第十三節 夜は深く・・・人の業も深く・・・
あまりの展開に呆然とする信繁はそのなかで唯一の仁義でもある秀頼救出の為、大阪城に乗り込む。そこで待っていたのは南蛮衆であった。
第十三節 夜は深く・・・人の業も深く・・・
「敵は・・・もう・・・こねえようだ。」
遠見筒でじっと正宗は敵陣を見ていた。この時5月7日夕暮れのことであった。
「ですな・・・敵があれから来なくて・・・助かりました。」
「いや・・・そうでも・・・ねえみたいだぜ。」
そういって正宗はぐるっと向き返り本陣の方を見つめる。一応は山向こうではあるが、周囲の軍の様子から、内容は伺える。もしや・・・本陣まで大崩したか・・・。
「今なら・・・もしかしたら天下が取れるかもしれねえぜ・・・。俺たちのさ。」
そう言ってニタリと笑うが・・・正宗から見る本陣はもう・・・体を成してはいなかった。
「それは・・・。」
片倉はつい俯いてしまう。
「出陣の準備をしろ。戦況次第では・・・本陣を討ち取るぞ。」
馬を用意させるべく後ろを向いたその瞬間正宗は固まってしまう。
「正宗どの・・・。」
それは黒い布で口を覆ってはいるが・・・服部半蔵その人である。その姿に正宗は背筋が走る。
「どう・・・した?」
つい、その気迫に・・・つい刀に手をかけようとする。
「今夜、本陣にお一人で・・・おいでください。会議を開きもうす。」
そういうとくるりと背を向け、半蔵はとぼとぼと歩いていった。
「殿・・・。」
「どうも・・・無理とまではいかねえが、向こうもまだ力が残っている・・・だな。」
そういい半蔵のいた所を見るが、もう姿はなかった。だが・・・あの悲壮な目を・・・あの鬼気迫る目。もし変に動けば自分が先に殺される・・・そう感じられた。
「ですな。今夜・・・会議とか・・・何があったんですかねえ・・・。」
片倉もとまどいながら、正宗の側に駆け寄る。
「ま、わかんねえが、凄い事になりそうだ。」
そういって、元に位置に戻ると遠見筒でまた戦況を見つめる。前線は勝利したらしく、市街地の奥へ兵が進んでいく。だがその一方、旗本達は黒田家の位置に結集を行っていた。今、天下が大きく動いている。正宗の直感は訴えていたのだった。
「では・・・死人を止めていた部隊の位置は分からなかった・・・のですね。」
城に戻ったキース・フロレンスはぶ隊を見渡していた。その数は3名ほど減っていた。
「ん・・・ネテロ、エミリオ、セルゲイはどうした?」
「二人は見事役目を果たしましたが、ネテロは・・・。」
聖書を持った男アルサレムは膝を突き、頭を下げる。
「彼らの為に祈りましょう・・・。」
そういうと、キースは手で十字を切り、祈る。
「それで具合は。」
「は、ネテロは死人封じの部隊がいるであろう軍まで行き交戦しましたが、届かず。セルゲイは、目の上のたんこぶを排除しようとして勤めを果たし、エミリオは・・・途中でで見失いましたが・・・いまだ生きているかと思いますが・・・。」
「・・・。」
キースはじっと望遠鏡を片手に、外を見つめる。茶臼山周辺では敵兵達が攻撃の準備を行う。明日・・・この城にも攻めて来るだろう。いや、もっと前かもしれない。
「警備だけはしっかりしろ。そして、お前達には明日も働いてもらう。全員を城で待機させろ。」
「それはもう。ペドロ、オミルケアは準備完了だと。」
「分かった。なら警備に当たれ。」
「了解しました。」
そういうとアルサレムは落ち着いて天守閣を降りていった。
”猊下に預かりし精鋭を三名も失ってしまうとは・・・やはり・・・一筋縄ではいかない。だが・・・それもこれで終わり。これが終われば・・・。”
考えながら望遠鏡をはずし下を見ると、オートマタの最終調整が行われていた。それは最後の灯火やもしれなかった。
「俺たちを集めたのは・・・何のよう・・・だ。」
新しく前線に移設された本陣の天幕を開けた正宗の第一声であった。それは中にいる布陣を見てのことである。中には上杉景勝、前田利常と黒田長政。後は徳川四天王達控えていた。
只・・・何故か・・・この場に徳川家親族および・・・直系の姿はない。
「今後の方針についてでござる。」
大将の位置にある腰掛けに座り、半蔵は周囲を見渡す。端の椅子を見つけ座る正宗はそれだけでも驚いてしまう。半蔵は懐から書面を取り出すと、皆に見える位置に広げる。そこには長く書かれた文章があり、所々に傷あがあった。
「先日の戦で・・・内府殿は戦死致した。」
その言葉に全員が息をのむ。
「それに伴い皆様には遺言をお伝えいたす。」
その言葉に全員が衝撃を受け、お互いに顔を見渡す。衝撃が全員に走る。
「お・・・おう。」
「今・・・死ねば・・・死を伝えれば豊臣方はきっと勢いづき、平和は無くなるであろう。そこで3年は死を伏せ、影武者を立てること。また、皆々には各領地にて外から来る外敵を守り、人々に平和をもたらして欲しい。そして、今ある幕府を守って欲しい。」
その言葉にじっと全員が押し黙る。一部の者は涙し、顔を伏せる。
「これが要約した遺言でごさる。細かい内容については今後伝えていき申す・・・」
「で、影武者は?」
正宗はあまり思い入れがない為か、涙までは流さなかった。直感は当たっていたというわけだ。
「今は用意出来もうさぬが、幾つか用意してござる。今は偽装させていますが・・・。いずれ影武者は建てもうす。」
「そうか・・・で・・・我らはどうすれば・・・。」
景勝は涙を拭いつつ半蔵に向く。
「無論。この事を口外してはなりませぬ。」
「そっちではない。明日だよ明日。千姫がいるんだろ。どうするんだよ。」
利常は呆れて聞き返す。
「明日は皆様それぞれ、城攻めをしていただきたい。あの秀忠公では・・・作戦指揮は無理でござろう。ですから皆様方、各自の方法でお願いいたす。相手の戦力はこちらの分析では、もう2万もありませぬ。ならこちらの方が数は有利。力押しでも攻めれましょう。」
「分かったが・・・。」
「今退けば、この事が公になる可能性は高い・・・。だから良いじゃねえか。」
正宗は開き直ったように言ってみせる。
「分かった。此度の戦はあの城を落とし、弔いとしよう。」
上杉景勝は立ち上がると、一礼をして去っていった。それに合わせ、黒田長政、前田利常が陣を去っていった。
「でもさ・・・遺体は回収したのかよ。」
「それはもう。」
半蔵は即答した。だが正宗はその回答の中で一瞬身体が震えたのを見逃さなかった。
「そうか・・・あんたもつらいんだな・・・。でも明日の城攻め、被害は尋常じゃねえぜ。」
「分かっておりますが・・・今攻めねばそれこそ、無駄死。せめて太平な世こそが彼らへの弔いでしょう。」
「分かった。俺も攻めてやるよ。只・・・思いこみが強すぎるは危険な事があるぜ。」
「肝に銘じておきます。」
正宗は立ち上がると半蔵を見つめる。その顔はまだ何か隠し球があるように見える。だが、それは今・・・分かるものではなかった。
「終わったようだな・・・。」
「そうだな。」
半蔵は裏手に回り、陣のはずれまで歩く。そこには信繁が木により掛かり、陣を見下ろしていた。
「でこれから俺をどうするつもりだ。」
陣を去っていく重臣達を見つめている。
「これから・・・。お主ならどうする?」
そう言って半蔵は大阪城を見つめる。
「俺なら・・・指揮官がいない今、撤退するが・・・あんたらは焦っていた。」
「まあな・・・。」
大阪城は煌々と明かりがともり、大方今頃、籠城決戦の準備をしている所だろう。夕方の明かりに沈みつつある大阪城を今見ると・・・落日が似合う・・・ように見える。
「決着時期は・・・。」
「今夜ぐらいには決着をつける。」
「そうか・・・。」
確かに徳川軍の兵力ならごり押しすれば勝てるが・・・被害は甚大だ。
「だが・・・まだ連中の手が分からぬ以上、うかつに攻めれば死傷者がでかねない。」
半蔵は大阪城を見つめる・・・信繁側から顔を見る事は出来なかった。
「お前・・・冷静だな・・・。」
「いや・・・親方様はいつも出陣時に皆に内緒で遺書を書いておいてある。ただそれを履行しているだけだ。未だに拙者も死の余韻は抜けきってはおらん。」
更にじっと半蔵を見つめる。旅においても少し気が抜けた顔をしていたが・・・それとは違う・・・悲壮さがやはり見え隠れしていた。
「今。連中が事をなす前に殺す・・・。あんたらにとってもっとも得意な手だ。敵討ちに俺たちだけで行くぞ。」
信繁はせかしてみせる。大方連中が事を起こせば今の状況では死傷者が大量に発生し、また、それで死人が増えかねない。
「行くなら少し待て。準備を整え、夜・・・。夜に行くぞ。」
何か思いついたような半蔵の顔はいつにもまして、真剣そのものだった。
「半蔵様。」
「なんだ!」
幕僚達にこれからの作戦を説明し、陣に戻った直後のことであった。忍びの一人が駆け寄ってくる。
「敵兵を捕らえました。尋問は?」
「連れてこい。」
「お前な、やっぱりダメじゃねーか。」
「仕方ねーだろ。あんな所に敵が陣張ってるとは思わねえって。」
忍者達は、一人の少年と一人の坊主を紐で縛り、連れてくる。
「これは・・・。」
半蔵はすこし口元をゆるませる。あの戦場の後だ。死んでいても不思議ではない。
「お前!」
それは青海としまであった。青海に傷らしい傷はないが、しまはその軽装もあって所々に生傷が付いている。
「久しいな。どこで捕らえた。」
「は、ちょうど陣を移動させようとした所、山中に来たので、捕らえました。」
「お前らも運がないな。」
半蔵は少しほっとしたように顔をほころばせると、その顔をじっと見つめる。しまはじっと下に俯き、青海はかみつきそうなぐらい身体をがたがたとさせている。
「俺たちを放せ!」
「・・・お主ら・・・拙者に仕えぬか。そうすれば・・・放してやる。」
半蔵は顔近づけ、ささやくように言った。
「俺は嫌だ。」
しまは顔を上げて反論する。その顔は・・・涙でいっぱいだった。
「二君に仕えるなぞ!」
”お前ら・・・そのまま少し視線を上げろ・・・。”
半蔵のささやくように小さい声に青海はふと顔を上げると、そこには下を向き、俯く信繁の姿が遠目に見えた。
”もう・・・これ以上旧知の仲を斬りたくはない。解れ。”
「もう一度言う。軍門に下れ。さすれば命は助けてやる。」
半蔵は顔を話すと皆に聞こえるように大きくしゃべる。
「わ・・・わかった・・・。」
「青海!てめえ!」
青海は仕方ないように頷く。しまはそれを見て噛みつきそうな顔で青海を見つめる。
「今は・・・生きるぞ。」
その言葉にしまはうなだれた。そしてそのしまの目にあの刀が目にとまった。”死に名月”・・・。
”負けてもいい。生きてくれ。”
あの時の言葉が頭をよぎる。
「分かったよ・・・。青海・・・。」
しまは頷いたのだった。
「しばらくはあそこにいる捕虜どもと一緒にいてくれ。今夜の作戦でお主達は役に立ってもらう。連れて行け。」
そういって忍者達に指示を与えると奥にある捕虜達・・・いやそこには一人の男だけが木に寄りかかりうなだれていた。そこで紐を解かれると、忍者は去っていった。
