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異聞 真田信繁伝  作者: どたぬき
第一節1614年二月
15/30

第十四節 五月八日 堺攻防戦

大阪城から脱出した信繁一行に大阪方最後の計が発動する。無事!信繁は生きて帰れるのか!そして、行く先で何が待っているのか!

第十四節 五月八日 堺攻防戦


「半蔵・・・もういいぞ。」

 千姫は照れながら合図を送ると・・・手で追い払い仕草をした。その仕草を見て少し離れる。ここは徳川秀忠・・・父親の陣中だ。もうここまで来れば大丈夫だろう。千姫は、何か決意した顔で陣幕を開ける。そこには泣きそうな・・・歯を食いしばっている顔で立っている父親の顔があった。

「千!」

「お父様!」

 秀忠が抱きつくと千姫も泣きながら抱きつく。しばらく・・・抱きしめると、お互い・・・感じたように距離を取る。

「お父様・・・帰りました。」

 千姫は礼儀正しく一礼をする。それに合わせ、鷹揚に頷く秀忠・・・ではあるが・・・その顔のデレた様子に威厳はなかったが・・・家臣達が居合わせていた為、仕方なかった。半蔵も、その幕臣に混ざりその様子を見つめていた。

「おう。良く帰った。大儀であった。」

 その言葉と共に腰掛けに秀忠は座る。

「帰って休むといい。大変だっただろうからな。」

 そのまま少しの間静寂が訪れる・・・。誰も動かなかったからだ。

「お父様・・・お願いします。」

 千はあえて、頭を下げ伏した。その異様な様に最初は驚いた秀忠も・・・流石に何を言うのか理解できた。

「もうこれ以上の攻めは大儀を失います。ですから・・・もう・・・。お止めください。」

徐々に涙で声がかすれながら・・・また十二歳の少女の身でありながら・・・実の父にここまでして・・・幕臣は息をのんだ・・・。

「もう・・・部隊は動き出しておる。もう止められぬ・・・察せよ。これ以上言えば・・・。」

 秀忠はちらりと半蔵を見つめる。秀忠自身は知らされていたが、秀忠の幕臣は家康の死を知らされていない為、ここで明言は出来なかった。そして、事実上の指揮権が半蔵にあるとも・・・言えなかった。

「ですが!ですが!」

 秀忠は困った顔で半蔵を見る。半蔵はあごで外を指す。

「疲れて錯乱しておるのだろう。連れて行け。」

 その言葉に陣の端で警備していた侍は千姫を抱え、外に連れて行った。

「お父様!お父様!」

 その陣の向こうまでも彼女の声が聞こえていたが・・・苦しい顔で無視していた。

「皆の者。今朝こそ!あの城を陥落せよ!」

 秀忠の掛け声に、幕臣達が答える。その行為に・・・半蔵は言葉に出来ない秀忠の決意を感じたのだった。


 大阪城を出た半蔵達と一時的に分かれた信繁は馬を走らせ、海岸沿いに南に向かっていた。確かに忍者には攻撃されなくとも、正規軍には攻撃される。この状態を避ける為、半蔵が出した指示とは・・・堺にて待機する事だった。堺は人が多い上に市民も多いので、どうにか・・・見逃す事が出来る。そこで今後の指針を決定するらしい。

「で・・・。どうするの?」

 馬の背に乗った秀忠は心配そうに信繁を見つめる。信繁は全力で馬を疾走させていた。今は朝日も昇り掛け、行進の音が聞こえる。今から・・・大阪城を陥落させるのだろう。

ふと、海を見つめる。やはり・・・黒い大きな影を・・・三つ確認が出来る。やはり作戦は決行されるのだろう・・・。だが今の俺はそれを伝える事は出来ない。今は・・・秀頼様が優先だ。前に向くと、全速力で馬を走らせる。ちょうど、視界の端に町が見える。しばらく走らせると警備隊がいる中を突っ切ろうとするが・・・流石に止められた。

「おい!貴様!」

 兵士が馬の前に立ちふさがり、止める。無論・・・彼らに旗はなかった。

「何のようだ。」

 流石に兵士達も殺気立っているのが分かる。まだ・・・火は上がってはいないものの、この戦況を知らないと・・・。彼らの鎧がぼろぼろだ・・・もしかして・・・。

「馬上にて失礼いたす。諸侯らの所属は・・・名を名乗っていただきたい。」

 そう信繁は言う。どちら向きでも言い訳は立つが、使いどころだけは間違えられない。

「拙者達は・・・元は・・・真田軍であるが・・・。今は・・・分からぬ。」

 しめたと信繁は思ったが・・・だがまだ終わらぬ。彼らはこちらの顔を知らぬようだ。

「そうか・・・つらかったのだな。大阪城からの使いだ。ここの大将は?」

 少し同乗するが・・・そうも言ってはいられない。

「今は・・・真田軍の侍頭であった、筧殿である。」

「それはいい。そこへ案内されたし。」

「お主は?」

 兵士達は疑い深く・・・じっと見つめる。周囲には一団が囲んでおり・・・状況は悪い。

「拙者は・・・拙者は・・・。」

 信繁は考える・・・ここで本名を言えばきっと疑われる。それに・・・幾つか不利な事がある。

「真田幸村でござる。」

「さなだぁ?」

 兵士がいぶかしげに見つめる。流石に偽名は・・・通用しそうにない・・・。

「あの・・・。」

 その声に兵士達が後ろを見ると、秀頼が馬を下りる。

「すいません!急ぎの用なんです。通してください!」

 秀頼は大きく一礼すると・・・うるんだ瞳でじっと兵士を見る・・・。その顔は女性のようでもあり・・・そして・・・その母性をくすぐるその顔は・・・兵士達の胸をときめかせるのは十分でもあった。

「でないと・・・でないと・・・。」

 そう秀頼が言いながら俯く。その様子に兵士達が慌てる。まるで、自分の子を見るように、兵士達が秀頼の顔を窺い始める。

「わ、分かったよ。通っていいぜ。筧殿は・・・。今は確か町はずれの商人の屋敷を間借りしているとか。そこに行ってくれ。」

「はい。行きますぞ。」

 そう信繁は、ほっと胸をなで下ろすと、秀頼を乗せようと見るが・・・。秀頼は嬉しそうに兵士の手を取って感謝していた。その様子に何故か、手を握られた兵士は顔を赤くしていた・・・。あれは男だぞ。信繁は呆れて見つめるが、しばらくすると馬の背に秀頼が戻ってくる。

「行きましょう。」

「あ・・・はい。」

 そう言うと、信繁は馬を叩き、先に進める。・・・この時・・・戦略や腕力とは違う何かがそこにあるのを・・・信繁は初めて知った瞬間でもある。


「局長!」

 船のはしごを上がりながらキースとアンサレムは大阪城を見つめるが・・・まだ何も起きてはいないが・・・日は昇り始めていた。梯子を彼らが登り終えると・・・船の船員が全員敬礼を行う。キースはそれを確認した後、合図を送る。そして、船員達は手を下ろした。

「状況説明!」

「は!」

 一歩前に優男が現れる。

「言われた通りに、旧外堀に・・・粉、設置したよ。後は砲撃すれば舞い上がるから。それでいいはずだよ。」

 そう言い、船から元外堀を指さす。

「で・・・向こうはどうなりました?」

「ああ。あれは破棄だ。最後の切り札も設置してきた・・・まあ・・・確認したかったんだが・・・。仕方がない。外見データだけで十分だ。」

 キースは苦々しく、大阪城を見つめる。

「後はどうします?」

 優男が不思議そうに大阪城を見つめる。

「データの回収は?」

「終わりました。」

「なら・・・塵に帰せ!」

「了解!じゃ、引きつけて打ち込んでおくね。」

 そう言うと優男は、奥に向かっていった。船員頭達に指示を出している。キースは懐から双眼鏡を取り出し、外堀を見る。ちょうどそこには兵士達が進行を始めた所だ。

「彼らが後は・・・。砲撃準備開始!完了次第・・・撃て!」

 キースが叫び声を上げる。それは合わせ各所に指示が行き渡る。本当の作戦は・・・ここから始まるのだ。

「船長!」

「なーに?」

 優男がやんわりと声を上げる。

「船団が迫ってきます。大方・・・日本の船かと・・・。」

「じゃあ、ロンブルムは、船団の迎撃。後は陸への砲撃ね。後・・・トルネードの布陣。連絡お願い。」

「は!」

 船員はその指示を聞いて優男から去っていく。

「キース局長。」

「分かっている。連中も無能ではない。・・・私は行く必要があるかね。」

 キースとアンサレムは疲れた顔で優男を見つめる。

「このぐらいなら・・・・必要ありませんよ。お疲れですから・・・お休みください。後・・・各宣教師達のレポート、部屋に置いてありますので・・・見ておいてくださいね。」

「了解したよ。同士。」

 そう言うと、キースは船の中に戻っていた。それの後に付いていくようアンサレムも戻っていく。

「行けますかね?」

 不安そうに顔をしかめる。その間にも、船室の通路を忙しそうに、船員が往復する。

「あの異形がきても・・・数で押し切れよう。だが・・・。」

 キースは頭で色々考える。あの女の形をした異形・・・何回か襲撃されたのでまた来るかと思ったら。船までは来なかったな。

「後はこの船の砲撃で、すりつぶすだけだ。でなければ・・・一度退く。」

「分かりました。成功する・・・しますよね。」

「だな。」

 そう言い、キース達は自信の船室に帰っていった。


「どうして!ここまで時間がかかり申した!」

 その部屋の主は怒ったようにその向こうにいる主を見つめる。ここは下八達の商人がいた屋敷。今、彼らは奥に避難してもらっている。無論、真田の奥が戸と息子も一緒だ。

「いや・・・そっちから説明して欲しい。筧。」

 信繁は優しい声で語る内容は不思議である。確かに隣の若君は秀頼様でも・・・この意見は聞きがたい。

「分かり申した。こちらから説明いたす。こちらは、あの戦闘の後、本陣の荒れ様を見て、成功したと思い、撤退命令をいたしましたが・・・ここは敵陣深く・・・敗残兵を連れ、敵兵を横断し、少数になりながらも命からがらこちらの警備隊と合流する形で堺に陣を張りましたが・・・。でも・・・。何が何やらさっぱりです。徳川軍に動きはないし・・・。かといって攻めれば負ける戦は行きたくないし・・・。」

