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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第12章

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棚に置かれたままの町

境界原を抜けた先に、町はあった。


城壁は低く、門も簡素。

見張り台はあるが、人影はまばらだ。


「……町、だよな?」

ガルドが首を傾げる。


「地図上では、ここが“灰棚”です」

ミーナが確認する。


ユウキは歩きながら、周囲を見回した。


壊れてはいない。

荒れてもいない。


だが――

どこか、止まっている。


通り沿いには倉庫。

その前に積まれた木箱や樽。

中身は不明。


「これ、放置?」

レオルが箱を指差す。


「放置というか……」

ミーナが言葉を選ぶ。

「“保留”ですね」


箱には札がついている。


《後で整理》

《使用予定未定》

《一時保管》


どれも、日付が古い。


「全部、後回しだな」

ガルドが言う。


「判断されてない」

ユウキは短く言った。


通りを進むと、人はいる。

少ないが、確かに生活している。


洗濯物。

干しっぱなしの道具。

半端に片付いた作業台。


「誰も急いでない」

レオルが言う。


「急ぐ理由がない」

ユウキは答えた。


町の中央に、小さな広場がある。

井戸と、掲示板。


掲示板には紙が貼られているが、

新しいものはない。


《人手募集》

《修理依頼》

《護衛求む》


どれも、期限切れ。


「……これ、ギルドがあった頃のだ」

ガルドが言う。


「撤去されてないのね」

ミーナが呟く。


そのとき。


「旅の人か?」


声をかけられた。


振り向くと、

年配の男が立っている。


背は低く、服は作業着。

だが、汚れてはいない。


「通過するだけだ」

ユウキが答える。


「そうか」

男は頷く。

「泊まるなら、空きはある」


「人、少ないな」

ガルドが言う。


男は苦笑した。


「昔は多かった」

「昔、な」


「今は?」

レオルが聞く。


「今は……」

男は少し考えてから言った。

「減った」


「理由は?」

ユウキが聞く。


男は即答しなかった。


代わりに、

広場の倉庫群を指差す。


「ここは、通過点だった」

「荷が来て、人が来て、出ていった」


「今は?」

「来ない」


「でも、残ってる」

ユウキが言う。


「そう」

男は頷いた。

「捨てる理由も、無かった」


ミーナが、周囲を見回す。


「……残留器が出やすい条件ですね」


男は目を細めた。


「出るさ」

「最近は、夜になると特にな」


「被害は?」

ガルドが聞く。


「物が減る」

「人は減らない」


「それで放置?」

「追い払っても、戻る」


ユウキは、男を見る。


「掃除は?」

「……してない」


「できない?」

「必要だと思わなかった」


ユウキは、軽く息を吐いた。


「じゃあ、理由が分かった」


男は首を傾げる。


「何の?」


「この町が止まってる理由だ」


ユウキは、

棚のように並ぶ倉庫を見た。


「ここ、全部“置き場所”だ」

「でも、“決める場所”が無い」


男は、黙った。


図星だったらしい。


「なあ」

男が言う。

「あんた、冒険者か?」


「違う」

ユウキは答える。

「掃除屋」


「……掃除屋?」


「判断を片付ける方の」


男は、しばらくユウキを見ていたが、

やがて、ゆっくり言った。


「一晩、泊まっていけ」

「代金は?」

「いらん」


「条件は?」

ユウキが聞く。


男は、広場を見渡した。


「……何か、動かしてくれ」

「片付けじゃなくていい」

「止まってるのを、動かしてくれ」


ユウキは、少しだけ笑った。


「掃除の依頼にしては、抽象的だな」


「でも、分かるだろ?」

男は言った。


「分かる」

