積み荷に詰めるもの
港は、久しぶりに騒がしかった。
ただの賑わいではない。
人が集まり、指示が飛び、荷が動く――仕事の音だ。
「こんなに動いてる港、久しぶりじゃない?」
ミーナが周囲を見渡す。
積み荷を運ぶ人足、帳簿を抱える官吏、魔道具を点検する職人。
「ギルドが崩れてから、船も止まりがちだったらしい」
ユウキは言った。「信用がないと、物流は真っ先に死ぬ」
今回の船は、王都直属。
護衛も形式的なものではなく、最低限の実力者が揃えられている。
ただし――
「冒険者、少なすぎない?」
「足りない」
ユウキは即答した。「だから俺たちなんだろ」
倉庫の中では、積み荷の最終確認が行われていた。
「人間側の交易品、これで全部?」
ミーナが一覧を覗き込む。
布、金属製品、加工済みの保存食、簡易魔道具。
どれも“悪くない”が、“決定打”ではない。
「エルフが欲しがるかは微妙だな」
「向こうは森と魔力が豊富」
ミーナは腕を組む。「金属も食料も、自前で足りてる可能性が高い」
そこへ、年配の職人が声をかけてきた。
「ユウキ殿、これも候補に入れてもらえませんか」
差し出されたのは、木箱。
中に入っていたのは、一見すると地味な――修復済みの古道具だった。
「壊れた魔道具の再生品です」
「新品ではありませんが、構造は単純で、長持ちします」
ユウキは手に取る。
魔力の流れが、無駄なく整えられている。
「……これ、誰が?」
「廃棄予定だったものを、拾って直しました」
職人は少し照れたように言う。
ユウキは、その場で決めた。
「これ、積みましょう」
「え?」
「新品より、こっちのほうが刺さる」
ユウキは箱を閉じる。「“作れる”って証明になる」
ミーナが、納得したように頷く。
「エルフ、長命だものね」
「“直しながら使う文化”には、共感するかも」
さらにユウキは、別の荷を指した。
「それと――これも」
布に包まれた、雑多な品々。
規格外、型落ち、用途不明。
本来なら、倉庫の奥で眠るか、処分される類。
「……それ、売り物?」
「売るんじゃない」
ユウキは言った。「見せるんだ」
「?」
「人間は、こういうものを“無駄”だと思ってきた」
「でも今は、違う」
ミーナは、ふっと笑った。
「なるほど。交渉材料じゃなくて、文化紹介ね」
「そういうこと」
積み荷は、次第に“変な船”になっていった。
新品より、直したもの。
高級品より、理由のある雑多。
王都の港で、そんな船が準備されていること自体が、
すでに前例のない出来事だった。
そして誰もが、薄々気づいている。
この航海は、
成功しても、失敗しても、戻れない。
船は、静かに出航の時を待っていた。
船が港を離れると、王都の喧騒は思った以上にあっさり遠ざかった。
石造りの建物が小さくなり、塔の影が水面から消える。
代わりに広がるのは、ただの水平線だった。
「……静かだね」
ミーナが甲板の手すりにもたれ、海を眺める。
「港の音がないと、こんなもんだ」
ユウキは答えながら、足元の振動を確かめる。
船は安定している。操舵も悪くない。
護衛として同乗している兵士たちは、必要以上に話さない。
命令されて来たが、何を期待されているのか分かっていない――そんな距離感だ。
「正直さ」
ミーナが、ふと口を開く。「エルフって、怖くない?」
「怖い?」
「堅物で、長命で、人間を下に見るって話」
「しかも今回は交渉でしょ。戦いならまだ分かるけど」
ユウキは、しばらく黙ったまま海を見ていた。
「分からない相手のほうが、まだマシだ」
「どういう意味?」
「分かったつもりになると、壊す」
ユウキは言った。「今回の仕事は、それをしないことだろ」
