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異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第4章

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そこに、最初からいた

 その日の清掃は、拍子抜けするほど順調だった。

 罠の反応なし。危険物なし。スキルの警告も出ない。


「……平和ですね」


 レオルが言う。


「こういう日が一番信用できないのよ」

 ミーナは周囲を見渡しながら返す。


「何もねぇってのも、逆に不安だな」

 ガルドが肩を回した。


 ユウキは頷きながら、床の埃を払い、壁際の瓦礫を回収していた。


【拾得物最適化指令:沈黙】


「……」


 反応しない。

 ここ最近では、もう慣れつつある沈黙だ。


 通路を一つ抜けた、その先で。


 気づいた時には、いた。


 通路の中央。

 こちらを遮るようでもなく、逃げるようでもなく、ただ立っている。


「――っ」


 レオルが息を飲んだ。


 人型だ。

 確かに腕があり、脚があり、頭がある。


 だが、それ以上の情報が、頭に入ってこない。


 性別が分からない。

 年齢も分からない。

 人間なのかどうかも、判断できない。


 服装はある。だが、所属を示す印はない。

 装備も持っているように見えるが、武器と断定できない。


 何より――


【拾得物最適化指令:沈黙】

【零価再定義:沈黙】

【路傍の神託:沈黙】


 すべての反応が、完全に止まっていた。


「……ユウキ」

 ミーナが低く言う。「これ、見えてるわよね?」


「見えてる」

 ユウキは答えた。


 人型の存在は、こちらを見ている。

 だが、視線が合っている感覚がない。


「初めてだ」


 声は低くも高くもない。

 はっきりした発音なのに、性別を感じさせない。


「拾うのを、やめたか」


 ユウキは一瞬だけ考え、正直に答えた。


「忠告だったからね」


「従順だな」


「面倒を増やしたくないだけ」


 沈黙が落ちる。

 敵意はない。だが、安心もない。


「……名乗らないの?」

 ユウキが聞いた。


 人型は、首を少し傾げた。


「名は、残る」


「残したくない?」


「残す必要がない」


 その言葉を聞いた瞬間、ユウキは確信した。


――こいつが、第三の回収者だ。


「ここは、もう回収済みだ」

 人型は淡々と言う。「君が触る必要はない」


「全部?」


「必要な分だけ」


「……必要じゃないものは?」


「存在しなかったことにする」


 ミーナが、思わず一歩前に出た。


「それ、危険じゃない?」


 人型はミーナを見た。

 だが、評価するような視線ではない。


「危険は、記録されることで増える」


「逆よ」

 ミーナは言った。「記録しない方が、あとで被害が出る」


 人型は、しばらく黙っていた。


「だから、君たちは重い」


 ユウキは、少しだけ笑った。


「そうかもね。でも――」


 彼は床に落ちていた小さな欠片を拾い、袋に入れた。


「重いものを拾うのが、俺の仕事だ」


 その瞬間、人型の存在感が、わずかに揺れた。


「……次は、触るな」


 そう言い残し、人型は通路の奥へ歩き出した。


 足音は、最後まで聞こえなかった。


 残された通路は、相変わらず静かだ。

 だが今度は、何もない静けさではなかった。


「……行きましたね」

 レオルがようやく息を吐く。


「行った、というより」

 ミーナが呟く。「最初から、通り過ぎただけ」


 ユウキは袋の中の欠片を見下ろした。


【とりあえず拾っとく 発動】


「……やっぱり、拾わないは無理だな」


 誰も否定しなかった。


 人型の存在は、通路の奥で立ち止まっていた。

 背中を向けているはずなのに、こちらを見られている気がする。


「……まだ、話は終わってない」


 ユウキがそう言うと、足音もなく振り返った。


「続ける理由はない」


「あるよ」

 ユウキは即答した。「同じことをしてるから」


 一瞬、空気が止まる。


「違う」


 人型は淡々と言った。


「君は拾う。私は消す」


「回収してる点は同じだろ」


「回収ではない」

