更新させてるのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第22弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「知りたがりなのは、君のほう。」の後の話です。
やっと自分の名前を書けるようになったものの、字が下手すぎる。
(……う、うぅ)
参考にしたいと言って書いてもらったノインの字はあっさりとしていて綺麗。
なぜ。
報告書を書くから字が汚かったら困る、という理由らしいのだけど。
自分のへにゃへにゃしたものと比べると、明らかに違いがわかって泣きそうになる。
「こ、……つ、……だよ?」
(ぐううううううう!)
月に一度の話し相手をしている貴族令嬢のクララが置いていった本を眺めて、少しずつ読んではいるものの。
(挿絵見てるほうがいい……)
絵画などにはまったく興味はないものの、おそらくこれはこの本の内容を描写した部分。
男女が見つめ合っているのだが、良さが伝わってこない。
(……げ、芸術? っていうのかな……全然わからないな……)
こんなものを見たとしても、お腹がいっぱいになるわけじゃない。
この絵の男性よりも、ノインのほうが絶対かっこいい。
好みの問題かなあと悩んでしまうが……。
(雨で買い物行くのも限られてるから余計に暇だな)
「あなた……? す、す……ううん、難しい……」
読めるところと、読めないところの差が激しい。
いっそ挿絵だけ見て終わってもいいかもしれない。
(あまり参考にはならないって言われたけど)
なんの参考かさっぱりわからない。
「こういうのが流行ってる……のかな。貴族の人たちは、色んなことしてるんだなぁ」
絵も、こうした本も、自分たちで作ろうなんてこと、思ったこともない。
日々、生活するので精一杯。
(まあそっか。朝起きて、共同の井戸に行って水を汲まないと生活の為の水が足りないとか……そういう困ったこと、なさそうだもんね)
それが羨ましいという感情は、特にない。
生活として染みついていることだから仕方ない。
(そういえばそろそろ、ノインのくれた軟膏がなくなっちゃうな……)
少なくなってからはケチケチ根性で、薄く伸ばして使っていたりしたけど。
(……絶対にバレてるよね……)
妙に鋭いノインのことだし。
「と、と……うっ、あ、……あいしてる、かな?」
合っているのかわからない。
もどかしくてイライラしてしまう。
訊ける相手なんて、一人しかいない。
*
「ねえ、ここって、あいしてる、で合ってる?」
言葉に、お風呂上がりのノインはきょとんとしている。
風呂上がりにお茶を飲んでゆっくりする時間帯なので、オルガは読んでいた本を開いて見せた。
ぽた、と雫が頬を伝って床に落ちる。
ノインはまじまじと本を見つめてから、不思議そうにした。
「合ってます」
「……ねえ、なんで今へんな顔したの?」
「…………」
視線、逸らした。
「愛が、よくわからないので」
え?
思いもよらない言葉に、オルガは瞬きをしてしまう。
「よくわからない?」
「好きと何が違うんですか?」
「…………」
「好きが深くなって愛になるなら、『もっと好き』でいいと思いませんか?」
「た、確かに!」
そっちのほうがわかりやすいかも!
「だって」
視線を合わせて、囁いてくる。
「好き、は常に更新しているのですが、愛、は更新しそうにないというか」
???
わからない、んだけど。でも。
(わかる、ような?)
「そこで終わるイメージが強いんです。というか」
「というか?」
「『大好き』で良くないですか?」
優しい微笑みに「うぐ」と呻いて後退しかけた。
「すごく好き、とても好き、大好き、君だけが好き」
「う」
「こっちのほうが、俺は好きなんですよね」
赤面したまま、オルガは視線を伏せる。
(おわあああああ、す、すごい威力……!)
改めて考えると、ノインは独自の考えをしている。
「ほとんど読めないのに、なにが面白いんですか?」
本を見ながら言うので、オルガは肩をすくめる。
「挿絵だけ、見てる」
「……こういう男が好きなんですか?」
目を細められて、慌てた。
「こ、こういう軽薄そうな人は、私は……あんまり」
「あんまり?」
な、なんで。
(そんな目をしてるの?)
責められてもいない。
同時に、捕らえようともしていない。
のに。
「す、すきでは、ないかな」
「へえ」
小さく笑ってから、じっと覗き込んでくる。
「髪を染めたほうがいいのかと思いました」
「そっ、それはさすがに」
「くくくく」
眉を下げて笑うノインは、案外かわいい。
「しかしこんな本を渡してくるなんて……あの令嬢はよほど鬱憤が溜まっているんでしょうか」
「? 鬱憤?」
「貴族同士は基本的に恋愛結婚はしませんし……これはすごいですね」
「???」
「すみません」
謝ってから、ノインはつつつ、と指先でページをなぞる。
まるでそう。
(私の体を、触る時みたい……)
思い出すと顔が熱くなった。
「作者は女性……みたいですね。ふぅん、こういうのが理想というか、夢のあるものなんでしょうか」
「?? わ、私にも説明してよ」
「うーん……男が意中の相手を比喩表現で口説いています」
「…………???」
「いえ、それとも違う……かな。露骨な……卑猥ではない……やはり比喩表現ですね」
「??? ひわ、い?」
首を傾げると、ノインは悩まし気な表情を浮かべる。
「相手の準備をする時にわざと言っている感じがしますが……気が散らないんでしょうか」
「の、ノイン、私にも説明してってば」
「…………実践します」
え?
