸大名によれば、このどれか一国に絞ることで、この動乱を未然に防ぎたいという意志もあるようだ。

お主がいるその地点が我々の知る最前線である。そこから行き方を探り、イギリス、オランダ、イスパニアの三国の位置を探り、その現状を報告して欲しい。そのうち一国条約を結ぶことで、安定を図りたい。よろしく頼んだ。”

「・・・これが目的か・・・。」

 確かに国内ではいえないはずだ。それにこんな立派な船を用意したはずだ。あの時行っていた希望とは、諸外国に行くことができる船の完成で、他の国に張り合うつもりだったのだ。

「はい。」

「一ヶ月の修復は嘘か?」

「正確に言えば、この船の到着まで、何を言っても待ってもらうつもりでした。」

「そうか・・・。」

 今着いた船を見つめる。そこにも多くの浪人達が乗っていた。夢と希望に輝いた瞳でこの地を踏みしめている。

「それなら・・・待たずに船の中でも伝えればいいのではないか?」

「いえ。実はこの話は家康様が平和にするまでは後回しにしていた問題で、やっとできるようになった問題なので、実はかなり前からあったのですが・・・。」

 そう言って幹花は乗ってきた船の中に入っていってしまった。それを見て信繁は慌ててついて行った。

「ただ・・・我々はこの輸出、輸入には我々は理解できない問題があります。」

 歩きながらしゃべってはいるが、今は船員も少ないながらも、入り口だけは封鎖させている。

「と言うのも、向こうの物価、特産品が分からぬ以上、向こうでの価値は分からない為、このままでは言い値で相手の商品を買い取らなくてはならないのです。」

「それは・・・。」

 幹花は話ながら、船長室へ歩いていった。

「確かにそれはまずいが、こうして交易しているじゃないか。」

「それはこうしてある程度船の行き来が楽な地域では、相場の聞き取りも容易い物でしょう。ですが、どこにあるか分からぬ地域ではそれもできません。」

 幹花が船長室にはいるとその後を追いかけて信繁も入った。

「ここで一方的な損をすれば、他国に攻め入らせる隙を与えます。それに・・・。」

「それに?」

「変に迎合すれば大阪みたいな事が起きるやもしれません。」

「それは・・・。」

「だからといって遅れれば、周辺諸島みたいな事になります。」

 信繁が具足を脱ぎ畳に座ると、幹花も腰を下ろした。

「と言うと?」

「ハイ、大体予想が付いているかもしれませんが、この辺り一帯は今、半々で、ある国に支配されています。うち一国はオランダ。新興国ですが、その勢いは強いです。もう一国は・・・」

 信繁は棚においてあった地図を幹花の前に広げる。

「イスパニア。帝国らしいのですがその実情は分かりませんが、宣教師の多くはこの国の出身な様です。ですが、オランダも同様かもしれません。そこがはっきりしないのが今回の決断を難しくしています。」

 そう言って地図を指さす。

「このアユタヤもオランダ商船が仕切ってはいますが、ポルトガル、イスパニア船に取り替えされるか分からない。そう言う実情があります。」

この1600年代の東南アジアはオランダのオランダ東インド会社とイスパニアの勢力争いの中にあった。その為か賄賂や小競り合いが多く、予断の許さない状況でもあった。またその中でも突出した戦闘力を持つ日本はどう出るのか各国が見守っていた。状況次第ではどちらも勝者になりうる状態であった。だからこそか、当時の日本の商船は実害がないのも含め、どちらの勢力も、無条件で通していた。

