装備は、慣れてから考える
朝の空気は、乾いていた。
灰棚の町とは違う。
音がある。人の流れがある。
判断が、あちこちで即座に下されている。
「……朝からうるせぇな」
ガルドが欠伸を噛み殺す。
「活気がある、って言ってください」
ミーナが淡々と返す。
ユウキは、宿の裏手にある空き地に立っていた。
舗装もされていない、ただの地面。
だが、周囲には人が寄りつかない。
理由は簡単だ。
「ここ、昨日から何回も“事故未満”起きてますから」
宿の主人が、念を押すように言っていた。
・荷車の車輪が外れる
・刃物が勝手に転がる
・魔道具が誤作動する
全部、怪我人ゼロ。
でも、全部、原因不明。
「……まあ、そうなるよな」
ユウキは腰の袋を軽く叩いた。
中には、
まだ“使い慣れていない”装備が入っている。
⸻
「今日は実地慣らしだ」
ユウキが言った。
「戦闘?」
レオルが少しだけ目を輝かせる。
「戦闘未満」
ユウキは即答する。
「制御確認」
ガルドが苦笑する。
「お前、そういう言い方するとき、だいたい危ない」
「危ないからやる」
ユウキは淡々と言った。
「持ったまま使わない方が、もっと危ない」
ミーナが頷く。
「未知の挙動は、保管より観測が優先ですね」
ユウキは袋から一つ取り出した。
見た目は、
ただの歪んだ金属板。
だが、
拾った瞬間から“反応”が止まらない。
「それ、なんです?」
レオルが聞く。
「分類上は《非装備型補助具》」
ユウキは答える。
「でも、装備できる」
「矛盾してません?」
「いつもだ」
ユウキは、それを腕に巻いた。
次の瞬間。
空気が、わずかに“ズレた”。
ガルドが即座に距離を取る。
「おい、今――」
「まだ発動してない」
ユウキは言う。
「“馴染み始めただけ”」
ミーナが魔力計測器を見る。
「……数値が安定しません。上下が不規則」
「だろ」
ユウキは頷いた。
「使う側の判断を、読みに来てる」
レオルが眉をひそめる。
「装備が、使い手を観測してる?」
「正確には」
ユウキは少し考える。
「“選別してる”」
ガルドが腕を組む。
「嫌な言い方だな」
「嫌だから、慣らす」
ユウキは言った。
地面に、小石を一つ置く。
そして、ほんの軽く意識する。
――《回収対象:低優先》。
腕の金属板が、かすかに熱を持つ。
小石が、
音もなく消えた。
「……消えた?」
レオルが目を丸くする。
「正確には」
ユウキは言う。
「“処理された”」
ミーナが即座に記録を取る。
「回収・廃棄・転送……どれでもないですね」
「判断が早すぎる」
ガルドが言う。
「お前、今“拾う”って意識しただけだろ」
「そう」
ユウキは頷く。
「だから危ない」
全員が、黙る。
「これ、慣らさないと」
ユウキは続けた。
「町中で勝手に発動する」
宿裏の“事故未満”の理由が、
全員の頭の中で繋がった。
「……じゃあ今日は」
レオルが聞く。
「これで何するんです?」
ユウキは、周囲を見回した。
何もない空き地。
人も来ない。
判断が少ない場所。
「何もしない練習」
ユウキは言った。
「使わない?」
「使わない」
「それ、練習ですか?」
ミーナが聞く。
「一番難しい」
ユウキは答えた。
「チートを持った後は、特に」
風が吹く。
金属板は、反応しない。
「……静かだな」
ガルドが言う。
「今は、な」
ユウキは腕を見た。
「でもそのうち、向こうから来る」
「何が?」
レオルが聞く。
ユウキは、短く答えた。
「見てるやつ」
空き地の端。
誰もいないはずの場所で、
ほんの一瞬だけ、
**“評価されている感覚”**が走った。
ミーナが顔を上げる。
「……観測、来てますね」
「だろ」
ユウキは腕を解いた。
「今日はここまでだ」
「早くないです?」
「十分だ」
ユウキは袋に装備を戻す。
「慣らしは」
一拍置いて言う。
「使うより、“使わないで耐える”方が時間かかる」
ガルドが苦笑した。
「ほんと、厄介な装備だな」
「装備じゃない」
ユウキは言い切った。
「まだ“選択肢”だ」
その言葉は、
空き地よりも静かに残った。
――次は、
実地で“判断を迫られる”場面になる。
それを、
ユウキは分かっていた。
空き地を離れた一行は、町の外周を回っていた。
市場の裏、職人街の端、使われなくなった水路。
どこも賑わってはいるが、
