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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第10章

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通達

通達は、朝一番で回った。


張り紙でも、号外でもない。

関係部署への回覧と、管理局名義の簡潔な文書。

けれど、それで十分だった。


――再開発区画周辺における安全確保措置について。

――試験運用を終了し、当該区域を管理対象区域とする。


文面は丁寧だった。

強制という言葉はない。

排除という表現も使われていない。


ただ、「管理」という単語だけが、はっきりと記されている。


マルタは文書を読み終え、ゆっくりと机に置いた。

想定していた。準備もしていた。

それでも、胸の奥が少しだけ冷えた。


「……来たね」


リィナは何も言わなかった。

代わりに、次のページをめくる。


――管理対象区域内での長時間滞留を制限。

――未登録者については、個別対応を行う。

――必要に応じ、移動の要請を行う。


「要請、か」

マルタが呟く。


拒否できる言葉だ。

拒否できるからこそ、拒否した側が“問題”になる。


「これ、誰が行くんですか」

リィナが静かに聞いた。


「……巡回と、現場判断」

マルタは答える。「つまり、私たちだ」


線を引いたのは制度。

だが、線の上に立たされるのは人間だ。


午前中、管理局の職員が数名、ギルド跡地を訪れた。

形式的な挨拶。情報共有。責任分担。

誰も高圧的ではない。誰も急かさない。


「問題が起きないうちに、対応したいだけです」

そう言われるたびに、マルタは頷くしかなかった。


昼前、ユウキが顔を出した。

いつものように、袋を下げて。


「……動いた?」

マルタは一瞬、言葉を選び、それから正直に答えた。

「正式に、ね」


ユウキはそれ以上聞かなかった。

聞けば、越えることになると分かっている。


「今日、行くの?」

「行く」


短い会話だった。

それだけで、互いに理解していた。


再開発区画に向かう途中、街の様子は昨日と変わらない。

人は歩き、荷は運ばれ、商売は続く。


ただ、避け方が洗練された。


柵の周囲には、管理局の職員が二人立っていた。

声を荒げることはない。

ただ、視線がある。


イオは、柵の内側にいた。

位置はさらに端へ。

もはや、人の流れとは完全に切り離されている。


「来たね」

イオが言う。


「来た」

ユウキは答える。


管理局の職員が近づく。

「少し、お話を」


丁寧な声だった。

要請だ。

拒否できる。

拒否した瞬間、次の書類が生まれる。


ユウキは一歩、前に出かけて――止まった。


越えれば、これは“介入”になる。

越えなければ、誰も悪くないまま、進む。


朝の光が、柵の影を地面に落とす。

影は、昨日より少しだけ長かった。


管理局の職員は、名を名乗った。


名刺も、記章もある。服装は整っていて、声の調子も柔らかい。

威圧はない。敵意もない。

だからこそ、逃げ場がなかった。


「当該区域が管理対象になりましたので」

職員は淡々と説明する。「長時間の滞留について、確認とお願いに来ました」


イオは黙って聞いていた。

姿勢は崩さない。視線も逸らさない。慣れているように見えた。


「こちらとしては、危険を未然に防ぎたいだけです」

「分かります」

イオは即答した。


その反応に、職員は一瞬だけ言葉を詰まらせた。

想定していたのは反発か、困惑だったのだろう。


「代替の場所について、ご相談できればと」

「行き先は、決まっていますか?」


イオの問いは、穏やかだった。

だが、その問いに即答できる職員はいなかった。


「……いくつか候補は」

「“今すぐ行ける場所”は?」


沈黙。

それが答えだった。


「拒否することも、できますよね」

イオが確認する。


「はい」

職員は正直に答えた。「ただ、その場合は」


「次の段階に進む」

イオが先に言った。


職員は否定しなかった。


ユウキは少し離れた場所に立っていた。

柵の外側だ。

一歩で届く距離。だが、越えない。


「要請って、便利な言葉だな」

ユウキは独り言のように呟いた。


聞こえないはずの距離だったが、マルタはそれを拾った。

彼女は職員に向き直る。


「現場としては、時間をください」

「どれくらいでしょう」

「……今日一日」


職員は資料を確認し、頷いた。「検討します」


検討。

拒否ではない。了承でもない。

時間を溶かす言葉だ。


「分かりました」

イオは言った。「今日は、ここにいます」


職員たちはそれ以上踏み込まなかった。

目的は果たした。

要請は行われた。記録も残る。


彼らが去ったあと、柵の内側には沈黙が残った。


「……悪くない人たちだったな」

ユウキが言う。


「うん」

イオは頷いた。「だから、きつい」


マルタは歯を食いしばり、何も言わなかった。

怒りを向ける先がないとき、人は一番無力になる。


「俺がここを越えたら」

ユウキは柵を見る。「事態は変わる」


「変わるね」

イオは言った。「でも、良くはならない」


それが一番、分かっている言葉だった。


夕方の風が吹く。

柵の札が、また揺れた。


要請は終わった。

次は、応じるか、拒むか。


どちらを選んでも、もう“何もなかった”には戻れない。


日が傾き始めた頃、再開発区画は妙に広く見えた。


人が減ったわけではない。

ただ、近づかなくなった。

それだけで、空間は空く。


イオは柵の内側に腰を下ろしていた。

立っている必要はない。もう、見せる姿勢は十分だった。


ユウキは柵の外に立ったまま、何もせずに時間をやり過ごしている。

拾うものはない。

それでも、ここを離れなかった。


「なあ」

ユウキが先に口を開いた。「どうするつもりだ?」


イオはしばらく考えてから、答えた。

「今日は、ここにいる」


「それは選択か?」

「うん」


短い答えだった。だが、曖昧ではない。


「拒否でも、服従でもない」

イオは続ける。「ただ、俺が“どこにいるか”を決めてる」


ユウキは頷いた。

それは確かに、選択だった。


「動けば、問題になる」

「動かなければ、消えていく」

イオは淡々と並べる。「どっちも、同じくらい現実的だ」


マルタは少し離れた場所で、二人の様子を見ていた。

介入すべきか、見守るべきか。

どちらを選んでも、誰かの線を越える。


「……私たちは、待つしかない」

そう言って、自分に言い聞かせる。


イオはふと、ユウキを見た。

「拾わないでくれて、ありがとう」


その言葉に、ユウキは戸惑った。

「拾えなかっただけだ」


「違う」

イオは首を振る。「拾えないって分かったまま、無理に拾わなかった」


それは、奇妙な感謝だった。

だが、ここにいる三人には意味が通じた。


「俺はさ」

イオは空を見上げる。「ずっと、どこかに入ろうとしてた。でも」


言葉を切り、地面を見る。

「入れない場所に入ろうとするのが、一番きついって分かった」


遠くで鐘が鳴った。

一日の終わりを告げる音だ。


「明日、また来る」

ユウキが言う。


「うん」

イオは頷く。「俺も、ここにいる」


それが、約束だったのかは分からない。

だが、逃げでもなかった。


夕暮れの影が、柵を越えて伸びる。

内と外の境界は、影の中では溶けていた。


今日、誰も強制されなかった。

誰も排除されなかった。

それでも、選択は行われた。


そしてそれは、

誰かに決められたものではなく、

自分で口にした選択だった。


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