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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第9章

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信用という名の壁

 エルフの森は、静かすぎた。


 音がないわけじゃない。

 風も、葉擦れも、鳥の声もある。だがそれらは、人間に向けられていない。


「……森に入ってる感じがしない」


 ミーナが小さく言う。


「歓迎されてない証拠だな」

 ユウキは周囲を見回す。


 道は整えられている。だが、最低限だ。

 装飾も標識もない。迷うことはないが、導かれてもいない。


 案内役のエルフは、振り返らない。

 こちらがついてきているかどうかなど、気にしていない。


「人間は、いつも同じ場所に立つ」

 唐突に、彼が言った。「森の外だ」


「それは、俺たちが選んだわけじゃない」


「選ばなかった結果だ」


 それ以上、会話は続かなかった。


 辿り着いたのは、樹木と石を組み合わせた大広間だった。

 建物というより、長い時間をかけて森に許された空間。


 そこにいたエルフは、一段階違った。


 衣服は質素だが、魔力の密度が違う。

 周囲の空気が、わずかに張り詰めている。


「……あれが」


「長、だね」


 大エルフは、椅子に座ったまま動かない。

 視線だけが、ゆっくりとユウキたちを捉える。


「人間が、何を求めてここへ来た」


 声は低く、感情が読み取れない。


「交易だ」

 ユウキは簡潔に答える。「武具と薬、技術の交換」


「理由は?」


「王都が、それを必要としている」


「それは、お前の理由ではない」


 鋭い指摘だった。


 ミーナが一瞬、口を開きかける。

 だがユウキは、すぐに答えた。


「俺の理由は、失われた信用を拾うことだ」


 大エルフの眉が、わずかに動いた。


「拾う?」


「壊されたものは、簡単には戻らない」

 ユウキは言葉を選びながら続ける。「でも、残っているものはある」


 沈黙。


 周囲のエルフたちが、ひそひそと視線を交わす。


「……人間は、信用を道具のように扱う」


 大エルフは言った。「都合が良ければ使い、悪ければ捨てる」


「否定はしない」


 また同じ答えだ。


 だが今回は、空気が少し変わった。


「ならば条件を出そう」


 大エルフは、ゆっくりと立ち上がる。


「我らが失ったものを、取り戻せ」


 その言葉に、場が静まり返る。


「ダークエルフとの争いで失われた秘宝だ」

「それが戻らぬ限り、交易は認めない」


 ミーナが息を呑む。


「……それって」


「難題だ」

 大エルフは淡々と言う。「だからこそだ」


 そして、決定打の一言。


「人間を信じる理由が、必要なのだ」


 交渉は、ここから一気に依頼へと変わった。


 ユウキは、逃げ道のない条件を前にしても、表情を変えなかった。


 ただ一言、静かに言う。


「秘宝について、詳しく聞かせてください」


 秘宝の名が出た瞬間、場の空気がわずかに揺れた。


 それは怒りでも、憎しみでもない。

 避けてきた話題に触れられたときの、沈黙だ。


「……ダークエルフとの争いは、終わっていない」


 大エルフは、そう前置きしてから語り始めた。


「だが、それは戦争ではない」

「今や彼らは少数派だ。森の奥へと追いやられ、表には出てこない」


「秘宝は、その時に失われた?」


「奪われた、と言ったほうが近い」


 周囲のエルフの一人が、苦い顔で口を挟む。


「だが、彼らが“盗んだ”とは限らない」


 大エルフの視線が、その者に向く。

 制止はしない。


「秘宝は、争いの最中に持ち出された」

「誰が、なぜ、どの意図でかは……分からない」


 ミーナが静かに問いかける。


「じゃあ、ダークエルフ全体が敵、ってわけじゃないんだ」


「……簡単に敵と呼べたなら、話は楽だった」


 大エルフは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。


「彼らの長は、私の――いとこだ」


 その言葉に、場がざわめく。


「同じ血を引き、同じ森で育った」

「だが、選んだ道が違った」


 ユウキは、その言葉を噛みしめる。


「それで、今も争っている?」