「そんな状況なのか・・・。」

 あの時の新谷の喜びようはこういう事か・・・。信繁は感心してしまう。

「ですから、身の振り方一つでは幕府は滅びてしまうやもしれません。」

「でもまあ・・・船員は?」

「ハイ。それは明日、選抜を掛け、のせていきたいと思います。後、職人、船大工等の足りない人員を取り寄せておいたので、彼らも乗船いたします。」

「これでやっと本当の人員分をそろえたわけだ。」

「はい。どこにあるのか分からない国に行くのです。せめて万全の備えをしたいものです。ですから半蔵様は万全の準備をなさいました。」

 信繁は地図を見て考える。確かに東南アジアの位置を示すこの地図のどこにも、オランダの文字はなかった。

「それでか・・・。」

 あの時の家康の日の本への愛情。そしてこの船に託した未来。意味が理解できた気がしたが・・・手がかりさえない国へ行こうとは・・・。半蔵も大胆なことを考える。

「ただ・・・。」

「ん?」

「大まかな地図はあるので、それを頼りに・・・。」

「それはまずい。」

 幹花が地図を取り出そうとするのを押さえる。

「どうしました?」

「その地図だけでは到底たどり着けまい。」

 信繁はじっと考えていた。確かにこの現状はまずいが、たどり着けねばもっとまずい。確かに半蔵の考えていることも分かるが、このまま行っても戦闘して終わりやもしれん。だとすると聞き込みをするしかあるまい。ちょうどここはアユタヤ。オランダ区域内だ。

聞き込み・・・今はオランダ商船はいない・・・。一ヶ月前に出航したばっかりだ。

「では・・・。」

「幾つか聞いてまわる。後青海達を集めてくれ。」

「は。」


 夜の船長室に青海、筧、しま、美井、と幹花が集められる。

「なんだ?」

「次の目的地が決まった。」

「ん?もう大阪に帰るのではないのか?」

 青海は意外そうな顔をしていた。確かに今までこの船は人員運搬船としか聞かされていなかった。

「いや、元々半蔵は別の目的があったようだ。」

「と・・・言いますと?」

 筧は不思議そうな顔で船を見つめる。

「半蔵は・・・この船を使って・・・。」

「パーパの国に・・・行くの?」

 美井の声に全員が振り向いた。

「うん・・・まあな。」

「そう・・・なんだ・・・。美井の言っていたとおり、エゲレス、オランダ、イスパニアの三国へ向かう。」

 その言葉に全員に衝撃が走る。特に青海と筧は世界地図で昔、エゲレスの位置は確認していたからだ。

「確か・・・。」

 しまはちょうど信繁の目の前に広げられた世界地図を見る。

「ここから。」

 しまは日本を指さす。

「ここまでだよな。」

 そう言い地図の反対側を指さす。ちょうど世界の果てから、世界の果てに向かう。そんな旅である。ここまで来るのにすら半月以上はかかっている。それは全員が分かっていた。

「そこの現状を探るのが俺たちの役目だ。」

「行くしかないのか?」

 青海は不安そうな声を上げる。

「ここまで来てしまった以上は・・・行かざる終えないだろう。だが・・・。」

「だが?」

 筧の不思議そうな声が響く。

「運良くか悪くか・・・。大阪に戻る予定の船も・・・」

 バァン!

 青海おもいっきり畳を叩く。

「ふざけるんじゃねえ。そこまで俺は大阪に愛着があるわけじゃねえ。おれは・・・」

「拙者はついて行き申す。」

 青海の声に合わせ、筧が大きく一礼をする。

「ここにいる奴らでもう・・。・引き返す奴はいねえって。」

 しまはしんみりと答える。

「すまない・・・。」

 信繁は大きく、深々と頭を下げる。

「でも・・・。」

 美井はじっと地図を見つめる。

「どうやっていくの?・・・ここからここまでで半月・・・。」

 美井は地図の日本と、アユタヤを指さす。確かに単純に指で指して数えただけでも三月はありそうだ。そこまでの食糧はこの船に乗りそうにない。

「それでな・・・俺は幾つか考えた。」

「ん?」

「この地にはオランダ商館があるんだよな。」

「はい。」

「前に会った・・・ほら・・・。」

「アルフレッド様・・・でしたっけ。」

「そう。そう。」

 信繁はにやにやと頷く。

「目的が分かれば、人脈は良い”つて”となろう。それを優先させる。できれば・・・オランダの船は本国にどうやってか知らんが行ってはいるのだろう。その港で補給させてもらえば、簡単にいけるというわけだ。」