ユウキは即答した。


町の棚に置かれたままの物たちが、

静かに、待っている。


“決められる”のを。


宿と呼ぶには簡素すぎる建物だったが、

屋根があり、床があり、風を防げる。


それだけで十分だった。


「久しぶりに人が来たな」


夕食の支度をしながら、

先ほどの年配の男――ロウと名乗った――が言った。


「商人も?」

ユウキが聞く。


「来ない」

ロウは首を振る。

「昔は通過するだけで寄ったがな」


「理由は?」

レオルが聞いた。


「道が変わった」

ロウは淡々と言う。

「王都から直接、次の町へ行ける」

「この町を通る意味がなくなった」


「じゃあ、移ればいい」

ガルドが言う。


ロウは苦笑した。


「それができる奴は、もういない」

「できた奴から、出ていった」


ミーナが、窓の外を見ながら言う。


「残ったのは、判断を先延ばしにした人」

「あるいは、判断できなかった人」


「どっちもだな」

ロウは認めた。


食卓に並ぶのは、質素な料理。

だが、温かい。


「……残留器は、いつから?」

ユウキが聞く。


「半年ほど前」

「最初は一体だけだった」


「追い払った?」

「何度も」


「でも増えた」

ユウキが言う。


「そうだ」

ロウは頷く。

「壊すと、次の日に二体になる」


ミーナが即座に補足する。


「魔力の澱が分裂している」

「破壊は逆効果ですね」


「じゃあ、放っておく?」

レオルが言う。


「それも違う」

ユウキは首を振った。


ロウが、少し意外そうに見る。


「分かるのか?」


「境界原で一体見た」

「荷をまとめたら、消えた」


ロウは、しばらく黙り込んだ。


「……つまり」

「俺たちの町は」


「掃除されてない」

ユウキははっきり言った。

「物じゃない」

「判断が」


ロウは、深く息を吐いた。


「……耳が痛いな」


沈黙が落ちる。


その沈黙は、責めるものではなく、

“思い出す”ためのものだった。


「なあ」

ロウが言う。

「あんた、今すぐ何かするのか?」


「しない」

ユウキは即答した。


全員が、少し驚いた顔をする。


「今日は見ただけ」

「触らない」


「……理由は?」

ロウが聞く。


「触ると、責任が発生する」

「この町の責任は、俺のじゃない」


ミーナが静かに頷く。


「判断を奪う行為になります」


ロウは、しばらく考えてから言った。


「……じゃあ、明日は?」


「明日も、勝手には触らない」

ユウキは続ける。

「ただ、話は聞く」


「誰の?」

ロウが聞く。


「この町に残った人の」

「“なぜ決めなかったか”を」


レオルが、小さく笑った。


「掃除って、こんなに面倒でしたっけ?」


「本来は、もっと単純だ」

ユウキは答える。

「汚れを落とすだけ」


ガルドが腕を組む。


「今回は、汚れじゃないな」


「うん」

ユウキは頷いた。

「棚の上のまま、埃を被った判断だ」


夜が更ける。


外では、風が静かに吹いている。


そのとき、

遠くで、カチャリ、と音がした。


「……来るか?」

ガルドが低く言う。


「今夜は来ない」

ユウキは断言した。


「どうして?」

レオルが聞く。


「今日は、誰も動かしてない」

「刺激がない」


ミーナが、少し驚いた顔をする。


「残留器は……」

「“変化”に寄ってくる」

ユウキは言う。

「止まったままなら、寄らない」


ロウは、焚き火を見つめながら言った。


「……この町は」

「止まったままで、楽だった」


「でも」

ロウは、言葉を選ぶ。

「最近、眠れない」


ユウキは、何も言わなかった。


それは、

動き出す前の症状だ。


夜は、静かに終わった。


誰も襲われず、

誰も奪われなかった。


だが――

“何も起きなかった”こと自体が、

この町にとっては久しぶりだった。


翌朝。


町は、昨日と何も変わっていないように見えた。


倉庫の前に積まれた箱。

整理されない掲示板。

人の動きはあるが、目的が薄い。


