清掃の人、ちょっとおかしくない?
最初は、ただの世間話だった。
「最近さ、裏路地安全じゃない?」
「分かる。夜でも通れる」
市場の商人同士の、軽い雑談。
名前は出ない。
誰の手柄かも、はっきりしない。
でも、その話題は妙に長く残った。
「前はさ、魔力汚染で荷がダメになることあったろ?」
「最近、ないな」
「治癒士も暇そうだぞ」
「それは良いことだろ」
誰かが、首を傾げる。
「……良すぎないか?」
その頃、俺はいつも通り袋を担いで歩いていた。
区画は増えたけど、やることは変わらない。
拾う。
拾わない。
置く。
ただそれだけだ。
昼前、薬屋の前で声をかけられた。
「清掃の人」
「はい?」
「最近、薬の消費が安定しててな」
「はあ」
「事故が減ったってことだ。
助かってるよ」
礼を言われたが、正直よく分からない。
別の通りでは、治癒士がぼやいていた。
「怪我人、減ったわね」
「いいことじゃないですか」
「そうなんだけど……」
言葉を濁す。
「仕事が減るのも、
ちょっと変な気分なのよ」
ギルドの掲示板前では、冒険者たちが集まっていた。
「最近、ダンジョン渋くない?」
「分かる。
事故も起きないし、
魔物も妙に大人しい」
「稼げないんだよな」
苛立ちが混じる。
その会話を、誰かが横から聞いていた。
「それ、清掃の人のせいじゃない?」
「は?」
「ほら、
あの……名前知らないけど、
ゴミ拾いしてる人」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……清掃で、何が変わるんだよ」
「知らん。
でも、時期が合いすぎてる」
疑念は、小さく芽を出す。
同じ頃、役所の奥。
「最近、報告が減ってます」
「問題は?」
「ありません。
……ありませんが」
担当者は、一枚の書類を見る。
清掃担当:ユウキ
「この人が関わった区画、
安定率が高すぎる」
理由は書けない。
でも、数字は嘘をつかない。
資料室では、リィナが静かに記録を整理していた。
「……噂、出始めたわね」
まだ、名前は伏せられている。
でも、**“清掃の人”**という呼び方が定着しつつある。
彼女は、内部メモを一行だけ追加した。
「注目度、上昇中」
その夜、宿でパンを齧りながら、俺は考えていた。
「……最近、
やけに話しかけられるな」
理由は分からない。
ただ、街の視線が、
ほんの少しだけ変わった気がした。
まだ、名前は呼ばれない。
でも――
噂は、もう俺を中心に回り始めていた。
噂は、感情だけでは長続きしない。
実感と、結果が揃ったときにだけ、形になる。
市場の商人たちは、それを一番早く感じ取っていた。
「最近、破損返品が減った」
「輸送中の事故もな」
帳簿を睨みながら、首を捻る。
「理由は?」
「分からん。
でも、清掃が入った区画からだ」
“清掃の人”。
名前は知らない。
でも、共通点はそこだった。
薬屋でも、似たような話が出ている。
「治癒薬の消費、三割減」
「値下げする?」
「……様子見だな」
事故が減った。
怪我人が減った。
つまり、街が“無駄に消耗しなくなった”。
その一方で、ギルドの空気は少しずつ重くなっていた。
「依頼が減ってる」
「討伐も減ってる」
「……街が安定しすぎだ」
安定は、本来喜ぶべきことだ。
でも、冒険者にとっては違う。
危険があるから、報酬が生まれる。
トラブルがあるから、仕事になる。
それが、静かに奪われている。
「誰がやってるんだ」
「清掃だろ?」
半信半疑だった声が、
少しずつ確信に変わっていく。
その頃、役所では内部会議が行われていた。
「清掃区画の事故発生率、
平均より大幅に低下しています」
「特定の担当者に偏っていないか?」
一枚の資料が、机の中央に置かれた。
担当者名:ユウキ
誰も、すぐには口を開かなかった。
「……偶然では?」
「三週間連続です」
数字が、静かに否定する。
「清掃方法を変えた?」
「いいえ。
本人は“判断しているだけ”だと」
その言葉に、誰かが小さく息を吐いた。
