反応するもの
その異変は、音もなく始まった。
ユウキが道具袋を下ろした瞬間だった。
床に置いたはずの金属製ケースが、わずかに震えた。
「……ん?」
気のせい、で済ませられる程度。
だが、次の瞬間、別の装備が応えた。
カチ、と小さな噛み合う音。
留め具が、勝手に締まり直されている。
「動いた?」
レオルが首を傾げる。
「……動いたな」
ガルドが低く言う。
ミーナはすでに確認に入っていた。
視線は装備そのものではなく、ユウキの手元。
「魔力流入、検出」
「外部からじゃない」
「つまり?」
レオルが聞く。
「ユウキさん由来です」
ユウキは、ゆっくり息を吐いた。
嫌な予感ではない。
だが、良い予感でもない。
「……反応条件に引っかかったな」
装備は、どれも「起動」していない。
ただ、準備状態に移行している。
まるで――
使われるのを待っているみたいに。
「慣らし運転の範囲、超えてない?」
ガルドが言う。
「超えてない」
ユウキは即答した。
「超えてたら、もう鳴ってる」
レオルが苦笑する。
「それ、安心材料なのか?」
「俺にはな」
ミーナが、周囲を見回す。
「環境要因は特になし」
「敵性反応もありません」
「じゃあ、何が引き金だ?」
ガルドが問う。
ユウキは、少し考えてから答えた。
「……判断」
「判断?」
レオルが聞き返す。
「使うか使わないか、じゃない」
ユウキは続ける。
「“いつでも使える”って決めた瞬間だ」
沈黙が落ちた。
ミーナが、理解したように小さく頷く。
「待機状態への遷移」
「装備側が、所有者の意思を確認した」
「確認って……」
レオルが言葉を探す。
「“逃げない”って判断だ」
ユウキは言った。
それは、勇気の話ではない。
覚悟の話でもない。
選択肢を残したまま、前に立つという判断。
「だから、まだ使わない」
ユウキは言う。
「今は、反応しただけで十分だ」
ガルドが腕を組む。
「だが、これ」
「次は来るぞ」
「分かってる」
ユウキは、ケースの留め具を外し、もう一度閉めた。
今度は、何も起きない。
装備は、黙った。
だが――
覚えたのは、確かだった。
レオルが、ぽつりと言う。
「……誰かに見られてる気、しません?」
ミーナが、即座に否定しなかった。
「“視線”ではありません」
「“記録”に近い」
ユウキは、特に驚かなかった。
「なら、ちょうどいい」
「何が?」
ガルドが聞く。
「次に踏み込む理由ができた」
ユウキは、道具袋を背負い直す。
「使うためじゃない」
「使わずに済むか、試すためだ」
装備は、再び沈黙した。
だがその沈黙は、
拒絶でも、無関心でもない。
――待機。
それは、次の一歩が
もう“日常”ではないことを示していた。
朝は、妙に静かだった。
音がないわけじゃない。
風も、人の気配もある。
ただ――
干渉がない。
「……何も起きないな」
ガルドが言う。
「起きないのが、不自然」
ミーナが即答した。
レオルが周囲を見回す。
「昨日の反応のあとですよね?」
「普通、何か来ません?」
「来るとしたら」
ユウキは言った。
「“外”からじゃない」
「内?」
レオルが聞き返す。
ユウキは、町の方向を見た。
灰棚の町を離れて、まだ半日も経っていない。
だが、気配は追ってきていない。
代わりに――
空気が軽い。
「……試されてる」
ミーナが小さく言う。
「誰に?」
ガルドが問う。
「状況に、です」
ミーナは淡々と答える。
「“装備がある状態で、何を選ぶか”」
そのときだった。
遠くで、争う音。
金属がぶつかる音と、短い怒声。
「……人だな」
ガルドが即座に判断する。
「距離は?」
レオルが聞く。
「近い」
ユウキは答えた。
「走れば五分」
全員が、無意識にユウキを見る。
装備はある。
準備もできている。
「……行く?」
レオルが慎重に聞いた。
ユウキは、すぐに答えなかった。
代わりに、地面にしゃがみ込む。
指で土を掴み、離す。
「戦闘は簡単だ」
ユウキは言う。
「使えば終わる」
「でも?」
ガルドが続きを促す。
「終わったあとが残る」
ユウキは立ち上がる。
「向こうに、“強いのが来た”って記憶がな」
ミーナが、わずかに口角を下げる。
「介入の痕跡が残る、ということですね」
「そう」
争う音が、少し大きくなった。
「……じゃあ、放置?」
レオルが言う。
「違う」
ユウキは首を振る。
「使わずに行く」
ガルドが目を細める。
「それ、危ないぞ」
「分かってる」
ユウキは即答した。
「だから、“選択肢”を切る」
「どうやって?」
ユウキは、道具袋から小さな札を取り出した。
