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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第6章

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預かり物、仮置き中

 朝。


 清掃詰所に、

 いつもと同じ光が差し込んでいた。


「……おはよう」


 ユウキが言う。


 返事はない。


 少し遅れて、


「……おはよう……?」


 毛布の中から、

 小さな声が返ってきた。


「起きてたか」


 ユウキは、

 いつも通りの調子で近づく。


 小さな存在は、

 身体を起こそうとして、

 うまくいかずに止まった。


「……むずかしい」


「無理しなくていい」


 ユウキは、

 台所用の椅子を引き寄せ、

 腰を下ろす。


「今日は、

 何もしない日だから」


「……なにもしない?」


「うん」


 ユウキは頷く。


「清掃も、

 回収も、

 今日は無し」


 小さな存在は、

 少し考え込む。


「……いるだけ……?」


「いるだけ」


 その答えに、

 なぜか安堵したように、

 小さく息を吐いた。


 そこへ、

 マルタが顔を出す。


「はい、おはよう」


 いつもの飴袋を振る。


「今日はレモンよ」


「ありがとう」


 ユウキが受け取る。


 マルタは、

 毛布の方を見て、

 にこっと笑った。


「ちゃんと起きてるじゃない」


「……おきてる……」


「えらいえらい」


 マルタは、

 特別なことをするでもなく、

 普通にそう言った。


 それが、

 小さな存在には

 少し不思議だったらしい。


「……えらい……?」


「生きてるだけで十分よ」


 マルタは当たり前のように言う。


 リィナが、

 遅れて入ってきた。


 手には、

 薄い冊子。


「昨日の件、

 管理局の正式記録には

 まだ載っていません」


「消されてない?」


「まだです」


 リィナは、

 小さな存在に目を向ける。


「……でも、

 “空白”が増えています」


「空白?」


「本来、

 何かあるはずの欄です」


 ユウキは、

 小さな存在を見た。


「……俺のせい?」


「正確には」


 リィナは少し考える。


「ユウキさんが

 関わり続けているせいです」


 小さな存在が、

 不安そうに身じろぎする。


「……じゃあ……

 わたし……いらない……?」


「違う」


 ユウキは、

 間髪入れずに言った。


「空白ってのは、

 まだ決まってないってだけ」


「……きまってない……」


「決まらない方が、

 いい時もある」


 その言葉に、

 リィナが一瞬だけ、

 目を伏せた。


「……はい」


 詰所の外で、

 通り過ぎる人の声。


 街は、

 何も知らずに回っている。


 それでも。


 この小さな部屋の中だけ、

 何かが“仮置き”されたままだった。


 誰にも見えないけれど、

 確実に、

 次に動くための重さを持って。


 昼過ぎ。


 詰所は、

 相変わらず静かだった。


 ユウキは、

 清掃用具の点検をしている。


 使わない日でも、

 手入れはする。


「……これ、

 使わないと逆に調子悪くなるな」


 独り言。


 その背後で、

 小さな音。


「……それ……」


 小さな存在が、

 清掃用具を指していた。


「これ?」


 ユウキが持ち上げる。


「清掃用具。

 拾うやつ」


「……ひろう……」


 その言葉の言い方が、

 少しだけ違った。


 “覚えた”というより、

 “意味を考えている”感じ。


「……これ……

 わたし……?」


 ユウキの動きが止まる。


「どういう意味だ?」


 小さな存在は、

 少し困った顔をする。


「……ひろわれた……

 わたし……

 なに……?」


 答えを探している。


 名前も、

 役割も、

 まだない状態で。


 ユウキは、

 一瞬だけ視線を逸らした。


「……今は、

 何でもない」


「……なんでも……ない……?」


「決まってない」


 小さな存在は、

 その言葉を

 ゆっくり噛みしめた。


「……じゃあ……

 えらべる……?」


 空気が、

 ほんの少し張った。


「……選ぶ?」


「……いる……

 いる……か……」


 ミーナが、

 無言で様子を見ている。


 口を出さないが、

 視線は鋭い。


 ユウキは、

 椅子に腰を下ろした。


「……選ぶってのはな」


 一拍。


「楽じゃない」


「……らく……じゃない……」


「決めたら、

 責任がつく」


 小さな存在は、