「・・・確かに・・・。」

 幹花は唖然とした顔で信繁を見る。

「それでも長い航海となろう、各自、準備はしてきてくれ。で、各自の役回りを伝える。」

「了解!」

「筧、幹花!」

「は!」

 筧と幹花はじっと信繁を見つめる。

「筧は物資の計算をしてくれ、できれば、香辛料は多く積んでくれ。どっち向きでも遠くに行けば金の替わりになる。」

「は!」

「幹花はオランダ商館に向かい、アルフレッド殿の帰港予定を探ってくれ。」

「は!」

「しま!青海!」

「は!」

「お前達は明日、日本人街に向かい、来たい人間を聞いてきてくれ。そいつらをできるだけ連れて行く。」

「わ、分かった。」

 青海は頷いた。

「わたしは・・・。」

「しばらく俺と一緒にいてくれ。と言っても・・・。」

「船で待機するだけだがな。」

「?」

 美井は不思議そうに首をかしげるのだった。


「こういう事・・・なの?」

 美井は次の日の昼頃、じっと船からオランダの船が止まっている向こうの桟橋を見つめる。

「まあな。貿易船とくれば、一定周期で帰ってくる。なら何時があるのか。半月ぐらいが限界だと思っていた。だとすれば、帰ってくるのは一ヶ月後だ。」

 そう言い、散歩みたいに歩きながらゆっくりとオランダの船に向かっていた。

「それで・・・通訳の人は?」

 美井が聞いてくるが、お構いなしに信繁は歩いていった。無論先日の事もある、幹花はオランダ商館へ使いに行っている。

「お前もある程度は・・・。」

「できるよ。」

「頼んだ。」

 流石ににこっと満身の笑みをしてくる信繁に・・・美井は断ることができなかった。

「でも・・・分からないのがあったら・・・。」

「そこは・・・もう一度って言えばいいよ。それほど怖い所に行く訳じゃないし。」

「・・・そうだね。」

 信繁の気楽な声とは裏腹に、美井は見える船に敵愾心を持っていた。彼女自身いくらでも人の裏切りという物を味わってきた。いや、冷たく手の平を返されたことも幾度もある。

でも・・・この人は違う。

「さ・・・行こうか。」

 そう言う信繁は刀の具合を確認して、オランダ商船に歩いていった。しばらく歩くと荷下ろしをしている最中であり、その陣頭指揮に、オランダ人が働いていた。

”あの・・・主計の・・・アルフレッド・・・さんはいますか?”

”ん?”

 船員の一人が振り向くと、じっと二人を見つめる。しばらく見つめるとある男の側に走っていく。その男はじっとこちらを見ると走ってきた。

”ようこそ!船長!”

 アルフレッドは手をさしのべてくる。

「握手。」

「あ・・・ああ。」

 三井の声とともに信繁は差し出された手をぎゅっと両手で握る。

”で・・・何のようかな。”

 アルフレッドは気さくそうに微笑んでいる。

”あるお願いがあってきたの。”

”なに?”

”あの・・・できればあなたがたと・・・取引がしたい。”

”何の?”

”私たち・・・あなた達の・・・オランダに行ってみたい。ソラに聞かされて・・・すてきな所・・・と聞いたから。”

 その言葉にじっとアルフレッドは美井と船長を見つめる。

”船はどうする?”

”一緒に・・・船で行きたいな。”

”少し待ってな。”

 そう言うとアルフレッドは船に戻っていく。

”船長!後の積み荷は?”

”それは出しておけ、売れなければ向こうへ持って行く!”

 アルフレッド達は男に囲まれて奥に消えていった。

「どうだって。」

「ん・・・。少し待ってと・・・言っていた。」

「そうか。」

 立ってじっと向こうを見つめると、騒がしくなってくる。

”おめえ・・・何者だ?”

 髭無垢じゃらの男が側に寄ってくる。荷下ろしが終わったのだろう。近くには荷物が多く置かれている。

”私たち・・・”

”おめえ見たいなガキじゃねえ!”

”あっちの船の・・・船長。”

 そう言って、美井は向こうの船を指さす。

”じゃあ・・・”

 髭無垢じゃらの男は信繁を睨む。

”こいつに勝ちゃ!こんな奴にかちゃァ俺が船長だなぁ!”

