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異聞 真田信繁伝  作者: どたぬき
第一節1614年二月
17/30

第十五節 六月上旬 海への援軍

大阪夏の陣が終わって一ヶ月、江戸に言った信繁は半蔵から指令を受け取る。その指令とは・・・。

第十五節 六月上旬 海への援軍


 結局・・・信繁は誰に言われるわけでもなく、鹿児島を去り、この地にいた。目の前には小さな・・・それでいて石の棒が一つ刺さっただけの・・・墓の前にいた。

「おっさん・・・。俺は・・・どうしたらいい・・・。」

 目の前の墓に手を合わせると石が刺さっている場所、寺の住職が来る。側に来るまでの間、信繁はじっとその墓の前に手を合わせていた。もうあの戦いから半月は経ち、その激戦の跡は人々の活気で満ちあふれていった。ここははそう言う町の少しはずれにあった。

”あんたから貰った命・・・俺はどうすれば・・・。”

「どうしたんだ?」

「いやあ。」

 そう言うと信繁は立ち上がると、振り返ることなく、去っていった。その寺の看板には南宋寺と書かれていた。


「やはり・・・戻ってきたようだな。」

 半蔵は江戸城の衛兵詰め所の一カ所で・・・前に来た事がある・・・昔・・・説得された所だ・・・。狭い室内で二人は向かい合っていた。

「ふん。」

 半蔵はにやりとする。家族がいる場所が半蔵が用意した隠れ家という時点でもう…信繁はやる事は決まっていた。もう戻ってくるしかなかったのだ。

「だとして…俺を…どうする気だ?」

「・・・わからぬ。」

「は?」

 呆れた声で信繁は半蔵をみつめる。

「と言うのもな・・・。今までも数人そういう風に地位につけてきたものの…。」

 半蔵は考えているようだが結論は出ないようだ。

「もう・・・そう言う場所はない。」

「・・・働く所はないというのか?」

 信繁はじっと半蔵を見つめる。と言うよりも、呆れていた。

「と言うより、お主の顔を知る重臣のいない所を探すのがな・・・。」

 苦そうに窓から見える江戸城を見つめる。

「そう言えば、青海達はどうした?」

「ある武家屋敷に身を潜めて貰っている。処分保留の兵士達と一緒にな。」

「そうか・・・。」

 落ち着いて江戸城を見つめる。その姿は白く大きいが、その広さ故に多くは庭園でもある。

「じゃあ、暇でも出すか?」

「そうはいかんが・・・そうだな・・・。」

 半蔵は立ち上がると扉を開ける。この詰め所・・・先ほどから兵士らしき者は一人も来ていない。

「幾つか懸案があるが・・・お主に託したい物がある。くるか?」

「行くしかなかろう。」

 そう言って立ち上がる。

「・・・どこに行く気だ?」

「・・・お主・・・あの時も船に乗っていたよな。・・・船は好きか?」

「は?」

 その疑問に信繁はしばらく固まる事になる。


「で・・・船に揺られ・・・俺はどこまで行くんだ?」

 信繁は呆れて、船室の壁により掛かり先を見る。城から連れ出されて三日ほど海を舟がさまよう。

「日本と言えるかどうかわからんが・・・拙者もよくわからん。」

 半蔵は呆れたように海を見る。

「・・・よくわからん所によく誘導する気になったな。」

 船の揺れに耐えながら、信繁は見つめる。初島と大島は越えたのを知ってはいるがそれから先はよくわからない。

「だがそろそろだ。」

 そう言い、半蔵は懐の望遠鏡である海の彼方を覗く。それを見て信繁は手を差し出すと、半蔵は手に持った望遠鏡を手渡す。信繁が覗くその先には一つの島と・・・大きな船がある。あの船・・・。

「あれは?」

「そうあれが目的地だ。」

 それから数時間が経ち、近くに接岸すると、そこには大きな船がある・・・。そう・・・これは・・・。

「按針の船・・・。」

「そう。完成したものの、大阪の戦があって人手が回せなくてな。」

 そう言い、吊り下げられた縄梯子を登って半蔵は上に向かう。信繁もそれに付き添って上がっていく。

「で、これがどうしたんだ?」

 今見ても立派な船で、先の戦いで見た南蛮衆の船よりも少し大きい・・・気がするが・・・。だが大砲の列は一列で、火力自身は下回る。だが・・・信繁は上を見上げる。帆は大きく、正に外洋専用の船だ。

