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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第10章

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拾われなかった場所

交易が始まった王都は、以前よりも静かだった。


人の数は増えている。荷馬車も、商人も、見慣れない種族も。だが騒がしさはない。皆が目的を持って歩いているからだ。売る者、買う者、運ぶ者、管理する者。街はようやく「回り始めた」という感触を持っていた。


ユウキはその端を、いつものように歩いていた。ほうきを担ぎ、袋を下げ、視線は地面に近い。交易が始まっても、彼のやることは変わらない。落ちているものを拾い、不要になったものを回収し、価値を見極める。ただそれだけだ。


ただ一つ変わったのは、拾われるものが減ったことだった。


壊れた道具はすぐ修理され、放置されていた瓦礫は撤去され、以前なら見向きもされなかった端材や欠片も、今では誰かの管理下にある。街が整えば、ゴミは減る。それは良いことだ。良いことのはずだった。


王都の再開発予定地。仮囲いの向こうに、まだ手の入っていない空き地がある。ユウキはそこに足を踏み入れ、袋を下ろした。目につくのは古い木箱の破片、風化した紙切れ、使い道のない金具。スキルは反応しない。価値がないからではない。誰かが失ったものではないからだ。


そのとき、空き地の端に人影があることに気づいた。


若い。だが子供とも大人とも言い切れない。耳はわずかに尖っているが、エルフと呼ぶには短すぎる。服装は粗末だが、乞食ではない。こちらを警戒している様子も、近づく様子もない。ただ、そこに立っていた。


ユウキは声をかけなかった。拾うものがない場所で、拾えない存在に、どう声をかければいいのか分からなかったからだ。


人影――イオは、ユウキの手元を一瞬だけ見た。袋、ほうき、道具。何かを期待するような視線ではない。ただ、確認するような目だった。そして何も言わず、再び視線を街の方へ戻した。


街は前に進んでいる。確かに。

けれど、その進行方向の脇に、最初から拾われなかった場所が残っている。


ユウキは袋を持ち上げ、空き地を後にした。

拾えなかったものが、初めて重く感じられた。


冒険者ギルド跡地は、もう“跡地”ではなかった。


看板は掛け替えられ、受付窓口は整理され、書類棚は倍以上に増えている。人の出入りも多い。依頼ではない。相談だ。苦情でもない。問い合わせと申請、確認と調整。そのすべてが、この場所に集まっていた。


マルタは椅子に深く腰掛け、息を吐いた。「……増えたねぇ」

独り言だったが、事実だった。交易開始から一週間。数字で見ても、体感でも、明らかに仕事量は跳ね上がっている。


「増えたのは、仕事じゃなくて“責任”です」

そう返したのは、向かいの机で書類をまとめていたリィナだった。彼女の手は止まらない。記録、分類、保管、照合。ひとつ間違えば、誰かの生活に直結する。


かつてのギルドなら、もっと曖昧に処理されていた。依頼が受けられない者は追い返され、資格がない者は門前払い。問題は表に出なかった。出られなかっただけだ。


今は違う。

「対象外」という言葉を書けば、それは正式な判断になる。


「この人……」

リィナは一枚の紙を手に、言葉を探した。種族欄は空白。登録歴なし。職歴もなし。犯罪歴もなし。居住地は“王都周辺”。周辺、という言葉がやけに重い。


「受け付けられない?」とマルタ。

「……制度上は、はい。でも」

リィナはペンを置いた。「線を引いたのは、私です」


マルタは何も言わなかった。言えなかった。正しい判断だと分かっているからだ。全員を救えないことも、制度には限界があることも、分かっている。


「昔なら、そもそもここに来なかった人だよ」

マルタはそう言って、書類を棚に戻した。「来たってことはさ、期待したってことだ」


期待。その言葉が、リィナの胸に残った。

記録は事実を書くものだ。だが、書かれなかった事実は、なかったことになる。


窓の外では、商人たちが行き交い、荷が運ばれ、街は確かに前へ進んでいる。

それでも、書類に載らない人間が、どこかに取り残されている。


リィナは新しい用紙を取り出した。

分類欄に、まだ書き込めないまま。


ユウキが再び再開発予定地を訪れたのは、日が傾き始めた頃だった。

作業の帰り道、意識して遠回りをしたわけではない。ただ、足が自然にそちらへ向いただけだ。


昼間と同じ場所に、同じ人影があった。

イオは、崩れた石積みに腰掛け、街の方をぼんやり眺めている。近づいても逃げない。だが、歓迎もしない。その距離感が、やけに正確だった。


「……ここ、邪魔になると思うぞ」

ユウキは、声を張らずに言った。


「知ってる」

イオは即答した。「でも、まだ来てない」


まだ。

その言葉に、期限が含まれているのが分かった。追い出される日を、もう数えている。


ユウキは地面にしゃがみ込み、近くに落ちていた錆びた金具を拾い上げた。反応はない。スキルは沈黙したままだ。


「ここにいたら、仕事はあるか?」

「ない」

「寝る場所は?」

「雨が降らなければ」


淡々とした答えだった。愚痴でも、助けを求める声でもない。ただ事実を並べているだけだ。


「街が変わったな」

ユウキが言うと、イオは少しだけ目を細めた。


「変わったのは、街じゃない」

「じゃあ、何だ?」

「線の引き方」


その言い方が、妙に大人びて聞こえた。


ユウキは袋を開け、中身を確認した。今日拾ったのは、壊れた留め具、欠けた陶器、使い道のない布切れ。どれも、いずれ誰かの手で処分されるものだ。失われたものではない。だから拾える。


「俺の仕事はさ」

ユウキは独り言のように言った。「無くなったものを見つけることなんだ」


「知ってる」

イオは初めて、ユウキの方を見た。「だから、拾えないんだろ」


その言葉は、核心を突いていた。

イオは、何かを失ったわけじゃない。

最初から、与えられていないだけだ。


「……ここに来る前は?」

「どこでも、同じ」


イオは立ち上がり、足元の土を軽く払った。「名前が必要な場所には、居られなかった。役割が必要な場所にも」


ユウキは言葉を探したが、袋の中にも、地面にも、使えるものはなかった。


スキルが反応しない理由が、ようやく分かった。

これは“回収”の問題じゃない。

“創造”の問題だ。


「俺には、無理だな」

ユウキは正直に言った。


イオは、少しだけ口元を緩めた。「知ってる」


夕暮れの風が吹き、再開発予定地の埃が舞った。

街は、確かに前へ進んでいる。

けれどその影で、拾えないものが、はっきりと輪郭を持ち始めていた。


ユウキは立ち上がり、振り返った。

去る前に、ただ一言だけ言う。


「ここ、消える前にまた来る」

それは約束ではない。

できるか分からないことを、約束にはしなかった。


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