第十一節 啄木鳥の一突き
ついに始まる大阪夏の陣。信繁は作戦を実行するため戦場に向かう。そこに立ちはだかるのは東北最強”伊達正宗” ついに決戦の火蓋が切って落とされるのであった。
第十一節 啄木鳥の一突き
ゆっくりと銃を構え、5月の夜の風を信繁は感じながら家で一人、じっと色いろいろな事を考えていた。もう家には自分一人しかいない・・・これほど悲しい武家屋敷というのも珍しい。部隊への指示や細かい事を筧や青海に伝え、自分は一人ある事の確認を与えられた武器を見渡し、考え直していた。
「本当・・・。ここまでたどり着く方がつらかったぜ。」
しまは入り口からずかずかと家にはいると、縁側にどかっと座る。
「遅かったな。」
「ああ。よく分からなかった事が多かったから本当に・・・大変だったぜ。」
「とりあえず前に教わっているよな。」
そう言う遠くから、先ほどの会議でも使っていた地図と、丸い駒を取り出す。そしてそれを見ると、駒を着々と配置していく。
「これが・・・敵軍の配置だぜ。」
そう言って配置された駒をじっと信繁は見つめていた。
「そうか・・・かなり・・・きついな・・・。作戦は・・・念のためも含め、全て起きそう・・・。最悪かもな・・・。」
そう言って盤面を見つめる。そこには東、南全てをふさぐような布陣が敷かれた徳川の布陣が描かれていた。だが・・・それは信繁の想定通りの展開でもあった。
「でもさ・・・これって役に立つのかよ。」
「まあな。ここから相手の動きを予想し、作戦を立てるのが俺の役目だ。」
「そうか。それなら俺も役に立ったというわけだ。」
「そうだな。」
そう言いつつ月明かりが照らす中、じっと地図を指さす。
「やはり・・・仕掛けるなら湿地しかあるまい。」
「あの沼か?」
当時の大阪城東側にはまだ整地されていない湿地帯があり、これが防衛に一役買っていた。だが、これは向こうも承知のはずだ。むろん何かを仕掛けてくる。いや、構えてくる。
「ここなら・・・ここか。」
そう言い、決戦地域の南側に眠る村を先の林を指さす。
「後・・・報告は?」
「お・・・応・・・半蔵が言ってた通りに聞くんだな。おまえ。」
不思議そうな顔で信繁を見つめていた。
「三つほどあるぜ。一つは北の村での報告。何か・・・お坊さんがたくさん北の山の中に行ったとか。」
「それは・・・分からんな。次。」
「ああ。その北の村とかだと何故か、水がここ数日少なくなっていて、稲作しているお百姓さんが困っていた頃。」
「・・・ん?」
「でさらに言うと、南に構えていた集団が最近東へ向かったとか・・・。」
「と言う事は・・忍者部隊は中央に集まる。最初か次点で戦線投入か。統率力は高いから。」
そう言って盤面に黒い駒を中央に足す。状況にいい報告は一切無い。
「で最後だ。最後に寄った南での報告。船の一団が北に向かっていった事。」
「・・・流石に淀君の浅知恵も見きるか。」
そう言うとつい口に笑みをほころばせる。だが相手は美井が行っている報告が正しければ、海戦慣れした”世界最強艦隊”早々簡単に沈む事はないと思うが・・・。
「と言う事は読んだ通りの展開・・・。」
そう言うとふっと口から小さな笑みが漏れる。
「ん?おかしいか?」
「いや、自分が思い描いた最悪の状況が今・・・ここにある。」
そう言うと地図を見つめる。15万の軍が来る。大方軍隊が整列しきるには時間がかかる。早期決戦でしか勝機はない。だが、先陣は伊達と藤堂、伊達はもっとも傷の少ない戦国大名であり一番戦慣れしている軍団でもある。そして戦国で名をはせた傭兵一族”藤堂”の部隊。数は大方奇襲確率の高い方に大軍を置いている。予想出来てはいたが、最悪でもある。
「ま、俺は少し休みながらだから楽だったけど、でもまあ・・・どうするよこれ?」
偵察してきただけあって・・・しまでも分かるほどの絶望的な差だ。
「そうだな、奇襲を一度掛ける必要があるか。すまないが、すぐに一つ頼まれてくれるか。」
そう言うと奥から大きめの紐付きの筒を一つ奥から持ってくる。
「これは?」
「これか。これはよく忍者が使う連絡筒でな。半蔵に聞いて作ってみたんだ。これ。」
「ああ。」
先日、半蔵がしまに忍者の技術の説明をしていた時、緊急連絡に使う連絡筒というものの説明を行っていた。それは手に持てるほどの大きさで中に発破が入っており、爆発するようにでいている。大きな音と、煙で味方に位置を知らせるものだ。色つきの物もあり、色の作り方は各里の秘密となっている。むろん半蔵は教える事はなかった。
「で、俺なりに作ってみた。」
そう言って見せている筒は少し大きく隠し持つわけにはいかなかった。
「でもこれ、緊急とか言う割に大きくねぇか?」
そう言ってじろじろと筒を見つめる。
「改良したんだ。ある目的でな。」
そう言って筒を投げて、しまに渡す。
「これを持ってここに行って欲しい。」
そう言うとある村を一つ指さす。
「ここ?」
「ここだ。」
そう言って指さした村を見つめる。そこは少し奥ばった外れともいえる。
「この近くに小さな林がある。そこで、敵の部隊が見えたら、これに火をつけて・・・逃げ出して欲しい。」
「・・・逃げていいのかよ。」
手に持った筒を見ながらじっと見つめていた。これに早々殺傷力があるようにも思えない。
「そうだ。これ、しばらくお前が使え。どこかで役に立つ。」
そう言うと信繁は刺していた脇差しを投げてよこす。手に筒も持っていた為、慌てて掴んだ。
「これは・・・。」
「そいつは村正作の脇差し・・・”死に名月”。」
「”死に名月”・・・。」
そう言ってその刀をみつめる。刀に付く名としてはあまりに珍しかった。
「親父はこういっていた。何でその名前かというと、よく侍が切腹とか言う時に腹に刺すのがそう言う脇差し。」
じっと見つめている信繁は寂しそうな顔をしていた。
「そして切腹する奴がよく言う辞世の句があってな。その作者はそう言う死に急ぐ奴が大嫌いだった。そこでこれで腹を突くなら好きにしろ・・・だから“死に名月“。」
「嫌な謂われだな。」
そう言って憎々しげにしまはその脇差しを見つめる。
「でな。親父は最後この刀を渡す時にな、自分の腹をかっ捌く予定の刀だ。大切にしろって言われたんだ。」
その言葉を聞いて・・・改めてその脇差しを見つめる。何となくその刀の重みがました気がする。
「俺も何か忠義に反する事があればそいつで腹をかっ捌く。」
その言葉に、しまはじっとその刀を見つめていた。
「だから、俺が自身の腹をかっ捌く時まで、生きろ。その役目に失敗すれば俺たちは全滅しかねない。だから・・・成功・・・もしくは失敗でも構わない・・・生きろ。」
信繁の頬から涙が落ちているようにも見えるが、その顔をまともに見ることは出来ない。
「んな事言うんじゃねえよ。俺が絶対成功させて、見事大勝利だぜ。」
「生きていれば立つ瀬もある。覚えておけよ。」
その並々ならぬ覚悟にしまはごくっと唾を飲み込むとともに、しょっぱさも感じていた。
「お前ら!準備は出来たか?」
そう掛け声は黒ずくめの部隊全てに行き渡っていた。その周りでは大合唱の念仏とかが響き渡っていた。
「わしら・・・これでお役ご免かな。」
疲れ果てた僧正の一人が、近くの木に寄りかかり、へたれながら答えていた。
「分からぬ。この量以上はもう必要ないと思うが・・・。」
半蔵は樽の数を数えさせていた。この数日間、最終調整に余念はなかったが、それでも万全だとはとうてい思えなかった。そこまでさせるほどにあの時の敗北は忘れがたかった。
「妖隊第二陣。皆持ったか?」