「判断、ね……」
資料室の奥で、リィナはそれを聞いていた。
彼女は口を挟まない。
ただ、記録を一段階だけ進める。
「要注意:外部認知拡大」
そして、備考欄に短く書く。
「本人、自覚なし」
夕方、ギルド前。
冒険者の一団が、マルタさんに声をかけていた。
「なあ、
最近よく清掃してる若いの、知ってる?」
マルタさんは、箒を止めない。
「さあね」
「噂になってる」
「噂は、勝手に歩くもんさ」
そう言って、視線だけを路地の方へ向けた。
「でもね」
一瞬だけ、声が低くなる。
「拾う人より、
拾わない人の方が、
怖いこともある」
冒険者たちは、その意味を理解できなかった。
その夜、酒場。
勇者パーティの席だけ、妙に空気が重かった。
「……依頼、減ってるな」
「街が安定してる」
「誰かが、
俺たちの“仕事”を先に片付けてる」
誰も否定しない。
リーダーが、低く言った。
「調べる」
「誰を?」
「……清掃だ」
その言葉で、噂は次の段階へ進んだ。
もう、“変だ”では終わらない。
**“原因を探す対象”**になった。
一方その頃、俺は宿で袋の手入れをしていた。
「……なんか最近、
街が落ち着いてるな」
それを、自分の仕事と結びつける発想はない。
明日も、ゴミ拾いだ。
拾うか、拾わないかを決めるだけ。
でも、街はもう、
その判断を“無視できなくなっていた”。
勇者パーティが動いたのは、翌日の朝だった。
「直接見に行く」
リーダーがそう言い切った。
「清掃だろ?
どうせ、ただの下っ端だ」
軽く言い放つ者もいたが、
内心のざわつきは隠せていない。
街が変わった。
数字が変わった。
依頼が減った。
原因があるなら、
それを見ないわけにはいかない。
一方その頃、俺はいつも通り区画に向かっていた。
袋を担ぎ、
手袋をはめ、
地図を確認する。
「今日は……ここから」
何も変わらない朝だ。
勇者パーティは、少し離れた場所から様子を見ていた。
「……あれか?」
「普通だな」
若い男が、路地を歩いている。
装備も地味。
魔力の気配も薄い。
ただ、動きが迷わない。
「拾わねぇな」
「拾う場所と、
拾わない場所を分けてる?」
勇者は眉をひそめた。
「清掃って、
あんな感じだったか?」
俺は、瓦礫の前で足を止めた。
一瞬、目を伏せる。
《危険適合外判定》
そのまま、進路を変える。
勇者側からは、理由が見えない。
「……なんで今、避けた?」
「ビビったんじゃねぇの?」
別の場所では、迷わず拾う。
錆びた金具。
割れた瓶。
「拾う基準が、
まるで分からん」
観察は、苛立ちに変わっていく。
「魔力を使ってる様子はない」
「スキル発動の兆候もなし」
「じゃあ、
なんで街が安定してる?」
答えは出ない。
俺は昼前に作業を終え、
袋を縛った。
そのまま役所へ向かう。
振り返らない。
「……行ったぞ」
「追うか?」
リーダーは、一瞬考えてから首を振った。
「今はいい」
何かが、引っかかっている。
「“強い”感じがしない」
それが、逆に不気味だった。
同じ頃、役所の奥。
「清掃担当の視察が入っています」
「勇者ですか」
担当者は、即答した。
「接触は?」
「ありません。
本人は、通常業務中です」
資料室では、リィナが一行だけ追記していた。
「視察確認。
直接接触、未発生」
そして、備考欄。
「問題なし」
夕方、ギルド前。
マルタさんが、箒を動かしながら呟いた。
「……噛み合わないね」
誰に言うでもなく。
「拾う人と、
拾わない人は、
同じ景色を見てない」
その夜、勇者パーティの拠点。
「結論は?」
「……分からん」
リーダーが、低く言う。
「だが、
無視はできない」
まだ、敵ではない。
まだ、因縁でもない。
でも――
同じ街で、
同じ空気を吸っている限り、
このすれ違いは終わらない。
一方、俺は宿で袋を干していた。
「……明日も晴れそうだな」
街の静けさを、
自分の仕事の結果だとは思わずに。
噂は、もう街に根を張っている。
そして次は、
名前が、はっきりと呼ばれる番だった。




