第十六節 シャム王国と山田長政
出航した信繁一行の最初の寄港地はシャム王国。そこには日本人街があり、そこへの物資や兵士の運送が最初の任務である。そこでの初めての海外で・・・。
第十六節 シャム王国と山田長政
海は広く・・・航路は、船員の一部にとっては手慣れているとはいえ、新造艦の船員の多くは船にさえ手慣れていない者達である。だが、その航海の多くは船員達を交代させる事で、負担を軽減させていた。
「でもまあ・・・勢いできてみたものの・・・。」
筧は空を見つめる。
「だな。」
青海は手に持ったひょうたんの酒を一煽りさせる。周囲では船員達の一部が周囲の警戒を行っている。
「嵐は来たものの・・・。」
「少しの損害でか?」
青海は帆の一部を見る。船に取り付けられた三本の帆の内二つは・・・先端が折られ、帆を全開できる状態ではないが・・・今はその状況を確認している。船員の多くは壊れた
部品を近くから探そうとしていた。
「初めてですな。」
「ああな。・・・確かに台風はあったが・・・これはきつかったな。」
「お前ら!さぼるなよ。」
しまが、青海たちの元を訪れても・・・周囲の人間達の焦りで右往左往する様をゆっくりと見つめていたが・・・被害は・・・それなりだろう。
「でもな・・・俺が何ができる?」
青海は言いながら酒をクイと煽る。
「片付けとか・・・片付けとか・・・・・・かたずけとか・・・。」
「見て見なされ。」
筧が言うと、しまは振り向く。確かに船内に散らかったものの片付けはもう・・・半数が終わっているようだった。
「・・・でも・・・。」
「拙者が役に立つなら・・・勇んで前に出よう。だが・・・時として・・・押さえる事も必要ですぞ。」
筧の声にしまは寂しそうに後ろを振り返る。見つめる先には信繁が陣頭指揮を執っている様子が見える。
「でもさ・・・。」
「分かってはいるさ。」
そう言い、青海は海を見つめる。海は青く、台風一過の空はすっきりと晴れていた。
「出てる人数を数えてみろ。」
「ひい・・・ふ・・・15人はいるな。」
しまが指を折って数える。
「寺でもそうなんだが・・・。人数が多いと、作業を帰って妨害する。あいつもそれは分かっているから、それなりの指示をしている。」
青海は海を見つめながら答える。
「俺たちの出番はここに無いよ。」
「いや、そうともいえませんな。」
筧はじっと青海とは違う方向の海を見つめていた。
「見張りなども必要かと。」
筧は冷静につぶやく。
「じゃ、じゃあ・・・俺・・・行ってくる!」
そう言うとしまは見張り台に走っていった。
「元気ですな。」
「だな。昔の俺とかもあんな感じだぜ。」
青海はつぶやいた。
「そうですか。拙者はもう少し落ち着いていたから・・・分かり申さぬ。」
「そうか・・・。」
「ただ・・・。あれは・・・いいですな。」
「そうだな。」
青海の少しほっとした声が二人の間にしばらく漂っていた。
「これが・・・。」
どうにか着港できた一行は嵐を越え、ついにシャム王国に降り立った。当時のシャム王国はヨーロッパのインドネシアの香辛料貿易、中国陶器貿易など様々な交易品の中継点として発展していた港町を持つ国である。日本人街もこの港沿いに設けられており、徳川など数人の戦国大名もまた、この地に着目していた。だからこそ、戦国当初から、人を送り、地盤の確保に着手していた。特に、日本では戦国後期からの戦を求める人々の為に傭兵団を結成し、この地での軍事作戦に従事していた。この活動が実った事により、手柄を求め、戦を求める者達を沈める為の朝鮮出兵はなくなり、この地が最後に残った最前線となった。
そのため、この地を訪れる戦国の没落武士は多く、隣国との境界線を沈めたり、内戦にかり出されていた。シャム王国は現代に至るまで欧米に屈服した事はなく、、植民地にされなかった
「ここがとりあえずの目的地です。帰るのに・・・しばらく・・・かかりますから。」
幹花は落ち着いて答えるが、船は少しぼろぼろで、治すのに時間がかかりそうだった。
「それで、こいつらはどうすれば?」
そう言い、船から出て行く兵士達を見つめていた。
「ここからは自由で良いと思います。とりあえず、ここまでが我々の目的ですし。」
幹花は信繁に背を向けて、足りない備品の数を数えていた。
「そうなのか?」
「やはり・・・修理は時間がかかりそうですね。」
幹花の冷静な声が更にこの現状を引き立たせる。
「そうか。じゃあ俺はその辺にいるから・・・。」
信繁は・・・幹花に何か気圧されたように後ろに振り向く。
「お待ちください。」
幹花は、手に持った勧進帳を閉じると、信繁に近寄ってくる。
「とりあえず、日本人街の長に挨拶をしていただけますか?後、彼らの引き渡しがあります。」
そう言い、指さした先には整列した兵士達の姿があった。
「わかった。」
信繁はそくささと・・・呆れながら歩き始める。
ドン!
少年が、信繁に不注意に当たり、はじき返され、倒れ込む。
「大丈夫か?」
「・・・AU.」
・・・信繁はふと違和感を覚える。確かにここは港町であり、各国の船が止まっている自由港である。他の地域は植民地化が終わった直後で、今、この周囲の港は、イギリスとオランダが争っている時である。だから・・・金髪の人間がいても不思議はないが・・・。
でも船乗りしかいないはずのこの港町での少年は珍しい。
”だいじょうぶ?”
幹花が聞き慣れない言葉で話しかける。
”うん”
信繁はその表情だけで答えは理解できるが・・・。信繁はしゃがみ込んでその子供を見つめる。彼自身、金髪の子供を見るのは初めてだった。
「髪の毛がきらきらしているな、お前。」
”なに?”
”きれいねって言ったのよ。”
幹花が少年に何かをしゃべっている。
「信繁様。行きましょう。この子のどこかの船員でしょう。」
そう言葉が終わるか終わらないかの内に数人の男が信繁と少年を取り囲む。それをおそれて少年がさっと信繁の後ろに隠れる。
”おい!お前!そいつを渡せ!”