その掛け声の方を見るとできあがったばかりの水を持った妖怪達の姿が見える。移動に自身がある部隊ばかりだ。完成まで時間がかかったが、親方様の出陣までに間に合う。
「半蔵様、設営地点周辺での釜の準備が出来ました。」
走って来た忍びが急いで報告を持ってくる。周囲はさながら戦場さながらのようであった。
「分かった。霧隠れは五日、五日に発動させる。その日が一番濃厚だ!只、油断するな。合図があればすぐに出来るようにも伝えろ!」
「了解しました!」
そう言い先ほど報告しに来た忍びは駆け足手はしって去っていった。
「妖隊第一陣は山野を通り、死人確認が、死人をそいつで払ってくれ。」
後ろの方では水の使い方を説明する忍びの姿があった。頭はあまりよくないらしく、聞き入っていた妖怪の長達が、かみ砕いて妖怪達に説明している。
「こうして、妖怪と追いかける坊さんをわしらが一緒とはな。」
呆れた顔でお宮の方がじっと念仏を大合唱する坊さんと、念仏の対象である水瓶を見つめる。その姿は下から照らす姿は今まで見た姿より更に妖艶に見える。
「お吉の方。」
「でもまあ、このような作戦・・・あまりに大規模で、初めてだ。そこまでの脅威があの城にはあるのか?」
そう言い見つめる先に暗闇に浮かぶ黄金の破片が火に照らされる様子に見える。大阪城はこの当時、夜の大阪城はある意味平原に浮かぶ黒塗りでもあり、不気味でもあった。
「大方日の本を揺るがす最大の敵。今までの騒乱の黒幕・・・正真正銘の黒幕があそこにはおり申す。」
そう言い、苦々しい顔であの城を見つめる。あの日会った・・・あの地獄の風景を彼は忘れるわけにはいかなかった。
当時作戦を採るものがいなかった南側の調査の為、半蔵は南側攻めにいた。ついでに言うと真田丸とは、反対側である。当時真田丸はあの銃撃打ち下ろしの為、銃しかとおらず、南側の進捗次第では撤退が視野に入っていた為、様子を見に来ていたのだ。ちょうど戦線が硬直していた時、彼の目の前で、門は開いていった。しかも内側から。全員はそこから弊誌が出るのではないかと身構えていた。その瞬間何か粉を投げつけられ、兵達がたじろいだ瞬間のことだった。突然前線の兵士達が慌て始め、兵士達の足が止まった。Sの瞬間足に触れるものを感じた俺は下を見つめると下にあった死体が動き始めた。素早く飛び退くと、その場を離れた。次の瞬間見つめたそこは地獄しかなかった。立ち上がった徳川と豊臣の死体が、所構わずかみつき始めた。直感的に死人と感じた俺は懐から死人対策を取り出すその瞬間殺気を感じ飛び退く。
「ようこそ!観客達よ。」
その声に上を向くとそこには黒ずくめ・・・黒いマントをつけた黒ずくめの・・・宣教師の姿があった。足下には阿鼻叫喚の姿があった。それを見た半蔵は反射的に懐から手裏剣を取り出すと投げつける。それを悠々と交わしなお高台に達続けた男の姿であった。
「貴様!」
「皆の衆。この異教徒どもが!神の裁きを受けよ!」
訳の分からぬ事をしゃべりだす男の目は・・・爛々と輝き、異常でもあった。
「貴様!名を名乗れ!」
そう言うと近くの槍を拾い上げ、その男に投げつける。それをその男はマントの一振りではじく。
「そうだな・・・指令はこう名乗れと行っていたな・・・。」
そう言うと腰に手を当てて、下の死肉をむさぼる死人達の上で胸を張る。
「俺の名前はなあ・・・トヨトーミヒデヨーりだ!」
そう聞く間にも、死人が死人を生む状況になっていて、どんどん徳川の兵達が死人として立ち上がってきている。
「引き上げろ!」
そう半蔵が大声を上げると、後ろで怯えていた部隊達も引き上げ始める。手に持っていたお清めの水を刀に掛けると、構える。中には徳川の兵士達の死体も混ざっているのがとてもつらかった。
「お前ら!行けい!神罰を下すのだ!」
その掛け声とともに、それまで無軌道だった死人達が、立ち上がり、一斉にこちらに向く。その瞬間体の芯をぞくっとしたものが走る。今まで一の言うことを聞く死人なぞ見たことがなかった。
ふと半蔵の頭をあの日のことがよぎる、ぎりぎりで増援が間に合い撤退出来たものの、最早攻めることはかなわず、そのまま兵糧攻めを決定していた。その後聞いたが、その時やけくそで撃った空砲が天守閣に届いた話を聞き無駄ではないと思ったがあの時もまた、講話の使者が来た時に無駄ではないと思えてしまう。そこまでに・・・絶望じみた徳川方の敗北であった。その日を今でも忘れることは出来なかった。それから始まった寺の再編と死人対策の徹底を行い、今ここに至る。
「何を考えているかは知らぬが・・・。一応はまとめ役ぞ。頬を伝う涙は拭きな。」
そう言い、懐から手ぬぐいを取り出すと、半蔵に差し出す。それに気が付くと半蔵は頬をなでる。液体が指にぴったりと付いてくる。
「これは・・・きっと清めの水の・・・。」
そう言って一息つく、半蔵は顔全体で顔をぬぐう。
「感謝いたす。」
「だしても、あの城かどっかには信繁がいるのだろう・・・寂しいものよ。」
「確かにそうですな・・・。我らとしても彼とは戦いたくありません。」
「お主がそう言うとはな。」
意外そうな顔をして半蔵のしんみりした顔がお吉の方には意外だった。その間にも後ろではへばったお坊さんだ達に妖怪達が食事を運んでいた。
「これでも二月ほどは一緒の飯を食らった仲ですぞ。惜しいと思わぬはずはない。」
「そうか・・・お主ほどの男さえ揺り動かすとは・・・流石・・・真田よの。」
そう言うとニタニタした顔でお吉の方は歩いて去っていってしまう。その歩みをじっと半蔵は見ながらも、次の作戦の準備を考え始めていた。
「塗り終わってございます。」
そう言うと信繁の前に並ぶ部隊の鎧は全て赤塗りとなり、その様相はどこを見ても”赤備え”である。青海がかしこまり、各部隊は大阪城前に整列していた。しまと筧の姿はここにはないが、作戦の為、一足先に現場に向かってもらっている。
「よろしい。」
信繁はその返事とともに鷹揚に頷く。こうしないと遠くまで頷いた様子を見せることは出来ない。全員の鎧が同じ色になったことにより、気持ちが引き締まったように見える。
「皆に告ぐ!」
信繁の声が大阪城いっぱいに聞こえる。その周りには各侍大将達も整列している。
「この戦いは負け戦である!」
その第一声に全員がざわつく。
「だから・・・この先の戦いは生きて帰る保証はない!」
その声に更に全員がざわつく。
「もし命を惜しむもの、残した家族が気にかかるものがいるなら、今から帰れば罪には問わぬ。帰るが良い!」
その声にしばらくざわつくが、誰一人として帰る者はいない・・・いや、帰れないだけかもしれない。
「今ここにいる者を!俺は!豊臣に忠義ある者だとは・・・決して思わぬ!」
その言葉に侍大将達が全員信繁の方を向く。
「この世において最後の一花を咲かせようと言う・・・戦場に生きる強者だと皆を思う!かぶき者だと俺は信じる!だからこそ聞いて欲しい。これから俺たちは15万もの兵がいるこの日の本と戦う!」
その言葉に全員が注視していた。
「例え、これから会う者全てが仏でも親でも敵と思えば全てを切り捨てよ!全てを敵に回しても己を信じ突き進め!それでも俺たちを信じてくれる仲間がいるならそいつを助けろ!俺たちは死にに行くわけではない!死ぬつもりで勝ちを拾う男・・・いや、かぶき者だ!」
その怒号に近い声が、埋められた外堀にいた者達5万の魂に全て響いていった。
「俺たちの生き様を奴らに思う存分見せつけてやれ!俺たちが居た事を存分にこの世にいる奴らに見せつけてやれ!後悔するな、後悔させるな!だから・・・生きて帰れるように・・・全力を尽くせ!余すところを作るな!備えをしたか!万全だったか!無ければ!その手に全力を携え・・・俺に付いてこい!俺が・・・こいつらが!」
