統制層は、戦うために作られている
制御層を抜けた先で、ダンジョンの空気は明確に変わった。
広い。
そして――動く。
床に刻まれた魔法陣が、一定の間隔で淡く明滅している。
通路は直線ではなく、緩やかなカーブを描き、視界の先が読めない。
「ここ、さっきまでと違うな」
レオルが足を止める。
「迎撃層は“止める場所”、制御層は“保管する場所”だった」
ミーナが周囲を観察しながら言う。
「ここは……戦う前提で設計されてる」
その言葉を裏付けるように、床の魔法陣が一斉に光った。
――ゴウン。
低い振動。
空間そのものが、わずかに沈む。
「来るぞ!」
ガルドが叫んだ。
通路の左右、そして天井が展開する。
そこから姿を現したのは、獣型の機械だった。
四足。
金属の骨格に、魔力装甲。
目にあたる部分が赤く光り、地面を削るように前足を踏み込む。
「うわ、完全に戦闘用だな」
レオルが笑う。「分かりやすくて助かる!」
次の瞬間、制御獣が突進した。
速い。
迎撃層の装置とは比べものにならない。
ガルドが盾を構える。
衝突。
衝撃が通路全体に響き、壁の魔法陣が連動して光を強めた。
「重っ……!」
「盾、持ってかれるぞ!」
「ミーナ、拘束できるか!」
ユウキが叫ぶ。
「試す!」
ミーナが杖を振り、魔力の糸を放つ。
だが糸は制御獣の装甲に弾かれ、霧散した。
「無理! 装甲が魔力を拡散してる!」
「じゃあ――」
ユウキは腰から例の清掃用具を引き抜いた。
見た目は雑多、だが中身は完全にチート。
「掃除の時間だ」
床を叩く。
衝撃波が広がり、制御獣の脚部に走る魔力回路が一瞬だけ乱れた。
「今だ!」
ガルドが踏み込み、盾で体勢を崩す。
レオルが回り込み、関節部へ刃を叩き込む。
火花が散り、制御獣の動きが鈍る。
だが、倒れない。
制御獣は立ち上がり、再び構えを取る。
感情はない。
疲労もない。
「……こいつら、止まらないな」
レオルが息を整える。
「止まらないように作られてる」
ユウキは制御獣を見据えた。「都市を守る最後の壁だ」
その瞬間、ゴミ拾いスキルがはっきりと反応した。
視線の先。
制御獣の背部――魔力装甲の奥に、異物のような“歪み”。
「そこだ」
ユウキが指差す。「制御核がズレてる」
「ズレてる?」
「元はもっと安定してたはずだ。瘴気の影響だな」
ガルドがニヤリと笑った。
「つまり、直せばいいってことか?」
「壊すよりな」
ユウキは一歩踏み出した。
この統制層は、
戦うために作られている。
だが――
壊すために作られたわけじゃない。
制御獣は再び動き出した。
金属の脚が床を叩き、魔力装甲が低く唸る。
攻撃の動きは正確で、無駄がない。
まるで「この場で最適解だけを実行している」かのようだった。
「……ほんとに感情ないな、こいつ」
レオルが舌打ちする。
「感情がないから厄介なんだ」
ユウキは視線を制御獣から外さない。「迷いもしない」
制御獣が跳躍する。
空中で体勢を変え、ガルドを避けて後方へ――。
「後ろだ!」
ミーナが即座に警告を飛ばす。
レオルが滑り込むように動き、攻撃を逸らす。
「くっ……速すぎる!」
「制御核に近づくには、動きを止めるしかない」
ユウキが言う。「ガルド、正面から押さえられるか?」
「任せろ!」
ガルドは盾を構え、正面から突っ込んだ。
衝突音。
制御獣とガルドが真正面からぶつかる。
盾が軋む。
だが、ガルドは踏みとどまった。
「今だ!」
ユウキが床に清掃用ハンマーを叩きつける。
衝撃は破壊ではなく、振動として広がる。
制御獣の装甲に走る魔力回路が、一瞬だけ乱れた。
「回路がズレてる……!」
ミーナが叫ぶ。「魔力の流れ、歪んでる!」
「レオル!」
「分かってる!」
レオルは跳び、制御獣の背に取りついた。
刃を突き立てる――が、深くは入れない。
「壊すなよ!」
「分かってるって!」
レオルは刃を滑らせ、装甲の継ぎ目をこじ開ける。
中から露出したのは、淡く濁った魔力結晶。
「これが制御核か……?」
「違う」
ユウキが即答する。「本来は、もっと澄んでる」
制御獣が大きく身をよじる。
振り落とそうとするが、動きが鈍い。
「瘴気で汚染されてる」
ユウキは制御核を見据えた。「だから命令が暴走してる」
「直せるのか?」
ガルドが歯を食いしばりながら問う。
「やってみる」
ユウキは制御獣に手を伸ばした。
ゴミ拾いスキルが、強く反応する。
――《制御核:異常》
――《本来の役割:統制・防衛》
――《状態:汚染》
「……やっぱりな」
ユウキは制御核に触れ、意識を集中させる。
掃除用ハンマーに仕込まれた“清掃用魔導”を流し込む。
派手な光は出ない。
音もない。
ただ、濁っていた魔力が、ゆっくりと澄んでいく。