毛むくじゃらの・・・金髪の体臭がきつそうな男が信繁に咆えている・・・様に信繁には見えた。
「何て言っている?」
“お前らみたいな三下に何を渡せって言ってるんだよ”
「ええ、何か・・・私にも少し・・・獣の吠え声までは・・。理解できません。」
幹花は冷静・・・と言うよりも冷たく彼らを見つめる。彼らは幹花が言った何かに反応して激昂しているようだ。
「そうだな・・・。こいつらの言葉は分かるのか?」
「はあ・ある程度は。」
「じゃあ・・・後ろを見てから喧嘩を売れって言ってくれないか?俺は喧嘩は好きじゃない。」
「はい。」
“おめえら、後ろの連中見てから喧嘩うるんだな。”
幹花の言葉にに男達は剣を抜きながら後ろを見つめる。後ろには無数の兵士達の姿がある。前にいる数人かは剣呑さをかぎつけ、武器に手をつけている。
“お前ら卑怯だぞ!“
男達は口々に捨てぜりふを吐くと男達は去っていった。
”坊や。もう良いわよ“
ここまでの騒動の間、がたがたと震えていた子供はそっと男達が去っていった向こうを見つめる。
”う、うん。”
信繁はその間、じっと幹花の様子を見つめていた。この間、何を言っているか分からなかったが、顔色一つ変える事はなかった。今まで見た女性達にはないタイプだった。
「伝えてくれ。良ければ後で話を聞かせてもらえないかと。」
「了解しました。」
“坊や。暇?“
”う、うん。”
”ついてくる?”
”・・・・・・・・・うん。”
そう言うと子供は幹花の後ろについて服の裾をつまんだ。信繁は立ち上がると、周囲を見渡す。
「日本人街までどのくらいだ?」
「すぐです。」
「そこに行くぞ。」
「は。」
そう言うと幹花が手を当てると全員が歩き始める。信繁は歩きながら考えていた。また何かきな臭い事が起こるかもしれないと・・・。
「とりあえずここの俺たちはいて・・・。」
信繁は全員を見渡し、演説を始める。日本人街入り口であり、隣には町を仕切っている傭兵部隊の新谷洋二郎が胸を張って立っているが・・・信繁に比べるとどことなく情けない。
「皆の者はこの先ここで手柄を立てれば、ここの王様は取り立ててもらえるぞ。日本では手柄を立てられないものも・・・。」
新谷の声が信繁の声を遮り響き渡る。こういう事に慣れているらしく、さっさと切り出してくる。信繁は少し憮然となりながらも、じっと見つめる。
「ここでは左うちわも可能だ!」
台は下にありながらもその声は大きく、ここ日本人街の入り口でもかなり響いていた。だが周りの人間はいつもの事だとばかりに無視をしていた。
「お前ら!来い!俺が夢を見させてやる!」
じっとその語りを聞いていた信繁はふと、鉱山町の人買いの事を思い出す。ちょうどこんな感じて人を募集して、人をかき集めて鉱山で働かせていた。どこに行こうともこんな光景とは離れられないものか・・・。新谷の掛け声に合わせ、連れてきた兵士達の多くは町の奥へと消えていった。
「さて・・・これで俺はどうすればいい?」
信繁は誰もいなく・・・いや数人が残っただけの広場でつい・・・たたずんでしまう。
「修理はしばらくかかりますので、お好きになさいませ。」
「好きにしろって・・・こんな所でどうするんだよ。」
青海は呆れて周囲を見渡す。小屋は日本と同じ感じだが、どことなく寂れている気がする。
「それは・・・あなた方がお決めください。」
幹花が冷たくあしらう。
「一つ聞きたいが良いかな?」
「はい。」
信繁は周囲を見渡す。
「あんた・・・。さっきの異国の子供としゃべっていたよな。」
「はい。」
「でだ。ここの人間ともしゃべれるのか?」
「シャム人ですよね・・・。確かにそれは・・・盲点でした。」
そう言うと幹花はくるっと後ろを向くとすたすたと町の奥へ歩いていってしまった。先ほど助けた子供は当然・・・幹花について行ってしまう。
「どうするんだよ。」
しまは呆れて周囲を見渡す。周囲は確かに日本人・・・だと思うが幾つかの人間の肌が濃い。しまは珍しさよりも・・・独特の雰囲気に呑まれているようにも感じる。
「確かに・・・私も異国の言葉は知り申さぬ故・・・。」
・・・おめえ!何するんだよ!待て!待て!
ズルズル。
・・・人の言う事聞け!本当に痛い!歩く!歩くから放せ!
