拾う理由
夜。
ユウキは一人、清掃倉庫にいた。
灯りは最低限。
音もない。
棚に並んでいるのは、
拾われなかった道具、
使われなかった部品、
修理されなかったままの“途中”。
「……俺、ずっと勘違いしてたな」
誰に向けた言葉でもない。
《世界から捨てられた手》を開く。
権限一覧が、久しぶりに完全表示された。
回収。
分類。
再割当。
廃棄。
どれも“処理”だ。
「救う、じゃない」
ユウキは棚の一つから、歪んだ金属片を取り出す。
以前なら、即廃棄だった。
だが今は違う。
拾得対象:用途未定(中間状態)
この表示が、すべてだった。
「最初から、完成させる権限なんて無かったんだ」
ユウキは、静かに息を吐く。
「途中までしか、触れない」
インベントリの奥で、
《残滓No.01》が小さく反応した。
完全な人格じゃない。
元に戻せない。
誰かを“元通り”にすることもできない。
それでも。
途中で止めることはできる。
倉庫の扉が、きいと音を立てて開いた。
「……やっぱり、ここでしたか」
ミーナだ。
後ろにはレオル、マルタもいる。
「止めに来た?」
「逆」
ミーナは肩をすくめる。「確認」
「何を?」
「あなたが、逃げる気かどうか」
ユウキは笑った。
「逃げ道、もう無いだろ」
「それでいい」
マルタが言う。
「拾うなら、中途半端に拾いなさい」
「え?」
「全部背負う気なら反対する」
彼女はきっぱり言った。「でも、支えるだけなら手伝う」
レオルが拳を握る。
「俺、正しいかどうか分かりません」
「俺もだ」
ユウキは即答した。
「でもさ……」
棚を見渡す。
「正しく片付けた結果、
誰も覚えてない場所が増えるの、
ちょっと嫌なんだよ」
沈黙。
その中で、インベントリに新しい空欄が現れた。
未登録スロット:用途不明
条件:中間保持
《世界から捨てられた手》が、
初めて“処理”ではなく、
余白を提示している。
「……これか」
第四の選択肢は、
まだ名前もない。
だが方向だけは、はっきりしていた。
救わない。
完成させない。
消させない。
ただ、
途中で、止める。
その瞬間、倉庫の外で気配が立った。
「観測更新」
第三の回収者の声だ。
「君の行動は、規定外だ」
ユウキは振り返らない。
「知ってる」
「その選択は、世界を不安定にする」
「不安定なまま、使うんだよ」
第三の回収者は、しばらく黙っていた。
「……期限を再延長する」
それは、譲歩だった。
「だが、次は無い」
気配が消える。
ユウキは、倉庫の灯りを少しだけ明るくした。
ここから先は、
“拾うか捨てるか”じゃない。
どこで止めるかの話だ。
案件は、管理局経由で回ってきた。
小さく、地味で、優先度が低い。
「旧下水区画、未確定物反応あり」
「被害報告なし」
「経過観測中」
つまり――
後回しにされている場所だ。
「行っていいの?」
レオルが確認する。
「“期限付き観測”の範囲内だ」
ミーナが端末を見ながら言う。「問題は……」
「問題は、失敗したら即アウトってとこだな」
ユウキは肩を回した。
下水区画は、湿っていて暗い。
だが危険というほどではない。
途中で止まった工事跡。
封鎖されなかった横穴。
使われなかった資材。
「……ここ、ずっと“途中”だな」
マルタが呟く。
奥で、空気が揺れている。
《世界から捨てられた手》が反応した。
検出:未確定構造体(低密度)
性質:用途未決定
処理推奨:廃棄
いつもの表示だ。
ユウキは、一歩踏み出した。
だが、拾わない。
触らない。
代わりに、工具箱から白いテープを取り出した。
「え、それ使うの?」
レオルが目を丸くする。
「ゴミ拾いの基本だろ」
ユウキは淡々と言う。「危険箇所は、囲う」
床に、白い線を引く。
下水の壁にも、簡単な注意書きを貼る。
「未整備」「通行注意」「作業中」
それだけだ。
《世界から捨てられた手》が、
一瞬、判断待ちを表示する。
処理状態:中断
理由:人為的保留
「……止まった?」
ミーナが息を詰める。
「止めただけだ」
ユウキは線を引き終え、立ち上がった。
空気が、変わらない。
だが――
重くもならない。
