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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第7章

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拾う者の歩き方

 山に入ると、空気がさらに重くなった。

 鉱石の匂い、獣の匂い、そして――古い魔力の残滓。


「ここから先は、ドワーフの古坑道だ」

 ブラムが言う。「今はもう使われていない。だが……」


「だが?」

 レオルが聞く。


「“残りやすい”」

 ユウキが代わりに答えた。「人も、物も、感情も」


 ミーナが小さく苦笑する。

「ほんとに、そういうところだけ勘がいいわね」


 ユウキは返さず、足元にしゃがみ込んだ。石屑、折れた木片、錆びた金具。どれも価値がなさそうに見える。


「……《なんか使えそう判定》」


 ユウキが呟くと、視界の端に淡い反応が走る。

 だが今回は“回収”されない。


「拾わないの?」

 ガルドが首をかしげる。


「今は違う」

 ユウキは立ち上がる。「これらは“残ってる”だけだ。失われてない」


 シェルザが、その様子を静かに観察していた。

「……拾わぬ判断も、仕事か」


「ええ」

 ユウキは頷く。「拾うと、壊れるものもありますから」


 坑道の奥へ進むにつれ、壁に古い刻印が現れ始めた。ドワーフ文字と、ワーウルフの爪痕が重なった、不揃いな印。


「ここだ」

 ブラムが足を止める。「誓いを交わしたのは、この先」


 だが、坑道は途中で崩れていた。岩と土砂が積み重なり、通路を塞いでいる。


「迂回路は?」

 ミーナが聞く。


「ない」

 ブラムは首を振る。「だから放置された」


 ユウキは少し考え、背中の袋を下ろした。


「じゃあ、掃除しますか」


「掃除……?」

 レオルが聞き返す。


 次の瞬間、ユウキは手袋をはめ、地面に手をついた。


零価再定義ゼロ・リバリュー

《対象:崩落瓦礫》

《分類:廃棄物 → 通行障害》


 瓦礫が、ゆっくりと“意味を変える”。

 ただの岩だったものが、“片付ける対象”として再定義され、重さが抜けていく。


「おい……軽いぞ!?」

 ガルドが驚く。


「片付ける前提なら、持てないと困るでしょう」

 ユウキは淡々と言い、瓦礫を一つずつ退かしていく。


 そのとき、ミナが立ち止まった。


「……ここ……」


 小さな指が、岩陰を指す。

 誰も気づかなかった場所。だが、そこだけ空気が違った。


 ユウキの視界に、はっきりと反応が走る。


冥途回収デッドエンド・コレクター

《対象:未返却の誓い》


 ユウキは、ゆっくりと息を吐いた。


「……ありましたよ」


 それは、宝石でも武器でもない。

 欠けた金属片。古く、鈍く、しかし確かに“残っていた”もの。


 誓紋の欠片だった。


 ユウキの掌の上で、誓紋の欠片は微かに熱を帯びていた。金属とも石ともつかない質感。だが、触れた瞬間に“情報”が流れ込んでくる。


「……これ、記録媒体ですね」

 ミーナが静かに言う。「魔法的な意味で」


 ユウキは頷き、誓紋を地面にそっと置いた。

「拾っただけじゃ終わらない。これは……再生するタイプだ」


《路傍の神託ストリート・オラクル

《対象:誓紋の欠片》

《状態:長期未参照》


 淡い光が広がり、坑道の壁に影が映し出される。過去の光景だ。誰かの記憶ではない。“約束そのもの”の記録。


 そこにいたのは、若き日のドワーフたちと、まだ今ほど鋭くない目をしたワーウルフの戦士たち。そして、その背後に巨大な影――ドラゴン。


「山は、共有する」

 ドワーフの代表が言う。「掘り尽くさぬことを誓う」


「境界は、固定しない」

 ワーウルフの代表が続く。「季節と流れに応じて譲る」


 ブラムの顔が、歪んだ。

「……そんな条文、残っていない」


「残さなかった」

 シェルザが低く言う。「だが、誓った」


 映像はさらに続く。ドラゴンが、最後に一つ付け加える。


「争いが起きたときは、互いに武器を取る前に“探せ”」

「失った理由を。忘れた原因を。奪われたのが何だったのかを」


 光が消え、坑道に静寂が戻る。


「……戦う前に、拾え」

