帰らなかった理由
記録機が姿を消してから、しばらく誰も口を開かなかった。
通路の奥は、相変わらず直線的で無機質だ。
壁面に刻まれた文様は意味を失った文字のようで、見ていると頭がじわじわ疲れてくる。
「……なあ」
レオルが沈黙を破った。「さっきの、明らかに“敵”じゃなかったよな」
「敵じゃない、って言い切るのも危険だけどね」
ミーナは周囲を警戒しながら答える。「少なくとも、殺す気はなさそうだった」
「観測と記録が目的、か」
ガルドが低く呟く。「戦闘部隊じゃないなら、別の役割があるはずだ」
ユウキはその会話を聞きながら、足を止めて壁際にしゃがみこんだ。
「……あった」
「なに?」
ミーナがすぐに寄る。
床に転がっていたのは、剣の鞘だった。
だが普通のものじゃない。柄に刻まれた紋章は、王都ギルドで見覚えのあるものだった。
「これ、先行調査に行ったパーティのだ」
ガルドが断言する。
「帰ってこなかった五パーティのうち、二番目」
レオルも覚えていたらしい。「リーダーが槍使いの中堅チームだ」
「……血はないわね」
ミーナが周囲を確認する。
確かに、争った形跡はない。
床も壁も、壊れた跡は最小限だ。
「殺された感じじゃないな」
ユウキが言った。「“倒された”でもない」
その瞬間、ゴミ拾いスキルが反応した。
ピクリ、と。
今までよりもはっきりと。
ユウキは視線を床から通路の奥へ向けた。
「……連れて行かれてる」
「は?」
レオルが眉を上げる。
「回収、って感じじゃない」
ユウキは言葉を探す。「捕まえて、運んで……管理してる」
「管理?」
ミーナが首を傾げる。
「さっきの記録機と同じだ」
ガルドが静かに続けた。「排除じゃなく、把握と制御」
通路の途中、壁の一部が半透明になっている場所があった。
まるでガラスのようだが、触れるとひんやりとした魔力を感じる。
その向こうに――
「……人がいる」
ミーナの声が低くなる。
半透明の壁の向こう。
そこには、数人の冒険者が立ったまま固定されていた。
眠っているようにも見えるが、違う。
目は開いているのに、焦点が合っていない。
「……生きてる」
ガルドが確認する。
「でも、自我がない」
レオルが歯噛みする。「まるで人形だ」
ユウキは壁に手を伸ばしかけて、止めた。
「触るな」
「どうして?」
「……嫌な予感がする」
ゴミ拾いスキルは反応しない。
だが、“ここは拾う場所じゃない”と、はっきり告げていた。
「たぶん」
ユウキはゆっくり言った。「このダンジョン、侵入者を殺さない」
全員がユウキを見る。
「代わりに――」
「機能として取り込む、か」
ガルドが続けた。
重たい沈黙。
「つまりよ」
ミーナが腕を組む。「このまま奥に進めば、あたしたちも“管理対象”になる可能性があるってこと?」
「高いな」
レオルが笑えない表情で答える。
ユウキは、壁の向こうの冒険者たちをもう一度見た。
「……だからこそ、行くしかない」
「理由は?」
ミーナが聞く。
「戻してやらないと」
ユウキは淡々と言った。「生きてるのに、戻れないのは後味悪い」
英雄的な言葉ではない。
使命感でもない。
ただの、個人的な感覚だった。
「はぁ……」
ミーナが肩をすくめる。「ほんと、そういうとこよね」
「慣れた」
レオルが即答する。
ガルドは一歩前に出た。
「なら、決まりだ」
「奥へ?」
「奥へ」
こうしてユウキ一行は、
**古代文明ダンジョンの“管理領域”**へと足を踏み入れる。
そこが、
侵入者を殺さず、
存在を“止める”場所だとも知らずに。
管理区画に入った瞬間、空気が明らかに変わった。
湿っぽさも、血の匂いもない。
代わりにあるのは、整いすぎた静寂だった。
床は磨かれ、壁の魔法陣は一定の間隔で淡く点灯している。
破壊された痕跡はほとんどなく、まるで今も“稼働中”の施設のようだった。
「……嫌なほど、きれいだな」
レオルが小さく言う。
「戦闘が起きてない証拠ね」
ミーナが視線を巡らせる。「少なくとも、この区画では」
通路の脇には、先ほど見た半透明の壁がいくつも並んでいた。
その中には、冒険者だけでなく、見慣れない装備や魔獣の死骸までが整然と配置されている。
「展示品みたいだ」
レオルが吐き捨てる。
「保管だな」
ガルドが訂正する。「価値があるものを、壊さず保存するための」
そのときだった。
「――起動確認」
天井から、複数の影が降りてきた。
人型に近いが、関節は不自然に多く、動きはぎこちない。
胸部には青白い結晶核、背中には修復用と思しき器具が折り畳まれている。
「今度は“敵”っぽいな」
レオルが剣を抜く。
《侵入者確認》
《対象:管理対象候補》
《抵抗行為を検知した場合、拘束工程へ移行》
「拘束工程って言ったぞ」
ミーナが一歩下がる。
「殺す気はないが、止める気は満々だな」
ユウキがぼそっと言う。
機械兵の一体が前に出た。
腕部が展開し、刃でも鈍器でもない、奇妙な輪状装置が回転し始める。
「来るぞ!」
レオルが斬りかかる。
剣は確かに命中したが――
「っ、硬っ!?」
刃が弾かれた瞬間、別の機械兵が横から迫り、輪状装置を投射した。
光の輪が空中で拡大し、レオルの足元を囲む。