ミーナは納得したように息を吐く。
「確かに。ドワーフの時も、ワーウルフの時も、決めつけなかったものね」
甲板の中央では、積み荷の確認が続いている。
修復済みの魔道具、用途不明の古い部品、手入れされたが派手さのない布。
「ねえ、あれ本当に大丈夫かな」
ミーナが視線で示す。「普通、貿易ってもっと……こう、分かりやすいものでしょ?」
「分かりやすいものは、分かりやすく疑われる」
「嫌な経験談?」
「王都で山ほど見た」
ミーナは苦笑する。
しばらくして、船室に入ると、航路図が壁に貼られていた。
海流、風向き、寄港予定地。
「エルフの森は、この奥か」
「港はあるけど、人間の船は滅多に来ないらしい」
操舵士が説明する。「歓迎は、されないでしょうな」
「でしょうね」
ミーナが小さく呟く。
夜が近づくにつれ、船の空気も変わる。
話し声が減り、それぞれが考え込む時間が増える。
「ユウキ」
ミーナが静かに呼ぶ。
「ん?」
「もしさ」
言葉を選びながら続ける。「交渉が決裂したら、どうする?」
ユウキは、即答しなかった。
「その時は、その理由を拾う」
しばらくして、そう言った。「壊す理由じゃなくて、断った理由を」
「……難しいこと言うね」
「簡単な仕事じゃないって、最初から分かってた」
ミーナは、星の出始めた空を見上げる。
「でもさ」
少しだけ、声が明るくなる。「嫌いじゃないでしょ、こういうの」
ユウキは否定しなかった。
海の上では、誰もが無防備になる。
立場も、肩書きも、いったん脇に置かれる。
だからこそ、
この航海は避けられなかった。
船は、エルフの大陸へ向けて、確実に進んでいる。
森が、先に見えた。
街でも、城でもない。
海の向こうに立ち上がる、濃い緑の壁。人工物よりも先に、生き物の気配が届く。
「……港、あるにはあるね」
ミーナの言う通り、桟橋はあった。
ただし簡素で、装飾はない。船を迎えるための施設というより、必要最低限の接点だ。
船が近づくにつれ、空気が変わる。
見られている。
視線は多いが、好奇心ではない。
「警戒、されてるな」
操舵士が低く言う。
甲板に立つユウキは、剣に手をかけない。
その動作一つで、意味が変わる場所だと分かっていた。
船が接岸すると、ようやくエルフたちが姿を現した。
背が高く、動きが無駄に少ない。
衣服は自然素材が中心で、装飾は控えめだが、質が違う。
「……視線、冷たい」
「歓迎じゃないのは想定内だ」
代表と思しきエルフが、一歩前に出る。
年齢は分からない。だが、若くはない。
「人間の船が、なぜここに来た」
声は静かだが、距離を詰める気はない。
「王都からの使者だ」
ユウキは名乗らない。「交易の相談に来た」
「交易?」
エルフは眉一つ動かさない。「人間が?」
周囲のエルフたちから、わずかなざわめき。
「人間は信用できない」
代表は続ける。「契約を破り、森を削り、都合が悪くなれば忘れる」
ミーナが口を挟みかけるが、ユウキが手で制した。
「否定はしない」
その一言に、空気が少しだけ変わる。
「否定しない、だと?」
「事実だからだ」
ユウキは淡々と答える。「だから今回は、条件を聞きに来た」
エルフの視線が、わずかに鋭くなる。
「条件?」
「信用を得るために、何が必要か」
沈黙。
海の音だけが、間を埋める。
やがて代表のエルフは言った。
「……話は聞こう」
「だが、すぐに信じることはない」
それは拒絶ではない。
だが、歓迎でもない。
「それで十分だ」
ユウキは一歩、桟橋に足を下ろした。
この地では、
言葉より、積み重ねが重い。
エルフの森への交渉は、
ようやく始まったばかりだった。




