そのままではいられない、というだけの話
朝の王都は、いつもと変わらなかった。
露店は開き、通りには人が流れ、再開発区画の外縁でも、子どもたちが瓦礫の隙間を走り回っている。
昨日までと同じ光景。
変わったのは、それをどう見るかだけだった。
「区域拡張の通達、出たわ」
マルタが淡々と告げる。
声に感情はないが、内容は重かった。
「再開発区画を中心に、半径三街区。緩衝帯って名目だけど、実質は管理区域ね」
「立ち入り禁止じゃないんだよな?」
ユウキが聞く。
「禁止じゃない。お願いベース。滞留するなら、連絡を、登録を、話し合いを、ってやつ」
ユウキは少し考えてから、短く息を吐いた。
「一番やりにくいやつだな」
マルタは頷く。
「ええ。拒否もしづらいし、受け入れたら戻れない」
誰も悪くない。
それが一番厄介だった。
「リィナは?」
「記録室。今は管理局との照合作業に回されてる」
マルタは肩をすくめる。「忙しくなるわね。正式に“仕事”になる」
それは昇進でもあり、拘束でもある。
沈黙が落ちた。
ユウキは再開発区画の方を見る。
イオの姿は見えない。
見えないこと自体が、今は気にかかる。
「……俺さ」
ユウキが言う。「まだ、何もする気はない」
マルタはそれを責めない。
「でも、何もしないままじゃ済まなくなる」
「だろうな」
それでも、今は踏み出さない。
踏み出す理由が、まだ“個人的”すぎるからだ。
「準備だけはしとこう」
ユウキは言った。「選択肢が消えないように」
マルタは小さく笑った。
「それ、あなたらしいわね」
正義でも反抗でもない。
ただ、余白を残すための準備。
その日の夕方、再開発区画に新しい掲示板が立てられた。
《区域案内》
《安全のためのお願い》
《ご協力ください》
言葉は丁寧で、角がない。
だからこそ、よく目立った。
ユウキはそれを一度だけ見て、背を向けた。
「……そのままじゃいられない、か」
誰に聞かせるでもない独り言。
答えは、まだ出さない。
線は越えられていない。
だが、確実に、太くなった。