ズルズル。
筧は呆れていると・・・。幹花が誰かの首根っこを掴み引きずってきた。流石にその様子に全員が唖然としてしまう。幹花が全員の前で止まると、片手で引きずってきた男を一人、ぽとっと手を離す。
「連れてきました。」
「はい?」
「おめえら・・・この姉ぇちゃん・・・なんだよ!」
引きずられてきた男が慌てていた。いや・・・当然だろう。
「この人・・・・・・名前は?」
幹花は男を見下ろすと、冷たい瞳でじっと見つめる。その様子はしばらく・・・全員が気を呑む中・・・。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・山田・・・長政だ。」
「この山田さんがシャム語を翻訳して皆さんの旅の助けをしてくれるそうです。よかったですね。信繁さま。」
幹花の何ともいえない傍若無人ぶりに呆れながらも、抑揚のない声の少し寒気を感じてしまう。
「あ・・・ああ・・・。」
信繁も軽くその様子に引きながら・・・かわいそうな被害者を見つめていた。
「山田・・・長政さん?」
「あ・・・はい・・・。」
信繁はしゃがみ込むとじっと長政の顔を見つめる。
「お願いします。」
「あ・・・はい・・・。」
「俺たちここに付いたばかりでな。」
「早々。で現地に詳しい方を探していました。」
青海と筧が手をさしのべると山田は手を取り立ち上がる。
「報酬は・・・あるよな。」
「ああ。」
信繁の声に長政は袴を払う。
「了解。で・・・このねーちゃんの主?」
そう言い、親指で幹花を指す。
「まあ・・・な・・・。」
「ま・・・いいや。お偉いさんでもここに来れば皆平等ってのがここの信条だ。」
長政は手招きすると信繁一行はついて行く。
「ここはさ。どちらかと言うと実力がものを言う所でさ。ここに来る奴の多くは食いっぱぐれた三男坊。だからここで一旗揚げたい奴が来るのさ。」
そう言い信繁は歩きながら町を見渡す。
「だから、最初はお供を連れた奴もいつかはこの町で別れて一人になっちまう。」
そう言って長政はぐるっと振り返ると、青海達が付いて歩いている。
「だから俺とか傭兵長はここを”一つの町”って呼んでいる。」
そう言って近くの建物に入っていくと信繁達は後に付いていく。腰掛けが多く並び、奥に一人の男がいた・・・どうもこの様子からすると酒場に見える。
「で・・・報酬くれよ。」
山田は手を差し出す。
「ここではとりっぱぐれる事が多い。だから先に貰う事にしている。お互い、信用第一でいこうや。」
幹花が無言で、山田と信繁の間に立ちふさがる。
「報酬は後でようございますね。」
幹花のまじめな顔に気圧され、長政は一歩後ずさる。。
「いや・・・今でもいいんじゃないのか?」
信繁はななだめようとすると急に信繁の方に向く。
「いえ、船の中の一部を荷下ろしする代金を受け取っていないので、それほど大きなお金はございません。」
「へえ・・・。あんたら船の船員なんだ。」
「だから!」
山田が軽口を叩くと幹花はまたも急に反転すると、顔を間近にして睨みつける。
「報酬は後にしてください。正確には報酬がもらえるまでは付いてきてください。」
「ァ・・・ああ・・・分かったよ。」
「少しはあるんだな。」
「はい。」
信繁の声に幹花は答える。
「じゃあ、ここで一杯奢るくらいはあるのなら、一杯ぐらいは奢ってやれ、現地の食事も食べてみたい。」
「・・・分かりました。」
そう言うと幹花は腰の小銭を数えると、奥に歩いていった。
「助かったぜ。」
そう言うと近くのテーブルに着くと、それに合わせ全員が卓を囲んだ。
”オヤジ!”
”あいよ。”
”酒と飯持ってきてくれ。人数分な!”
”・・・お代は?”
”そこのねーちゃんが持ってくれるからよ。”
”また、ただ呑みじゃねえだろうな。”
”いや大丈夫だ”
”待ってな。旨いもん食わせてやるよ。”
山田の声に奥のオヤジが反応して、何かを焼いている音が聞こえてくる。
「ここは飯が辛いが、クセになるぜ。」
「ほう?」
少しすると木のジョッキを持ったオヤジが目の前にジョッキを置いていく。
「ここの地酒、椰子酒だ。」
「椰子?」
しまが不思議そうに見つめるが、しま、美井、少年の三人の前にはジョッキはなかった。
”ガキがいるからガキの数だけ椰子を頼んだ。”
”言われんでも”
そう声が聞こえると、大きな木の実と鉈をオヤジはテーブルの上の奥と、また奥に引っ込んでしまった。
「これは?」
「ああ。こいつが椰子の実だ。」
「こんな実があるのか・・・。」
山田は椅子から立ち上がると鉈を持って木の実と強く叩く。すると二つに割れる。
「飲めよ、坊主達。」
「あ・・・はい。」
美井は軽く頭を下がると椰子の杯を受け取る。しまも一緒に受け取る。
「ん!んん?」
その様子を見ていた信繁は鉈を打ち込もうとするが、鉈の方が弾かれる。
「ちょっと待ってくれよ。」
そう言うと長政は手を差し出すと素直に信繁は渡す。
「ここにさ、出っ張りがあるだろ、この付近以外は固くてな刃が中々通らんのよ。」
そう言うとごりごりと刃を当て割ると、それを少年に手渡す。ちょうど一つだけ椰子の杯が余る。それを幹花はひったくるように受け取る。
「私はこれを頂きます。」
「これ・・・妙に甘いというか・・・すっきりするな。」
しまが妙な物を見る顔で椰子を見つめる。
「こいつを発酵させたのがこの椰子酒だ。これはこれでうめえんだ!」
そう言い飲んでいる山田を見つつ、信繁はぐいっと椰子酒をあおる、みょうな甘さが口いっぱいに広がる。
「これは・・・。」
「これが・・・。」
筧の顔も、青海の顔も嫌そうなものを見る目に変わる。分からないわけではないが・・・。どうも酒は辛口な印象が・・・三人の中にあった。
「慣れれば旨いぞ。」
山田は上機嫌のようでもあった。
「今日はお前らのおごりだろ!せっかくだ!腹一杯食うぜ!」
そうはしゃぐ山田を・・・信繁は止める気がしなかった。
「本当に・・・辛いものしかないな。」
「この甘さ・・・この為か!」
散々食事をした夕暮れ。じっと汁物や鍋を見つめる。確かに辛いが、旨みもまた広がる。
だが・・・酒に慣れる事は最後まで無かった。
「でもまあ・・・腹は一杯になった。」
信繁はじっと食事を見つめる。子供達の前にある食事もほとんど残してあり、椰子の実の炒め物以外は食されていない。
「まあ・・・慣れればだから、最初は俺もこんなものだった。」
山田は偉そうに胸を張るが・・・少し残してあった。
「まあ・・・私は数度食べた事がありますが・・・これはこれです。」
冷静に語る幹花の前の食べ物はほぼ全滅していた。
「でもまあ・・・酒って奴はほんとに、地域によって違うんだな。この年になって分かる事があろうとは・・・。」
感心して青海は見つめる。
「で、あんたら・・・どれぐらいいるんだよここに。報酬はそれ次第だぜ。」
長政は周りを見渡す。
「それは・・・。」
「大体一ヶ月くらいでしょうか。場合によってはもう少しかかります。」
幹花が腰に付けた勧進帳を開き、答える。
「だそうだ。」
子供達はじっとそのやりとりを効きながら二つめの椰子の実ジュースを飲んでいた。
「分かった。あんたら聞けば日本との連絡船の船長だろ。だったら一緒にいるぜ。」
「だな。・・・そう言えば・・・あの子の話が聞きたい。」
「あ・・・はい。」
幹花がハッとした顔で少年を見つめる。
”君・・・そう言えばどうして逃げてきたの?”
