外伝 ”服部半蔵”の報告書
外伝はこの先展開にかかわりないものの、気になるキャラクターのその後などを書くものです。ただ、ページは少なめの予定です。
外伝 ”服部半蔵”の報告書
「これが・・・報告書か・・・。」
目の前でかしずく・・・僧侶のような目立たない服装をした男を見つめる。少し地味目にも見える着物の侍は、その本を見つめる。表紙には”松尾芭蕉の書”と書かれている。
「はい。」
外を見れば、この小さな炭焼き小屋の外は、うっすらと雪に包まれ、外は寒い。
「これは本当に・・・本当なのか?」
侍は本をまじまじと見つめる。そこには達筆ながらも様々な事が書かれていた。
「はい。」
侍はふと顔を上げ、顔を伏せた僧侶のような男の顔をあえて下からのぞき込む。
「おめえ・・・会わない間に老けたな。」
「はい。」
僧侶の男は即答する。
「そんなお前は見たくはない・・・。」
「そうですな。私も、そのような落ち着かれた伊達殿は余り・・・。」
「ふん。やっと言うようになったな。」
じっと顔を見つめた正宗は顔を上げ、腰を据えて書類を読み始める。
「これが、今までの顛末に関する書でございます。」
半蔵は片膝を尽き、敬意を示しつつ、じっと顔を伏せていた。
「わかっている。だけどこれ・・・本当なのか?」
「・・・最初の半分は拙者が地位につく前、それからは調査した所本当にございます。」
正宗は上げた顔をまた、下に向ける。
「でもまあ・・・これ・・・。本当の本当に真実なら・・・俺・・・あの基督教とやらが本当に嫌になったな。」
呆れて書面を見つめているが、正宗の声は軽い。情報を鵜呑みにするほど単純な男ではなかった。だが・・・信じたくとも信じられない情報がそこには書かれていた。
その報告書とはそれまでいくつもの毒殺、一揆などに関する戦国初期からの不審な潜入者に関する調査だった。
織田信長に接近した宣教師達。
彼らの目的とは、友好的な大名を増やし、自分たちの僕となる国を探していた為だった。彼らの概念によると、キリスト教を認めたと言う事は、自分たちの手下になった事を意味する考えを持っていた事が確認された。
三河一向宗の一揆の扇動者。
当初は一向一揆衆のみの反乱だと思われていたが、黒衣者の姿を確認する。それが武器を取り、蜂起する事を語り、騙されていたらしいと言う事。
三方原の戦い後の武田信玄の暗殺。
当時、宣教師達の教会がある所への被害を恐れた彼らは織田信長に取り入る為、暗殺を行った事。これにより織田信長は、表では信頼を装いながらも、裏では対抗策を練り始めていた。
そしてその後の甲斐への攪乱工作。上杉謙信の暗殺。
北の国の者の多くは信心深く、仏教国であった為、その攪乱を狙い内部工作を行っていた書類を発見した。それにより、各地で武将をたぶらかし、内乱を各地で起こさせていた。これにより、上杉謙信や武田信玄の上洛を防いでいた。
その全てに西洋の一部でしか使われない薬が使われていた事。戦場での死人発生の裏に、宣教師達が戦場に紛れ、薬の実験台に兵士達を使った事。
中部の戦場に置いて戦場跡から死人が発生し、人々を襲う事件が多発していた。当初、弔わない事だと考えられていたが、それらは各地で発生し、その対処に追われていた。しかし、大阪城の兵士達から不思議な粉を発見し、これで反魂の術を行っていた事が発覚。その粉をご禁制にした事。
信長の暗殺。と浅井三姉妹とキリシタン信者による豊臣の実行支配。
大阪城の記述だと彼らの犯行だと思われる。またその後、豊臣秀吉を攪乱させ、明智光秀を撃つ事にも成功したと書かれていた。後に、家臣達にキリシタンや、自分たちの行きをかかった者を配置。傀儡政権を作成する事に成功したと書かれていた。
これらの理由などについて書かれた報告書は、当初徳川家康が、諸大名に配る予定の報告書でもある。だがこれはその内容の苛烈さ故に実際に配布された数は少なく、ごく少数の関係者にしか配られていない。
「でしょうな。」
内容をまとめた本人は涼しい声で答える。
「拙者もこの事を知るに連れ、連中が嫌いになり申した。」
