足りないのは、剣より人手
王都は、静かに困っていた。
騒ぎになっていない、というだけで、
問題が解決しているわけではない。
兵舎の武器庫では、
整列した槍の数が目に見えて減っていた。
折れたまま戻らない剣。
修理待ちの盾。
魔法刻印が摩耗した防具。
原因は単純だ。
人がいない。
ギルドが崩壊してから、
冒険者という職業は、ほぼ機能停止状態だった。
魔物討伐。
街道警備。
危険区域の間引き。
どれも「いつかやる」になり、
その「いつか」が、まとめて今になった。
「……武器が足りぬな」
王は、
報告書を閉じてそう呟いた。
「数ではなく、質が、です」
横に立つ文官が補足する。
「粗製を急造しても、
兵が先に壊れます」
沈黙。
そして、
自然と一つの名前が挙がった。
「……清掃班の件ですが」
王は、
ほんの一瞬だけ眉をひそめ、
すぐに頷いた。
「ユウキ、だったか」
「はい。
現在、王都管理局の依頼を
滞りなく処理しております」
英雄ではない。
貴族でもない。
称号もない。
だが――
面倒事を増やさない実績だけは、
誰よりもあった。
「ドワーフか」
王は、地図を見る。
隣国の山岳地帯。
高品質な魔法武具の産地。
「……交渉に、
正式な使節を出す余裕はないな」
「はい。
現地は現在、
ワーウルフ族との衝突状態です」
「戦争か?」
「局地的な武力衝突、との報告です」
王は、
しばらく黙ったまま、
地図を見つめた。
「……武器が欲しいだけで、
戦争に首を突っ込む気はない」
その言葉に、
文官は静かに頷く。
「ですので、
白羽の矢が立った次第です」
王は、
小さく息を吐いた。
「……呼べ」
⸻
その頃。
ユウキは、
いつも通り道を掃いていた。
ミナが、
袋を持って後ろを歩く。
「……また……
よばれる……?」
「たぶんな」
「……こんどは……
なに……?」
ユウキは、
箒を止めずに答えた。
「剣が足りないらしい」
「……けん……?」
「拾いに行く」
ミナは、
少し考えてから言った。
「……うらやましい……?」
「誰が」
「……ひと……
たくさん……」
ユウキは、
一瞬だけ手を止めた。
「……めんどくさい方だな」
それは、
同意でもあり、
覚悟でもあった。
第7章は、
そうして始まった。
王城の廊下は、相変わらず広かった。
広いが、
人は少ない。
以前なら、
冒険者ギルドの使者や、
下請けの連絡役が
行き交っていた場所だ。
今は、
静かすぎる。
「……ほんとに……
ひと……いない……」
ミナが小さく呟く。
「いなくなったんじゃない」
ミーナが言う。
「戻れなくなっただけ」
レオルは、
少し居心地悪そうに視線を逸らした。
「ギルドが無くなるって、
こういうことなんですね……」
「便利だった分、
歪みも溜まってたからな」
ガルドが肩をすくめる。
王の執務室に通されると、
すでに数人の文官が待っていた。
全員、
疲れている顔だ。
「来てくれて感謝する、ユウキ」
王は、
儀礼を省いた。
「英雄扱いはしない。
その代わり、
無理も言わん」
ユウキは、
軽く頭を下げる。
「助かります」
「率直に言おう。
人が足りぬ」
王は、
机に置かれた資料を指で叩いた。
「ギルドが機能していれば、
交渉役も護衛も出せた。
だが今は、それができない」
「ドワーフとの交渉、ですね」
「そうだ」
王は頷く。
「高品質な魔法武具が必要だ。
だが、現地はワーウルフ族との
衝突状態にある」
ミナが、
小さく眉を寄せる。
「……たたかう……?」
「できれば避けたい」
王は即答した。
「武器が欲しいのであって、
敵が欲しいわけではない」
その言葉に、
ユウキは少しだけ表情を緩めた。
