清掃担当ユウキ
朝、役所の掲示板の前に人だかりができていた。
「何か貼り出されてるぞ」
「清掃の件らしい」
俺は少し遅れて到着し、
人の隙間から紙を覗いた。
《清掃区画 担当者変更のお知らせ》
その下に、いつもより丁寧な文面が続いている。
一部区画について、
判断業務を含めた清掃を行う担当者を指定します。
その一番下。
担当者名:ユウキ
「……俺だ」
声に出さずに、そう思った。
別に昇進でもない。
給料が上がるわけでもない。
ただ、
**“名前が出ただけ”**だ。
「この人?」
「清掃の人の名前?」
周囲がざわつく。
「ユウキっていうのか」
「若いな」
俺は何も言わず、
掲示板から離れた。
やることは変わらない。
今日も、袋を担いで歩くだけだ。
区画に入ると、役所の担当が声をかけてきた。
「……掲示、見ました?」
「はい」
「無理はしないでください」
「いつも通りやります」
それで十分だという顔をして、
相手は引き下がった。
昼前、商人に呼び止められる。
「ユウキさん、だっけ?」
「はい」
「最近、助かってる。
これ、差し入れ」
果物が一つ、袋に入れられた。
「仕事だから」
「分かってる。
でも、名前が分かると礼が言いやすい」
そういうものらしい。
ギルド前では、マルタさんがにやりと笑った。
「やっと呼ばれたね」
「名前ですか?」
「役割だよ」
飴を一つ、いつもより軽く投げてよこす。
「名前が出ると、
責任も噂も一緒に来る」
「大丈夫です」
「うん。
あんたなら」
その言葉に、不思議と力は入らなかった。
資料室では、リィナが新しい分類札を棚に差し込んでいた。
「清掃担当:ユウキ(個人指定)」
それは、正式な“個人案件”の印。
「……もう隠せないわね」
彼女はそう呟きながらも、
視線を落とす。
守るべきものが、
はっきりしたからだ。
同じ頃、勇者パーティの拠点。
「名前が出た」
「……ユウキ?」
リーダーが、紙を握り潰した。
「清掃担当が、
個人指定だと?」
偶然ではない。
無視できない。
「次は、
直接話を聞く」
その言葉は、
初めて“相手”を定めたものだった。
一方、俺は路地で立ち止まり、
一瞬だけ空を見上げた。
「……名前、か」
それでも、袋は軽い。
拾うか、拾わないかを決めるだけ。
仕事は、今日も変わらずそこにあった。
勇者パーティが動いたのは、その日の午後だった。
ギルドを通じて、
**“確認依頼”**という形を取ってきた。
「清掃区画の安全確認だ」
「勇者パーティからの要請です」
役所の担当者は、少し困った顔で俺を見た。
「……対応できますか?」
「仕事なら」
それ以上の理由は、いらなかった。
指定されたのは、再開発予定地の近く。
あの、捨てられるはずだった物が集まった場所だ。
現地には、すでに勇者パーティがいた。
装備は整っている。
立ち姿も、冒険者としては申し分ない。
「あなたが、清掃担当のユウキ?」
リーダーが一歩前に出る。
「はい」
「最近、この周辺を担当していると聞いた」
声は丁寧だ。
敵意はない。
でも、探る目だ。
「ここ、
魔力反応が落ち着いている」
「そうですね」
「理由は?」
「……拾わない判断をしただけです」
一瞬、空気が止まった。
「拾わない?」
「危険そうだったので」
勇者の一人が、鼻で笑う。
「それだけ?」
「はい」
嘘ではない。
リーダーは、しばらく俺を観察してから言った。
「装備は?」
「清掃用です」
袋と手袋を示す。
「……スキルは?」
「分かりません」
本当に分からない。
勇者側の表情が、少しずつ曇る。
期待していた答えが、出てこない。
「確認は以上だ」
リーダーがそう言って、一歩下がる。
「協力、感謝する」
形式的な言葉。
でも、納得していない。
彼らが立ち去ると、
役所の担当が小さく息を吐いた。