 ユウキが小さく呟く。「そういう約束だったわけだ」


 ガルドが頭を掻く。

「面倒くせぇが……筋は通ってるな」


 ブラムは、しばらく誓紋を見つめてから、重く口を開いた。

「我らは、掘りすぎた。記録を信じ、記録にないものを切り捨てた」


 シェルザもまた、一歩前に出る。

「我らは、怒りを育てすぎた。話す前に、牙を向けるほどにな」


 二つの視線が交わる。だが、まだ完全には重ならない。


「返すべきだな」

 ブラムが言う。「だが……どちらに?」


 ユウキは首を振った。

「どちらにも違う」


 全員がユウキを見る。


「これは、持つものじゃない」

 ユウキは静かに言った。「思い出すためのものだ。だから――」


 誓紋を、地面に置く。坑道の中央、両者の間に。


「ここに置きましょう。奪えば、また同じことになる」


 沈黙ののち、シェルザがゆっくりと頷いた。

「……拾う者らしい判断だ」


 その瞬間、坑道全体が微かに震えた。上空から、重く、懐かしい気配が降りてくる。


「ほう……」

 低い声が、空気を揺らす。「正解に近い」


 岩の隙間から、金色の光が差し込む。ドラゴンが、再び彼らを見下ろしていた。


 誓紋を地面に置いた瞬間、坑道に差し込む金色の光が強まった。岩肌に映る影が、ゆっくりと輪郭を結ぶ。巨大な頭部、静かに揺れる角、長い時間を経た鱗。


「……ほう」


 ドラゴンは低く声を漏らした。その視線は、ユウキではなく、地面に置かれた誓紋に注がれている。


「まだ、動くか。これが」


 誓紋の欠片が、わずかに震えた。表面に刻まれていた文様が、今まで見えなかった細部を浮かび上がらせる。摩耗で消えたと思われていた文字。だがそれは消えていなかった。ただ、呼ばれていなかっただけだ。


 ミナが、はっと息を呑む。

「……なまえ……」


 ユウキも気づいた。

 誓いの条文ではない。契約条件でもない。最後に、小さく刻まれた一行。


 ――旅の終わりに、我らは名を呼び合う。


 その下に、拙い文字で刻まれた名前。


 ドラゴンの瞳が、大きく見開かれた。


「……これは……」


 声が、わずかに揺れた。


「なぜ……この名が、ここに……」


 シェルザもブラムも、言葉を失っていた。彼らは知らない。だがユウキは、直感的に理解した。これは“裁定者の名”ではない。


 かつて、ただの旅人だった頃の名だ。


 ドラゴンは、ゆっくりと誓紋に顔を近づける。巨大な存在が、まるで壊れ物を扱うように慎重に。


「……思い出した」


 長い沈黙の後、そう言った。


「我がまだ小さく、空を飛べず、山にも縛られていなかった頃……共に旅した者がいた」


 低く、遠い声。


「人間だ。小さきもの。剣も魔法も未熟で、だが……よく拾う者だった」


 ユウキの胸が、微かにざわつく。


「壊れた靴、折れた道具、誰かの後悔……それらを“無駄にするな”と言ってな」


 ドラゴンは、ゆっくりと息を吐いた。

「名を呼ばれるのは……何千年ぶりだ」


 誓紋が、静かに光を収める。


「この約束を、我が忘れていたのだな」

 ドラゴンは続けた。「いや……忘れたふりをしていた」


 その視線が、ドワーフとワーウルフの双方に向く。


「ならば裁定を下そう」


 空気が張り詰める。


「誓いは、有効だ。争いは、ここで終わりとする」

「ただし――」


 ドラゴンはユウキを見る。

「拾ったのは、お前だ。ゆえに、我は“命令”ではなく“頼み”を言う」


 ユウキは肩をすくめた。

「だいたい予想はついてます」


「この誓紋を、王都へ運べ」

 ドラゴンは言った。「ドワーフの代表と、ワーウルフの代表を乗せてな」


 シェルザとブラムが同時に目を見開く。


「逃げ場は与えぬ」

 ドラゴンは淡々と続ける。「空の上で、誓いをもう一度“声に出して”確認してもらう」


 そして、わずかに口角を上げた。


「……久しぶりに、背に誰かを乗せるのも悪くない」


 ユウキは小さく笑った。

「じゃあ、送迎付きの依頼ってことで」


 ドラゴンは、低く笑った。

「やはり、似ているな。あの拾う者に」


 誓紋は、もうただの欠片ではなかった。

 それは――思い出された名前と共に、再び“約束”になった。



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