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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第5章

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期限付き案件

 王都管理局・第二運用課の会議室は、空気が重かった。


 書類の山の向こうで、カルディア=ロウレンスが淡々と口を開く。


「本日付で、未確定案件に期限を設ける」


 一瞬、ざわめきが走った。


「対象は三件」

 カルディアは指を動かす。「倉庫案件、地下水路、そして――市民影響案件」


 その言葉で、ユウキはわずかに視線を上げた。


「市民?」


「一般人だ」

 カルディアは即答した。「職業未割当。役割欄空白。適性が安定しない」


 エルディンが口を挟む。


「軽微な影響と報告されているはずだ」


「“今のところは”な」

 カルディアは冷静に返す。「だが蓄積している」


 書類が一枚、ユウキの前に滑らされる。


 名前:ノア

 年齢:二十前後

 職業:――

 役割:未割当


「本人の申告では、生活は成立している」

 カルディアは続ける。「だが、統計上この状態が続いた例はない」


「……どうなるんですか」


 ユウキが聞いた。


「二つに一つだ」

 カルディアは言う。「回収か、軽量化」


 室内が静まり返る。


「期限は七日」

 カルディアは視線を上げた。「七日以内に、どちらかを選ぶ」


「選ばなかったら?」


「管理局が判断する」


 その言葉に、ミーナが歯を噛みしめる。


「それって……」


「処理だ」

 カルディアは言い切った。「被害が拡大する前に」


 会議は、それで終わった。



 その日の午後。

 ユウキは王都外れの下町を歩いていた。


 狭い路地。

 洗濯物。

 昼間から開いている小さな食堂。


 特別な場所じゃない。


「……ここか」


 指定された住所の前で立ち止まる。


 扉をノックすると、少し遅れて返事があった。


「はい……?」


 現れたのは、年若い青年だった。

 疲れているようにも、元気なようにも見える。


「ノアさん?」


「そうですけど」


 ユウキは名乗った。


「管理局の……清掃担当です」


 一瞬、ノアが首を傾げる。


「清掃?」


「ええ」

 ユウキは苦笑した。「生活状況の確認、みたいな」


 部屋は狭い。

 だが、きちんと片づいている。


「特に困ってることは?」


 ノアは少し考えてから答えた。


「困ってる、ってほどじゃないです」


「仕事は?」


「あります」

 ノアは肩をすくめた。「長くは続かないですけど」


「理由は?」


「分からないんです」

 ノアは笑った。「昨日できたことが、今日はできなくなるんで」


 ユウキは黙って聞いていた。


「……変ですよね」


 ノアが言う。


「鑑定すると、空白なんです」

 胸のあたりを指さす。「役割欄」


「怖くない?」


「……少し」

 ノアは正直に言った。「でも、生きてはいけます」


 ユウキは、その言葉に引っかかった。


「じゃあ、何が怖い?」


 ノアは、少し間を置いてから答えた。


「選ばれないままなのが」


 その瞬間、ユウキの中で何かが軋んだ。


 インベントリが、微かに震える。


 《世界から捨てられた手》。


 まだ、何も起きていない。

 だが確実に――動き始めている。


「……七日ある」


 ユウキはそう言って立ち上がった。


「七日?」


「いえ、独り言です」


 ノアは首を傾げたが、追及しなかった。


 部屋を出た瞬間、ユウキは深く息を吸う。


 七日。

 遅らせられるのは、七日。


 それは、十分な時間なのか。

 それとも――短すぎる猶予なのか。


 答えは、まだ出ていなかった。


 ノアの部屋を出てから、ユウキはすぐに管理局へ戻らなかった。


 下町を一周し、露店の並ぶ通りを抜け、仕事帰りの人波に混じる。

 “普通の生活”が、そこにある。


「……普通だな」


 独り言は、誰にも拾われない。


 翌日。

 管理局の簡易報告窓口で、ミーナが資料をめくっていた。


「ノア、昨日は日雇いで倉庫整理」

 彼女は淡々と読む。「評価は“可もなく不可もなく”」


「昨日は、ね」


 ユウキが言うと、ミーナは一枚紙をずらした。


「問題は今日」


 新しい紙には、同じ倉庫名。

 同じ作業内容。


「……不合格?」


「正確には“配置転換”」

 ミーナは眉をひそめる。「理由が書いてない」


 ガルドが鼻を鳴らす。


「昨日できて、今日できねえってどういうことだよ」


「役割が揺れてる」

 ミーナは即答した。「適性が固定されてない」


 昼過ぎ、ユウキは再びノアの元を訪ねた。


「早いですね」


 ノアは苦笑しながら迎えた。

 昨日より、少し疲れている。


「仕事、どうだった?」


「今日は……ダメでした」

 ノアはあっさり言う。「倉庫で“向いてない”って」


「昨日は?」


「褒められました」


 ユウキは、胸の奥がひりつくのを感じた。


「体調は?」


「大丈夫です」

 ノアは言ったが、少し考えてから付け足す。「……たぶん」