「……大丈夫でした?」
「問題ありません」
それは事実だ。
ギルド前では、マルタさんが様子を見ていた。
「来たね」
「はい」
「どうだった?」
「仕事の確認でした」
彼女は、苦笑した。
「それが一番、
相手を混乱させる答えだよ」
飴を一つ、渡される。
「向こうはね、
力を探してる」
「俺は?」
「仕事をしてる」
その差が、今日のすれ違いだった。
資料室では、リィナが記録を閉じていた。
「接触あり。
衝突なし」
彼女は一行だけ、追記する。
「相互理解、未成立」
勇者パーティの拠点。
「……分からん」
「力を隠してる感じもしない」
リーダーが、静かに言う。
「だが、
街は確実にあいつを中心に回っている」
それが、一番厄介だった。
「次は?」
「理由を作る」
それは、
対話ではなく、正当化の準備だった。
一方、俺は宿に戻り、
袋を干しながら思った。
「……仕事、増えそうだな」
嫌な予感はしない。
ただ、
空気が変わり始めていることだけは、
さすがに分かった。
翌日、ギルドの掲示板に一枚の紙が貼られた。
派手ではない。
だが、内容は十分に重い。
《清掃区画における判断業務の適正確認》
――勇者パーティ立会いのもと、
業務判断の妥当性を検証する。
要するに、
**公式な“確認”**だった。
俺はそれを、昼過ぎに知った。
「……確認?」
役所の担当が、申し訳なさそうに説明する。
「勇者パーティ側から、
正式な要請がありまして」
「仕事の話ですよね?」
「ええ。
あくまで“業務確認”です」
言葉は穏やかだ。
でも、逃げ道はない。
「分かりました」
「ありがとうございます」
それ以上の感情は、出てこなかった。
仕事の確認なら、
やることは変わらない。
同じ頃、勇者パーティの拠点。
「名目は整った」
「清掃の判断確認、か」
リーダーが、紙を折り畳む。
「表向きは検証」
「裏は?」
「……力を測る」
誰も、否定しなかった。
街が、あまりにも変わりすぎた。
理由が必要だった。
その夜、ギルド資料室。
リィナは掲示内容を見て、静かに目を伏せた。
「……来たわね」
彼女はすぐに、内部文書を一枚取り出す。
《清掃判断検証:立会い注意》
そこに、短く書き足す。
「当人、非戦闘員扱い」
それは、守るための一線だった。
ギルド前では、マルタさんが腕を組んでいた。
「噂、広がってるよ」
「そうですか」
「“清掃の人が試される”って」
「……仕事の話です」
彼女は、少しだけ笑った。
「仕事の話ほど、
人は感情を乗せるもんさ」
飴を一つ、いつもよりゆっくり渡す。
「焦らなくていい。
あんたは、
拾うか拾わないかを決めるだけ」
その言葉は、今までで一番落ち着いていた。
翌朝、検証の場が設けられる。
場所は、再開発予定地。
例の“捨てられるはずだった物”が集まった区画だ。
柵の外には、
役所職員、ギルド関係者、
そして――野次馬。
勇者パーティが、中央に立つ。
「清掃担当ユウキ」
リーダーが名を呼ぶ。
俺は、一歩前に出た。
「はい」
袋を担ぎ、
手袋をはめたまま。
武器は、持っていない。
ざわめきが起きる。
「……本当に清掃だな」
「戦う気、ないのか?」
勇者が、静かに宣言する。
「本検証は、
清掃判断の妥当性を測るものだ」
言葉を選びながら、続ける。
「だが、
我々は勇者だ。
危険があれば、介入する」
それは、
正しさの名を借りた、圧力だった。
俺は、特に考えずに頷いた。
「分かりました。
仕事します」
その瞬間、
空気が、張り詰めた。
これはまだ、決闘じゃない。
でも――
もう、ただの清掃でもなかった。
拾うか、拾わないか。
その判断一つで、
立場も、評価も、
すべてが動く。
誰もまだ言葉にしない。
だが、全員が理解していた。
次に起きるのは、
“仕事”では終わらない。




