期限3分
完全廃棄区域、第二層。
地面は割れ、
瓦礫と魔導残滓が泡立つように蠢いていた。
「はいはい、今日も元気だな」
ユウキは清掃バキュームの出力を一段階上げる。
吸引。
固定。
分解。
動きはもう“作業”だった。
「前、行きます!」
レオルが踏み込む。
《慣性補正付き作業用ハーネス》が衝撃を遅延させ、
剣を振った反動が綺麗に流れる。
「戻れる……! 本当に戻れる!」
「無茶前提の設計だからな」
ガルドが前に立つ。
《荷重分散型解体用シールド》を地面に叩きつけ、
押し寄せる残骸を真正面から受け止める。
「来い……止めてやる!」
床が軋む。
だが、盾は沈まない。
ミーナの声が即座に飛ぶ。
「右、安全! 左、核二!
奥、嫌な反応――」
その瞬間だった。
戦場の空気が、歪んだ。
魔力の波が重なり、
上空に小型の魔道具が展開される。
水晶板。
記録局仕様の、無機質な投影。
そこに浮かんだのは、冷たい文字。
【管理局・臨時監査通知】
対象区域:完全廃棄区域 第二層
処理期限:三分
全員、一瞬だけ固まる。
「……三分?」
レオルが聞き返す。
「短くない?」
ミーナが即ツッコむ。
「いや短いだろ」
ガルドが真顔で言った。「敵の数、見て言ってるか?」
魔道具から、音声が流れる。
「対象ユウキ。
当該区域の処理に期限を設定する。
判断の遅延を防ぐためだ」
ユウキは、敵から目を離さずに答えた。
「今それ言う?」
返答はなかった。
ただ、投影された文字の横に、
残り時間:02:59 が表示される。
ミーナが早口になる。
「三分で殲滅?
えっと、核は最低でも五……」
「急ぐか」
ユウキは淡々と言った。
「え、待って。
“待て”って意味じゃないの?」
ミーナが言う。
「違うだろ」
ユウキはレンチを構えた。
「期限って、
終わらせる目安だ」
レオルが笑う。
「……じゃあ二分で前に出ます!」
「無茶言うな!」
ガルドが叫ぶ。「壁役に負荷が集中する!」
「集中させるための盾だろ」
「言い切るな!」
白テープが飛ぶ。
残骸同士をまとめて固定。
ユウキが指示を出す。
「ミーナ、核の位置だけ絞れ。
細かい分析は捨てろ」
「了解!
優先順位だけ出す!」
「ガルド、押し返さなくていい。
止めろ」
「それなら任せろ!」
盾が地面に食い込み、
敵の動きが一瞬止まる。
「レオル!」
「はい!」
レオルが踏み込む。
剣が閃き、
核が砕ける。
残り時間:02:01
敵はまだ多い。
だが――
戦場は完全に、ユウキの速度に合わせて動いていた。
ユウキは魔道具を一瞥する。
「……三分か」
少し考えてから、付け加えた。
「余るな」
残り時間:01:58
数字が減るたび、
魔道具の光が戦場を照らす。
「……これ、プレッシャーかける演出だよな」
ミーナが言う。
「逆に分かりやすいだろ」
ユウキは清掃バキュームを振り回しながら答えた。
吸引。
固定。
分解。
白テープが飛び、
残骸魔同士を絡め取る。
「まとめて処理!」
「了解!」
レオルが跳ぶ。
剣が閃き、
核が二つ、同時に砕けた。
残り時間:01:27
――その時。
地面の奥で、
嫌な音がした。
「来る」
ユウキが短く言う。
地割れが広がり、
今までとは明らかに違う反応が浮上する。
重い。
圧がある。
「増援……いや、合体型!」
ミーナが即座に判断する。
「核、深部一つ!
でも装甲が厚い!」
ガルドが盾を構え直す。
「押されるぞ!」
「押されていい」
ユウキは迷わない。
「時間を稼げ」
ガルドが笑った。
「はは、
時間稼ぎなら得意だ!」
《荷重分散型解体用シールド》が地面に沈み、
敵の圧を真正面から受け止める。
床が砕ける。
だが、ガルドは動かない。
「止まってるぞ!」
残り時間:00:59
魔道具が、
警告音を鳴らす。
【注意】
処理期限まで一分未満
「うるさいな」
ユウキはそう言って、
バキュームの出力を最大にした。
瘴気が吸われ、
装甲の隙間が露出する。
「今だ、レオル!」
「行きます!」
ハーネスが衝撃を流す。
無茶な踏み込み。
それでも、身体は戻ってくる。
剣が装甲を裂き、
核が――見えた。
残り時間:00:23
ミーナが叫ぶ。
「核、露出!
