第十二節 最後まで人らしく
徳川との最終決戦に向け着々と準備を整えてきた真田信繁・・・。戦国最後の決戦でもある戦国最後の決戦”天王寺の戦い”が今始まろうとしていた・・・。
第十二節 最後まで人らしく
急ぎ撤退した信繁達は茶臼山に陣を隠れて張ることにした。予定通りではあるが・・・その代償は大きい。だが・・・これに弔うのは勝利の二文字しか・・・なのだろうと自身も知ってはいた。それにしてはあまりに痛い損害である・・・損害で友の死を語るのさえ・・・辛い。
「お前ら!準備は出来たか!」
「は!」
信繁は掛け声とともに木にくくりつけた赤い鎧達を満足そうに見つめいてた。。
「こんなの何に役に立つんだよ。」
しまは変な顔をしてに鎧をつつく。
「さあな。」
「奇襲を掛ける。」
信繁は鎧の具合を確かめるとにやりとした顔で、今川の入り口あたりで陣の設営を始める徳川方を見つめる。
「は?」
「夜襲ですか?」
「今夜襲すればきっと返り討ちに遭う。」
そう言って入ってきたのは今回の出陣組の頭でもある。毛利勝永公である。後藤達を信任し、じっと後ろで構える大将である為、淀君の陰に隠れてはいるが気骨だけは一流でもある。
「確かに。」
「でもさ?こんな鎧くくりつけても兵士なんか増えないじゃん。」
そう言ってしまは不満そうに見つめる。それを勝永がギロリと睨む。その様子にしまは肩を無意識にすくめてしまう。
「こいつは?」
「忍びでして・・・。」
そう言ってすっとしまを庇うように信繁は立ちふさがる。
「猿飛佐助と申す。此度の戦。こいつがいなければあそこまでで押さえられる自身は拙者にもなかった。だから拙者の顔を立てて。」
「それは分かった。だが小僧。」
その言葉にじろっとしまを見つめる。
「控えるところで控えねば、戦では死ぬぞ。特に今回はそうなりがちだ。分かったな。」
「・・・分かったよ。」
しばらく勝永を見つめると、しまは頭をぺこりと下げる。
「信繁・・・このような小僧まで狩り出さねばならないとは・・・寂しいものだな。」
「・・・ですな。」
「俺たちはこれからどうすればいい。軍師殿。」
そう言って近く木陰に隠れるように座り込むと明かりを取り出し、地図に当てる。それに合わせ、周囲の男達もあぐらをかく。
「先ほどわざと・・・拙者達の鎧を着せた根津達の部隊を大阪城に帰してございます。その男達は普通通りに出陣し、ここに戻ってきます。」
「それは?」
「忍び達を騙させる為です。こうしておけば夜の時間は稼げるでしょう。その間にそちらの部隊に川の側に木船を幾つか隠して置いていただけぬかと。」
「分かった。明日はどうするんだ?」
「町並みを利用し待ちかまえれば、攻めてきてもしばらくは耐えられましょう。只・・・相手の数は数なので、こちらから攻めれば全滅必死でござる。」
そう言って信繁は地図上に駒を並べる。
「ならどうするよ。」
「こちらの部隊には偽兵を用います。この山には5千ほどいれば、向こうが5万でも一日は耐えれましょう。」
「それでこれか。」
そう言って近くに飾ってある鎧を見つめる。
「これで敵の数は3倍ほどに見えるでしょうから、後は相手はこのかかし相手に無駄撃ちしていただければいいかと。」
「それで・・・勝つ算段は?」
「拙者達が後は奇襲すれば彼らは寄せ集めの兵ですから、混乱し撤退するでしょう。」
「そうか・・・。」
そう言って地図を見つめる。敵の先方は前田利家、老いたるとはいえ織田家最強の5家老の一角。今でもその手腕は戦闘に関してはぬきんでている。
「俺たちは時間を稼げばいいんだな。でも・・・。」
「どうなされました。」
不思議そうに信繁は毛利を見つめる。その顔は不安で曇っているように薄暗闇から感じた。
「いつまで耐えればいい?」
「八つ時(午後三時)までに何も起きなければ・・・城に使者を送り・・・引き上げてくだされ。流石に旗を掲げた使者まで大砲では撃たぬでしょうから、使者を送れば引き上げることは可能でしょう。これ以上は兵士達の緊張も持たず、いたずらに体力の消耗につながりましょう。」
「お主は?」
「帰って来ねばそのまま籠城していただいて結構。討ち死にしたと思ってくだされ。」
「・・・。帰る気さえないと・・・。」
毛利の顔が青ざめる。火の影に移る信繁の顔は死に臨む覚悟を決めた強者の顔に見えたからだ。
「そうとは申さぬ。只、相手はあの徳川。成功しても帰れる保証はございませぬ。」
「俺たちが絶対退路だけは作ってやる。だから安心して行ってこい!」
「分かり申した。」
そう言うと勝永は立ち上がり陣を去っていった。
”確かに計略はこれで完成する・・・だが・・・だが・・・。”
信繁は毛利が去った後も地図を見つめ続ける。今回信繁が採った最終作戦とは”啄木鳥戦法”であった。これは武田家の主力戦法であり得意な手であった。まずは一度普通に戦闘を行うことで相手に先入観を与え、対策を逆手に取ることで、相手を完膚無きまで撃滅する必勝戦法である。最初に真っ向勝負をすると考えれば当然次の戦は前に構えるところを突くのが基本であるが、今回は兵力の消失はそのまま、敗北に至る為、銃を用いる作戦を採っていた・・・だが・・・確かに頭では考えていたのと被害は違い、引き立ててくれた恩師を先の戦で失う・・・頭では分かっていても悔しくてたまらない。信繁は地図をじっと見つめていた。
「信繁。」
青海は視界を遮るように自分の使っているひょうたんを突き出す。
「飲め。」
「青海・・・。」
「何考えているか知らねえが、迷いは戦場では死ぬ。」
「ですが・・・。」
「・・・後藤殿はお主の作戦を信じておった。そのお主が迷っていては・・・作戦が成功して、徳川に勝てなけりゃ・・・あいつは無駄死にになる。」
青海はじっと信繁を見つめる。だが暗闇で良く目の前は見えない。明かりは先ほど毛利殿が持って行った・・・。だがその向こうから嗚咽が聞こえる。
「あの人の為だ。せめて、無駄死ににするな・・・。」
「わかった・・・。すまない・・・。」
そう言う信繁は地図をたたみ、足早に去っていった。あれでもあいつは大将なのだ・・・泣くのは後でいつでも出来る・・・。じっと青海は信繁の後ろ姿を見つめているしかなかった。
「準備完了しました。」
半蔵は家康の陣にやってくる頃には会議は終わっており、各自出撃準備を行う為に陣に帰って行った。この場には家康と半蔵しかいなかった。
「そうか。」
「どうでしたか、今日の様子は。」
「伊達と藤堂、上杉が全く動けなくなった。あそこまでやるとは思わなんだ。」
優しい声で半蔵に言うと、家康は地図の駒の配置を直していく。次の戦はほとんど徳川の部隊が前に出ることになる。
「予想通りで?」
「いや、予想より手強い。流石・・・真田よ。」
その声は優しく・・・寂しそうに声が響く。
「死人は・・・食い止めましたが・・・。」
「戦い方を聞いた限りでは向こうは死人を使ってはおらん。」
「あの人らしいですな。」
半蔵は頷くと地図を見つめる。大方次はあの山で立てこもることだろう。
「だろうな。そう言う男だ。義と礼を欠くことはあいつはあり得ないが・・・。だからといって手を抜ける相手ではない。」
「ということは・・・。」
そう言って陣の駒の一部を後ろに動かす。
「来るとしたらここしかない。ここを直属部隊で守らせる。」
「そう来ますか?」
「わしが同じ立場ならこの手を打つ。まあ・・・そこまで分かるからこそ、あいつに惚れているのだが。」
そう言って陣の側面を叩く。そこは川ばかりである。また、本陣の位置はどう来ても大丈夫なように川の中腹に陣を立ててある。だが後陣には息子達の部隊を配置してある。
「これを抜くには数がいるが・・・戦は分からぬかもしれぬ。覚悟はしてあるよ。念のために真田が来たら生け捕りにせよと言明してある。」
そう言って半蔵は陣を改めて見つめる。正面は前田利家、後方は徳川秀忠どちらも猛者である。だが・・・生け捕りというと数は五倍いると言われており、被害のほどはしれない。
「生け捕り・・・ですか?」
「ああ。あいつはきっとこの日の本をしょって立つ男だ。ワシなどではない。それをこんな所で散らせたくはない。」
「自惚れれば死にますぞ。」
厳しい顔で家康を半蔵は見つめる。
「分かっている。・・・いやこの老い先短い命であれば安いものかもしれん。だが・・・。それでも惚れたのだから仕方がない。」
そう言う家康の顔は少し明るかった。
「今なら分かる。あの・・・手紙の意味を・・・ワシは従うわけにはいかなかったが・・・あの信長公の顔の意味も・・・そこまでして一緒にいたかったのだ。」
そう言うとじっと地図を・・・いや信繁を捕らえた時のこととか妄想に浸っていた。
「拙者達も捕縛には参加いたします。普通の者ならばきっと手には負えなさそうですので。」
「分かった・・・。頼んだぞ。」
そう言うと半蔵はその場から姿を消した。半蔵は待機位置に戻りながら・・・どこか悔しい感情を・・・押し殺しきれないでいた。
