表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第8章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/106

名前が残っていない

 倉庫の扉を閉めると、外の音が遠ざかった。


 中は静かだ。

 だが、完全な無音ではない。紙が微かに擦れる音、棚がわずかに軋む音。どれも、人の動きとは関係なく続いている。


「……勝手に動いてるわね」


 ミーナの声は低い。


「うん」

 ユウキは頷いた。「でも暴れてはいない」


 棚の前に立つ。

 “処理済み”と札が貼られた区画。その奥にある書類を、今度は一つずつ引き出していく。


 どれも途中で止まっている。

 調査記録、事情聴取、報告書。だが共通点があった。


「名前がない」


 ミナが言った。


 ユウキも同じ結論に辿り着いていた。

 案件名はある。分類もある。だが、責任者欄が空白だ。


「これじゃ拾えないな」

 ユウキは小さく呟く。


《なんか使えそう判定》


 反応は、出ない。


 代わりに、胸の奥が重くなる。

 これは“物”じゃない。“人”の問題だ。


「消されたの?」

 ミーナが聞く。


「たぶん違う」

 ユウキは首を振る。「最初から書かれなかった」


 責任者が決まらない。

 決めると揉める。

 揉めるくらいなら、処理済みにする。


 よくある話だ。


「……これ、どうするの?」


 ミナが見上げる。


 ユウキは一枚の書類を手に取った。

 端が少しだけ破れている。


「まず、戻す」

「名前を、探す」


「どこに?」

 ミーナが眉をひそめる。


「書類の外だ」

 ユウキは言った。「街にある」


 倒れた男の顔が、頭をよぎる。

 徽章、裏路地、見られていた視線。


「これは倉庫で完結しない」

 ユウキは続ける。「現場に戻る」


 ミーナは一拍置いて、頷いた。

「つまり、拾わないまま外に出すのね」


「うん」

 ユウキは苦笑する。「前代未聞だろ」


「管理局、嫌がるわ」


「もう嫌われてる」


 ユウキは書類を丁寧に束ねた。

 ゴミ袋には入れない。

 ラベルも貼らない。


 代わりに、紙紐で結ぶ。


「これが第一歩だ」


 ミナが、ぽつりと言う。

「名前、戻るかな」


「戻す」

 ユウキは即答した。「残ってるはずだから」


 期限は、あと二日半。


 倉庫の奥で、また一枚、書類が落ちた。

 だが今回は、音が違った。


 誰かが、聞いている音だった。


 倉庫を出ると、王都の空気はいつも通りだった。


 通りでは商人が声を張り、子どもが走り、衛兵が巡回している。

 誰もが、自分の役割を持って動いている。


 ――持っているように見える。


「最初は、倒れた人の周辺だな」


 ユウキの言葉に、ミーナが頷く。


 広場の端。

 昨日、中年の男が倒れていた場所。


 今は何事もなかったように、人が行き交っている。


「……残ってないわね」


「表にはな」


 ユウキは視線を落とした。

 石畳の隙間、柱の影、掲示板の裏。

 ゴミ拾いで培った“目”が、普通の人が見ない場所を追う。


 そして、見つけた。


 小さな木札。

 割れてはいないが、削れて文字が読めない。


《なんか使えそう判定》


 反応は、弱い。


「名前札?」

 ミーナが覗き込む。


「昔のやつだな」

 ユウキは言う。「日雇いとか、臨時雇いが使う」


 ミナが首を傾げる。

「でも、名前ない」


「だから捨てられた」


 近くの露店で、年配の男がこちらを見ていた。

 視線が合うと、気まずそうに目を逸らす。


 ユウキは歩み寄った。


「すみません」

「この辺で、最近仕事を外された人、いませんでした?」


 男は一瞬、黙った。

 周囲を見回してから、低い声で答える。


「……何人もいる」


「理由は?」


「理由は、ない」

 男は苦く笑う。「“処理済み”だ」


 その言葉に、ユウキの胸が少しだけ重くなる。


「名簿から消えた」

 男は続ける。「呼ばれなくなった。それだけだ」


「倒れた人も?」


 男は、ゆっくり頷いた。

「ああ。真面目なやつだった」


 ユウキは、束ねた書類の重みを思い出す。


 名前がない。

 だから、拾われない。


「……話、聞かせてもらえますか」


 男は少し迷ってから、頷いた。


 露店の裏。人目の届かない場所。

 そこには、同じような話がいくつもあった。


 名前を呼ばれなくなった。

 仕事が途切れた。

 理由は分からないが、“終わったこと”になっている。


 ミーナが小さく呟く。

「これ、案件じゃないわね」


「うん」

 ユウキは答える。「生活だ」


 戻る途中、ユウキは木札を一つずつ拾い集めた。

 全部で七枚。


 どれも、名前が削られている。


「……戻せるかな」


 ミナの言葉に、ユウキは少し考えてから言った。


「全部は無理だ」

「でも、“無かったこと”にはさせない」


 期限は、残り二日。


 ユウキは、次に行く場所を決めていた。


 名簿を作った側だ。


 管理局の裏手にある小さな建物は、表の庁舎よりずっと古かった。


 看板はなく、通る人も少ない。

 だが、ユウキは迷わなかった。


「ここね」

 ミーナが言う。


 扉を叩くと、少しして中から年若い職員が顔を出した。

 服装は管理局のものだが、徽章は付けていない。


「……何の用ですか」


「名簿の件で」

 ユウキは端的に言った。「“処理済み”になったやつ」


 職員の表情が、はっきり変わった。


「それは……管轄外です」


「知ってます」

 ユウキは頷く。「だから、ここに来た」


 しばらくの沈黙のあと、職員は扉を開けた。


 室内は狭い。机が一つ、棚が二つ。

 整理はされているが、新しい紙だけがない。


「……俺は、作っただけです」


 職員は椅子に座り、俯いたまま言う。


「何を?」

 ミーナが尋ねる。


「削除名簿」

 職員は絞り出すように言った。「正式名称じゃありませんけど」


 ユウキは、束ねた書類を机に置いた。


「これの元ですね」


 職員は、ちらりと見て、目を逸らした。

「確認だけの仕事でした。条件に合わない人を、一覧にするだけ」


「条件って?」

 ユウキが聞く。


「……更新が遅れた、とか」

「書類が一枚足りない、とか」


 ミーナが静かに言う。

「つまり、誰でも当てはまる」


 職員は、何も言えなかった。


「責任者は?」

 ユウキの問いに、職員は首を振る。


「いません」

「上から来た指示です。形だけ」


 その言葉で、すべてが繋がった。


 責任者がいない。

 だから、名前が消える。


「……あなた、名前は?」


 ユウキがそう聞くと、職員は驚いたように顔を上げた。


「え?」


「名簿に、あなたの名前は載ってますか」


 職員は、口を開きかけて、閉じた。

 そして、小さく首を振った。


「……載ってません」


 ユウキは頷いた。


「同じだ」

「あなたも、拾われない側だ」


 職員の肩が、わずかに震えた。


「俺は……どうすれば」


「簡単だ」

 ユウキは言う。「名前を書けばいい」


「誰の?」


「自分の」

 ユウキは即答した。「名簿を作った責任者として」


 ミーナが一瞬、息を呑む。


「それ、危険よ」


「分かってる」

 ユウキは職員を見る。「でも、それが“拾える形”だ」


 職員は、長い沈黙のあと、ペンを取った。


 震える手で、紙に名前を書く。


 その瞬間、倉庫で感じていた重さが、少しだけ軽くなった。


 期限は、残り一日半。


 だが、初めて動いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