そう言って信繁が手を広げた先には聞き惚れていた侍大将達がいた。
「お前達を最後まで輝かせて・・・そして活かしてやる!」
信繁が腕を突き上げるとそれに合わせて誰が言うわけでもなく全員が怒号をあげる。
「各自!おのが持ち場に着き!存分に戦え!」
そう言うと侍大将達が各自手を挙げる、そして各自各々の持ち場に向かっていった。
「よーやるな。お前。」
後藤が感心したように駆け寄ってくる。
「いや。これは・・・お恥ずかしい。」
台から降りると信繁は照れくさそうに頭をかく。
「これで全員に気合いが入る。後は作戦次第だが・・・。」
「そればかりは相手次第かと。只、忍びの報告だと敵の配置は読み通りで。」
そう言って自分が行く先の南を見つめる。
「そっか。お前・・・忍びなんて部下がいたのか。すげえな。」
そう感心している後藤であったが、その様子は頭が良さそうに見えない。
「でもあの通りなら後藤殿の位置が一番危うい。文字通り全滅さえありうります。ご注意召されよ。」
「分かっている。だがな、俺も弱い男ではないさ。お前の作戦で勝てるなら・・・俺は盾になってやるさ。」
そう言う髭面が笑うのを少し信繁は寂しそうに見つめた。
「お前ら!行くぞ。俺たちだけが遅れたとあっては恥だ!行くぞ!」
そう言うと背後の部隊に声を掛け、後藤は去っていった。
「良いお方で。」
後ろを振り返ると青海が声を掛ける。
「だな。」
「でもまあ・・・あのお方らしいですが、よくもまあ訓辞を我らに。」
「仕方ないさ。それが出来る奴はここにはいない。」
そう言って周りを見渡す。各自部隊を率いて持ち場まで向かい始める。三日ほどあるので、どうなるか分からないが、それなりの位置に陣取れるとは思う。
「俺たちもどうなるか、誰が生き残り、誰が死ぬのか分からない・・・それが今度の戦だ。只、こいつがある分だけ俺たちの方が有利だ。」
そう言って手に持った銃を見つめる。先日運ばれてきた・・・美井が言うには見たこともない形の銃だ。
「ですな。」
そう言うと青海が腕を上げる。それに合わせ皆が配置となる道明寺に向け出発を始める。
「啄木鳥の一突き、決まればいいが・・・。」
不安がるも、この作戦成功するかは相手次第なのだから。
「配置についてございます。」
半蔵はじっと周囲を見渡す。木を切りあつらえた釜に全員が準備を行い、号令を待っていた。
「これから・・・霧隠れ清めの術を行う!お前ら始めろ!」
半蔵の掛け声とともに全員が釜に火を入れ水を炊き始める。総勢6千の忍軍が全て釜をたき、一部の者がうちわで釜を扇いでいる。ちょうど前後の火は数日間北向きの風がながれることは分かっていたので、それに合わせ水を相当量焚いて一時的に戦場を充満させる・・・これが徳川・・・いや伊賀忍軍最終手段の一つ”霧隠れ”である。霧で視界を封じることにより、銃の使用を控えさせ、あまつさえに火薬を湿気させることで銃を封じる・・・関ヶ原で行った実験により、より広範囲で行うことが可能な対銃の最終兵器である。今回は更に死人対策用に各寺院に頼み、お払いさせた清めの水を使用して戦場に充満させ、死人を封じる為にそれを霧にすべく兵を配置させた。
「各員連絡。戦場予定位置へ!」
そう言うと各自忍者達が走り始めた。その様子をじっと半蔵は見つめていた。この作戦に当たり、各所に見張りを立て、万全を期してはいるが相手はあの真田である。何が起こるのか分からない。
「つーわけでー。お前ら、行っていいっぺぇ!」
伊達政宗は忍者の報告を受けると刀を突き上げる。それに合わせ、全員が行軍を始める。
「皆の者進軍!」
片倉の掛け声が響く。
「でもさ。マジ・・・霧濃くね?」
そう言って伊達政宗は周囲を見渡すと、合図がでた頃には霧隠れが完成しており、周囲は深い霧に包まれていた。
「と・・・言われましても・・・。作戦通りな分半蔵殿を褒めるべきでは・・・。」
「ちょっとさ・・・とばしていかね?」
少し苛ついて伊達政宗が聞いてくる。・・・片倉の腹は微妙に痛くなってきた・・・気がする。
「お前らさ!俺とあそこまで競争しねえか?」
そう言って正宗は兵士達に声を掛ける。
「まずだりぃからさ。あそこまで走っていったら一番な。」
「おおー!」
そう言うと兵士達が走り出そうと構え始める。
「よーい!行け!」
そう言うと伊達政宗は急に片倉から逃げるように馬を掛けて走り出してしまう。
「ちょっと待ってくださいよ。これ!どうするんですか?口上で使うんでしょ?」
そう言って片倉は脇に置いてあった巨大な十字架が置いてある砲台を指さす、伊達政宗はそれを知らずか、全速力で走り去ってしまう。
「ちょっと・・・待ってくださいよぉ。」
片倉は情けない声を上げて、少しは止めるように手招きをする。それに合わせ部隊は少し早く動き出した。と言うより出発をせかした。そして・・片倉は懐から胃薬を取り出すと口の中に流し込んだ。
「報告します。」
「おう。」
後藤は道明寺に一番乗りすると、早速斥候を放っていた。
「まだ真田様以下各部隊は着いておらず、銃の準備に少しかかります。」
そう行って斥候は近くに座る。周囲を見れば霧が深く、斥候無しでは部隊の状態も分からない。只川が近いことだけは分かる。
「でもまあ・・・ここまで霧が濃いと作戦うまくいくのかね?」
不審そうにじっと霧の向こうを見つめる。後藤はあの時聞いた作戦を思い出す。
「今回の作戦は籠城に持ち込むにしても、戦うにしても最初に敵兵を減らす必要があり申す。」
そう信繁はそう言って川を指さす。
「古来戦場に置いて一番守りやすいのは川。ですが、川で待ちかまえたのでは相手は警戒します。」
そう言って信繁は川を叩く。
「でもどうするんだ?」
「川で待てば大方相手との銃撃戦が待っていると思います。だから川で待つのは下策。」
そう言って徳川の川の側の部隊を川向こうの道明寺側に渡す。
「なら・・・どうするんだよ。」
若い侍大将が聞いてくる。
「そこで・・・渡った直後の銃を構えていない所を狙い申す。」
そう言って駒を渡った直後の周囲に味方の駒を配置する。
「ここで襲撃か?」
「いや・・・ここを銃で狙います。」
「え・・・。」
そう言って少し距離を置くように信繁は駒を配置する。
「このあたりには村や古墳などで、隠れるところが多く、川の側以外は森となって申す。ここなら圧倒的有利で叩けます。また、ここで時間を稼ぎ、退くことも出来ます。」
「それは・・・いいのか?」
「数が多い為、これでも引き時を誤れば全滅もありうります。」
その言葉に侍大将達はごくっと唾を飲む。
「只・・・この作戦には致命的な欠点があります。」
そう言って顔を曇らせ、相手の駒を突く。
「この駒・・・動く時にどこに飛び込むのか分かり申さぬ。そのためにはここで足止めする部隊が必要です。」
その言葉に全員が息をのむ。相手はいくつの兵力が来るのか分からない上に、その部隊の足止めなぞ出来るわけではない。
「他に作戦は・・・皆もあるか?」
後藤は見渡す。だが誰も口を開こうとはしない。
「俺は気に入ったぜ。これなら、相手をつぶせると・・・俺は信じている。」
そう言って後藤は立ち上がる。
「ま、こういう役目は誰も引き受けたがらない者さ。なら・・・俺がやる。」
そう言うと後藤は胸を叩いた。その言葉に信繁はぐっと涙が出そうになるのをこらえるしかなかった。
「お前らはお前らのやることをやれ・・・後・・・俺が何かあったらこいつに全てを託す。お前ら・・・頼んだぞ!」
「見栄をきっちまったものはしかたねえが・・・。これはねえべ。」
