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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第7章

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拾われなかった焚き火

 夜になっていた。

 山の境界に張られた即席の野営地には、焚き火が二つある。距離を取るように、意図的に離されていた。


 一つはドワーフ側。岩を円形に組み、効率よく火を保っている。

 もう一つはワーウルフ側。木の根元を背に、風向きを読んだ位置に置かれていた。


 同じ火を囲まない。

 それ自体が、今の関係を示している。


 ユウキは、その間を行き来していた。

 剣も斧も持たず、手にしているのは布と簡単な魔道具。血の跡を拭い、散らばった破片を拾い、焚き火の周囲を整えていく。


「……相変わらず、妙なことをするな」


 ドワーフ側の代表格――髭に銀が混じる老戦士が、低く言った。


「慣れてるだけですよ」

 ユウキは軽く答える。「散らかったままだと、話もしづらいでしょう」


 老戦士は鼻を鳴らしたが、否定はしなかった。


 少し離れた場所で、シェルザが焚き火を見つめている。揺れる炎の向こうに、今は存在しないはずの光景を重ねているようだった。


「……なあ、人間」


 不意に、シェルザが口を開いた。


「お前は“拾う者”だと言ったな」


「そう名乗った」


「なら聞く。約束とは、何だ」


 ユウキは即答しなかった。代わりに、焚き火の中に一本の枝を投げ入れる。火花が小さく弾けた。


「残るもの、ですかね」

 ややあって、そう言った。「誰かが覚えていなくても、どこかに残ってしまうもの」


 シェルザは、ゆっくりと頷いた。


「……我らは、そう教えられてきた」


 彼は焚き火の向こうを見た。炎の揺らぎが、過去の景色へと変わっていく。



 まだ、森が今より若かった頃。

 山が静かで、ドラゴンが眠りにつく前。


 その場には、三つの種族がいた。

 ドワーフ、ワーウルフ、そして――空を覆うほどの影。


 ドラゴンは地に伏し、巨大な眼で彼らを見下ろしていた。声は雷のように低く、だが言葉は確かに通じていた。


「誓え」


 ドラゴンは言った。

「奪わぬこと。忘れぬこと。必要な時は、話し合うこと」


 ドワーフは誓った。山を分かち合い、記録を残すと。

 ワーウルフは誓った。境界を守り、記憶を語り継ぐと。


 そして、ドラゴンは最後にこう告げた。


「この誓いの証は、我が預かる。

 だが、忘れるな。

 約束そのものは、預けていない」


 その言葉の意味を、当時の誰も深く考えなかった。



 焚き火の前に、現在が戻る。


「我らは、覚えていた」

 シェルザは低く言う。「語り、歌い、匂いで残してきた。だが――」


 彼の視線が、ドワーフ側へ向く。


「向こうは、紙に書かなかった」


 沈黙が落ちた。


 老戦士が、ゆっくりと口を開く。

「……書かれなかったものは、次の世代に渡らなかった」


 それは言い訳ではなく、告白だった。


 ユウキは、二つの焚き火の間に立つ。

 どちらにも寄らず、どちらからも離れない位置で。


「まだ、拾えると思いますよ」


 小さく、しかし確かに言った。


「だって――まだ、誰も“無かったこと”にはしてない」


 遠く、山の奥で、低い振動が伝わってくる。

 眠りの浅い、巨大な存在が、こちらを見ている。


 ドラゴンは、まだ何も言わない。

 だが、裁定の時が近いことだけは、全員が理解していた。


 焚き火の向こうで、ドワーフの老戦士――名をブラムという――は、しばらく黙っていた。炎に照らされた髭が、わずかに揺れる。


「我らは、忘れたのではない」


 それは、弁明にも聞こえたし、自己確認にも聞こえた。


「ドワーフにとって、契約とは“残す”ことだ。石に刻み、紙に写し、倉庫に納める。そうして初めて、約束は次の世代へ渡る」


 ブラムは、焚き火のそばに置かれた鞄から、古びた金属板を一枚取り出した。角が欠け、文字も摩耗している。


「これは、百年前の鉱脈分配の記録だ。細部まで残っている。誰がどこまで掘り、どれだけ持ち帰ったか。争いが起きぬようにな」


 彼は、それをそっと地面に置いた。


「だが……」

 声が低くなる。「あの誓いは、刻まれなかった」


 ミーナが静かに問いかける。

「なぜ?」


「当時の長老は、“不要だ”と判断した」

 ブラムは苦く笑った。「ドラゴンが裁定し、互いに誓い合った。ならば争いにはならぬ、と」


 シェルザが低く唸る。

「だから、書かなかった」


「そうだ」

 ブラムは否定しなかった。「合理的だと、思った。誓いは心にある、と」


 ユウキは、その言葉に小さく頷いた。

「で、その長老が死んだ」