あと一撃!」
ユウキが前に出る。
レンチを構え、
一切の躊躇なく叩き込む。
粉砕。
爆ぜるように、
残骸魔が崩れ落ちた。
静寂。
瓦礫が転がる音だけが残る。
残り時間:00:07
魔道具が、沈黙した。
【処理完了】
残存反応:なし
レオルが息を切らす。
「……間に合いました?」
「余った」
ユウキは即答する。
ミーナが苦笑する。
「三分、全部使い切るつもりだったんじゃ?」
「いや」
ユウキは魔道具を見上げる。
「期限は上限だろ」
その一言が、
魔道具越しに、確実に届いた。
魔道具の光が、
ふっと消えた。
残ったのは、
崩れた瓦礫と、
静まり返った現場だけだった。
「……終わったな」
ガルドが盾を下ろす。
「終わりましたね」
レオルは地面に座り込み、
息を整えながら笑った。
「生きてるだけで、今日は勝ちだな」
ミーナは魔力測定器を閉じる。
「被害ゼロ。
予定時間内。
文句のつけようもない」
その時だった。
空中に、
半透明の魔法陣が展開される。
「うわ、また出た」
ユウキが素直に言う。
魔法陣の向こう側、
無機質な執務室。
カルディア=ロウレンスが、
机に肘をつき、
額を押さえていた。
「……報告は受けた」
低い声。
「三分以内に処理完了。
人的被害なし。
現場判断による即時対応」
一つ、深呼吸。
「――模範解答だ」
ミーナが目を瞬かせる。
「……褒めてます?」
「評価している」
カルディアは即答した。
だが、続く言葉は重かった。
「だが問題はそこではない」
画面が切り替わる。
先ほどのカウントダウン映像。
「この三分は、
“猶予”ではない」
ユウキが首を傾げる。
「期限でしょ?」
「違う」
カルディアは言い切った。
「判断を先送りしていい最大時間だ」
少しだけ、
苛立ちを含んだ声。
「君はその三分を、
すべて“使い切る前提”で動いた」
「うん」
ユウキは普通に頷いた。
「足りないよりいいじゃん」
沈黙。
カルディアの後ろで、
別の管理官たちが
同時に頭を抱えた。
「……そこだ」
カルディアは静かに言う。
「君は“安全側”に立っているつもりで、
我々の想定より一段深く踏み込んでいる」
ユウキは少し考えてから言った。
「拾えるものは拾う。
処理できるならする。
危なければ殴る」
「雑だな……」
カルディアが呻く。
「雑だけど、
現場ではそれが正しい」
レオルが小さく声を上げる。
「じゃあ、問題ないんじゃ……」
「問題はある」
カルディアは即答した。
「君は、
期限を“守るもの”だと思っていない」
ユウキは少しだけ考え、
こう返した。
「守るっていうか……
越えなきゃいいだけでしょ?」
また沈黙。
そして。
カルディアは、
観念したように肩を落とした。
「……次からは」
一拍。
「割り込み頻度を下げる」
「助かります」
ユウキが即答した。
「代わりに」
カルディアは真剣な目で言う。
「次の案件は“判断してはいけない可能性”がある」
空気が、わずかに変わる。
「その時、
君はどうする?」
ユウキは少しだけ考えて、
あっさり答えた。
「拾わない」
カルディアが目を細める。
「……即答だな」
「拾わないのも仕事でしょ」
ユウキは、
清掃用具を肩に担いだ。
「全部拾ったら、
世界、壊れるし」
通信が切れる。
静寂が戻った。
「……なぁ」
ガルドがぽつりと言う。
「俺たち、
やべー奴と組んでないか?」
ミーナが肩をすくめる。
「今さら」
レオルは笑った。
「でも、
ちゃんと生きてますよね」
「うん」
ユウキは頷いた。
「今日も、
ゴミ拾い、成功」
瓦礫の中で、
ひとつだけ
まだ名前のついていない“何か”が、
静かに埋もれていた。