「・・・。」
捕虜の男はゆっくりと顔を上げる。その顔からは生気がなくなってはいるものの、それは真田信繁その人だった。それを見た瞬間、しまは思いっきり抱きつく。
「信繁!」
だが、信繁に反応はなかった。その顔は喜んでいいのかショックのようだった。
「どうした・・・お前。」
青海はその様子の異常さに気が付いて顔を見つめる。
「何があった。」
「結局・・・何も守れなかった。」
「じゃあ・・・。」
青海はその答えに何が起きたのか理解出来た。そして・・・その心情を理解した。
「でもさ。こうして生きて俺たちは会えた。」
青海は信繁の前で腰を据えると真正面から見つめた。
「んだよ。」
しまは嬉しそうに見るが、まだ少し生気を回復・・・したように見える。
「さすがは坊様・・・いいことを言うのぉ。」
その声に後ろを向くと、お吉の方とトリさんが立っていた。
「信繁、会いに来たぞ。」
青海は後ろを向くとゆっくりと歩いて来た。
「お吉の方様・・・。」
まだ生気が抜けた目で信繁は見つめる。
「そこの坊様の言うとおりだぞ。信繁。生きている。なら・・・まだやれる事がある。やる事がある。お主はまだそのことが頭に残っておるはずだ。」
「・・・。」
少ししか回らぬ頭で、信繁は考える。浮かんだのは豊臣秀吉の顔と、息子の顔だ。
「まだ・・・やれる・・・。」
「そうなんだ・・・。やる・・・んだ。」
トリさんも心配そうに見つめる。その顔は徐々に生気が戻っているように見える。
「負けてもいいから生きるんだ。言ったのはお前だぜ。」
しまは嬉しそうに信繁を見つめる。
「確かにな・・・俺にはまだ・・・やる事がある。」
そういうと信繁は立ち上がる。
「そう・・・世間話をするのじゃ。ワシとな。」
「なんでやねん!」
青海がついお吉の方の言葉にツッコミを入れてしまう。そしてお吉の方はちらりと信繁の顔を見た。もうその顔はいつもの信繁の顔に戻っていた。
「すまない・・・みんな。」
「いいんだよ。」
青海はにやりとほほえむ。
「それで・・・どうしました?」
信繁はお吉の方を見つめる。
「そうじゃのお。酒・・・いるか?」
そういってお吉の方は着物の裾から酒瓶を取り出す。
「いえ・・・これからまだ行く所があるので、一通り終わってから。」
「そうじゃのお。」
そういって惜しそうに酒をしまうのを青海は目を離す事が出来なかった。
「今回は大手を振るって参加出来るからと言うよりは・・・。」
「ですな。しっかり働いていただかないと。」
お吉の方が後ろを見つめるとそこには仁王立ちしている半蔵の姿があった。
「あなた様があの時暴れたせいで、後で説得してまわるのが・・・それはもう大変でした。」
「それはじゃ・・・。あの時は信繁と会えた喜びで・・・後・・・胸が弾んでな。」
お吉の方が、少し汗を垂らして半蔵を見る。
「胸が弾んで味方を全壊させるんですか!?」
半蔵は睨みつける。その顔にトリさんは苦々しい顔でみつめる。
「いいではないか。」
「良くありません!」
半蔵は怒っているが・・・それはすぐに終わり、向き返る。
「お主達にはやって欲しい事がある。そしてそれは・・・。」
「わかっている。」
その言葉に青海はじっと信繁は見つめる。その目は悲壮にも近い瞳で見つめていた。
「今夜、大阪城に乗り込むぞ。」
「「は?」」
しまと青海は驚いたように信繁を見つめる。
「頼んだぞ。拙者は部隊の選抜がある。3刻後には出発いたす。各自準備して欲しい。」
そう言うと半蔵はきびすを返し、その場を立ち去ってしまう。
「私らも・・・あんなに怒られては世知辛い・・・トリどの・・・。行くぞ。後でゆっくり酒宴でも開こうぞ。」
「ァ・・・んだ・・・。おめ・・・後で・・・オラの村に来てけろ。おとっさ達きっと喜ぶだ。んじゃ。」
そう言い、慌ててお吉の方と、トリさんは去っていった。お吉の方の手にはあの時渡した刀をまだ・・・持っていた。
「で、俺たちはどうするんだ。」
青海はじっと信繁を見つめる。
「俺は・・・最後・・・半蔵に包囲され捕まった・・・。だが・・・まだ・・・最後の希望をあきらめたわけではないが・・・俺は命を救われた。」
じっと二人を見る。あの戦闘の後だ・・・生きているだけで、少し嬉しかった。これ以上何かを失うのは・・・耐えられそうになかった。
「だからといって叔父貴への恩返しは終わっちゃあいない。」
「へ?」
青海はその言葉に驚いた。流石にこの場に置いてさえ豊臣の事を考えるのか?
「正確に言えば、俺は捕まってから少し考えた。この状態で出来る手は何か・・・それは・・・秀頼様を連れ出す。」
「大丈夫なのかよ。」
「馬鹿殿・・・そう言えばあいつか。」
しまはふと・・・あの時の若い侍を思い出す。確かにあの容姿ならどこに行っても生きて行けそうだ。
「それは・・・細かい事は言えないが向こうも承知済みだ。」
「それならいいが。」
「向こうは一応そのために尽力するとは言った。」
「信用していいのかよ。」
青海は心配そうに陣の向こうで忙しそうに部下達に指示を与えている半蔵の姿を見る。
「ここまで来たら・・・もう誰かを信用する以外無いぞ。」
「それはわかった。」
そう言って青海は周りを見渡す。まさかこうなるとは青海自身思っても見なかった。だからこそこの信繁の態度に少し違和感を持ったのは否めなかった。
5月7日深夜、信繁の周りには回収された鎧を着た・・・忍者と妖怪達の姿があった。その先陣には半蔵の姿があった。
「此度の目的は・・・千姫および秀頼の脱出・・・そして、城内にいる南蛮勢を討ち滅ぼし、明日の攻城の被害を押さえる事である。」
半蔵は各人を見渡す。忍者部隊が300、今は豊臣軍の甲冑を着ている。また横には妖怪衆が構えている。
「死人による部隊が来た時は妖怪衆に任せ、我々は奥にいる南蛮を潰す。そうすれば今まで続いた戦乱は終わる。」
その言葉に少し部隊がざわつく。
「私らの生活はこれで落ち着く。皆の者最後の一踏ん張りじゃ。」
壇上に上がった普通の老人に見える男が声を上げると、その声に妖怪達がときの声を上げる。聞いた所に寄るとどこかの妖怪達の総大将で、それは凄いと半蔵は言っていたが・・・あいにく妖怪とは面識はない・・・お吉の方様は別か。
「何か・・・すげえな。」
しまは唖然として横の部隊を見つめる。そこには異形の者達が並んでいた。
「まあな。俺にはその向こうの方が信じられないぞ。」
そう言って青海が見つめた先には戦装束に身を包んだ僧侶の姿があった。
「あいつら、今まで仇同士だったんだぞ。」
「そうなのか。」
「それまでした・・・南蛮とは・・・。」
青海は考えさせられていた。そこまで集結しなくてはならない・・・敵とは・・・。南蛮衆とは・・・分からない事だらけだった。
「今まで聞いた事が正しければ・・・戦乱の全てが・・・あいつらの企み・・・そして・・・今夜それを終わらせる。」
決意の目で信繁は大阪城を見つめる。
「今回の作戦は、お前達は敗残兵となり!豊臣軍に紛れ込み内部にはいる事で南蛮衆の居場所を突き止め、そしてかたずける。それだけだ!」
シンプルではあるが、敵方がぼろぼろである今、一番効果的な方法である。しかもこれは今夜しか成功しない。明日以降は警戒され失敗する公算が高い。と言うのも、戦の直後に帰還兵を断れば、内部兵士の士気が下がり、裏切りさえ起きかねなくなる。だからこそ、このタイミングでしか成功しないのだ。
「出発。」
数多くの籠城戦を超え、徳川軍の出した籠城対策とはこれだったのだ。各部隊は出発を始めた。
「兵士達の死傷者・・・。」
キースは高台から見つめていた。
「各人にあれは配りましたか?」
そう言ってぼろぼろの鎧をまとった武将を見つめる。
「確かにな。あれは薬とか言っておいたが・・・あれは何だよ。」
ぼろぼろの鎧を着た毛利勝永は不安そうに粉を見つめる。
「あれは・・・」
「あれは・・・。」
「元気になる薬です。」
キースは平然と答えた。彼にとって間違えた事は言っていない。
「元気・・・か?」
「ハイ。ただ劇薬ではあるので、その使用にはご注意を。」
「と言う訳じゃ。各自・・・城を守れよ。」
帳の向こうから淀君の声が聞こえる。姿を見る事は出来ないが・・・。
「分かりました。」
もう・・・豊臣には戦略を見る事は出来ない。この時、毛利勝永は悟らざる終えなかった。
”どうしろというのだ。こんな薬一つで敵軍を押し返せるのなら、我らは苦労しない。この時敗北は確信してしまった毛利は天守閣からおり、兵士達を見つめる。もうぼろぼろの鎧でいる者や疲労困憊で城に帰ってからは動けなくなる者など、その姿は悲惨その物である。敗残者達の帰還は城で受け付けているが・・・本当に・・・真田が言ったとおりだった。”城に帰るより、逃げて返った方がいい。” ”持ちこたえられて二日。” ”上は切り捨てるつもりだ”・・・枚挙にいとまがない。下に降りながら思考をまとめるが、勝ち筋はもうほぼ無かった。明日になれば本格的に攻めてくるのに状況では無理だろう。通路には最早・・・どこを見渡しても警備兵達はいない。血なまぐさいのを嫌った淀君達が、兵士達を天守閣から追い払い兵士達は仕方なく、隅の方で治療を行っているが・・・もう敗戦は濃厚である。だが、その上から貰ったのは粉だけ・・・何をしろというのか・・・。確かに自分たちの部隊はまだ少しの傷で帰れたが、真田隊は奇襲部隊、残存ともに全滅と報告があった。ならもう・・・。
「勝永様!」
「どうした!」
呼ばれて振り返ると、兵士の顔が明るい。
「信繁様が。」
「そうか!」
その言葉に急いで階段を駆け下り、入り口まで行くと鎧はぼろぼろではあるが・・・五体満足な信繁の姿があった。
「どうした?帰らぬと思ったぞ。」
「それが・・・まあな・・・。」
信繁はばつの悪そうな顔をしている。
「中に入れ。お前らも入れ。」
そう言い後ろにいるぼろぼろの兵士達を中に入れる。数は少ないが、これだけ残れば上等だ。
「どうした。信繁、早速色々聞かせてもらうぞ。」
そう言うと信繁の手を引き勝永は奥の小さな見張り小屋に連れ込む。非常用ではあるが一応ここで作戦を立てる事が出来る。
「どうだった?生きて帰ってきた所を見ると・・・それなりの事情があるみたいだが・・・。」
「まあな・・・。」
信繁は、すまなさそうにこちらを見つめる。
「どうした?」
「・・・。」
信繁はしばらく迷っているようだった。だがそれが普通だ。生き恥をさらすとはそう言う事なのだ。
「どんな事でもいい。俺に言え。俺は受け止める。」
勝永は意を決していった。その言葉に信繁はキリリと前にむいた。
「此度の戦・・・敗北は必死でござる。拙者の考えは甘くございました。」
頬から涙を流して信繁は見つめる。
「それは・・・。」
「拙者は陣奥深くに入り・・・徳川殿は無き者になり申した。ですが・・・。」
「それなら勝ちじゃあ・・・。」
「ですが拙者は捕まり・・・戦は未だ続く見込み・・・。」