そう言うとやっと、半蔵は顔を上げる。
「でもまあ。確かに約束通り、こいつは貰っておく。・・・でもさ。」
「はい?」
「お前ほどの男がどうしてここにいる。これは使いの者でもいいんじゃねえのか?」
正宗は外を見つめる。この炭焼き小屋のある山の側、鷹狩り道具を持たせ、片倉には近くをまわらせている。鷹狩りの多くは、実際に行う狩りよりも、山に向かう振りをして、忍者、妖怪などに接触する事や、町中お忍びで遊びに行く事が多く、実質諜報活動を示す暗語でもあった。特にこういう炭焼き小屋の側に人がいても怪しむものは少ない。実査誰が怪しむのかも、もう分からないほどの太平の世でもあるが・・・。
「いやあ。もう拙者は・・・人を使う立場にござらん。」
「ん?・・・ま・・・座れや。」
正宗は自分の隣を叩く。そこは腰掛けがあり、隣に座る事が出来る。無論、勝手知ったる忍びの半蔵。軽く頷くとその席に座った。
「はい。」
「で、お前どうかしたのか?」
「そう・・・それは江戸を立つ時でござる。」
「お前ほどの男・・・どうしてここを去る?」
徳川の重臣達が居並ぶ中、裃を着た半蔵はきつい顔で重臣達を見つめる。
「拙者はもう・・・疲れ申した。」
乾いた笑みを浮かべ、半蔵はじっと前を見つめた。
「お主がいなければ、大阪での勝利も、事後処理も出来ぬ。」
「それも終わり申した。」
「でも・・・。でもこれから親方様の片腕でもあるお主がいなければ幕府は・・・。」
「わかってはいるが・・・もうこれからは皆で決めればよい。それは殿の遺言でも書かれておった。いつまでも殿に頼っておってはいつか・・・頼りに出来ぬようになりますぞ。」
「しかし・・・しかし・・・お主がいなければ伊賀はどうなる。あいつらは・・・。」
ここで言うあいつらとはお庭番であるが、この時はまだ、城中であっても公言ははばかられた。
「それは・・・後任は決めてあり申す。その事は向こうも承知している。もう拙者の出番ではござらん。」
そのまなざしをじっと重臣達は見つめるが、半蔵の意志は硬かった。半蔵は立ち上がると一礼して、そのまま、無言で部屋を後にした。
「半蔵殿・・・。」
しわがれた声に廊下の向こうを半蔵が見つめると、そこには天海僧正の姿があった。
「天海殿・・・。」
天海は手招きをすると、半蔵はすっと天海の近くに寄った。
「半蔵殿・・・やはり・・・行きなさるか。」
「はい。拙者が城内に止まるのはもう・・・出来もうさぬ。」
半蔵達があるていくと、適当な部屋に入りそこで天海と半蔵は向かい合って腰を掛ける。
「まあ・・・ワシは止めはせんよ。」
「かたじけない。」
「ただ・・・これからどうするのだ?」
「これからは・・・殿がそうしたように・・・拙者も平和になった各地を周り・・・そして世を見て・・・そして・・・いきたいと思います。」
半蔵は少し開いたふすまの隙間から見える空を見つめる。
「殿か・・・。考え直す事は出来ぬか?お主の知恵が欲しい時もあろうに。」
「ここだから言えますが・・・実際、あの時・・・痛感しました。」
「先の戦いか・・・。」
天海は思い浮かべる。大阪夏の陣。その激戦は想像を絶し、失ったものは大きい。
「拙者が実際に指揮を執ろうとしても・・・。何も出来なかった。あの時・・・考えが何も・・・浮かばぬ自分に絶望いたした。だから・・・だから・・・。」
「だとしても、殿の意志を継ぐべきではないか?」
「・・・それはもう・・・。でももう・・・殿が言っていた事を成し、終えた拙者はもう、ここに居場所はござらん。」
「そうか・・・。」
「それに、忍び達を使い、しばらくは裏からここを見張りもうす。」
「そうか。」
少しすっきりした顔で、天海は見つめる。半蔵の意志は固いようだ。
「実際・・・拙者はもう・・・。殿のいないこの世なぞ・・・。とも思いましたが・・・まだ殿の意志は完成してはいないと思います故・・・。」
「わかっている。最後は儂に任せろ。」
天海は自身の胸を叩く。
「いえ、そうではありませぬ。後強いて言えば、城の堅苦しいのはやはり苦手で。拙者自身、各地の酒や上手いものを食べてみたいのです。」