 そう言うと髭むくじゃらが殴りかかる。

「信繁!」

 美井の叫び声が聞こえるが・・・。拳が当たる前に男の腕が捕まれ、捻られている。もう少し角度を変えれば腕が折れかねない角度だ。そのまま信繁は反対の腕を首に押しつけ、勢いを殺す。そうしなければ彼の腕の骨を彼の拳の勢いだけで折れかねないからだ。

「何て言っていたんだ?」

「・・・・・・・・・よく分からないけど・・・相手が・・・私たちを弱い・・・だって。」

 美井は確かに昔剣とかを振っている所を見たことがあるが・・・ここまで強いとは・・・一度も思ったこともなかった。

「そうか・・・伝えてくれ。期待に添えなくて残念だったと。」

”あなた・・・。”

 腕を極められた男は脂汗を垂らしながら眼前に寄ってくる少女を睨む。

”彼から・・・伝言よ。あなたの期待に・・・添えなくて・・・残念だったって。”

 その言葉に周囲が大笑いしていた。ちょうど作業が終わっていたのだろう、周囲の船員達が信繁を見つめていた。

”お前ら!何している!”

 声の方を見つめるとアルフレッドとソラの二人がやってきていた。

”親方!こいつら・・・俺に手ぇ出して・・・。”

”すまない・・・お嬢さん。船長に離すように伝えてくれないか。”

 美井は目配せをすると、感じ取ったように信繁は手を離す。

”ありがとう。お前ら!ここは海の上じゃないんだ!勝手に人を襲うな!”

”・・・すいあせん。”

 一言二言言うと、船員達は船に引き上げていった。

”すまない・・・乱暴者で。だが・・・船長殿・・・。しゃべれぬのか?”

”いえ。この言語に慣れていないだけ。”

”そうか・・・ではお嬢さんが通訳か。”

”はい。”

 美井は恭しく一礼をする。それを見て信繁も一礼をする。

”ここまでで来た子は初めてだ。ソラにも見習わせなくてはな。”

”いえ・・・彼も・・・良い子ですわ。”

 その様子をじっとソラは・・・ただ呆然として見つめていた。変わり身も早いが、大人と対等な女の子は・・・格好良かった。

”船長というか・・・船団長と話してきた。”

”はい。”

”船団長が来る。”

 その声とともに一人の細い男が現れる。

”先ほどの話・・・聞きかじらせてもらった。通訳さん。初めまして。この船団の船団長ゴールディ・フォン・アルハイムと申す。”

 細い男が一礼をすると、それに合わせて信繁は挨拶を交わす。

”恐れ入ります。・・・で・・・。”

”ああ・・・。アルフレッドから話は聞きました。あの船ならすばらしい航海ができそうだ。我々の行く範囲までなら同行いたそう。”

「信繁・・・。いいって。」

「感謝する。」

 信繁は大きく一礼をする。 それを見てゴールディは微笑むだけだった。

”道案内代わりに・・・一人、使いを寄こします。その方の道案内で、向かってください。出航は何時ですか?”

「出航は何時?・・・だって。人を寄こす・・・。」

 美井の言葉に信繁は少しばかり考える。

「そちらに合わせると。」

”そちらの都合通りに・・・。”

 その言葉にゴールディは少し考え始める。予想外の答えだったからだ。彼らに・・・駆け引きという物はないのか?

”なら、早い方が良いでしょうから、明日で。”

「明日だって。」

「了解した。感謝いたす。」

”ありがとうございます・・・。船団長閣下。”

”閣下はいらんよ。よろしく。”

 そう言うと、ゴールディは背を向け歩いて去っていった。

”ではお嬢さん。明日。”

”はい。”

 そう言うと美井は信繁の裾を引っ張る。それに信繁は頷くと一礼をし、彼らに背を向けていった。しばらくアルフレッドも彼らを見送っていたが奥から雄叫びが聞こえると、オランダ船の奥から、一人の男が突進していった。先ほどの船員だ。

”恥ぃかかせやがって!許せねぇ!ぶっ殺してやる!”

”待て!船長が止めただろうが!”

