次は、どこを掃除する?
王都は、久しぶりに落ち着いていた。
ギルドが復活し、冒険者の数も戻りつつある。掲示板には討伐依頼や護衛依頼が並び、街は“いつもの賑わい”を取り戻していた。
「……なんか、俺たち要らなくない?」
掲示板の前で、ユウキがぽつりと言った。
「今さら何を言ってるんですか」
ミーナが即座に返す。「要る要らないで動いてないでしょう、あなたは」
「まあな」
ガルドは腕を組みながら笑う。
「冒険者が増えたら増えたで、俺たちは別口だ」
実際そうだった。
討伐も護衛も、今は他に任せられる。ユウキ一行が割り込む必要はない。
「じゃあ次は何するの?」
レオルが気軽に聞く。
ユウキはしばらく考えてから言った。
「……掃除?」
「雑すぎません?」
ミーナがため息をつく。
だが、そこに声がかかった。
「掃除の人たち、ちょっといい?」
声の主は、商人だった。顔なじみではないが、どこか切迫した様子をしている。
「北の方で、困っててね」
話は簡単だった。
王都北方、かつて中継地として使われていた地域――境界原。新しい交易路ができてから人の流れが変わり、通る者が激減した。
「地図上は“通れる”ことになってるんだけど、実際はね……」
商人は肩をすくめる。「誰も整備してない」
危険な魔獣がいるわけじゃない。
大きな事件も起きていない。
ただ――
「通れなくなりつつある」
それだけだった。
「冒険者に頼むほどじゃない。でも放っておくと、あとで面倒になる」
商人はそう言って、頭を下げた。
「だから……君たちみたいな人に頼みたい」
ユウキは地図を受け取り、広げる。
境界原。
王都と未開地の“あいだ”。
「……地味だな」
「ええ」
ミーナが頷く。「でも、嫌な地味さです」
「掃除の仕事っぽい?」
レオルが聞く。
「っぽいな」
ユウキは即答した。
「じゃあ決まりだ」
こうして、ユウキ一行は王都を離れた。
北へ進むにつれ、風景は少しずつ変わる。道は細くなり、整備の跡が薄れていく。使われなくなった標識、傾いた柵、草に埋もれた休憩所。
「……全部、壊れてないのが逆に気持ち悪いな」
ガルドが言う。
「壊れてないから、誰も直さない」
ミーナが淡々と補足する。
「直さないから、余計に使われなくなる」
ユウキはその会話を聞きながら、腰元に意識を向けた。
ゴミ拾いスキル。
強く反応しているわけではない。
だが、ずっと“弱くざわついている”。
「……ここ、広いな」
地平線の向こうまで、なだらかな土地が続いている。山でも森でもない、曖昧な場所。境界原という名前が、妙にしっくり来た。
やがて、町が見えてきた。
大きくはない。
だが、荒れてもいない。
「……町、だよな?」
レオルが首を傾げる。
「ああ」
ユウキは頷いた。
だが、違和感はあった。
建物は立っている。道もある。
それなのに――
「物、多くないですか?」
ミーナが言う。
倉庫の前、広場の端、空き家の軒先。
そこかしこに、物が置かれている。
捨てられているわけでも、使われているわけでもない。
ただ、“そのまま”。
「……灰棚の町、ってところか」
ガルドが看板を読む。
ユウキは町を一望し、小さく息を吐いた。
「なるほど」
ここは、ゴミの町じゃない。
判断が止まった町だ。
そしてそのことを、
ゴミ拾いスキルは、もう気づいている。
灰棚の町は、静かだった。
人がいないわけじゃない。
通りを歩けば、窓の向こうに人影が見える。荷車を押す老人もいれば、井戸端で話す子どももいる。
それでも――
「……音が少ないな」
ガルドが低く言った。
本来あるはずの生活音が、妙に間引かれている。金属音、呼び声、笑い声。どれも弱く、遠い。
「町が、止まってる感じ」
レオルが首を傾げる。
ユウキは答えず、足元を見ていた。
道の端に置かれた木箱。
割れていない。
濡れてもいない。
だが、長く動かされていない。
「……誰の?」
近くにいた男に声をかけると、男は一瞬考え込んだ。
「さあ……前からそこにあった」
「前って?」
「前は前だよ」
それ以上は出てこなかった。
別の家。
壁際に積まれた布束。
干されていない洗濯物。
「これも?」
「……たぶん、使う予定だった」
「いつ?」
「そのうち」
会話は、そこで止まる。
ミーナが小さく息を吐いた。
「“後で”が、積もっていますね」
「捨てられてない。でも、使われてもいない」
ガルドが言う。
「判断が止まった結果、残った物……か」
ユウキは腰元の感覚を確かめる。
ゴミ拾いスキルは、まだ強く反応しない。
だが、町全体に薄く、広く反応している。
「……これ、ゴミじゃない」
「ええ」
ミーナが即答する。「でも、資源でもありません」
「じゃあ何だ?」
「途中です」
その言葉は、妙にしっくりきた。
広場に出ると、町長らしき男が待っていた。
若くも老いてもいない、判断役としてちょうど曖昧な年齢。
「来てくれてありがとう」
深々と頭を下げるが、声に切迫感はない。
