拾われたもの、拾われなかったもの
王都の朝は、いつも通りだった。
パン屋は列を作り、子どもは走り、兵は持ち場に立つ。昨日、空を覆った巨大な影の話をする者もいるが、それはもう噂話の一つに過ぎない。
ユウキは、城壁の影になる路地を歩いていた。人通りは少ない。だからこそ、よく見える。落ちているもの、置き去りにされたもの、誰も拾わなかった痕跡。
壊れた箱の留め金。欠けた石畳。誰かが書いて消した跡。
ユウキは、しゃがんで一つ拾う。
《ゴミじゃない(※当社比)》
いつもの反応。
いつもの作業。
「……ここ、きれいになったな」
後ろから、ブラムの声がした。ドワーフの代表は、もう戦士の顔ではない。ただの、山を知る者の顔だ。
「誓紋は?」
ユウキが聞く。
「山の境に置いた」
ブラムは頷く。「誰の物でもない場所に。誰でも見られる場所に」
少し離れた場所で、シェルザが空を見ていた。
「牙を向ける理由が、一つ減った」
「全部は無理ですけどね」
ユウキは言う。
「それでいい」
シェルザは即答した。「全部なくなれば、我らは我らでなくなる」
短い沈黙。
その向こうで、ミナが石を拾って並べている。
「……なまえ……」
「ん?」
「……ドラゴンの……なまえ……」
ユウキは答えなかった。
正確には、答えられなかった。
名は、戻った。
だが、それを呼ぶのは、今ではない。
その日の記録は、管理局で淡々と処理された。
功績は整理され、危険要素は削られ、余計な名前は伏せられる。
ユウキの名は、欄外に小さく残っただけだ。
それでいい。
夜、王都の外れで、風が一度だけ強く吹いた。
誰も気づかない高さで、影がゆっくりと旋回する。
裁定者でも、神でもない存在が、ただ見ている。
拾われた約束。
拾われなかった怒り。
そして、まだ拾われていない世界の歪み。
ユウキは歩く。
名を残さず、英雄にもならず、ただ拾う。
世界が散らかっている限り、
拾う者の仕事は、終わらない。