そう言って後藤は霧の向こうを見つめるが、対岸を見ることは出来ない。晴れならばここからでも対岸を見ることは出来る。ま・・・相手も川向こうを見ることが出来なければ
こっちに撃ってくることはないが・・・はてさて・・・どうしたものか。じっと後藤は自分の無い頭で考える。
この辺一帯の川は浅く、確かに川を渡っている最中でも足止めは可能であるが・・・。
「報告!」
先行させていた偵察部隊が戻ってくる。
「何だ!」
「敵部隊の一部を確認。どうもこちらと一緒で夜通し進行している模様。」
「な・・・!」
その報告に後藤は唖然としてしまう。計画よりも早い敵陣の動きとは予測はしていなかった。
「はい。確かに食事の煙がありました。明日早朝にも渡航を開始かと!」
いくつもの斥候を放ち、遠目からの確認をさせていたが・・・後藤は慌てていた。どうするか。天候を見つめる。前聞いた話だと、信繁の作戦は設営には数時間がかかりそうな作戦だ。今も霧は深く、この暖かさから考えて明日も濃霧・・・。ふ・・・惚れた男に準ずるか・・・。これもまた一妙だ。
「お前ら!川ぁ渡るぞ!覚悟決めろ!お前ら!」
後藤は周囲に掛け声を掛ける。
「マジはええな、おめえら。俺感激だぞ。」
伊達政宗は息を切らし、周りの連中を見やる。全員息を切らしていた。だからかもしれないがずいぶん予定地点よりも先の地点で休憩する羽目になっている。
「・・・殿・・・。馬を一頭潰してでもやることですか?」
片倉が後方から呆れなががら、休息させている部隊達から抜けて、伊達政宗を見る。
「いや・・・ああ・・・まあな。ほら・・・先陣前駆けってかっこいいじゃん。」
そう言って申し訳なさそうに片倉を見つめる。
「それは敵がいる時です!敵がいない時に先駆けって・・・何するんです本当に!」
そう言いつつ苦笑いする伊達であるが、部下はこういう性格だからこそ付いてきている。それは片倉も承知であった。だが・・・物資の調達もままならないこの大阪では殿が乗るような馬はなかなか調達など・・・。
「京で買ってこればいいじゃん。馬。」
「ふざけないでください!京って・・・敵陣ですし、うちら先頭ですよ!」
「えー。」
正宗が不満そうに村を見る。周りの兵士も先頭もしていないのに、食事しているその様子は全力を使い果たした後にも見える。
「ま、寝るぜ。俺は。」
そう言うと近くの木によりかかり、周りを見渡す。渡ってきたところが湿地帯であった為、片倉は周囲を警戒していたが、正宗はそう感じていなかった。湿地帯で奇襲すれば帰れない。当然のことだ。帰る前に銃で蜂の巣にされる。銃がこうして多数ある今、この湿地での奇襲は成り立たない。なら・・・早く行けば相手が奇襲する前に奇襲が出来る。そう直感的に感じていた。半蔵が言うには今日あたりに戦線を張ってくるとか言っていたが・・・買いかぶりすぎだったか?
「は。」
そう言うと片倉は周囲に斥候部隊を派遣させる。当然伊達家にも忍者を雇ってはいる。だがそれでも直感が上回る時がある。
「報告!」
先に行った先遣部隊が帰ってくる。どうも急ぎ足のようだ。
「敵の部隊が川を渡った模様。」
「見たのか?」
伊達の目がぱっちりと見開く。
「は。確認したところ、かなりの人数が渡って・・・。」
「何人かわかるか?」
「いえ・・・。」
「そっかぁ。」
そう言って正宗はまた目をつぶる。数が分からないと・・・この先は谷沿いに行けば少し曲がってそして川にでる川の前。狙撃はされないとはいえ・・・。相手があの川を渡る利点はない。それにそこまで斥候などが、機能していないとは考えにくい・・・と言うことは・・・背後狙いか?なら先端を潰せば作戦は崩壊か・・・。ここまで浅はかなのか、あの真田とか言う男は・・・。
「お前ら!少し休憩してから、前に出るぞ!道をふさげ!片倉!」
「は!」
この時ばかりはいつもふざけているように見える正宗もまた本気である。
「相手がどうでるか分からん。また、夜に他の部隊が渡るかもしんねぇ。」
「は。」
「だから、設営位置を変更する。川が見えるところで待機だ!」
そう言うと周囲の人間もざわつき始める。どうでるか分からないがこれで半分以上の手は防げるはず。派手な方がいいが・・・相手の出方次第ではどうにもならない・・・。渋い顔で山を見つめている。
「川を全員渡りましたが・・・信繁殿の作戦違反では?」
「時間を稼ぐ。」
その後藤の言葉に全員が息を飲む。
「到着しても銃とかの準備に時間がかかる。だからせめて時間だけでも稼ぐ。お前ら!俺に力だけでも貸せ!」
「おお!」
そう言うと後藤は近くの山を指さす。
「この中に潜むぞ。」
そう言うと全員が山の中に進軍を始める。その時、先に行っていた部隊が走ってくる。
「敵兵に動きあり!進軍を開始しました。」
走ってくる部隊は慌てている。後藤はそれでも落ち着いていた。
「せめて、朝になれば援軍が来るやもしれん!時間を稼ぐぞ!走って入れ!」
「応!」
そう言うと全員が駆け足で山に走っていく。
「どうも・・・何も動きがねえなあ。」
川を見える位置に陣を取った伊達は、舶来品の遠見筒を片手にじっと川向こうを見る・・・。とりあえず、向こうの様子は分からない・・と言うより暗くて見えない。
「そう言えば、上がってきた部隊というのもここまで見ませんでしたな。」
そう言って周囲を見渡す片倉ではあるが、その敵部隊の様子は見えない。一万を超える部隊ならまだ川を渡っているはずだ。
「ちいっと様子がおかしいな。」
正宗も前を見つめるがその様子はない。一番前の部隊には鉄盾を構えさせてはいるが銃も飛んでこない。まあ・・・周囲は霧だから早々飛んでは来ないだろうが・・・。ここまで来ると遠見筒もまた役には立たない。
「と・・・いいますと・・・。」
「まずは部隊とか言っていた奴はいねえ・・・いるとすれば・・・。」
そう言って横の山を見つめる。ちょうど鷹外で、周囲を見つめることも出来る。
「そこの山だ。」
その言葉に片倉はじっと山を見つめるが敵がいるようにはみえない。
「でも・・・。」
「だが・・・ここから離れれば敵の部隊が横を突いてくるんじゃねえか?」
そう言って川向こうをじっと正宗は見つめる。川はあまり深くない為か、突撃すれば壊滅しかねない。だとすると・・・。
「敵に動きはあっか?」
周囲に伊達は聞いてくるが返事はない。無いと見る方が正しい。
「なら・・・先に先行部隊を潰すぞ!気張れや!」
「おお!」
「大砲はどうします?」
片倉は退かせてきた大砲の数々を指さす。
「いらね。むしろ音と小さくして相手を引き寄せる方が楽っしょ。」
「は。」
「片倉。後ろの部隊に使い出して、そこの山囲むって言っとけや。俺たちは山狩りすっぞ!」
「は。」
その言葉に頷き、手で合図を送る。それに伴い馬が走って後ろの部隊に向かっていた。この行動の早さが伊達の売りでもある。
「部隊・・。動き始めたようだな。」
じっと山頂から下に向かい後藤は望遠鏡を除いていた。斥候用にと城の中から大名用の者をかっぱらっておいたのがここで役に立つ。それに伴い全員が銃を構えじっと部隊を狙っていた。信繁から聞いたあの話を基にじっと銃を構える。
「えっと・・・。銃って・・・ここにぼっち・・・ある。」
美井は銃の一部を指さすと根元の凹がある板の部分を刺す。全員が食い入るように見つめる。信繁が言うには西洋人には西洋人の銃の扱い方があるらしい。それを知れば少しは命中が上がるとのこと。
「ここを覗くと・・・前に・・・凸がある・・・でしょ。」