「触っていいですか?」
「?? わ、わかった。いいよ」
背筋を伸ばすと、すぅ、とノインの手が伸びてきて、頬を撫でた。
「白磁のようになめらかで、もっと触れていたくなる」
「…………」
ん?
「甘い果実のような唇から零れる吐息は朝露のようで思わず……」
「ストップ!」
慌てて止めると、ノインが一歩分後退した。
「やはり集中できません」
「ど、ど、い、いま、の」
「その本にあったのを暗記して、そのまま言いました」
暗記!? あの一瞬で?
オルガは慌てて本を見る。
「そ、そんなこと書いてるの!? なんでそんなこと言ってるの?」
「さあ? 回りくどくてよくわかりません」
溜息をつきながら髪を布で拭いている。
(ええ?)
「こ、これが女の人に人気なの?」
「マクレガー令嬢はなんと言いましたか?」
「え、っと……巷で人気作ですが……わたくしは、あまり好きではなく……免疫をつけるにはいいかもしれません?」
だった、と思う。
ノインはふぅんと洩らしてから、小さく笑った。
「頭の中がイカレた男を好きな女性が多いんですね」
「ノイン!?」
はっきり言い過ぎだって!
「好きな女の子が目の前にいたら、こんなこと言う余裕はないですよ」
平然と言ってから、「剣の手入れをしますね」と横を通り過ぎていく。
今日は魔物討伐がなかったのでいつものように剣の手入れをするべく、使っている簡易ベッドを動かそうとしていた。
「よ、よゆう……?」
ちら、と肩越しにノインを見る。
(??? じゃあノインは?)
本とノインを交互に見てから、椅子に腰掛けてまた読み始める。
(ここ、かな? あんな一瞬で憶えるなんて。い、いやまぁ……憶えなきゃいけないような仕事? なのかも、だけど)
しばらく本とにらめっこを続けていると。
「面白いですか?」
「ひょえ!」
いきなり耳元で囁かれ、驚きに体を跳ねさせた。
「びっくりした……」
「本に集中していたようなので」
「う、うん……。むずかしいなって……」
「ふむ……その熟れた小さな蕾を含めば、疼いた奥が反応し、吐息と共に鈴のような声が……」
「ぎゃあああああ! 声に出して読まなくていいよ!」
「興味があるから先ほどからそちらばかり見ているのでは?」
……あれ?
(なんか、少し、怒ってる?)
「あのね」
「はい」
「こ、これ、ノインもできる?」
興味本位で尋ねただけなのだけど。
ノインはぎょっとしたように目を軽く見開き、それからしばし思案して「まあ、はい」と渋ったように頷いた。
「もしかして、俺を投影していたんですか?」
「? ほとんど読めないよ?」
「俺に言って欲しいことがあるのでは?」
そう言われてしまうと、たしかに、ある。
「す」
「す?」
「好き、以外で、やってみて欲しい」
「………………?」
不思議そうな顔してる。
「ほ、ほら、ノインはいっつも好きばっかり言うでしょ?」
「まあ、はい」
「好き以外だったらどうなるのかなって」
気になった。
ノインは少しだけ考えてから「わかりました」と返事をする。
「練習中、なるべくそうしてみます」
「!? ま、待って? 練習中はしなくていいよ!」
「せっかくなので、その本のセリフを使いましょう」
「だ、ダメだって! ノインの言葉じゃないと!」
「……それだと、思ってることをそのまま言うことになりますが……大丈夫なんですか?」
「だ、大丈夫……か、どうかはわからない、けど……」
そういえば前に言ってたっけ。
(いやでも! ここで退いたらこれからずっとやってくれそうにないし!)
「比喩表現、苦手なんですよね……」
「苦手なの?」
「苦手なことだらけですよ、俺は」
え?
じーっと見つめていると、ノインが軽く首を傾げた。
「最初からなんでもできる人はいないと思いますが」
「そ、れは……うん。そうだね」
なんか、説得力ない、って思ったらダメだよね。
「練習すれば上達するなら、やります」
「……やりたくないことでも?」
「ものによります」
うわあ、すごいはっきりしてるなあ。
「あ、そういえば、作ったあれ、ちゃんと食べたんだね」
考えた末の栄養食として用意したものを、ノインはちゃんと持って行ってくれた。
砕いたナッツと乾燥果実を混ぜ、蜂蜜を使って団子状にしたもの……だけど。
「……もちろん」
ん? いま、変な間があったよね?
