決闘の理由
決闘の話を、俺は掲示板で知った。
朝の清掃前、
いつものように役所前を通りかかった時だ。
《公開決闘の告知》
――清掃判断を巡る見解の相違について、
勇者パーティ代表と清掃担当ユウキによる
公開の場での検証を行う。
検証、という言葉が使われている。
最後まで。
「……検証か」
誰かが、後ろで言った。
「言い換えてるだけだな」
「まあ、そうなるよな」
野次馬は、もう隠そうともしない。
役所の担当が、青い顔で近づいてきた。
「本当に、すみません……」
「仕事ですよね?」
俺がそう言うと、
相手は一瞬、言葉を失った。
「……ええ。
形式上は」
その“形式上”が、
一番厄介だという顔をしていた。
ギルド前では、
マルタさんが腕を組んで待っていた。
「貼り出されたね」
「はい」
「怖い?」
「……よく分からないです」
正直な感想だった。
彼女は、ため息まじりに笑う。
「怖がらないのも、
一種の才能だよ」
飴を一つ、いつも通り渡してくる。
「でもね、
今回は“仕事”だけじゃ済まない」
「分かってます」
分かってはいる。
でも、やることは同じだ。
資料室では、
リィナが一枚の書類を差し出した。
《決闘立会記録・仮》
「正式には、
検証会の延長という扱いになります」
「俺、
戦える前提なんですか?」
そう聞くと、
彼女は一瞬だけ困った顔をした。
「……書類上は」
「実際は?」
「清掃担当です」
その答えに、
少しだけ安心する。
彼女は声を落として続けた。
「街の空気が、
勇者側に戻らなかった」
「それが、
理由です」
勇者が正しいと、
誰も即答しなかった。
それが、
決闘を必要とした理由。
その日の昼、
市場では噂が飛び交っていた。
「清掃の人、
勇者とやるんだって」
「武器も持ってないのに?」
「逆に、
勇者の方が必死らしいぞ」
俺は、
リンゴを一つ買って通り過ぎる。
聞こえないふりをした。
宿に戻る途中、
袋の中を整理する。
拾った布切れ、
瓶の破片、
読めないメモ。
どれも、
**“捨てられるはずの物”**だ。
「……あとで分別だな」
それだけ考えて、
袋を閉じる。
一方、勇者パーティの拠点。
「街が、
俺たちを見ていない」
リーダーが、
低い声で言った。
「だから、
勝つ必要がある」
勝って、
“正しさ”を取り戻す。
そのための決闘だ。
夜。
マルタさんが、
宿の前で立ち止まった。
「覚えときな」
「はい」
「これは、
あんたが望んだ戦いじゃない」
飴を一つ、
そっと置いていく。
「でも、
避けられなかった戦いだ」
俺は、
少しだけ考えてから答えた。
「……仕事、
休みにはならないですよね」
彼女は吹き出した。
「そこ?」
「そこです」
空気が、
少しだけ軽くなる。
決闘は、
三日後。
街はもう、
引き返せない。
俺だけが、
まだ普段通りだった。
決闘まで、あと二日。
俺はいつも通り、朝から袋を担いで外に出た。
「特別な準備とか、
しなくていいんですか?」
役所の担当が、心配そうに声をかけてくる。
「清掃は休みません」
「……ですよね」
諦めたように頷かれた。
区画は、ここ数日で驚くほど静かになっていた。
危険指定が解除され、
人の流れが戻りつつある。
つまり――
勇者の仕事が減っている。
俺は、瓦礫の影にしゃがみ込む。
「これは……」
錆びた金属片。
一見、完全なゴミ。
だが、
触れた瞬間、
頭の奥が少しだけ熱くなった。
――《拾得物最適化指令》発動
――用途解析:防具素材
――再利用可能
「……あ」
これ、
初めて出る反応だ。
今までは、
拾うか拾わないか、
それだけだった。
でも今は――
拾った後の“扱い”まで分かる。
「拾う」
袋に入れた瞬間、
表示が続いた。
――派生スキル解放
《零価再定義》
――価値判定を再計算します
目の前の金属片が、
少しだけ“違って見えた”。
壊れている。
だが、
壊れているからこそ、使える。
「……修理、じゃなくて再定義か」
よく分からないが、
仕事には使えそうだ。
ギルド前。
マルタさんが、いつもの位置にいた。
「顔つき、
変わったね」
「そうですか?」
「うん。
仕事してる顔だ」
飴を渡される。