毛利勝永はその言葉に息をのんだ。そしてしばらく信繁を見つめる。そう言えばこいつにも家族があったんだっけ。そうだよな。勝永は家族を思い浮かべる。家族に最後にあったのは・・・一年前だったな・・・。
「わかった。」
「へ?」
その勝永の言葉に信繁が唖然としてしまう。
「お前はもう行ってこい。出来れば、生きて・・・そしてこの戦の俺たちの事を後世まで伝えてくれ。」
「毛利殿。」
「この状況まで来れば拙者は責任者として残らなくてはならないだろう。同郷の者もここには多い。見捨てては行けない。だが・・・お前は生きろ。」
そう言い毛利は信繁の肩をがっしりと握った。その手は震えていた。その想いはわかる・・・。だが・・・。
「すいません。ただ、戦はもうこれで終いにしたい。」
そう頭を下げる信繁の顔はどことなく情けない若造に見える。きっと俺でもこんな顔になる・・・勝永はそう思った。
「だから、兵士達をまとめ、この辺りにいて欲しい。今から・・・戦の元凶だけでも・・・討ちに・・・行きます。そして希望だけでも・・・。」
「・・・そうか・・・。」
そう言って手に持った粉を見つめる。上はこんな物だけで俺たちに恩義を売った気でいるが、どうして・・・。こいつの方がずっと大将に見える。
「行ってこい。俺たちは戦に備えてここで門を守っている。ただ、帰りにここを通った際には見逃せないからな。
「分かり申した。」
そう言うと信繁は戸を開け外に走っていった。その姿は・・・泣いている少年のように勝永には写った。
「やはり・・・こう来ましたか・・・。」
キースは望遠鏡で下を見つめる。そこには、見慣れない早い兵士達が走って天守閣を目指す。その中には見慣れない異形の者達も混ざっている。
「お前たち!」
「応。」
そう言うと部下の部隊の一部が答える。
「今日と明日で、作戦は終わりです。特に今迫っている部隊は敵の主要部隊です。これが終われば勝利は確定です。」
「おう。」
「行きなさい。」
そう言うと男達は介したに向かっていった。この天守閣を破れる者は世界を見渡してもありはしない・・・。キースは自信を持ってみていた。そのとき、銃声が響く。戦闘は開始されたみたいだ。
「どうした!」
道案内しながら走る青海達は足を止める。数人の男達が銃に打ち抜かれ倒れ込む。
「分かりません。」
「俺が行く。」
そう言うとしまは壁を蹴り、屋根の上に駆け上がる。そこには一人の黒ずくめの男がいた。ちょうど対角線上に位置し、青海達を狙撃出来る位置だ。
「おめえ・・・。」
”ほう・・・この様な所にまで人が来るとは・・・。”
そう言うと数人の忍者達も壁を蹴り上がり、上に上がってくる。
「俺達でどうにかする。おめえら、いってくれ。」
「分かった。信繁が来るまでは耐えろ。」
「了解。」
そう言うと青海達は壁を盾にしつつ前に走る。
”あなた方は幸運だ。私のような慈悲深い使徒が相手なのだから・・・”
「おめえ、何言ってるんだよ。訳わかんねえよ。」
不思議な言葉を放つ男をじっとしまは見つめる。
「そうでした。言語はこれでなくては・・・。」
いきなり日本語をしゃべるのを驚いて見つめる。ちょうど彼が立っているのは屋根の先端であり、かなり高い位置にある。男は帽子をかぶり、カソックを着てはいるが、そのマントは重そうに垂れ下がっている。
「皆様・・・。私・・・”魔弾の死神”と申します。初めまして。」
そう言うと立ち上がり、帽子を取り、一礼する。帽子の中から押し込められていた金髪がばさっと肩までたれる。
「そして・・・さようなら。」
次の瞬間、視界から彼の姿はなかった。
「な!」
忍者が驚いて・・・周りを見渡すが姿はな・・・
タン!
軽い音が響くと一人の忍者がそのまま倒れて屋根から落ちていく。
「おめえら!気ぃつけろ!」
しまは神経をとがらせ・・・そうだ・・・信繁が・・・。
”まず分からない事があれば現場に行って調べろ。情報がある方が常に勝つ。”
しまは言われた言葉を思いだす。そのまま走って彼がいた所まで行く。その間にも銃声が二発響いた。倒れてはいない者、手傷は負っている。
「やっぱり・・・。」
ちょうど彼がいた所は先っぽになっており、下には通路があった。なら・・・ここを通る。だがこの先は・・・。通路を見るが斜線が通っている様子はない。あれ?あの跡は・・・。
しまが見た先には壁に空いたいくつもの銃痕がある。
「なら!」
通路に駆け下り、一気に通路を走っていくと銃声が・・・かすかに聞こえる。その瞬間、弾が跳ね返り、屋根上に走っていく。あそこにいる・・・。
”忍びたる者・・・気配を殺し、一撃で決めろ。出なければ自分が死ぬと思え”
信繁の言葉を思い出す。そして刀を抜くとそっと近づく。そこにはマントに隠した銃を取り出している。今だ!しまは一気に走り、間合いを詰める。銃相手なら間合いを詰めれば!
魔弾は襲撃にいち早く気が付くと、銃の柄を握ると持ち手側で刀を受けて止め、腰に手をやる。そこには最新型の銃。片手拳銃の姿が・・・。
「んなろ!」
そう言うと刀を滑らせ、銃を弾くと真横になぎ払う。胴体に当たる感触はあるが・・・斬れてはいない。次の瞬間構えた銃が火を噴く。だがそれは胴体を切られた衝撃でしまの脇をすり抜け飛んでいってしまう。だが魔弾はそこを踏みとどまり銃の柄でしまをぶん殴る。
それで横にすっ飛ばされ壁に激突する。
「やりますね。」
「おめえ・・・固え。」
そう言って刀を構え直す。
「あなた・・・ここまで近づけた人間は初めてですよ。ですが・・・神は我々にきっとほほえみますよ。」
「しらねえ。」
そう言うと腰の小道具入れに手を当て、様子を窺う。腰の小道具入れは戦闘前、半蔵が支給した物で、幾つかの飛び道具が入ってはいるが・・・
「飛び道具・・・当たるかな?」
しま自身、弓以外の飛び道具の経験は薄い。相手はあの銃とかはととても上手い。だが・・・。じりじりと少しずつ、距離を詰めるが、それは向こうも分かっているらしく距離を取る。殺気の拳銃は使えないらしく、今は銃を構えている。向こうは1回撃てば終わり。ただし、こっちも当たれば終わり。
”神のご加護を・・・。”
そうつぶやくと銃を狙撃の態勢に構える。その瞬間からだが勝手に握れるだけ小道具入れの道具を持って投げつける。それはバラバラのほうに飛んでいった。一瞬視界を遮られるがそこは、さすがはベテラン。隙間から狙う・・・が・・・。
”な!”
その瞬間にはしまの姿を見失ってい・・・次の瞬間には足に激痛が走る。足元を見と足を刀でブッ刺した、しまがいた。そのまま刀を引っこ抜くとそのまま裏に回り・・・壁を蹴り、跳躍すると、頭に刀を打ち付ける。この時魔弾はもう意識はなかった。そのとぎれゆく意識の中、腰から何か袋を取り出していた。
「危ねえ。」
落ち着いてしまは立ち上がるとじっと魔弾を見つめる。一瞬の機転でどうにかなったが、覚えていない。だが勝っている。生きている。じっと刀を見つめた。名刀らしく刀に傷は一切無い。
「帰るか・・・。」
そう言ってしまは背を向ける。頭を切りつけた以上・・・あれで死亡だろう。次の瞬間銃の轟音が響き渡る。振り返ってみると頭から血を出しながら、フラフラと立ち上がる魔弾の姿があった。目は白目をむき、口からは大量のよだれを垂らしていた。倒れていた側には勝永達がもらった粉と同じ物が転がっていた。しまは焼けるような痛みとともに太ももを見ると足を打たれていた。
「おめえ!」
しまはそのまま倒れそうな所を身体をひねり、仰向けになる。だがそこにはよだれをだらだらと垂らした男の姿が・・・。その姿にしまは一瞬恐怖が走る。
「痛えぞ!」
そう言いまだ動く足で股間を蹴り上げるが、男は微動だにしない。そのまま手に持った銃を振り上げる。
「ちょ!」
そして、そのまま銃を全力で振り下ろすのを、刀で受け止める。だがそれであきらめた様子もなくまた振り上げる。このまま行けば、体力負けする!
「ぬおおおおおお!」
しまは掛け声をあげると、刀を構える。その瞬間・・・刀が光を発する。気が付くまもなく倒れたまま全力で胴をもう一度なぎ払う。その瞬間、この世の物とも言えない叫び声を上げ、魔弾は吹き飛ぶ。その隙にしまは壁伝いに立ち上がり、立ち上がる魔弾を見つめる。
よろよろと立ち上がるその姿は・・・まるで死人そのものであった。
「まさか・・・うそだろ・・・。」
最早今までの知性も感じられぬようによろよろと・・・最早・・・本能だけなのだろう。その姿を見ると・・・何かこう・・・切なさを覚える。そう思い刀を見つめると、刀が輝き始めていた。
「そうか・・・お前もか・・・。」
そう言い、一気に間合いを詰める。死人となった魔弾は銃を振り上げるその瞬間を狙い、一気に裏に回り込むと、首に横から刀を突き刺す。その瞬間えもいわれぬ雄叫びをまき散らす。その叫びはしばらく続いた・・・・。それがとぎれる頃にやっとしまは刀を抜いた。もう・・・この死体が動き出す事はない・・・。その瞬間疲れと痛みがどっと押し寄せる。
その痛みの中、やってくる忍び達を見て何故かほっとしてしまった。
「こっちだ!」
そう言って青海達は走って天守閣を目指す。この天守閣までは敵兵を追い払う為に迷宮みたくなっているが、解き方を知っていればどうにかなる。だが・・・さっきの叫び声とはなんだったのか・・・。
「待て!」
その叫び声に青海は足を止める。後方から半蔵がやってくる。
「どうした。」
そう言うと青海を無視して半蔵はその場にしゃがみ込む。
「やはりな。」
そう言うと手で後ろに下がる指示を出す。全員が下がるのを見届けると、半蔵は足下にクナイを投げつける。その瞬間近くの大地が盛り上がり、棘が付いた木の板がせり上がってくる。
「これは・・・。」
「この先罠が仕掛けられている模様。気を付けなされよ。」
そう言い半蔵は周囲を見渡す。この類の罠は放置される事はないはずだが・・・。
「ならもうここは安全だよな。」
青海はある個とするのを半蔵は手で制する。
「このほかの道はあるか?」
「遠回りになるがある。」
「そっちに行ってくれ。後続部隊の為にここは拙者がかたずける。」
「分かった。行くぞ!お前ら!」
そう言い、青海は後ろに走っていった。半蔵は一人、近くの石を持ち上げると、板の向こうに投げつける。石の重さで落とし穴の天幕が落ちていく。
「やはりな。」
”これは・・・一人残って残業かね。”
上の方を見ると背を丸めた一人の男が屋根の上に立っていた。その男はポルトガル語でつぶやいた。
”仕事と言うより・・・お前を待っていた。”
半蔵は言葉を返した。彼自身ポルトガル語を聞く事は出来たが、しゃべる事は出来なかった。それはしゃべる機会がほとんど無い為だが、海外の書籍とかを調べる必要性があった為、発音などの言語だけは覚える事が出来た。
”わかるか・・・?いや偶然か・・・。”
だが半蔵自身そう詳しくは分からない。大体の内容までしか把握していなかった。
”だが、覚悟してもらう。このペドロ。こんな所では死なぬ!”