そう言って銃の先端にある出っ張りを指さす。まさかこの年になってこんな小さな娘に物を教わるとは・・・。やはり周りもその考えは一緒らしいが、実際その事を知らないのだから仕方がない。
「へこんだところ・・・ここ・・・覗く・・・金属の先・・・敵・・・撃つ・・・当たる。」
そう言うと信繁が、言った通りに構えると的と思われる木の板を撃つ。すると素直に前に向かって放たれ、そして命中する。その命中に全員が声を上げる、自分もまた口が開きっぱなしだ。
「狙う・・・まっすぐ飛ぶ。」
「これには射程があって大体・・・一町か二町(約110mから22〇m)前後は届く。そこまではまっすぐ飛ぶ。」
信繁は撃った銃の底を叩くと火薬の粉がぱらぱらと落ちてくる。
「今回の作戦はこの銃の扱いが基本だと言っても過言ではない。後もう一つ。覚えていて欲しいことがある。」
そう言うと信繁は根津からもう一丁銃を受け取る。そして、近くの程々に太い木に狙いを定める。
「むろん相手も銃を持ってくるでしょう。だから覚えておいて欲しいのです。」
その言葉に信繁が狙う木のほうを侍大将達が全員が見つめる。そして・・・そのまましばらくの静寂の後、銃は撃たれ・・・弾は木に当たる。
「このようにある程度太い木とか・・・柱とかなら銃は貫通しません。もし戦う時にはこういう場所を選んでください。」
そういって信繁は木を指さす。木に傷は付くものの平然と立っていた。
「また、木とかに登ったりすれば、頭上からは警戒されにくいですが、かわしにくいので、出来れば各自配置にはきをつけてくだされ。」
言ったとおり、後藤は木の裏に各兵を構えさせている。だが、火の明かり通りなら、横からも銃が飛んでくる。これは・・・きつい・・・。ザッ。だが・・・これ以上の進軍をさせる・・・。ザッ。音に反応して周囲を見渡すとどうも先行部隊がこちらの山狩りを始めたみたいだ。上がってくる敵の部隊が確認出来る。
「お前ら!分かってるな!敵は赤くないぞ!撃て!」
後藤は掛け声をあげると銃がうなりを上げ大音量が山に響き、銃は敵陣に放たれた。この時五月六日の午前0時。これが大阪夏の陣の始まりでもあった。
「なんだぁ!」
伊達の怒号が広い川原いっぱいにうなりを上げる。その音ともに山狩りの第二陣の為に立っていた兵士達に弾がぶち当たる。
「は!山中に敵発見。どうもこちらの動きを察知している模様。」
「んなのわかってんだよ!とっとと行ってこいや!」
報告に怒鳴り声を上げる。向こうの部隊も同じらしく泡を食っているみたいだ。正宗の怒号が響くと部隊が山中を目指して突撃を開始する。
「お前ら、盾構えるの忘れんな!」
徳川から各部隊に銃対策として幾つかの鉄盾が配布されていた。先陣用である。気休めかもしれないが、銃の弾は貫通しないので被害は少ない。無論銃対策として機能している。伊達政宗はそう声を上げてはいるが、兵士達はとまどっている・・・そう見える。次の瞬間また銃声が響き、山から人が転げてくる。坂は急でここからだと、両手を使わないと上れない。そこを狙われると盾を構えるわけにはいかない。しかも霧で遠くを見渡せない。なら!
「お前らぁ!」
伊達の怒号がさらに響く。
「山狩りはやめだ!先に山に銃撃てや!あぶるぞ!」
そう言うと手短な銃を構え狙いをつける。だが、夜と霧が重なり、視界はとても悪い。向こうも悪いが・・・向こうは適当に撃ってもどこかに当たる。これに対して、こっちは狙わないと当たらない。だが行けるか・・・。
「撃て!」
それとともに、構えた銃の部隊が山の中に撃つが、声一つさえしない。当たった様子はない。
「ああぁ!ふざけんな!マジぶち殺すぞ!」
「落ち着いてくだされ!殿!殿!」
怒りに震える声が聞こえるがそれでも全員がこの時悪い予感がしていた。長期戦の予感である。
「報告!」
信繁は戦闘地域の周辺の村人達を堺に誘導する手はずの最中に急ぎで斥候が帰ってくる。
「何だ!」
「戦闘が発生している模様。どうも先に陣を構えた後藤殿との戦闘かと。」
その声に周囲の部隊の人間全体が凍り付く。
「だあ!どうなってんだよ!戦闘はこっちの合図だって言ってあっただろうが!」
青海が斥候に当たり散らすが信繁は馬にくくりつけてあった地図を地面に押し広げると川の周辺を指さす。
「どこだ!」
「ここ・・・だと思われます。まだ敵部隊は川を渡っていません。」
そう言って指さしたのは敵が川を渡る前の場所である。
「後藤殿からの連絡は?」
「ありません!」
緊急の為か、全員に緊張が走る。周囲の足軽大将達が慌て始めるがそれでもじっと地図を信繁は見つめる。
「どうするんだよ。」
じっと信繁は地図を見つめる・・・このままだと作戦は台無しだが・・・このまま撤退命令を出すとしま達は死んでしまう。それにここで防げねばもう・・こちらは背水の陣と言うことになる。大方後藤殿は考えがあって・・・。
「ここは作戦が失敗だと言うことで、引き返し!態勢を・・・。」
「ふざけんな!助けに行くぞ!後藤の旦那を見捨てるのかよ!」
青海と根津がにらみ合う。
「・・・各部隊に通達を出せ、決戦は今朝!川に銃を向け、戦闘準備だ!」
信繁は近くの男に指示を出す。それに合わせて各部隊の兵士達は伝令に向かっていった。
「助けに行かないのかよ!」
青海はじっと川向こうを見る。きっとそこでは凄惨な戦いが行われているのだろう。
「助けに行けば、消耗戦となり、助けに行くどころか・・・こちらが全滅する。だから手はず通りに行うだけだ!」
「信繁!」
青海は信繁に怒鳴り、信繁を睨む。その時その目は固い意志がある・・・一瞬青海は信繁の手元が見えてしまう。信繁の手は震え手の平からは血がにじんでいた。その時全てを察する。相手の位置や数を考えればどちらが大切か・・・冷徹な判断がなければ部隊を預かる男ではない。だからこの男は仲間を守る道を選んだ。友を見捨てても・・・だがそれは頭で分かっていても、心で納得出来るはずはない。それを理解し・・・青海は押し黙ってしまう。
「すまん・・・青海。ここは勝つ為だ。」
「すまん。」
そう言うと青海は陣から出る。しばらく歩くと、青海は物陰からそっと信繁を見つめる。その姿は全身がまだ小刻みに震えている。・・・あの絞り出すようなか細い声がまだ頭の中に残っている。
「そろそろ朝か・・。」
後藤はそっと空を見上げる。戦闘は北、東から部隊が侵攻するものの、山の上を陣取る後藤が、一進一退のようだった。この時初めて信繁のあの緊張した顔の意味が分かった気がした。あの作戦から今までずっとふさぎ込んだ顔・・・今なら分かる。数の暴力がこの少し冷たい霧の中映る人影で分かる。ここまでぎりぎりで堪え忍んできた部隊の皆の体力や気力は限界である。それは一番自分がよく分かる。
「大将!」
「どうした!」
その声に隣のぼろぼろとなった木の向こうの兵士から声が聞こえる。魔が散発的に銃声が響く為、声も大きめだ。
「弾が・・・もうこっちの弾はありません!」
その掛け声で、後藤は自分の手元を見つめる。こちらの銃も弾は最早無い。担いできた火薬もつきている。もう周囲もそうなのだろう・・・。白んできた空をじっと見つめる。もう・・・時間は稼げたかな・・・。
「お前ら!撤退すっぞ!傷ついた奴は近くの奴に武器渡して山降りろ!」
周囲に聞こえるように後藤は大声をだす。下を見るとまだ上ってくる部隊がいる。後藤は刀を抜くと立ち上がる。
「他の奴らは近くに来た奴らを叩き斬るだけにしろ!」
そう言うと隊列の後ろにいた負傷兵達が引き上げ始める。
「まだ立ち上がれるものは時間稼ぐぞ。そして順次・・・引き上げろ!」
その言葉に全員が頷くと後の者は立ち上がる。まだ周囲は霧でまだ晴れる様子はない。奇襲で稼げる時間はあるはずだ。
