表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第8章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/96

処理済みのはずでした

 王都管理局の倉庫は、静かだった。

 静かすぎる、と言ってもいい。


 人の出入りは少なく、棚は整然と並び、床には目立ったゴミもない。書類上では、ここは「整理完了」の区画だった。


「……終わってる、よな」


 ユウキは、棚の前で立ち止まった。


 札には確かにそう書いてある。

 ――閉鎖案件・処理済。


 なのに、棚の奥が暗い。


 ユウキは手袋をはめ、奥へ一歩踏み込んだ。足元で、紙が擦れる音がする。視線を落とすと、封も切られていない書類束が落ちていた。


「……あれ?」


 ミーナが後ろから覗き込む。

「記録だと、ここは空のはずよ」


 ユウキは書類を拾い上げた。重い。紙の重さだけじゃない。


《なんか使えそう判定》


 反応は、曖昧だった。

 いつもの「拾え」という感じがしない。


「……これ、ゴミじゃないな」


「でも保管物でもない」

 ミーナが言う。「番号が途中で切れてる」


 さらに奥へ進むと、似たような束がいくつも出てきた。どれも分類されていない。破棄も保管もされていない。ただ、置き去りだ。


 ガルドが腕を組む。

「片付け忘れってやつか?」


「違う」

 ユウキは首を振った。「忘れてるなら、もっと雑になる」


 棚は整っている。床も掃除されている。

 なのに、問題だけが残っている。


 ミナが、床に落ちた札を拾った。

「……しょり……ずみ……」


「処理はしたんだろうな」

 ユウキは言った。「少なくとも、そういうことになってる」


 ユウキは一瞬、いつもの癖でスキルを使おうとした。拾えば終わる。まとめて回収して、再分類して、きれいにすればいい。


 でも、手が止まった。


 これはゴミじゃない。

 そして――拾ったら、何かが消える。


「……今日は、拾わない」


 ミーナが、少しだけ驚いた顔をする。

「珍しいわね」


「処理と回収は、別だ」

 ユウキはそう言って、書類を元の場所に戻した。


 倉庫を出ると、管理局の職員が待っていた。


「何か問題は?」


「ええ」

 ユウキは即答した。「でも、ここで片付ける話じゃない」


 職員は一瞬、困った顔をする。

「ですが……書類上は、もう――」


「知ってます」

 ユウキは遮った。「処理済みですよね」


 その言葉に、職員は何も言えなくなった。


 倉庫の扉が閉まる。

 中に残ったのは、整った棚と、拾われなかった問題だけ。


 ユウキは歩き出す。

 今日は、掃除が進まなかった。


 それなのに――

 胸の奥に、嫌な感触が残っていた。


 管理局の執務室は、倉庫とは対照的に騒がしかった。紙の擦れる音、羽ペンの走る音、魔導端末の低い駆動音。人は多く、仕事も動いている。


 だが、その中心にある机の上は、妙にきれいだった。


「ユウキ君の報告は受け取った」

 中級管理官が、記録板から目を離さずに言う。「ただ、倉庫の件は問題ないはずだ」


「問題はありましたよ」

 ユウキは立ったまま答える。


「書類上では、な」

 管理官は淡々と続ける。「閉鎖案件は精算済み。担当部署も解散している。責任の所在も、すでに――」


 言葉が、少し詰まった。


「……整理されている」


 ミーナが一歩前に出る。

「整理されている、というのは“解決した”とは違います」


「だが制度上は同義だ」

 管理官は顔を上げ、初めてユウキを見る。「解決できない問題は、存在しない扱いになる」


 ユウキは、その言葉を反芻した。

「存在しない、ですか」


「そうだ。でなければ、管理が破綻する」


 理屈としては正しい。

 だからこそ、厄介だった。


「じゃあ」

 ユウキは静かに言う。「あの倉庫に残ってた書類は、何です?」


 管理官は一瞬、言葉に詰まる。

「……過去の過程だ。結果が出た以上、意味はない」


「結果は出てません」

 ユウキは首を振る。「誰も引き取ってない。誰も責任を取ってない。ただ、終わったことにしてるだけだ」


 管理官は眉をひそめた。

「君は現場の人間だな」