”ん・・・ぼく・・・。急いで走っていたらぶつかっちゃったから、あのおじさん達に追い回されて。”
”君・・・名前は?”
”ぼく・・・ソラ。”
”どこの生まれ?”
”・・・ボクはポルトガル人だよ。”
”やっぱり。”
幹花はじっと子供を見つめる。当時ポルトガルをふくめ植民地戦争はこの先までも激化する。その中に置いて、シャム以外のほとんどの国は植民地化されている。この国と明がアジアで唯一独立している国家でもある。そのため、この辺り一帯の港町にいる人はヨーロッパ系か、中国と日本のどれかしかいない。
「どうも、小競り合いの模様です。」
「なら、これで帰す方が・・・。いや少し話が聞けるか交渉してくれぬか。」
筧はじっと子供を見つめる。そろそろ夕方ではあるが。子供の髪の毛はその夕日に当たってきらきらしている。
「分かりました。・・・で何をお聞きしますか?」
「そうだな・・・。」
筧はじっと考える。
「とりあえず、どこに住んでいたか、今はどこの所属か聞いてくれ。」
信繁はじっとその子供をも見つめる。
「分かりました。」
”君、どうしてここにいるの?”
”ああ。お父さんが船乗りで付いてきた。”
”なら・・・お父さんは探しているんじゃないの?”
”ううん。僕たちの船は交易船だから、荷の準備が終わるまで自由時間なんだ。お父さん良く酒場で飲んでるから暇で・・・。”
美井もその様子をじっと見つめていた。
”なら・・・私と遊ばない?ソラ。”
美井は少年を正面から見据えてしゃべっていた。
”あなた・・・しゃべれるの?ラテン語。”
”うん・・・パーパに習って・・・色々教わった。”
”あなたが少年と話せば良かったんじゃないの?”
”あなたの・・・仕事を・・・奪いたくない。”
”そっか。”
美井が途中で会話に加わっているのをしまは驚いた顔で見つめていた。そう言えばこの子・・・外国の子供だった・・・。
「何か・・・話が盛り上がっている」
青海も何か置いて毛針を食らった漢がある天海に・・・少し唖然としていた。
「で・・・なんだって?」
「うん・・・交易船の船員だから・・・。しばらく暇。」
「そっか。」
美井が、幹花の替わりに答える。
「そこでとりあえず、幹花、山田、少年に聞きたい。」
「おう。」
山田は椰子酒を呷ると信繁を見るそれは全員も一緒だ。
「今この国と、この海域はどうなっている。説明して欲しい。」
「了解した。その分は弾んでもらえるよな。」
「それは、情報次第だな。」
「ま、説明してやるよ。」
今この国というのは王国ではあるが隣国との戦争や、植民地として名乗り出ている列強どもを前にしていくらでも戦争が起こっている地域でもある。特に川の河口側ではインドのムガール朝、河口の川賊討伐・・・。
「それは水軍みたいなものか?」
日本の水軍も元をたどれば海賊みたいなものだが・・・あれよりはもう少し原始的だ。矢と剣でくるだけだからな。ま・・・だから俺たちの出番なんだが・・・。後はこの河口のこの町一帯はこのあたり一の大都市でなどうも交通の要所らしい。だから各国の利権争いが活発で、ここには各国の船が行き来する。だから争いが絶えねえ。そこで俺たち傭兵団が、連中の手助けをするわけだ。特に日本鎧は連中にはめっぽう珍しいらしく、俺たちの人気も上々だ。
「でもまあ・・・あこぎな商売だな。」
でなけりゃ、俺たちなんて連中が軍隊を差し向ければすぐにでも追われちまう。で、その各国でも特に激しいのが・・・イギリス、ポルトガル、オランダの三国だ。
「イギリス・・・。」
この三国の中でもポルトガルはその戦闘力に置いて最高と言われ、世界最強と言われている。
「世界最強・・・。」
信繁は苦い顔で、山田長政を見つめる。大阪夏の陣を思い出す。確かあの時にいた船は世界最強の艦隊とか何とか言っていた。とするとあれはポルトガルとか言う国の船だったと言う事だ。
「で・・・イギリスはどうもそのポルトガルの連中と仲が悪いらしく、いざこざが絶えない。だから良く喧嘩する。ま・・・本国はものすごく遠いらしく、お互いが本気ではないから、それほどでもないが・・・。だから本気のオランダが一歩領地の意味ではリードしている。」
「ほう?」
その言葉に全員の眉が動く。
「でもまあ・・・オランダとか言う国は最近できた新参者なんで、王様の受けも悪くて、早々大きな受注はない。」
「でもまあ・・・そんなに遠いなら・・・なんでこんな所にまでくる。魚ですら近くでもとれよう。」
筧は呆れて言う。確かにそうだ。本国が凄く遠いなら、近くとの公益で十分だ。
「良く俺は知らんが・・・昔働きに行った所だとこんな事言ってたぜ。」
と言って少し料理が残っている皿を山田は持ち上げる。
「こいつが欲しいんだと。」
「は?」
信繁達三人としまの顔が不思議そうに料理の皿を見つめる。
「向こうだと・・・どうも・・・この辛い物や、醤油やナムルみたいな調味料がほとんど無いんだそうだ。んで・・・特に輸送ができる粉物や何かが人気があるんだそうだ。それでこの辺一体の食べ物を持って行くんだと。」
呆れて山田は答える。
「でも・・・塩があればそれなりだろうに。」
「笑ってしまう話だが・・・これぐらいで・・・向こうでどれだけでうれると思う?」
そう言って近くにある小さな取り皿を持ち上げる。
「さあ?」
筧は不思議そうな顔をして皿を見つめる。
「向こうだと、これと同じだけの金と交換できるんだそうだ。」
「はぁ!?」
その言葉に全員・・・少年を除いた全員の口が開いたままになる。
「そりゃ、戦争にもなるわな。」