 しばらく黙っていた。


 やがて、

 ぽつり。


「……こわい……」


「普通だ」


 ユウキは、

 即答した。


「怖くない選択なんて、

 だいたい誰かが決めた後だ」


 小さな存在は、

 毛布を握りしめる。


「……でも……」


「でも?」


「……ひろわれて……

 きえたく……ない……」


 その言葉は、

 静かだったが、

 はっきりしていた。


 マルタが、

 そっと口を開く。


「だったら、

 今はそれでいいじゃない」


「……それ……?」


「“消えない”を

 選んだってこと」


 小さな存在は、

 少しだけ、

 安心したように息を吐く。


 リィナが、

 手帳に何かを書き留める。


「……記録に残ります」


「大丈夫か?」


 ユウキが聞く。


「公式じゃありません」


 リィナは小さく笑う。


「でも、

 誰かが覚えていれば、

 消えません」


 その時。


 詰所の外で、

 魔力の揺れ。


 全員が、

 一瞬だけ反応する。


「……来た?」


 ガルドが低く言う。


「いや」


 ミーナが首を振る。


「まだ気配だけ」


 ユウキは、

 清掃用具を手に取った。


 戦うためではない。


 ただ、

 いつものように

 “持つ”。


「……なぁ」


 小さな存在が、

 ユウキを見上げる。


「……あなた……

 なに……?」


 ユウキは、

 少し考えてから答えた。


「……掃除の人」


 その答えに、

 全員が少しだけ、

 笑った。


 だが、

 空気の奥では、

 確実に何かが

 動き始めていた。


 夕方。


 詰所の影が、

 ゆっくり伸びていく。


 ユウキは、

 外で道具を洗っていた。


 いつもの動作。

 いつもの手順。


 でも――

 今日は、

 視線を感じていた。


「……どうした?」


 声をかけると、

 小さな存在が、

 少し離れたところに立っていた。


 立っている、

 というだけで

 昨日より大きな変化だった。


「……みてた……」


「何を?」


「……そうじ……」


 ユウキは、

 一瞬だけ手を止める。


「……やりたい?」


 小さな存在は、

 迷った末に、

 小さく頷いた。


「……こわい……けど……」


「それで十分だ」


 ユウキは、

 予備の布と、

 軽い道具を渡す。


「壊さなくていい。

 集めなくていい。

 ただ、

 動かしてみろ」


 小さな存在は、

 ぎこちなく布を握る。


 床を、

 そっと拭く。


 拙い動き。

 効率は悪い。


 でも――

 確かに“している”。


「……できてる……?」


「できてる」


 ユウキは即答した。


 その瞬間。


 空気が、

 わずかに歪んだ。


 詰所の端。

 誰も立っていない場所。


 だが、

 **“記録される感覚”**だけがある。


 ミーナが、

 小さく舌打ちした。


「……見てるわね」


「うん」


 ユウキは、

 動じない。


「でも、

 何もしてない」


 その通りだった。


 干渉はない。

 警告もない。


 ただ、

 見ているだけ。


 小さな存在が、

 布を握りしめたまま言う。


「……これ……

 わたし……?」


「そうだ」


「……ひろわれた……

 だけじゃ……ない……?」


「違う」


 ユウキは、

 はっきり言った。


「今は、

 自分で動いた」


 その言葉は、

 魔法でも命令でもなかった。


 でも、

 確実に残った。


 リィナが、

 静かに言う。


「……記録に残りました」


「公式?」


「いいえ」


 リィナは首を振る。


「でも、消せません」


 マルタが、

 小さく笑う。


「もう仮置きじゃないわね」


 ユウキは、

 空になったバケツを見下ろした。


 仮置き。

 一時保管。


 どちらも、

 もう嘘になっている。


「……名前、いるか?」


 小さな存在が、

 目を見開く。


「……なまえ……?」


「今すぐじゃなくていい」


 ユウキは、

 道具を片付けながら言う。


「決まったら、

 教えろ」


 小さな存在は、

 何度も頷いた。


 その様子を、

 誰かが、

 確かに見ていた。


 だがその“誰か”は、

 何も奪わず、

 何も修正せず、

 ただ一行だけを

 記録に残した。


仮置き終了

介入不要

経過観測へ移行


 その一文が、

 未来を少しだけ

 歪めていた。


 ユウキは、

 まだ知らない。


 この瞬間が、

 世界にとって

 最も扱いづらい選択だったことを。


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