 船員達の声が響く中、男が突進していった。どうも船員達に馬鹿にされたらしく、手には大きめのシャムシール(湾曲刀。海賊の間で流行していた武器)が握られている。信繁はその方をちらっと見る。もう・・・避けさせようにも時間がない。信繁は美井を抱きかかえると半身をずらす。その隙間にシャムシールが通過し・・・桟橋に刺さる。信繁は刺さったシャムシールを思いっきり踏みつけると、更に深く桟橋に食い込ませる。そのまま、信繁は相手の軸足の太ももを狙い、力一杯上から踏みしめ・・・その勢いで体を反らせてがっくりとのけぞらせた顔面に膝蹴りを打ち込む。そのまま、脳震とうを起こし崩れるように桟橋から海に落ちていった。その音に船員達が駆けつける頃には男は海に沈んでいった。

「大丈夫か?」

 抱えられた美井を見ると・・・顔が青ざめていた。

「う・・・うん・・・。」

 あまりのことに全員が唖然としていた。

「何か声を掛けようと思ったが・・・。」

 信繁は男が落ちた海の方を見るがハッと気が付くと船員達が慌てて回収に向かっている。

「さ・・・行こうか。」

「あ・・・うん・・・。」

 信繁はそのまま、美井を抱きかかえたまま、自分の船に帰って行くのであった。


”船団長。”

 アルフレッドは去っていく信繁を見つめていた。ソラも、あまりのことに唖然としていた。ポールはこの船一の腕自慢だった。だがその腕自慢をああもあっさりと倒すとは・・・。

”良い腕だ。もしかしたらやっとこの荷物を本国まで送れるかもな。”

”と言うことは・・・。”

 ゴールディの提案にアルフレッドはハッと気が付いた。

”我らだけではあの海域を突破するのは難しいが、あの船を盾にすれば逃げられはしよう・・・。”

 信繁達の乗ってきた船を見つめる。新造艦である為か、その容姿は立派である。本国の主力艦隊と見まごうほどの立派な船である。この当時オランダの船は東南アジアで勢力を伸ばしてはいるが、インド海域はイギリス海軍の海域であり、私掠艦隊(国家公認の海賊部隊)や海賊などがひしめく危険海域である。その為、重要品目である香辛料を安く買い付けても奪われかねなかった。だからこその船団運送であるが、護衛艦隊はあって損な事はない。特に軍艦がいればその海域は安定する。またポルトガルの動きもまた怪しい。なら・・・。

”でもせっかく・・・この子の恩人を・・・。”

 アルフレッドはソラを見つめる。

”何もなければセイロンまではすんなりと行けよう。そこまで着けばあっちの連中に荷物を渡せる。帰りは大回りでも良い。”

”確かに。”

 そう言って不安そうに信繁を見るしか・・・アルフレッドにはできなかった。


「何ー・・・・をやってらっしゃるんですか。」

 幹花と筧の冷たい目が信繁に向けられていた。当然である。誰に言うわけでも無く、唐突に出航日が決定していたのだ。これに泡を食わぬ者はいない。

「ま・・・良いじゃねえか。俺たちらしい。」

 青海がにやりとする。

「あ、腕っこき60人ぐらいは集めてきたぜ。」

 この船は最大150人ぐらいは載れるが、食糧と、職人や船大工達をのせることを考えると60人は限界と言える人数である。

「分かった。早速のせてくれ。報酬は到着時に荷物の金で払う。」

「私は無駄でした・・・ね。」

 幹花の冷たい目線が刺さるように

「たまたまだって。ちょうど来たから行っただけだって。」

 信繁は苦笑いするが、幹花は睨むのをやめなかった。

「とりあえず、今日中に詰める荷物は詰めておきました。これでいつでも出航は可能です。」

 筧の言葉に信繁は大きく頷く。

「ありがと。後は向こうから来るお目付役を待って行くとするか。」

「でもいいのかよ。お目付役なんて・・・。」

 青海は怪しそうに甲板から向こうのオランダ船を見つめる。

「どうせ、接触して高官に探りを入れる必要がある。なら、商人の方が都合が良い。連中は金になればめざといからな。信用を勝ち取るにはこっちが従う態度を見せる必要がある。」