「今のところ・・・こいつを扱えそうな男がいなくてな。それをお主に任せたい。」

「これをか?一人で動かすとか言っても無理だぞ。」

「それには、戦で給金にあぶれたりした者達や元真田の部隊の者を回す。あとは船乗りを数名おく。」

 半蔵も見て回ると、それに伴い数名の人たちが外に出てくる。

「この者達は?」

「ああ。この船の者だ。しばらくはお主の下として働く。」

「半蔵様・・・。」

 一人の女性が、船乗りから飛び出てくる。その姿は確かに短めの着物を着た姿ではあるが、体の形がでるぴっちりとした着物がその女性の艶めかしい姿をあらわにしていた。

幹花みきか・・・。」

「この者は?」

 女性は元々きつい瞳を更に鋭く、信繁を見つめる。

「こいつは、真田信繁。この船の船長だ。」

 そう言い半蔵はこちらを紹介する。だが、その女性の値踏みする瞳はじっと信繁に向けられたままだ。

「よろしく。」

 信繁は半笑いながらも、手を差し出すが、女性は無視して半蔵を見つめていた。

「信繁殿。この者は幹花。この船の物資などを担当していた者で、忍びの訓練は受けさせてある。中々に有能だ。」

 そう言うと幹花は深く信繁に一礼をする。それに合わせ信繁も一礼する。

「帆船と言う事もある。この人数なら船は動く。」

 そう言って半蔵が見渡すと、二十人前後に人間がそこかしこから現れる。

「それはそうだが・・・。」

 各人を見渡すと・・・それぞれにアクの強い顔をしている。

「お主にやって欲しい事・・・それは・・・。」

 その言葉に自然と周囲の人間が集まる。

「この南の国、シャム王国という所がある。そこに日本人の町がある。」

 当時日本の水軍の多くは海外とつきあいがあり、その一部は倭寇と呼ばれ、海賊とかしていたが、実際は海上利権の争いを行っていた。その中で、東南アジアに進出を行っていた、それは豊臣秀吉時代からある事であり、それが行われた当時、”ルソンの壺”などの舶来品が日本でかなりの高値で売れた事もあり、立派な利権でもある。そのため、各地の日本人街を当時かなり重視していた。特に発展していたのがシャム王国(現在のタイ)である。

「ほう?」

 一部で聞いた事もあるが、九度山に籠もっていた信繁には聞き慣れぬ名でもある。当然清国の名は聞いた事もあるが・・・。

「で、そこの日本人街に行って欲しい。」

「行ってどうする気だ?」

「そこにいる同胞を助けて欲しい。その間に事後処理をすませ、仕事を作ろう・・・。」

「俺でいいのか?」

 信繁は微妙な目で半蔵を見つめる。

「あの時、あの船に真っ向勝負を挑んで勝てたのはお主の知恵があったからだ。その腕を認めてだ。」

「わかった。」

「お前達も頼んだぞ!」

「おう!」

 半蔵の言葉に周囲の人間が頷く。

「で、残りの部隊はどこで積むんだ?」

 呆れて見渡す。船員が二十名では援軍にも何もならない。

「とりあえずは、大阪に寄って欲しい。そこに兵達を集めるように指示はしてある。欲しい物資があれば、そこで発注しろ。」

「わかった。とりあえずは・・・。」

「お主にはすまないかもしれないが・・・もう少し・・・戦につきあって欲しい。」

 半蔵は頭を下げる。何となく・・・運命みたいなものを感じる。

「いいさ。行ってくる。ただ・・・。」

「ただ?」

「兵がそろったら一週間でいい。船での訓練はさせてくれ。」

「わかった。」

 そう頷くと、半蔵は手を挙げる。先ほど乗ってきた船は岸を離れ、この船の碇が上げられていく。半蔵は立ち上がり、各所に指示を与えていく。それを見つめながらふらっとあの時、飲み会をした船長室に入った。そこの部屋には大きく、世界地図が貼られていた。

「世界・・・。」

 ふとこれからの展望に頭が痛くなる・・・信繁であった。


 それから一週間を掛け、按針達と日本の技術の総結集でもあるこの船はかなり速く大阪の港に着いていた。まだこの頃には大阪に海が言う要の港があるが、その船の数は大阪夏の陣以降激減していた。港に着いた船は、早くも物資を積み込み、各部屋の具合を確かめていた。