「いや」

 大エルフは首を振る。「今は、互いに“触れない”だけだ」


 争えば、森が壊れる。

 だから、踏み込まない。


「……都合の悪い均衡だな」


 ユウキの呟きに、大エルフは否定しなかった。


「秘宝は、我らにとって象徴だ」

「失われたままでは、和解も、前進もない」


「だから、人間に探させる?」


「だからだ」

 大エルフははっきり言った。「我ら自身が動けば、争いが再燃する」


 ミーナが理解したように息を吐く。


「第三者が必要、ってことか」


「そして、壊さなかった者がいい」


 視線が、ユウキに向けられる。


 その瞬間、これは試験でも罠でもないと分かった。


 押し付けだ。

 だが同時に、逃げ道も用意されている。


「断ることもできる」

 大エルフは言った。「その場合、交易はなかったことになる」


 ユウキは、すぐには答えなかった。


 ダークエルフ。

 秘宝。

 血縁の断絶。


 単純な討伐では終わらない。


「……秘宝の特徴は?」


 大エルフは、わずかに目を細めた。


「古い。だが強い」

「そして、誰かの“記憶”に深く結びついている」


 その言葉に、ユウキは小さく頷いた。


「分かりました」


 即答ではないが、拒否でもない。


「詳しい話は、現地で聞きたい」

「ダークエルフ側からも」


 エルフたちが、再びざわめく。


「危険だぞ、人間」


「危険じゃない仕事は、最初から断ってます」


 ミーナが横で、肩をすくめた。


 交渉は、次の段階へ進んだ。


 敵と決めつけない探索。

 壊さないための介入。


 そして、

 秘宝の本当の持ち主が、誰なのかを知る旅。


 ダークエルフの領域は、森の“裏側”にあった。


 闇ではない。

 ただ、光を主張しない。


「……静かすぎるね」


 ミーナの声が、自然と小さくなる。


「エルフの森と似てるけど、違う」

 ユウキは足元の土を見た。「ここは、踏み荒らされていない」


 案内役はいない。

 だが、視線は確実にある。


「人間が来るとはな」


 声は背後からだった。


 振り返ると、一本の樹の陰から、長身のダークエルフが姿を現す。

 装いは簡素だが、武器は隠していない。


「……あなたが」


「そうだ」

 彼は名乗らない。「お前たちは、秘宝を探しに来たのだろう」


 否定する理由はなかった。


「話が早いな」


「争いの火種は、森より先に匂いが立つ」


 皮肉とも取れる口調だが、敵意はない。


「大エルフの差し金か?」


「条件を出された」


 ダークエルフは、小さく笑った。


「まだ、同じやり方をしているか」


 ミーナが一歩前に出る。


「あなたが、いとこ?」


「そう呼ばれていたこともある」


 その答えには、距離があった。


「秘宝は、あなたが?」


「持ってはいない」

 即答だった。「だが、失われた理由は知っている」


 ユウキは、そこで初めて核心に触れる。


「じゃあ、誰が?」


 ダークエルフは、森の奥を見た。


「……ハーフエルフだ」


 その名が出た瞬間、空気が変わる。


「争いの最中、秘宝を持ち出したのは彼だ」

「エルフでもなく、ダークエルフでもない」


「なぜ?」


「理由が必要か?」

 ダークエルフは問い返す。「どこにも居場所がなかったからだ」


 ミーナが、息を詰める。


「彼は、戦場で生き延びた」

「だが、どちらの森にも戻れなかった」


 ユウキは黙って聞く。


「秘宝は、彼にとって“力”ではなかった」

「ただ、唯一の拠り所だった」


「今は?」


「洞窟にいる」

 ダークエルフは言った。「新大陸の奥だ。誰も近づかない場所に」


 ユウキは、少しだけ考えた。


「……協力してくれるか?」


「条件次第だ」


「戦いはしない」


 ダークエルフは、目を細めた。


「それを信じろ、と?」


「信じなくていい」

 ユウキは言った。「ただ、壊さない」


 しばらくの沈黙。


 やがて、ダークエルフは背を向けた。


「案内しよう」

「だが、結果がどうなろうと、責任は取れ」


「最初から、そのつもりだ」


 こうして、

 三つの立場が交差する探索が始まった。


 秘宝は、力の象徴ではない。

 記憶と、居場所と、

 名を呼ばれなかった者の物語だった。

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