「死んだ」

「次の世代は?」


「“そんな話は聞いていない”と言った」


 焚き火が、ぱちりと音を立てる。


「それでも、最初は問題にならなかった」

 ブラムは続ける。「山は広く、資源も足りていた。だが、時が経ち、掘り進め、余裕がなくなると……」


 言葉は、そこで途切れた。


 シェルザが代わりに言う。

「突然、境界を越えた」


「……そうだ」


 ブラムは、ゆっくりと頭を下げた。

「我らは“契約にない”という理由で、境界を引き直した。悪意はなかった。だが……結果として、約束を踏み潰した」


 その瞬間、ユウキの足元で、ミナが小さく動いた。落ちていた小石を拾い上げ、掌に乗せる。


「……これ……」


 ユウキが視線を向ける。


「ひび……はいってる……」


 小石には、確かに細かな亀裂が走っていた。


「……でも……」

 ミナは小さく言う。「われて……ない……」


 誰も、すぐには反応できなかった。


 ユウキが、ゆっくりと言葉を継ぐ。

「まだ終わってないってことだ」


 ブラムは、深く息を吐いた。

「……だからこそ、ドラゴンが目覚めたのだろうな」


 焚き火の向こう、山の稜線が、わずかに赤く染まる。夜明けにはまだ早い。だが、それは火ではない。


 巨大な魔力の脈動。

 千年単位の存在が、完全に覚醒しつつある徴だ。


「次に語るのは、我らではない」

 ブラムは低く言った。「裁定者の番だ」


 ユウキは空を見上げる。

「……ドラゴンの条件、か」


 その言葉に応じるように、遠くで重い羽音が一度だけ響いた。


 羽音は、空気を押し潰すようだった。


 山の稜線の向こうから、巨大な影がゆっくりと姿を現す。夜空を覆うほどの翼、岩のような鱗、星を映す金色の瞳。降り立つだけで、周囲の魔力が軋み、焚き火の炎が伏せるように揺れた。


 誰も動けなかった。

 ドワーフも、ワーウルフも、本能で理解している。これは敵でも味方でもない。“上位存在”だ。


「……うるさいと思ったら」


 ドラゴンは、低く、だが確かに“言葉”で話した。

「まだ決着もついておらぬ争いを、いつまでも擦り続けておるのか」


 シェルザが一歩前に出る。

「我らは――」


「知っている」

 ドラゴンは遮った。「忘れられた約束。書かれなかった誓い。どちらも、よくある話だ」


 金色の瞳が、焚き火の間に立つユウキを捉える。


「……ほう」

 僅かに、興味を帯びた声。「珍しい匂いがする」


 ユウキは肩をすくめた。

「ゴミ拾いです。たぶん」


「拾う者、か」

 ドラゴンは低く笑った。「だから、まだ争いが始まっておらぬ」


 一拍置いて、空気が変わる。重圧が、はっきりと“意志”を持つ。


「よかろう。裁定は後だ」


 その言葉に、全員が息を呑む。


「我は、かつて誓いの証を預かった」

 ドラゴンは続ける。「小さき者どもが交わした、“約束が本物であることを示すもの”だ」


 ブラムが震える声で言う。

「……誓紋の欠片」


「そう呼んでいたな」

 ドラゴンは頷いた。「だが、それは失われた」


 焚き火の火が、ふっと揺らぐ。


「約束が忘れられ、争いが始まった時点で、我はそれを保持する理由を失った。よって、山のどこかに放棄した」


 シェルザが低く唸る。

「それがあれば……」


「争いは止まるか?」

 ドラゴンは問い返す。「否。だが、“話す理由”にはなる」


 そして、再びユウキを見る。


「拾う者よ」


「はい」


「その誓紋を探せ」

 ドラゴンは告げた。「それが見つかれば、我は仲裁に立とう。見つからねば――」


 巨大な翼が、ゆっくりと広がる。

「争いは、自然の流れとして許容する」


 それは脅しではなく、事実の宣告だった。


 ユウキは少し考え、頷いた。

「分かりました。拾ってきます」


 あまりに軽い返事に、ドワーフもワーウルフも目を見開く。


「……条件は?」

 ミーナが聞く。


「条件は一つだ」

 ドラゴンは言った。「誓紋は、我に返すな」


 ユウキが眉を上げる。


「それは――」


「それは、“当事者の手”で持つべきものだ」

 ドラゴンの声は、少しだけ柔らいだ。「約束を返すのは、我ではない」


 そう告げると、ドラゴンは翼を畳む。

「期限は三日。山を荒らすな。血を流すな。拾えるものだけを拾え」


 そして、最後に一言。


「……期待しているぞ。拾う者」


 再び羽音が響き、ドラゴンの姿は夜空へと消えていった。


 残された焚き火の前で、誰もすぐには口を開けなかった。


 やがて、ユウキが息を吐く。

「さて……山のゴミ拾いか」


 ミナが小さく頷く。

「……だいじな……おとしもの……」


 争いは、まだ終わっていない。

 だが、戦争にはならなかった。


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