「そっちの物は、こっちの所に住みに出来るだけ詰めて。」

 幹花の声が聞こえる。その間を抜けるように信繁は船の外に出る。

「どこに行かれるのですか?」

 間を抜けようとしたところに幹花の冷たい声がつんと聞こえる。

「まあな・・・。会いたい奴がいてな。」

「・・・早くお戻りください。訓練までに間に合わなければ、私がこの船を乗っ取らさせていただきます。」

「・・・わかったよ。」

 そう言うと冷や汗をかきながら、信繁は急いで町中を走っていく。そう・・・ただ一つ心残りな事がある。今、青海、筧、しま達は今・・・待機場所から大阪に向かっている。だが・・・美井はあの時からずっと下八の所に預けてある。確かに半蔵殿に按針殿への伝言は頼んだが・・・。しばらく走ると最近は見慣れた着物屋。下八の親戚の店だ。

「よお。」

 そう手を挙げると、店内で忙しそうにしていた下八は急いで信繁の元に駆け寄る。

「お久しゅうございます。」

「久しいな。どうだ。調子は?」

「それは・・・まあ・・・。」

「美井はいるか?」

「あ・・・はい。」

 その言葉を聞き、奥に上がると遊んでいる美井の姿があった。

「久し・・・。」

「よう。」

 信繁はその冷めたような・・・いや・・・感情を押し殺しているような顔をした美井を見つめた。

「帰ってきたぞ。」

「・・・はい。」

「ヒサしぶり・・・ですね。」

 遊んでいた男は振り返るとその見覚えのある顔を見せる。

「按針殿。」

「このこは・・・おヤクにたてたでしょうか。」

「はい。」

 信繁は二人に向き合うように座ると、美井も慌てて正座する。

「それはよかった。てきがカトリックときいて。このこがいればナニかになるかとオモッていました。」

「カトリック?」

「はい。カトリック・・・です。カトリックというのは、キリスト教のシュウハのひとつです。」

 そう言って不安そうに按針は美井を側に寄せる。

「モトをただせば・・・あいつらです。」

「どういう事だ?」

 信繁は不思議そうに按針を見つめる。按針も周囲を軽く見渡した後にじっと信繁を見つめる。

「このこからききました。あのくろい船のこと。ワタシはクワしくはミていませんが、このへんにいるヨーロッパの船はイスパニアとオランダだけです。力があるのは・・・イスパニアです。」

「よくわからないが・・・。」

「それは、ハンゾウ殿にショルイを上げてあります。必要なら・・・。」

「いや・・・いい・・・ただ分かったのは、お主達ユーロプの者には周知の相手だと言う事だ。」

 信繁は頭を抱える。よく訳の分からない単語の多さに頭を抱えてしまう。

「わたしがクニを出る・・・このこがおわれるも・・・その・・・カトリックとプロテスタントがオモです。」

「まあ・・・そう言う・・・争いか・・・。」

 じっと信繁は美井を見つめる。この子は幼いがそれなりの修羅場をくぐってはいるようだ。

「そうだ・・・あなたにはタノミがあります。」

 そう言うと按針は大きく信繁に頭を下げる。その様子に信繁はじっと按針を見つめる。

「なんでしょうか。」

「このこを・・・船にのせてもらえないでしょうか。」

「・・・どうしてだ?」

 信繁はきつい顔で按針を見つめる。今までの陸路とは違い、戦場へ赴く船だ。それに・・・船は遭難するかもしれない恐怖を抱える。今までとは勝手が違うのだ。

「この子にさまざまなタイケンをさせておきたいのです。」

「それが親の言う事か?」

 冷たく聞く信繁に按針は更に食い下がる。

「このこはしっておりますが・・・この子はわたしの実のムスメではござらん。」

「・・・。」

「このこはいつか・・・うまれた地へかえらなければ、いけないでしょう。ですが、このこがツヨくならねば・・・わたしがいなくなってミをマモるコトができなければ、かえる事さえままならぬでしょう。」

