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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第10章

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問題になる前

最初に変わったのは、言葉だった。


「境界の連中がさ」

「また増えてないか?」

「交易で人が増えたせいだろ」


酒場でも、市場でも、そういう会話が聞こえるようになった。怒りではない。恐怖でもない。ただの“話題”だ。だが、話題になるということは、見えない存在ではなくなったということだった。


ユウキは、その変化を音として感じていた。足音の向き、視線の流れ、声のトーン。拾い物をしていると、そういうものがよく分かる。人は不安になると、地面よりも人を見る。


再開発区画の近く。

以前より人通りは増えたが、通る人間はみな足を速める。視線は一瞬、空き地の方へ向き、すぐ逸らされる。


イオは、いつもと同じ場所にいた。だが今日は、少しだけ位置が変わっている。人の流れから、半歩分、外へ。


「近づかなくなったな」

ユウキが言うと、イオは肩をすくめた。「近づかれるより、いい」


ユウキは拾った木片を袋に入れる。スキルは反応しない。価値はない。だが、捨てる気にもならず、袋の端に残した。


「今日は、変な目で見られた」

イオは淡々と話す。「何もしてないのに」


「何もしないのが、気に入らない人もいる」

「知ってる」


知っている、という言葉が重かった。


ユウキは空き地の端に腰を下ろした。あえてイオの隣ではなく、少し距離を取る。その距離が、今の街そのものだった。


「ここ、どうなると思う?」

イオが聞いた。


「そのうち、囲いができる」

「追い出される?」

「……整備される」


言い換えに、意味はなかった。イオは笑わない。


「問題になる前ってさ」

イオが言った。「だいたい、こんな感じだよな」


ユウキは返事をしなかった。否定できなかった。


少し離れた場所で、子供が母親に腕を引かれるのが見えた。「見ちゃだめよ」という声が、風に乗って聞こえる。悪意はない。ただ、避けるという選択だ。


「俺が何かすると、早まる気がする」

ユウキは独り言のように言った。


「何もしなくても、早まる」

イオは即答した。「だから、ここにいる」


それは抵抗でも、主張でもない。ただの存在だった。存在すること自体が、いつの間にか“理由”を求められ始めている。


そのとき、遠くで声が上がった。怒号ではない。指示でもない。ただ、人が集まるざわめきだ。何かが起きたわけじゃない。起きそうだ、という予感が共有されただけだ。


ユウキは立ち上がり、袋を持ち直した。拾うものは、もうほとんどない。街が整った証拠だ。だが、その分、整えられない部分が浮き彫りになる。


「なあ」

ユウキはイオを見て言った。「ここから動く気は?」


イオは少し考え、首を振った。「動いたら、“問題”になる」


その言葉で、ユウキは理解した。

ここにいるから、まだ問題じゃない。

動いた瞬間、誰かの領域に入る。


遠くで、鐘が鳴った。管理局の定時を告げる音だ。

街は今日も、きちんと回っている。


その回転の端で、問題になる前の存在が、静かに息をしていた。


管理局の会議室は、いつもより人が多かった。


議題は一つだけだが、資料は分厚い。数字、地図、報告書、そして簡潔にまとめられた一文。

――再開発区画周辺における未登録居住者の増加について。


「“増加”と言っても、数は横ばいです」

若い職員が淡々と説明する。「ただし、視認率が上がっています」


それはつまり、“見えるようになった”ということだ。


「犯罪件数は?」

「現時点ではゼロです」

「苦情は?」

「直接的なものは少数。ただし“治安への不安”という形で増加傾向です」


誰も声を荒げない。誰も責任を押し付けない。

会議は終始、冷静だった。


「問題が起きてからでは遅い」

年配の局員が言う。「起きる前に、対処するのが我々の仕事だ」


“対処”。

その言葉が、空気を引き締める。


「強制排除は現状、正当性に欠けます」

別の局員が即座に言った。「交易開始直後で、対外的な印象も悪い」


「保護施設への誘導は?」

「登録要件を満たさない者が多い」

