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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第5章

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拾われたもの

 ユウキは、もう一度だけ手を伸ばした。


 躊躇はなかった。

 決意とも違う。


 ただ、知ってしまっただけだ。


 そこにあると知ってしまったものを、

 なかったことにはできなかった。


 指先が、空気の中で止まる。


 《世界から捨てられた手》が、無音で展開した。


 回収対象:人格残滓(断片)

 状態:未確定/不完全

 警告:不可逆変更


 警告は、もう意味を持たない。


 ユウキは、掴んだ。


 瞬間、世界が一拍遅れた。


 音が、遅れて届く。

 風が、遅れて流れる。


 重さが、手の中に落ちた。


「……あ」


 それは、声にならなかった。


 作業台に肘をぶつけた痛み。

 時計の針を逆に差してしまった時の苛立ち。

 直らなかった理由を、誰にも言えなかった夜。


 名前は、まだ思い出せない。


 だが、“誰かだった”という事実だけが、

 確かな質量を持って存在している。


 ユウキのインベントリに、新しい表示が追加された。


 回収完了:未分類オブジェクト

 仮称:残滓No.01

 属性:不明

 処理状態:保留(手動管理)


 次の瞬間、背後の空気が裂けた。


「――確認」


 第三の回収者だ。


 今日は、距離が近い。

 人の形が、わずかにはっきりしている。


「回収を確認した」


 声に、揺らぎはない。


「それは、想定外ですか?」


 ユウキは振り返らずに聞いた。


「想定内だ」


 即答だった。


「だが、許容外」


 第三の回収者の足元で、白い線が広がる。

 工房跡地全体が、淡く発光した。


「返却を要求する」


「断ったら?」


「対処を行う」


 それは、脅しではない。

 天気予報と同じ口調だった。


 ユウキは、手を握りしめた。


 不思議と、怖くはなかった。


「これ、ゴミじゃない」


 ただ、それだけを言った。


「分類不能物は、廃棄対象だ」


「じゃあ俺が持つ」


 第三の回収者は、少しだけ首を傾けた。


「君は、その重さを維持できない」


「まだ分からないだろ」


 沈黙。


 その間に、世界が追いついてくる。


 音が戻り、

 風が戻り、

 “通常の時間”が再開する。


「……期限を変更する」


 第三の回収者が告げた。


「対象ノアの処理を一時停止」


 ユウキは、初めて振り返った。


「条件は?」


「回収物の経過観測」

 淡々とした声。「失敗した場合、即時是正」


 是正――

 それが何を意味するか、聞くまでもない。


「覚えておけ」


 第三の回収者は、最後に言った。


「拾った瞬間から、

 君も“未確定物”だ」


 光が消える。

 気配も消える。


 ユウキは、深く息を吐いた。


 インベントリの奥で、

 《残滓No.01》が、かすかに温度を持っている。


 これは救いじゃない。

 勝利でもない。


 ただの――開始だ。


 ノアの期限は止まった。


 代わりに、

 ユウキ自身が、期限付きになった。


 異変は、音もなく始まった。


 ユウキが目を覚ました時、部屋の空気がわずかに重い。


 息が詰まるほどではない。

 ただ、深呼吸に一拍必要になる。


「……気のせいか」


 そう思った瞬間、インベントリが勝手に開いた。


 未分類オブジェクト:残滓No.01

 状態:安定(仮)

 影響範囲:近距離


 “範囲”という表示は、今までなかった。


 ユウキが立ち上がると、床がきしんだ。

 古い建物だから、という説明が一瞬浮かぶ。


 だが次の瞬間、

 きしみ方が、作業台と同じ音だと気づいてしまう。


「……混ざってるな」


 午前の清掃作業中、最初に反応したのはミーナだった。


「ねえ、ユウキ」


「ん?」


「ここ、さっきまで何もなかったよね?」


 路地の隅。

 崩れたレンガの間に、古い歯車が落ちている。


 錆びていて、壊れている。

 完全にゴミだ。


 なのに。


 拾得対象:修復途中部品(未完)