「・・・。」

「そのためにできる事は全てしたいのです。あなたほどの・・・わたしのあの船をタクすミとして・・・。お願いいたす。」

 按針は頼み込む間、ずっと頭を畳にこすりつけていた。その姿に美井も不安そうに見つめる。

「・・・すまないが・・・一つ聞きたい。それを・・・美井殿は承知しておるのか?」

「はい。」

 美井のりんとした声が聞こえる。

「はい。ミリア・・・には確認を取ってあります。」

「ミリア・・・それで・・・美井。」

 感心したように名前をつぶやく信繁はじっと美井を見つめると、覚悟を決めたように。信繁に頭を下げる。

「おねがい・・・。わたし・・・パーパを助けれるほどに・・・つよくなりたい・・・。」

「・・・分かったよ。一緒に来い。ただ、死ぬやもしれん。いいのか。」

 信繁はつよく二人を見つめるがそれに動じる様子は二人にない。

「分かった。だが按針殿はどうする?」

「わたしは・・・ここで船をツクります。それがわたしのシゴトだから。」

「分かった。では仕度してくだされ。後で使者を送るので、それまでには仕度してくだされ。」

「了解。サー。」

・・・。

「その”サー”とは?」

 信繁はふすまを開けようとした手を止め、按針の方を向きかえる。

「これですか?これはわたしの国のコトバで、”尊敬する人”といいます。サー、サナダ。」

「・・・感謝する。」

 そう言うと信繁は外に出て、下八の所に向かう。今までの謝礼とかをしなくてはならないからだ。


 それから一週間ほどのの間、少しずつ船員となる人は集められ、徐々に人は船に乗せられていく。集まる度に忙しさは増す中、武器、矢、大砲の弾、特産品や各船室の調度品などが積まれていく。信繁は樽の上に座り、じっと船を見つめる。

「暇だ・・・。」

 戦場では幹花が中心となり、船員達の訓練が行われる。自分も何かしたいって言ったら・・・この本を渡される。信繁は懐から本を取り出す。彼女いわく、按針達から聴取してつくった”辞書”だそうだ。辞書という言葉さえ初めて知った。だが、どことなく疎外されたこの感覚は少し・・・苦手だが・・・ある意味”楽”だ。

「ほんとまあ・・・でっけえなあ。」

「お前、船を見るのは・・・初めてか。」

 その声に信繁は振り返らず声を掛ける。

「青海。」

「ひさしいな。」

 今の信繁の格好は今までの格好とは違い軽い着物だけの姿で、それほど重装備ではない。だが、お互い、その内容を知っていた。

「そうだな・・・。」

「お久しゅうございます。」

 筧が重々しく一礼をする。その言葉に信繁は樽から下りると、見渡す。筧、青海、しまの三人だ。もう身内と言えるのは・・・彼らしか・・・美井がいるか。

「いいよ。俺はもう・・・死んだ事になっている。」

「そうは言っても今、おめえいるだろ。」

 しまがすこし不満そうに信繁を見つめる。

「で俺たちはこれからどうするんだ?」

 青海は船を見つめていた。船は大きく、運び出す荷物も多い。食糧は念のための話をして、一月は持つ量を積んでもらうように頼み込んである。

「これから・・・この船はシャム王国へ向かう。」

「社務?」

 筧は眉をひそめる。

「そこで日本人街に向かう。単純に言えばこれから俺は海の外に行く。」

「・・・。」

 その言葉に三人とも目を白黒させ、積み荷を入れている船を見つめる。。

「船の準備は?」

「今、そこで徳川の者が整えている。彼らの中には渡航経験者もいるので・・・まあ大丈夫だろう。」

 だが、その信繁の少しの言いよどみを見破れるのほど、彼ら三人は勘の悪い存在でもなかった。当然、海に渡って来れた者もいるが当時の日本人にとって海とは世界の外だと感じられる事が多かった。