 筧は最初、勢いでしゃべっていたが、徐々にその勢いは衰えていった。

「つらかったな。」

「は。」

「根津は?」

 信繁は不安そうに周りも見渡す。後・・・来ていないのは根津だけだ。

「根津は・・・聞いた所に寄りますと・・・山の真田軍は全滅・・・ですから・・・きっと・・・。」

「そうか・・・。」

 その言葉に思わず筧は顔を伏せる。その様子を秀頼もじっと聞いていた。

「で、そちらの首尾は・・・。」

「ま・・・こうしてきているのだが・・・色々あってな・・・ありすぎて答えられんが・・・。」

 頭で色々考える。半蔵と別れる前に言われた、しまが負傷し、徳川軍の忍者部隊に保護されている事。青海、妖怪達は契約に従い朝には撤退完了している事を考えると、こちらも正規軍はやってくる。だが、自分もここにいれば捕まる公算は高い。いや、処刑されかねない。半蔵が取り持っても筧やこの兵士達は無理だ。だから・・・うかつに投降を薦めるわけにも行かない。

「分かっているのは・・・ここも今日にも徳川軍が来るという事だ。」

「それは・・・重々承知してお下ります。そこは流石に抵抗させています。住民達もそれに賛同しているようですが・・・まだ来ない所を見ると本腰ではないのでは・・・。」

 確かに、自分が来た時も敵兵の姿はないし・・・それに・・・半蔵が待機場所に堺を指定するのに戦場だったなぞ・・・普通はあり得ない。だが、こういう所は警戒してしかるべきである。何が起こるか分からないのが・・・戦である。そのとき轟音が堺からも響き渡る。その音に慌てて外に皆が出ると、海上の船からついに砲撃が始まっていた・・・そう言えば・・・敵の作戦についての説明・・・していなかった。それに・・・今は家康がいない。なら・・・戦略なぞ・・・あるとは思わない方がいい。今回は特に他所の大名の寄せ集め、この局面で一大名が戦略を組めるとは考えがたい。ならどうするか・・・。愚直に攻めるしかない。ならあの作戦には・・・どんな簡単で、馬鹿らしい作戦でも豪快に引っかかると考えた方が良かった。良くも悪くも・・・彼らの思惑通りだ・・・。

「あれは・・・?」

 筧がを外を見つめる。少し大きなくろい船が三隻、大阪城周辺に砲撃を始めた頃だ。

「あれは・・・美井が言っていた・・・・。”世界最強艦隊”」

「世界最強艦隊ですか。」

 隣の秀頼も何か・・・怖い眼で船を見つめる。

「ああ。今までいくつもの海賊や、敵艦隊を滅ぼしてきた”最強艦隊”だそうだ。あの大砲は山一つは超し、あの船一つで大砲を城一つ分は抱えている。だから・・・淀君の作戦は成り立っていた。それがあそこに3隻はいる。」

「そうなんですか・・・。だから淀君はあんなに自信たっぷりに。只あれどう見ても・・・。」

 筧はじっとその撃ち方を見ていた。絶え間ない大砲の砲撃、飛距離もすさまじく、堺から着弾点は見えない。だが、その現場の激しさはよく分かる。あれを食らって生きているものは・・・敵味方問わずいないだろう。

「そして・・・俺の予想が正しければ・・・作戦には二段目がある。」

「はい?」

 筧は意外だったらしく。信繁の焦る顔を見つめていた。それは秀頼も一緒だった。

「それは何なんですか?」

 おそるおそる秀頼も聞いてくる。

「あの時言えなかった。あまりに酷かったから・・・。淀君の作戦は二段目がある。それは・・・。」

 その言葉に周囲にいた人間は唾を飲んだ。

「大砲で死んだ人間を”死人”として復活させ、徳川軍に襲わせる。」

 その言葉に筧は唖然としてしまう。

「死人・・・ですか?」

 筧も青海と一緒だった経験上名前を聞いた事はあったが、それが現実のものだと信じられなかった。秀頼にしては初めて聞く名だ。

「俺が調べた所、生者、死者問わず死人にする粉というものを南蛮衆は持っていた。そして、死人を操る術も持っていた。俺が怖かったのは大砲じゃあない。大砲から逃げても、敵味方関係なく死人に襲われて味方が全滅しかねないと言う事だ。そして何より・・・。」

 筧の顔は蒼白となっていた。もし、城で守るとか言っていたり・・・城に逃げ帰っていれば・・・。

「死人を使った戦争。そんなものがまともな戦争のはずがない。そして俺たちは死んでも死人として、兵士としてずっと使われる・・・。」

 信繁は毛利勝つ永を思いつつ大阪城を見るが遠く・・・状況をうかがい知る事は出来ない。その場にいた人間・・・三名限りではあるが・・・全員が凍り付いていた。

「だから俺は・・・あの作戦に賛同できなかった。」

「じゃあ・・・淀君は俺たちを使い捨てるつもりで・・・。」

 筧は怒りに震える眼で、南蛮船を見つめる。秀頼は力の抜けた顔でじっと信繁を見ていた。

「だろうな。そんなのは作戦でも何でもない。だから・・・この作戦にした。特に、あの山を越えて布陣するなと言ったのは・・・。」

 そう言って、信繁はいまだ砲撃を続ける船を見つめた。遠いが黒いあの船は・・・。悪夢の産物に見える。

「あいつのせいだ。誤射とか言って俺たちを撃ちそうな気配がしたからだ。」

「なんか・・・もう・・・。」

 筧がうなだれる中、信繁は大阪城の事を思い浮かべる。今はもう大阪城側に南蛮衆はいないはずだ。だが・・・。あの船にはまだいる。実際信繁はこの時、直に撤退したのを見ているわけではない。だから半信半疑であったのだ。だがこの様子では・・・。

「でもあれ・・・あれはどうして?」

 秀頼はある船を指さしていた。それは・・・船が旋回を始めていた。これは・・・信繁は望遠鏡を取り出すと、屋敷を飛び出して近くの高台に上がり、海の向こうを見ると幾つかの船団が見える・・・。あれは・・・。

「どうしました。信繁どの?」

「ん?あれ・・・。」

 信繁が指さすと・・・まだ黒い固まりにしか見えないが何かが海上に出来て他のが分かる。あれは・・・鉄甲船・・・まだあったのか・・・。織田信長時代に作らせた史上に名だたる鉄甲船・・・。だがその船団はあの船に比べれば小さく・・・。半蔵殿は流石に対策は立ててあったか。

「何が見えますか?」

「鉄甲船があの船に突っ込んでいる。」

「拙者はどちらを応援したらいいのやら・・・。」

 筧が複雑そうに信繁の見ている方を見つめる。信繁はまた、南蛮船に望遠鏡を向ける。そこには・・・一隻が対処にむか・・・ではないあれは・・・船が三隻回転を始めている・・・あれに何の意味が・・・。秀頼を始め、外に出た全員が船を見つめる。そして、地上に砲撃している船も含め、三隻が、何故かその場を回り始めた。その様子に・・・信繁はただじっと・・・南蛮船の様子を見ているしかなかった。


「トルネード、セットしました。」

「いいよ。後は、地上および、船に、砲撃って連絡してくれるかな。」

 優男は双眼鏡で、敵船を見つめる。向こうはその異様な形に驚いているようだ。元々イスパニアには船団フォーメーションは三つあり、そのどれもが、ここまでの辺境の船が体験した事のないものだった。ウィング、クロス、トルネード。そのどれもが、幾千もの戦いが積み重なった中で生み出された海上必勝の策である。特にこの地形なら・・・狭すぎてフォーメーションは船の船団が、円を描いてカバーを行うこの、トルネードしか取る事は出来なかった。だがこの戦術は・・・狭い所で行うではもっとも最適である・・・なぜなら・・・。

「準備できました。」

「ああ。行くよ!GO!」

 優男の号令に合わせ砲撃を開始した。当時の帆船戦艦の多くは側面に数多くの大砲を配置していた為、配置した大砲をいかに相手の側面を捕らえ、打ち込むかにかかっていた。だが狭い地形ではそれは出来ない。なら、相手が正面でも数で押し切るこのトルネードは、側面に大量の大砲を備えたこのタイプならではの戦術である。

ドドドドドドドドドド!

 大砲が連続発射され、本来大砲の撃ち合いではあり得ない程の轟音が響き渡る。第一射が敵の船の周りの海に当たり、波を乱す。初撃はこれでいい。引き返さぬようなら、次でさよならだ。そのまま回転を続け、船は曲がりながら、状態を維持する。そのまま優男が横を見ると、二隻目の船が、相手の船を捕らえようとしている。

ドドドドドドドドドド!

 またも轟音が響く。二席目の砲撃だ。この間にこちらの船は大砲の弾を込め、仕込みの準備をする。向こうの船を見ると、その攻撃ペースの早さに驚いているようだ。良し!