「戦はこちら側の圧勝ですかねえ。」
城から見る布陣は明らかに・・・作戦違反である。だが、ここでうかつに止めるのはまずい。じっとキース・フロレンスは見つめていた。天守閣から見える兵士達の顔は希望に満ちあふれていた。
「それはそれでいいではないか。」
淀君の声が響く。声はいささか震えているが、意識だけはまだはっきりしているようだ。
「そうすると奴らに大量の戦勝金を払わねばなりませんぞ。あの者どもに。」
「それは・・・いや。あの金は私らの物じゃ。」
「だとすれば、快勝されるのはちと困りますのお。」
じっと見つめる。城に帰ってきた部隊は幾つかの武器を持ち、戦の準備をしている。
「どうするかのぉ。隊長。」
淀君がじっと空を見つめる。
「こちらが弾を撃たなくてもよいのは嬉しいが・・・これでは計算が狂う。なら・・・こちらから打って出ればよい。お前ら。」
そう言うと側に控えた6人の宣教師達が膝を突く。
「作戦を変更する。」
「は。いかように。」
「お前達2人は外回りで戦場に入り、死人封じをしている箇所を見つめ、そこを潰せ。」
「は!」
そう言って四人の宣教師達が頷く。
「あと・・・お前らは味方陣地から入り、引っかき回せ。」
「了解・・・です。」
そう言って大男達が頷く。
「後は・・・。」
「裏から周り、敵本陣に行き、茶番を終わらせてこい!」
「はあ・・・いいんですか?」
「これで終わらせるつもりはない。もう少しな。」
その言葉に全員が頷く。
「後の者は仕上げの準備に入れ。艦隊には明日、明後日だと伝えておけ。」
「はい。」
そう言うと、宣教師たちは天守閣から降りていく。
「私はどうすればいいのかえ。」
淀君はそっと窓から月を見つめる。月は煌々と輝き、大阪城を美しく照らしている。
「大将はそこにいればいい。」
「そうか。大将か。大将らしくせねばのう。」
じっとキースは淀君を見つめる。
”人形は人形らしく、人形であればいいのだよ”
そのまま振り返ると天守閣の階段を下りていく。さて、報告書にはどうやって書くべきか・・・。
朝も明け切らぬ夜にこっそりと信繁達の部隊は移動を開始していた。根津をその場に残し、部隊の陣頭指揮を執らせ、後の部隊を岡山(茶臼山東側の小さな山)の裏手を通り、こっそりと川までやって来て毛利達に用意させた船に乗り込む。船の数は偽装出来るほどと少ないが、船を使うことで、音を立てずに最初の川を渡ることに成功していた。そして近くの山頂にとどまり、斥候の帰りを待つことにしていた。この時、この決死行に付いてきた猛者は1万2千。配置された軍の4分の一相当にも及んでいた。無論この数で奇襲を行うにはこの数は多すぎた。だからこそ・・・東の沼地域に警備隊を置いていた。すなわち、奇襲を警戒させた部隊による忍者等の偵察をさせない為だけに前日に部隊を配置したのだ。警備隊と思えば戦闘後、そこをもう一度越えるとは考えがたい・・・。心理的な裏を狙うつもりで来たのだが・・・。
「ま、あんたのの予想通りだったよ。」
帰ってきたしまと筧は落胆した顔で陣に戻ってくる。その顔を見て近くの石の所に明かりとともに、地図を広げる。
「こことここに、旗本部隊がいる。敵陣は区別が付かないが・・・大方こちらの布陣をある程度見切っているようだった。流石に本陣の位置までは・・・分からん。」
そう言うと筧は指で丸を書いて陣を示す。
「明かりだけで区別は付かないが、前陣に前田家。後陣に旗本・・・更に前ではあぶれたように他家のものがいた。だが遠すぎて・・・。」
「でもさ。どうよ。これ。」
しま達が地図で丸を付けた位置を頭に思い描いて信繁は考える。これは・・・偶然か・・・いや・・・考えがたい。なら・・・こちらの作戦は読まれていたと言うことだ。だがもう・・・この部隊を引き替えさせるわけにはいかない。引き返せば敗北確実である。ならどうする・・・。信繁にとってつらい決断がそこに待っていた。だが、この配置ちょっと・・・待て・・・。
「陣はどこまで奥にあった?」
「かなり奥までだったな。」
「ああ。川の真ん中まであぶれていたぞ。」
「まて・・・。」
ちょっと待て・・・信繁の頭にあるひらめきが頭をよぎる。川の真ん中まで陣があぶれる?そう考えるのはいくら急ぎ足の行軍でも考えがたい。当然川上は押さえてあっても、当然川原から・・・。予想は付いてきた。大方本陣の位置は・・・川の真ん中だ。なら・・・どうする・・・。信繁はじっと地図を見つめる。普通に行軍してはあの辺一帯の川はそれなりに深く、銃の餌食となろう・・・。いや・・・。
「進行手順は固まった。後は・・・俺たちが行くだけだ。」
そう言って後ろを振り向く、山の裾野に一万四千の各部隊の精鋭部隊が並ぶ。
「お前ら!良く聞け!」
その言葉に全員がこちらを向く・・・気がする。各部隊に発覚を恐れ明かりはつけさせてはいない。
「俺たちはこれから修羅となり、敵陣を突き抜ける。今までみたいな楽な戦じゃない!俺たちは援護も支援もなく只ひたすらに前を掛ける狼となる!」
そう言いはためく旗を信繁は見つめる。そこには真田家の象徴6問千の赤い旗が夜風にはためく。
「今後赤い鎧ではなき者・・・自らの前に立ちはだかる者全てを斬れ。先陣は旗を立て続けよ。他の者はその旗を目指し走り続けよ。そうすればそこに味方がいる。そして俺が・・・先陣を切る。だから・・・だから・・・。」
じっと家臣達が真田の顔を見つめる。その顔は・・・覚悟に満ちていた。その時日が昇り始める。ちょうど日の加減もあり、後ろから後光のように朝日が兵士達を包んでいく。
「お前達は存分に戦働きをせよ!家康を討ち!今度こそ戦争なぞ起きはしない豊臣の世を!」
そう言って腕を突き上げる。
「俺たちの手でつかみ取る!!平和な世を!そしてオラが家族を・・・俺たちの手で平和へと導け!」
その声に言われるわけでもなく、全員がときの声を上げる。
「ここから休む時はないと思え!突撃!」
その言葉に信繁達は馬を掛け、全速力で走り始める。それに合わせ騎馬部隊、槍兵が走り始める。朝になり、無論徳川軍が進軍を始めることだろう。これが戦国最大の激戦”天王寺の戦い”の始まりである。
五月七日早朝。徳川軍もまた軍の侵攻を始めていた。無論、戦を終わらせる為である。
「俺たちゃ無理だと言ったのにさ。」
そう言って進む兵隊達を背に伊達政宗は遠見筒を見つめる。茶臼山には真田軍と思われる兵士達が陣取っていた。先日の山岳立てこもりもあり、伊達軍の士気はガタ下がりでもある。だからこそ後ろの堺からの増援に警戒する、奇襲警護を買って出たのだが・・・ダルい。
「あいつら・・・張り切ってやがる。」
徳川四天王軍と前田軍が歩を進める。
「でも・・・良いではないですか。こうしておけば同盟関係が結べ、しかも兵士達に実践を積ませられます。しかも激戦では働かない旗本扱い。」
片倉は茶器を持ち出すと、そっと正宗にだしてみせる。
「でも・・・なーんかおかしいんだよなぁ。徳川の旦那も・・・真田もさ。」
そうって茶器を受け取ると中の抹茶をぐいっと一呑みに飲み干す。
「確かに・・・そう言えば家康どの・・・真田信繁の捕縛命令を出しておりましたな。」
「そっちじゃなくてさ。」
「この配置だよ。」
そう言って自陣を見つめる。露骨に陣を只異名達に任せているように見えるが・・・しきりに家康は何かを気にしている・・・気が伊達政宗にはしていた。無論ある程度あった中で家康の性格は知っている。むしろ自分から先陣を切り、自分で片付ける性格の男がどうしてこの配陣・・・。今も四天王軍が二つの山の脇にある町に進軍を開始している。隣の山を攻略するべく、猪突猛進な前田利常が軍を岡山に向ける。
「それは・・・分かりかねます。さすがは内府殿と言ったところでしょうか・・・。」
片倉はじっと四天王軍を見つめる。伊達軍は動ける者だけで、構成されてはいるが・・・その勢力は弱く、後方支援の形を取っている。無論東側から奇襲を狙った上杉軍、藤堂軍もまた、奇襲にあったらしく後陣詰め・・・待て・・・何で中程が後陣・・・。しかも、何故か利常のとなりだが・・・。むしろ大阪城から見ればあの位置・・・先陣ではないか・・・。
伊達政宗は遠見筒で、敵陣の様子を見つめる。ここからは遠いが真田軍は兵士達が立派に鎧を着て・・・ちょっと待て・・・。あれ・・・動いてねえ。
「俺たちはここで待機だ。だがとりあえず、軍はどこにでも動かせるように構えておけ。」
「はい?」
「俺の予想が正しきゃ・・・あいつ・・・やらかすぞ!」
「よく分かりませんが真田がやらかせば・・・わたしたちが不利ですが?」
伊達政宗は何かに気が付いたように遠見筒をにやにやと見つめていた。考えが正しければあいつも旦那も考えることは一緒だったらしい。なら・・・後はどうでるかだ。どっちの力と才が上なのか・・・。俺はここから見物させてもらおうか!