「条件は?」
「交渉成立が最優先。
失敗しても、
戦火を広げなければ良い」
ミーナが口を挟む。
「かなり、
こちらに裁量を委ねる形ですね」
「それができる者にしか、
頼んでいない」
王は、
はっきりと言った。
「剣を振るう者ではなく、
揉め事を増やさない者に頼んでいる」
沈黙。
ユウキは、
少し考えてから頷いた。
「……分かりました」
その瞬間、
ミナがユウキの袖を引いた。
「……ユウキ……
これ……
あつめる……?」
ミナは、
机の上の資料を指差す。
破損報告。
紛失一覧。
使えなくなった装備の数々。
「拾えるかどうかは、
行ってみないと分からない」
「……ひろえなかったら……?」
「そのときは、
拾わない判断をする」
ミナは、
少し安心したように頷いた。
王は、
そのやり取りを見ていた。
「……奇妙な清掃班だな」
「慣れますよ」
文官が小さく言う。
「既に王都では、
頼りにされています」
王は、
苦笑した。
「では任せる。
交渉役として、
正式な証文を出そう」
ユウキは、
それを受け取り、
一言だけ言った。
「英雄扱いは、
本当に要りません」
「分かっている」
王は頷く。
「その代わり、
結果だけを持ち帰れ」
それで十分だった。
王城を出たあと、
ミナは空を見上げた。
「……くに……
おおきい……」
「そうだな」
「……でも……
こまってる……」
ユウキは、
歩きながら答えた。
「困ってる国ほど、
雑な依頼を出す」
「……ざつ……?」
「準備が足りない、って意味だ」
ミナは、
少し考えてから言った。
「……ひろう……
じゅんび……?」
「そこからだな」
交渉という名の仕事は、
すでに始まっていた。
王都の外に出ると、
空気が少し変わった。
舗装された道は続いているが、
人の気配が薄い。
ギルドがあった頃なら、
同じ方向へ向かう冒険者と
必ずすれ違った。
今は、いない。
「……ほんとに……
だれも……いない……」
ミナが呟く。
「依頼はあっても、
受ける人がいない」
ミーナが淡々と言う。
「国は回ってるけど、
現場は空洞」
ガルドが背負い直す。
「俺たちが来なきゃ、
この依頼、
誰も触れなかったな」
「触れなくて済むなら、
それが一番だった」
ユウキはそう返した。
山が見え始める。
岩肌が露出した、
鋭い稜線。
ドワーフの国がある方向だ。
レオルが、
急に足を止めた。
「……臭い、します」
「血か?」
ガルドが即座に構える。
レオルは首を振った。
「いえ……
血じゃない。
怒り、です」
ミナが、
何もない地面を見つめる。
「……ここ……
ひろわれて……ない……」
「何が?」
「……あしあと……
こわれた……
いし……」
確かに、
道の脇の岩が
不自然に割れている。
武器痕。
しかも、
刃物ではない。
「爪か」
ガルドが低く言う。
ミーナが地図を確認する。
「この辺り、
ワーウルフの
巡回域に近い」
ユウキは、
腰の袋を確認した。
いつもの清掃用具。
いつもの回収タグ。
そして、
“使うことを前提にしていない”
道具たち。
「……戦争は、
始まってるな」
「……たたかう……?」
ミナが聞く。
ユウキは、
即座に首を振った。
「終わらせに行く」
その言葉に、
ミナは少しだけ
背筋を伸ばした。
風が吹く。
山の方から、
低く、長い遠吠えが響いた。
敵意というより、
警告。
「……あれ……
よばれてる……?」
「境界を越えた、
って意味だな」
ミーナが言う。
ユウキは、
足を止めなかった。
「なら、
名乗って入ろう」
武器ではなく、
交渉でもなく。
拾う者として。
山は、
まだ何も答えなかった。




