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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第10章

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別の場所で起きたこと

翌朝、問題は再開発区画では起きなかった。


場所は王都の北側、交易倉庫が並ぶ一角。

人の出入りが多く、昼夜を問わず動き続ける場所だ。境界区画とは違い、管理も人目も行き届いている――はずだった。


「……おかしいな」


倉庫管理の男が首を傾げた。

荷の数は合っている。破損もない。盗難もない。

ただ、一点だけ。


「ここ、誰が使ってた?」


倉庫の奥、普段は使われていない区画。

そこに、誰かが一晩過ごした形跡があった。

毛布代わりの布。空になった水袋。粗末だが、整えられている。


「浮浪者か?」

「でも、柵は……」


柵はある。

境界区画と同じ、低い木製のものだ。

跨げば越えられる。だが、越えないことになっている。


管理局に連絡が入り、巡回が派遣された。

報告は淡々としている。


――不法侵入の形跡あり。

――被害なし。

――当人はすでに立ち去り。


「……境界の人たち、動き始めてますね」


会議室でその報告を聞いた職員が言った。

事実だった。

再開発区画に留まっていた者たちが、別の場所に現れ始めている。


「管理対象区域を指定した結果、流動化した可能性があります」

誰も否定しない。予測されていたことだ。


「問題行動ではありません」

「ですが、点在すると管理が難しくなります」


境界は固定されていたほうが、管理しやすい。

それが、制度の論理だ。


「……再開発区画の措置、見直すべきでは?」

若い職員が恐る恐る言った。


沈黙。

それから、議長が口を開く。


「今はまだ、“兆候”です」

「起きてからでは遅いから、始めたのです」


その言葉で、方向性は決まった。


――管理区域外への移動も、把握対象とする。

――巡回を増やす。

――早期発見、早期対応。


境界は、広がった。


同じ頃、ユウキは裏通りでその話を聞いていた。

倉庫で寝ていた人間がいたらしい、という噂。

誰だったのかは分からない。ただ、イオではないことだけは確かだった。


「……始まったな」


拾うものはなかった。

だが、拾えないものが増えている。


再開発区画に目を向ける。

イオは、いつもと同じ場所にいた。

動いていない。

それでも、世界の方が動き始めている。


境界は、人が越えなくても、広がっていく。


リィナが異変に気づいたのは、報告の並び順だった。


内容ではない。

件数でもない。

時系列の流れが、想定とずれていた。


再開発区画――異常なし。

北側倉庫――一件。

南側運河沿い――未確認の滞留報告。

東門付近――巡回要請。


「……散ってる」


小さく呟いた声が、資料室に落ちる。


境界の民は、留まるものだと想定されていた。

だから区域を区切った。

だから管理対象にした。


だが、実際に起きているのは逆だ。

動いている。


「リィナ?」


マルタが声をかけると、彼女は資料を差し出した。

「これ、見てください」


マルタは一目で理解した。

「固定されてない……」


「はい。むしろ、広がってます」


境界を定めれば、そこに収まる。

その前提が、崩れている。


「……逃げてるわけじゃない」

マルタが言う。


「ええ」

リィナは頷く。「“避けてる”んです」


管理区域を。

視線を。

線そのものを。


「これ、悪化します」

リィナの声は低かった。「今のままだと」


マルタは腕を組み、深く息を吐いた。

「管理局に、上げる?」


「上げます」

即答だった。「上げない方が、危険です」


書類をまとめながら、リィナの手が一瞬止まる。

ペン先が宙に浮く。


「……これ、イオさんは動いてません」


マルタは顔を上げた。

「分かるの?」


「位置報告が全部、同じなんです」

再開発区画。柵の内側。

「動いてないから、目立つ」


皮肉だった。

動かないことで、最も可視化されている。


「じゃあ、問題は誰?」

マルタが聞く。


リィナは、答えなかった。

正確には、答えられなかった。


問題は人ではない。

構造そのものだ。


「……線を引いたことで、線の外が増えました」


それは、制度としては失敗に近い。

だが、失敗と認めるには早すぎる。


「修正、必要ですね」

リィナは言った。「今のうちに」


「今のうち、ね……」


マルタは窓の外を見る。

街は今日も回っている。

だが、その回転の中で、摩擦音が混じり始めていた。


「ユウキには?」

マルタが聞く。


「……まだ」

リィナは首を振った。「今は、言えません」


言えば、彼は動く。

動けば、制度は硬化する。


「でも」

リィナは続けた。「このままだと、誰かが動かされます」


それが、何を意味するか。

二人とも、分かっていた。


机の上に置かれた報告書の束は、静かだった。

だがそこには、想定外という名の兆しが、確かに積み上がっていた。


管理局の小会議室は、広くはなかった。


正式な会議ではない。議事録も簡易的だ。

それでも集まった顔ぶれは、皆この件が“次の段階”に入ったことを理解していた。


「境界が拡散しています」

報告担当が簡潔に述べる。「再開発区画に留まらず、倉庫街、運河沿い、東門付近にも確認例あり」


「犯罪は?」

「ありません」

「被害は?」

「現時点ではゼロです」


それが、逆に厄介だった。


「問題が起きていない状態で、動く必要がある」

年配の職員が言う。「それが我々の役目です」


誰も反論しない。

問題は、どう動くかだった。


「区域指定を見直す案があります」

別の職員が資料を広げる。「再開発区画のみではなく、周辺を含めた“緩衝帯”を設定する」


「つまり、管理区域を広げる」

「はい。滞留を一箇所に集中させないためです」


一見、合理的だった。

だがそれは、線を消すのではなく、太くする案だ。


「移動の自由は?」

「制限は設けません。ただし、長時間の滞留は引き続き要請対象に」


言葉は柔らかい。

だが、網は確実に広がっている。


「対象者の把握が難しくなります」

若い職員が指摘する。


「だからこそ、早期接触が重要です」

議長役が答える。「対話の機会を増やす」


対話。

それは聞こえがいい。

だが、対話の前提には、記録と管理がある。


「登録を促す形は?」

「現状では任意です。ただ……」


言葉が途切れる。


「応じない場合?」

「次の手段を検討します」


次の手段。

誰もその中身を口にしなかった。


会議は短時間で終わった。

結論は出ない。

だが、方向性は固まった。


――線を太くする。

――動きを把握する。

――問題が起きる前に、起きない形にする。


誰も悪意を持っていない。

誰も誰かを排除しようとしていない。


それでも、選択肢は減っていく。


同じ頃、再開発区画では夕暮れが訪れていた。


イオは、いつもと同じ場所にいた。

動いていない。

それが、今や最も目立つ行動になっている。


ユウキは少し離れた場所から、その姿を見ていた。

越えない。

介入しない。


それでも、胸の奥で何かが擦れる。


「……線は、細いほうがまだ優しいな」


誰に向けた言葉でもなかった。

だが、その言葉は、もう現実から少し遅れていた。


線は、太くなり始めている。


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