「戦闘始まりましてございます。」
「わかっている。」
「霧の具合が遅いぞ!」
半蔵は後方の山から霧隠れを使い陣全体に祓い水をまいてはいる。もし相手が死んでから死人を生成されてはこちらが圧倒的に不利となる。特に各大名の部隊なら、真っ先に逃げ出しかねない。
「戦場が広すぎます。それに水の量が圧倒的に不足しています。」
周囲の部下達や妖怪達も連日の霧隠れで疲労の極致のあり、もう霧を張るのも限界に近づいてきた。
「各部隊報告!」
半蔵は後方の山から戦場を見つめる。遠くの山では今頃戦闘が始まっていることだろう。
「は。」
そう言うと各部隊とかに向けて走らせた忍部隊達が集結する。
「現在の状況!」
「は!」
「南、伊達側は静観の模様!前田殿は市街戦に突入!またそれに伴い後陣の旗本部隊が進行中。真田軍と交戦中です。」
「そうか・・・。」
机の上に置かれた地図の駒を報告に合わせて動かす。これを伝えるのが忍びの役目でもあるが。半蔵達はその上に予測を交えた妨害を行う。だが・・・。
「真田軍の動きはあるか?」
「いえ。」
それは・・・この時真田と交戦又は親交のある人々は何となく理解し始めていた。真田軍の様子がおかしいと。先の戦いといい、その圧倒的な作戦で徳川軍を苦しめてきた真田軍がこの程度なのか・・・。
「そう言えば・・・お吉の方は?」
「さあ。出番は夜になるとか言って本陣近くのほうへ行きました。」
「半蔵様!」
「なんだ!」
怒鳴り声を上げると後陣にいたはずの連絡役が血相変えてやってきた。
「後方で火の手が上がりました。どうも・・・真田軍です!」
「なに!」
半蔵は驚いて、手に持った遠見筒を持ってその方向を見ると後方の陣が二つに割れていくのが見える。この時午前十時である。
「お前ら!初っぱな一撃を加え!・・・撃て!」
その叫び声とともに迫り来る徳川の大軍に向け第一者が発射された。
「毛利様!」
「あいつが討ち取るまではこちらに兵を引きつける!引き寄せて、横を付く!」
その掛け声に屋敷に隠れた部隊から大声が揚がる。建物に多くの兵士を隠し、じっと待機していた。ある意味大都市を使った初めての最初で最後の戦国市街戦である。
「これでこっちに来る。門を閉めろ!」
その言葉で、数人係で門を閉じる。勝手口には見張りを立たせている。無論武家屋敷というのは襲撃前提にくまれてはいるが、実際に使用されることは少ない。門を閉めると同時に栓抜きを押し込み、門を閉じる。このように狭い路地裏では傷値とかを持ち出すのは難しい。しかも。
「来ました!」
「よし!構えろ!」
そう掛け声をあげると屋根の上に構えた部隊が銃を構える。
「敵が見えたらぶちかませ!」
「おお!」
その声とともに銃声が響く。その瞬間向こうから叫び声が響き渡る!
「あいつら・・・頼むぜ・・・。」
じっと徳川本陣の方を見つめた。まだこの時はまだ変化らしい変化は感じられなかった。
「おおおおおおおおおお!!!!」
騎馬部隊は川の浅い所を狙い信繁達騎兵隊は一気に後陣に殺到していった。流石に後陣にいただけあって兵士達は浮き足立ち、赤備えの男達が太刀を構え駆け抜ける様は正に恐怖その物であった。
「貴様ら!あいつを捕らえよ!褒美は!褒美は!」
叫ぶ人間を馬ではじき飛ばすと信繁達は一気に駆け抜けていく。後続部隊が、横を押さえるように切り結んでいく。ここでも大方・・・陣の大きさから二万から三万はあるが・・・そんなのはもう・・・彼らに関係はなかった。もうそこにいるのは赤鬼ともいえるほどに血に染まった男達だからだ。赤備えの部隊は陣を横切ると同じく、その部隊を壊滅させていた。ここに徳川軍”第一の失敗”がある。この陣に配置されていたのは経験を積ませる為に配置した若年兵達ばかりであった。と言う主熟練者達の多くは先の戦いで死んでしまい、代わりの兵士がいなかった。だが変に時間を与えれば徳川軍はすぐにでも海外から増援を集め、また国力を回復させてくると予測出来たからだ。ならどうするのか・・・。単純である。回復する前に叩けばいい。だが徳川軍にも悩みはあった、前の戦いでほぼ半数以上の兵士を失った彼らにとってすぐに徴兵出来たのは、彼ら戦闘経験のない部隊ばかりであった。訓練は行う物の、訓練不足の感は否めなかった。だから他の大名の力を借りるしかなかったのである。そこまでして・・・相手の死人を封じ、潰さねば行けない理由があの城にはあるのだ。だからこそ後陣詰めしかこの部隊にさせるわけにはいかなかったのだ。いたずらに死者を増やせば、死人にされる恐怖に・・・この部隊は打ち勝てると・・・百歩譲っても見るわけにはいかなかったのだ。それにもう一つの計算もある。奇襲人数である。どう見ても奇襲の相場は3千前後であった。それ以上は統率出来ないは今まで戦で分かってはいた。それ以上なら忍者達の報告があると家康も高をくくっていたのだ。そこにミスがあった。この戦いでは最低人数以上の忍者は霧隠れに配置され、ほぼ全ての忍者は偵察もろくに出来なくなっていた。そのためか、報告や偵察が通常に比べ疎かになっていた。唯一偵察が出来る忍軍を持つ、伊達軍が先日の戦いでほぼ半壊したのも痛手だとも言える。そのため、奇襲は防げなかったのだ。それがこうして勢いが付いて止まらない真田軍となって現れていた。最早、その勢いを三万前後の部隊で止めるは叶わず、そのまま雑兵となってしまった徳川軍は後ろに後退を始めてしまう。
「おおおお!!!!!」
青海達騎兵達はそのまま指示された方向に進んでいた。目的地は橋だった。
「ここで抜けられては徳川の名折れ!」
徳川秀忠の声が響く。その声は歴戦の武将のようでもあるが、自身も前に立つことは出来ず、腰が退けている。
「ですけど!敵はすぐそこに!」
叫ぶ声が聞こえる。だが震えた秀忠の身体が動くことはなかった。それはあの恐怖が思い出されるからだ。あの赤い鎧・・・そしてあの掛け声・・・真田!
「お下がりくだされ!」
後ろの陣から黒い牛を思わせる兜の男がやってくる。黒田長政。橋を守備している徳川家康最後の切り札ともいえる男である。
「爺!」
秀忠はその声に目が覚めたように逃げ始める。
「ここは我らに任せ、お引きくだされ!私らが絶対通しませぬ。」
「分かった!頼んだぞ!」
そう言うと秀忠達各部隊は引き上げ始めた。それは真田達も分かっていた為、退く部隊に目もくれはせず、正面の橋を守る部隊を睨みつける。
「行くぞ!」
信繁はそのまま馬を駆けさせ一気に突っ込んでいこうとする。その時!
”ぬおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおお!”