「そうか・・・流石・・・お主らしいな。」
「天海殿はどうするつもりで。」
「儂はここに骨を埋めるよ。最後の生き残りは・・・最後らしく最後まで見届けるさ。」
天海はじっと隙間から見る空を見る。空は晴れ渡り・・・少し暑い。
「そうですか・・・。」
「それにこの年だ。もう・・・早々登城ですら・・・きついのに・・・旅なぞできぬよ。」
「確かに・・・。」
そう言うとひとしきり笑った戸半蔵は立ち上がる。
「そうだ。」
立ち上がった半蔵は天海を見つめる。
「どうなされた?」
「結局、信繁殿はどうなされた?お主のお気に入りでもあろう?」
「それは・・・。」
「わかったよ。ま・・・そう言う事だ。」
そう言うと天海は立ち上がり、すたすたと奥には行ってしまった。
「退任したのか。」
「はい。拙者はやはり・・・内府様がいなければ・・・。この世にさえ・・・未練はござらん。」
「でも死んでは・・・無いだ?」
わざとらしく正宗は聞いてみる。
「ですな。今更自害など・・・拙者は・・・怖くて・・・できもうさぬ。」
半蔵も分かっているように答える。
「でも・・・どうするよ。これから。」
「殿が平和にした世を周り・・・殿が今までしたように、拙者も世を周り、悪しきをくじき良きを助ける事に致します。」
「と言う事はここはついで?」
そう言いながら、正宗は腰の水筒の水をぐっと煽る。
「ま・・・そうとも言いますかな・・・。」
「言ってくれるな。そこはお世辞でも違うって言った方が・・・?」
「いえ、これから時間を掛け、諸国を巡り、諸大名や、各地を周りもうす。」
「そうか・・・。と言う事は江戸からここまで?」
「歩いてきました。」
「そうか。」
頷くと納得し立ち上がる。まだ旅の途中ならあの時の会議の参加者・・・次は上杉殿のはずだ。
「そうだ。あの時会った若武者・・・あいつ誰だ?」
正宗は不思議そうに半蔵を見つめる。二人の間には笹の葉に包まれた小豆の餡団子が置かれている。いくつか食した後があり、脇に水筒も置かれている。
「あの方と言いますと?」
不思議そうに半蔵は見つめる。
「ほら、あの・・・。大阪の港で作戦とか言っていたあの侍。」
「ああ・・・。あの侍。」
半蔵は頭で思い浮かべていた。あの時か・・・。
「あの侍はちょうどそこいらにいた兵士でござる。」
「・・・。」
半眼で正宗は半蔵を見つめる。
「それはないぜ。」
「いや・・・これ以上は・・・。」
「・・・あいつ・・・誰だよ・・・。」
その声は少し切なく、何かまるで愛しているものを探す声のようでもあった。その声に半蔵は気が付くも・・・じっと押し黙った。
「これから先はご内密に・・・。」
「わかっている。」
「あの人は真田・・・真田・・・信繁でござる。」
「やはりな。」
納得したように頷く。
「で・・・あいつはどうした?死んだわけではあるまい?あの場所にいたなら。」
「・・・。」
半蔵は押し黙ってしまう。この時、信繁は大阪の港を出航して半年は経っていた。
「知らないのか?」
半蔵はそれまで幾つかの報告を受けており、生きている事は確認できていたが・・・。それ以上の詳しい位置は・・・分かっていなかった。
「拙者の口からは・・・何とも・・・。」
「そうか・・・お主ほどの男を巻くとはあの男は流石だな」
感心したように正宗は頷く。半蔵は半眼であいてを見つめながらも・・・何も言い返せないでいた。まさかあんな所にいるとは誰も思わないだろう。
「では拙者は行きもうす。」
そう言い立ち上がると一礼し、半蔵は立ち上がる。
「そうだ。おめえ。中尊寺に寄ってけや。」
「はい?」
「もうお前は普通の人間なんだろ。」
「はい。」
「あそこの仏像・・・痺れるからさ。」
「痺れるですか?」
不思議そうな顔で半蔵は振り返る。
「ああ。あそこまでの物はそうそう無い。つい痺れてしまうはずだ。行ってみろ。」
「分かり申した。」
そう言うと半蔵は一礼し、小屋を去っていく。まだ、半蔵の旅・・・いや休日は終わる事はなかった。
書いて欲しいキャラクターとかがあればおかきします。ぜひ御一報を。