「決闘前だってのに、
落ち着いてる」
「準備はしてます」
「武器の?」
「清掃の」
彼女は、腹を抱えて笑った。
「最高だよ、あんた」
資料室では、
リィナが静かに待っていた。
「……これ」
彼女が差し出したのは、
古い倉庫の鍵。
「清掃課名義で、
一時使用許可が出たの」
「倉庫?」
「拾得物の仮保管用」
彼女は声を落とす。
「正式には、
“不要物”扱い」
つまり、
誰も気にしない。
「中、
見ておいて」
鍵を受け取る。
倉庫の中には、
これまで拾った物が並んでいた。
瓶、布、金属、
壊れた装備。
どれも、
捨てられた物。
だが――
今は、
少しずつ意味を持ち始めている。
――《拾得物最適化指令》
――組み合わせ候補提示
頭の中に、
簡単な構成図が浮かぶ。
「……防具、か?」
戦うつもりはない。
でも、
壊れない準備なら、
仕事のうちだ。
夜。
勇者パーティの拠点。
「奴、
何もしてないらしい」
「……それが不気味だ」
リーダーは、
拳を握りしめる。
「準備は?」
「万全だ」
だが、
焦りは消えない。
一方、俺は倉庫で、
袋の中身を整理していた。
「拾わなかったら、
使われなかった」
「拾ったから、
残った」
それだけの話だ。
決闘の準備は、
順調だった。
清掃として。
決闘前夜。
宿の廊下は、やけに静かだった。
普段なら、
冒険者の笑い声や、
酔っ払いの喧騒がある時間帯だ。
今日は、ない。
「……気を遣われてるのかな」
そう思いながら、
俺は倉庫から戻ってきた。
袋の中身は空。
整理は、終わった。
部屋に戻ると、
机の上に飴が二つ置いてあった。
包み紙の色が違う。
「……あ」
ノックの音。
「入っていい?」
マルタさんの声だった。
「どうぞ」
彼女は部屋を見回し、
大げさに首をかしげる。
「……ほんとに、
何もないね」
「清掃員なので」
「決闘前夜だよ?」
「仕事は休みじゃないですし」
彼女は、ため息と一緒に笑った。
「変な子だね、あんた」
椅子に腰を下ろし、
飴を一つこちらに押してくる。
「これはね、
緊張した時用」
「ありがとうございます」
「で、
これは――」
もう一つの飴を指差す。
「勝った後用」
「……勝つ前提ですか」
「いいや」
彼女は首を振る。
「壊れない前提」
その言葉は、
やけに重かった。
しばらくして、
マルタさんは立ち上がる。
「寝な」
「はい」
「明日は、
あんたの仕事が
どう扱われるかが決まる日だ」
そう言い残して、
廊下に消えた。
少しして、
今度は控えめなノック。
「……ユウキさん」
リィナの声。
「どうぞ」
彼女は書類を一枚、
胸に抱えていた。
「これ、
最終確認です」
渡されたのは、
決闘立会の正式文書。
最後の欄に、
小さく注意書きがある。
《清掃用具の持ち込みを認める》
「……用具?」
「はい」
彼女は、少しだけ視線を逸らす。
「武器じゃない、
という前提で」
「その前提、
守られます?」
「守らせます」
短く、強い言い方だった。
彼女は続ける。
「街は、
あなたを“英雄”にしたいわけじゃない」
「ただ……
仕事が、
壊されるのが嫌なだけ」
それは、
とてもリィナらしい理由だった。
「証拠は?」
俺が聞く。
「……倉庫にあるものは、
全て記録済みです」
つまり、
消されない。
それで十分だった。
リィナは深く頭を下げる。
「明日、
私は立会記録を取ります」
「よろしくお願いします」
それだけで、
会話は終わった。
夜が深まる。
ベッドに横になり、
天井を見上げる。
「決闘か……」
実感は、
まだ薄い。
頭に浮かぶのは、
明日の作業動線と、
人の集まり方。
「……混みそうだな」
それだけ考えて、
目を閉じた。
一方、勇者パーティの拠点。
「明日で終わらせる」
リーダーが、
全員に告げる。
「勝って、
正しさを取り戻す」
誰も異論を唱えない。
だが、
その中の一人は、
昼間見た布切れを思い出していた。
「……捨てた、よな?」
小さな不安が、
胸をよぎる。
夜は、
静かに更けていった。
決闘前夜としては、
驚くほど穏やかに。
そして俺は、
最後まで思っていた。
「明日、
仕事、
長引かなきゃいいけど」