気合いにあふれる声が聞こえた次の瞬間、信繁の乗っていた馬に太い槍がぶち刺さり、馬はバランスを崩しその場に倒れてしまう。
「この黒田長政!お前らを決して通すか!」
仁王立ちした黒田の声に黒い鎧の部隊が真田達に立ちはだかるように構える。
「撃て!」
長政の号令に脇に構えた銃や弓が飛び、騎馬達は足止めされてしまう。一部の兵は落馬してしまう。だが、その瞳はまだ闘志に満ちてはいるが・・・。騎馬止めの棘が付いた鉄盾を構え、こちらに向けてにじり寄ってくる。
「お前ら!行け!」
その声とともに川向こうから銃弾が黒田達に放たれる。声の方を信繁が見ると筧が一部の銃撃隊に指示をして撃たせていた・・・だがそこは川原・・・隠れるところなぞ無い!だが考えることはなく信繁は一瞬の隙を見逃さず立ち上がると、一気に走っていく。
「させるか!」
黒田は近くの槍を握ると槍を投げる構えにはいる。次の瞬間その兜に銃弾がかする。それに気を取られた好きに懐に飛び込む、近くの銃撃隊を切り伏せる。それについて騎馬隊が突撃を開始する。黒田は少し考えた後騎馬隊に向け、槍を放つ。それは馬ごとき馬体の男に当たり、一撃であいてを吹き飛ばす。そして腰に差した刀を抜くと信繁に向かって走っていく。
「者ども、奴を止めろ!殺しても構わん!」
「しかし!奴には!」
周囲の兵士達には動揺が広がる。
「私が責を負う!奴に本陣まで行かせるな!」
「は!」
そう言うと信繁に今度は足軽達が突進を始める。その穂先を交わし一気に間合いを詰めると近づき、柄を叩きおる。だがその後ろに追従するように黒田が間合いを詰めていく。信繁
はさらに奥まで進むが、そこで足を止めてしまう。そこには黒田家の精鋭5千が控えていた。今までの新米とは違いここは熟練兵ばかりで固めた、親衛部隊ともいえる部隊だ。だが・・・止まればそこで道はとぎれてしまう。しかも・・・ここは橋の上。数体を切り結び、越えようとするが人垣と槍で止められ、強行突破することは・・・出来ない。後ろからは黒田長政が雄叫びを上げ、猛進してくる。後ろの部隊はまだ、前の弓と鉄砲部隊に阻まれて、突破は出来そうにない。
「なら!」
信繁は振り向くと刀を構え、黒田に向かって走っていく!
「来るか!」
雄叫びとともに長政は上段に構える。だが今朝が前をして突っ込む信繁に只力任せに振り下ろすのを、刀を滑らせ、回避するとそのまま胴を抜こうとするのする。柄を強引に信繁にぶち当てるとそのまま無理矢理引きずり降ろす。信繁はそれをわざと引き抜くと一回転してもう一度斬ろうと構えるが、その時にはもう長政は元の構えに戻っていた。
「お主・・・やるな。名は。」
「・・・真田・・・信繁だ。」
一瞬、色々考えるが、この鎧や兜を見ればこれが大将であることは分かる。黒田長政・・・後藤基次のライバルでもある猛将である。聞いたことはある名前だ・・・。
「私は、黒田長政だ。」
そう言うと刀を構えたまま少しずつ距離を縮めて来る。無論後ろは槍を構えた兵士達である。この男を前にして・・・今後ろを見せればすぐさま切られてしまうだろう。だが、このままでは・・・。この時真田信繁、一瞬死を覚悟してしまう。
「本当に・・・ここにいるとはな・・・。のう・・・。」
一瞬女性の声が聞こえたと思う次の瞬間、一陣の風が吹く。次の瞬間着物を着た女性が横に立っていた。脇には大柄な羽根だらけの人も立っていた。
「久しいな・・・信繁。元気だったか?」
「お吉の方様・・・。」
「よ。」
驚いて信繁は横を見ると、そこにはお吉の方とトリさんがいた。
「どうしてここに。」
「ん。仕事のついででな。折角だから顔だけでも見に来ようとな。」
お吉の方は余裕そうに扇子を開き、ぱたぱたと顔を仰いでいる。
「んだ。ひさしいよのお。」
にこにこ笑い、お吉の方の真似をしていたのは昔山中で助けた妖怪”トリさん”だった。
「お前もだ。」
「おらか。オラな。おめえに言われた上田が気になって村から自分で出てきて、上田に来ただ。そしたらこの人がいて、おめえの所に連れて行ってくれるって言われて嬉しくてな。」 その様子に黒田は唖然としてしまう。ここは橋の上であり、後ろでは兵士達と青海が戦闘を行っている。むしろ苦戦している。
「本当に苦労しているのだのお。本当に・・・真田はおもしろい。」
優雅に語ってはいるが、信繁は焦ってしまう。ここは敵陣中央であり敵に囲まれている最前線だったのだ。
「お吉の方様。お下がりください。今は世間話している暇はなさそうですので。」
信繁はお吉の方を庇うように長政の前に構える。
「暇がなければ!作れば良い!」
その掛け声とともに後ろを向くと扇子を大きく振りかざすと突風が起こり、後ろを固めていた兵士達が吹き飛ばされていく。そして一直線の道が突風で、出来ている。
「今は用事があるのだろう。行ってこい。後で世間話でもしてやる。」
そう言ってお吉の方は黒田長政の方を向き返る。
「オラ・・・恩返しに来ただ。行ってけろ。ここはオラ達で押さえる。」
そう言うとトリさんは後ろの兵士達に構えてみせる。
「すまない。」
そう言うと信繁は背中に刺していた刀を一本お吉の方に投げる。
「これは。」
「ここはお任せいたす。では。」
そう言うと信繁は陣の奥へ走っていった。
「ほんと、この為に来るなら言えばいいんだに。」
「素直に言えれば苦労はせん。」
トリさんは苦笑いをしてお吉の方に話す。お吉の方は少し頬を赤くしていた。
「お主ら・・・邪魔だてすれば・・・容赦はせぬぞ。」
長政は刀を下段に構え、様子を見ている。
「お主・・・私にその物言い。」
そう言ってお吉の方は信繁から受け取った刀を抜く。それは大太刀であり、その身の丈と合いそうではないが・・・軽々と抜いて見せた。
「私を何者だと思っておるか。」
その声に徐々に殺気が籠もっていく。それとともにお吉の方の背中から尻尾らしいふさふさした物が飛び出してくる。徐々に気配は大きく感じられるようになっていく。
「知らぬ。只・・・徳川の敵であろう!」
「ふざけるな!」
その声とともに周囲の人間達がその気だけで数人が吹き飛ばされる。
「この天狐、自ら相手になろう。来るが良い!この世の地獄!味あわせてやる!」
そう構えた瞬間その恐怖は最高潮に達している。だが長政も意地の人、刀を構えて空きを窺う。他の物と違い、退くことだけはなかった。その頃にはお吉の方の尻尾の数は9本を超えていた。
「黒田長政!参る!」
「毛利様!」
異変に最初に気が付いたのは鉄砲隊達である。
「どうした!」
「敵陣の様子がおかしいです。」
そう言うと毛利は屋根に上がり、望遠鏡を覗く。そこには敵の後方で煙が上がり、人?等が空を舞うところである。無論後方で戦闘が開始されたと言うことは・・・。
「奇襲は行われているようだな。」
そう言うと屋根から掛け降りると、周囲を見る。周りの顔は晴れたように明るい。これは
・・・。
「勝機!お前ら!攻めの合図を揚げろ!一気にあいつらの血路を開くぞ!」
「了解!」
近くの兵士は手に持った筒に火を入れる。そして空に赤い信号の煙が空にて舞っていた。
信号筒は豊臣軍各部隊にその戦況の変化は伝えられていた。
「根津様!」
赤い鎧を着て、信繁の代わりをしている根津にもその信号は見えていた。
「分かっている!お前ら!もう少しの辛抱だ!部隊を入れ替えろ!」
その掛け声とともに、攻めの隙間を縫い、戦闘に参加する兵士達を後退させる。彼にはまだ・・・全面に広がる部隊を見つめる。向こうにはまだ多くの兵士達が構え、親交を行っている。まだ気が抜ける環境ではない。この時、日はまだ頂点に至っていなかった。信繁が奇襲に成功してなおまだ、戦況は互角なのだ。その事は毛利もまた分かってはいるが。それでもこれは数少ない勝機だ。そう皆は感じていた。
「先陣に異常あり!」
徳川の本陣では急遽防衛の準備がされ、忍者隊の呼び戻しなどが行われていた。
「分かっている!」
家康は本陣の脇からその様子を見つめていた。大方相手の数は5千を超えている。そう家康には感じられていた。無論秀忠達の崩れっぷりも見えていた。自分の息子ながら・・・情けないが、前田の後陣・・・本隊部隊がこちらに戻り、黒田の部隊がぎりぎりで粘っているのだろう。まだ向こうの部隊は来ないだろうが・・・。予想していたとはいえ・・・いや違うあいつは予想を超えた数を持ってきた。なら・・・届くかもな・・・ここまで。
「お前達、固めろ!本陣であいつを捕らえる!」
危機は好機でもある。あいつの性格からするとここに来るのは本人だろう・・・。
「半蔵を呼び戻せ!ここで・・・最後の決着をつける!」
兵士達に号令を掛ける家康はじっと向こうの戦況を見つめる。あの赤い鎧・・・まるで武田軍その物ではないか・・・。まだ・・・私の元に武田軍の亡霊は来るのか・・・。私はまだ・・・やることがあるのだ!邪魔はさせない。今度こそ!逃げない!