「まだ霧・・・晴れねえな。」
苦い顔で正宗は山を見つめる。
「しかも・・・来るかと思った敵もこねえな・・・。」
正宗の嫌そうな声を背景に片倉も不安そうに見つめる。もう4刻(8時間)ぐらい経っている気がするが、時々銃声が響く。
「敵ですか?」
片倉が素直に聞き返す。確かに幾つかの部隊に川を見張らせていた。
「まあな。川の横から撃ちらの横っ腹ぶん殴る気だっつって思ってたんだけどよ。どうも・・・こねえ。」
正宗はじっと川向こうを見るが襲撃の気配は感じない。
「大方、あの敵が潜入しようとしたら失敗した・・・それだけですよ。うちの部隊とか優秀ですから・・・。」
「それなら・・・期待した俺が馬鹿だったのか?俺が行くぞぉ!こんなの終わらせてとっとと飯食うぞ!」
そう言うと正宗は刀を抜きじっと山の上を睨む。まだ苦戦しているようだが・・・もう山から響く銃声はまばらになっていた。
「北の部隊から怒号が!」
「脱出は!」
後藤は掛け声をあげるこちらの手元の武器はもう・・・刀しか残っていない。
「ほどんど終了しました・・・もう俺たちだけです。」
その言葉に後藤は満足げに頷く。
「最後は俺の番だな。お前。」
「はい!」
「先に行った奴らに伝えろ。状況を伝え・・・後は信繁について行けと・・・。」
「・・・・・・。・・・。・・・・・・・・・・。分かりました。その伝令・・・必ず伝えます。」
隣の足軽大将が頷く。大方意味を理解したのだろう。足軽大将とその一団は近くの兵士の肩を叩くとそのまま下山していった。もう残っているのは後藤只一人である。
「まあ・・・。この様子じゃあ・・・俺の下山は無理だわな。」
下を見つめると北の部隊の一団が駆け上がってくるのが分かる。
「だとすると・・・行くかぁ!」
後藤は深く深呼吸をする。心が落ち着いてくるのが分かる。後藤は木の隙間から覗く、もう投げつけられるような敵の武器もない。
”おおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉおおおお!”
木々の中を野獣ともとれない叫び声が木々の間に響く。そして刀を構え後藤は山を一気に駆け下りる!最初に見えた兵士を・・・構えるまもなく飛び込み踏みつけるとそのまま山の中を駆け下りる。
「後藤基次!参る!」
掛け声の中、山を駆け下りる。その速さに驚いて一気に駆け下りていく。数分もしないうちに麓まで駆け下りる。むろんそれまでに切り結べる相手には斬りつけていったが、もう数回振り抜く力も後藤には残されていない。
「やるじゃ?お前!」
そう言って構えている三日月の兜をつけた男がいた。その周りには多くの兵士達が従っていた。
「行け!お前ら!」
片倉が兵士達に発破を掛ける。その声に触発されるように近くの兵士達が槍を構えて突っ込んでくる。それを後藤が紙一重に避けると刀を鎧の隙間にえぐり込む。そしてそのまま近くの兵士の方に無理矢理向けると槍を無理矢理差し込ませる。そして刺さったのを確認すると、刀を引き抜き横に蹴り飛ばす。それに合わせて兵士たちがばたばたと倒れていく。
「おめえら!俺に出番ぐらいくれよ!」
そう言うとそれを見ていた三日月の兜の男が一歩前に出てくる。
「お主・・・名前は?」
「俺か?聞くと凄すぎて・・・ちびんぞ?」
そう言って刀を構えながら少しずつ三日月の兜の男が間合いを詰める。
「折角・・・首を切られるのに土左衛門でもいいのかな?」
少し口元をゆがませて後藤は目の前の男を睨む。今までの兵士とは違う圧迫感がそこにはあった。
「そこまで言うなら・・・覚悟はあるようだな。冥土のみやげに覚えてとけ!俺の名はなあ!」
そう言って三日月の兜の男はしばらく構えたまま黙っていた。しばらくすると、ちらちらと後ろを見つめ始める。
「俺の名はなぁ!」
ちら・・・。
「俺の名はなぁ!」
ちらちら・・・。
「俺の!名はなぁ!」
ぎょろ。三日月兜の男は素直に後ろを向くと片倉を殴りつける。
「あれだよ!あれ!」
そう言って三日月兜はもう一度後藤の方を振り向く。その頃には後藤の息も大分整えられてきた。
”やるんですか”
”この時位しか・・・やる時ねえだろぉがぁ!”
”分かりましたよ”
そして伊達政宗はもう一度後藤の方を振り向くと、片倉は数人を手招きし、何か準備させている。
「俺の名はなぁ!奥州組頭にして奥州最強の伊達男!奥州にその名をァ知られた最強の組頭!その名を聞けば幾人が振り返り!数万の男がひざまずく!そんな俺の名はぁ!」
そう言うと片倉達は昔作った人よりも大きい金の十字架を立ち上げる。そして空砲だろうか数人が鉄砲も打ち鳴らす。
「奥州筆頭組頭!伊達政宗とは俺の事だ!」
その言葉にも後藤はじっと刀を構えるだけだった。
「・・・やるじゃねえか。何にも反応しねえとはな。」
少し驚いたように後藤を見つめる。だが構えを解くことはなかった。その間にも後ろの人たちが片づけに追われていた。
「ふ・・・。関係ないわ。」
低く構えた刀を少しあげると後藤はじっと見つめる。
「あまりに凄くて言葉もないんじゃね。」
「行くぞ!」
そう言うと身体を倒れ込むように傾けると後藤はそのまま身体をひねり切り上げようとする。それを伊達政宗は刀を狙い打ち込む。それに弾かれ後藤は元の構えに戻る。だがそれでも狙うように今度はしたからすくい上げるように突きを打ち込む。それを狙って、正宗は水平に斬ってくる。それを頭を低くつつ、突き上げるが伊達も身体をひねり突きをかわす。その瞬間更にもう一ひねりを加え更に一回転すると、ちょうど確認の為に顔を上げた後藤の首を捕らえる!次の瞬間、後藤の首に正宗の刀が突き刺さる。
「む・・・やる・・・な・・・おれ・・・。」
そしてそのまま後藤は崩れ落ちていった。
「お疲れ様です。」
そう言い片倉は手を叩くが、正宗の顔は晴れなかった。
「こいつ・・・何だぁ・・・。覚悟がちげえ。」
「それは・・・分かりませぬ。」
そう言う正宗は後藤の顔を見た。それは必死の形相であった。
「信繁様。配置。終わりました。」
各部隊の兵士達の様子をじっと信繁は見る。もう紐上がってきて暖かくなってはいるが、未だ霧は晴れない。大方・・・そう言えば、展開殿は半蔵のこと・・・霧隠とか・・・まさかな・・・。
「信繁様。後藤殿の部隊の使者が・・・。」
根津が報告すると信繁は立ち上がり周囲を見渡す。設営場所の村の入り口方面の小屋で、傷だらけの男達が収容されている。その男達に走って駆け寄っていく。
「信繁様・・・後藤様からの最後の言葉を・・・。」
「何だ!」
「後は・・・頼んだと・・・。」
言葉を聞いたその直後、信繁の涙腺はゆるんでどっと涙がこぼれ落ちる。
「傷ついた部隊を後方に回せ。彼らが着くまでは決して下がらぬぞ!」
そのまま全員に号令をとばす。戦闘準備は完了しており、後は合図を待つだけだ。じっと南の方を見つめる。
「徳川の使者の方が!」
伊達正宗は握り飯をかぶりつき、じっと川を見つめていると徳川の旗を背にした男が入ってくる。
「伊達殿。家康殿が”後ろがつかえておるのだから・・・せめて川を渡った向こうで陣を張れ”とのことです。」
「ああ!お前らさっきまで戦ってたんだぞ。」
「承知の上です。」
「状況伝えろや。そしたら行ってやる。」
「は!」
そう言って使者は顔を上げる。
「現在東の部隊は順調に進軍中。ここだけが戦闘の為、各所で進軍が滞っております。」
「あ・・・そ。」
じっと伊達政宗は川向こうを見つめている。敵がもし遅れてくるなら今頃向こうで陣を這っている公算は高い。だが催促されては奥の8万前後の部隊は向こうで展開出来ない。そう考えるものの、向こう側は分かってはいないだろうな。だとするとここで進軍させるしかないか。一刻の猶予さえ俺たちにはないのか・・・。