数分後、管理局から通信が入った。
「観測値、安定」
第三の回収者の声だ。
「……未確定物の暴走は確認されない」
少しだけ、間が空く。
「君は、何をした?」
「何もしてない」
ユウキは正直に答えた。
「触ってない。拾ってない。
ただ、“今は使わない”って表示しただけ」
沈黙。
「……それは、処理ではない」
「知ってる」
「分類でもない」
「そうだな」
第三の回収者は、ゆっくりと言った。
「それは……保留だ」
「やっと同じ言葉が出たな」
通話が切れる。
マルタが、小さく息を吐いた。
「世界、怒ってないわね」
「怒るほど、変えてない」
ユウキは白線を見下ろす。
「完成させてないし、壊してもいない」
レオルが、ぽつりと言う。
「……途中のまま、置いたんですね」
「それでいい」
帰り道、管理局の速報が流れた。
【観測更新】
未確定構造体案件
状態:安定
対応:継続観測
※処理不要
小さな文字で、注記があった。
対応者:清掃補助・ユウキ
それは、初めてだった。
“回収”でも“廃棄”でもない実績。
ユウキは、インベントリを開く。
新しい項目が、静かに追加されていた。
仮対応記録:保留01
属性:中間保持
第四の選択肢は、
理屈ではなく――実績になった。
管理局の呼び出しは、いつもより早かった。
塔の上層。
今度は会議室だった。
机がある。
資料が並んでいる。
つまり――裁定の場だ。
「成功例は確認した」
カルディアが切り出す。
「下水区画案件。被害ゼロ。暴走なし。
第四の選択肢として、理論上は成立している」
“理論上”という言葉が、引っかかる。
「だが」
彼は資料を一枚めくった。
「すべての案件に適用できるわけではない」
端末に映像が浮かぶ。
別の街区。
小規模な居住区。
人の出入りが多い場所だ。
「未確定物が、人の行動に直接影響するケース」
映像の中で、
床のひび割れが、ゆっくり広がっている。
「この場合、“途中で止める”は成立しない」
「なぜ?」
「人が使うからだ」
カルディアは即答した。「使われれば、完成するか、壊れる」
ユウキは、黙った。
「ノアの案件も、同じだ」
その名が出た瞬間、
空気が張り詰める。
「彼は人だ。
生活し、動き、選択する」
「……だから保留できない?」
「そうだ」
カルディアは肯定する。「保留は“止まっているもの”にしか使えない」
第三の回収者が、補足する。
「人格は、常に更新される」
「途中で止めることは、存在の否定に近い」
「それでも」
ユウキは言った。
「今までのやり方よりは、マシだ」
「比較の問題ではない」
カルディアの声が、わずかに強くなる。
「君の方法は、責任を先送りする」
「違う」
ユウキは首を振った。
「引き受けてる」
沈黙。
第三の回収者が、静かに告げる。
「引き受けた場合、
君は“保留の管理者”になる」
「管理者?」
「放置すれば事故になる」
「維持には、判断と介入が必要だ」
つまり――
逃げられない。
「ノアに使ったら、どうなる?」
ユウキが聞く。
「即座に不安定化はしない」
第三の回収者は答える。「だが、期限は無効化できない」
「猶予は?」
「君が持つ間だけ」
カルディアが、最後の一言を加える。
「ノアを保留するなら、
君が彼の“重さ”を引き受ける」
それは、宣告だった。
救えば終わり、ではない。
保留すれば続く。
ユウキは、ゆっくり息を吐いた。
「……なるほどな」
第四の選択肢は、逃げ道じゃない。
仕事が増えるだけだ。
だが、それでも。
「それでも、やる価値はある」
カルディアは、初めて表情を崩した。
わずかな――
苛立ち。
「だから君は危険なんだ」
第三の回収者が、静かに言う。
「君は、“正しさ”を否定しない」
「ただ、引き受ける量を増やす」
会議は、そこで終わった。
結論は出ない。
だが、条件は揃った。
ノアの案件に、
第四の選択肢は使える。
ただし――
ユウキが、代わりに期限を背負う。
塔を出た時、夕焼けが街を染めていた。
ユウキは思った。
ゴミ拾いは、
軽くする仕事だと思っていた。
でも今は違う。
これは――
重さを持つ仕事だ。