「おお!すげー。」
伊達政宗は遠見筒で少し高い所から後陣の様子を見つめる。そこには人が空を舞い、鉄砲の煙舞う戦場の様子でもあった。
「どうなさいました?」
片倉は不思議そうに聞き返す。
「いやあな。今・・・マジに、本陣が襲われてやんの。」
「へ?」
片倉は唖然としてしまう。確かにここまでこれば向こうの様子は分かるわけでもないが・・・だからといって本陣が襲われるのは只ならないことだ。
「それは・・・。助けに行った方が・・・。」
「今動けば、敵さんの本陣と挟み撃ちだぜ。そこまで義理は俺たちにねえ。」
そう言っているものの、頭の中ではいろんな事が・・・。
「ならどうするんです?」
「俺たちは後方詰め。来ないなら行かない。」
気が抜けたように正宗は答える。それには片倉には言えないが二つの不安がこの軍あるからだ。ちょうどここは戦場と堺を結ぶ直線上にあり、今、伊達軍が動けば堺にいる豊臣軍が動き出し、三方挟み撃ちになる公算が高い。また、大阪から浜を通り奇襲する部隊が来る公算が高い。ここを動けば、その部隊の侵攻を許す公算が高い。だからここを動くことは出来ないのだ。
「ですが・・・」
正宗は遠見筒から目を離した瞬間。ただならぬ殺気を感じ、刀を抜く。その瞬間、刀に鉄砲の弾がブチ当たる。
「な!」
片倉は慌てて周囲を見るが周囲に人の気配はない。
「おめえら!警戒しろ!」
その声に周囲の兵士達が立ち上がる。
「なんですか・・・。」
「殺しだ・・・。」
そう言い正宗は立ち上がると、刀を構える。この”殺し”というのは片倉が昔から仕えている時に使われる隠語で、暗殺者が来たことを示す物だ。無論東北では多くの襲撃にあってはいるが、本陣ど真ん中で来るとは考えて・・・。
「気ぃつけろ。さっき感じた殺気以外はどうにも気配を感じねえ。」
正宗の獣に近いと言われている野性的な勘ですらも捕らえられない敵・・・片倉は背後を守るように背中側に回る。
「まだ来ますかねぇ。」
周囲の兵士達も慌てて構えるが・・・。
「来ると思うぜ。」
漂う・・・何かを感じてか、伊達政宗は構えを解かなかった。そのとき、銃声が聞こえる!その報を向くと、伊達軍の旗の上に一人の・・・黒い何かが立っている!それは銃を持っているが・・・肉眼では捕らえにくいほどの遠くであり、黒ずくめ以外の特徴を正宗達は知ることは出来なかった。
「あれか!」
片倉が叫んだ瞬間伊達政宗は構えて正面を見る。陣の正面、陣幕の入り口を開け、黒ずくめの男が一人、走ってくる。そのまま伊達政宗を捕らえるとナイフを構え、身を低くしてくる。
「ふざけるな!」
上段に構え、正宗は振り下ろすがナイフの曲線で一気にいなされると反対側の手を暗殺者と正宗に向ける。それに何故か恐怖を感じて身をよじった先に轟音が響く。どうも、手の先から何かが飛び出したように見える。正宗の胴に当たるが、殺傷力はそれほどでもない為貫通はしていない。次の瞬間遠くから更に銃声が聞こえる。それを片倉は走って庇う。その瞬間片倉の方をかすり弾はそれる。その間に二、三撃ナイフで突きを狙うが、それは正宗に弾かれてしまう。正宗が斬りかかろうとする次の瞬間、一気に飛び退く。
「さすがだな・・・おめ。」
暗殺者らしき、黒の謎の着物で全身が覆われた男は少し距離を取り、まだ構えを解いてはいない。周囲の兵士達は慌ててそちらを向くが、反応し切れてはいない。
「おめは。大将?」
「知るかよ。」
そう言って構えてはいるが、その目の前の男の異様は言い表せない物がある。その男は小さくはああるが・・・背筋が曲がり、ノミのようにも見える。それ以上に胸に下げた十字だけが白いのも気になる。あれは基督教とか言う・・・・。
「おめえ、宣教師か?」
「さあな・・・。」
そう言って、少しずつ正宗は距離を詰める。次の瞬間、ノミみたいな男は一気に間合いを詰めてくる。それに片倉達は反応出来なかっただが、正宗は刀を水平になぎ払う。その早さにナイフを構えた暗殺者の刃は届くことなく、暗殺者は横にすっ飛ばされる。
「大丈夫ですか!」
片倉は駆け寄るが、胴にはめり込んだ弾丸の跡が残る。正宗はこくりと頷くと暗殺者の側に寄る。
「こいつ・・・。」
正宗は当たった手応えに切った感覚がないと思って、近寄ってみるが、もう暗殺者は動くことはない。
「こいつ。毒を飲んでやがった。」
暗殺者の口元から血が流れ出すがその色は通常の血の色よりも相当にどす黒い。
「ですな。」
着物の裏を見ると、鎖帷子を着込んでおり、刃物は貫通していないのがよく分かる。
「状況が不利と悟ると、毒まで・・・。おめえら!警戒しろや。第二波・・・来んぞ!」
正宗は何か・・・こう不吉な物を感じていた。今までの戦とは違う何かを・・・。
「徳川の旦那・・・。」
兵士達に警備の指示をする片倉をよそに、先ほどの黒の固まりのあった旗を見る。そこにはもう・・・黒い固まりの姿はなかった。
「ぬぉぉぉぉぉ!」
青海が錫杖で敵兵を殴りつける。ちょうど目の前では旗を掲げた信繁が立ちふさがる旗本達を切り伏せていた。
「大丈夫か。おめえ。」
「青海・・・。」
信繁は肩で行きをしながら先を見つめる。敵陣中央まではまだ半里(一キロ弱)ほどある。その先には徳川の本陣がある。
「少し息整えろや。後続部隊がくるまで待つぞ。」
「そうさせてもらう。」
そう言うと立って様子を見つめる。向こうではお吉の方と黒田長政軍と前田利常軍が戦闘しており、その様子は・・・こちらで見る限り互角にも見える。今、信繁の周りにいるのは
信繁と青海・・・そして。
「やっと付いたぜ。」
しまが来ただけであった。しまの身体には返り血や生傷が所々に付いており、戦闘の激しさが伺える。
「後続は?」
「わかんねえ。だけどあれだと、あのお吉の方だっけ。あの人の影響でお互い足止めだ。あそこで。」
そう言って後陣を見つめるが確かに、赤い鎧の一団もお吉の方の攻撃を受けている。あれでは敵も味方もありはしない。この三人であの敵陣を・・・だが、兵士がこう立っていたとしても来ないあたり、援軍に向かった兵士達はもう壊滅しているとも言える。
「筧は?」
「あいつは、後方の鉄砲隊を指揮していたからさ。向こうをまとめてるさ。」
「わかった。」
じっと先陣の方を見つめる。まだ戦闘中である。もうさすがに昼あたりは過ぎただろうか。日が西側に少し傾いている。
「行くしかないようだな。」
信繁は息を整えると、旗を地面に突き立てる。
「ここから味方はいないと思え!行くぞ」
そう言い気合いを入れ直す。もう思い残すことはない。信繁は一直線に走っていった。
「利常殿!」
「おおよ。」
横にいた前田利常に黒田長政が走り込んでくる。お吉の方とか言った女・・・いや妖のお陰で陣は混乱の極致である。鉄砲などの武器は効かず、兵士達はことごとく吹き飛ばされている。最早触れることさえ叶わない。そう言う黒田自身もこれまでに十回ははじき飛ばされ最早軍の統率はとりにくい。それは前軍の前田軍も一緒で挟まれた形ではあるが、後軍の部隊がぎりぎりで、前軍への影響を防いでいる。
「ここは!はさみ撃つ!」
「了解!それまでは稼ぐ!行け!」
利常は軍配をお吉の方に向ける。
「撃てー!」
その掛け声に鉄砲隊が一斉に射撃する。それはお吉の方の一歩の一振りの前に弾は弾かれ、その場に落ちる。
「このような物なぞ!」
お吉の方の掛け声に鉄砲隊の一部が弾き飛ぶ。その間に利常自身は近くの茂みに隠れ、刀を抜き放つ。
「そこ!」