そう言うと不意にペドロは腕を突き出す。その瞬間半蔵は刀を抜き、後ろに飛び退く。
それを見て一瞬ペドロは腕に付いたアームボウを撃つのを躊躇う。だが奥の手は撃たねばそれはそれだ。ペドロはそのまま屋根伝いに去っていった。このあたりの塀は高く、しま達がいた所よりも高い為、ここは上る事は出来ない。曲がり角から先はあの男の罠がたくさん仕掛けられているのだろう・・・。ならあいつのいた通路・・・屋根が安全地帯か。壁の高さは・・・5間(9m程度)ほどか・・・。壁を見つめると、とっかかりも無く、上れそうにはない。だが・・・ちょうど曲がり角の奥には門がある。手持ちを確認する。伊賀でよく使う穴つきクナイが6,信号火薬が4、刀が1、身体に巻いた縄が5尺・・・。後は火打ち石とかか・・・。基本的な物しか持ってこなかったのが悔やまれる。無論信号火薬を使えば、合図と勘違いして味方が撤退しかねない。使用は出来ない。相手は大方・・・曲がり角にも罠を設置している。半蔵は上着を脱ぐとトラップの木を引っこ抜く。ある程度軽さがあるが、これでいい。服で橋を結ぶと簡易的な分銅ができあがる。それを持って曲がり角の向こうに板を投げつける・・・何も反応はない。曲がり角からそっとの覗くが・・・反応はない。夜目がある程度効くのはこういう時に有利だが・・・。そのまま板を構えそっと近づく。ここでないなら門の前・・・。屋根を見る・・・。何かが設置されている・・・木がする。無論門は閉じている。だが直線も少しある・・・なら・・・ここに。半蔵は先ほどの板を盾に構え思いっきり地面に打ち付ける。次の瞬間地面に穴が空き、弓が飛んでくる。それを勢いそのままに地面に伏せ、倒れる事で回避する。だが、木の板は下に落下していく。穴は深く、2町(3.6m)以上はあるよう見える。長期戦を覚悟しているようだった。
「流石に巧者か。だがこれで終わりだな。」
そう言うと門に近づくと木に触る。固い木が遣われてはいるが、これでもどうにかなる。
次の罠は門を破った後だ。ならここが最適だ。半蔵はクナイを力一杯木に叩きつけるすると少し刺さる。それを蹴飛ばし深く食い込ませた後、上下に振り確認する。よし、揺るがない。
そう言うと刀の鞘をかけ、足場にして、クナイの上に乗る。そしてその鞘をクナイの穴に引っかけると壁とクナイの間に橋を造る。そしてそれを足場に一気に駆け上がる。そして屋根に付くと帯で鞘を回収した。下には刺さったクナイがあるのみだ。上を見ると・・・隠れる所はあるみたいた。天守閣を見ると、そこには大きな人形の何かが鎮座しているが・・・。今はあの罠師をかたずけねば進行できまい。屋根を伝って半蔵は走っていく。しばらく進むと何か瓶らしき物が飛んでくる。無理矢理足を止める。ちょうど間に挟むように液体がばらまかれる。目の前を見るとそこにはペドロが立っていた。
”ここまで来るとは・・・クソ!化け物か!”
「よくわからぬが・・・驚いてはいるようだな。」
半蔵は冷静に構える。無論。罠師の事だ。一筋縄ではいかない。だがこれは・・・。足をすりつつ、その液体を旅の先端でこする。やはりヌルヌルする。足止めか、滑る物か・・・。当然、飛び越したい所だが、今までと様子は違って・・・目の前にはペドロがいる。無論先ほどと同じく腕を突き出し構えている。今・・・手に持っているのは鞘と刀。飛び道具はないが、先ほどの液体の正体がわからぬ以上は・・・どうしようもないか・・・大方あの手は飛び道具・・・なら。
”死ね!”
その掛け声とともに腕から何かが発射される。そこまでは分かっていた刀の鞘を大きく横に振り、一射目を鞘で弾く。だが二射目、三射目は連続で発射された為、二射目は胸に刺さり、三射目は肩に当たる。
”よし!”
只、少しぐらついただけで、半蔵に変化はなかった。そのまま大きく跳ね、液体を飛び越え、勢いを殺さぬように飛び込む。そのまま懐まで飛び込むと手に持った鞘で、胴を横凪にすると、そのまま勢いを殺さず太ももに刀をブッ差す。ちょうど帷子も下半身まではなかったようだ。自身の鎖帷子は少し、細かく目を切ってあったので、ぎりぎり貫通はしないが、肩に刺さった矢を引き抜く。傷の具合は軽傷だが。
「ただでは殺さぬ。」
厳しい目で目の前の男を見つめる。
「ただで死なぬ。」
そう耳元に声が聞こえる。顔を上げるとペドロが痛みをこらえながら懐から瓶を取り出すと足下に落とす。
「地獄へ道連れだ・・・いや・・・俺だけは天に召され・・・。」
そう言うと腰のポシェットから袋を取り出す。半蔵も流石に匂いで何をするのか理解する。これは油か!奴はこのまま焼身自殺する気だ。俺を巻き込んで!だが・・・
「そうはさせるか!」
離れようと踏み込もうとするが、足下の液体がぬるぬるする!これは・・・。周りを見ると、屋根伝いという事もあり、周囲は高さはかなりだが・・それ以上に緩衝材さえない。このまま落ちれば死ぬ。そのまま顔面に肘をぶち当てるが・・・まだ強くしがみついてくる。
「貴様!」
「我らは神敵を倒す為なら命も惜しまぬ!お前が死ね!」
半蔵は無理矢理身体を引きはがすと足をねじ込み蹴り出す。そしてバランスを崩したペドロはそのまま、屋根から転げ落ちて・・・落ちた。そして、点火剤に火がつき・・・そのまま遺体は燃えてしまった。
「・・・あの者は・・もう・・・。」
いくら武士でも命は惜しむ。なら、彼らは南蛮の為か?それとも淀君の為か?その燃えさかる遺体を見て半蔵は考えるしかなかったのだ。
「こっちだ!お前ら!」
青海は走って大回りをしてきていた。無論こちらのほうが遠いが、罠だらけよりはいいが・・・裏門まで走るのはかなり体力を使う。それは皆そうみたいではあるが・・・前を見ると兵士達が集団で立っている。だが・・・青海は微妙な感じがしていた。今までの通路で兵士を・・・一切見かけなかったからだ。
「お前ら・・・どうしたんだこんな所で・・・。」
「うー。」
そのうめき声を聞いた瞬間 青海はある事を思い出し、武器をかめる、その青海の構えに後ろの部隊も構える。
「皆さん。ダメですよ。こんな夜中に徘徊しては。夜は危険ですから。」
声のした方を見ると裏門の見張り台の屋根の上に一人の黒ずくめの男が立っている。あの男は覚えている。
「宣教師のカスヤロー!」
青海が怒鳴りつける。だがそれに意を介さぬように本を持った男・・・アルサレムはじっとした青海を見つめる。
「カスヤロー。何という汚い言葉を。聖職者ならば・・・。もっときれいな・・・いや・・・あなた方にそれを要求するのは無理でしたな。」
そう話している間に後ろのほうから叫び声が聞こえる、。青海が後ろを見ると、後ろの部隊の人たちが、兵士らしい物に襲われている。
「野郎ー!!」
青海は何か投げようと周りを見るが・・・・何も持っていない。
「名前!名乗れ!」
「名ですか・・・折角ですから・・・私は・・・。」
そう言っている間にも兵士らしい物が忍者達を襲うが、後続部隊である妖部隊が引きはがしにかかっていた。
「私は!トヨトーミ・ヒデヨーリ!」
その声に前のほうにいた忍者達が驚愕する・・・。
「です!」
「んあわけないだろ。あんな金髪のどこが日本人だよ。」
アルサレムの髪は金髪で、確かに日本人に見えない。青海は突っ込みを入れるが、前の門は閉じている。ここは後続部隊が槌を持ってくるかしないと・・・。
「ですが・・・私は戦闘は苦手です。だから・・・。」
そう言うと、城の奥から何かが空を切り・・・。
ズドォォォォォォォォォン!