さっきの船の砲撃が終わる頃には弾込めの準備が可能だ。今度は地上に撃つか・・・。向こうの敵船は動揺しているらしく、動きが見えない。これ以上追う事は作戦上できない。なら・・・待つだけだ。

「次は!地上!」

 優男が大声を上げると伝令が下に走っていく。この勝利もまた彼からすれば・・・いつもの事だ。終わったら・・・あのお方に何と勝利を報告しようか・・・。


「何か・・・車懸かりだ・・・あれ。」

 信繁は船を見つめ、つぶやいた。川中島で語られた、上杉謙信の必勝の陣・・・”車懸かりの陣”を見ているようだった。それを南蛮が使うか。驚いて望遠鏡で見つめる。その頃には秀頼、筧も高台に上っていた。秀頼は何かおもしろいものを見るように、その様子を見ていた。筧は何か・・・驚いていた。

「車懸かりですか・・・。」

 筧は唖然として見つめていた。あまりにも戦闘に差がありすぎた。射程の長い大砲で、三隻による連続射撃を加え、相手がどんなに固くとも、ぼろぼろになるまで蹂躙する。正に悪夢みたいな戦術である。

「ああ。何か、大砲であんなもの見られるものではない・・・凄い・・・。」

 信繁は望遠鏡でその様子を見つめていた。

「信繁ー。見せてー。」

 秀頼が信繁の裾を引っ張る。それに気が付くと信繁は望遠鏡を渡すと、楽しそうに望遠鏡で、海を見始めた。

「おおー。凄いねー。あれ。」

 信繁はしっとと考えていた。あれでは・・・あの船団は退却を始め、幾つかは寄港する・・・これかららどうするか・・・。それ以上にあれ・・・勝てるのか?だが今の俺は・・・徳川でもあり・・・豊臣でもある・・・。下手には動けない・・・。だが待て・・・あの砲撃・・・。じっと思考を整える信繁の横では手を叩いてはしゃぐ秀頼がいた。

「おおーあれ。何か、同じ所しか撃たないけど?」

「ああ。」

 筧も船を見つめていた為、その様子を見つめていた。

「あれですか。それはそうですな。伝令することは船同士難しいですから”どこかの真似をしろ”までしか言えません。昔、傭兵していた時に、船乗りに聞きました。」

「そうなんだ。だから同じ所を・・・。ありがとー。」

「どうも致しまして。」

 秀頼達ものんきなものだ。信繁は対岸を見ると・・・遠すぎてこちらからは、黒い固まりにしか見えないものが徐々に小さくなっていく。やはり幾つかの船がこちらを目指す。

「でも、どうしますかな?あれは。」

「敗残兵はこちらも一緒だ。受け入れてやれ。」

「ハイ。ではそう伝えてきます。」

 そう言うと、筧は立ち上がり、下に歩いていった。その間も信繁は考え続ける・・・何か・・・掛け違えた何かが・・・もやもやする。例えば・・・南蛮衆が城にいるなら・・・。組織だって反撃する。だが、城中を見てもそれを見かける事は出来なかった。だとしたら、味方がいるのにあのような砲撃は・・・。と言う事は・・・南蛮衆は城にはいない。

だとすると・・・今度は・・・さっき自分で言っていたよな。南蛮衆は死体を操るが・・・あの時あった本を持った奴だろうな・・・。あの様子からすると、本人が声を掛けねば、操る事は出来ない・・・。あれ・・・。もう南蛮衆がいないなら、あいつはいない公算が高い。なら、ちょっと待て・・・。半蔵達は死人対策をしていたと言うが・・・大阪城攻めのせいで・・・対策は今夜に限りはしていない!ちょっと待て!・・・と言う事はほぼ完璧に・・・ではないか・・・作戦は成功する。そして操られる事のない死人が・・・って・・・待て!信繁は何か思いついたように膝を叩く。

「筧!」

「何ですかな?」

 信繁は急いで高台から駆け下りる。

「急いで!兵士達を門とか前線に待機させろ!」

 信繁は周囲を見渡すがもう周囲には伝令にでた為、人がいない。

「どうしたんです?」

「死人だ!死人!死人は・・・こっちに来るかもしれん!」

「は?大体・・・操られているんでしょ。それがこっちに来るなんて。」

「・・・いまは・・・。操っている奴は死んでいるか・・・あの船の中だと思う。」

 そう言い、信繁はいまだ回転を続ける船を見つめる。

「へ?」

「だから・・・だとすると・・・暴走した死人は・・・徳川軍を伝い・・・こっちに来る可能性がある。」

「じゃあ・・・。」

 筧の顔が青ざめる。

「せめて、柵を突破されないように。徳川、豊臣どちらからも攻められる可能性がある!」

「大丈夫ですか?死人は青海が言う限り、斬っても死なぬのですぞ。」

「分かっている。」

 この状態に半蔵が気が付けば・・・こちらにも増援は来るやもしれん・・・。だが・・・それまで堪え忍ばねばならない。背中に太刀が一本、刀が三本。脇差し一本。これが手持ちの業物の数だ。だがこれで、今度はほぼ数万か、数千の死人を相手するのか。

「だからと言ってもアレでももとは人。人を越えた動きは出来まい。なら、策や落とし穴で防ぐ。」

「了解。」

 筧は急いで走り出した。


「これはどういう事何だぁよ!」

 伊達政宗は馬上で敵を見つめる。確かに早朝の合図を元に、軍隊はすすみ、戦闘を開始した所で、どこから戸もなく大砲が降り注ぎ、陣は混乱していた。だが、進軍して早く決着させるべく更に徳川軍の後続部隊が今度は先陣を切ってはいるが・・・。今、伊達政宗軍を襲っているのはその・・・先陣を切った徳川軍である。しかも、相手は斬っても吹き飛ばしても起きあがってくる。

「あれが・・・死人・・・でしょうな。」

 片倉は近くにある槍を拾い上げると、全力で死人に投げつける。流石に吹き飛ばされるが、それでも立ち上がるが・・・槍が貫通している上に、地面深くに刺さっている為に動けない・・・。この状態はどこも一緒らしく前線部隊は苦戦している。

「対策の霧はどうした!」

伊達政宗が咆える!

「分かりません・・・。」

 片倉の弱気な声が聞こえる。そう言えば昨日からあれでどたばたしていたから・・・ここまで気がまわらなか・・・こんな所まで影響するのかよ!大将の死は!

「あれ・・・水に弱ぇよな・・・。」

「確か・・・聞いた所に寄りますと・・・お祈りした水でないとだめだと・・・。」

「んだぁ!どうすんだよこれ!」

 そう言いながら踏み込んで死人に一撃を加える。その勢いに死人はその場で倒れる。だが、向こうからはいくつもの兵士達が迫る。

「なら!半蔵殿の所に行って!取ってくればいいじゃないですか!」

 片倉の泣きそうな絶叫が聞こえる。

「・・・それだ!でかした!」

 伊達政宗の目が輝く。

「はい?」

「おめえ、確か・・・後ろの山で構えている半蔵の所に行って水取ってこい。俺たちは・・・退きながら戦ってるから。」

「分かりました。」

 片倉は近くにあった馬に乗ると、急いで陣の後ろに引き上げていった。

「おめえら!こいつらはきついから、少しずつ退くぞ!特に!噛まれたら放置しろ!ここが踏ん張りどころだ!かぶくぞ!」

「おお!」

 伊達政宗の号令に全員が声を上げる。だが・・・先は厳しいものだった。特にこいつらを後ろに逃がす事は・・・難しかった。


 無論死人の間は、半蔵に耳にも入っていた。

「何故!何故」

 半蔵は地図を片手に考えていた・・・そう言えば・・・信繁なら何か・・知っていたはずだが・・・あの様子で聞けなかった。敵の作戦・・・。無理でも・・・聞き出せば良かった。各所から報告が上がる。海上の船から大砲が撃たれ、陣が半壊状態な事。そして、対策で向かわせた九鬼の船団が半壊状態な事。そして、味方の一部が暴徒状態となり、何故か味方に襲撃されている事。その報告の整理だけで、襲撃班が帰ってきても、半蔵は指揮を検討していたが・・・この時・・・頭が混乱し、どうしていいか分からない。今更・・・今更ながら、家康のすごさを・・・偉大さを・・・痛感せざる終えなかった。だが!後悔している時間はない。

「報告急げ!」

「は!」

 忍者部隊の彼らもまた、ある意味限界が近かった。昼夜を問わず、戦闘や情報戦を行いまた、妖怪部隊の対応もあり、もう限界が近かったのだ。

”どうすればいいのですか・・・。内府様・・・。”

「半蔵殿ー!」

 遠くの声に声の下砲を振り返ると一人男が陣中に馬で乗り込んでくる。家紋は・・・伊達家のものだ。

「どうしました?」

 半蔵は馬の元に走っていく。

「現在こちらの軍は死人と戦闘中。」

「何!」

 半蔵は頭を抱えそうになる。更に死人の追い打ち!だが今でも・・・本隊は攻めを続けているはず。ならどうする・・・。敵の作戦さえ分かれば・・・待て!

「そこの!」

 半蔵は近くの男を呼び止める。

「何でしょうか?」

「すまない、そこの水を一樽を運んでくれ。」

 半蔵は指示を出しながら考える・・・もしや・・・死人か・・・暴徒は!しまった!

「指示を変える。ここにある払い水の樽を各部隊へ配布!また、僧侶衆は?」

「はい、陣で一部が待機しています。」

「その者達に、死人が出た事を連絡せよ。大方前線に広く当たっているだろうからな。」

「了解!」

 そう言うとその男は走って陣の奥に向かう。

「片倉殿!水は陣中に運ばせるので、一緒に付いてきてくだされ。」

「分かった。」

 そう言うと半蔵は近くにある馬の飛び乗る。もし分からぬなら今からでも遅くない。聞きに行く必要がある。半蔵は堺を見つめる先に・・・堺の町があった。


 5月8日正午頃、堺の町にも、死人の群れは到達していた。無論これは入り口を守る警備隊達と戦闘が始まった・・・だが・・・。

「逃げるな!逃げれば!後ろにいるものも死ぬぞ!」

 筧の叫び声が響く。だが・・・どう考えても斬っても撃っても立ち上がる相手の大軍なぞ・・・。出来るはずはない。最初は奮戦していても、柵に到達された幾つかの場所で破綻し、兵士達が逃げ始めていた。筧も叫んではいるが・・・その実・・・自分も逃げたかった。実際初めて戦ってみて・・・。どうしようもなかった。