お吉の方は殺気を感じて手をかざし、衝撃波を放つが、それを利常は刀でかろうじていなすと、ぎりぎりで踏みとどまる。
「やりおるのお。」
その間もお吉の方は尻尾で他の兵士達を薙とばしていた。
「お主から死ぬか・・・のう。お主・・・。」
声はゆっくりとしていたが、その威圧感は巨大な獣に睨まれたネズミその物に見える。その隙を窺い、黒田は全力で後ろから槍を投げつけるが、それも尻尾で弾かれる。その様子に利常は死さえも覚悟した。そこまでの覚悟が彼女からは感じられたのだ。
「お吉の方!」
殺気を感じ振り返ると尻尾と腕に鎖分銅がからみつく。
「半蔵殿!」
利常が声を上げる。お吉の方の周囲には忍者隊が構えていた。
「何故この様なことを!」
「ん?お前か。」
軽い声ではあるがその声には殺気があからさまに含まれている。だが半蔵は更に厳しい顔で睨んでいる
「あの者達が先に手を出してきおったのだ。私のせいではない。」
そう言い周りをも渡すが、陣は半壊で敵味方・・・いや一部の敵兵は歩きながらでも中央突破を計っている。あそこはもう兵士達に任せるしかない。
「協約違反ですぞ!第一どうしてここに!」
「私は遊びに来ただけじゃ。それに先に手を出されて私は・・・私は反撃するなと。」
そうは言っているが、この陣の乱れ方は最早黒田軍とて立て直すまでは難しい。前田軍も相当な被害だ。だが。真田軍もまた・・・一部は逃げ始めている。だが強行突破しようとした部隊は疲労困憊で動けない物が多数だ。
「それは・・・」
忍者部隊を全て傾けても、このお吉の方一人を押さえるのさえ難しい・・・そこまでの差ではあるが・・・。
「分かった分かった。ここはお主の顔に掛けて退くとしよう。」
そう言うと後ろを振り向く。そこではまだ格闘して、兵士達を押さえるトリさんの姿があった。流石に筋力と体格の差の為十対一でも引けをとることはなかった。そう言っている間のも兵士を胴ごと蹴り飛ばし、気絶させていた。
「おーい。終いじゃ。帰るぞ。」
「んだ?いいだか?もう。」
「そうだ。つまらんことになったからの。他の者に悪い。帰るぞ。」
そう言うとお吉の方は軽く鎖分銅に触れるとまるで、軽い埃でも取るように引きちぎる。
そしてゆっくりと黒田長政の所まで歩いていった。その頃にはお吉の方からは尻尾なぞ見あたらなくなり、着物の陰に隠れていた。
「んだな。」
トリさんはぱっと兵士達から手を離すとお吉の方に歩いていった。
「そこのお主。」
そう言ってお吉の方は黒田長政の側にしゃがみ込む。長政自身、精も根も尽きかけ、膝を突いていた為、ちょうど顔をつきあわせる形となる。
「中々やるのお。ここ1000年ではなかなかよ。楽しかったぞ。」
そう言うと立ち上がりトリさんを従え、山に向かって歩いていった。その様子に全員は唖然とするしかなかった。
「あの方は・・・。」
前田利常はその後ろ姿を見つめ、ぼそっとつぶやいた。周りに立っていられるだけの兵士はいなく、半蔵だけが立って呆然としていた。
「ああ言うお方だ。」
「だな。」
そう相づちをうつと黒田長政はばったりと倒れ、この日に目を覚ますことはなかった。
ちょうど撤退を視野に入れると明言していた八つ時の頃、戦場は混沌としていた。お吉の方が暴れたお陰で、後陣が消えた前田軍は市街戦を仕掛ける毛利勝永の軍に苦戦を強いられ、四天王軍だけで戦線を支えていた。また根津率いる偽真田軍も奮戦し、ぎりぎりの所で戦線を維持していた。だが、そこまでして兵を払った奇襲部隊も壊滅状態にあり、本陣に付くまでに少し待っていても35人を残し、ほぼ壊滅してしまう。(捕縛での戦闘不能含む)この状況に置いて徳川軍の忍者部隊は本陣防衛および、お吉の方の押さえの為に全てを割かれ、各部隊に状況を知らせる斥候部隊さえ回せなくなっていた。無論、妖部隊はこの戦闘で使えるわけではないので、最早徳川軍に打つ手はないように見える。ここで硬直を破る展開が現れ始める。その展開は毛利隊に発生する。
「おまえら!」
毛利勝永は前陣の後退につけ込むと一気に戦線を前に押し上げていた。その時だった。
「紀州が裏切ったぞ!」
誰かの声が響く。
「何か様子がおかしいですね。」
「いや・・・様子がおかしい。待てよ・・・。」
じっと敵の本陣を見つめる。そこはもう・・・戦の火は見えない。この頃にはお吉の方は戦闘を終え、帰還を始めていた。だからか・・・もう戦闘は発生していなかった。これは・・・失敗したかもしれねえな・・・。
「引き上げの為にぎりぎりまで、粘るぞ。他の部隊を固めて引き上げの準備だ。大野に撤退の使者を出しておけ。」
そう言うと近くの男は走って後ろに下がる。
「生きてくれよ・・・真田。」
こうして、言われたとおり、毛利は陣を下げ始めた。確かに信繁が言ったとおり、日って上気ではあるものの、兵士達の疲労は極致に近づいていた。
「それは本当か?」
根津は見張りの言葉に真剣に考え始める。先ほど兵士達はどうも後陣で裏切りが発生したとの報告を聞く。これが本当なら情勢の悪化についに徳川を見限る者が現れたのか・・・。なら。
「お前ら!」
「は。」
周囲に声をかける、もう戦闘時間が長く、兵士達の疲労は限界でもあった・・・だが、まだ信繁様は帰らない。この好機逃すわけにはいかない。
「我々は今から、陣を崩し、信繁様を救出に向かう!付いてこれる者だけ来て!後は、毛利殿へ合流せよ。ここを破棄する!」
そう掛け声を発すると幾つかの兵士達は立ち上がるが、多くは座ったままだった。その数3600。最後の突撃には十分であったが。もう余力なぞ残っていない。下を見れば未だ敵兵で埋まった山の下。だが、向こうの本陣は空いている。それに裏切りで混乱していれば、敵陣までの突破は可能だ。
「お前ら!今こそ勝利の時!突撃!」
そう言って根津達、最後の部隊は一気に山を駆け下り、山中に駆け下りたもうその頃には兵達の多くは疲労でいっぱいであった。また戦線の拡大は戦場にいる各旗本達に伝わり、士気は低下していた。結果突撃は成功し、兵はかなり失うものの更に混乱させる事に成功させる。
「俺でも・・・やれば出来る・・・。」
根津はよろよろになった馬を叩き歩かせていた。敵陣を突破する事には成功している。だが、帰らなくてはいけない。帰らなくてはならないし、まだ信繁様を見つけてはいない。
「本当に疲れましたなあ・・・。」
「そうだな。」
頷いて根津は声の下方を向く。そこには黒い甲冑を着た兵士が・・・。
「お前・・・それは・・・」
次の瞬間兵士は投げナイフを投げつける。それを直感で無理矢理避ける。
「やりますな、信繁殿。」
そういうとさっと身をかがめ、馬の前まで走ると兵士は投げナイフを投げる。更に身をよじりかわそうとするが、かわすまでも当たらない。馬に当たったのだ。馬の目に当たったナイフに馬は暴れ、根津は落馬してしまう。
「そのお首・・・頂きますぞ。」
暗殺者は身構えると異様な形のナイフを取り出す。倒れた相手ですら警戒を解かず少しずつ間合いを詰める。根津は身体を起こし刀を構える。相手の構えは・・・彼自身見たことがない構えだった。袖口から見えるナイフのような大きな刃物は・・・刀ではないようにも見える。
”勘違いしているようだ・・・徳川の忍びか?だが・・・これは?”
根津は窺うが向こうからの動きが・・・次の瞬間数歩ずらす。その耳元に風を切る音が聞こえる・・・二人か・・・。目の前の暗殺者は一気に走り、間合いを詰める。刀を青眼に構え、無理矢理穂先を相手の刀に当てずらそうとするが、その刃物がかち合った瞬間、するりと抜け、自分の喉元へ!