青海は首をひねり料理を見つめる。無論この料理にも香辛料は大量に使われている。そして口に入れるがすぐに辛さで舌を痛そうにしている。
「これがそんな高級品ですか・・・。私は初めてですぞ・・・黄金と同じ価値の食事なぞ・・・。」
筧も呆れて料理を見つめている。
「ルソンの壺みたいな物だ。ただ遠いだけで誰かが良いと言ってしまえばそれだけで価値ができるものだ。」
信繁は料理をまじまじと見つめていた。ルソンの壺とは、当時フィリピンのルソン島で焼かれた素焼きの壺の事で、日本では豊臣秀吉がその色合いを気に入り高評価を与えた事で、人気が急騰した壺の事である。当然日本には多くの焼き物窯があるがその色合いを出すのは困難とされていた。
「では・・・この料理もお高いのですか?」
幹花が少し、声を高くして長政に聞いてくる。
「いや、ここではその辺の草とまでは言わないがすぐに手にはいるから・・・それほど高くない。むしろ醤油や砂糖の方が高いぐらいだ。」
当時生産が開始された醤油、琉球でしかとれないサトウキビを用いた砂糖は高級品で甘味の多くは貴重品として扱われていた。
「それは・・・脅してもらっては困ります。」
幹花が少し口調を戻しつつ、山田を睨む。
「だから・・・このあたりの植民地化で狙うのは・・・。」
「そう言う事か・・・。」
信繁はじっと料理を見つめる。単純に言えば、利権争いなのだ。いや・・・盗賊の考え方に近い。だが連中もそうだったのか・・・。にしては事が大げさすぎる。そこまで荒波を立てずとも、物の売買は可能だ。
「でもこれは・・・。」
そう言い筧は子供達が飲み終わった椰子の実を指す。
「これの方がおいしかろう。どうしてこれは入っておらぬ?」
「ああ。これか。これは中身の液体は日持ちしないんでな。外側しか使えない。当然、身も余り長持ちはしない。」
「そうか・・・。」
惜しそうに椰子の実をじっと見つめる・・・筧であった。
次の日の事、少年と美井、しまの三人はしまに護衛をさせつつ、外で遊んでいてもらう事にして、信繁自身は船に帰ってきていた一人は責任者が不縁にいないと船を乗っ取られる危険性があると言われたからだ。筧は幹花について行き、商売の様子を見せてもらうそうだ。青海は船にいるのが嫌だとか言って、筧について行った。ただ一人暇そうに信繁は船の船長室で腐っていた。と言うより・・・。
「すげえ・・・。」
山田がどうしても船を見たいと言って聞かず、しょうがなく船まで連れてきてしまった。中に調度品はないが、畳が敷いてある。船は揺れるが・・・やはり畳敷きが一番落ち着く。掛け軸とかを飾ろうと思ったが・・・。飾りたい言葉もなく・・・。部屋は質素だった。
「お前・・・ここに来てどれぐらいになる?」
信繁は山田を見据えて言った。山田は幹花に引きずられて来てはいたものの、その様子は歴戦の傭兵そのものである。
「俺か・・・そうだな・・・もう十は経つか。あんまり覚えていねえ。」
「長いな。」
山田は鼻をくんくんとさせ、い草の香りをかいでいた。ある意味懐かしい故郷の香りでもある。
「そうだな。本当にここは・・・すさんだ町だ。」
「嫌か?」
「そうじゃねえ。どうしようもない事さ。この町に来た時から俺たちは捨てられたような物だ。」
「やっぱりそう思うか・・・。」
「まあな。あんたはどう思うか分からないが・・・。俺はここにいて強く感じる。」
山田は畳の上にあぐらをかき、信繁を正面に見据える。信繁もまた畳の上であぐらをかいている。
「あんた・・・やっぱり・・・侍だろ。」
「それがどうした?」
当然の東風に信繁は不思議そうにみつめる。
「いままでさ。船の船長というと商人のおっさんどもが多いからあんたみたいな男は始めてだ。」
確かに袴を着てはいたものの、実理的な格好に終始していた。これは習慣に近い。周りからういている事もあり、筧達には現地の服装を頼んである。
「そうか?」
「だとしたら何かあったのか?」
「そうだな・・・。日本で・・・戦が終わった。」
「戦が終わったか・・・いつかは終わると思ったが・・・。ついにか・・・。」
「嬉しくないのか?」
少し沈んだ顔の山田を不思議そうに見つめる。
「まあな・・・しばらくすれば・・・。分かるかもしれんが・・・ここが切り捨てられる時も遅くはないな。」
「切り捨てられる・・・か。」
山田の悲観とは逆の事を信繁は考えていた。日本には多くの兵士達がいるがその多くは食えるほどの稼ぎはない。それは大阪の戦でも証明していた事であった。だとすれば増える・・・いや、必要量渡ったら・・・その通りになるかもしれんが・・・。
ドンドン
「どうした?」
船員のノックが聞こえる。戸を開けると船員が慌てた顔でやってくる。
「はい・・・金髪の男が来て、何か騒いでいるようですけど。」
・・・。そう言えば少年の親が来たのやもしれんな。
「ここまで・・・。いや甲板に通せ。」
ふと、大阪城での船員の態度を見た事を思い出す。そう言えば、彼らは靴を脱ぐ習慣がほとんど無い。
「山田殿。」
「ん?」
「お主・・・金髪の言葉は分かるか?」
「ああ。少しならな。ま・・・あの姉ちゃんほどの流暢さはないが。」
「なら来てくれ。」
「分かったよ。」
そう言い、外に出るともう、金髪の男が立っていた。
”ここにソラという少年が来たはずだ。渡してもらおう。”
”少年・・・確かに来た。”
隠し立てする必要はないと見て、山田は即答した。その様子を信繁はじっと見ていた。
”でも渡すとは・・・お前・・・どこのものだ?”
