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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第7章

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空の上で逃げられない

 ドラゴンの背は、広い。

 だが、安心できる広さではなかった。


 足場は安定している。振動も少ない。風も、意図的に避けられている。落とさないために最適化された移動――それが逆に、この場が「保護」ではなく「管理」だと伝えてくる。


「……静かすぎるな」


 ガルドが、思わずそう漏らした。


 誰も笑わない。

 笑えなかった。


 空の上では、逃げ場がない。視線を逸らしても、距離を取っても、同じ背の上にいる限り、関係から降りられない。


 シェルザとブラムは、互いに数歩の間隔を空けて座っていた。意図的だ。近づけば緊張が生まれ、離れすぎれば話せない。その中間を、無意識に選んでいる。


「……」


 最初に沈黙に耐えきれなくなったのは、ブラムだった。


「我らは、山を掘る」

 低く、だが空に流されないように声を張る。「それが誇りで、生き方だ」


 シェルザは黙って聞いている。牙を見せないが、警戒は解いていない。


「だが――」

 ブラムは言葉を探しながら続ける。「掘ることに夢中になりすぎた。境界を、線でしか見なくなった」


 シェルザが、ゆっくりと口を開いた。

「我らは、線を嫌う。境界は動くものだ。風と獲物と季節で変わる」


 言葉は穏やかだが、否定は明確だった。


「だから噛み合わなかった」

 ブラムは頷く。「我らは固定し、そちらは流す」


 ドラゴンは、まだ口を出さない。ただ飛ぶ。だがその沈黙が、この場を“話さざるを得ない場所”にしていた。


「……誓いを、言え」


 ついに、ドラゴンが告げる。


「文字ではない。昔の言葉でもない。今のお前たちの言葉でだ」


 逃げ道は、完全に塞がれた。


 ブラムは、深く息を吸う。

「我らドワーフは、記録に残らぬものも軽んじない。合理の名のもとに、約束を削らぬと誓う」


 空気が、わずかに変わる。


 シェルザは、しばらく黙っていたが、やがて言った。

「我らワーウルフは、怒りを誇りに変えぬ。牙を向ける前に、言葉を探すと誓う」


 二つの誓いは、完全に同じではない。

 だが、同じ方向を向いていた。


 ドラゴンは、低く息を吐いた。

「よい。完璧ではない。だが、それでよい」


 ユウキは、少し離れた場所で、それを聞いていた。

 誓いに介入しない。促しもしない。ただ、ここまで運んだだけだ。


「……やっぱり」

 小さく呟く。「拾うのは、途中までですね」


 ドラゴンの金色の瞳が、ユウキを捉える。

「続きを歩くのは、当事者だ」


 その言葉に、ユウキは頷いた。


 雲の向こうに、王都が見え始める。

 だがこの時点では、まだ誰も「帰還」を喜んでいなかった。


 誓いは交わされた。

 だが、それを背負って生きるのは、これからだからだ。


 王都は、騒然としていた。


 空を横切る巨大な影。

 城壁の外へ降り立つドラゴン。

 その背から降りてくる、異種族の代表たち。


 兵は混乱し、市民は足を止め、誰かが叫ぶ。

「英雄だ!」

 誰が言い出したのか分からないその言葉は、波紋のように広がっていった。


「ドラゴンを従えた!」

「異種族を従えた!」

「戦争を止めた男だ!」


 評価は、一気に単純化される。

 物語は、分かりやすい形を欲しがる。


 ユウキは、その渦の外側に立っていた。管理局の役人が慌てて駆け寄ってくる。


「ユウキ殿! これは前例のない功績です。王への謁見を――」


「結構です」

 即答だった。


 役人が言葉を失う。

「……は?」


「依頼は交渉です。終わりました」

 ユウキは淡々と言う。「それ以上は、業務外ですね」


 周囲の空気が、わずかに凍る。


 ブラムとシェルザは、そのやり取りを黙って見ていた。英雄扱いされる人間と、それを拒否する姿。その違和感を、どちらも正確に感じ取っている。


「だが……」

 役人は食い下がる。「市民が納得しません。英雄譚は――」


「必要ないです」

 ユウキは遮る。「英雄がいると、次は“悪者”が必要になる」


 その言葉に、ミーナが小さく息を呑んだ。

 管理局の人間は、理解できず、しかし反論もできなかった。


 少し離れた場所で、ミナがユウキの裾を引く。

「……ひと……あつい……」


「そうだな」

 ユウキは屈み、目線を合わせる。「ここは、物語が生まれやすい」


 城壁の上では、兵がドラゴンの姿を見送っている。ドラゴンは王都には入らない。最初から、そのつもりだ。


「約束は、運んだ」

 ドラゴンは空から言った。「あとは、どう残すかだ」


 それだけ告げ、翼を翻す。


 歓声が上がる。

 だが、その中心に、ユウキはいない。


 彼は、路地へ向かって歩き出していた。

 人の集まる場所から、自然と外れるように。


 背中に向けられる視線の意味が、変わり始めていることを、ユウキはまだ気にしていなかった。


 翌朝、王都は落ち着きを取り戻していた。

 昨日の騒ぎが嘘のように、市場は開き、鐘はいつも通りの時間に鳴る。


 記録は、淡々と整理された。


・異種族間武具供給交渉、成功

・停戦合意、成立

・管理局現場対応員:ユウキ


 そこに、英雄の文字はない。

 ドラゴンの名も、誓紋の詳細も、載っていない。


「……まぁ、そうなるか」


 ユウキは掲示板を一瞥して、納得したように頷いた。


 ミーナが隣で腕を組む。

「記録としては正しいわ。余計なものを入れると、また歪む」


「英雄って書かれなかった?」

 ガルドが少し残念そうに聞く。


「書かれない方が楽ですよ」

 ユウキは即答した。「名前が残ると、片付けが増える」


 路地裏では、昨日の騒動で散らかった箱や紙屑が、そのままになっていた。ユウキは自然な動作で屈み、一つ拾う。


《とりあえず拾っとく》


 それだけの行為。

 だが、その周囲の空気が、ほんの少し整う。


 ミナがしゃがみ込み、同じように小さな石を拾った。

「……ひろうと……ちがう……」


「違うな」

 ユウキは頷く。「全部は変わらないけど、ここは変わる」


 遠くの空で、雲がゆっくり流れる。

 ドラゴンは、もう見えない。


 だが、風の向こうから、低く、懐かしい気配が一度だけ伝わってきた。

 誰にも聞こえない声で、名が呼ばれる。


 それは、かつて小さきものと共に旅をした存在の名。

 そして――今も拾う者の背中を、静かに見ている者の名。


 ユウキは気づかない。

 ただ、次に散らかった場所へ向かうだけだ。


 英雄にはならなかった。

 だが、争いは終わった。


 そして世界は、相変わらず散らかっている。


 だから、拾う者は歩き続ける。


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