「困ってるって話だったけど」
ユウキが切り出す。
「ええ……困っては、います」
歯切れが悪い。
「ただ、大きな問題があるわけじゃない」
町長は続ける。「死人も出てない。魔獣も来ない」
「でも?」
「……通る人が減った」
それだけだった。
交易路が変わり、ここは“通らなくてもいい町”になった。
結果、補修も更新も後回しにされ、判断が溜まり続けた。
「捨てるか、直すか、移るか」
町長は苦笑する。「どれも決めてない」
ユウキは町を見渡した。
ここは、廃墟じゃない。
でも、現役でもない。
「……片付けてほしい?」
「いえ」
町長は首を振る。「捨ててほしいわけじゃない」
「じゃあ?」
「どう扱えばいいか、分からない」
その瞬間。
ユウキのスキルが、わずかに強くざわついた。
「……あ?」
視線の先。
倉庫の影。
何かが、置かれている。
布をかけられ、柵で囲われ、誰も近づかない――
それでも、確かに“物”として残っている。
「……あれは?」
町長は一瞬、言葉に詰まった。
「……残留器、です」
初めて出た、固有名詞。
「古い、古い道具」
町長は続ける。「使い方が分からない。でも、壊すのも怖い」
「動くのか?」
ガルドが聞く。
「動きません。たぶん」
たぶん、という言葉が重かった。
ユウキは一歩、前に出た。
近づくほどに、スキルの反応がはっきりする。
ゴミじゃない。
危険物でもない。
だが――
“判断されていない物”。
「……なるほど」
ユウキは、小さく頷いた。
「ここ、掃除が必要だな」
「片付け、ですか?」
町長が恐る恐る聞く。
「いや」
ユウキは、残留器を見据えたまま言った。
「判断の掃除だ」
その言葉を、
誰も否定できなかった。
町の奥で、
何かが静かに“起動準備”に入ったことを、
まだ誰も知らないまま。
残留器は、思ったより大きかった。
倉庫の半分を占める円筒状の構造体。
金属と石が混ざったような素材で、表面には読めない文字列と、意味不明な刻印。
「……古代文明?」
レオルが目を凝らす。
「たぶん」
ミーナが頷く。「でも、軍事用ではありません」
「断言できるのか?」
ガルドが聞く。
「軍事用なら、もっと分かりやすく危険です」
説得力があった。
ユウキは、残留器の周囲を一周する。
触っていないのに、
**“動きたがっている”**感触だけが伝わってくる。
「これさ」
ユウキが言う。
「壊れてるんじゃない」
「え?」
町長が思わず声を上げる。
「止まってるだけだ」
その瞬間だった。
――カチ、と乾いた音。
残留器の表面に走る、淡い光。
「……あ」
誰かが短く声を漏らす。
次の瞬間、
円筒の一部がゆっくり開き、内部から何かが浮かび上がった。
それは――
人型だった。
だが、生身ではない。
関節が不自然に滑らかで、顔に表情がない。
「機械……人形?」
レオルが身構える。
「戦闘体じゃない」
ミーナが即座に言う。「反応速度が遅い」
だが安心する間もなく、
その機械人形は、ぎこちなく一歩を踏み出した。
「――判定未完了」
低い、くぐもった声。
「周辺環境……未整理」
「行動指針……不明」
ガルドが前に出る。
「来るぞ」
「待て」
ユウキが手で制した。
機械人形は、攻撃動作に入らない。
ただ、周囲を見渡し、何度も同じ言葉を繰り返している。
「未整理」
「未整理」
「未――」
その足元。
古い木箱が崩れ、歯車が転がった。
カチリ。
それを拾い上げた瞬間、
機械人形の動きが、ぴたりと止まった。
「……?」
ユウキは、その様子を見て理解した。
「これ、掃除用だ」
「掃除用?」
町長が聞き返す。
「判断が終わってない場所を、整理する装置」
ユウキは歯車を残留器に戻す。
すると――
「補完確認」
機械人形の声が変わる。
「不足部品……回収」
「行動再開」
だが次の瞬間。
別の方向で、床が軋んだ。
未補修の通路が崩れ、
機械人形がバランスを崩す。
「うわっ」
倒れかけたその身体を、
ガルドが咄嗟に支えた。
「重っ……!」
「危険ではありません」
ミーナが言う。「ただ、古い」
「つまり」
レオルがまとめる。
「こいつ、働きたいけど環境がダメってこと?」
「そうだな」
ユウキは、残留器と町を交互に見た。
「これ、壊すのは簡単だ」
「……」
「でも壊したら、この町は“完全に止まる”」
町長が、ゆっくり頷いた。
「判断を……放置し続けた結果、ですか」
「たぶん」
ユウキは肩をすくめる。
「で、俺たちにできるのは」
「できるのは?」
「全部直すことでも、全部捨てることでもない」
そう言って、ユウキは歯車を一つ拾った。
「どこから手を付けるか、決めることだ」
その言葉に、
機械人形の目が、淡く光った。
「……優先順位」
「設定可能」
町の空気が、ほんの少し変わる。
戦闘はない。
だが、これは確かに――
冒険だ。
どの“止まった判断”から拾うのか。
それを選ぶ責任が、
今、ユウキ一行に委ねられていた。