「仕方ねぇべ。片倉。お前が先に部隊を揚げておいてくれ。飯食った後に俺も行くからさぁ。」
「は!」
そういうと立ち上がり霧で見えない対岸を見つめる。どうやらまだ戦は終わってはいないようだ。そうこう言っているうちに隊から選抜された部隊が鉄盾を持ち、警戒に当たる予定だ。じっと見え詰めると手に持った握り飯を飲み込むと近くの水筒の水を腹に流し込む。部隊の半数は準備が出来たらしい。先ほどの戦闘の負傷兵達は後方の陣に運ぶ算段に一刻はかかり、その間に準備をすませたものまだ戦闘の興奮は冷めやらない。しかも陣を引き締めた為、戦闘の緊張は続いている。そのためか、兵士達の顔は暗い。
「これは・・・明日はもう出れないかもしれねぇが・・・。霧にも限界がある。それまでに決着させたいが・・・無茶かもな・・・。」
何となく感じるものの、自分たちが前に出ねば・・・更に行軍が遅れる。しばらく双眼鏡を見つめると、片倉が渡航に成功したみたいだ。川向こうに伊達家の旗が立つ。それに合わせ、正宗が手を挙げると、各部隊も前進を始める。
「お前ら、とっとと渡って、向こうの村で休むぞ!」
「おお!」
発破を掛けると兵士達とともに川中まで歩く。甲冑の重さが重しとなり、歩いて渡れるが、体力だけは奪われる。
「お前ら、鉄砲だけは濡らすなよ!」
相違井川を歩く次の瞬間川の上流、南側から轟音が響く
「片倉!」
「は!」
対岸から大声が聞こえる。片倉の声だ。
「今のは!?」
「分かりません。こっちを狙う鉄砲だと思いますが。」
「当たった奴は!」
「いません!」
戦闘の緊張が川を渡っている部隊達に走る。それを感じて正宗は早歩きで川を渡る。川も霧に包まれ、この霧がいかに濃いかよく分かる。片倉も警戒して周囲に盾の向きを指示し始める。・・・何か悪い予感が・・・。
「マジ!待てやぁ!」
”撃てー!”
どこかから響く轟音はちょうど陣の対岸から一直線に陣をなぎ払う。それに伴い上陸部隊の半数が銃弾に倒れてしまう。特に盾を構えていた部隊の大部分が鉄砲にやられてしまう。
「片倉!」
「殿!大丈夫!」
正宗が大声を出すと・・・生きてはいるようだ。最初は右っつら・・・次は正面・・・。
「盾を前方にかまえ・・・。」
「左に構えろ!」
正宗の声に反応した手を左側に構える。
「殿!」
「盾を読まれてんじゃねえのかよ!だとすれば、今度は構えたところから別に飛ぶ!」
正宗は川から上がると手短の盾の所に隠れる。
「来るんでしょうか?」
「お前ら、盾で囲いを作れ。後続をその中につっこめ!頭低くするのを忘れるなよ!」
「了解!」
その掛け声で、後続の足軽大将たち後続部隊に指示を出す。
「片倉、地図!」
「は!」
そう言って懐から地図をだすと、伏せながら正宗に近づく。その時轟音が響き渡ると左側の縦に鉄砲が当たる音が聞こえるが、上陸部隊にも一部当たってしまい、川に沈んでしまう。
「あの野郎ぅ!」
正宗のうなり声が周囲に響くが、それも轟音にかき消えてしまう。
「第一射成功!」
根津はじっと霧の向こうにいると思われる標的を見つめる。
「よし!」
信繁は自らも火薬を詰め、物陰に隠れる。
「音から十を数える作戦。成功ですな。」
根津は頷く。もう昼も近く、霧はまだある者の、視界は徐々に晴れてきている。信繁は双眼鏡で敵の状況を見つめる。屋根裏から双眼鏡だけをつきだしている。下では兵士達が隙間から銃を構えている。普通の人間は状況判断を行うのに少し時間がかかる。むろん川を渡った直後なら川中にいる時の襲撃を警戒するあまり油断する。その油断を最初の一撃で警戒に変えさせる。最初に奇襲する手も考えたが、そこは流石に徳川家康。もう一重ね策を巡らせることにした。それがこの銃を数えての銃撃である。かめた方向と違う方向から弾が飛べば、勘違いしても早々構えることが出来ず混乱させることが出来る。隊列が整えば、こちらがわざと差し込み、構えさせず、行軍させ無ければ、この銃の前に兵を失わず、こちらが一方的に退却させる事ができる。
「相手もさる者だな・・・あれは・・・伊達政宗か・・・東北の男がこんな所まで・・・ご苦労なことだ。」
いつもの物静かで穏和な感じから一転冷たささえ感じさせる声で観察を続ける。後は銃を撃ち、しま達が帰ってくるまで待つだけだ。相手は川に上がると盾をこちらに向ける・・・いや一部はやはり次の部隊の方へ縦を向ける。そしてその縦に弾が当たると川向こうに散っていった玉が川を渡っている最中の人間達に当たる。
「流石に・・・やるな。だが少数しかまだ揚がってはいないが・・・。だが・・・まだ手がある・・・だが・・・この相手ならばれる。しばらくは泳がせるか。撃て!」
その掛け声とともにした下の銃撃隊が銃を放つ。それとともに慌てた相手の部隊がばたばたと倒れる様子を未設中、信繁は望遠鏡から目を離すと手に持った弾を込めた銃を青海に手渡す。そして近くの弾切れの銃を掴むとまた銃に弾を込め始める。部屋の後ろの方では弾込め専用の男達がせっせと弾を込めている。まだ、第2手には早い。そうこうしている間に向こうの部隊からも銃声が響いてくる。むろん計画通りである。
「どうなってんだよ!敵!」
銃弾が飛び交う中、正宗は地図を見つめていた。この状況、もう少しすれば部隊が全滅しかねない。鉄盾を構えていても時々弾が貫通し、ばたばたと倒れていくそれを走って後ろの兵士が起こして、庇ってはいるがこの環境であることが盲点だった。それは川を渡った際に銃に火を入れる為の火打ち石が濡れてしまい、銃を撃とうにも火がつかない。しかも霧もあるが、どこから弾が飛んでるくるか見当も付かない。地図を睨みつけるが包囲されているとしか・・・考えられない。
「分かりませんが、反撃しなければ全滅しますぞ!」
「お前ら、火打ち石とかそこに揚げて、川の中に身体つっこめ!全員だ!後・・旗!おろせ!」
「は!」
そう言うと片倉と近くの部隊はじりじりと川際まで交代させる。その間も絶え間なく銃は飛び交っている。また川を渡ろうとしている部隊は弾の轟音に渡ってくる様子はなくなってしまっている。
「片倉!お前の部隊は、川に一度入って、川から下流に回り込め!そこから一部隊ずつ片づける・・・後お前は後続の部隊を川向こうに並ばせろ!そこからここ!」
そう言って指さすのは古墳のある北側である。むろん扇状に陣を這った安全地帯である古墳地帯にも信繁は兵士を配置している。
「ここ!ここ!、このあたりに必ず兵隊がいる。川向こうから撃たせろ!」
その言葉を聞き、片倉は地図を丸め、地図を持った腕を川に着けぬように飛び込む。
「了解!」
そう言うと片倉は周囲に指示を出すと川を泳いで向こうに行ってしまった。
「俺たちは囮だ!旗を立てろ!俺たちの意地をあいつらに見せつけてやれ!」
「おお!」
その声に兵士達全員の怒号が響く。この魅力こそが伊達政宗の武器でもある。
その動きをむろん信繁も双眼鏡から見つめる。
「周囲に伝達だ!上から打ち下ろせ!」
その掛け声にサムライ隊長達が隣の小屋へ大声を上げる。それとともに下にいた銃撃隊がはしごを掛け、屋根に上り始める。盾を持ち込むぐらいは当然予想していた・・・だがあれには非常に重い欠点がある。それは上からの攻撃に弱いことだ。むろん兜がある為、矢を打ち上げたごときでは早々人を殺すまでは至らない。なら銃を打ち下ろせばいい。
屋根の中から望遠鏡で覗くがまだあの上陸部隊に・・・いや・・・旗を掲げ始めた。何かの合図か・・・?
