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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第9章

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踏み入れられなかった場所

 新大陸の奥へ進むにつれ、森の性質が変わっていった。


 木々は高く、だが枝葉は絡み合わない。

 視界は悪くないのに、先が読めない。


「……ここ、ダンジョンって言われたら納得するね」


 ミーナが周囲を見回しながら言う。


「自然に見せかけて、動線が不自然だ」

 ユウキは足元の岩を軽く蹴った。「意図的に“入らせない”造り」


 案内しているダークエルフは、少し距離を保って歩いている。


「この先は、誰も踏み込まなくなった」


「危険だから?」


「違う」

 彼は即座に否定した。「危険“ではない”からだ」


 その言葉に、ミーナが首を傾げる。


「どういう意味?」


「死なない」

 ダークエルフは淡々と言う。「だが、進めなくなる」


 それは脅しではなかった。

 経験談だ。


 森を抜けると、地形が一変する。

 岩肌が露出し、地面は硬く、空気が冷える。


 洞窟の入口は、思ったよりも大きかった。


「……ここか」


「ここだ」


 入口には、封印も結界もない。

 だが、何も拒んでいないのに、歓迎もしない。


「入る前に言っておく」

 ダークエルフが足を止める。「彼は、敵ではない」


「それは分かってる」


「だが、味方でもない」


 ミーナが、小さく息を吐く。


「一番厄介なやつだね」


 洞窟の中は、異様なほど静かだった。

 水音も、風の流れもある。だが、生き物の気配が薄い。


「魔物、いない?」


「いる」

 ユウキは即答する。「隠れてるだけだ」


 次の瞬間、岩壁が動いた。


 石の塊が崩れ、形を成す。

 岩殻獣――自然と同化するタイプの魔物。


「来た!」


 ミーナが即座に距離を取る。


 だが、戦闘は一瞬だった。


 ユウキは腰の袋から、無造作に一つ取り出す。

 見た目はただの古い金属片。


「え、それ投げるの?」


 次の瞬間、金属片が地面に触れた途端、

 魔力が走り、岩殻獣の動きが止まった。


「……拘束系?」


「違う」

 ユウキは首を振る。「“安定化”だ」


 暴走していた魔力が、元の地脈へと戻る。

 岩殻獣は、ただの岩へと還った。


 ダークエルフが、僅かに目を細める。


「……それは?」


「拾い物」


「拾い物で済ませるには、雑すぎる力だ」


 ユウキは答えなかった。


 洞窟の奥へ進むにつれ、同じような魔物が現れる。

 だがどれも、“倒される”ことはなかった。


 止められ、戻され、動かなくなる。


「戦ってないのに、進めてる……」


「ここは、壊すと閉じる」

 ダークエルフが言う。「だから誰も来なくなった」


 ユウキは、そこで確信した。


 このダンジョンは、

 侵入を拒んでいるのではない。


 選別している。


 そして――

 洞窟の奥、かすかな光の中に、人影が見えた。


 痩せ細った背中。

 長く放置された衣服。


 それは、

 どこにも属さなかった者の姿だった。


 人影は、すぐには振り返らなかった。


 洞窟の奥、淡く光る鉱石の前に座り込み、

 何かを胸に抱えるようにしている。


「……来るな」


 かすれた声だった。


 敵意というより、拒絶に近い。


「奪いに来たなら、帰れ」

「もう、何も残っていない」


 ミーナが一歩踏み出しかける。

 ユウキは、静かに制した。


「奪いには来てない」


 ハーフエルフの肩が、わずかに揺れた。


「嘘だ」

 声に、怒りはない。「みんなそう言う」


 ダークエルフが、低く言う。


「……彼は、奪ったと思われている」


「違うのか?」


「持ち出しただけだ」

 ダークエルフは言葉を選ぶ。「壊される前に」


 ハーフエルフは、ゆっくりと振り返った。


 頬はこけ、目の下に濃い影。

 だが、その瞳だけは、まだ生きていた。


「……誰だ、お前たち」


「通りすがりだ」

 ユウキは答える。「拾い物をしに来た」


 その言い方に、ミーナが一瞬だけ驚いた顔をする。


「拾い物?」


「失くしたものを、元に戻す仕事だ」


 ハーフエルフは、胸元の布を握り締めた。


「……これもか?」


 布の隙間から覗いたのは、古い装飾具。

 エルフの意匠と、ダークエルフの意匠が混ざった、歪な美しさ。


「それが、秘宝?」


「違う」

 即答だった。「これは……俺のだ」


 ダークエルフが、小さく息を吐く。


「秘宝は、ここにはない」


「ない?」