激しい音を立て、門があった所に門の代わりに大きな人形・・・門よりも大きい西洋の鎧を着たようなからくり人形が立っていた。
「彼に代わりに戦って貰います。では。」
そう言うとアルサレムはきびすを返し、走って去っていってしまった。
「てめえ、待て!」
そう言って追いかけようとするが、人形が不自然に動き出し、こちらを見つめる。明かりをつけてはいないが、動くかもとは思ったがこれは!その無機質の顔につい恐怖を覚える。後続の部隊は死人に囲まれている。だが、実際青海の片腕は先日庇った傷が治されてはいる物の、今はマヒで動かない。この状況はつらい。人形は動き出すとこちらにも目をくれず立ち上がると敵と味方が交戦しているあたりに腕を突き出す。次の瞬間青海の耳に轟音が響く。振り返ると前衛部隊が倒れている・・・奴は腕から銃を撃つのかよ。
「これはこれは大きな人形ですなぁ。」
そういう声にとなりを無垢と、戦闘前に妖怪立ちに説明を行っていた”お頭”と、お吉の方がいた。
「ですがこれ・・・。」
青海は見つめる。予想が正しければ・・・。まだ先にも死人がいっぱいいる。
「こいつをブッ倒せば・・・いんだな。」
トリさんが闘争心にあふれた目で、じっとあの大きな人形を見つめる。
「最低でも被害はない。」
青海はじっと歩き始める、その巨体を見つめる。妖怪を見た後だからあまり驚かないが、これはこれで大概だと思った。
「行ってくで。オラがあいつを止めるだ。」
「すまん。頼んだ。」
そう言うと、見てないのを確認すると青海は一人、奥へ走っていく。
「ほんとに・・頼むぞな。私は・・・あの宣教師とやらを追うでな。」
そう言うとお吉の方は姿を消した。人形は歩き始め、更に奥に向かう。奥には後続部隊が戦闘中だ。トリさんは走ると手短に近くにある足をぶん殴る。・・・揺らぎはするが・・・効いている節はない。だが注意を引きつけるには十分だった。
「がんばれー。」
奥から老人の声が聞こえる。陰に隠れているらしく、あの”お頭”には助けて貰えそうにない。身体は今まで見たどの妖怪にも・・・そう言えばいたかもしれないが、ここには入れなかった。だからオラしかいない。
「事のついでだけんど。おめえはひっ倒す。」
そう言うとこっちに来て軽く教わった格闘の構えをする。そして身体を弓のようにしならせると、力一杯同じ所を蹴る・・・また効果がないようだ。蹴った足が痛いが・・・まだ・・・と思っている討ちに人形の腕が大きく振られ、しまにぶち当たる。体いっぱいを横幅だけで覆うような腕はそのまま壁まで行き、壁にトリさんを叩きつける。そのまま腕を引っこ抜くと、壁いっぱいにヒビが入っている。だが、それでもトリさんにはあまり効いてはいないようだが・・・。そう言えば除霊の水とか言ったのが連中に聞くって言ってたっけ・・・。でも・・・オラの体にはそう言う物を入れる所がない。
「おめえ!水!あるだか?」
後ろにいる”お頭”に大声で聞く。
「あれか・・・。あるぞ!」
そう言い、”お頭”は懐から水筒を持ちだした。そしてトリさんに投げつけようとする。
だがそれを人形は見ると、腕に付いた銃ではじき飛ばす。水筒はかろうじて中身がはじけ飛ばないものの、遠くまではじき飛ばされる。他は・・・なさそうだ。
「これだと、このクソ固いんの、殴んなきゃなんないだな。」
元々こういうのは苦手なんだけんどな。最後の言葉を飲み込みじっと見つめる。敵は大きく、そして固い。どうすればいいんだろうか・・・。
”ここまでこれば・・・”
天井伝いに走り、アルサレムは天守閣側を見つめる。天守閣は最上階以外は狭く、戦闘には向かない。だからここが事実上の最終決戦だ・・・あいつがいる事を除いて・・・。
「ふうむ・・・。やはりかのお。」
その声に振り向くと一人の女性が通路上に立ちはだかる。そのはだけたような着物を着た女性はいかにも不潔で、彼が嫌いなものだ。
「お主よのう。あの人形とかを操っているのは・・・。」
「そう思うのかね。」
そう言いアルサレムは書を取り出し、距離を取る。彼自身、戦闘は経験しているが・・・格闘は苦手だ。
「まずはお主・・・じゃのう。」
そう言う時ものの裾から扇子を取り出し広げる。
「なら、先に行かせて貰おう。」
アルサレムはそのまま、不思議な言葉を紡ぐ。それと同時に、何故かお吉の方の頭が痛くなる。お吉の方は頭の痛さに耐えられず、片膝を付く。
”やはり・・・悪霊か!”
アルサレムは代々伝わる、聖書の退魔項を詠唱する行為に専念する。そしてそのまま少しずつ距離を詰める。
「貴様・・・何を!」
お吉の方は憎々しげにアルサレムを睨むが、それに動揺する要素はない。
”さてこのまま一気にトドメを”
そう思いアルサレムは服の内側に忍ばせた、聖別された短剣を取り出す。
”かぁぁぁぁぁぁつ!”
その大声にびくりと体を震わせる。アルサレムが声のしたを見つめると、通路にいた青海の声だった。
「貴様!またか!」
「やっと一対一だな。この腕の借り、帰させて貰うぞ!」
「一対一ではないが・・・これは・・・効くのお。」
頭を抱えながらお吉の方が立ち上がる。
「あの男!クソ野郎が!」
アルサレムが咆え猛る。
「汚ねえな!お互い!」
そう言い通路の奥に青海は消えていった。追うには下に降りなくてはならない。そう思った次の瞬間アルサレムは体を反らす、その元あった所を大きな何かが通り過ぎる。
「奴には助けられたわ。」
攻撃の根元を見ると、お吉の方が真剣な顔でこちらを睨む・・・。これ・・・尻尾か。
「お主は不思議な術を使うようだのう。」
その言葉に先ほどまでの余裕はない・・・がこちらも!
「ここで・・・終わってもらおう。」
そう言うと尻尾の数を増やし、まるで槍のようにアルサレムに向ける。だがアルサレムに動じた様子はないが・・・いや・・・小声で何かを言っているように見える。
「ここまで来て何も無しか・・・つまらぬのう。」
お吉の方は尻尾を振り回し、アルサレムを薙ぐ!・・・ように見えたが・・・尻尾はそのまま見えない壁に弾かれ・・・またもお吉の方に激痛が走る!
「早々容易く私がやられるか!」
アルサレムはじっと向こうを見つめる。流石に聖別結界は効果があったようにも思える。
「お主!退魔師かぁ!」
「我らに敗北は無い!特に悪魔ども相手で負ける事なぞ!決して!けっっっっして!許されるものではない!」
アルサレムは叫ぶと次の儀式の準備を始める。向こうは結構知能がある・・・なら対策は結構早いはず。次は・・・。
「ならこれ!」
お吉の方は声を荒げると尻尾を回転させ始める。だがそれも、結界で弾かれていく。
”どうする!あれを突破できるのは・・・!ん!”
お吉の方は思いついたように服の間から刀を取り出す。大太刀。信繁から預かったものだ。そう言えばこれ、真田家伝来ならあれも貫通できる!だが・・・。普通では・・・。
「貴様!落ちろ!」
そう言うとお吉の方はわざと尻尾を回転させたまま、結界に何回も叩きつける。その度にお吉の方には衝撃が走る。だが・・・衝撃は蓄積し、徐々に反動は小さくなっていった。
割れたと思い、貫通した次の瞬間、その尻尾を片手で受け止める。
「なっ!」
「神のご加護を!」
アルサレムは受け止めた尻尾を掴むと無理矢理引きずり寄せる!
「だがなあ!」
お吉の方が叫ぶと余った尻尾をからませ、壁に無理矢理しがみつく。それを見たアルサレムは尻尾を手放し、聖書を開く。だが、次の瞬間捕まれていた尻尾で横道を打ち据える。
その衝撃で、屋根からはじき飛ばされそうになるが、それを無理矢理踏みとどまる。もう少しで崖みたいに高い・・・この城壁から落ちる所だった。
「この程度では沈まぬ!」
「お主・・・。」
お吉の方はじっと構えるしかない。尻尾に痛みが蓄積し、そんなに攻撃を放つまでには行かない。突風も・・・。もう種は少ない。この致命傷をあいつにぶつけないと・・・。
「んとに・・・固いだ。」
トリさんは息を荒くしてじっと人形を見つめる。時々手から何かを出して攻撃するが、それはどうにか回避してきた。だが・・・どうにか人形の意識はこっちには向いているが、これのお陰で進軍も出来ない。もう、あの鋼鉄を叩きすぎて、手も足も痛い。だが、向こうはまだピンピンだ。
「ぬぉぉぉぉぉ!」
奥から叫び声が響く、この声は・・・。
「お前ら!ここを始末したら、妖怪達は退却しろ!後の部隊は!俺と上に行くぞ。」
掛け声の先には信繁の姿があった。だが、まだあの人形が立ちふさがる。信繁は構えるが気にはしていない。今まで攻撃をし続けたトリさんの方を向く。
「おめえ!こんな所で何しってっだ!」
トリさんは叫ぶと信繁が振り向く。
「あんたこそどうして!」
「んだ。こいつ。すっげえ固ってえだ!」
「だろうな。」
手に持った明かりから照らし出されるあの巨体は大きく、西洋の鎧人形を模した形は・・・いかにも固い。だが・・・!
「いけるか?」
「んだ!」
体を無理矢理引きずり起こし、人形を見つめる。
「俺が攻撃を誘う!その隙にあいつの体をつたえ!頭を狙う!」
「んだ。」
トリさんは二つ返事で頷くと、機会を狙う為に後ろに下がる。それに合わせ、手に持っていた明かりを地面に起き、この時の為に用意した背中に背負った武器、村雨作大業物 大太刀”霧風”を抜く。そして構えると明かりを蹴って人形にぶつけるが、効いた様子はない。だが気をひくには十分で、こちらの方を向く。そして人形は大きく腕を振りかぶる。
「よし!」
そう言うと刀を上段に構えたまま、一気に掛け出す。それに対して振りかぶりながら腕を振り下ろすが、予定外の動きという事もあり、少しバランスを崩しつつも、腕のお陰でぎりぎり立っている。
「今だ!」
信繁の掛け声に反応しトリさんは一気に腕に飛びつき、一気に肩口まで駆け上がると全力で、少し小さめな人形の頭を勢いをつけて蹴り飛ばす・・・。だが・・・頭も固く、揺るぐ事はなかった。
「んだぁ!?」
トリさんは驚いてみるが、一切揺るぎもしない。
「ならば!」
信繁は背後に回り込むと、全力で、脛の関節を狙う。だが・・・。衝撃はあり、ダメージを与えたとは思うが・・・。それでも・・・倒れるまでには行かない・・・。人形は後ろに回った敵を倒そうと腕を振り上げようと・・・人形が力を込めて振り上げようとするが、腕が上がらない。
「やっと、準備が出来ましてな。」
ちょうど人形から見て正面から、老人が一人出てくる。その老人は”お頭”だ。
「おめえ?」
「やっと根の準備が出来ましたのでな。ここまでの時間稼ぎ・・・感謝いたす。」
「お・・・おう。」
”お頭”が二人に一礼する。信繁も急いできて、”お頭”の気配を感じる事は出来なかった・・・。そこまでに息を潜め、じっと準備していたのだ。人形は足を振り上げ、蹴ろうとしても、足に根が絡みつき、動かす事が出来ない。
「後一本!壁でいいので押さえてくだされ!」
「了解!」
そう答えると信繁は振りかぶり、わざと背中を刀でブッ叩く。それに振り返る間にトリさんが、人形の肩から飛び降り、勢いをつける。
「これでぇ!終わりだぁ!」
跳び蹴りで反対側の腕が壁にぶち当たる。そしてそのまま、いつの間にか、壁に這わせた根っこがそのまま絡みつき・・・人形の腕を縛り付ける。人形は動こうとするが・・・もう・・・動けなくなった。
「すまない。ご老人。」
信繁は一礼する。大方このまま行けば、持久戦で負けていただろう。
「私らはいい。お主らは上に行くのじゃろう。わしらはここで後続を断つからの。行きなされ。」
そう言うと、その頃には死人達から逃げおおせた忍者部隊が何人か集まる。
「分かり申した。行くぞ!お前ら。」
そう言い信繁は奥に走っていった。トリさんはじっと人形を見つめる。
「おめ・・・すげえな。」
「ふん・・・これは足止めしかできんわ。どこかでこいつに術を掛けた馬鹿がおる。ワシもここで足止めだからの。だからお主。」
「おらか?」
トリさんは意外そうに”お頭”の側に寄った。
「朝まで足止めすればいいのだから・・・朝まで護衛・・・頼むぞ。」
「んん。わかっただ。おめえの側にいればいいんだけろ。」
そう言い、トリさんは老人の真横に座る。
「そうだな。・・・それでいいな。おもしろいのお。お主は。」
「んだか?」
トリさんは不思議そうに、老人の顔を見つめるのだった。
「さて、お互い・・・息が整ってきたようですな。」
アルサレムじっとお吉の方を見つめる。
「だの。だが・・・お互い早々こんな所で油を売っているわけにも行かぬのでのォ。」
お吉の方は、尻尾をわざと回転させ、視界を遮りつつも、相手の出方を見計らう。最後の言ってだけは見破られるわけにはいかない。しびれもそろそろとれてきてはいるが、向こうもうかつには仕掛けてこない。
「でも、お主のほうが時間があるまい?」
「そうでもない・・・。」
アルサレムはじっとあいてを見据える。一人では手に負えないのは分かっているが、お互い、トドメの一手は握っているように思える・・・だが、それにはちと手は足りぬ。なら・・・あいつが来なければいいが・・・。アルサレムは聖書を開くと詠唱を始める。今度はお互いに聞こえる大きさだ。
「させるか!」
お吉の方が尻尾を一本。大きくなぎ払う。だが、それを寸前でかわして、詠唱を続ける。先ほどの詠唱で身体感覚を強化した私にあれをかわすのは造作もない。アルサレムはそのまま距離を詰めると、お吉の方の頭に激痛が走る。これは・・・苦手だ!またもお吉の方が頭を抱える。しばらく詠唱を続け、すぐ側まで近寄ると、詠唱を続けながら懐から聖別された短刀を持ち出す。
「これで!終わりです!」
「喝!」
声に振り返ると・・・またもあの男の声だ!・・・だが今度はあいつが屋根に上がっている。
「ふん。同じ手を食うほど愚かではないわ。」
お吉の方は苦しそうに見つめる。よく見ると尻尾が一本だけだらりと、下に向かっている・・・これか!下に垂らした尻尾で青海を誘導し、上に上らせたのだ。
「今度こそ。おめえのような奴に天誅が下せるってもんよ。」
青海は残った片手で、杖を構える。
「この異教徒が!その程度で勝ったと思うな!」
今度こそ構えた短剣を振りかぶる瞬間!何かが来る殺気を感じ、首を少し横にずらす。そこには刀が、頬をかすめ・・・腕に浅い傷を付ける。
「ちぃ!使い慣れぬ物なぞ!使うものではない!」
お吉の方がうめく。手に持った刀を頭めがけ突き出しては見るが、先ほどの頭の痛みもあり穂先がずれるが・・・それでも傷は与えたようだ。そのまま、一度刀を引き抜くとお吉の方は大きく刀を振りかぶる。
「これで!終わりだ。」
体を傾けるように切り裂こうとする瞬間!腕に激痛が走る。その痛みで刀を手放してしまう。
”局長!”