「おい!」

 筧は後ろを振り返ると・・・信繁の姿がある。

「どうしました?」

「撤退だ!」

 信繁は周りを見渡す。戦線は内部に入られた死人を注進に崩され始めていた。

「でもどこに逃げるんです?」

 そう叫ぶ前に筧のいる・・・見通しの聞く櫓に信繁が上り叫び始める。

「逃げろ!、逃げるんだ!海に向かえ!港に向かえ!逃げる兵士は海にと叫んで逃げろ!」

 信繁の声に筧は櫓を下り始める。それを見た信繁ははしごを下りる。

「海ですか。」

「そうだ。あそこにはさっき寄港した鉄甲船がある。あれに人を乗せる。」

「え・・・?」

 筧はまだ高い台から下りるハシゴの上で海の方を見ると、何隻かの鉄甲船が停泊していた。只その船を・・・南蛮船は撃ってこようとはしなかった。

「分かりました。」

 そう言うと一緒に下り、港に向かって走り始める。

「どうして逃げるんです?」

 筧ははしごを下りるとじっと敵兵がいそうな所を見つめる。

「一カ所が破られれば・・・後は彼らに餌を与えるだけだ。更に混乱する前に通路を絞り、防衛する。とともに・・・。」

「?」

 筧は焦りながら、港に走る信繁についていく。

「ここにいずれ攻めてくる徳川軍とぶつける。彼らはある程度は死人対策をしているみたいだから・・・それに期待する。」

 自分の立場を忘れ・・・向こうを見つめる。

「徳川軍に期待ですか・・・。」

 筧は複雑そうな顔をする。その間も見かけた者全てに港に行くように掛け声をあげる。

「半蔵は前に死人にあった時、水を・・・払いの水だよな・・・。」

 そう言い神社を探すがここは、堺の町。そう大きい神社を見かけなかった。

「連中の武装に期待するしか・・・今のところ方法はない。」

 そう言い信繁が走っていた。この時正午頃、戦況は様々な変化が起きていた。まず、大砲と死人の群れを越えた兵士達による大阪城攻めが徳川慶直(後の水戸黄門)により開始されていた。また各所に配置された僧侶達による結界により、徳川軍に大阪城へ攻める道が完成されつつあった。無論海側に寄らねば、大砲の影響は受けにくい為、川側中心である。そして大砲と粉で関せされた無秩序な群れは進行をやめ、止まり始めるが、直ちに排除は出来なかった。水で一部は退治できているが、絶対量が少なく、軍が侵攻するまでに至っていなかったか日だ。こうなると、お互いに千日手の状況でもあるが・・・無論・・・僧侶にも限界がある。死人は待っているだけだから・・・限界は来そうになかった。ちょうど半蔵と片倉が堺の町の中に入った頃には死人達であふれ、人々は食いつかれていた。幾つかの勘のいい人間は港へ逃げていたが・・・逃げ遅れた子供とかは死人に食いつかれていた。この死人の編成の多くは・・・徳川軍であった。

「何ですか!これ!」

 片倉はもうしゃがれてしまった声で、馬を走らせ周りを見渡す。そこかしこから人々の悲鳴が響く。

「黙って来てくだされ。」

 半蔵もまた、もう半分頭を抱えながら馬を走らせていた。人の流れを読み中心へ向かう。この動き・・・。しばらく走ると向こうに鎧を着た人々の群れがあるこれは・・・。豊臣軍の部隊だ。強行突破しようとすると・・・それを赤い鎧を着た男達に止められる。

「やっと会えたな。」

「半蔵・・・どの?」

 乾いた声が聞こえる。筧だろう。半蔵は馬を下りる。片倉は事態がつかめず、只見ているしかなかった。

「そこに、信繁殿がいるか?」

「お主!徳川だろうが!」

 筧は兵士の手前そう言わざる終えなかった。走りながら言っていた・・・徳川軍の力を使わねば・・・死人に勝てないのは分かっていたが・・・だが・・・ここで素直に頷くわけにはいかなかった。

「筧どの。」

 半蔵は周囲を見渡す。確かに逃げ延びた難民もいるが・・・兵士の数も多い。この事態・・・。何かを察すると半蔵は片膝を付く。

「筧殿。今は火急の時。このまま人々が襲われるのを黙ってみていろと。我々も救援の用意がある。」

「では・・・。分かり申したお通りください。今・・・信繁殿は奥に止まったお主達の軍の船と交渉中である。」

「了解。」

 そう言うと、半蔵は立ち上がり、奥に走っていく。その様子に只一人・・・片倉は取り残される。

「お主は?」

 筧も不思議そうに見つめる。無論その家紋に見覚えがある。伊達家のものだ。

「まあ・・・。半蔵殿に来いって言われてな・・・。」

「そうか・・・。お互い主に振り回されて・・・つらいな。」

 片倉はじっと筧を見つめる。確かに親近感がわく・・・疲れた顔だ。

「そうさな・・・。だがそれが心地良いからこそ・・・人は付いて行くんじゃないのか?」

「お主・・・もし敵でなく、この場でなければ酒なぞのみたいお人ですな。」

 筧は顔をゆるませる。この言う時のにこっとした顔は疲れを一瞬忘れさせてくれる。

「だが・・・どうなる事やら・・・。」

「ですな・・・。」


「負傷者は搬送しろ!船は港の奥に入れろ!」

「信繁殿!」

 半蔵が走ってくる頃には、信繁は港で指示を行っていた。

「半蔵殿。」

 半蔵は信繁のすぐ側まで近づくと・・・。平手で一発頬を叩いた。

「・・・すまない・・・何となく腹が立ちもうした。」

 信繁はじっと半蔵の顔を見る、複雑な顔をしていた。

「・・・いいさ。分かる。」

「でだ、敵の作戦について、お主が知っている事を聞きたい。でなければお互い・・・全滅するぞ。」

「分かった。あそこで。」

 そう言うと近くの倉庫を指さす。そこに二人が入ると信繁は隅に入って床に座り、地図を広げる。

「敵は・・・。大砲や城での戦闘をした兵士達で死人を作り・・・徳川に共倒れさせる気だろう。」

 そう言い、信繁は海と城を指さす。

「第一、どうやって死人は出来ている?南蛮衆がいなければ出来ないはずだ。」

 半蔵は不満そうに聞いてくる。だがこの時、掛け違いが分かった気がした。

「敵は・・・粉を使い・・・人を死人にする。」

「へ?薬?」

 半蔵は目を丸くする。最早、それだと作戦の前提が違う。南蛮衆を倒しても・・・死人は必ず発生する。

「こっからは俺の予想だが・・・大阪城から南蛮衆を追い払った事によって・・・死人を操る奴がいなくなり・・・。暴走状態にあると見ている。無論あの時あった死人の事だ・・・。」

 死人は大抵人がいる方に向かい、人をかみ殺そうとする。嗅覚が発達している為、目が見えなくとも、匂いだけでいる所をかぎ分ける。集団の動きにも慣れている為、近くの死人の匂いがなければ、ある方に向かう。それが、半蔵が知っていた死人の習性である。

「と言う事は・・・今は南蛮衆がいないと・・・。」

「そうではない。南蛮衆はまだここにいるのではないかと・・・。」

 そう言い信繁は海を指す。

「まて?船は・・・そうか!貿易船!あれに逃げ込んだか!」

 そう言う戸半蔵はつい地図を拳で殴りつける。

「あれは拙者が見た限り・・・軍艦・・・そして大量の大砲を積んだな。」

「大砲?ではさっき海を指したのは?」

「海に三隻の軍艦が地上に砲撃を行っている。それにお主達が送った鉄甲船の船団もやられおった。」

”少しお待ちください!ここは敵陣ですぞ!”

”でもここ居るだろうが!半蔵が!”

「え・・・海上封鎖に向かわせていた部隊は全滅か・・・。なら逃げた南蛮衆はそこにいると。」

 半蔵は唖然としていた。作戦は完全に読み違っていた。これなら再度作戦の立て直しを必要とするほどのずれだ。だがどうする・・・もう攻城は始まり・・・。

「どうする・・・。」

 半蔵は地図を見てじっと考える。死人だけでもどうにか出来ないか。信繁もじっと地図を見つめる

”それはお待ちください!”

 外が騒然としているが・・・信繁達には関係なかった。

「・・・作戦はある。乗るか?」

”だぁー!おめえぇら!俺ん邪魔すんじゃねえ!”

”分かりますが、ここはお待ちくだされ!”

「ああ。もうお主ぐらいしか作戦は立てられん。」

「わかった。」

 そういい顔を上げ、信繁は・・・後ろに見える鬼気迫る顔の伊達政宗を見つめた・・・。

「やあ・・・。」

 半蔵は顔を上げると意外そうな顔をしていた。

「おめえ!どうしてこんな所に居るんだよ!」

 伊達政宗は怒鳴りつける。後ろには片倉と筧の姿もある。

「敵の作戦について聞きに来た。」

「はぁ?!」

 あっさりと答える半蔵とは対照的に睨みつける形相で伊達政宗は見つめる。

「そちらこそどうしてここへ?」

「おれたちゃァさあ・・・片倉の背中が見えたもんで何かあるなと思って部隊ごとこっちに来たんだよ!そしたらこの様!何なんだよ!それにてめえは何者だ!」

「これは好都合。伊達殿もそこに座ってくだされ・・・。」

「は?ふざけるなぁ!」

 伊達政宗は刀を信繁に突きつけるが・・・信繁は動揺した様子はない。

「ふざけているなぞ!拙者には毛頭無い!今は一刻を争う!だから!早く!」

 信繁の声にたじろぎながら、じっとその顔を見つめる。しばらく見つめた後、刀を納めると地図を囲むように伊達政宗は座る。それに合わせ、片倉と筧も座る。

「今現在・・・。」

 信繁は改めて地図を見ている全員を見渡す。

「堺の町は死人に襲われて・・・大方、城攻めに参加した兵士達も襲われいる。」

「だあなあ。」

「半蔵殿・・・死人対策は何を持っていました?」

「僧侶部隊は今、各部隊に配分し、守ってもらっている。今は結界のみであろう。後は払い水を各部隊に配っているが・・・昨日から精製していない為、残数は少ない。」

「それじゃどうするんだよぉ!」

「なら、やはりこれか・・・。」

 と言い、堺郊外の町の入り口を刺す。

「まず、伊達軍に配属される僧侶隊と、妖怪部隊を用いて、堺の町中の死人を倒します。」

「はあ。」

 片倉は生返事をするが、その妖怪部隊については誰も・・・分かってはいなかった。

「で、拙者達警備隊と伊達軍で、水を投入し、ここを守りもうす。水をつけた武器なら、死人は倒れるので、ここは水を撒いた部隊を固めるべきかと。半蔵殿?今回投入された兵士達の総数は?」

