拾われたあとの街
王都は、いつも通りに動いていた。
露店の声、馬車の音、遠くの鐘。
数日前と何も変わらない――はずだった。
「……立ってる人、増えたね」
ミーナの言葉に、ユウキは歩みを止めずに頷いた。
広場の端。
以前は座り込んでいた男たちが、今は立っている。張り紙を見上げ、互いに短い言葉を交わしていた。
「仕事、戻ったんだって」
露店の主人が、声を潜めて教えてくる。
「全部じゃないがな。でも“呼ばれた”らしい」
「理由は?」
「分からん」
主人は肩をすくめる。「名簿が直った、とだけ」
ユウキはそれ以上、聞かなかった。
理由が分からないということは、
仕組みはまだ理解されていないということだ。
通りを進むと、管理局の前が見えてくる。
普段より人の出入りが多い。机が増え、廊下にまで書類が積まれていた。
「仕事、増えたみたいだな」
「当然でしょ」
ミーナは即答する。「“処理済み”が減ったんだから」
それは悪いことじゃない。
ただ、楽でもない。
声をかけてきたのは、あの若い職員だった。
名簿に、自分の名前を書いた人物。
「……ユウキさん」
「どうした?」
「倒れていた人たち、回復しました」
彼は少しだけ安堵した顔をする。「再発も、今のところは」
「よかったな」
「はい」
それから、彼は一拍置いた。「配置換えになりました。未分類案件の補助です」
「大変そうだ」
「ええ」
それでも彼は、視線を逸らさなかった。「でも、消えませんでした」
その言葉が、やけに重く残る。
消えなかった。
それだけで、ここでは十分な成果だった。
ユウキは歩き出す。
街は戻った。
だが、完全には戻っていない。
そしてそれは、誰の目にも見え始めていた。
王城からの呼び出しは、唐突だった。
封蝋も簡素で、文面も短い。
日時と場所、それだけ。
「随分あっさりしてるね」
「らしいな」
ユウキは紙を畳む。「形式にこだわらない人か、急いでるか」
どちらにせよ、断れる雰囲気ではない。
城内は静かだった。
華やかさより、実務の気配が強い。廊下の脇では、書類を抱えた官吏たちが小声で行き交っている。
「……見られてる」
ミーナが囁く。
視線は多いが、敵意はない。
むしろ値踏みだ。
案内されたのは、玉座の間ではなかった。
長机が並ぶ会議室。地図と帳簿、古い条約文書。
王は、すでにそこにいた。
豪奢な衣装ではない。
だが、姿勢と目線だけで分かる。――この場の中心だ。
「来てくれて感謝する、ユウキ」
声は落ち着いている。威圧も、親しげでもない。
「突然で申し訳ない」
「いえ」
それ以上、ユウキは何も言わない。
王も、それを咎めなかった。
「王都の件、報告は受けている」
王は資料に目を落とす。「完全解決ではない。だが――」
一瞬、言葉を選ぶ間があった。
「壊れなかった」
その評価は、重い。
「勝たなかった、とも聞いている」
「勝つ必要がなかったので」
王は、少しだけ目を細めた。
否定でも、肯定でもない。
「それができる者は少ない」
王は言う。「多くは“正しさ”の名で、破壊する」
沈黙が落ちる。
王は続けた。
「今、この国は冒険者が足りない。ギルドは崩れ、前例も失われた」
「だが、何もしなければ、もっと失う」
机の上に、一枚の航路図が広げられる。
海の向こう。
森と山に囲まれた大陸。
「多種族との交易を進めたい」
王は言った。「まずはエルフだ」
ユウキは地図を見つめる。
これは戦いではない。
だが、楽な仕事でもない。
「命令ではない」
王ははっきり言った。「だが、頼みたい」
その視線は、期待ではなく――現実だった。
ユウキは、すぐには答えなかった。
沈黙が、少しだけ長く続いた。
王は急かさない。
それが命令でないことを、態度で示している。
「……条件を聞いても?」
ユウキが口を開いた。
「もちろんだ」
「俺が行く理由は、国のためですか?」
王は即答しなかった。
ほんの一瞬、視線を机に落とす。
「それもある」
だが、続けて否定する。「だが、それだけでは足りない」
王は顔を上げた。
「この国は、信用を失った」
「冒険者制度も、管理も、人のつながりもだ」
ユウキは黙って聞く。
「だから今回は、“勝った者”ではなく、“壊さなかった者”を出したい」
王は静かに言った。「それが、お前だ」
ミーナが、わずかに眉を上げる。
「……評価、高すぎない?」
「だからこそ、頼んでいる」
王は即答する。「強者ではなく、判断を誤らなかった者に」
ユウキは、地図から視線を外した。
「報酬は?」
「用意する」
王は言う。「だが、断っても構わない」
その言葉で、ユウキは理解した。
これは取引ではない。
信任の試験だ。
「……一つ、確認させてください」
「何だ」
「俺が行って、話が壊れたら?」
王は迷わず答えた。
「その責任は、私が取る」
重い言葉だった。
理想を捨てきれない王が、現実を背負う覚悟の言葉。
ユウキは、小さく息を吐いた。
「分かりました」
王の視線が、鋭くなる。
「行きます」
ユウキは言った。「ただし」
「条件があるか?」
「ええ」
ユウキは、はっきりと言った。
「これは“交渉”です。討伐でも、制圧でもありません」
「勝つことを求められたら、俺は帰ります」
王は、少しだけ笑った。
「――それでいい」
そうして、王は立ち上がる。
「では頼む、ユウキ」
「この国で最初の、“拾われる交易”を」
ユウキは頷いた。
こうして、
最初の航海が決まった。




