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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第6章

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名前を呼ぶ距離

 朝の路地は、まだ湿っていた。

 昨夜の雨が石畳の溝に残り、薄く光っている。


 ユウキは、いつも通り清掃用具を背負って歩いていた。

 箒、袋、分別札。

 変わらない装備、変わらない速度。


 変わったのは、一つだけだ。


 後ろを歩く小さな足音が、迷わなくなった。


 ミナは、立ち止まらない。

 昨日までなら一瞬ためらっていた段差も、今日はそのまま越える。


 名前を持ったから、ではない。

 名前を持っても、世界は急には優しくならない。


 それでも――。


 路地の角で、ミナが止まった。


「……ユウキ」


 その呼び方は、試すようでも、甘えるようでもなかった。

 ただ、必要だったから呼んだ、という声だった。


「どうした?」


 ユウキは振り返る。


 ミナは、壁際を指差す。

 崩れかけた木箱。

 中身は空。

 価値は、ほぼゼロ。


「……あれ……

 ひろう……?」


 ユウキは、すぐには答えなかった。


 代わりに周囲を見る。

 人通り。

 荷車の轍。

 朝市へ向かう道。


「拾っても金にはならない」


「……うん……」


「重いし、邪魔だ」


「……うん……」


 ミナは頷く。

 それでも、視線は箱から離れなかった。


「……でも……」


「でも?」


「……あれ……

 くずれたら……

 ひと……つまずく……」


 ユウキは、そこでようやく笑った。


「正解」


「……?」


「理由が、ちゃんとしてる」


 ミナは、少し考えてから言う。


「……じゃあ……

 ひろう……?」


「どうする?」


 答えは、ミナに委ねられた。


 ミナは、数秒だけ迷い、袋を引き寄せた。


「……ひろう……」


 二人で木箱を片付ける。

 価値はない。

 報酬もない。

 誰にも見られていない。


 それでも、路地は少しだけ歩きやすくなった。


 作業が終わったあと、ミナは小さく息を吐いた。


「……よんで……

 よかった……」


「ん?」


「……ユウキ……

 よんで……

 よかった……」


 ユウキは、何も言わなかった。

 ただ、歩き出す。


 ミナは、半歩遅れてついていく。


 その距離は、

 昨日より、ほんの少しだけ近かった。


 次の通りに出たところで、

 ガルドが先に足を止めた。


「おい、これ」


 指差したのは、

 路地脇に転がる金属片だった。

 錆びているが、形は悪くない。

 刃物の欠片か、装飾具の一部か。


「売れそうだぞ?」


 レオルも覗き込む。


「素材屋なら、

 少しは値がつくかも」


 ミーナは腕を組む。


「……ただし、

 由来が分からない」


 ミナは、

 少し離れた位置からそれを見ていた。


 拾えば、

 たぶん金になる。


 拾えば、

 役に立つかもしれない。


 ユウキは何も言わない。

 視線も向けない。


 判断は、

 ミナに残されていた。


「……それ……」


 ミナは、

 一歩近づき、

 しゃがみ込む。


 金属片に触れず、

 周囲を見る。


 壁。

 割れた石。

 薄く残る黒い跡。


「……これ……

 こわれた……

 あと……」


「戦闘痕だな」

 ガルドが言う。


「最近じゃない。

 でも、完全に古くもない」


 ミナは、

 少しだけ考えたあと、

 首を振った。


「……ひろわない……」


 レオルが驚く。


「え?

 なんで?」


「……これ……

 だれか……

 すてた……んじゃ……ない……」


 ミーナが、

 静かに頷いた。


「回収されなかった、

 というより――

 放置された」


 ガルドは、

 少し不満そうに言う。


「でもよ、

 危なくはないだろ?」


「……いまは……」


 ミナは、

 そう答えた。


「……でも……

 もって……

 あるいたら……

 べつの……

 いみ……に……なる……」


 その言葉に、

 空気が一瞬止まる。


 ユウキは、

 そこで初めて口を開いた。


「いい判断だ」


 短く、

 それだけ言った。


 ミナは、

 少し驚いた顔をしたあと、

 小さく頷く。


「……しごと……?」


「そう」


「……ひろわない……のも……?」


「立派な仕事」


 ガルドは、

 頭をかいた。


「……難しいな」


「難しい」

 ユウキは同意する。


「だから、

 判断する価値がある」


 ミナは、

 もう一度金属片を見てから、

 背を向けた。


 拾わなかった。

 だが、

 無視したわけでもない。


 通りを出るとき、

 ミナは小さく呟いた。


「……また……

 みる……」


 それは、

 逃げではなかった。


 保留という選択だった。


 日が傾き、

 通りの影が長くなる。


 作業は、

 いつも通り終わった。


 袋の中身は少なめ。

 金になるものは、ほとんど無い。

 それでも、

 歩きやすい道だけが残った。


 詰所に戻る途中、

 ミナは何度か後ろを振り返った。


 あの金属片のあった方向。

 もう見えない。


「……だいじょうぶ……かな……」


 独り言のような声。


「気になる?」

 ユウキが聞く。


 ミナは、

 少しだけ迷ってから頷いた。


「……でも……

 いま……

 ひろわなくて……

 よかった……」


 その言葉は、

 誰に聞かせるでもなく、

 自分に言い聞かせるようだった。


 詰所の扉を閉める前、

 ミナは足を止める。


「……ユウキ」


「ん?」


「……ありがとう……

 まって……くれて……」


 ユウキは、

 振り返らずに言った。


「急ぐ仕事じゃない」


 それで十分だった。


 夜。


 誰もいない路地で、

 風に吹かれて

 金属片が転がった。


 その表面に、

 微かに走る文様。


 光は、

 ほんの一瞬だけ揺れて、

 また沈む。


 ――――――


 記録は、

 淡々と更新される。


回収対象:未確定

状態:保留

備考:

「拾わない」という判断を確認


 その行の下に、

 追記が入る。


観測継続

期限設定:未実行


 そして、

 名の欄は空白のままだった。


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