「させるか!」
その刀を平にしたまま波を外へ強引に払う。だがそれを見越したようにもう一つの腕を突きガス。袖に隠れていたのはもう一本の異様なナイフであった。それを回避しようにも市毛決めで両手を使った彼に回避するすべはなかった。そのまま鎧の隙間を抜け、肩にぶち刺さる。
「よし!」
だが根津も一角の武将。そこで意識を失うような男ではなかった。そのまま払って力が抜けた側を無視して柄で心臓付近を殴りつける。どうも・・・この男・・・胴に防具をつけているように見えない・・・。だが、そこで彼に激痛が走る。その攻撃に暗殺者は慌てるが、もうそのときは遅かった。引き抜こうと力一杯ナイフを抜こうとするが力を込めた根津の前では刃物が抜けることはなかった。根津は刀を捨てると、腰の小柄を抜いて・・・相手の腹に全力でブッ刺す。その勢いで吹き飛ばされそうになるのを今度は暗殺者が踏みとどまる。そして抱きつくように倒れ掛かる。
「GO!」
その掛け声が聞こえるといきなり後ろからが投げ込まれる・・・これは・・・。
「YOU,KILL。」
その掛け声とともに、暗殺者と根津の周りが火に包まれる。根津は蹴り飛ばし離れようとするが、肩からの出血が激しく・・・相手の必死のしがみつきをはがすことは出来なかった。
"神よ・・・御許に参ります・・・"
そう暗殺者は母国語で言うと・・・そのまま意識を失ってしまう・・・いや、絶命した。
「これで・・・あのお方を・・・いやあのお方みたく成れただろうか。」
根津は死ぬ寸前、信繁の顔が思い浮かぶ。初めて見たあの時から憧れ・・・そして必死についてきた。似ているとか言われた時はどういう意味でもとても嬉しかった。今こうしてあのお方の代わりにこうして・・・一人の敵を食い止めたが・・・こうしてあのお方みたいになれたのだろうか・・・。思い浮かべ崩れ去る根津の顔は火に焼けただれながらも・・・。
安らぎに満ちていた・・・。
”これでかき乱す事には成功したようだな"
建物の影から吹き矢を持った暗殺者がじっと焼け死んで行く二人を見つめる。しばらく見つめると死体の前で十字を切る。通路の奥、大阪城のほうから銃を担いだ黒ずくめの男がやってくる。
"そっちはどうだ。魔弾。”
やってきた男のほうをみるが、その顔はさえていなかった。
”こっちは失敗だ。ネテロの奴・・・しくじったおかげでこっちまでやばかった。”
”こっちはまあ・・・セルゲイの奴が粘ってくれたおかげでどうにかなったが・・・引き上げるぞ。俺達ではこれ以上は限界だ・・・。”
吹き矢の男は奥のほうを見つめる。奥ではまだ戦闘が行われているようだ。
"後は、アンサレムがやってくれるだけか・・・。"
"撤収するぞ。こんな所で死ぬのはあの馬鹿どもだけでいい。"
そう言い、根津の死体を放置して彼らは去っていった。それから遺体が発見されたのすぐの事だった。
「おお!うぉおおおおおお!」
徳川本陣に突入した信繁たちは一気に突入すると、信繁たちは一気に陣幕に向かってひた走る。
「おめえ!邪魔すんな!」
そう言うとしまは一気に走る速度を上げるとの武士達の横を押さえるように来た男のすねを思いっきり蹴る。それに崩れ、鎧を着た男が倒れる。そのまま横をすり抜けると一気に先のほうへ走っていく。各人、相手を蹴散らし陣内を走りぬける!
「信繁!」
青海もまた、側面を押さえるべく、横に広がり、来る敵を殴り飛ばす。
「あの天幕だ!」
そう言って信繁が走り掛け声を上げた先には一つの大きな徳川の紋が描かれた陣幕がある。一気に駆け込むと他の者たちもその後に続いて入り込む。だがそこに誰の姿もなかった。
「ここじゃないか!逃げたか!」
「いや、私はここにおるぞ。」
その声の振り向くと、陣幕の陰から男が一人出て来る。それは・・・。
「お前!あの時の!」
「家康!」
青海と信繁は同時に声を上げる。
「今度こそ・・・問おう。今までの事は水に流そう。我が陣門に下れ。この極みに至ってまだ主君なぞ・・・何の意味もないからのぉ。」
そう言い家康は手を上げると幕の裏からぞろぞろと鎧武者達が出て来る。この状況・・・後ろをちらりと見れば、後続部隊も囲まれているらしい。
「投降せぇよ。この状況が分からぬほど・・・愚かではあるまい。」
そう言い厳しい目で家康が信繁たちを見つめる。
「それは・・・主君を違えろと・・・。」
「命は惜しくないのか?」
そう言いつつも家康は半ばこの言葉を聴いた段階で諦めていた。この男がここで突進してきたのを食い止めることはぎりぎり出来るかもしれないが・・・。だったとしても捕らえるのは難しい。
「命を惜しんで・・・ここまで来る事はないが・・・。」
そう言いつつ信繁は周囲の状況を窺っていた。たとえ、切りかかるのに成功したとしても、手傷だけを負わせ、自身が倒れては何にもならない。だが、その時だったどこからとも無く聞きなれない音が聞こえて来る。その次の瞬間だった。
「おい・・・。」
その不思議な減少に気が付いたのは取り囲んでいた兵士だった。そのうちの一人がふらふらと目を虚ろにして家康の元に歩いていった。
「お前!」
声を上げるものの、聞こえたふうも無く家康に向かって歩いていった。そいつが信繁たちの目の前を横切る頃、取り囲まれた後ろのほうでも異変が発生した。何の合図も無く、兵士達が襲撃を始めたのだ。
「お前ら!止めろ!」
家康は異変に気が付き声をかけるが兵士達は聞く耳を持たない。家康の目の前に来た兵士は刀を突然振り上げる。それをみて、とっさに信繁は踏み込み、その兵士を横から蹴りつけ、吹き飛ばす。
「お主・・・。」
次の瞬間、風を切る音が聞こえる。
「信繁!」
その声とともに青海は腕を広げ立ちふさがると、腕にナイフが5本ぐらい刺さる。
「青海!」
「おめえ!」
そう言ってしまは短刀を構えたまま信繁の後ろを固める。そのほうにはナイフを両手に持った男が近くの昨日江からこちらの様子を窺い、・・・何故か本を持った宣教師の姿が兵士達の後ろにいた。
「君達・・・豊臣軍でしょ。そんなの庇っちゃダメでしょ。」
不思議に気の抜けそうな声で話す男は、その異様さもあって周囲を威圧していた。
「ですな。せっかく神の為に働く機会があるのですから、そこで全滅しないと。」
宣教師は近くの男に呟くとその兵士の目から精気が抜けていく。周囲の兵士達はもう目に生気は無くふらふらしている。
「お前ら!」
信繁は睨みつけるがそれに一切動じることなく、少しずつ距離を詰める。
「お前ら!馬鹿にするな!」
青海は怒号を上げると腕に刺さったナイフを引っこ抜き投げつける。
「こいつら・・・嫌いだ!」
しまも宣教師たちに刀を構える。それに反応して宣教師達も構える。
「お前ら・・・俺達がこいつらを食い止める。そいつを連れて逃げろ。」
「青海!」
信繁は驚いて腰を抜かしている家康を掴み、引きずり上げる。
「家康殿!逃げるぞ!」
「う・・・うぅ・・ああ・・・。」
そううめき声を上げると家康はある場所を指差す。そこには馬が一頭あった。信繁は無理やり家康を馬に乗せると信繁は馬を出して全速力で走らせる。
「なんで・・・こう・・・ねえ。」
そう言うとナイフの男は気から飛びあり、ある低来る。まるで周囲の兵士なぞ気にならないように歩いて・・・その自然な動きの中で、襲い掛かる兵士達の急所を切り裂いていく。
「ダメよ。異教徒だからって邪魔しちゃあ。」
「お前達!異教徒に神の裁きを!」
そう言うと宣教師が掛け声を上げると兵士達が青海に向かって走ってくる。それを片手で錫杖を握り、弾き飛ばす。
「喝!」
その声に兵士達の一部は目を覚ますが、その瞬間後ろから切りかかられていく。
「異教徒ってッさ・・・お前らの教えだと殺しはアリかよ。」
青海は少しずつ間合いをはなしていく。先ほど庇った怪我で、片腕が動かない。声だけならどうにかなるが・・・。
「神に逆らうものは全て死すべし。他の神信じるもの全て・・・敵なり。」
宣教師は微笑みながらこちらを見つめる。見つめる青海たちと宣教師達の間では正気に戻った兵士達と増援と、正気を失った兵士達が戦闘を行っていた。