「4万7千。」

「伊達殿?ここに来た部隊の総数は?」

「2万2千。負傷者含むぞ。」

「十分。」

 地図をにらみ信繁は余裕のある声を上げる。その様子に伊達と片倉の二人は圧倒されていた。

「で、大方城から来る死人部隊は、ここを通るかと。」

 と言って堺の町の北側を指さす。浜があり、防衛戦が出来ない所だ。

「だからここで流入を防ぎもうす。」

 そう言い、信繁は浜と町の境目を指さす。 確かに建物があって戦いやすいが・・・。

「でさ、俺たちの軍は全滅か?」

 正宗は不満そうに言う。

「いや・・・各部隊に僧侶がいるならその方々に結界を張ってもらえば、その結界の幅を徐々に狭める事で、死人を海岸沿いに固める事が出来もうす。そうすれば死人の群れの向きをいじる事が可能でござる。」

 その言葉に全員が息をのむ。

「最終的にはここに死人を固め、水を使って耐えきれれば結界と念仏が効く彼らは・・・。ここで退治できもうす。」

「でもそれまでは・・・。」

「豊臣、徳川の大砲での死亡推定人数・・・大方・・・3万7千の死人がここに集結しもうす。」

 その言葉にじっと地図を見つめる。そして、信繁は伊達に頭を下げる。

「ここは・・・お願い致す。時間さえ稼げれば!きっと死人を滅せましょう。」

「でもさ・・・俺たち・・・。」

「弱き人々を守るが侍の本分でしょうが!ここに至って家なぞ!何がありましょうや!」

 信繁の声に口ごもった正宗は・・・じっと見るしかなかった。

「分かった。片倉。指示通りには位置指定やれ。細かい事はおめえに任せる。俺は・・・前に出る。」

「了解しました。」

 片倉は二つ返事をし、立ち上がると信繁に一礼し、正宗と倉庫を後にした。

「あれ・・・すげえな。」

 馬に戻る正宗は感心したように・・・いや半分放心した顔で片倉を見つめる。

「ですな。あれこそ正に君主の鏡。仁徳のなせる技でしょうな。」

「ほんと・・・俺もあぁ・・・なれるか?君主の鏡に・・・。」

「なれますぞ。あなた様は伊達家当主ですぞ。」

 その言葉の変化に片倉は・・・言いしれぬ自信を感じるのだった。


「ではこれで作戦は終了か?」

 半蔵は地図を見つめ、言った。筧も信繁の先ほどの言葉に感動している所だった。

「いや。まだ・・・これが片づかねば、上陸されるか固まった所を大砲で終わりだろう。」

 そう言い港から外を見つめると、大阪城近くの海に、大きな船が三隻、もう回転もやめたようにめった打ちに、地上を砲撃していた、

「ではどうする。」

「とりあえず、港を撃つ気はないが、こちらに気が付けば別だろう。」

 信繁は近くの止まった船を見つめる。鉄甲船が三隻がこちらの最終戦力でもあるが・・・。装甲は大砲ではがされ、その偉容はいずれの船もなかった。船員も海に振り落とされたものも多く、戦死者の数にいとまがない。

「どうする・・・。」

 半蔵はじっと見ているしかなかった。

「お主・・・船の指揮は出来るか?」

「いや・・・拙者は山の育ちなので・・・。」

 半蔵はため息をついた。

「だとすると・・・半蔵殿。お主に頼みたい事がある。それが終わり次第、各所への連絡を頼む。」

「分かった・・・頼みとは・・・。」

「そこの鉄甲船の船長達を説得して欲しい。」

「戦ってもらうとか?」

「いや、幾つかでいいから俺たち警備兵を乗せ、指揮をさせて欲しいと。」

「・・・。」

 信繁の顔を半蔵を見つめる。筧も驚いたように見つめる。

「分かった・・・。これが終わったら各所に手配いたす。では・・・健闘を祈る。・・・」

 そう言うと半蔵は港の奥に歩いていった。筧は立ち上がると地図をまとめ始める。

「でも・・・どうして・・・。」

「あの船には・・・散々苦しめられた。豊臣の勝利とはならないが・・・あいつらのやっている事が許せない・・・すまない筧。色々説明するには良い時はまだ・・・時間がかかる。もう少し・・・つきあってくれ。」

 そう言うと、信繁は筧に大きく一礼した。

「拙者にそう言ってくだされば・・・拙者はどこにでも付いて行きますぞ。だから・・・

顔を上げて。後拙者に様出来る物があれば・・・。」

「そうだな。油と火種、壺が出来るだけ欲しい。炮烙玉を作る。それで、連中は潰せる。」

「では・・・。」

「そうだ。大砲戦は使えないから・・・近接でしとめる。」

 そう言って見つめる先には黒い三隻の船が・・・しばらく様子を見ていた。


 それからしばらくたった頃、半蔵は自陣に戻っていた。確かに信繁の作戦は的を得ているが・・・だからと言って。伝令を伝え、伊達軍に水を固める算段をつけ・・・作戦を伝えたが・・・一つ難題がある。それは契約だった。妖怪達と行った契約は”朝まで手伝って貰えれば・・・その身分を保障する”という物だった。だが、もう朝は過ぎ、しかも妖怪達の多くはその姿を人見られるのを嫌う。驚かれるのが好きではないそうだ。

「半蔵殿・・・。」

「お吉の方。」

「あいつらに逃げられてしもうた。」

 突然の声に後ろを向くと、お吉の方の姿があった。

「どこに・・・。」

「すまんな。ワシに勇気がないばっかりに・・・連中は海におる。海に小舟で逃げおった。」

「そうですか。」

 信繁の見立て通りだ。なら・・・成功する可能性は高い。

「一緒に来て下されぬか。」

「わかった。」

 その言葉の中に秘める意志の強さに、そっとお吉の方は後に付いてくる。妖怪達の長達がいる陣幕だ。昼は動きたくないらしく、ここで日差しと戦っている。

「オラ達の番は終わっただ。」

 中に入ったその場でいきなり妖怪の一人が声を上げる。分かっていた。

「すまないが・・・戦闘は忙しそうだが・・・私らには関係ない。帰して貰えぬか。本来なら、断り無く姿を消す所だが・・・それは流石に約束の確約がとれんので居て貰っている。」

 妖怪の長が声を上げる。その言葉に全員が頷く。

「私らには安住の地が欲しい。誰にも襲われぬ・・・確約がな。」

 彼ら妖怪もまた・・・戦国やその前に置いて差別された・・・民である。確かに悪い事をした者も多いが、一方で武功の為に、何もしていない妖怪が狩られてきた歴史も存在する。だからこそ、自分たちの味方となる山の民を信じ、そして彼らと山の民が力を合わせて、山間部の大名を支えてきた。そして今・・・それが徳川の忍者部隊の統一に伴い、こうして連合軍となっていた。だがその一方で平和になった時は武功を消失させ、その武功の為に、妖怪狩りや偽罪人狩りが多発したのだ。彼らにとってこの戦とは・・・”保身”の為でしかなく・・・”義”を説くのは難しいように思えた。半蔵はいきなり頭を地面にこすりつける。

「すまない・・・。この中で・・・有志で構わない・・・。拙者達を・・・手伝って貰えないか。」

「なにがあった?」

 後ろで効いていたお吉の方が不思議そうに半蔵の後頭部を見つめる。

「今・・・堺の町は死人に襲われ・・・全滅しかかっている。」

”え・・・。”

 妖怪達のざわめきが聞こえる。確かに彼らは大阪城で死人と戦い、そのほとんどを倒して帰ってきた。

「どういう事じゃ。」

 長が聞いてくる。自分たちに何か不備があったのかと心配そうな顔をする。

「・・・拙者の計算違いだ・・・。死人は・・・今・・・戦闘で増えている。」

 ”そんな事・・・オラ達はなんだったんだ?”

 ざわつきが一層大きくなる。

「だとしても、契約は契約、もう・・・関係ないはずだ。それに今出て行けば・・・また・・・。」

 長の声が小さくなる。優しい人間なら大丈夫かもしれないがここは都会の堺。人々に討伐されかねない。

「だからこそ・・・有志で構わない。来たくなければ結構。それでも約束は守る。」

 半蔵は頭を地面にこすりつけたまま話を続ける。

「なら・・・帰る。それが約束だ。」

 長はそう言う戸半蔵に背中を向ける。

「それが・・・いいかもねぇ。みんな・・・人間じゃないからね。」

 お吉の方はやんわりと言葉を続ける。

「でも・・・。今のあんたら・・・迫害してきた人間と・・・何にも代わりやしないよ。」

 お吉の方は半蔵の前に立ち、妖怪達を見つめる。居並ぶ妖怪達の体は強そうでも・・・瞳は怯えていた。

「今までだって・・・ここにいるのだって・・・みんな・・・人間が怖くても・・・無理矢理・・・我慢してきたんだ!これ以上は無理だ!」

「でもんだ。おめえら・・・優しくしてくった父ちゃや、母ちゃはいないべか?オラん居るぞ。最初は・・・みんな・・・人間も・・・こっちを怖がっただ。それは向こうも一緒だ。だってん。慣れれば、優しくれくれんだと・・・オラは思うだ。」

 トリさんは立ち上がり、周りをも見渡す。その言葉に更にうなだれる。

「半蔵も有志でいいと言ったからな。わしは・・・行くぞ、お主、くるか。報酬はないぞきっと。」

「だとしても、オラは・・・追われた事もあるんだ・・・助けられた事もあるんだ・・・それにみんなも・・・この人に助けられるんだって思ったら・・・助けてもバチ・・あたんねえだ。」 

「そうか・・・坊主どもは?」

「もう出発し申した。彼らは二つ返事で・・・了解した・・・。」

 半蔵は顔を上げ、お吉の方を見つめる。

「わしらが後れを取れば・・・メンツは立たん。付いてこい。二人でもいれば、盾の一つにはなろう。」

「んだ。」

 トリさんは妖怪達から抜け、お吉の方は陣容から抜けて歩いていった。しばらく半蔵は待ってみたが、それ以降妖怪達が動く気配はなかった。

「もう・・・確かに・・・拙者もまた・・・時間がない・・・すまなかった。この戦が終わり次第、お主達の願い通りの手配を行う。感謝いたす。」

 そう言うと、半蔵は一礼すると、走って馬の元に戻り、馬を走らせて立っていった。半蔵にとって彼らの思いは分からないわけではなかった。怖い物は怖い。だから・・・だが・・・半蔵は走りながら堺を目指す。水の手配を確認し、前に立つ為だ。拙者に一人でも・・・居ないよりはいい!