 ノアは机の上のコップを取ろうとして、指を止めた。


「……あれ?」


 掴めない。

 距離感が、微妙に狂っている。


「目、悪い?」


「分かりません」

 ノアは首を振る。「さっきまで普通だったんですけど」


 一瞬だけ、ユウキの視界に文字が浮かぶ。


 ――適性再計算中


 すぐに消える。


「……ノア」


 ユウキは声を低くした。


「最近、“できないこと”増えてない?」


「増えてます」

 ノアは、迷いなく答えた。「でも、減る日もあります」


「怖くない?」


「……慣れます」

 ノアは笑おうとして、うまくいかなかった。


 その日の夕方。

 管理局に戻ると、カルディアが待っていた。


「報告は?」


「生活は成立しています」

 ユウキは事実だけを言った。


「それだけか?」


「……揺れています」


 カルディアは頷いた。


「想定内だ。未割当状態が続けば、そうなる」


「治る可能性は?」


「ない」

 即答だった。「いずれ、どちらかに収束する」


「回収か、軽量化」


「そうだ」


 カルディアは書類を閉じる。


「期限は残り六日」


 数字が、重く落ちた。


「君が遅らせている間にも、ノイズは増える」

 カルディアは静かに言う。「彼一人の話じゃない」


「……分かってます」


「本当に?」


 その問いに、ユウキは答えられなかった。


 夜。

 ユウキは一人、路地に立っていた。


 掃かれた跡。

 拾われない箱。


 それらが、今日は少しだけ歪んで見える。


「……遅らせるだけじゃ、足りないのか」


 インベントリの奥で、

 《世界から捨てられた手》が、低く脈打つ。


 拾うな。

 でも、消させるな。


 その両立が、

 少しずつ――崩れ始めていた。


 翌日、管理局から緊急連絡が入った。


「市民影響案件、追加報告」

 事務官の声は淡々としている。「対象は別件です」


 ユウキが現場に着いた時、すでに規制線が張られていた。


 場所は下町の外れ。

 小さな工房だった跡地。


「……死者は?」


 ミーナが聞く。


「なし」

 答えたのはカルディアだった。「被害者もいない」


 建物の中は、きれいだった。

 壊れた形跡も、争った跡もない。


 ただ――何も残っていない。


「ここで何が起きたんですか」


「軽量化だ」

 カルディアは即答した。


 床に、白い線が残っている。

 倉庫で見たものと似ているが、もっと簡潔だ。


「役割未割当の市民が一名」

 カルディアは書類を読み上げる。「生活困難。適性不安定。事故率上昇」


「ノアとは別?」


「ああ」

 カルディアは頷く。「だから、見せた」


 その瞬間、空気が軽くなった。


 違和感は、ほとんどない。

 嫌な臭いも、音も、感情の残滓もない。


 ただ、重さが消えている。


「……これが“正しい処理”?」


 ユウキの声は低かった。


「そうだ」

 カルディアは肯定する。「誰も傷ついていない」


「消えた本人は?」


「存在は継続している」

 カルディアは言葉を選ぶ。「“整理”された形で」


「どこに?」


「どこにも属さない」

 カルディアは答える。「役割を持たない存在は、役割のない形で残る」


 それは、説明になっていなかった。


 だが、否定もできない。


 その時、ユウキの背後で空気が揺れた。


「――確認完了」


 第三の回収者だ。


 姿は、はっきりしない。

 だが声だけで、十分だった。


「対象は軽かった」

 淡々と告げる。「処理は適正」


「本人の意思は?」

 ユウキが問う。


「確認不要」


 即答だった。


「意思は、重さにならない」


 ユウキの中で、何かがきしんだ。


「……ノアも?」


 第三の回収者は、少しだけ間を置いた。


「期限内に判断されなければ、同様の処理が行われる」


 ミーナが息を詰める。


「それは……」


「救済だ」

 第三の回収者は言った。「被害を広げないための」


 カルディアも、否定しなかった。


「これが現実だ、ユウキ」

 彼は静かに言う。「君が遅らせている間にも、世界は選んでいる」


 工房の奥に、小さな棚があった。

 棚は空だ。


 だが、ユウキには分かった。


 何かが、ここにあった。


 笑い方。

 癖。

 名前。


 それらが、きれいに消えている。


「……正しいな」


 ユウキは、そう言った。


 その言葉に、第三の回収者は何も返さなかった。


 カルディアも、同じだ。


「正しい」

 ユウキはもう一度言った。「だから、怖い」


 その夜。

 ノアの部屋を訪ねると、明かりがついていた。


「また来ましたね」


 ノアは少し元気そうだった。


「今日は、どうでした?」


「……普通です」


 その言葉に、ユウキは救われた気がした。


 だが同時に、焦りも生まれる。


 期限は残り五日。


 “正しい処理”は、もう実例として存在している。


 インベントリの奥で、

 《世界から捨てられた手》が、はっきりと待っていた。


 拾うのか。

 拾わないのか。


 どちらも、もう“無傷”では済まない。

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