「拙者は今回ばかり・・・。」

 筧がしゃべっている途中のその口を青海は突然塞ぐ。

「すまねえ。すこし・・・。」

 青海が言いつくろうとした時、無理矢理筧が引きはがす。

「お主は怖くないのか?」

 焦る顔で筧は見つめる。

「俺も怖い・・・。だが・・・。」

 信繁は不意に三人の側による。

「もう俺の側に入れる身内はお前達しかいない。すまない。一緒に・・・頼む。」

 側により、小さい声で頼む信繁の顔は苦渋に満ちていた。

「何がありました?」

 筧は不思議そうに見つめるが、それ以上の返答はない。

「俺は、どっちにしろ、一緒に行くぜ。先に中に行ってる。」

 しまは明るく答えると、輪をはずれ、船内に走っていく。

「奥方様か?」

 筧達のその言葉に信繁はあえて沈黙を保った。それが答えに・・・お互いは思った。

「分かった。俺は一緒に行ってやる。だが・・・。」

 青海は何か言おうと思ったが・・・しばらく空を見つめる。空はきれいではあるが、雲は少なく。青も少し白みがかっていた。

「まあいい。俺は高いぜ。」

 青海は錫杖を持ち、ゆっくりと船に歩いていく。

「拙者は・・・。」

 筧は言いよどむが、それを信繁は止める様子はない。

「行くぞ!筧!お主は独り身であろう!」

 青海の大声が響く。

「・・・信繁様。」

「何だ。」

「出航はいつで。」

「できるだけ早くだが・・・少しは待てる。覚悟があるなら・・・少しは待つぞ。」

「いや、どこにも行く気はござらんが・・・せめておっかあに手紙を書くだけは・・・。」

「行ってこい。そのぐらいは待つ。」

その言葉に筧は荷物をその場に置くと、すぐさま走って大阪の町中に消えていった。自分もそうしたかったが・・・信繁はじっと耐えて、樽の上に座り、懐の辞書を取り出す。そうしなければ、心が折れて、家族の元に帰りそうになる。じっと船を見つめ・・・耐えるだけだった。


 結局青海達が合流して三日ほど、さまざまな調度品や信繁達の注文通りの物。そして書籍などを積むのに手間取り、船の正式完成は遅れてしまう。だが・・・その分悔いのない作りとなっている。長期航海にさえ耐える使用となっている。

「やっと来られたな。」

 半蔵はじっと船を見つめる。

「半蔵殿。」

 信繁はじっと見つめるが動じた様子もない。出航準備ができた今、今日にも出発の予定である。

「この船出で、お主に・・・この希望を託す事になろうとはな・・・。」

「希望?」

「ああ。希望だ。内府様は・・・この船の建設時、この船の事を”日の本の希望”と呼んでおった。」

 半蔵の感慨深い眼差しをじっと信繁は見つめる。そう言えばこの船の完成を半蔵は凄く喜んでいた。

「この立派な船はきっと、この先、日の本の未来を支える根幹となる。交易船でもあり・・・探検船でもある。そう言い船の完成を見つめる内府様の目はずっと輝いていた。」

 信繁はじっと船を見つめる。確かに先日船室を確かめた時、半分以上は船室と貨物室で占められていた。

「・・・ならお主や、重臣が乗ればよい。」

 信繁は落ち着いた声で答える。

「それはできない。」

 半蔵の即答は・・・どことなく寂しげな響きを感じさせた。

「今の日の本は・・・夏の陣の後しばらくは・・・重臣達や有力大名が睨みをきかせねば・・・。また戦になろう。今打って出られるお人はいない。」

「それでもこれだけの船だ。それだけでも名誉であろう。」

「この船は元々・・・秘密裏に作成されておる。各大名はこの船の存在をしらん。」

 その言葉に幾つかの結論が結びつく。だからわざわざ一度孤島に行って船を取りに行ったのか・・・。人に見られない為だ。

「この船は諸外国に対抗する為の一号でもある。もし外洋を渡るのに成功すれば、職人を配置し、船は量産予定だ。だから・・・お主の力が欲しかった。」

 確かにこの船は、按針殿と日本の職人でつくられた合作の船であるが・・・。確かに大砲だけで武装されたあの船に対して太刀打ちさせるのは難しい。これ一隻だけでは向こうの大軍は防げまい。またあの船が複数来ない保証は今のところ・・・どこにもない。