「どうする・・・。」

 残された陣にいる妖怪達は不安そうに、お互いを見る。その中で長はたたずんでいた。


「でも・・・あれ・・・どうするんですか・・・。」

「ああ・・・。」

 あれから信繁はじっと、敵船を見つめる。何回か散発的に九鬼船団が鉄甲船で攻めるものの、いつも回転戦法で退かざる終えない所まで行かされる。あの回転大砲に大砲で挑めば・・・負ける。それは分かっていた。

”おおーあれ。何か、同じ所しか撃たないけど?”

”あれですか。それはそうですな。伝令することは船同士難しいですから”どこかの真似をしろ”までしか言えません。昔、傭兵していた時に、船乗りに聞きました。”

 じっと船を見つめると・・・船は大きいが・・・あれだと大方・・・大砲主眼の戦闘か・・・。大砲の窓の照準・・・撃ち漏らしが多い・・・。それを次の船が狙う。ある意味欠点を克服した編成だ。待て・・・大砲の窓・・・。あそこには人がいる。

「炮烙玉準備できました!」

「分かった。」

 狙い所はつかめたが・・・一対一で勝てる大きさと大砲じゃないなら・・・。一気に・・・。

「信繁。」

 振り向くとそこには刀を持った袴姿の秀頼の姿があった。

「どうしました?」

「あれと戦うのか?」

「はい。」

 信繁は頷く。

「あんな大きいのにかなうわけないよ。」

 秀頼は寂しそうに信繁を見つめる。

「大きくても・・・勝てます。昔、童話で一寸法師というものがありましてな。よく拙者も読まれたものです。秀頼様は?」

「ううん。お母様や乳母達はそう言う話とか嫌いだったから・・・。」

「それは惜しいですな・・・。小さな体で、大きな鬼と戦い、勝つ様は拙者も相当感銘を受けたものです。」

「でも・・・。どうしても行くなら・・・僕も・・・連れて行って。」

「・・・戦闘経験は?」

 信繁はあの時の姿から大体予想は付いていた。だがあえて聞いてみた。当然諦めさせる為だ。

「僕もいつかは・・・前線に立たなくちゃって思っていた。せめて・・・今だけはこれで・・・。」

「この戦は・・・船の落ちれば死ぬ危険なもの・・・。それでもよろしいですか?」

「・・・大丈夫。信繁が居るもん。」

 その言葉につい、信繁はキュンとする。だがあえて声には出さなかった。彼は男だ。

「それにこの着物があるから・・・きっとお母様が・・・守ってくれるよ。」

「その着物は?」

 秀頼は裏地を見える。そこには金色の刺繍がしてあり・・・不器用ながらもトリの刺繍があるように見える。

「お母様が蝶を縫ってくれたんだ。ここ。だからきっと。」

 その顔は泣きそうでも・・・今はなくほどの暇はない。縫うって・・・流石に不器用だったらしいな。あの人は。ぬう・・・。ぬ・・・う・・・。ちょっ!ちょっと待て!縫う!縫うんだ!それだ!確かに三隻で、大砲の弾を詰めるまでの間隔。無理矢理ねじ込めば、攪乱か、怯えさせて舵を狂わせれば・・・。行ける。後は・・・攻撃した後だ・・・。

「分かりました。若の初陣。拙者が先陣を切りましょう。只・・・戦場はあの時より、きっと恐ろしくございます。」

 そう言って信繁は秀頼の母君・・・淀君の事を思い出す。城の天守閣から落ちて無傷な奴が迫ってくるより怖くない事・・・早々無いな。

「分かった・・・出来るだけ・・・がんばる!」

 やる気満々の秀頼の顔につい信繁の笑みがほころぶ。こうして生きている若い命・・・父の気持ちが・・・少し分かった気がする。そう思い、じっとあの戦艦を見る。あの船を止めねば・・・きっと未来は・・・明るい未来はない。決意を固め、ただじっと見つめる信繁であった。


「で・・・これかぁ・・・俺たちは・・・。」

 家の屋根の上に乗っかり遠見筒で、先を伊達政宗は見つめていた。水は届いたので、どうにか通路上の死人はどうにかは出来たが・・・。遠見筒の見える先には・・・死体の群れがまるでこちらに吸い寄せられるように歩いている。

「今は、刃物が効くとはいえ・・・水が乾けば効かなくなります。」

 片倉は後ろに座り、鮮烈を見つめる。警備部隊の作った柵を鉄立てで補強し、水をつけた矢で、相手を追い払うべく構えさせている。その行進はまるで・・・片倉から見える範囲だけでも・・・黒い壁だった。

「でも今は・・・連中は普通に倒れる。しかも殿(しんがり、退却戦などで、後続部隊を抑える役目の部隊の事)だ。」

 正宗は何故か胸のわくわくが止まらない感じだった。だが、片倉にはまだ不安があった。届いた水が少ないのと、補給線がない位置なので、水が尽きればどうしたらいいのか分からなかった。そして・・・後方を見つめる。まだ堺の町は阿鼻叫喚と言った所だった。その敵がいつ後方から襲ってくるのか・・・計りかねるのが・・・一番の難敵だった。

「第一射・・・引きつけろ!」

 正宗の声に合わせて兵士達が柵の合間がら弓を構える。その間にも、水の樽を鉄立ての間に隠し、じっと構える。その陣の中には一部の豊臣兵士達も混ざっていた。だが、それは正宗にとっては関係なかった。今は全力で生きる事しか考えなかった。そうこう言っている内に、敵の顔がかすかに確認できる位置まで接近してきている。

「第二射!準備しろぉ!第一者!撃てぇ!」

 その掛け声とともに矢はまるで雨のように放たれていく。矢を食らった死人達はばたばたとその場に倒れていく。矢を撃ち終わった兵士達は後ろに下がり、近くの家に刺してある矢を受け取る。替わり様に張ってきた弓を持った入ってきて構える。

「撃て!」

 その号令とともに、第二者の矢が、死人部隊の後続部隊に当たり、後続の群れは倒れた・・・。だが・・・。その屍を越えて死人はまだ行進を続ける。正宗が遠見筒を除くと、その視界の果てまで死人の群れで埋まっていた!

「おめえら!もう少し早く撃つぞ!準備だ!」

「応!」

 その声に兵士達が準備を始める・・・。今俺が弱音を言ったら・・・。きっと逃げる!いや俺も逃げたいが・・・。

”弱き人々を守るが侍の本分でしょうが!”

 あの言葉が頭をよぎる。後ろを見れば・・・まだ火の手の上がらない地域があるなら!

俺は怖くても・・・踏みとどまる!

「近づいた奴らは・・・たたっ斬れ!」

 伊達政宗の掛け声が響く。この後ろは大都市・・・。まだ生きている人がいる限り・・・。


「信繁!」

 半蔵は港に舞い戻ると出航準備を始める信繁の元にやってきた。

「どうだった?」

「僧侶部隊は動いたが・・・妖怪は・・・。」

「それでもいい。誰も動かぬよりはいい。後はこれで。」

「やはりな。」

「や。」

 その声に横を居るといつの間にか、お吉の方と、トリさんが居た。手を挙げ明るく振るがうが、少し寂しさが感じられる表情でもあった。

「やはりお主の作戦か・・・。だろうと思った。かなり無茶だったからな。」

「んだけんど・・・おら・・・これ・・・これが海だか?」

 トリさんは珍しそうに海を見つめる。遠くを見れば秀頼もまた何か色々準備をしている。

「お主は町中に戻り、死人から人々を守って参れ。そのために来たのであろう。」

「んだけんどこれ・・・。」

「いいから行ってこい。後でゆっくり遊ばせてやるから。」

「ほんじゃ・・・。信繁・・・後でゆっくしな。」

「分かった。後で・・・あのおじさん達へのお土産買ってやるから。」

「んじゃ。」

 そう言うと、トリさんは走って町中に向かっていった。道路上なら、大軍には会わない為、大丈夫だと思うが・・・。

「お吉の方様・・・。」

「船に乗ってどこに行く気だ?」

 お吉の方は不思議そうに見つめる。その頃には炮烙玉の載せ替えの準備も出来ていた。

「あれです。あれを倒しに。」

 信繁が指さすのはもちろん・・・。海上の三つの黒い船だ。

「あれか・・・あいつら・・・行けるのか?」

「勝算は他の者に比べ少ないですが・・・でもあれを止めねば・・・。死人倒しに来た者達がやられてしまいます。」

「本当に・・・お主は損な役回りだのう。約束なぞしなければよかった。」

「ん?」

「お主には関係ない。風がこれでは・・・悪かろう。ワシも行くぞ。」

「分かりました。こちらへ。」

 そう言い信繁はお吉の方を船内に案内しようとする。桟橋に乗る直前、お吉の方は何かを探るように周囲を見渡す。

「そうじゃ、この船に小舟はあるか?」

「いえ。」

「そうか・・・。」

 そう言うとお吉の方は近くの小舟を見つけると、尻尾で釣り上げる。

「行くぞ。これで本当に終わらせて・・・。後は帰るだけじゃ。」

「はあ。」

 そう言い意気揚々と乗り込むお吉の方を見て、信繁は何となく不安を覚えてしまった。


「かなり・・・戦績がいいようですな。」

 優男は甲板に出て、双眼鏡を眺める。向こうには穴だらけとなった、大阪城前の様子を見ていた。そこにはうろつく死人達がいた。それは生存者を求め、歩いていた。

「ですな。」

 キースもまた外に出て、同じように双眼鏡を見つめた。

「後はどうしますか?」

「敵兵が見えたら打ち続ければよい。落ち着いたようならこちらが下りていけば・・・それでよい。」

 落ち着いたように空を見る。もう昼過ぎらしく・・・日が西に見える。

「上陸はいつ頃に?」

「死人に船員が襲われては叶わぬ・・・向こうが引き上げる夜までまとう。」

「分かりました。」

 そう言いじっと大阪城を見ていると・・・頬を風がよそぐ・・・あれ?この風向き!