「就労斡旋は?」

「身元不明のままでは難しい」


一つずつ、可能性が消えていく。

感情ではなく、条件によって。


「つまり」

議長役の男がまとめる。「彼らは、制度の外にいる」


誰も否定しなかった。

それは事実だ。


「外にいる以上、内側の秩序を乱す可能性がある」

言葉は穏やかだった。「現状では“存在そのもの”が不安材料になっている」


沈黙が落ちる。

誰もが、その言葉の危うさを理解している。


「では、どうする?」

誰かが聞いた。


しばらくして、一人が口を開く。

「……経過観察を続けつつ、行動範囲を限定するのはどうでしょう」


それは“排除”ではない。

だが、“自由”でもない。


「立ち入り制限区域を設ける?」

「名目は安全確保です」


書類に書けば、そうなる。

線を引く。ここまでは良い。ここからはだめ。


「問題が起きる前に、問題を固定化するわけですね」

誰かが皮肉でもなく言った。


「問題に“ならないようにする”」

議長は訂正した。「違いは大きい」


会議は続いた。結論は出ない。

だが、方向性は定まっていく。


――管理する。

――動かさない。

――増やさない。


誰も悪意を持っていない。

誰も個人を憎んでいない。


それでも、“対処”という言葉の下で、居場所は削られていく。


会議が終わり、人が散ったあと、資料だけが机に残った。

地図の端に、小さく丸がつけられている。再開発区画周辺。


誰も、その丸の中に“人”を書かなかった。


違和感は、数字ではなく順番に現れた。


リィナはその日、いつもより早く出勤していた。理由は単純だ。前日の処理が終わらなかった。書類の量ではない。迷った回数が多すぎたのだ。


棚から取り出した記録簿を開く。

境界区画――再開発予定地周辺。

その項目に、新しい付箋が増えている。


「……増えてない」


数は変わっていない。申請数も、苦情件数も。だが、注釈が増えている。

・視認報告

・巡回要請

・経過観察継続


どれも正式な対応ではない。だが、対応の“準備”だ。


「管理局……」


その名前を声に出した瞬間、リィナの胸がわずかに重くなった。

管理局は悪ではない。理屈も通る。だが、一度動き始めると、止まらない。


リィナは書類を持って、奥の資料室へ向かった。過去の事例を探す。

――未登録者集中区域

――治安不安

――一時的措置


似た言葉が並ぶ記録を見つけた。数年前、交易とは無関係な案件だ。結果欄を読む。


「……立ち入り制限、か」


強制排除ではない。保護でもない。

“そこに居続ける理由を失わせる”措置。


記録は淡々としている。成功とも失敗とも書かれていない。

ただ最後に、一文だけ残っていた。


――対象者は、自然消滅。


リィナはページを閉じた。


「……消えたんじゃない」


そう呟いた自分の声が、思ったより強かった。


席に戻る途中、マルタとすれ違う。

「顔、硬いよ」

「……管理局、動いてます」


マルタの足が止まった。「どの程度?」


「まだ正式じゃありません。でも」

リィナは言葉を選ぶ。「“対処”の準備段階です」


マルタは一瞬、目を伏せた。「……来たか」


二人とも、それが避けられない流れだと分かっていた。

だからこそ、早すぎる。


「ユウキさんは?」

リィナが聞く。


「まだ何も言ってない」

マルタは静かに答えた。「言わせる段階じゃない」


リィナは頷いた。

ユウキが動けば、話は“個人の善意”になる。

そうなれば、制度はもっと硬くなる。


机に戻り、リィナは新しい書類を取り出した。

正式な申請ではない。内部メモだ。


――境界区画周辺、対応注意。

――強制措置に至る前に、現場判断要。


それは小さな抵抗だった。

だが、書かずにはいられなかった。


ペンを置いたとき、ふとイオの顔が浮かぶ。

直接会ったことはない。

それでも、記録の行間に、確かに“人”が見えてしまった。


「……線を引く前に」


リィナは呟く。

「せめて、見ないふりだけはしない」


窓の外では、街が変わらず回っている。

交易は成功し、秩序は保たれている。


その裏で、静かに準備が進んでいることを、知ってしまった人間だけが立ち止まっていた。


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