「改宗なんて無いのかよ。なんというか・・・流石だな。」
「さて・・・早速・・・神の御許に召されなさい!」
ナイフ男がナイフを投げつける。だが今度はそれはしまが全て刀で弾く。
「おめえ・・・忍びか?」
「忍び?知りませんね。そういえば使者を弔う事を偲ぶとか・・・。確かに偲ぶ意味ではね・・・。」
そう言って今度はしまに投げつけるが、またも刀に弾かれる。だが、距離は遠く・・・反撃できるほどの距離ではない。
”アルサレム・・・引き上げようよ。めんどくさいし、標的じゃないし。"
"確かに。私が時間を稼ぐ。行け!エミリオ。"
"りょう・・・かい。
不思議な言語で少し話すぞ、また宣教師達がこっちを睨みつける。それに構えるしか・・・二人には残されていなかった。ナイフ男が腰からナイフを抜き・・・抜き打ちでしまを狙う。だがそれもしまに弾かれるが・・・。
「な!」
「じゃあね。」
そう言うと宣教師の二人は二手に分かれ走る。ナイフ男はそのまま兵士達に紛れるように走り去る。
「貴様!」
青海はナイフ男を追うために振り向くが、そこに人垣が邪魔をする。宣教師の男は大声で何かを喋っている。それに合わせ周りの人間の生気が抜けていく。
「しま!」
「応よ!」
その声にナイフ男に向かって走ろうとすると青海が足を引っ掛ける。
「俺達も引くぞ。」
「は?」
しまは立ち上がると周囲を見渡す。人垣のせいでわからないが・・・もう二人の姿はなかった。
「ここは敵陣の奥だ。ただでさえ生きて帰る保証は無い。あっちの山に逃げるぞ。付いてこい。」
そう言うと近くの山を指差す。そこまでは一里はありそうだ。
「どうしてさ。あいつのところに行こうぜ。」
「馬に乗って逃げたなら、追いつけないし、あいつらはどうも引きに転じたみたいだ。なら俺達もここなら逃げるぞ。」
そう言うと、陣幕の奥に向かって走り始めた。各自、戦況は分からないが旗本のこの陣は宣教師のおかげで大荒れであり、脱出するにはこの時を置いて他にはなかったのだ。悔しそうにしまは周囲を見渡す。信繁・・・生きててくれよ。
「大丈夫かよ。」
馬に乗せて走り川原を抜け、信繁は一路、堺に向かった。あそこならどちら向きでもどうにかなる。それに警備部隊もいる。背中でしがみつく家康は震えていた。
「やはり・・・切腹するしか・・・。」
蚊の泣くような家康の声が信繁の耳元に入る。
「あんた・・・・怖いのか?」
「そう・・・だな。今でも・・・ずっと・・・戦は怖い。だがな。戦が怖くなければ策略も立たない。平和を望む事も無い。怖いから無くなればいい。だからここまで来れた。」
「だな。俺もだ。」
信繁は頷くと、更に馬を走らせる。だがもう馬は限界らしい。徐々に歩みは遅くなっていった。近くに打ち捨てられた寺を発見するとそこに入る。寺の看板にはかすれた文字で”南宗寺”と書かれていた。
「ここならしばらくは持つぞ。」
そう言って近くに腰を下ろさせる。家康の顔は青く息も絶え絶えだった。この時家康74歳。普通なら歩く事さえ叶わぬ老体である。
「どうして助けた?」
「わかんねえ。」
平然と言うと懐から出陣の際に持ち込んだ握り飯を取り出した。小さくはあるが、小分けにされており、戦のたしなみでもあった。それのうち一つを手に取ると後を家康に渡す。
「食っときな。まだ先は長い。」
「これからどうする気だ。」
家康は刀に手を掛け信繁を見つめる。
「あいつらはあんたごと俺も殺そうとした。だから一緒に逃げた。後のことは考えてない。」
「そうか・・・。」
鞘にかけた手を離すと、握り飯の封を開け一つを口に含む。
「夢中でさ。」
そういうと信繁は軽く微笑えんだ。
「そうか・・・。お前のような奴が息子なら・・・この歳まで何の苦労もしないのにな。」
「・・・。」
寂しそうな顔をして下をうつむき少ない米を噛み締めていた。
「でも・・・ありがとうな。助けてくれて。」
素直に、ポツリと呟くように家康は呟いた。その顔をちらりと信繁は見ると、それはまるで仏のようにも見えた。その時、どこかで聞いた音が・・・。家康は急に立ち上がると信繁に抱きつく。
ズドドドドド!
鈍い音が連続でがして、家康の背中に大き目のナイフが数本刺さる。
「家康殿!」
「わしの老い先短い命・・・老い先短い命!無駄に使うか!」
そう言って向きかえると、寺の入り口にあのナイフ男が立ちふさがる。
「探したわよ。本当に。」
「貴様!」
信繁も刀を抜くがそれを家康が手で制し、刀を構える。
「お主は生きろ!」
「あんたが言うんじゃねえ!」
そう言って構えているが、ナイフの男もお互いの間合いが分かるのか、うかつに近づいてこない。しばらく見つめるが、腰から抜いたナイフを更に投げつけようと構えた。
シュ・・・・ルルルルル!
次の瞬間更に風を切る音が聞こえ、エミリオはナイフを急に持ち替えて飛びのく。その足元には手裏剣が転がっていた。その瞬間、周囲を顔を布で覆った黒ずくめたちが取り囲む。
「殿!」
半蔵の声が聞こえると、半蔵は家康の傍に駆け寄る。その顔は・・・いつもの飄々とした顔ではなく、泣きそうな・・・少女の様でもあった。
「半蔵か・・・。」
「との!」
家康は寺の柱に寄りかかり、腰をすとんと落とし、地面に腰を落とす。
「これは・・・状況が悪いようね。じゃあね。」
そう言うとエミリオは腰に持った煙玉を投げつけ、一目散に逃げって行った。
「追え!追え!」
半蔵の号令とともに、忍者達はナイフ男を追いかけていった。敵意が去るのを見ると半蔵は家康の脇に寄り添う。信繁もまた寄り添う。
「助かったな。」
「あんた・・・。」
家康はほっとした顔で信繁を見つめる。その顔はまるで息子を見ているように・・・信繁には思えた。
「半蔵。」
「は。」
「遺言は・・・ここに記してある。あれを実行するように。」
「は。」
半蔵は深く頷き背中を見る。背中のナイフは深く刺さっており、明らかに致命傷である。それはお互い分かっていた。
「後・・・今まで世話をかけたな。」
「は・・・い・・・。」
半蔵の頬から涙が落ちる。
「信繁殿・・・。」
「ああ。」
そう言って信繁を家康は見つめる。
「日ノ本を頼む。おぬしなら・・・きっと・・・。」
「ああ。」
「これでいい・・・。心残りはあるが・・・最後まで人らし・・・く・・・満足な・・・人生だった・・・。辞世の句を読む体力は・・・無い・・・。みんなに・・・よろしく・・・な・・・・・・。」
その言葉とともに、力を失い、ガタっと家康は崩れ落ちていった。これが徳川家康享年74歳の最後の言葉であった。
「殿ぉぉぉぉぉおぉおおおおおお!!!!」
その様子を前に半蔵は絶叫した!信繁の頬をツウッと涙が落ちていった。しばらく、半蔵は泣き崩れていた。これを目の前にして信繁は呆然とするしかなかった。だが、しばらくすると半蔵は立ち上がり、背中の忍者刀を抜き、信繁の眼前に突きつける。
「今度こそ・・・今度こそ・・・我らの仲間となれ・・・。」
その顔は涙の跡がくっきりと付き、その顔はぐしゃぐしゃに歪んでいた。その悲壮な顔を前に信繁は言葉を失っていた。
「もう・・・何も考えられぬ。これ以上は考えられぬ。だから・・・だから・・・こうしか出来ぬ。おぬしを仲間にせねば…殿は・・・殿は・・・。殿はぁぁぁぁぁ!」
「分かっている。」
「何がだ!」
「俺は軍門に下る・・・。」
信繁はボソッと呟くように行った。
「・・・。」
半蔵はそれに何を言う事もできなかった。混乱してしまう程に・・・もう訳がわからなかった。
「俺は身勝手にもここまで来れた。この人を倒して戦が終わる・・・そう思っていた。だが、違う・・・なら・・・俺は俺の力で戦を終わらせる。だが・・・。」
そう言うと家康のまぶたをそっと触ると、瞳を閉じさせた。
「秀頼殿だけは・・・秀頼殿の命だけは助けてもらう。それだけは俺が叔父に対する恩義返しだ。後は城とかは関係ない。頼む。」
その信繁の声の最後のほうは消え入るように・・・細く・・・半蔵の耳にかすかに残る、後に聞こえる嗚咽にまぎれた・・・呟きであった。
この文を以って大阪夏の陣および、冬の陣での戦没者の皆様の冥福を祈り、ここにこの文を捧げます。