優男は立ち上がる。風向きが急に変わり始め、北向きになっている。

「船長!南側から突進してくる船2隻!」

 優男が走って後方に行くと確かにぼろぼろの・・・鉄甲船が二隻こちらに突進している。

「トルネード!」

「イエッサー!」

 優男の掛け声とともに、操舵士達が舵を切り、帆の向きを変える。それと共に船は動き始めた。またくるとは愚かな・・・。だがその速さは風に乗った船と動き始めた船。差はあった。

「戦闘だ!今動き始めた船をねらえ!」

 鉄甲船を走らせる信繁は掛け声をあげる。作戦を考えている間じっと船を見ていると、後続に二つの船はずっと同じ行動をしていた。と言う事は根元はどこか。それは必ず最初に動き出す船でなくてはならない。その船を止めれば混乱する。それが今回の最大の作戦にして・・・唯一の作戦である。運良くお吉の方様が来てくれたが・・・そうでなけれな艪をこいででも、寄せるつもりだった。それとともに、しばらく手に赤い旗を持ち、様子を見る。やはり、横にある大砲をこちらに向ける気だ!赤い旗を頭上に掲げる。それとともに乗組員達が帆の向きを調整する。こちらは・・・後方に周り・・・後続の船は前に回り込んで船を止める!速度を更に上げ、勢いよく突っ込む。大砲は重く、照準を上下に合わせづらい所を狙う!後ろの船と、分かれ、追い風もあって素早く回り込むが・・・この船は大きい。鉄甲船船の上に二階建ての建物だが・・・これは・・・それよりも甲板が高い。だから、ここで斬り合いは出来ない。だが、それも予想済み。

「大砲を撃つに近すぎねえか!」

 船員の恐怖にも近い声が聞こえる。だが向こうはここまで計算済みのはず。だがここからだ!秀頼はもう近くの柱をを掴むだけで精一杯であった。

「お前ら!大砲の穴に炮烙玉投げつけろ!中にある火薬を全て焼き払え!」

「おお!」

 信繁の合図とともに炮烙玉に火をつけ、紐を廻して炮烙玉を大砲の穴めがけて投げつける。元々この戦法は海賊戦法ではあるが、その製法自身は大砲の研究課程で多くの武家によって研究されていた。無論、奇襲を得意とする信繁は九度山で、その書を読み、自らいくつもの方法を考えられていた。この作戦は表から食い止める連中にも与えてある。だが、数には限界がある。大砲の中から叫び声が聞ける。無論この船は鉄ではなく、外洋渡航用の・・・木の船だ。水に強くとも、火には弱い。大砲の中から叫び声が聞こえる。

「何だ!何が起きた!」

 優男の声が甲板に響く。船内は蜂の巣を突いたような大騒ぎになっていた。

「大砲室から火が!」

「何!」

 優男が甲板に乗り出すと、大砲の死角から何か物を投げている・・・。

「水で消せ!甲板員!奴らを銃で蹴散らせ!」

 その掛け声とともに船員達が船室から銃を取り出す。だがいざ船員隊が下を向いた頃にはもう船は後方から抜けていた。そのまま鉄甲船は少し傾きながらも、後ろの船の側面内側に回り込む。確かにここまで大きい船なら船の内側から来る大砲の数は遠くより少ない。衝突するリスクを考えてもこの作戦は無茶だった。

「前!突っ込め!重さで振り切る!」

優男は指示を出す。これではこの船の大砲は離さなければ使えない。なら突っ切る!

「何ぃ!」

 信繁は叫び声を上げる。思った以上に船が速く、戦闘の船が脱出しようととする。これを真似されたら・・・距離を取られる。

「やっとワシの出番だのう。少し時間を稼ぐ。その間に・・・。」

「分かった。」

 その声を聴くか聴かぬ内にお吉の方は尻尾で小舟を戻る位置に投げつける。着水すると同時に、その船に一跳躍で飛びの乗る。

「さて・・・神風の実演と行きましょうか!」

 そう言い、着物の隙間方扇子を取り出すと、突風を先頭の船の横っ面に当て、船を揺らす・・・。流石に船が重く。揺らすまでが限界だった。だが、その隙をつき、信繁達は反対側に回り込む。真ん中の船は先頭の船の様子に慌て・・・先頭との船の間が離れ始め、最後の船は二番目の船を追い越しかかっていた。完全に隊列が崩壊した瞬間であった。この頃の大砲は弾を込め、撃つまでに少しの時間がかかる為、方向の入れ替えるがあると、大砲を撃つまでに時間がかかる。鉄甲船がに側によると、ありったけの炮烙玉をを打ち込む。完全に真ん中の船は混乱していたが、前を塞いだ鉄甲船は最初の船の突破のあおりで遠く離れてしまい、距離を戻すのに手間取っていた。只ぽつんとお吉の方は小舟の上で浮かんでいた。

「・・・そう言えば・・・船のこぎ方とか知らんかったのぉ・・・ワシ。さて・・・まあ・・・水に触れるのもいやだしのお。だが!」

 向こうを見ると幾つかの・・・炮烙玉が届かない、撃てば鉄甲船の上を通過しそうな最上階の大砲が・・・こちらを狙う。お吉の方はまずは突風で大砲の弾を狙うが・・・弾は減速しても・・・まだ殺傷力はあるようだ。なら!お吉の方は尻尾を広げる。尻尾を三本まとめて一本の大綱を作り、尻尾で弾き飛ばす。他の弾は脇にそれ、船を大きく揺らす。

「流石に大砲の弾は無茶であったか・・・。」

 お吉の方は顔をしかめる。流石に勢いのある重い弾を弾くには尻尾の強度が足りない。

「ちぃ!」

 甲板に出たアンサレムとキースは舌打ちをする。あの悪魔・・・まだ追いかけてくるか!大砲さえ弾くとは・・・何という悪魔!

「まだやれる。側面にぃ!」

 そう指示しようとした瞬間、ざわつく声が聞こえる。そちらのほうを優男が、双眼鏡で見ると、3隻目の船が突進してくるのが分かる。あのコースは!

「全船!全速前進!」

「は!」

 その声に副長が走る。もう伝令とかもこの状況で戻ってくる様子はない・・・。その間にも全速力で走る船は・・・出過ぎた三号艦ロンドンブルムの側面に激突する!その衝撃で船が大きく揺れ・・・、優男の双眼鏡には船に乗る鎧武者達が船に乗り込む様が映し出されていた!

「どうする!あのままだと三番艦が!」

 優男が聞いてくる。下の大砲室は火薬や船内が火事で、火を納めるのに手一杯だ。だからといって向こうが切り込みを掛けてくるわけではないこの状況・・・手を出すわけにはいかなかった。ここに踏みとどまるのは危険!だからといって助けに行かなければ・・船乗りの多くはこの当時軽装を好む為、鎧を着た人間との戦闘では防御力の差で圧倒的不利となる。白兵戦で勝つ見込みはほぼ無い。と言う事は、あの船はもう・・・。どうしてこうなった!特にあの小舟の上の黄色いもじゃもじゃの何か!

「我々は猊下の元に報告書を持ち帰る任務がある。後は分かるな!」

 キースは厳しい目で、反対側に回り込んだ船を見つめる。あのままだと!

「後ろに信号を送れ!このまま内海を一気に抜け!退却する!」

 その声に副長が手旗を持って後方に向かう。

「全員、全速で内海を突っ切る!消火要員以外を甲板に逃がせ!後、大砲板を閉めろ!付いて来れない船は!おいていけ!」

「了解!」

 掛け声で走っていくのを見送ると、手すりを力一杯強打する。これが彼ら、”世界最強”イスパニア第3艦隊初の敗北でもあった。


「これで・・・最後か・・・。」

「もう・・・。」

 所々に散乱した水樽は最早すべて空。敵はいまだ果てが見えず・・・伊達政宗はじっと向こうを見るが、その先を居る事は出来ない。ここまでの物量の差・・・。確かに作戦通りなら・・・もうそろそろ・・・。日も落ち始め、もうそろそろ夕方にもなろう時・・・。そろそろ増援が来ないとこっちが落ちるぞ。そう言えば向こうの砲撃がやんできたな・・・。そろそろ・・・行けるか?もう・・・・・・・・・。

「正宗様!しっかりしてください!」

 正宗が頭を起こすと、そこには柵が突破され、つばぜり合いする兵士達が!伊達政宗は立ち上がり、屋根から下りようとするがここは民家の屋根上、はしごで下りるしかない!飛び降りた場合は甲冑の重みで骨折する。はしごを探し、見渡した瞬間、何か・・・異形な・・・いや・・・何でこんな所に火の玉が?兵士を見ると、笠が、兵士に組み付いた死人を弾き飛ばす。