その声に方向を見ると、屋根伝いに瓶を持った黒ずくめが走ってくる。
「何奴!」
お吉の方は尻尾をとがらせ、瓶を持った男に刺そうと向けるが、それをサーベルを抜刀し、切り払う。斬れるほどではないが、その傷みに顔をしかめる。その隙をつき、アルサレムが距離を離し、局長はアルサレムのすぐ側に来る。
「局長!」
アルサレムは慌てた声を上げるが、気にしないように、庇うように身構える。
”撤収する。必要なものは全て運んだ。オミルケアの仕掛けも終わった。後は・・・”
”・・・了解しました。キース。”
そう言うとアルサレムは、じっと青海達を睨む。
「お主も・・・退魔師か?」
お吉の方が、警戒した顔で二人を見る。あの痛み・・・あの男達独特のものだろうが・・・。
「それは・・・関係ないな。今は・・・。お互い・・・。」
そういい、瓶を片手に、片手にサーベルを持ち、構える局長。
”いけ!”
その掛け声とともに、アルサレムは全力で逃げていく。
「逃がすか。」
手に持った刀をほおり投げると尻尾に掴ませ、アルサレムを狙う。だが、それはキース局長のサーベルに弾かれる。その距離を詰め、青海が杖でぶん殴ろうとするのを、キースは返す刀ではじき飛ばす。
「さて・・・。お前らの相手は出来ないようだが・・・。」
そう言いキースは下を見る。下には幾つかの忍者達と信繁、半蔵の姿も見える。彼らは走って、天守閣に向かう。
「ここでお主達を足止めする・・・いや・・・される側か・・・されるわけにはいかないのでな。」
その頃にはアルサレムの姿はない。キースは少しずつ距離を取ってはいるが、お互い攻めきれる環境にはなかった。
「ちと・・・不利じゃのお・・・。」
お吉の方はじっと尻尾で牽制しようとするが・・・相手の腕は高く、うかつに踏み込めば、逆に喉元が突かれかねない。さっきの痛み・・・あれは退魔用の刀だろう・・・。
「だな。」
青海もじっと様子を見るしかない。両腕が動けば行けるが、今は手負いだ。
”やっと・・・つきましたよ・・・局長!”
その声にキースは、青海達の後ろを見る。その視線と声にお吉の方が振り返るとそこには満身創痍のエミリオの姿があった。エミリオはここまで、忍者の追っ手を振り切り、必死の思いで大阪城まで帰ってきたのだったが・・・。
”突破するの・・・疲れちゃった。”
その姿にお吉の方達が驚いていると、その隙をつき、キースが一目散に逃げる。
”え?”
”命令だ!食い止めろ!では。”
”ちょ!”
そう言いキースは姿を消した。・・・。後に残ったのは満身創痍のエミリオと敵が二人である。
「あはははは・・・。」
「とりあえず・・・おめえ・・・。運がなかったな。」
「ワシは後を追うから・・・任せた。」
そう言うとお吉の方は尻尾に持たせた刀を手に持ち替え、走っていった。後に残ったのは青海と・・・エミリオだけだ。
「あんた・・・あの時のおっさんか・・・。」
エミリオは腰の短刀を抜く。彼に残された武器はもう・・・この一本しかない。
「最後には丁度いいかもね。」
「お主・・・。」
青海も構えるが・・・片腕が使えないのが痛い。この男は強い。だが相手の傷は多く、時々小刻みに震える分、傷は深そうだが・・・。あの時は庇う相手がいたが。今度はどうにか出来る・・・気がする。エミリオは構えているが・・・動く気配がない。
「もうやめだ。ワシは行く。」
青海は構えるのをやめ、背中を向ける。
「どうして・・・?」
エミリオは構えを解かず、呆然と見つめる。
「ワシは・・・お前のよう奴は討てん。」
その言葉に触発されたようにエミリオは全力を振り絞り、距離を詰めて切りかかる。それを振り返りざまに杖でなぎ払い、吹き飛ばす・・・一瞬の反応だった。するつもりはなかった。そのままはじき飛ばされたエミリオは屋根から落ち、通路に直撃する。
”そんなお情け・・・いらないわよ。私はあの人達に生かされ・・・殺された。だけよ。”
エミリオは手をかざし、空を仰ぐ、夜は暗く深い闇だった。
”神様・・・今度は・・・。いい人生だと・・・いいな・・・こんな私でも生きられる・・・。”
エミリオの手がぱたりと下りる寸前・・・手を合わせ合掌する青海の姿が・・・見えた気がした・・・。それがエミリオが最後に見えた視界であった。
「半蔵!」
半蔵は走って信繁達を見る。そこには少数ながら忍者部隊を率いる姿があった。
「お主!大丈夫か?」
半蔵は走るペースを速めると、信繁に追いつく。もう・・・すぐそこは天守閣だ。大阪城の城内は少し狭く、刀とかを振り回す事は出来ない。
「まあな。作業に入ってくれ。俺は迎えに行ってくる。」
「了解!」
そう言うと城の扉に手を掛けると一気に蹴り破ろうとするが・・・すんなりと空いてしまう。
「行くぞ。」
半蔵は合図をすると、忍者部隊は、地理じりとなる。この中にある貴重品や資料を持ち出す為だ。半蔵がその作業をしている間に信繁は一人階段を掛け上がり、秀頼の部屋を目指す。
「秀頼様!」
しばらく駆け上がると、秀頼の部屋を見つけ、豪華なふすまを開けると、そこには眠そうな目をこする秀頼と・・・隣には千姫の姿があった。
「信繁・・・。」
秀頼はじっと信繁を見つめる。
「無理を承知でお願いに参りました。」
「脱出・・・なの?」
秀頼の答えに千姫がびくっとする。覚悟はしていたがと言う顔だ。
「はい。」
信繁は即座に頷く。
「どうして?」
「・・・。明日にも総攻撃が始まり、この城は落ちましょう。城が落ちれば、あなた方は総大将とその一族という事で・・・処刑されましょう。ただ・・・内府殿は内心それを嫌っておいでです。それなら、ここで脱出すれば血族を絶やさぬ為にも・・・脱出すべきでは・・・。」
信繁は頭を伏して願ってはいるが、一刻を争うものだった。
「・・・でも。」
そう言って秀頼は上を見つめる。祈願をする為に天守閣の戸を閉ざし、籠もっていた母親がいた。しばらく考え、秀頼は信繁の方を向く。その顔は・・・今なら男の顔・・・に信繁は感じられた。
「分かった。だが、脱出なら・・・。母も一緒じゃ。今から仕度をする。母の所に行ってくれ。」
「・・・了解しました。」
信繁はそう言うと立ち上がり、足早に部屋をさる。ここからが正念場だ。あの淀君の事だ・・・。そう思いながら、すぐ上の階段を上る。この大きな入り口の向こうが・・・。
信繁は開けようと戸に手を掛けるが、開きそうにない。無理矢理蹴破るとそこには帳と蝋燭の明かりがあった。すぐに膝を突き頭を下げる。
「どうした?」
「は。淀君様・・・。」
信繁はかすかに頭を上げる、視線の先に影となる人物がいる、無論声はのど気味ではあるが・・・少し声が野太い。頭を下げながらも片膝をつき、いつでも動けるようにしていた。
「最早、明日には総攻撃が始まり、敵も押し寄せましょう。だから・・・。せめて・・・脱出を!」
「何を言うか!」
淀君の怒声が響く。
「武士たるもの!最後の一匹に至るまで!わらわを守るのが仕事だろうが!踏みとどまれ!戦え!」
「それは・・・。」
信繁は怒りに震え、切り裂こうとさえ思った。だがここで逆らえば、秀頼様の悲しむ顔が・・・。
「わらわが良いと言うまで退却は許さぬ!勝ってこい!」
「だとしても・・・。」
「そのような・・・そのような事を言っているから!侍はふ抜けるのだ!あのお方の言った事なぞ・・・!もう我慢がならん!このわらわが出て!全てを倒す!」
そう言うと向こうで立ち上がった音が聞こえるが・・・。妙に音が大きい。少し信繁は刀を持ち、身構える。さっきを向こうから殺気をひしひしと感じているからだ。
「まずは!そこの軟弱者!貴様だ!」
次の瞬間刃風が、帳の向こうから飛んでくる。それを持っていた刀の鞘で受け止めるとはじき飛ばす。蝋燭の明かりで照らされた帳の向こうの腕は太く・・・まるで丸太を見るようだった。その手に握られた薙刀は少し小さめに・・・見えるだけだ。その手の大きさで分からなかったが、通常の薙刀の物だった。
「これは・・・。おもしろい。キース局長も粋な事をしてくれる。あの薬・・・こんな効果か・・・これなら・・・誰でも勝てるぞ!これなら・・・徳川を屠り、全てを滅ぼせよう!」
そう言って帳を退いた姿は・・・元より高い身長であったの淀君の身長を更にかなり高くし・・・七尺(196cm前後)を軽く超しているように見える。その大きな体いっぱいの肩幅と筋骨隆々な有様はまるで異形そのものであった。いままで確かに味方に妖怪を見ていたが、それとは違い・・・威圧感さえ感じる。その体に丈が短いながらも十二単をまとう姿はまるで、悪鬼羅刹を思わせた。
「これは・・・お主・・・本当に淀君か?」
唾をのみ、じっと様子をみるが、その身の丈と同じ大きさの薙刀はいかにも軽そうで、木の葉を散らすようでもある。
「このワシが・・・太閤が妻、淀君なるぞ。無礼な・・・。やはり・・・その無礼者はたたっ斬るべきだな。」
そういうと、軽く・・・淀君にとっては軽く、薙刀を横に払うその瞬間、信繁は刀を縦に構えると、そのまま入口を超し、窓を突き破り、外まで突き飛ばされてしまう。外まで出た所で、屋根の瓦の隙間に刀を差し、ぎりぎりの所で落ちるのを踏みとどまる。
「これなら、この力なら!これなら!」
そう言い、淀君はゆっくりと破れた窓から外に出る。月が煌々と輝き、大阪城を見下ろす。