「ええ」


「だから全体が見えない」

 管理官はそう結論づけた。「我々は“残せない問題”を処理する必要がある」


 ミナが、ユウキの後ろで小さく呟く。

「……のこせない……」


 管理官は気づかない。


「拾えばいい、という話ではない」

 管理官は続ける。「君のスキルなら可能だろう。だが、それは制度を甘やかす」


 その言葉に、ユウキの指が僅かに動いた。


「甘やかす?」


「そうだ」

 管理官ははっきり言った。「君が拾えば、次も拾うことを前提に動く者が出る」


 その瞬間、ユウキははっきり理解した。


 ――だから、残っていたのだ。


 拾われることを前提に、

 問題を“置いておく”仕組みが、すでにできている。


「……なるほど」


 ユウキは頷いた。


「だから、今日は拾わなかった」


 管理官は一瞬、言葉を失う。

「それは……非効率だ」


「ええ」

 ユウキは認めた。「でも、効率のいい嘘は、あとで高くつきます」


 部屋の空気が、少しだけ冷えた。


 管理官は、しばらく黙り込んだあと、記録板を閉じる。

「この件は、保留にする」


 それは妥協ではない。

 先送りだ。


 ユウキはそれ以上、何も言わなかった。


 部屋を出るとき、ミーナが小声で言う。

「嫌われたわね」


「たぶん」

 ユウキは答える。「でも、前からだと思います」


 廊下を歩きながら、ユウキは一つだけ確信していた。


 問題は、もう“ゴミ”ではない。

 拾うかどうかを選ばされる段階に来ている。


 その夜、ユウキは宿の一室で装備の手入れをしていた。

 特別な戦闘もなく、汚れも少ない。それでも、手を動かしていないと落ち着かなかった。


 テーブルの端に、昼間はなかった紙片が置かれている。


「……?」


 拾い上げると、ただの白紙だった。

 文字はない。印もない。だが、紙質が妙に古い。


《なんか使えそう判定》


 反応は、出なかった。


 その瞬間、部屋の空気が変わる。

 冷えるわけでも、圧がかかるわけでもない。ただ、誰かが“記録を止めた”感触があった。


「今日は拾わなかったな」


 声は背後ではない。

 壁からでも、天井からでもない。

 最初から、そこにあったみたいな声だった。


「……そうだな」


 ユウキは振り向かない。

 相手が誰かは、もう分かっていた。


「正しい判断だ」

 声は淡々としている。「処理済みの問題を回収すると、履歴が壊れる」


「履歴は、もう壊れてる」

 ユウキは答えた。「だから残ってた」


 少し、間があった。


「理解が早い」

 声は評価でも警戒でもなく、ただ事実として言った。「君は、回収者向きではない」


「そうだろうな」

 ユウキは肩をすくめる。「俺は、拾えるものしか拾わない」


「違う」

 声は即座に否定した。「君は、“拾っていいもの”を選んでいる」


 紙片の端が、わずかに揺れた。

 風はない。


「今日は、それを拒否した」

 声は続ける。「だから記録されない」


「……それ、褒めてる?」


「警告だ」


 ユウキはようやく振り向いた。

 そこには、誰もいない。


「次は?」

 ユウキは問いかける。


 少しだけ、空気が重くなる。


「次は、拾わないことで誰かが困る案件だ」

 声は静かに言った。「管理局では処理できない。だが、放置もできない」


「ゴミじゃないな」


「ゴミではない」


 紙片に、わずかに文字が浮かぶ。

 すぐに消えたが、ユウキには読めた。


 ――保留中:未分類/期限未設定


「期限は?」


「まだだ」

 声は言った。「だが、近い」


 気配が薄れていく。


「名乗らないのか?」

 ユウキが聞く。


 一拍置いて、声が返る。


「今は不要だ」

「名は、判断のあとでいい」


 次の瞬間、部屋はいつも通りだった。

 紙片も、ただの白紙に戻っている。


 ユウキはそれを折り、ポケットにしまった。


「……拾わない判断も、仕事か」


 誰に言うでもなく呟く。


 その夜、ユウキは珍しく夢を見なかった。

 代わりに、朝起きたとき、はっきり分かっていた。


 次の案件は、拾うかどうかで終わらない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