「しまっ――」
だが、次の瞬間。
「はい、そこまで」
ユウキが地面に何かを叩きつけた。
――ガシャン。
古代文明由来の“制御妨害具”。
以前、別の遺跡で拾っていたガラクタだ。
光の輪が一瞬だけ乱れ、消える。
「助かった!」
レオルが即座に距離を取る。
「“攻撃”より“妨害”が有効ね」
ミーナが状況を把握する。
ガルドは無言で前に出た。
盾を構え、機械兵の進行を塞ぐ。
「修復役がいる」
彼が低く言う。「壊しても、すぐ直される」
事実、その通りだった。
倒れた機械兵に、別の個体が背部装置を展開し、結晶核へ魔力を流し込む。
「面倒だな」
レオルが舌打ちする。
「だから――」
ユウキは腰のポーチを漁りながら言った。「壊さない」
取り出したのは、歪んだ金属板。
一見ただのゴミだが、ゴミ拾いスキルが“拾った理由”を覚えている。
「管理命令、書き換え用の欠片だ」
ユウキがそれを地面に滑らせると、魔法陣が一瞬だけ明滅した。
《……》
《命令系統、照合不能》
《一時停止》
機械兵たちの動きが、揃って止まる。
「うわ、効いた」
ミーナが素直に驚く。
「これで永続じゃない」
ユウキは言った。「奥に行けば、また再起動する」
「つまり」
ガルドが前を見る。「中枢が近い」
ユウキは、制御層の奥――
より強くスキルがざわつく方向を見た。
「たぶん、あそこに」
「管理してる“意思”がある」
ミーナが続ける。
誰も“王”とは言わなかった。
だが、全員が同じことを想像していた。
「行こう」
ユウキが言う。
「今度こそ、理由を聞くためにな」
管理区画を抜けた先にあるのは、
敵意ではなく、歪んだ使命。
そして、
このダンジョンが“壊れた文明”である理由だった。
制御層を抜けた先は、明らかに空気が違った。
息を吸うと、胸の奥がわずかに重くなる。
魔力そのものが濁っている――そんな感覚だ。
「……これ、瘴気か?」
レオルが眉をひそめる。
「似てるけど、ちょっと違う」
ミーナが周囲を見回す。「自然発生じゃない。溜め込まれた感じ」
通路の壁には、ひび割れた水晶管のようなものが張り巡らされていた。
中を流れているのは魔力……だが、どこか淀んでいる。
「排気されなかった魔力が、長年溜まったんだろう」
ガルドが低く言う。「管理が止まった結果だ」
その言葉を裏付けるように、通路の奥で“何か”が作動した。
《……確認》
《管理対象:侵入者》
《判断基準、照合中》
声は、先ほどの機械兵とは違った。
より低く、より“感情がない”。
「来るな」
ユウキが言った。「今度は、さっきの記録機とは別だ」
壁の一部が開き、影が滲むように現れる。
それは完全な人型だったが、顔にあたる部分は仮面のような装甲で覆われていた。
「管理官、って感じね」
ミーナが呟く。
《侵入理由を申告せよ》
「……会話、できるのか」
レオルが小声で言う。
ユウキは一歩前に出た。
「人を探してる」
「帰ってこなかった冒険者たちだ」
《該当個体、保管中》
《損傷率:低》
《自我反応:停止》
「停止……?」
ミーナの声が低くなる。
《効率的管理のため》
《抵抗・混乱は非合理》
その瞬間、ユウキのゴミ拾いスキルが、はっきりと警鐘を鳴らした。
――拾えない。
――だが、これは“壊れている”。
「……なあ」
ユウキは管理官を見据えた。「お前たち、まだ“守ってるつもり”か?」
《当然》
《この都市は守られるべき資産》
《住民・侵入者を問わず》
「違う」
ユウキは首を振った。「それは、守ってるんじゃない」
「止めてるだけだ」
一瞬、管理官の動きが止まった。
《……》
《定義不明》
《再計算》
「やっぱりだ」
ガルドが言う。「判断基準が、昔のままだ」
「更新されてない」
ミーナが続ける。「何千年も」
管理官の装甲の隙間から、濁った魔力が漏れ出す。
それは瘴気となって、この階層全体を侵食していた。
《管理継続》
《命令:都市維持》
「都市はもうない」
ユウキは静かに言った。「残ってるのは、記録と遺構だけだ」
《否定》
《都市は存在する》
《――我が王が、在る》
その言葉で、全員が察した。
「……中枢だ」
レオルが息を呑む。
「王座層が、まだ稼働してる」
ガルドが言った。
管理官は一歩、後ろへ下がった。
それは逃走ではなく、誘導だった。
《これ以上の進入は、管理権限が必要》
《王の判断を仰ぐ》
通路の奥で、巨大な扉がゆっくりと開き始める。
その向こうから、濃密な瘴気が流れ出してきた。
ユウキは、そこで立ち止まった。
「……たぶんな」
彼は仲間たちに言う。「このダンジョン、悪意で動いてない」
「でも」
ミーナが続ける。「止めないと、被害は増える」
「だから」
ガルドが盾を構えた。「話をつけるしかない」
ユウキは一度だけ、深呼吸した。
ゴミ拾いスキルが、これまでで一番強く反応している。
「行こう」
「拾うべき“ゴミ”が、奥にある」
それは金でも武器でもない。
――忘れ去られた文明、そのものだった。
こうして一行は、
**王座層《記憶の間》**へと足を踏み入れる。
そこで待つのが、
敵なのか、管理者なのか、
それとも――ただの“残骸”なのか。
それは、まだわからない。