 表示が、重なって見える。


「……あったことに、なってる」


 レオルが呟く。


 ユウキは、拾わなかった。


 代わりに、布で包んで脇に置く。


 その瞬間、

 空気が少しだけ軽くなった。


「今の、見た?」


 マルタが小声で聞く。


「見ました」

 ミーナははっきり言った。「空気、戻った」


 説明はできない。

 だが、全員が“感じている”。


 昼過ぎ、管理局から連絡が入った。


「観測値に変動あり」


 カルディアの声だ。


「君の周囲で、未確定物が増えている」


「俺が拾ったせい?」


「因果は否定しない」

 彼は言葉を選ばない。「だが、即時是正レベルではない」


「まだ?」


「まだ、だ」


 通話が切れた直後、

 ノアが現れた。


「こんにちは」


 声に、抑揚が戻っている。


 昨日より、明らかに違う。


「……顔色、いいな」


「そうですか?」

 ノアは首を傾げる。「夢を見たんです」


 全員が、固まった。


「工房で、時計を直してました」

 ノアは続ける。「まだ、直らなかったけど」


 その瞬間、

 ユウキのインベントリが微かに振動した。


 残滓No.01:反応確認

 共鳴:弱


 ミーナが小さく息を呑む。


「これ……戻ってきてる?」


「いや」

 ユウキは首を振った。「“混ざってる”だけだ」


 助かっていない。

 だが、消えてもいない。


 それは、最悪でもあり、希望でもある状態。


 夕方、屋上で一人になったユウキの前に、

 再び気配が立った。


「観測継続」


 第三の回収者だ。


「影響が出ている」


「想定内?」


「想定より、広い」


 一瞬の沈黙。


「だが――興味深い」


 その言葉は、初めてだった。


「君は、重さを“溜めていない”」


「持ち歩いてるだけだ」


「違う」

 第三の回収者は否定する。「分散している」


 それは、評価だった。


「このまま行けば、どうなる?」


「未確定物が、世界に再配置される」


「それは……」


「秩序ではない」

 淡々と告げる。「だが、破壊でもない」


 第三の回収者は、去り際に一言だけ残した。


「期限は、再設定される」


 ノアではない。


 ユウキ自身の期限だ。


 翌朝、管理局から正式な呼び出しがあった。


 場所は塔の中層。

 会議室と呼ぶには、あまりに簡素な部屋だ。


 円卓もない。

 椅子は直線に並び、向かい合う形ですらない。


 議論をしないための配置だった。


「着席を」


 声をかけたのはカルディアではない。


 短く刈り込んだ髪。

 無駄のない服装。

 目だけが、異様に冷静だ。


「第二運用課、カルディア=ロウレンス」


 名乗りはしたが、挨拶ではなかった。


「君の案件を引き継ぐ」


 その一言で、空気が変わる。


「引き継ぐ?」


「観測フェーズは終了した」

 カルディアは淡々と続ける。「結論が出た」


 端末が起動され、映像が浮かぶ。


 ユウキの周囲。

 街の一角。

 ノアの生活圏。


 どれも、微妙に歪んでいる。


「未確定物の分散が確認された」

「影響は局所的だが、再現性がある」


 カルディアは視線を上げた。


「――管理不能だ」


 その言葉に、感情は乗っていない。


「分散は、予測できない」

「予測できないものは、事故を生む」

「事故は、被害を出す」


 三段論法。

 切り捨てるための理屈。


「だから、是正する」


「是正って?」


 ユウキが聞く。


「回収物の完全回収」

 カルディアは即答した。「君から切り離す」


「無理だ」


「可能だ」

 声が重なる。


 第三の回収者だ。


 いつの間にか、部屋の隅に立っている。


「回収は実行可能」

「対象ユウキの機能を停止すればいい」


 “機能”。


 その言葉が、ユウキの胸に引っかかる。


「俺は、物じゃない」


「未確定物だ」

 第三の回収者は訂正する。「今は」


 カルディアが続ける。


「選択肢は三つある」


 端末に、三行の文字が浮かぶ。

1.即時回収

 残滓No.01を切り離し、通常処理へ移行

 影響は消失

 対象ノアは、元の処理フローへ戻る

2.期限付き観測

 ユウキを含む一帯を隔離

 外部接触制限

 期限後、自動是正

3.自己破棄申請

 《世界から捨てられた手》の権限返上

 以後、回収者としての活動不可


「どれも、正しい」


 カルディアは言った。


「どれも、被害を最小化する」


 ユウキは、黙って画面を見ていた。


 どれも、ノアを救わない。

 どれも、残滓を残さない。


 どれも、“なかったこと”にする。


「選択期限は?」


「24時間」


 第三の回収者が告げる。


「期限超過の場合、1を自動実行する」


 部屋を出る時、カルディアが一言だけ残した。


「君は、優秀だ」


 その言葉は、慰めではなかった。


「だから、危険だ」


 塔を出ると、街はいつも通りだった。


 人は歩き、

 笑い、

 ゴミは落ちている。


 ユウキのインベントリで、

 《残滓No.01》が、わずかに震えた。


 逃げ場はない。


 だが――

 まだ、選んでいない。


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