完全廃棄区域-追いつけなくなる速度
完全廃棄区域の空気は、重かった。
音が遅れる。
動きが鈍る。
魔力が地面に沈んでいる。
「……数、多いな」
ガルドが盾を構えた瞬間、
前方の瓦礫が一斉に動いた。
残骸魔。
軽装から重装まで、混成。
ユウキは一歩踏み出す。
清掃バキュームが唸り、
白テープが飛び、
瓦礫が“作業対象”として処理されていく。
――速い。
問題は、そこだった。
「っ……!」
レオルが踏み込む。
剣は当たる。
だが、戻れない。
反動で体勢が崩れ、
次の一歩が遅れる。
「くそ……!」
ガルドが前に出る。
盾で受ける。
受け止める。
だが――押される。
「重い……!」
防げる。
だが、押し返せない。
ミーナの声が一瞬、遅れた。
「待って……敵、左――」
その“待って”の半拍で、
残骸が跳ねる。
ユウキが割り込む。
レンチが核を砕き、
危機は消えた。
静かになった一瞬。
その静けさが、逆に重かった。
「……俺」
レオルが歯を食いしばる。
「前に出るの、遅いですね」
自覚してしまった声だった。
ミーナも黙り込む。
「情報は見えてる。
でも、判断する前に状況が変わる」
ガルドが盾を下ろす。
「守れる。
だが、流れを止めるだけだ」
三人とも、分かっていた。
ユウキの動きに、
戦闘が追いついていない。
ユウキは、敵から視線を切らずに言った。
「一回、下がる」
白テープが展開し、
敵の動きを固定する。
数秒の猶予。
ユウキは振り返り、
インベントリを開いた。
迷いはない。
まず、レオルに放る。
「これ使え」
《慣性補正付き作業用ハーネス》。
「前に立つ人用。
無茶して戻って来られる」
説明はそれだけ。
次に、ミーナ。
「判断役」
《多層情報整理ゴーグル》。
「全部考えるな。
候補だけ拾え」
ミーナが装着した瞬間、
視界が変わる。
「……情報、整理されてる」
最後に、ガルド。
ユウキは少しだけ近づいて、
大きな盾を差し出した。
《荷重分散型解体用シールド》
「重いの、得意だろ」
ガルドは一瞬、目を見開き、
それから深く頷いた。
「……ああ。
これは“止まっていい盾”だ」
敵が、再び動き出す。
ユウキは一歩、下がった。
「無理しなくていい」
淡々と告げる。
「追いつく必要もない。
使える道具を使えばいい」
次の瞬間。
レオルが前に出た。
踏み込みが、戻ってくる。
剣を振ったあと、身体が流れる。
「……行ける!」
ガルドの盾が地面に食い込む。
押されても、下がらない。
「止まるぞ!」
ミーナの声が、速くなった。
「右、安全!
左、核一!」
戦闘の形が、変わった。
ユウキは、それを一歩後ろから見ていた。
「――よし」
ここからが、殲滅だ。
戦場の空気が、変わった。
レオルが前に出る。
今度は――戻ってきた。
「うおおっ!」
剣を振る。
衝撃が腕に来る。
だが、身体が遅れて受け止め、前に返す。
踏み込み、斬撃、回収。
流れが切れない。
「これ……止まらない!」
「止まるな!」
ガルドの声が低く響く。
《荷重分散型解体用シールド》が地面に叩きつけられた。
鈍音。
圧が来る。
瓦礫が押し寄せる。
だが、盾は沈まない。
「押されるほど――」
ガルドが歯を食いしばる。
「踏ん張りが効く!」
盾が面で圧を受け、
地面に逃がす。
残骸魔の動きが、止まった。
「今!」
ミーナの声が、はっきりと通る。
ゴーグル越しに、世界が色分けされる。
「中央、核二つ!
左は囮、右が本命!」
迷いがない。
判断が速い。
ユウキは、一歩も前に出ない。
清掃バキュームを最大出力で起動する。
吸引。
固定。
分解。
白テープが空中で展開し、
敵同士をまとめて拘束する。
「まとめて処理!」
レオルが飛び込む。
ハーネスが衝撃を流し、
剣が核を貫く。
一体、崩壊。
次。
ガルドが盾を押し出す。
圧を返す形で、
残骸魔を地面に叩き伏せる。
ユウキが近づき、
レンチを振るう。
二体目、破壊。
敵が減る。
だが、最後の一体が動いた。
重装。
圧が違う。
「来る!」
地面が割れ、
巨大な塊が立ち上がる。
核は深い。
装甲が厚い。
ユウキが、静かに言った。
「……殲滅対象」
迷いは、もうない。
「ガルド、止めろ」
「任せろ!」
盾が真正面から受け止める。
衝突。
だが、下がらない。
「ミーナ」
「見えてる!」
「核、三秒後に露出!」
「レオル」
「行きます!」
レオルが踏み込む。
今度は、一切躊躇しない。
剣が装甲を裂き、
核が露出した瞬間――
ユウキが前に出た。
レンチを構え、
叩き込む。
粉砕。
轟音のあと、
すべてが崩れ落ちた。
風が通る。
瓦礫が、ただの瓦礫に戻る。
沈黙。
レオルが、息を吐いた。
「……ついて、来れました」
「来なくていい」
ユウキは即答する。
「噛み合ってただけだ」
ミーナが笑った。
「それを“チーム”って言うんだよ」
ガルドが盾を肩に担ぐ。
「悪くない」
ユウキは、戦場を一度だけ見渡した。
拾えるものは、ない。
拾う必要も、ない。
「清掃完了」
それだけ言って、背を向けた。
完全廃棄区域は、静まり返っていた。
風が通り、
瓦礫はもう、動かない。
ミーナがゴーグルを外し、息を吐く。
「……反応、ゼロ」
「終わりだな」
ガルドが盾を地面に立てかける。
レオルは剣を下ろし、少しだけ手を見つめた。
「……さっきまで、怖かったです」
「今は?」
「怖くないです」
ユウキは、作業用バッグを閉めながら答えた。
「それは装備のおかげだ」
「はい」
「なら、いい」
それ以上、言うことはなかった。
その頃――
遠く、管理局。
観測室の空気は重かった。
【管轄外区域・最終ログ】
残骸反応:消失
周辺被害:なし
処理時間:想定以下
介入判定:不可
カルディア=ロウレンスは、画面を見つめたまま動かない。
「……もう“現場”だな」
部下が慎重に聞く。
「対応、どうしますか?」
カルディアは、短く答えた。
「しない」
一瞬の沈黙。
「彼は判断が早すぎる。
命令を出す前に終わる」
「危険では?」
「危険だ」
カルディアは否定しない。
「だが――
遅れるよりは、まだマシだ」
評価ログが、静かに更新される。
評価:
便利な異端 → 代替不能な現場処理者
備考:
管理不可。
だが、放置も不可。
その結論に、誰も口を挟まなかった。
夕方。
倉庫に戻ると、マルタが待っていた。
無言で、飴を三つ置く。
「今日は?」
「重い日」
ユウキは一つ取る。
「……いや、二つだな」
ミーナが笑う。
「チーム、成立した?」
「たまたま噛み合った」
ユウキはそう言って、
清掃スーツをハンガーに掛けた。
ガルドが言う。
「次も、呼ばれるな」
「だろうな」
ユウキは肩をすくめる。
「でも、やることは変わらない」
拾えるものは拾う。
拾えないものは、壊す。
判断は、遅らせない。
それだけだ。