「ここで・・・合っていたようだな。」

 その声に振り向くと、数多くの妖怪達と一緒に坊さんが居る。

「俺が増援だ。前は頂く。おめえらは後ろはから援護頼む。」

「勝手な事言いやがる。おめえら!・・・水・・・持ってきたか?」

 正宗ははしごを下りながら、片腕に包帯を巻いた坊さんを見つめる。

「ふん。みんなを助けるのにつかかっちまったよ。」

「おめえ。何か水みたいの、ごくごく飲んでたくせに!」

 小さな妖怪が叫ぶ。この状況に流石に伊達政宗も唖然とする。

「あれは酒だ。」

 包帯のお坊さんは言うと腰のひょうたんの中身を口に注ぐ。そして、伊達政宗に渡す。確かに酒の強い匂いがする。

「おめえ、こんな時に酒かよ。」

「この状況に正気なんざ保っていられるかよ!あと!邪魔・・・するなよ!おまえら!」

「町中でお前を助けてやったのは俺たちなのに!」

「知るか!行くぞ!」

 そう言うと、坊さんは念仏を唱え始める。それを聞いた死人達が動かなくなっていく。

「これは!」

「いけそうですな。」

 片倉もほっと肩をおろす。あまりの出来事に、正宗はじっと前線を見渡す。坊さんが念仏を唱え、妖怪が死人を押さえる。何とも言えないこの風景に・・・自分の中の何かが壊れていく気がした。そして、その向こうに見える大阪城から火の手が上がり始めたのがちょうど夕暮れ時のこの時であった。その狼煙にも近い大阪城の炎上は何か時代が終わっていく感覚が・・・戦場の誰しもが感じた事であった。


「やっと終わった。」

 すべての後処理が終わって軍を各地に退かせるまでに5月8日から更に一週間を要していた。戦闘終了後、お互い一緒に戦った守備隊と伊達政宗軍は一緒に勝利を喜び、形上は防衛隊が降伏し、無罪放免にする事で事なきを得た。それからも、残存の死人狩り、褒賞の選定、死人の首(生きていると勘違いした兵士達の寄る首狩り)の除去。そして・・・戦犯の処理である。あれから早馬で到着させた影武者に衣装を着せたりするなど忙しく、裏まで半蔵は手を回せなかった。その間にも彼ら忍軍と妖怪部隊に来客があった。

「よ!」

「兄貴か・・・。」

 信繁は嫌そうな顔で信之を見つめる。お吉の方もその感じだった。後ろにはいくつもの大八車があった。

「生きててよかったな。お前。で。皆のもの!これだ!」

 そう言って指さした先には、食料と酒がある荷車と。もう一つの荷車がある。

「これは?」

 もう一つの荷車には、白いふさふさが付いた装束がある。

「これか・・・一応な。俺。妖怪との交渉役って言う事でな。しばらく妖怪の窓口を勤める事になったんでな。それ出来たわけだ。これでも急いで来たんだぞ。」

「・・・それはどうも。」

 妖怪達を見ると、食べ物にむしゃぶりつくもの、酒に飛びつく青海とそれを止める筧。服を勝手に着始めるものなど多数だ。その中でゆっくりと長が歩いてくる。

「安住の件は・・・。」

「分かっている。一つは、その服を着ている奴は修行僧だと言う事で、山間部だけなら自由に通行できる。後は、武士からは妖怪狩りは行わない。今後、妖怪からの相談専用の寺社を設置するから・・・そこで、今後細かい所を詰めていく。出来る限りの支援を俺は約束する。一応金とかが欲しい時はまあ・・・忍びの仕事ならこっちで調達できるから、気軽に来てくれ。あの服はお前らにやるから。後は好きにしてくれ。」

「そこまでしなくてもよいのに・・・。」

 長は呆れたように見つめる。

「半蔵に頼まれていたんだ。このぐらいはしてやってくれってな。ま、持ってけ。」

 そう言うと長は一礼すると、食事をむさぼる妖怪達の所に歩いていった。

「ま、兄貴もいい所あるな。そうだ。兄貴ありがとな。赤い染料。」

「ふん。真田が黒い鎧を着ているなぞ恥だ!」

 そう言うと説明の時に持っていた白い僧侶服を差し出す。

「これは?」

「秀頼殿の事は聞いている。そいつを持って薩摩に行け。薩摩の島津殿には話をつけてある。船も出る予定があるし、家族の分とかと、お主の分もある。まずは、そこに行ってこい。それが終わったら・・・江戸に向かってくれ。そこで半蔵は待っているそうだ。」

「わかった。さっそく向かう。では。」

 そう言い信繁は意匠を持って青海達の肩を叩き、衣装を指さす。

「やっぱりあいつは忙しそうだな。」

「ふん。お主も意地が悪い。無事を確認する為に乗り込んだくせに。」

 その様子をお吉の方が見つめる。

「そうですか?お師匠様。」

「そうじゃろうが。わしに”信繁を影から守ってくだされ”とか言ったくせに。」

「それは感謝します。」

 信之はお吉の方に一礼する。

「まあよい。分かっておるじゃろうな。」

「はい。酒宴は用意してあります。只、この処理が終わらなければならないので。」

「分かっておるよ。さて、一応忍軍の連中に挨拶したら、ワシは帰るぞ。じゃあな。」

 その言葉とともに強い一陣の風に目を伏せると・・・お吉の方の姿はなかった。

「感謝しますよ。本当に。」

 信之は手を叩くと、妖怪達を集め始めた。これからの事について説明する必要がある。無論ここからが根気のいる作業。時間がかかるからな。


「ここが・・・。」

 信繁の家族と、秀頼は山奥に島津家の侍とともに、来ていた。そこには小さいながらも屋敷が構えられており、中には幾つかの家財がある。

「はい。半蔵殿から頼まれたとおり、江戸から寄せたある程度の書籍を入れてあります。また島津に来れば、仕官なら受け付けると、殿から・・・。では。」

 そう言うと一礼し、侍は、麓の村長の内へ向かっていった。信繁が中を覗くと、そこは古いながらもしっかりした作りで、ある程度の貴人なら、気兼ねなく暮らせそうだ。

「信繁。ここがそう?」

「はい」

 もう大阪から船を乗り、山奥まで歩いて、十日余りの山中にある屋敷。半蔵は亡き家康との遺言である”秀頼の命は守って欲しい”の命を果たす為、この地をあてがってくれていた。もし別の案件で捕らえる事が出来ても、元からここに住まわせるつもりだったらしい。秀頼ははしゃいで中を散策している。

「私たちはこれからどうなるのでしょうか・・・。」

 信繁は船旅の中、じっと考えていた。どうすればいいのか・・・。大方天海殿と同じく・・・別名という事になるだろうが・・・。今までの印象を考えれば荒事になる可能性は高い。また妻に迷惑を返る事になりそうだ。実際、堺の港には妻が居て・・・その命を守るだけでも手一杯だったともとれる。

「すまない。おまえに頼みがある。」

「何でしょうか。」

 妻はじっと、信繁の顔を見つめる。彼女も彼女なりに覚悟があったようだ。

「俺にもし・・・何かあったときのため。お前と太郎にはここで秀頼様を守って欲しい。ここなら生きていくのに苦労はないから・・・。」

 その言葉を妻は身を震わせ、じっと聞いていた。彼の性格とかが分かっているだけあって予想できていたのだろう。太郎も、その身を震わせる母親をじっと見ていた。

「太郎。」

「はい。」

 急に呼ばれて背筋を伸ばす太郎。

「俺は、行かなきゃならない所がある。そこに行けば今度はもう帰ってこられないだろう。だから・・・。」

 信繁の言葉に・・・太郎は鼻をすすり、貯めていた涙は勝手に頬を落ちていった。

「お前に・・・漢としての頼みがある。」

「お父様!」

「初めてで・・・最後かもしれない、重要な任務だ!」

「はい!」

 顔を上げ、きりっと父親の顔を見据える。涙が信繁の頬にも当たるが、それは信繁自身の涙で流されていった。

「お前達、秀頼達を頼む。」

「わかりました。」 

 妻がそう答える。太郎は答えようとするが・・・涙で、答えが出来ないようだ。嗚咽が響く。

「秀頼様に伝えてくる。頼んだ。」

「わかりました。」

 そう言うと屋敷の縁側で座っている秀頼の横にすとんと座った。

「信繁・・・。行くの?」

「はい。身の回りの世話は、彼女たちに託しました。」

「どこに行くの?」

「とりあえずは江戸に・・・。それからは・・・わかりませぬ。」

「そうか・・・。」

「帰ってくる?」

「わかりませぬ。」

「もう・・・お別れなの?」

「わかりませぬ。」

「どうしていくの・・・。」

「わかり・・・ませぬ・・・。只・・・もし従わねばここは徳川の手の中。保護するものが居なければ・・・。」

「何で・・・そこまで・・・何の血も持たないぼくをたすけるの?」

「わかりませぬ・・・。ただ・・・ただ・・・叔父貴の息子同士だからかもしれません。」

「おじき・・・とうさんのこと?どうしてお前も息子なの?」

「昔・・・あなたが生まれる前まで、叔父貴には子供が居ませんでした。それで各地の優秀な子を容姿として取ったのです。俺もそう言う一人でした。ですが、徐々に身の危険を感じた叔父貴はその子供達を一時的に帰す事にしました。そして俺は・・・帰されました。だが、俺も、後藤も、毛利も・・・。みんなあの人の優しさに助けられました。その恩をあの人が大切にしていたあなたに返しに来たのですよ。」

「でも僕じゃないなら・・・ぼくは・・・どうしたらいいの?」

「わかりませぬ。・・・わかりませぬ。それは自分で答えを得なくてはならない。人には聞けないものです。私もまた、その答えを探しているのですから。」

「僕・・・わかった・・・ありがとう・・・信繁・お別れですね。」

「はい。」

 その瞬間ぎゅうっと秀頼を強く抱きしめると、すぐに離し、立ち上がると信繁は一礼した。

「また会おうよ。いつか。」

「はい。」

 その言葉に弾けるように背を向けると、信繁は妻達の元に戻る。

「行ってくる。」

「はい。」

 信繁は秀頼にしたように、想いを込めてぎゅっと抱きしめる。

「太郎・・・頼んだぞ。」

「はい!」

 涙ながらの太郎の顔を見ながら優しくぎゅっと信繁は太郎を抱きしめた。そして離すと手を振り上げるとそのまま後ろを振り向かず・・・別れががつらくて、別れがつらくてすぎて・・・最後まで振り向く事は出来なかった。




これで、”大阪夏の陣”の章は終わりです。これを以ってすべての戦死者と死人となった魂のご冥福をこの場を借りて祈ります。

次回は外伝”服部半蔵”の予定です。楽しみにお待ちください。

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