「信繁!」
「帰りましたぞ!」
声に下を覗くとしまと筧が小屋の中に入ってくる。
「良くやった!」
そう言って駆け下りるとしまと、筧は所々傷を負っていた。
「途中さ、相手の斥候部隊に襲撃されちゃって。」
「大丈夫か?」
そう言って筧を見るが、それらしい傷はない。
「まあ、全員片付けました為・・・大丈夫ですが・・・。相手は連戦ですからほぼ・・・疲労の限界ではないかと。」
筧は土間に腰を下ろすと、敵のいる方から身を隠すように座っていた。
「だとしても相手にはまだ後続部隊がいる。」
「でもさ。あれってどんな意味があったんだ?あの筒?」
「あれか・・・凄い音がしただろ。」
そう言って信繁はしまの顔を見つめる。しまの無邪気な顔を見るとここが戦場じゃあない気がしてしまう。
「あれ・・・すんごい音がするんで驚いちまったぞ。」
そう言い大きく手を広げて腕をぱたぱたさせていた。
「あれで敵を驚かせるのが目的だ。ありがとな。」
そう言うと信繁はしまの頭をくしゃくしゃとなでる。今はこれぐらいしかできない。
「でもまあ・・・見事に成功したようですな。」
筧もじっと外を覗く。致命傷ではないものの、ほぼ相手の部隊は壊滅状態だろう。
「だとして相手はあの伊達政宗。一筋縄ではいかない。」
「あの・・・伊達政宗ですか・・・。」
「でもさ。どうするの?」
「しばらくはここで銃を撃って敵の数を減らす。そして・・・負傷兵が陣の後方にたどり着くまでの時間稼ぎをする。だが・・・。」
「だが・・・。」
「相手のことだ。何か仕掛けてくる。それ次第では撤退する。お前らはその準備だ。先に・・・。」
そう言って近くに置いてある握り飯をしま達に渡す。
「飯・・・食べとけ。長丁場になるぞ。」
そう言うと厳しい顔をして家の中にあるはしごを登り、屋根に据え付けた隠し双眼鏡を睨みつける。
「何か・・・怖いな。」
「覚えとけ。これが戦だ。」
筧は厳しい顔をして、家の小窓から外を見つめる。血の香りはこの場所まで鼻につくほどに敵側の死傷者は増えていった。その時小さく始める音がどこかから響き始める。
川に半分身体を押し沈め、自分自身も盾を持つことで、弾をかわし、じっと・・・じっと伊達政宗は待っていた。その音が響くまで。轟音が後ろから響き、後続部隊が川を渡り始めたのだ。無論これが反撃の合図だと・・・信じていた。
「叫び声が聞こえねぇ。」
普通、初段の縦断には負傷者がつきもので、当然相手に銃撃を行えばそれなりの打撃を与えることが出来る・・・はずだ。その時・・・こちら側に銃弾が更に飛び交う。まだ相手がこちらを狙っている様子だ。
「お前ら!まだ行くなよ!」
その掛け声に立ち上がろうとした兵士達が更に身を潜める。川側の土の詰めただが鎧を通してからだに伝わる。もう下手したら身体が動かないかもしれない・・・。そして、手にもっと遠見筒を先ほどの音の方を見ると徳川の本隊が川を渡り、北側から進行を始めた。だがこちら側はまだ包囲されている・・・まだ・・・待つしかないのか。
「御注進!御注進!」
「なんだあ!」
そう言い青海が頭をぼりぼりかきながら入り口まで行くと見慣れぬ部隊の旗をつけた使者が家の中に飛び込んでくる。この家紋は・・・長宗我部の者だ。
「信繁様!長宗我部様が見事お役目をお果たしになられました!それに伴い!兵を退きました。」
「損害は!」
「木村様の部隊が壊滅したものの、長宗我部様が回収。退却出来ました!」
そう言う信繁の耳に事が聞こえるもじっと望遠鏡を見つめた。川向こうの遠くのほうに土埃が見える。上陸したのだろう。味方を見ると、傷ついた兵士達の姿が見える。もう限界だろう。念のために守りやすい東側に少数兵を配置させ、奇襲することで、敵の部隊を足止めし、敵部隊を壊滅させ、敵を固めさせる。そのために他の部隊に後藤殿と同じ事を伝え、兵を配置させておいたのだ。無論。無視されるようなら背後を突かせる為でもあったが流石に徳川。東からもやはり攻めてきたか・・・。
「分かった!お主!暇か?」
そう言うと信繁は望遠鏡を手に下に降りてくる。
「は?」
「他の部隊に・・・引き時と伝えろ。俺たちもそっちの退き具合を確認した後に引き上げる。」
「了解しました。」
この時には最早2時半、日は傾き始め、野戦となれば霧もあり戦闘すれば混乱必至である。その前に引き返せば疲労も押さえられ、今後につなげられる。じっと見つめると、使者が走り、古墳周辺に隠れる味方達に向かって走っていく。
「お前ら!後一踏ん張りだ!ここをしのげば帰れるぞ!」
「応!」
その掛け声にしまも震える思いがした。・・・これが侍・・・。幼い彼女の頭に残るこれが真の侍を見た瞬間である。
「片倉・・・久しぶりぃ。」
正宗の疲れた声が聞こえる。夕暮れをバックに来る片倉は弱っているようにも見える。
「殿・・・大丈夫でしたか。」
「だめだ。」
そう言い、ついに来れた敵達の拠点だと思われる一カ所を見つめる。そこに力なく地面に座る。
「おめぇは?」
「敵はこっちが部隊を整えて、進行を始めた時にはもう引き上げていて、残存兵を討ち取ることには成功しましたが・・・。それでも・・・大部分には逃げられました。」
「結局は俺たちの負けか・・・よ・・・。」
じっと夕日を見つめる。部隊の疲労感も合わせてもう伊達の部隊を動かすことなぞ出来ようはずもなかった。
「徳川の旦那に伝えてくれ。俺たちの兵は疲れすぎてもう戦うことが出来ない。後方警戒にさせてもらうとな。」
「それは・・・。」
「この状態で戦場に行けるかよ。」
そう言って周りの兵士達の状態を見つめる。川に半日以上浸かっていた事による体調不良や負傷兵ばかりでもう戦闘出来る状況ではない。それは徳川の部隊も一緒らしく、進軍する気がないようだ。
「ですな。」
片倉も途方に暮れたようにその場に座る。
「ここに陣を張り、明日にはでるぞ。ま・・・後方警戒でも部隊は動かせるように再編は頼むな。」
「使者を向かわせておきます。」
「なあ・・・。」
「はい?」
伊達はその場に倒れ込むと空を見つめる。カラスが鳴き、空の彼方へ飛んでいく。
「俺たち、真田相手に・・・手も足も出なかったな。」
「ですな。」
「完敗・・・だな・・・。」
「はい。」
そう言い空を見つめる・・・こうして本当に長い伊達の一日は終わろうとしていた。頬に伝う涙は兜に隠れ、片倉以外には誰にも見えなかったのだった。