”俺は・・・。交易船「ネーデュルフィート」の主計長。アルフレッド・イングサーデルだ。”
「何か・・・交易船の主計長らしいですが。子供を帰せと。」
山田は小さな声で、信繁に伝える。ソラの出航はたしか・・・魔だ日があるはずだ。
「今は子供同士で遊びに行っているから・・・夕方までは待てと伝えておいてくれ。」
「了解。」
”その少年は家で預かっているが・・・。子供同士で遊ばせている。夕方になれば帰ってくる。それまでは待ってもらおう”
”分かった感謝する。だが、それまではここで待たさせてもらおう。”
「それまではここにいるようです。」
「分かった。」
そう言うと信繁は座る。その様子に金髪の男も長政もびっくりした。
「え?」
「奴に伝えておいてくれ。それまでは俺も一緒に待とう。水を奴にやってくれ。今まで探すに疲れているだろうからな。」
その言葉に船員が下に走っていった。
”船長はお前が待つのなら・・・俺も一緒に待つと言っておいでだ。感謝しろ。”
”この人・・・船長なのか?”
”そうだ。”
”そうか”
金髪の男は変わったものを見る顔で、信繁を見つめるが、信繁もじっと座っていた。
そのまま数刻の時が流れ・・・た様に感じた。その間もまばらに信繁は山田の身の上を聞いていた。幾つか感じる所があるようだ。
”おい・・・。”
”ん?”
”俺を怪しまないのか?”
「・・・船長。あいつ・・・。怪しくないっすか?」
「いや、大丈夫だろ。万が一何かをするようなら、俺が切るさ。」
”・・・いや・・・まあ・・・気にするなよ。”
”そうか・・・変わってるな。”
じっと金髪の男は信繁を見つめていた。
「おーい。信繁ー。その辺に毬とか無かった?」
声のした所を見ると、桟橋を渡ってきたしま達の姿があった。金髪の男が立ち上がるとそこには少年もあった。
”ソラ。”
”父さん。”
二人は呼び合うと抱きつき、抱擁する。
「あれが・・・父さんなんだ・・・。」
美井はつぶやいた。
「だな。良かったな。」
しまも笑って見つめているが、美井はそう言う顔ではなかった。
”どこに行っていた?”
”ここのおじさんに助けられたんだ。それで出航まで時間があるし、だからこの子達と遊んでいたんだ。”
ソラの言葉に金髪の男は子供の行っていた先を見つめる。確かにそこにはソラと同年代に見える子供達の姿があった。ソラは渡ってしま達を指さしていた。
”そこの船長に言ってくれ。感謝する。この事遊んでくれて。”
「感謝するってさ。」
「ああ。」
立ち上がる事もなく信繁は頷いた。
”で少し、頼みがある。”
”この子には今まで同年代の友達というものがほとんどいない。出航まで少し時間があるから、一緒にいさせてもらえないか。”
「で、もう少し遊ばせてやってはくれないかってさ。」
山田が呆れながらも金髪の男が頭を下げる。
「しま!」
「おうよ。」
「もう少し、その子の面倒はみられるか?」
「いいよ。どうせ鞠で蹴って遊ぶとかだからさ。」
”ソラ。一緒にあそぼ?”
美井の呼びかけに一瞬頷こうとするが・・・。一瞬悲しい顔をして父親を見ると父親は静かに頷いた。その様子に弾けるように走って美井の所に行った。
”あの子のあんな顔・・・久しぶりに見ました。”
”だよな。やっぱ・・・ガキは元気な方が良い。”
山田はつたないながらもそう答えた。子供達はしまの持ってきた少し高級な模様の蹴鞠に美井も驚きながらも下に下りていった。だが驚いたのは・・・子供達だけではなかった。
”あれは?”
”あれか?”
山田は大体予想が付きながらも、信繁の方を見る。信繁も当然のように見ていた。
「あれはなんだってさ。大方・・・あのガキの持っていたものだろうよ。」
「ああ。あれか・・・。京の町で買ったとか言ってた奴だ。確か・・・蹴鞠とかいってたかな。」
”ボールだよ。”
”ボール?あんな派手できれいな物が子供のオモチャか?”
何か貴族を見るような目で信繁を見つめていた。当時の海外において鮮やかな色を放つ物は全て高級品だと思われていた。特に蹴鞠等に用いられる模様が付いていて、糸が巻き付けられている物などは、日本では少しは高くても、一般の子供のご褒美程度には買われていた鞠も西洋の人間にとってはとてつもない高級品であった。
”まあ・・・な・・・。”
今更ながらに山田も昔、鞠を見た事はあったが、これほどまでに驚くとは長政自身考えていなかった。
「おーい!」
桟橋から大声が聞こえる。あの声は・・・。
「傭兵長!」
「おお!山田か!」
上がってきたのは新谷だった。
「信繁殿。」
「なんですか?」
「先ほど仕事が来ましてな。それであんたら船団の連中にも手伝ってもらいたい。」
新谷の脂ぎった顔が更に脂ぎっていた。確かに船員もいるが傭兵団として多くの兵士達はもう新谷の元にいるはずだった。
「なんでしょうか?」
「ついに一大好機だ!ついに王国から、河賊討伐の命令が来たんだ。それで俺たちが行くことなった。今までみたいな小さな仕事じゃねえ。」
「そうか。了解した。」
”何があるんだ?”
”ん?ああ・・・ほら河があるだろ。あそこの盗賊どもの討伐だと。”
”と言うことはこの船・・・軍艦か?”