「わかった。」

 半蔵からすれば・・・これを託すとは・・・家康や日本の未来を託す事そのものなのだ。

「今のお主にしか頼めない仕事なのだ。頼む。」

「そうだ・・・兄貴は?」

「ああ。信之殿は・・・。そこにおるぞ。」

 そう言い指さした先には信之はいた・・・。周囲の人間と話し、色々お辞儀してまわっている。

「兄貴!」

「よ!」

 その言葉に信之は駆け寄ってくる。その姿に信繁は呆れてしまう。

「あにき。」

「海に行くんだってな。」

「ああ。」

 その会話を見て、自然と半蔵は船の中に歩いていった。

「気を付けろ・・・。」

「分かっているさ・・・。」

 お互い会話が無くとも長い時を過ごしてきた二人である。そのままじっと二人は何をしゃべるわけでもなく・・・。しばらくじっと船を見つめていた。

「いつ帰ってこれる?」

「分からない。向こうで骨を埋めるやもしれないし、帰ってこれるかもしれん。」

「そうか・・・でも・・・。」

「どうした?」

「立派な船だな。おっきい。」

「だよな。」

「帰ってこられるなら、真っ先に来いよ。土産はいいから。」

「分かっているそれは楽しみにしていい。だが・・・。」

 そう言うと信之は懐から本を一冊取りだし、信繁に渡す。

「持って行け。役に立つ。上手くはいえないが。それが今の手一杯だ。」

「感謝する。」

 そう言い、さっと本を懐にしまった。

「お吉の方は元気ですか。」

「ああ。あの方は酒を飲んだくれてから高野豆腐の油揚げが気に入ってな。今はあれにご執心だ。」

「そうか。」

 信之は周囲を見渡す。船員達が忙しそうにしている。

「俺は行く。じゃ。」

「じゃ。」

 そう言うと、さっときびすを返し、信之は港から歩いて去っていく。お互い会えて深い挨拶はしなかった。また会えると・・・いつか会えると・・・信じていたからだ。


「皆の者。俺が!船長の真田信繁だ!」

 その言葉に全員が整列して聞いている。船長室の眼下船員達が甲板に並ぶ。出発の準備を終え、桟橋をおろして全員を信繁は見渡す。

「俺たちはこれから・・・シャム王国に向かい!日本人街に物資を届け、援軍として参る。」

 その列の前方には筧達、隊長の姿が見える。元からいる船員達と筧達重臣達で部隊を編成し、効率的に・・・と言うより交代で船の作業を行うようにしてある。

「皆は勇気ある強兵であり・・・家族である。」

 信繁は大きく周りを見渡す。訓練に参加した兵達の多くは・・・これでもかなり少ないが・・・最後の真田の突撃に参加した者の中での生存者の有志や現地での募集人員で構成されている。

「どうなるか分からない。聞いた所に寄れば・・・嵐で亡くなる者・・・など予想できない事態に陥り、死に至る厳しい旅となろう。だが付いてくるか・・・報酬は約束しているが・・・実際・・・かなり辛いだろう。」

 その言葉に少しざわつくが、それでもすぐに落ち着きを取り戻す。

「異邦の地での死をも厭わぬ皆よ・・・。付いてきてくれる者に感謝する。」

 そう言い、大きく一礼する。それに合わせ一部からは拍手が聞こえる。

「小難しい事を言ってすまないが・・・とりあえず!行くぞ!付いてこい!」

「おう!」

 信繁の掛け声に全員が掛け声をあげると、その声とともに全員が立ち上がり、持ち場に戻っていく。

「すばらしいとは・・・思いませんが良い声です。」

 相変わらず冷たい声が幹花からかかる。それに伴い、筧や青海達も集まる。後ろの部屋には一応・・・美井の子守を頼んだしまが美井と船長室で遊んでいる。やはりこの世代の子は遊んでいる姿が一番可愛い。

「中々手厳しいな。」

「俺は気に入ったけどな。」

 青海は寄りかかるとひょうたんの酒を煽る。

「そういえば・・・。」

 幹花が不思議そうな顔で船の先端を見つめる。そこでは船員達が大きな帆を広げ始める。

「按針様にはお会いしたのですよね。」

「ああ。」

 信繁も船尾の高所に立ち、船員達の様子を見つめる。一週間も練習した成果・・・流石にこなれた様子で碇を上げ始める。

「船の名前とかお聞きしました?」

「・・・。」

 そう言えば今まで二度按針殿と会っているが・・・船の名前を聞いてはいない。

「聞いてはいないが・・・そうだな。」

 そう言い船を見渡す。

「日本一の強者が乗る・・・。臨海丸だ。」

「臨海ですか?」

 筧が不思議そうに聞き返す。

「まあな。海に臨むから、臨海・・・。」

「安直・・・ですね。」

 幹花は冷ややかに答える。

「でもさ。それぐらいの方が良い。わかりやすい方が良い。」

 青海は二度頷く。

「まあいいさ。」

”こっち来てみろよ。もう船、出っぞ!”

”いく・・・いく・・・。”

 その声に振り向くと、しまと美井の二人が、甲板の手すりに掴まり、船から下を見つめている。船は風に煽られ徐々に陸地から離れていく。

「でもまあ・・・この世はどうしてかわかりませんが・・・こうなりましたな。」

 しみじみと離れる陸地を名残惜しそうに見つめている筧だった。

「だが・・・仕方が無かったんだ。だがこの船は今俺たちを含め希望をのせている。何が起こるか分からぬが、せめて潔い死に方をしようぞ。」

「こんな船出に死ぬ話何かするなよ。」

 遠くから振り向くと青海が呆れたように・・・ただ三人は同じ離れゆく陸地を見つめていた。それはあまりにも切ない・・・旅立ちでもあった。



しばらくの間、いままでのページ数よりも少ない枚数で投稿したいと思います。しばらく続予定ですので、これからもよろしくお願いいたします。

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