――《拾得物最適化指令》。
戦闘用じゃない。
探索用でもない。
“余計なものを引き寄せない”ための補助。
「これで?」
レオルが半信半疑で言う。
「これで十分だ」
走る。
争いの現場は、すぐに見えた。
荷車を挟んで、二組。
武装した男たちと、商人らしき一団。
「金だ」
「通行料だ」
典型的な構図だった。
「……盗賊か」
ガルドが低く言う。
ユウキは、前に出た。
剣は抜かない。
装備も起動しない。
「通行料?」
ユウキが聞く。
盗賊の一人が振り向く。
「何だ、お前」
「通行料って、誰が決めた?」
「俺たちだ」
「いつから?」
「今だ」
ユウキは頷いた。
「なるほど」
そして、地面に札を投げる。
《なんか使えそう判定》
魔法でも、威圧でもない。
ただの判断の可視化。
盗賊たちの足元に、淡く光る線が走る。
「……何だ?」
「気持ち悪い」
商人の方を見る。
「お前ら、荷は?」
「運ぶ予定の分だけです!」
「捨てるつもりはありません!」
ユウキは、盗賊に視線を戻す。
「奪っても」
「使う予定、あるか?」
沈黙。
盗賊たちは、互いを見る。
「……売る」
一人が言う。
「売り先は?」
ユウキが重ねる。
「……未定」
その瞬間。
札の光が、盗賊側から消えた。
代わりに、商人側の足元が、はっきり光る。
「……あ?」
盗賊が戸惑う。
「判断された」
ミーナが小さく言う。
「“使われない側”として」
盗賊の一人が、舌打ちした。
「……割に合わねえ」
「撤くぞ」
剣も振るわれないまま、盗賊たちは去っていった。
商人が、呆然としている。
「……助かった?」
「助かったな」
ガルドが答える。
ユウキは、札を拾い上げた。
装備は、沈黙したまま。
「……使わなかった」
レオルが言う。
「使わなくて済んだ」
ユウキは訂正した。
ミーナが、ユウキを見る。
「次は、どうします?」
ユウキは、少しだけ考えた。
「次は」
「使わない選択が、通らない場面だ」
「来ますか?」
ガルドが聞く。
「来る」
ユウキは断言した。
「今のは、“見せた”だけだからな」
遠くで、風が変わる。
装備は、まだ沈黙している。
だが――
待機の質が、変わっていた。
ユウキは、町に背を向けた。
「一晩したら、出る」
「ここは、もう俺たちの場所じゃない」
誰も反対しなかった。
町は、静かに動き始めている。
誰も見ていなかった価値を、今は町自身が見ている。
掃除屋は、もう必要ない。
そのときだった。
宿の入口側から、足音。
控えめで、急いでいて、それでも乱れない歩幅。
「……ユウキさん」
リィナだった。
この町にいるはずのない人が、当たり前の顔で立っている。
ガルドが目を丸くする。
「おい、どうやってここに……」
「走ってきました」
リィナは平然と言った。息は切れていないが、頬だけ少し赤い。
ミーナが眉を上げる。
「……連絡手段は?」
リィナは小さな紙片を取り出した。
ギルドの封蝋が押されている。
「王都ではなく、“別の町”のギルドからです」
「今いちばん依頼が回っている場所」
レオルが覗き込む。
「活発なギルド……?」
「ええ」
リィナは頷く。
「冒険者が集まり、依頼が回り、判断が止まらない町です」
「そこが今、困っています」
ユウキは封蝋を見たまま言った。
「困ってるなら、冒険者が行けばいい」
「行っています」
リィナは即答する。
「でも、“回収”が絡む案件が混じっていて、対応が追いついていません」
「壊すのは簡単。でも壊すと余波が出る――そう判断できる人が不足しています」
ガルドが顔をしかめる。
「厄介な依頼だな」
「はい」
リィナは一拍置いて、ユウキを見る。
「……来てください、と」
それだけ。
頼むでも、脅すでもない。
“判断が回っている場所”からの、逆に重い一言。
ユウキは、少しだけ黙った。
そして、肩をすくめる。
「……灰棚よりは、楽そうだな」
「逆です」
ミーナが即座に突っ込む。
「判断が回っている町ほど、“回収”の齟齬が目立ちます」
「分かってる」
ユウキは短く言った。
それでも、足は前に向く。
「行くか」
ガルドが言う。
レオルが頷く。
「そっちですね」
リィナが静かに言った。
「馬車は手配済みです」
「早いな」
ユウキがぼそっと言うと、
リィナはほんの少しだけ笑った。
「止まる町より、動く町の方が、呼び出しが届くのも早いんです」
ユウキはその言葉を、少しだけ噛みしめた。
「じゃあ、行こう」
「掃除屋の仕事が、また増える」
灰棚の町は、背中側で静かに息をしている。
そして前方には、
“ちゃんと機能している町”が待っている。