”いや、一応・・・輸送船だぜ。”
”なら何の役にも立たないな。”
「何しゃべっている?」
新谷が不思議そうに金髪の男を睨む。
「いやあね。ちょうど同席してるから何言ってるのか分からないんですって。」
「そんならいいんだが。」
「そういやあ、隊長。今回も相乗りっすか?」
「いや、今回は単体だ。だからお前も気張って来いよ!」
信繁は一応頷いたものの、じっと考えていた。これはもしかして・・・。
「ただこの船を動かす人員もある。それに、今すぐは行けないぞ。」
「ああ。それはそれでかまわねえ。頼んだぜ!」
そう言うと新谷は興奮した顔で船を下りていった。これから各所をまわるのだろう。あの興奮ぶりが少し気にかかってはいた。
「どうして。あんなにはしゃいでいるんだ?」
「ああ。今までは親衛隊だの、他の国の連中だの必ず、相乗りがいたんだよ。」
相乗りというのはとなりに軍隊がいてその先兵をやるという隠語みたいなものである。大抵傭兵団というのはこういう時は先兵だけやらされて、手柄だけは向こうと言うことも多かった。良くて向こうと手柄だけ折半である。だからこの単独出兵というのは成功すれば、手柄を独り占めでき、出世さえあり得る絶好の機会でもある。でもこの時の信繁には元々大阪に来るまで傭兵の存在を知らず、また傭兵生活のほぼ無い信繁にはそのすごさを認識することはできなかった。
”そうだな・・・掛け合ってみるが・・・ソラの面倒を見てくれているお礼だ。協力できることはあるか?”
”協力とは?”
”できる範囲でだ。俺たちもあの河側を避けて進むことを考えればリスクの排除はこちらにとってもありがたい。”
「あのおっさんが何か手助けすることはないかってさ。」
「そうだな。小規模戦闘ではあるが。・・・。頼んでおくか。・・・・・・・・何だが、これぐらいならどうにかできるか?」
”・・・・・・・・・・・とかできるか?”
”できるが・・・それだけで良いのか?”
”大将が言っているんだ。これで良いだろ。”
「良いってさ。」
「そうか。頼んだ。」
不思議そうな顔でアルフレッドは信繁を見るしかなかった。
次の日には整列して全員で河賊の退治に向かう。まあ、暇なこともあり、何故か辞退した青海と美井、大阪に寄る前の船員達を除く全員が向かうことになった。
「でもまあ・・・青海もこれば報酬にはなろうに・・・。」
筧はつぶやくが、こういう形で一緒にしまは戦場に来たことがないらしく、周りの人間の様子に怯えてもいた。
「何かこう・・・何か怖いよ・・・信繁。」
「いいんだよ。こういうのも戦のうちさ。」
「正確には小競り合いですよ。」
幹花が冷静に突っ込みを入れるが・・・。
「と言うか・・・あんた船にいるんじゃないのか?」
筧も呆れた顔で幹花を見つめる。どう見ても普段通りの顔で・・・普段通りの服装で・・・武器も持たずにここに来ていた。
「私は見に来ただけです。」
「小競り合いでも、戦は戦だ。気合い入れろよ、変に手を抜けばこっちが死ぬ。」
「は。」
信繁の周りの人間が頷く。数百人単位なのでそれほど大きな部隊でなくとも討伐隊には危険はつきものなのだ。だが、前の方は和気あいあいといった雰囲気だ。
「のんきなものだな。ま・・・どうしてここまでの増援が欲しいのか・・・。いずれ分かる。」
「それは・・・。」
信繁の言葉にはどことなく、悪い予感を筧は覚えた。しばらくすると行軍は終わり、伏せる合図がなされる。前は開けており、海の上には小屋が一つ・・・いや砦とも言って言い大きさだろ高足の砦が構えている。足下には船が数隻あり、あれで襲撃するのだろう。
砦の周辺には見張りが数名立っており、砦の堅牢さが伺える。
「おめえら!突撃!」
新谷の号令がかかると兵士達が立ち上がりいっせいに突撃をかいしする。
「これは・・・まずい!筧、しま!」
信繁は手を川上に向ける。その合図を見た二人は部隊から離れていく。幹花もまた・・・その後をついて行った。信繁は急いで援護しようと立ち上がると・・・。
「あんたは?」
新谷がただ立っているのを信繁は見つめる。
「俺は隊長だ。指示をするのが仕事だ。」
前の方を見ると山田長政を先頭に部隊は走っていっている。この男の声が届く範囲をすでに超していた。この段階で、何故増援が大量に欲しいのか・・・分かった気がした。そして・・・山田が言っていた意味も理解できた。上を見つめるとやはり、襲撃に気が付いた賊達が矢を構える。その時だった。川下から大きな轟音が響くと川面が大きく揺れた。
”本当にこれだけで良いのか?”
アルフレッドがいぶかしげに河を見つめる。
”いいの。・・・十分・・・です。”
美井が答える。アルフレッドの船に搭載された自営用の安物の大砲を数発、手前に打ち込むだけだった。山田とかと、この女の子の指示ではその位置で良いのだという。船長以下全員も不思議そうな顔をしていた。
”だって・・・捕らえるはずの人を・・・殺しちゃ・・・いけないでしょ。”
”もう良いのか・・・もう少し撃とうか?”