「もう、手放した」

 ハーフエルフは言った。「必要な人のところに」


 ミーナが、慎重に問いかける。


「じゃあ、なぜここに?」


「……行く場所がない」


 その一言で、全てが繋がった。


「エルフでもない」

「ダークエルフでもない」

「人間の街では、長く生きすぎた」


 彼は淡々と語る。

 まるで、他人事のように。


「争いの時、秘宝は“力”として使われるところだった」

「だから持ち出した。壊されるくらいなら、俺が抱えるほうがいいと思った」


 ユウキは、ゆっくりと頷いた。


「それで、追われた?」


「追われる価値すらなかった」

 ハーフエルフは笑った。「忘れられただけだ」


 洞窟の静けさが、重くのしかかる。


「……条件がある」


 彼は、ユウキを真っ直ぐ見た。


「秘宝を返せと言うなら、交換だ」


「何と?」


「俺が失くしたものを、探してほしい」


 ミーナが息を呑む。


「それは?」


 ハーフエルフは、少しだけ言い淀んでから答えた。


「……ペンダントだ」


「価値のあるもの?」


「俺にとっては、全部だ」


 ユウキは、即答しなかった。


 だが、拒否もしない。


「どんなペンダントだ?」


 ハーフエルフの声が、初めて震えた。


「両親が残した」

「……俺が、愛されていた証だ」


 その言葉に、ミーナは目を伏せた。


 ユウキは、静かに言う。


「分かった」


 ハーフエルフが、目を見開く。


「条件は?」


「一つだけ」

 ユウキは言った。「それを見つけたら、逃げないでくれ」


 沈黙。


 やがて、ハーフエルフは小さく頷いた。


「……約束する」


 こうして、

 戦いではない探索が始まった。


 秘宝よりも、

 一人分の記憶を拾うための仕事として。


 ペンダントは、すぐには見つからなかった。


 洞窟の奥。

 崩れた通路、使われなくなった祭壇、忘れ去られた小部屋。


「……思ったより、広いね」


 ミーナが息を吐く。


「時間をかけるつもりだったんだろう」

 ユウキは周囲を見回す。「隠すためじゃない。残すために」


 ゴミ拾いスキルが、静かに起動する。


 光は派手じゃない。

 だが、価値の残滓が浮かび上がる。


「……あっちだ」


 ユウキは、崩落した通路の脇を指す。

 一見すると、ただの瓦礫。


 だがその下には、意図的に積まれた石があった。


「封印じゃない」

 ミーナが覗き込む。「保護、だね」


「壊されたくなかったんだろ」


 慎重に石を外すと、小さな空間が現れる。


 中にあったのは、布に包まれた小箱。


 開けると、古いペンダントが横たわっていた。


 派手な宝石はない。

 だが、磨かれ続けた痕がある。


「……これ」


 ミーナの声が、自然と低くなる。


「間違いない」


 ユウキが箱を閉じ、洞窟の奥へ戻る。


 ハーフエルフは、同じ場所に座ったままだった。

 だが、こちらを見る目が違う。


「……あったのか?」


 ユウキは、無言で差し出す。


 ペンダントを見た瞬間、

 ハーフエルフの手が震えた。


「……まだ、あったのか」


 指先が、恐る恐る触れる。


 そして、崩れた。


「……俺は」

 声が詰まる。「捨てられたと思ってた」


 ミーナは、何も言わない。

 ただ、そっと距離を取る。


「争いの中で、何もかも壊れた」

「だから、これも……」


 ハーフエルフは、ペンダントを胸に押し当てる。


「でも……残ってた」


 涙は、静かだった。

 嗚咽も、叫びもない。


 ただ、長い時間を越えて、

 思い出が戻っただけ。


「……約束だ」


 しばらくして、彼は顔を上げる。


「秘宝の在処を、教える」


「持ってるんじゃなかったのか?」


「もう、持たない」

 彼は首を振る。「俺の役目じゃない」


 洞窟のさらに奥。

 封じられた石扉の前で、彼は立ち止まった。


「ここだ」


 扉が開くと、そこにあったのは――

 武器でも、宝石でもない。


 古い誓約の記録だった。


 エルフと人間が、かつて交わした約束。

 言葉と署名、そして魔力の痕跡。


「……これが、秘宝?」


「そうだ」

 ハーフエルフは言う。「力じゃない。記憶だ」


 ユウキは、静かに頷いた。


「十分すぎる」


 ハーフエルフは、少しだけ笑った。


「……俺も、帰っていいかな」


「行く場所は?」


「探す」

 ペンダントを握りしめる。「今度は、ちゃんと」


 ダークエルフが、無言で頷いた。


 こうして、

 奪われたものは戻った。


 壊れた関係は、まだ完全じゃない。

 だが――拾い直す理由は、確かに残った。



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