「お前のような・・・お前のような奴がいるから!戦は終わらない!」
信繁は刀を構え、淀君を睨みつける。月明かりに照らされるその姿は最早、元は女だと誰も・・・分かりそうになかった。だが、この状態・・・下の増援が来るかすれば・・・どうにかなるが・・・。天守閣の屋根は道伝いの屋根とは違い、傾斜が急で戦闘には向かないがどうにかしないと・・・。
「戦・・・そんな事なぞ関係ない。勝てばよいのだ。」
その月明かりの中、上からじっと淀君が下にいる信繁を睨みつける。
「拙者もせっかく拾った命。捨てるわけには行かぬ。」
そう言い信繁は構えるが・・・正直自信がない。
「ふん・・・。貴様のような男が何を言うか!」
その掛け声にまた淀君は薙刀を振るおうとするが絹の足袋をはいていた為、バランスを崩し、そのまま落下してしまった・・・。信繁は唖然となり下を見つめると、一番下まで落ちた淀君は、さも何もなさそうに立ち上がる。・・・ここは天守閣で、向こうは城の入り口だぞ・・・。信繁もあまりの事に唖然としてしまう。だが向こうに怪我らしい怪我はない。
「貴様!」
周囲全体に響き渡る大声で、屋上に声を掛けると、そのまま飛び上がり・・・、近くの屋根の上に飛び乗る・・・。何という人外・・・。信繁は立ちくらみをしてしまいそうになる。こんな事が出来るなら・・・本当にとっとと、戦場でも行けば活躍できたものの・・・。淀君は次の屋根の上ろうとするが、体の重さが災いして上れそうにない。あきらめると、下におり、一気に階段を駆け上がる。その間に体制を整えるべく、信繁は天守閣に入り込む。
もう・・・普通の戦術で太刀打ちできる人間ではない・・・。なまじっか妖怪ですらないのが更に問題だ。しかも天守閣はそれほど大きくない為、太刀を振り回す事は出来ない。太刀をしまうと脇差しを構える。だが・・・。横に振る程度ならどうにかなるが上段に構えられないここもまた・・・不利だ。なら・・・獣狩りか・・・。じっと脇差しを逆手に持つと体のバネを生かす構えをし、階段を睨みつける。その間も轟音を立て、階段を駆け上がる音が天守閣のここまでも聞こえる。
「軟弱者!」
その声がしたから響く中、じっと中央で信繁は待ちかまえる。そして、淀君の頭が見えた次の瞬間、一気にかけ出し階段に飛び込む。無論淀君がいるのは分かっていた。だが、その顔面に飛び込むと無理矢理飛び上がり、肩を蹴りつけ、全体重を押し込む。突然の事で淀君の体がぐらっと来て階段から転げ落ちる。信繁は手を広げて橋に引っかけて根性で落ちるのを踏みとどまると、そのまま下を見つめる。まともに戦えば駄目でも、不意を突くならいくらでも出来る。下を見つめると少し頭を打ったらしく呆然とする淀君の姿があるが・・・。
「ァ・・・化け物・・・!」
横を見ると秀頼の姿があった。秀頼は驚いて千姫を背中に隠すと刀を抜いて構える・・・。構える刀は・・・震えていた。
「あの軟弱者が・・・。」
淀君が起きあがると、ふと気になり、横で聞こえる刃がかたかた鳴る音の方を向く。そこには・・・刀を構えた秀頼の姿があった。
「お前!母様をどこにやった!」
秀頼は体いっぱいに大声を出す。その姿に淀君は呆然としてしまう。
「秀頼・・ワラ・・・。」
「この化け物!母様は・・・どこだ!」
一瞬空気が凍り付くの信繁には分かる。確かに通路は夜の為薄暗いが・・・月のお陰で、姿が見えぬほどではない。だがそれでも勘違いさせるほど・・・姿が変わっていたのだ・・・。淀君の顔から頬いっぱいに涙がこぼれ落ちる。
「鏡・・・鏡はどこじゃ。」
その声に背中に隠れていた千姫は後ろを指さす。淀君は秀頼達を無視して、奥に行ってしまう。その隙をつき、信繁が階段を下り、秀頼達の元へ走る。
「信繁。大丈夫か?」
「いや・・・まあ・・・。」
軽く二、三回頷くと、奥の様子を見つめる。奥では、姿見鏡をじっと、淀君は見つめていた。当時姿見鏡は貴重で、奥女中や、城の奥方に人気の為、城に設置されている事が多い。
蝋燭の明かりや、月明かりに照らし出される自分の姿を見た淀君は絶望していた。これでは・・・化け物ではないか・・・。こんなのでは・・・美貌を語る事なんて・・・出来なかった。今までの苦労とは何だったのか・・・。
”うぉぉぉぉぉぉぉ・・・ぉぉおぉぉぉぉぉっぉおぉぉぉぉぉ!!!!!!”
淀君の絞り出すような絶叫が城内に響く。
「あれは・・・。」
千姫は驚いて見つめるが・・・。信繁は腕で合図し、奥に潜むようにさせる。あの状態になると・・・もう手に負えなくなる。完全な・・・錯乱状態だ。
「・・・ぉぉぉ・・・。ぉぉおおおおおおぉぉおおおおおおおおお!」
叫び声が奥から響く。そして・・・畳を打ち鳴らす激しい足音が聞こえる。その音に信繁は太刀を抜き、構える。いくら振れなくとも・・・受け止めるぐらいは使える。次の瞬間、淀君の薙刀の柄の、いちばん遠く持つ遠心力の籠もった振りが・・・柱をへし折りながら信繁を狙うが・・・それを体いっぱいで受け止めるが、すっ飛ばされ、壁に叩きつけられる。家鳴り・・・。力が凄い。その一振りが終わると・・・そのまま膝を突く・・・やはり何かあったのか・・・だが・・・こっちは体がきしむ。ぎりぎりで受けきったがその一撃は重く・・・。信繁自身もまた膝を突く。頭さえフラフラ来る。
「貴様達がふがいないせいで・・・秀頼は苦しみ・・・。私は・・・こんなに・・・お前が・・・。」
つぶやきが淀君から漏れる・・・。だがそんな余裕さえない・・・この状態・・・連れ出す前に死ぬ!信繁はこの時・・・死を覚悟した。そこまであれは無慈悲で・・・しかも理不尽だ。回避する手段が思いつかない。あの攻撃、あの重そうな薙刀がまるで小枝に見える・・・だがこちらは振り回せるわけではない。太刀を持っている手の反対に持っている短刀を見る。
「お前らが憎い!お前らが!」
また淀君が立ち上がる。天井に着きそうにも見えるが、この天井は少し高く、7尺ぐらいだが・・・。それでもこの高さ程度では柱に当たり、刀は勢い負けして折れてしまう。そう言う設計なのだ。太刀をその場に刺すと、短刀を構える。これでも業物・・・。目の前でゆらりとこちらを見る淀君の顔は、凶器に満ちていた。後ろでは千姫があまりの恐怖に泣きじゃくり、その顔を秀頼が覆っていた。
「まずは貴様だ!」
そう言うと、またも大きく構え、なぎ払う構えを取るが今度は信繁は一気に走り込み、一気に間合いを詰める。先ほどと同じ斬撃なら、受け止めなくとも斬れはしない真ん中で食らう方が生存確率が上がる!淀君はこちらの動きを見て、大きく横になぎ払うが、元の背の高さが災いして、少しかがむだけで、頭上をかすめ、勢いを失った薙刀は柱に刺さる。その隙間を狙い、肩を狙い、短刀を突き刺す・・・。刺さったよな・・・。少し刺さった所で、刃は止まり・・・更に深く刺そうとする信繁だったが・・・まるで木に刺して更にえぐろうとした時みたく・・・全然前に行かない。淀君はその刺している腕を信繁ごと持ち上げると、まるでゴミでもほおり投げるように、軽く・・・弾き飛ばした。弾き飛ばされた信繁はそのまましたに下りる階段側まで弾き飛ばされる。淀君は、じっと肩をみるが、浅い傷で、皮膚が切れた程度にしか・・・信繁の目には見えなかった。甲冑を着て中敷きを仕込んでいなければ・・・死んでいた所だ。
「これは・・・意外な・・・意外に痛く無いのォ。」
淀君はじっと信繁を見つめる。
「軟弱者だから・・・ふん・・・。」
深く刺さったなぎなたを軽く抜き、淀君はじっと見つめる。もう今までの酷使で刃はぼろぼろで・・・柄にも亀裂が入っていた。元は非力な女性でも使える刃物である薙刀は、それほど丈夫ではないし、ましては強力で振るう為のものではない。だが・・・それでも・・・その力はすさまじい。そのぼろぼろの薙刀を信繁の鼻先に突きつける。
「声も出ぬか・・・だが・・・」
信繁はかろうじて体制を立て直して・・・じっと見つめる。窓や・・・上の階の空いた隙間の明かりから見える淀君の目は狂気で爛々と輝き・・・もう説得なぞ出来そうにない。
「最後に辞世の句・・・・なぞいらんか・・・。」
淀君は薙刀を振り上げる。そこ何故か・・・鞘が薙刀にぶち当たる。それで揺らぐ事はなかったが・・・そちらの方を見ると、毛利勝永の姿があった。
「おめえ・・・何もんだ。」
「貴様!」
淀君はおもいっきり振り返るが、そこには脇差しを構える・・・
「勝永殿!逃げてくだされ!」
「ふざけるな!」
そう言うと一気に階段を駆け上がり、持っていた脇差しを思いっきり振りかぶり、斬りかかるが、それを短く構え直した薙刀で受け止めると、そのまま強引に弾き飛ばす。その怪力に叶うわけではなく・・・勝永もまた、部屋の端まで弾き飛ばされる。
「何だ!この!化け物!」
「化け物!じゃとぉぉおぉぉぉ!」
勝永の負け惜しみに完全に理性を失い、勝永を睨みつける。
「てめえ・・・何者かしらねえが、侵入者は俺がゆるさねえ!」
確かに声は発狂寸前の淀君の声・・・気が付かないと言っても不思議ではないし・・・あの外見・・・化け物と・・・誰もが思うが・・・。だが、油断は出来ない。
「信繁!すまんが、手伝え!二人で行く!」
「合い、分かった!」