「確かに。」

 信繁の言葉に筧が頷く。

「それに向こうも抜け目ない。」

「そうなのか?」

 青海は見つめているが、動きらしい動きもない。

「そう・・・船団長は・・・何か・・・冷たい。」

 美井がつぶやく。

「明日離れれば、しばらく陸ともお別れだ。ゆっくり休んで・・・元気に行くぞ!」

「了解!」

 その言葉に全員が頷く。


「・・・と言っても・・・まさか・・・こんな事になろうとはな・・・。」

 青海は船室で一人つぶやき、腕の包帯を取る。まだ少し・・・膿んでいた。

「これからは・・・どこが陸地か分からないとわねえ・・・。」

 コンコン

「入るぞ。」

 入り口を掛けて、筧が入ってくる。手には薬が握られていた。

「お前。」

「よ。青海のおっさん。」

 筧と一緒にしまもやってくる。

「薬を取りに行く時にな・・・見つかってしもうてな。」

「・・・本当に。筧さんももう少し、隠密を習った方が良いのではないでしょうか。」

 その言葉に全員が後ろを振り向くと幹花が冷たい瞳で・・・全員を見つめていた。

「俺たちは忍者じゃねえよ。」

 その言葉を無視するように幹花は青海の腕をまくる。

「これは・・・傷がまだ・・・。」

 青海が腕を隠そうとするがそれを無理矢理幹花が引き戻す。

「傷を見せてください。」

 ・・・。幹花はじっと傷口を注視している。

「これは治るはずがありません。」

「え・・・。」

「薬の無駄です。」

 幹花の暴言に青海が激昂する前にしまが服の襟をつかみ、つるし上げようとする。

「てめえ!」

「・・・だから・・・私も・・・お離しください。」

 捕まれて苦しそうな顔をする幹花にハッとなり、しまは手を離す。

「・・・治んねえのか?」

「・・・痛いのは我慢できますか?」

「へ?・・・まあな。」

 幹花の突然の言葉に強がるが・・・その顔をじっと幹花は見つめる。

「・・・しまさん。筧さん。少しお願いできますか?」

「何をだ。」

「青海さんの腕を押さえてください。」

「・・・ああ。」

 そう言うと二人は青海の腕を固定する。幹花はまず、青海の部屋を見渡すと、青海の部屋にある酒を持ち出すと急に煽る。

「おめえ!」

 青海は怒鳴ろうとするが・・・。幹花の目は真剣そのものであった。その瞳に一瞬気圧される。そのまま思いっきり酒を傷口に吹きかける。そして懐から苦無を取り出すと、近くの明かりの火にあぶり始める。

「少し・・・時間がかかります。」

 幹花は片手で、苦無を炙りながら更に口に勢いよく酒を含む。含み終えると苦無を口元に寄せ、それを苦無に垂らし・・・酒で苦無を濡らす。それが終わると強く一振りし、それを乾かすようにもう一度炙る。

「それは何を・・・。」

「消毒です。ここからが本番ですよ。強く押さえてください。」

 その言葉に二人は強く押さえる。青海に何をされるのか予想がついたのか、体が震え始める。

「これから・・・凄く痛いですよ。」

 幹花は苦無をに三度振ると、口に残った酒を傷口に再度吹きかける。そして、しまと筧が見つめる中、熱した苦無を青海の傷口に押し当てる。

「っっっっっっっっいいいいぃぃいぃぃぃいいいいい!」

 最初は押し殺した声も、妙な熱さの痛みに歯を食いしばる。その苦無で傷口を消毒した後、反対側の手で、傷口の中をまさぐる。

「・・・やはり・・・。」

 そう言い爪でひっかき取り出したのは鉄のギザギザの先っぽだった。それを投げ捨てるようにほおり出すと、そこに苦無を差し込む。

「んんっっっっっっっぐぃぃぃぃぃぃいぃぃぃ!!!!」

 青海は悶絶し身もだえるが・・・無論押さえているしま、筧は全力で押さえているが。ぎりぎりで踏みとどまっている。そして苦無いを抜くとしばらく傷口を見つめ・・・。筧が持ってきた薬を少し多めに塗りつける。