船長も何か不安そうに見るが、その先には確かに戦闘中の人間達がいた。
”良いよ。・・・これ以上は・・・いらない・・・。ありがとう。”
美井の言葉を聞きながら、船長はじっと双眼鏡で砦を見つめる。確かに向こうでは戦闘が始まっているようだ・・・。新谷と、信繁が見つめる先には貿易船の甲板から大砲が数発撃ち込まれた。その衝撃で兵士達の顔に動揺が走るが・・・。
「てめえ!あれは何だよ!」
新谷が怒り心頭で信繁に食ってかかる。
「あれか・・・あの時・・・金髪の男がいただろ。あいつに頼んで、軽く砲撃してもらった。数発程度なら手前に落とせば戦況に影響はない。」
「はぁ!報酬減るじゃねえか!」
「報酬の方が大事か?人の命より。」
「当然だろうが!」
新谷の言葉を聞いた瞬間、信繁は刀を抜き首元へうちこ・・・。
「ひぃ!」
驚いて硬直する新谷の首寸前の所で刃を止め、信繁は睨みつける。普段温厚で静かな男ではあるが、この時の顔は怒りで顔を歪ませていた。
「この世に・・・命より重い報酬なぞ!無い!!」
その形相と、その眼光を前にして新谷はへなへなと腰を下ろし・・・腰が抜けてしまう。
その様子を見た信繁は刀を抜きながら兵士達を見つめる。河の浅い所があり、そこから渡るようだが、それでも腰あたりまで浸かってしまう。まだ向こうの賊達の泡手振りがあって矢は放たれていないが、時間の問題だろう。走って川を渡る前の後続部隊まで走っていく。
「お前ら!お前らには別の仕事をやる!」
「なんだ!」
「お前らは近くの林の中から投げられる物を持って河の中腹から大声を上げながらものを投げろ!」
「え?」
「あいつらが生きる為だ!早く!」
「了解。」
そう言い、後続部隊は離れていく。その間に川に入った部隊に声を掛ける。
「お前ら!身を伏せて泳げ!顔を上げれば撃たれる!」
「分かった!」
前の方で山田の声が聞こえる。それに合わせ全員が身を伏せながら近づく。その時、向こうから大声が聞こえてくる。物はやはり届かない物の、大声を上げることにより攪乱はしているようだ。矢を構える男達が、声を上げている方を狙い始める。だが、警備部隊の刃物を持った男達が砦の入り口に走ってくる。数は少ないが・・・状況が悪い。だがその時、後方の男が倒れる。その事に驚き後ろを振り向く瞬間、信繁は腰の小刀を抜き、全力で投げつける。それに合わせ、先頭の一人の肩に刺さり、そのまま、河に転落する。
「お前ら!降参しろ!」
筧の声が向こうから聞こえる。
「お前らぁ!こうさんだぁ!」
しまの声も聞こえるが・・・幼くて・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
幹花の声は小さくて聞き取れない。だからか、数が少ない方に襲いかかっていた。当然これは信繁にとって計算通りである。
「ん!うん!はぁあー!」
筧が槍で武器をなぎ払い一人を川に突き落とす。
「これで・・・二人か・・・。」
同じぐらいの頃、しまは信繁にもらった脇差しで二人の太ももを切りつけ、行動不能にしていたが・・・。
「やはり・・・皆様、少しだらしないですよ。私なんかに。」
そう言う幹花の足下には無数の男達が倒れていた。腕とかを痛そうに抱えている為か・・・どこを怪我したのか言い表せない・・・。
「すげえ・・・。」
しまが驚いたように幹花の周りの男達を呆然と見つめていた。一気に山田が河からはい上がると一気に突撃するが・・・その頃には入り口に集まったほとんどの敵が倒されていた。
「野郎ども!突撃だ!」
「おおー!」
河から上がった男達は一気に建物の中になだれ込んでいった。
「終わりましたね。」
幹花がじっと中の様子を見つめる。船も何かを確認すると引き上げ始めていた。
「まあな。」
倒れ込んだ男を捜し、小刀を抜いていた信繁は幹花を振り返る。
「でもおめえ・・・ただのうるさいおばさんだと思ってたぞ。」
しまは感心した様に幹花を見つめる。
「・・・一応嗜みとして半蔵様とかから、武術は習ってあります。」
「あれが嗜み?」
筧が呆れた目で幹花を見つめる。戦いの様子を見れた数少ない人物でもある。
「それなら・・・後は連中に任せるか・・・。」
そう言い信繁は近くに腰を下ろした。中では戦闘中ではあるが、彼らの手柄を奪うのも忍びない。ふと川面を信繁は見つめる。・・・どんなに場所が変わろうとも・・・大河の流れはゆったりとしていて、こんな時でも落ち着いていた。
「後・・・おばさんは・・・この年の人に言うのは・・・死にますよ。」
「あ・・・。はい・・・。」
「すまねえな。船長さん。」
山田が船に戻ってきたのは戦が終わり、信繁達が船に引き上げ、一日経った後だった。その間に彼らは、砦の中の兵士達を王宮に連れて行き、王宮での報償は・・・相手も意外だったらしく・・・未だに決定していない。まあ・・・お互いの考えることは分かるだけに信繁も苦笑いする。
「いや・・・いいよ。」
「あれから俺たちは話し合ってさ。」
「ん?」
「あんたにこの町を引き継いでもらいたい。」
「・・・それは断る。」
「へ?」
山田はその即答に意外そうな顔をする。
「俺では勤まらないだろうし、それにもっと適材がいる。」
「へ?」
「あの新谷はどうした?」
信繁は聞いてみる。あの様子では予想は付くが。
「ああ。あいつは追放した。あいつ・・・どうも相当ピンハネしていたらしく、向こうで聞いた額に全員が驚いた驚いた。それで、自動的にあいつを追放するってなっちまったわけだ。」
「そうか。」
「で・・・あんたが。」
「断る。」
「だよな・・・。」
二度目の返事を前に長政は落胆する。だが、信繁の顔は明るかった。
「ただ・・・この船が出航できるまでの間。お前らを鍛えてやる。」
「へ・・・。え・・・?」
「あの様子だとそう戦になれていない人間ばかりのようだったからな。それが報酬で良いかな。通訳殿。」
「・・・よろしくお願いします。」
その言葉に山田は初めて大きく礼をするのであった。
「青海・・・。」
ちょうど船長室を山田が訪れていた頃。筧と青海は青海の部屋でじっと青海の様子を見ていた。
「おまえ・・・。」
「まだ黙ってくれねえか。あいつにはな。」
青海が包帯を取り除くと腕から血がだらだらと垂れてくる。ちょうど利き手側である為、重傷だと思われる。
「それであの時来なかったのか。」
「まあな。」
「動くのか?」
「大阪の時から治療しているが、これと傷口からの毒で直るのにもう少しかかる。」
腕からはまだ血が噴き出している。
「だが、あまり握力はない。だが、生活はできる。」
「そうか・・・。なら医者を捜せば。」
「まあな。医者は行ってきたが、後は傷薬を塗って、気力勝負だと。」
「そうか・・・。」
筧はその様子に落胆する。だが気にすることなく包帯を反対の手で取り出すと、口に酒を煽り、傷口に吹きかける。
「もう少しで直る・・・と思う。でさ、俺じゃわかんねえからさ。」
「ん?」
「傷薬、頼む。」
「・・・しょうがないな。待っていろよ。」
筧は力なく微笑むと、立ち上がる。何か・・・悲しさがこみ上がる。この事態が何か影響が起きなければいいが。