そう言うと信繁は無理矢理、体を持ち上げる。体中に激痛が走るが・・・この程度で・・・この程度で今まで死んでいった奴らに!顔向けできるか!信繁は立ち上がると、腰の脇差しを抜く。勝永もかろうじて握ったままの、脇差しを構える。
「貴様ら・・・わらわに逆らうか・・・。貴様らも!逆らうのか!」
「怖いよ。」
「大丈夫だよ。きっと、きっと信繁が・・・。大丈夫だから・・・大丈夫だから・・・。」
後ろで、声が聞こえる。きっと・・・怖いのだろう。俺も怖い。だが・・・。
「来いや。わらわが・・・貴様らの性根を入れ替えてやろうぞ。」
「知るかよ!」
勝永は咆えるとそのまま一気に間合いを詰め、全力で脇差しでたたっ斬ろうとするがそれを・・・腕で受け止めた・・・。だが、信繁は周りを見渡す。先ほど防御用で使った太刀がある・・・この幅!太刀まで走り寄って勢いをつけて引っこ抜くと、重さを利用して・・・太刀を逆刃にしてそのまま太刀の重さと、勢いを乗せ、後ろを向いた淀君の胴体にぶち当てる。固い!だが!流石の淀君も、その衝撃に顔を歪めるが、それほどでもない・・・その痛みに顔をゆがませ、片膝を突く。やはり・・・。戦闘経験や訓練が少なければ・・・痛みへの態勢は薄い。特に淀君は戦いが嫌いな為、その場面にさえ顔を出さなかった。ならこういう事はあり得る。斬撃よりも打撃のほうが効果が高い。その隙を逃さまいと、勝永は脇差しを構え一気に斬りかかるがそれはまた・・・皮膚に遮られ・・・淀君に両腕を片手で握られ・・・弾き飛ばされる。流石に同じ所を二度投げられた為、壁に穴が開き・・・。月明かりが城内に差し込む。そして片膝を突いた淀君の顔を照らす。今まで背が高すぎて、また暗い為見えなかった顔が・・・今なら見える・・・その顔は確かに淀君ではあるが・・・その頬には涙の跡がびっしりと付いていた。だがその顔に衝撃を受けたのは信繁以外の全員だった。
「よど・・・ぎみ?」
「おかあさま?」
その声に淀君は振り返り、奥の鏡を見つめる。その姿・・・体は変わり果ててはいても、その顔まではそう変わらなかった・・・。その顔が今・・・月光に晒され・・・鏡に美しく映されていた。
「え・・・あ・・・。」
更に衝撃的なその姿に・・・じっと淀君は鏡を見つめた。
「どうして・・・そんな・・・。」
秀頼の唖然とした声が聞こえる。千姫も除くが、その姿に驚きが隠せない。もう月は西に傾き、ちょうど城に差し込む角度だ。
「わらわが・・・こんな・・・・悪鬼になったかとおもえばこれは・・・ぁぁぁぁぁ!」
突然淀君が叫び、うずくまる。その様子に全員が近づくが・・・その顔は蒼白で・・・体の震えがまた恐怖を悟った。
「どうした!」
「・・・フフ・・・わらわが・・・これを呪ったせいかのう・・・体が・・・言う事聞かなんだ。もう・・・。」
そう言って淀君はばたりと仰向けになる。その顔はどことなく諦め・・・そして、どことなく悟っていた。
「あの薬・・・きっとこうなる事を分かってあいつはわらわに・・・。くれたのか・・・。」
全員が淀君の側に寄る。特に秀頼は・・・泣きそうな顔をしていた。
「それは・・・。」
信繁はじっと見つめる。
「あのひとは・・・私らを見捨てる気だった・・・のじゃ。まだ・・・すこし・・・あり・・・そう・・・。」
「どうしたんだよ!あんた。」
這って柱まで行き、寄りかかる淀君に、慌てて勝永が詰める寄る。
「見てみい・・・これ。」
そういって淀君が腕を見せると、もうそれまでの筋骨隆々な姿とは違い普通の女性の・・・いやそれよりも不自然に細い腕になっていた。
「ワシの体はもう・・・ほとんど言う事を聞かん。・・・。」
「・・・そうか。」
あの南蛮衆はきっとこの状態の淀君を置く事で時間を稼ぎ、自分たちは逃げる気なのだろう。どこまでも卑劣な。
「秀頼・・・少し離れておれ。」
「はい。」
そう言うと、心配そうになりながらも階段まで距離を置く。
「お主らなら・・・ワシは・・・茶々ではない・・・。」
「それはもう・・・淀君だからな!」
勝永は当たり前のように答えるが・・・信繁にはその重みが分かる。
「ワシは・・・昔・・・奴隷だった。それが突然・・・着物を着せられ・・・そしてここにいた。」
その言葉二人はじっと聞いていた。いや・・・勝永は幾つかの言葉の意味を分かっていないように見えた。確かに信繁も分からなかった。
「そして・・・ワシは・・茶々になった。最初はとまどった・・・だが・・・。」
その言葉にさっと信繁は後ろを振り返り・・・秀頼も耳を澄ませているようだ・・・。
「あの人は優しかった。私は関係なかった。最初はあいつらの言う事を聞いていたが・・・。ワシは隙を見たある日、あの人に打ち明けた・・・知っておったよ。優しくほほえんでくれた。それ以来・・・本当に愛していた。」
「・・・もしや・・・。」
信繁は息をのんだ。確かに説得工作の為と思っていた淀君の話が本当なら・・・。
「あの子はワシが連中に慰み者にされた時の子じゃ。太閤の子じゃない・・・。だが・・・。あの人は・・・それでも、我が子と可愛がってくれた・・・。」
「あんたもしかして・・・。」
勝永はじっと見つめる。流石に気が付いてきたのだろう・・・何を言っているのか・・・。
「それで・・・。」
「ワシは・・・あいつらの力を使って・・・この戦に勝つつもりだった・・・だが・・・結局は利用されただけだった。キース局長・・・。結局はあの人の手に平だった。お主らに頼みたい。もうわらわはもう駄目じゃ。だから・・・あの子だけは・・・あの子だけは・・・安全な所に。」
「わかった。」
信繁は頷いた。
「そして・・・この事をあの子に・・・頃合いを見計らって・・・伝えてくれまいか・・・。わらわはもう・・駄目じゃ。」
淀君のその顔は・・・どことなく儚くとも・・・憂う母親の顔だった。
「わかった。」
「感謝・・・。」
信繁が後ろを向いて手招きをする。それに吸い寄せられるように・・・。淀君の側による。その顔を見て、秀頼は・・・何かを悟ったようにじっと顔を見る。
「お前・・・。きっと・・・きっと・・・きっと・・・だから・・・いい子に・・・育って・・・ね・・・。」
そう言って淀君は、秀頼の顔を見て、何を思ったのか腕を上げるが・・・。その腕はそのまましばらく立ちっぱなしで・・・そのまま落ちた時には・・・目を開けたまま・・・絶命していた。外は白みがかり、もう・・・脱出しなくてはならない。このままいれば、待ってもらった総攻撃が始まってしまう。信繁は近くに転がっている自分の刀を拾うと秀頼と千姫を抱え、そのまま階段を駆け下りる。その後を何故か勝永が追走する。
「信繁!」
秀頼が叫ぶが・・・それを無視して駆け下りる。このままいれば死ぬ。それに・・・側にいれば・・・悲しみが広がるだけだ。つらいだけだ。
「行きますぞ!!」
叫びながら入り口まで駆け下りるとそこには半蔵が待っていた。
「行くぞ・・・そろそろ時間だ。」
「分かった。」
そう言うと千姫を下ろし、半蔵に渡す。千姫はこの時12歳。人が抱えられる大きさでもある。その様子をじっと・・・勝永は見ていた。
「行くのか・・・。」
「まあな。秀頼様は回収した。」
「そっか・・・。明日・・・いや今日か・・・。俺はここで最後の責任を取る。」
「わかった。」
「・・・お主も来るか。徳川は・・・優秀な人間を求めているぞ。」
半蔵が、気を掛けるように勝永に言うがそれを・・・勝永が首を横に振った。
「いや・・・情けはいらない。誰かが・・・ここで責任を取らなくちゃならない。」
「わかった。」
「そういえば・・・。」
そう言って勝永は改めて、秀頼を見つめる。その幼い瞳はじっと勝永を見つめる。
「俺は・・・初めて・・・秀頼様を見るな・・・おめえ・・・かーちゃんと一緒で・・・きれいだぞ・・・。大野の野郎が熱を上げているのも分かる。」
しばらくみると、信繁の肩を押す。
「後は頼んだぞ。」
「・・・わかった。さらば。」
そう言うと信繁は秀頼を肩車で背負うと、急斜面を駆け下りていった。勝永はじっとその様子を見つめる・・・。
「そうだな。最後に誰かが・・・ここの始末をしなくちゃならない。特に上のな・・・。」
勝永はゆっくりと周りを見渡しながら・・・城の階段を上がる。城の中を見ると、見事に書物だけが持って行かれていた。軍備や武器は残されている。生きて帰ろうと思えば帰れたが・・・。俺もあいつや淀君とかと一緒で・・・命・・恩義があるんだよな・・・。最上階、天守閣の下まで来ると、淀君の体を抱えて下りる。ふと見渡すと倉庫を見つける。そこに淀君の遺体を置いた。ちょうど、下にお付きとかいたっけ。扉に鍵を掛けると、天守閣に揚がった。そこは戦闘の跡が残るが・・・かろうじて。・・・帳をおろすと、戦闘で大きく開いた窓の隙間から・・・外が見える。もう戦闘が終わり・・・朝になれば・・・徳川軍が来る。
死ぬと分かっていても・・・いや。降伏したい奴がいればするようには伝えた・・・。俺はしないがな・・・。下からちょうど兵士宿舎が見える。朝起きて逃げ出した連中は・・・逃げればいい。そう言えば・・・南蛮衆がいない・・・。あいつら・・・あいつらだけは残したかったが・・・。
「やっぱ・・・切腹だけは出来ねえな・・・俺は・・・だが・・・俺は最後まで・・・ここを守る。」
毛利勝永・・・この後この城で迫り来る徳川軍相手に大立ち回りを行い・・・その最後は想像を絶するほどに・・・漢だった。