「いつ食べたの?」
「…………討伐が終わったあとです」
「前に食べてって言ったよね!?」
帰ってくる前に食べてるってこと!?
「一個は食べてます」
「……まあ、一個でも食べてくれてるならいいよ」
塩と水だけとかいう、むちゃくちゃな状態よりいいはず。
(自分のお金使ったから、あと銀貨四枚か……。蜂蜜もナッツ袋もそれなりに高いからなあ)
ノインから渡された給料から出せばいい、とは思うけど。
(ま、まだ結婚してないし……私が勝手に作ったしね)
「その本」
ノインが指差してくる。
「読めるようになりたいんですか?」
「え? う、ううーん……」
ノインが読み上げた部分だけでも、かなり恥ずかしかった。
朝露だの、蕾だの。
「こんなこと言う男の人って実在するのかな……」
「実在しますよ」
えっ!?
「俺の隊にいる、コニーです」
「…………ク、じゃない、えっと、クララさんの婚約者の……?」
「女性の前でべらべらと歯の浮くようなことを連ねます」
オルガは完全に困惑し、それから小さく呟く。
「き、嫌ってる……?」
「嫌ってはいないです」
「そ、そっか」
「いずれ破滅しますから。放っておいても」
はは、とノインが笑う。
(や、やっぱりノインって、好き嫌いがすごくはっきりしてるんだな……)
近衛騎士団相手でも似たような表情だった。
清々しいほどの爽やかな笑みを浮かべて、わらう。
(ムシに殺されますよ~って言ってたっけ)
昔も、こうだったっけ?
思い返せば、そうだったかもしれない。
(やると決めたら絶対にやり遂げるタイプっていうか……その代わり、どうでもいいことには力を注がないけど)
ぱちぱち、と瞬きをした。
(あ……)
見られてる。
微笑んだまま、じっとこっちを見てる。
「の、ノイン?」
「はい」
「そ、そんなに見なくても練習はちゃんとするよ?」
「……あぁ、違います」
「?」
「癖、みたいなものです」
くせ?
「観察癖があるんです」
「か、かんさつ?」
「相手の挙動を観察する癖、ですね。
戦う時は便利ですが、目や耳に頼りきりが危険だというのはきちんと認識しています」
「??」
「いずれ俺も老いますからね。
色々と考えないといけないので」
……まだ十九歳だよね?
「だからあんなに速いの?」
戦う時に。
ノインはふふっと軽く笑った。
「まあ、先制攻撃をするのが一番手っ取り早いですから。
どう動くかなんて、すぐにわかりますよ」
「…………ええ?」
そんな魔法みたいなこと、できる?
「型通りの剣だと見破るのが簡単で楽です。
秋には近衛騎士団との親善試合がありますからね……さすがに変装できないので、最初の試合で負けないと」
「ま、負けちゃうの?」
「…………負けるの、嫌ですか?」
そう言われてしまうと……。
嫌だけど、きっと、なにか考えがあるとわかっている。今は。
「来年はあいつらをボコボコにしてやりますよ?」
「ぼ、ぼこぼこ?」
剣なのに、その表現はおかしい。
「どうして来年なの?」
「その頃には、俺は君の夫ですから」
思いっきり、目を見開いてしまう。
(私の……)
「既婚者の俺があいつらをボコボコにしても、咎められませんからね」
「ど、独身だとダメなの?」
「まあ。色々とあるんです。面倒なことを考える人たちが」
でも。
(……結婚さえすれば、ノインは……)
目の前の彼が。
窮屈なおもいを、しなくて済む。
いいや。
(……んん? 胸の奥が、ざわざわしてる……?)
うまく言葉にできない。
思わず胸元へと手を遣ると、ノインが少し目を細めた。
「俺の真似ですか?」
「えっ、ち、違うよ!?」
「でしょうね」
うぐ!
本を取り上げられてしまう。
「練習の時間です。本はここまで。今からは俺の時間です」
*****
後日。
「珍しい。本なんて読むんだな」
声をかけて昼食をとろうとしたジョスの前で、ノインは本を閉じてしまう。
「へえー。子供向けの童話か」
「……難しい単語がないのを確認していただけです」
「ふーん」
昼ご飯を口に運ぼうとして、動きを止める。
「ま、まさかおまえ……もう子どもができたとか言わないよな……?」
「…………」
「あっ、おい! ちょ!」
ノインは立ち上がって冷ややかな視線をジョスに一度だけ向け、さっさと食堂を出て行ってしまった。
「……あいつやっぱり本気で結婚するのか……? でも、まだ婚姻誓約書は受理されてないから、取り消しだって可能なんだよな?」
だが財産を遺すつもりということは。
「遺贈誓約書の効力はあるってことだから、神父に証人を頼んだんだよな? ……早すぎるだろ決断が」
そういえば、今年は魔物の出没が多い気がする。
「明日はまた雨か……」
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