「お疲れ様でした。」

 幹花は立ち上がると一礼した。この頃には青海はあまりの痛みに悶絶し・・・。

「青海は・・・。」

「後はどのぐらい腕力が下がるか分かりませんが、これ以上悪くなることはありません。感謝するなら・・・ここまで手助けしてくれた皆さんにしてください。」

 そう言うと、幹花はさっと立ち上がるとさっさと歩いて部屋を出て行った。流石の態度にしま達はただ、見送るしかなかった。

「青海・・・。」

「だいじょうぶかよ・・・。」

 しま達の心配する声が聞こえる中、階段を下りてくる音が聞こえてくる。その音にさっと根性で青海が傷口を隠す。

「何か・・・凄い音が聞こえたが・・・。」

 信繁が顔を出すと脂汗を垂らしながら、青海が無理矢理微笑んでみせる。

「こいつらな・・・俺の酒であそびやがって・・・。」

 青海の言葉に慌ててしまと筧は首を横に振る。

「いや・・・。」

「あ・・・。」

「明日は何時出発か分からないから・・・。早く寝ろよ。」

 その言葉に信繁はくるっと振り返ると階段を上がり、甲板に上がる。船長室は甲板からでしか行けないが・・・甲板に信繁が上がると、何故か苦無を握り嬉しそうにじっとそれを見つめる不思議な幹花の姿があった。


 次の日の朝、船員達には事情を告げると船員達はうなずき、仕度を始めていた。その最中のことだった。青と基調とした服で着飾った男が一人、船内に上がってくる。

”俺は!オランダ海軍中将ゴノヴァン・オーレッド・フル・フォイレール・ゴノ・ドノヴァンである。どなたか、船長をここへ。”

 大声でがなり立てる軍服の男、船員達が顔を出す中、船長室から信繁が顔を出す。

”船長はこのお方です。”

 そう言うと幹花が一歩でて、信繁を指さす。

”ではお前!挨拶ぐらいはしろ!”

 その言葉にかちんと来ていながらも、幹花は・・・こめかみを押さえ、信繁を見つめる。

「信繁様。どうもあの方は正式に挨拶して欲しい・・・とのことです。」

 信繁はじっとその軍人を見つめる。信繁は少し考えると・・・軍人の前まで歩くと・・・信繁はさっと手を出す。先日見た握手と言う奴だ。

”貴様!”

”我々はまだ言語は分かれど異邦の者。礼儀作法には疎いです。”

 その言葉にじっと軍人は怒りに震えながらも手を握り返す。当時に日本人とは他の中国人やシャム人と一緒の二等市民というイメージがあった。オランダ人の下という意味である。それがこの軍人と握手という対等の立場を主張されたことに怒りを覚えたが・・・彼女の一言で踏みとどまった。ここで機嫌を損なえば、せっかくの戦力を失いかけない。すぐに離すと幹花を睨む。

”そこの女!今度からこの船長に礼儀を教えておけ!”

「何を言っている?」

「いえ・・・。船室に案内しろと。」

「そうか。頼んだ。」

 そう言うと一礼し、信繁は船長室に戻っていく。

”ではこちらにご案内します。中将様。”

”う・・・うむ。”

”船長室ではないのか?”

”この船の船長室は椅子一つありません。”

”そうなのか?”

”ですからあなた様には特別な部屋をご用意いたしました。”

”そうか・・・そこへ連れて行くように。”

 そう言い、幹花は奥の船室へ連れて行った。

「あれは・・・怒っていたな。」

「ああいう男は気位だけが高いという者よ。」

 青海達がみつ詰める中、信繁だけは 不思議そうに自分の手を見つめていた。まだこの頃の信繁はその意味を理解していなかったのだ。

「信繁!向こうの船が出航を始めるぞ。」

 しまは上の見張り台から声を上げる、

「出航だ!お前ら!」

 信繁の声に全員が声を上げる。それに答え全員で帆を上げる。彼らにとって未知の地への旅は今ここに始まったのである。




ちょっと内容が薄い回になってしまいました。次回からはもう少し濃くなる予定なのでお楽しみに。

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