「……静かだな」

ガルドが言う。


「昨日と同じ」

レオルが答える。


「同じだから、問題なんだ」

ユウキは歩きながら言った。


広場の端。

年若い男が、崩れた棚の前で立ち尽くしていた。


手には、空になった袋。


「……なくなった」


声は、ほとんど独り言だった。


ユウキは立ち止まる。


「何が?」

と、聞いた。


男は驚いたように顔を上げる。


「あ……いや……」

「俺の、工具が」


「残留器か?」

ガルドが聞く。


男は、黙って頷いた。


「修理用の、刃と留め具」

「昨日の夜までは、ここに」


ミーナが、周囲を一瞥する。


「散乱していません」

「完全に“持っていかれて”いますね」


「追う?」

レオルが聞く。


「……待て」

ユウキはしゃがみ込んだ。


地面に、かすかな痕。


引きずられた跡。

だが、途中で消えている。


「ゴミ拾いスキルじゃないな」

ユウキが言う。


ガルドが首を傾げる。


「拾えないのか?」


「拾える」

「でも、これは“失くした”じゃない」


ユウキは目を閉じた。


そして、別の感覚に意識を向ける。


――《回収履歴照合》。


かつて使っていた、

“拾った物の来歴を辿る”補助スキル。


普段は使わない。

理由は単純で、面倒だからだ。


「……出た」


ユウキは、目を開けた。


「持っていかれた先は、この町の外」

「でも、壊されてはいない」


「残留器の巣?」

ミーナが聞く。


「いや」

ユウキは首を振る。


「“寄せ集め場”だ」


男が、不安そうに聞く。


「取り戻せますか……?」


ユウキは、少し考えた。


「……できる」

「でも条件がある」


「何でもします」


「取り戻したら」

ユウキは言った。

「それをどうするか、決めろ」


男は言葉に詰まる。


「……直す」

しばらくして、そう答えた。

「直して、使う」


「本当に?」

「はい」


ユウキは頷いた。


「じゃあ、行く」


レオルが剣を構えようとしたが、

ユウキが手で制す。


「戦闘は最低限だ」

「今回は壊す仕事じゃない」


町の外れ。

使われなくなった倉庫跡。


そこに、

残留器が数体、集まっていた。


奪った物を、

積み上げているだけ。


攻撃の意思はない。


「……動きが鈍い」

ガルドが言う。


「“判断待ち”だからな」

ユウキは答える。


ユウキは、道具袋から

一見ただの紙束を取り出した。


――《簡易分類札》。


本来は清掃業者向けの、

“一時的な判断を可視化する”魔道具。


「これ、まだ使ってたんですか」

ミーナが少し驚く。


「便利だからな」


ユウキは札を投げる。


《使用予定》

《修理予定》

《廃棄》


残留器の上に、

札が落ちた瞬間。


それらは、

一体ずつ、静かに崩れた。


「……消えた?」

レオルが目を見張る。


「役割がなくなっただけだ」

ユウキは言う。


残ったのは、

元の工具。


男は、それを抱え込んだ。


「……本当に、戻ってきた」


ユウキは、男を見る。


「で?」

「直すんだな?」


男は、強く頷いた。


「今度は、放置しません」


その瞬間。


町のあちこちで、

微かな音がした。


カチャ、

カラン。


「……減ってる」

ミーナが呟く。


「一体だけじゃない」

「判断が連鎖したな」


ユウキは、深く息を吐いた。


「だから言っただろ」

「掃除は、勝手にやるもんじゃない」


ロウが、遠くから見ていた。


「……あんた」

「一気に片付ける気はないんだな」


「ない」

ユウキは即答した。


「一気にやると、また止まる」


ロウは、少し笑った。


「厄介な掃除屋だ」


「褒め言葉だな」


町は、まだ変わっていない。


だが――

“決められた物”が、

確かに増え始めていた。


棚の上の判断が、

一つずつ、下ろされていく。


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