制御獣の動きが止まった。
ガルドが盾を下ろす。
レオルが飛び降りる。
「……止まった?」
「停止じゃない」
ミーナが目を見開く。「安定した」
制御獣はその場で静止し、やがて低く駆動音を鳴らした。
《統制再設定》
《侵入者:敵対対象から除外》
《命令待機》
「……え?」
レオルが間の抜けた声を出す。
「敵じゃなくなった、ってことか?」
ガルドが首を傾げる。
「たぶんな」
ユウキは息を吐いた。「こいつ、本当はここを守る存在だった」
統制層が、静かになる。
壁の魔法陣の光が弱まり、通路の奥が見えた。
さらに深く続く回廊。
「……なあ」
レオルが言った。「この先、もっとヤバいのいそうじゃないか?」
「いるだろうな」
ユウキは苦笑する。「全部を統制してる中枢が」
制御獣は、もう動かない。
だが、完全に壊れたわけでもない。
「行こう」
ユウキは前を向いた。「ここからが本番だ」
制御獣を倒した直後、ダンジョン内部の空気がわずかに変わった。
「……静かになったな」
ガルドが周囲を見回す。
先ほどまで、どこかで歯車が噛み合うような低音が鳴り続けていたのに、今はそれが止んでいる。代わりに、耳の奥で“チリチリ”とするような感覚があった。
「嫌な静けさだな」
レオルが剣を肩に担い直す。「こういうの、大体ロクなもん出てこねぇ」
「同感」
ユウキは足元を見ながら歩いていた。というより、歩きながら無意識に“拾うか拾わないか”を判断している。
折れた金属片。
壁から剥がれ落ちた魔法陣の欠片。
役目を終えたらしい、古い配線。
「……このダンジョン、壊れてるな」
「今さら?」
ミーナが即ツッコミを入れる。
「いや、構造じゃなくて“運用”がだ」
ユウキは言葉を選びながら続けた。「掃除も修理も、途中で止まってる感じがする」
そのときだった。
「――――」
微かな浮遊音。
風切り音に似ているが、どこか規則的だ。
「止まれ」
ガルドが低く言う。
全員が足を止めた瞬間、通路の奥から“それ”が現れた。
人型でも獣型でもない。
円筒形の胴体に、細長い支柱のような脚。
上部には水晶のようなレンズがいくつも並び、淡い青光を放っている。
「……なに、あれ」
ミーナが小声で言う。
「敵か?」
レオルが一歩前に出た。
だが、“それ”は攻撃してこなかった。
代わりに――
「ピ、ピピ……」
乾いた音を鳴らしながら、レンズがユウキたちをなぞるように動く。
「……見られてるな」
ガルドが眉をひそめる。
次の瞬間。
《対象確認》
《生体反応:正常》
《装備・技能・魔力構成:記録開始》
「しゃべった!?」
ミーナが素で叫んだ。
「待て待て待て、いま“記録”って言ったぞ」
レオルが剣を構え直す。
ユウキは、なぜか一歩前に出ていた。
「……ああ、なるほど」
「なるほどじゃない!」
ミーナが即座に背中を叩く。「なに納得してんのよ!」
「いや、たぶんだけど」
ユウキは機械を見上げる。「あいつ、戦闘用じゃない」
その言葉が合図だったかのように、機械はくるりと向きを変えた。
《記録完了》
《次工程へ移行》
「――逃げたぞ!?」
機械は浮遊音を強め、通路の奥へ滑るように移動し始める。
「待て!」
レオルが追いかけようとするが――
「待て待て!」
今度はユウキが止めた。
「追うと多分、面倒なことになる」
「どうしてわかる」
「……ゴミ拾いの勘」
全員が一瞬黙る。
「信用していいのか、それ」
ミーナが真顔で聞いた。
「五分五分」
ユウキは正直に答えた。
そのとき。
ゴミ拾いスキルが、はっきりと反応した。
“拾えない”
“だが、記録されている”
「……あー」
ユウキは頭を掻いた。「これ、管理系だな。たぶんダンジョンの“目”」
「目?」
ガルドが言う。
「侵入者を排除するんじゃなくて」
ユウキは通路の奥を見つめる。「観測して、記録して、上に送る」
「上?」
ミーナが首をかしげる。
ユウキは、少しだけ言葉を選んでから答えた。
「このダンジョンを、まだ“管理してる何か”がいる」
空気が、ほんの少し重くなった。
さっきまでの軽口が、自然と消える。
「じゃあよ」
レオルが口を開く。「さっきの制御獣も、さっきの記録機も……」
「全部、命令通りに動いてる」
ガルドが静かに言った。
「……壊れた文明の、壊れた管理システムってわけか」
ミーナが呟く。
ユウキは、逃げていった記録機の方向をもう一度見た。
「たぶん、今ので俺たち――」
「目ぇ付けられたわね」
ミーナがため息混じりに言う。
「だな」
誰も否定しなかった。
そしてこのとき、
彼らはまだ知らない。
あの“記録するもの”が、
このダンジョンの中で――
最も危険で、最も厄介な存在であることを。