“余白”が多い場所だ。
「……意外と、この町も溜めてるな」
ガルドが言う。
「灰棚ほどじゃないですが」
ミーナが答える。
「“即断できない小さな判断”が散らばっています」
ユウキは歩きながら、腕の感覚に集中していた。
静かだ。
だが、完全ではない。
《拾え》
《処理可能》
《効率化対象》
そんな“誘い”が、
言葉になる前の段階で流れてくる。
「……これ、きついな」
ユウキがぼそっと言った。
「もう来てます?」
レオルが聞く。
「来てる」
ユウキは頷く。
「しかも、優しい言い方で」
ガルドが眉をひそめる。
「優しいのが一番厄介だろ」
「そう」
ユウキは即答した。
「“やった方がいい理由”を並べてくる」
実際、目の前には理由がある。
壊れかけた水路。
溢れそうな樽。
放置された工具。
どれも、
今すぐどうこうなるわけじゃない。
でも、
触れば“改善”できる。
「……使えば楽だな」
ユウキは正直に言った。
ミーナが足を止める。
「使った場合の影響、予測しますか?」
「いや」
ユウキは首を振る。
「今日はやらない」
レオルが少し不思議そうに聞く。
「でも、町の人は助かりますよね?」
「助かる」
ユウキは認めた。
「でも“俺がやる理由”にはならない」
その言葉に、
ガルドが少しだけ目を細めた。
「……責任の話か」
「そう」
ユウキは言う。
「一回やると、“次”を期待される」
ミーナが静かに補足する。
「期待は、判断の委譲になります」
「委譲?」
レオルが首を傾げる。
「“あの人がやってくれる”という判断を」
ミーナは淡々と続ける。
「自分で下さなくなる、ということです」
レオルは、少し考えてから言った。
「それって……止まる、ってことですか?」
「近い」
ユウキは頷いた。
「灰棚の町と同じ方向だ」
歩きながら、
ユウキは腕の金属板を見た。
静かだが、
確実に“待っている”。
「なあ」
ガルドが言う。
「それ、本当に装備する必要あるのか?」
「必要になる」
ユウキは即答した。
「だから、今は使わない」
「逆じゃねえ?」
「逆だ」
ユウキは足を止めた。
通りの端。
古い掲示板が立っている。
貼られているのは、
期限切れの依頼。
《清掃補助》
《分類作業》
《倉庫整理》
誰も剥がしていない。
「……ここ」
ユウキが言う。
「これ、俺がやると早い」
全員が黙る。
「でも」
ユウキは続ける。
「今日は、声だけかける」
掲示板の前に、
通りがかりの若い女がいた。
道具を抱え、
貼り紙を見ては、ため息をついている。
「それ、気になる?」
ユウキが声をかけた。
女は少し驚いたが、頷いた。
「倉庫の整理なんですけど……」
「人手が足りなくて」
「判断、止まってる?」
ユウキが聞く。
女は苦笑した。
「……はい」
ユウキは、腕を組む。
そして、
装備に触れなかった。
「一つだけ聞く」
ユウキは言った。
「整理したら、どうしたい?」
女は、少し考えてから答えた。
「……使える物だけ残して、店を開きたいです」
「なら」
ユウキは言う。
「貼り紙、書き直せ」
女は目を瞬いた。
「え?」
「“人手募集”じゃなくて」
ユウキは続ける。
「“店準備につき協力者募集”に」
女は、しばらく考えた後、
はっとした顔になる。
「……それなら、来る人変わりますね」
「判断が変わる」
ユウキは頷いた。
「残留器も寄らない」
女は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
ユウキは、何も拾っていない。
何も処理していない。
だが――
空気が、少し軽くなった。
ミーナが小声で言う。
「……反応、減りました」
ガルドが鼻で笑う。
「本当に、使わない方が効く場面あるんだな」
「だから厄介なんだ」
ユウキは答えた。
「この装備」
腕の金属板は、
まだ静かだ。
だが、
“使わないという判断”を
確かに学習している。
ユウキは、それを感じていた。
「次は」
ユウキは言った。
「使わざるを得ない場面が来る」
レオルが真剣な顔で聞く。
「どうやって見分けるんです?」
ユウキは、少しだけ笑った。
「迷ったら、だいたい使わない」
「迷わなかったら――」
一拍。
「もう遅い」
風が吹く。
どこかで、
小さく金属が鳴った。
“評価”は、
確実に進んでいた。




