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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第11章

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雪原で拾う前の話

王都北方の清掃依頼は、いつもより地味だった。


内容は単純で、冬季に使われなくなった旧交易路の点検と、沿道の放置物の回収。春になれば再び人が通る道だが、雪が降る前に一度整理しておく必要があるらしい。


「……完全に裏方の仕事だな」


ユウキは地図を見ながら呟いた。


「でも、こういうのが一番あとで効いてくるのよ」


同行しているミーナが淡々と返す。


旧交易路は、王都から北へ延びる細い道だった。今はほとんど使われておらず、途中からは雪原地帯に飲み込まれている。予定では一日で折り返すはずだった。


――だが、天候が崩れた。


昼過ぎから雪が降り始め、風が強まる。視界は悪くなり、足元の感覚も鈍る。


「このまま進むのは危険だな」


ガルドの判断は早かった。


「近くに人の住んでいる場所は?」


ミーナが地図を確認する。


「……北に、小さな集落があります。雪原の民が暮らしている場所です」


選択肢はなかった。


ユウキたちは予定を変更し、集落を目指した。


夕方、白い大地の中に、低い建物群が見えた。雪を固めた壁と、風除けの柵。煙突から上がる煙が、ここに人が生きている証だった。


出迎えた雪国の民は、警戒よりも驚きの色を浮かべていた。


「この時期に、外から?」


「道の点検で。吹雪にやられました」


事情を話すと、彼らはすぐに中へ通してくれた。


暖かい室内。火の音。湯の匂い。


身体の芯から凍えていたユウキは、思わず息を吐いた。


「……助かりました」


「いいさ。雪原では、立ち止まったら終わりだからな」


そう言って笑ったのは、集落の男だった。年は若くも老いてもいない、働き盛りの顔。隣には、同じ外套を着た女性がいた。


その夜、ユウキたちは集落の人々と食事を共にした。特別なもてなしではないが、温かい料理だった。


話題は自然と、この土地の冬の厳しさへ移る。


「昔は、もっと人が行き来していたんだ」


男が言う。


「だが今は、道も埋もれてしまってな」


女性が静かに頷いた。


「それでも、この土地は好きよ。寒いけど……ちゃんと、歩いてきたから」


その言葉に、ユウキは少しだけ引っかかりを覚えた。


「歩いてきた?」


男は、少し照れたように笑う。


「昔な。雪原で、いろいろあってさ」


それ以上は語られなかった。無理に聞く話でもない。


夜が更け、外では風が唸っている。吹雪は明日まで続くらしい。


「今日はここで休んでいけ」


そう言われ、ユウキたちは厚意に甘えることにした。


寝床に入る直前、ユウキは外に出て、雪原を見渡した。


白一色の世界。音が吸われるように静かだ。


――この中で、何かを失くしたら。


ふと、そんな考えがよぎる。


その瞬間、腰元のゴミ拾いスキルが、ほんのわずかに揺れた。


はっきりとした反応ではない。ただ、「まだ触れるな」と言われているような感覚。


「……今じゃない、か」


ユウキはそう呟き、扉を閉めた。


この雪原には、まだ何かが眠っている。

だが、それを拾うのは――もう少し先の話だ。


翌朝、雪は止んでいなかった。


夜の間にさらに積もったらしく、集落の外は一面の白だった。建物の輪郭すら曖昧で、少し離れるだけで方向感覚を失いそうになる。


「……これは、思った以上だな」


ガルドが低く言う。


「視界不良。足元不安定。風も強い」


ミーナは淡々と状況を整理する。


「無理に遠出すべきではありません」


ユウキも同感だった。だが、その時、昨夜話していた男が声をかけてきた。


「もし……無理でなければ」


言葉を選びながら、男は続ける。


「雪原で、探してほしいものがある」


その隣で、女性が少しだけ視線を伏せた。


「急ぎじゃない。見つからなくても、責めない」


男はそう前置きした上で、静かに話し始めた。


昔、二人で雪原を越えたこと。吹雪の中で立ち止まりそうになったこと。どんなに寒くても、どんなに腹が減っても、一緒に歩こうと誓ったこと。その時に身につけていた、小さな指輪の話。


