清掃判断の結果
決闘当日。
広場には、朝から人が集まっていた。
仮設の柵。
簡易の観覧席。
役所職員とギルド関係者。
そして――勇者パーティ。
「思ったより人、多いな……」
俺は袋を肩にかけながら、
少しだけ動線を気にした。
混むと、
仕事がやりづらい。
「清掃担当ユウキ」
呼ばれて、前に出る。
向かい側には、
完全装備の勇者たちが立っていた。
剣、盾、魔法具。
いかにも“戦う前提”。
一方、俺は――
作業着。
厚手の手袋。
つぎはぎのベスト。
そして、清掃袋。
ざわめきが起きる。
「……あれでやるのか?」
「本当に清掃の人だ……」
勇者のリーダーが、一歩前に出た。
「本日の決闘は、
清掃判断の妥当性を検証するためのものだ」
最後まで、その言い方だ。
「我々は、
危険を排除する立場として立ち会う」
「清掃担当は、
自身の判断が正しいと示せばよい」
つまり――
倒せば、正しい。
分かりやすい。
「準備は?」
役所の立会人が聞く。
「いつでも」
勇者が答える。
俺は、少し考えてから言った。
「袋、
端に置いていいですか?」
静まり返る。
「……構わない」
リーダーが答えた。
袋を置き、
手袋をきちんとはめ直す。
それだけだ。
「……始めます」
合図と同時に、
勇者が踏み込んできた。
剣が振るわれる。
速い。
正確。
さすが、勇者。
――直撃。
……のはずだった。
ガン、と鈍い音。
俺は、
一歩も下がっていない。
「……?」
勇者の剣が、
俺の胸元で止まっていた。
正確には、
止められた感触。
「今の……?」
観客がざわつく。
「当たったよな?」
「防御、してないぞ?」
勇者が、一度距離を取る。
目を見開いて、
俺を見た。
「……何をした?」
「何も」
正直な答えだった。
「立ってただけです」
勇者が、歯を食いしばる。
「ふざけるな!」
二撃目。
三撃目。
斬撃。
衝撃波。
魔力。
全部、
当たっている。
でも――
効いていない。
作業着は、
少し揺れるだけ。
つぎはぎのベストは、
びくともしない。
俺は、少しだけ首を傾げた。
「……あれ?」
観客席が、
一気にざわついた。
「効いてない……?」
「勇者が……?」
リィナのペンが、止まらない。
《攻撃命中:複数回》
《被害:なし》
マルタさんは、
腕を組んで笑っていた。
「ほらね」
小さく、そう呟く。
勇者パーティのリーダーが、
声を張り上げる。
「魔法だ!
何か仕込んでいる!」
「清掃用具です」
俺は、すぐに答えた。
「……は?」
「拾った物を、
ちゃんと使ってるだけです」
意味が分からない、という顔。
でも――
街の空気は、完全に変わっていた。
誰もが見た。
勇者の攻撃が、
通じていない。
俺は、少し困って言った。
「……これ、
いつまで続きます?」
勇者の顔が、
初めて歪んだ。
それは、
勝てない側の表情だった。
広場の空気が、明確に変わった。
勇者の攻撃は、もう“確認”じゃない。
本気だった。
「下がれ!」
リーダーの号令と同時に、
後衛の勇者が魔法陣を展開する。
詠唱は短い。
対人戦を想定した構成だ。
火球。
風圧。
拘束。
連続して放たれる。
俺は――
特に避けなかった。
避ける理由が、なかった。
ドン、ゴン、バン。
音だけが派手に鳴る。
作業着の袖が、少しめくれる。
でも、肌は無傷。
「……効いて、ない?」
誰かが、はっきり口にした。
勇者の一人が、息を呑む。
「防御魔法だ。
そうだろ?」
「違います」
俺は即答した。
「魔法、
よく分かりません」
それは本当だ。
ただ――
当たった衝撃が、
どこかに流れていく感覚はあった。
つぎはぎのベスト。
手袋。
作業靴。
それぞれが、
微かに“仕事をしている”。
勇者の一人が、
耐えきれずに叫ぶ。
「そんな装備で、
耐えられるわけがない!」
リーダーの目が、
俺の足元に向く。
そこには、
さっきまで置いてあった清掃袋。
「……それだ」
袋の中に、
何かがある。
確信した顔だった。
「中身を出せ!」
「業務用です」
「関係ない!」
勇者が、
一歩踏み出す。
その瞬間。
「――業務外介入です」
リィナの声が、
広場に響いた。
彼女は、記録板を掲げている。
「本決闘は、
清掃判断の検証」
「清掃用具の没収は、
規定違反です」
静かだが、
はっきりした声。
勇者のリーダーが、
歯を食いしばる。
「……まだだ」
彼は、
剣を構え直す。
「なら、
“危険”を証明するまでだ」
次の攻撃は、
明らかに異質だった。
魔力が歪む。
観客が、
ざわめく。
「……あれ、
街中で使う魔法じゃ……」
俺は、
少しだけ眉をひそめた。
「それ、
清掃的にアウトです」
「黙れ!」
放たれた一撃。
直撃――
……した。
だが。
作業靴の底が、
地面を削って止まる。
俺は、
一歩も下がっていない。
靴底に、
微かな光。
――《拾得物最適化指令》
――衝撃分散:最大効率
俺は、
少し驚いた。
「……靴も、
そうだったのか」
観客席が、
完全に静まり返る。
誰もが、
理解した。
勇者が、
本気で攻撃している。
そして――
それでも、
倒れない相手がいる。
勇者パーティの一人が、
小さく呟いた。
「……おかしい」
その言葉は、
勇者自身に向けられていた。
正しさが、
通じない。
力を示しても、
結果が出ない。
それが、
彼らを追い詰めていた。
俺は、
少しだけ息を吐く。
「……これ、
長引きます?」
その一言で、
観客の誰かが吹き出した。
笑いが、
広がりかけて――
すぐ、止まる。
今のは、
笑っていい場面じゃない。
勇者のリーダーが、
初めて、
焦りを隠さず叫んだ。
「――全員、
前に出ろ!」
それは、
連携の合図。
もう、
後には引けない。
だが同時に、
誰の目にも明らかだった。
このまま続けても、
結果は変わらない。
それでも――
勇者は、
止まれなかった。




