それ、捨てられるはずの物でした。
その区画は、役所の地図でも端に追いやられていた。
「……廃棄予定地、か」
再開発前の一帯。
建物の取り壊しが決まっていて、
中身はすでに“価値なし”と判断されている。
俺は、いつも通り袋を担いで足を踏み入れた。
――入った瞬間、感覚が変わる。
「……多いな」
ゴミが、じゃない。
判断が必要な物が、だ。
まず目に入ったのは、錆びた指輪。
見覚えがある。
「……あ」
前に拾った、欠けた指輪と同じ系統だ。
近づくと、文字が浮かぶ。
《ゴミじゃない(※当社比)》
《零価再定義》
さらに、奥の瓦礫の下。
割れた魔石が転がっている。
普通なら触らない。
でも、今日は違った。
《拾得物最終配置》
「……派生、したな」
効果は、直感で分かる。
拾った物が、
“最終的に一番意味を持つ場所”を示す。
魔石は、今は持つな、と感じた。
代わりに、位置だけ覚える。
次に、焦げた箱。
中から出てきたのは、壊れた魔導具だった。
《廃棄物適正処理》
「……処理、ね」
分解すべき。
でも、捨てるな。
今日は、拾う。
そして、使わない。
袋の中には、
・錆びた指輪(2つ)
・割れた魔石
・壊れた魔導具
全部、ゴミ扱いのはずの物。
でも、頭の奥がはっきり言っている。
「……これは、今じゃない」
昼前、役所の担当が様子を見に来た。
「何か問題ありました?」
「いいえ。
ただ、捨てる前に確認した方がいい物がありました」
袋を覗いた瞬間、相手が息を止めた。
「……これ、どこに?」
「廃棄予定地です」
担当は何も言わず、
そっと袋を閉じた。
「……一旦、預かります。
処理はこちらで」
「分かりました」
その日の午後、街の空気が少し変わった。
市場裏のざわつきが消え、
人の流れが妙にスムーズになる。
俺は理由を考えなかった。
ゴミ拾いは、
拾う仕事で、置く仕事でもある。
それだけだ。
同じ頃――
ギルドの奥。
「……最近、装備が噛み合わねぇ」
勇者パーティの一人が、舌打ちした。
「街が変だ」
「何か、抜けてる感じがする」
誰もまだ、名前を知らない。
ただ、
“捨てられるはずだった物”が、
どこかへ消え始めていることだけは、
確実に感じていた。
役所に預けた袋は、その日のうちに戻ってこなかった。
代わりに、翌朝になって担当者が直接声をかけてきた。
「ユウキさん。
昨日の回収物ですが……少し確認に時間がかかります」
「問題ありました?」
「……いえ。
“問題がなさすぎる”のが問題です」
意味がよく分からないまま、地図を渡される。
「今日は、こちらの区画をお願いします」
「いつもより、静かな場所ですね」
「ええ。
最近、妙に安定しているので」
区画に向かう途中、空気が違うことに気づいた。
風が穏やかで、人の流れが詰まらない。
「……昨日と同じだ」
昨日拾った物を、使っていない。
それでも、街が落ち着いている。
頭の奥で、また感覚が動いた。
《拾得物最終配置》
拾った物は、
使われなくても“存在する場所”で機能する。
壊れた魔導具は、役所の地下保管庫へ。
割れた魔石は、再開発予定地の封鎖結界の一部へ。
錆びた指輪は――まだ、動かすな。
「……なるほど」
誰かが意図して設計したみたいだ。
でも、俺は設計していない。
昼過ぎ、ギルド前でマルタさんに会った。
「今日は静かだね」
「ですね」
「いい仕事した日ほど、
街は何も起きないもんさ」
飴を一つ渡される。
「派手なのは冒険者に任せな。
支える仕事は、気づかれないくらいが丁度いい」
その言葉が、昨日よりも深く染みた。
夕方、役所の掲示板に新しい紙が貼られていた。
《清掃区画・配置判断協力者》
名前は小さく、でも消されていない。
同じ頃、ギルド資料室。
リィナは、昨日から積み上がった報告書を読み返していた。
「……治安指数、微増」
「物流遅延、解消」
「魔力乱流、沈静化」
どれも、理由が書かれていない。
でも、彼女には分かっていた。
「“使っていない”のに、
効果が出ている……」
書類を一枚めくる。
廃棄予定地から回収された品目一覧。
指輪、魔石、魔導具。
全て、
**“処分済み扱い”**になっている。
「……捨てたことにされている」
リィナは、そっと記録を書き換えた。
「再配置済み(詳細非公開)」
そして、内部欄にだけ追記する。
「当人、無自覚」
その夜、勇者パーティの拠点。
「……魔石の出力が落ちてる」
「装備、昨日と同じなのに?」
苛立ちが、少しずつ溜まっていく。
「街が静かすぎる」
「何か、足りない」
誰もまだ、答えに辿り着かない。
でも、確実に起きている。
捨てられるはずだった物が、
街の中で役割を持ち始めている。
そしてそれは、
冒険者の“力の流れ”を、
静かに変えつつあった。
異変に最初に気づいたのは、勇者パーティの後衛だった。
「……街、静かすぎない?」
酒場の喧騒が、どこか軽い。
魔力の流れが、引っかからない。
「静かな方がいいだろ」
「いや、違う。
“何も起きなさすぎる”」
前なら、小競り合いが起きていた場所だ。
魔物の小規模侵入、装備トラブル、魔石暴走。
そういう“稼ぎ口”が、軒並み消えている。
「ダンジョンもだ」
別の男が吐き捨てる。
「事故が起きない。
だが、その分、ドロップが渋い」
誰かが、ふと呟いた。
「……奪われてる?」
その言葉に、場が静まった。
「何をだよ」
「分からん。でも、
“あったはずの何か”が無い」
答えは出ない。
ただ、苛立ちだけが残る。
同じ頃、役所では簡単な会議が開かれていた。
「廃棄予定地周辺、
魔力安定値が基準を超えました」
「理由は?」
「……不明です」
誰もが分かっていた。
理由はある。
ただ、説明できない。
担当者が一枚の書類を見つめる。
「……清掃担当、ユウキ」
名前を、初めて声に出した。
その瞬間、
資料室の奥で、リィナが小さく目を伏せた。
「……来たか」
彼女は記録を閉じ、
“回覧制限”の印を一つ押す。
「不要な接触、回避推奨」
理由は書かない。
それで十分だった。
夜、宿に戻った俺は、机の上の物を見下ろしていた。
錆びた指輪。
割れた魔石。
焦げた魔導具。
どれも、使っていない。
でも、捨ててもいない。
「……なんか、
最近静かだな」
そう思いながら、袋を畳む。
頭の奥で、最後に一つだけ文字が浮かんだ。
《世界から捨てられた者の手》
「……また物騒な名前だな」
意味は、今は分からない。
でも、悪い感触じゃない。
その夜、勇者パーティのリーダーが言った。
「調べろ」
「何を?」
「街だ。
……清掃の流れを」
誰かが、鼻で笑った。
「ゴミ拾いだろ?」
「だからだ」
静かに、言い切る。
「ゴミが消えた街は、
刃の向きが変わる」
まだ、出会わない。
まだ、名前は呼ばれない。
だが――
同じ街にいることだけは、
もう隠せなくなっていた。