「……雪原のどこかに、落としたままだ」


女性が微かに笑う。


「もう無くても困らない。でも……」


「もし見つかるなら、と思ってな」


ユウキは二人の顔を見て、短く頷いた。


「分かった。探してみる」


探索は、集落から半刻ほど離れた雪原から始まった。


だが、現実は厳しかった。


雪は深く、足を踏み出すたびに体力を奪う。風が吹けば、視界は一瞬で真っ白になる。目印になるものは何一つなく、地形の起伏すら雪に埋もれている。


「……これ、探すってレベルじゃないな」


ガルドが吐き捨てる。


「痕跡が残らない。完全に上書きされています」


ミーナも首を振る。


ユウキは何度かゴミ拾いスキルに意識を向けたが、反応は鈍い。あるにはあるが、距離も方向も掴めない。まるで、雪原全体がノイズになっているようだった。


「……今日は無理だ」


しばらくして、ユウキが判断を下した。


「これ以上は危険だ。戻ろう」


誰も異論はなかった。


集落へ戻る途中、女性がぽつりと呟いた。


「やっぱり……難しいわよね」


責める響きはなかった。ただ、現実を受け入れている声だった。


「今日は、です」


ユウキはそう答えた。


「雪原は逃げません」


その言葉に、男が小さく笑った。


「変な人だな」


「よく言われます」


集落に戻る頃には、空は完全に灰色に染まっていた。雪は弱まる気配を見せず、夜にはさらに冷え込むという。


「今日は、もう休め」


そう言われ、ユウキたちは再び暖を取ることになった。


夕食のあと、皆が休む中、ユウキだけは眠れずにいた。


外は吹雪。常識的に考えれば、外に出る理由はない。


だが――。


腰元のゴミ拾いスキルが、今度ははっきりとざわついていた。


昼間より、強い。


方向は、集落の外。

距離は……まだ、遠い。


「……昼じゃ無理でも、夜ならか」


ユウキは静かに立ち上がった。


これは依頼だからじゃない。

義務でも、英雄気取りでもない。


ただ、昼間は雪に埋もれていた“何か”が、今なら見える気がした。


「少しだけ行ってくる」


誰にも告げず、外套を羽織る。


吹雪の夜へ、一人で踏み出す。


雪原は、昼よりも静かだった。音が吸われ、世界が止まったように感じる。その中で、ユウキだけが進んでいく。


「……まだ、だな」


ゴミ拾いスキルは導くが、答えは出さない。


それでも、確かに“近づいている”感覚があった。


――拾うべきものは、まだ雪の下だ。


そして、それを拾うには、もう少し踏み込む必要がある。


ユウキは、歩みを止めなかった。


吹雪の夜は、昼よりも静かだった。


音が消え、距離感が狂う。足音さえ、すぐに雪に吸われていく。ユウキは一定の歩幅を保ちながら、感覚だけを頼りに進んでいた。


視界はほとんど効かない。だが、腰元のゴミ拾いスキルだけは、はっきりとした方向を示している。


「……こっち、だな」


理由は分からない。ただ、“雪の下にある”という感触だけが伝わってくる。


しばらく進むと、違和感に気づいた。


寒さが、少しだけ緩んでいる。


ほんのわずかだが、空気が刺さらない。吹雪の中に、ぽっかりと穴が開いたような感覚。


ユウキは立ち止まり、足元を見る。


雪が薄い。


周囲は深く積もっているのに、その一角だけ、地面が露出していた。氷も張っていない。まるで、内側から温められているように。


「……やっぱり、ここか」


しゃがみ込み、雪を払う。


指先が、何か硬いものに触れた。


掘り進めると、小さな金属片が姿を現す。円を描く形状。炎を模した文様。


ユウキは、それをそっと持ち上げた。


指輪だった。


手に取った瞬間、はっきりと分かる。これは魔力の塊ではない。攻撃用でも、防御用でもない。ただ、持ち続けるための力だけを宿している。


微かな熱が、指先に伝わる。


「……誓い、か」


言葉にすると、しっくり来た。


吹雪の中で、これだけが雪に埋もれず、消えずに残っていた理由。誰かが、何度も握りしめ、手放さないと決めたからだ。


ユウキは指輪を懐にしまい、立ち上がった。


戻る道は、行きよりも楽だった。雪原が、もう敵じゃない。拾うべきものを拾った後は、そういうものだ。


集落に戻った頃には、夜は深まっていた。


誰にも気づかれず、ユウキは自分の寝床に戻る。指輪は、外套の内側で、静かに温もりを保っている。


翌朝。


雪は少しだけ弱まっていた。


「……戻ったんだな」


ガルドが、ユウキの顔を見て察する。


「顔が違う」


ユウキは何も言わず、集落の男と女性の前に立った。


「見つけた」


そう言って、指輪を差し出す。


二人は、一瞬言葉を失った。


女性が、そっと指輪を受け取る。指に通す前に、胸に抱いた。


「……ああ」


それだけで、十分だった。


男が深く頭を下げる。


「ありがとう。本当に……」


だが、女性は静かに首を振った。


「ねえ」


そう言って、指輪を見つめる。


「もう、これは大丈夫」


男が驚いた顔をする。


「私たち、もう寒くないでしょう?」


男は一瞬黙り、やがて苦笑した。


「……そうだな」


女性は、指輪をユウキに差し出した。


「あなたが持っていて」


ユウキが一瞬、言葉に詰まる。


「これは……」


「思い出は、もう私たちの中にある」


女性は穏やかに言った。


「でも、これは……拾った人のもの」


ユウキは、ゆっくりと受け取った。


重さはない。だが、確かに“預かった”感触があった。


「……分かりました」


それ以上、言葉は要らなかった。


数時間後、ユウキ一行は集落を後にした。


去り際、雪国の民が見送る中、男が言った。


「また来い。今度は、春にな」


「その時は、道をちゃんと掃除しておきます」


ユウキはそう返した。


王都へ戻った夜。


マルタとリィナの計らいで、久しぶりに湯船に浸かることになった。


「生き返るわね……」


湯気の中で、ガルドが溜息をつく。


ユウキは何も考えず、外套から指輪を外さずに湯へ入った。


――次の瞬間。


「……熱っ!?」


湯が、明らかに熱い。


「ちょ、ちょっとユウキ!?」


「何したの!?」


ユウキは慌てて湯から飛び出した。


「いや、何も……」


その時、指輪が淡く光っているのに気づく。


「……あ」


マルタが一拍置いて、吹き出した。


「なるほど。あったかい家庭、ね」


「湯船は家庭じゃない!」


「結果的に一番暖かいわよ?」


結局、ユウキは冷たい水で冷やされ、皆の笑い声だけが残った。


雪原で拾ったものは、

人を守り、

人を温め、

そして――使いどころを間違えると、のぼせる。


そんな、少しだけ厄介で、

とても大切なものだった。


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