 人型は首を振る。「軽量化だ」


「世界を軽くする?」


「そうだ」


 ミーナが口を挟む。


「軽くしすぎると、壊れるわ」


「壊れるのは、溜め込むからだ」


 人型は壁に触れ、指先で埃を払った。

 その埃は、空中で形を失い、消えた。


「役割、失敗、未使用の機能。世界はそれらを抱えすぎている」


「だから、消す?」


「忘れる」


 ユウキは静かに聞いていた。


「忘れたら、同じ失敗を繰り返す」


「記録があるから、繰り返す」


 即答だった。


「重い記録は、世界の動きを遅くする。だから――」


「だから、名前も残さない?」


 人型は一瞬だけ黙った。


「名は、縛りだ」


「俺は呼びたいな」

 ユウキは言った。「名前がないと、拾えない」


「拾わなくていい」


「拾うよ」


 二人の言葉は、最後まで噛み合わない。


 ガルドが低く唸った。


「……これ、どっちが正しいんだ?」


「正しさはない」

 人型が答える。「あるのは、方向性だけだ」


 ミーナが一歩前に出た。


「じゃあ、あなたはユウキをどうするつもり?」


 人型は、少しだけ考える仕草をした。


「観測する」


「危険視は?」


「している」


「排除は?」


「しない」


 即答だった。


「君は、まだ残す側だ」


 ユウキは肩をすくめた。


「そりゃどうも」


 沈黙が落ちる。

 敵ではない。味方でもない。


「一つだけ、教えて」

 ユウキが言う。「俺が拾ったら、どうなる?」


「重くなる」


「そっちが消したら?」


「軽くなる」


「……世界は?」


 人型は、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。


「どちらにも耐える」


 それが答えだった。


「だから、次は触るな」


 再び同じ言葉。

 だが今度は、警告というより忠告に近かった。


 人型は歩き出し、今度こそ止まらなかった。


 音も、痕跡も、残さずに。


 残された通路に、ユウキたちは立ち尽くした。


「……あれ、人間だったんでしょうか」


 レオルが呟く。


「分からないわね」

 ミーナが答える。「でも、少なくとも“普通”じゃない」


 ユウキは袋の中の欠片を、そっと撫でた。


「普通じゃないなら、なおさら拾う」


「やめとけよ……」

 ガルドが苦笑する。


「無理だな」

 ユウキは笑った。「それが仕事だ」


 インベントリの奥で、金属箱が、ほんのわずかに熱を持った。


 王都管理局・第三監査課の仮詰所は、今日も静かだった。

 静かすぎて、逆に仕事が進んでいないことがよく分かる。


「で?」

 エルディン=クロウは、ユウキたちを順に見て言った。

「“人型で、人間かどうか分からず、スキル反応ゼロ。痕跡も残らない存在”が出た、と」


「はい」

 ユウキは素直に頷いた。「消してました」


「何を」


「ゴミを」


 エルディンはペンを止めた。


「……“ゴミ”の定義は?」


「世界から不要って判断されたもの」


 ミーナが即座に補足する。


「でも“不要”かどうかは、誰が決めたか分からない」


「決めていない可能性もある」

 エルディンは淡々と書き足した。「世界そのものが処理している、か」


 書類の角が一枚、破られた。


「これは報告書に書けないな」


「でしょうね」

 ユウキは軽く言った。「俺も書けなかった」


 エルディンは少しだけ、口元を歪めた。


「君はいつもそうだ。重要なところだけ“拾ってくる”」


「仕事ですから」


「厄介な」


 そう言いながら、エルディンは別の書類を取り出した。

 表紙には何も書かれていない。


「第三の回収者。仮称だが――過去にも似た記録はある」


「やっぱり」


「ただし、全て断片だ」

 エルディンは指で机を叩いた。「共通点は一つ。どれも途中で消えている」


「回収者が?」


「記録がだ」


 部屋の空気が少し重くなる。


「消された?」


「整理された、と言った方が近い」

 エルディンはユウキを見る。「君とは逆だな」


「俺は残す側なんで」


「だから呼んだ」


 その一言で、場の意味が変わった。


「王都管理局として、君を正式に“協力対象”に指定する」


「雇用ですか?」


「違う」

 エルディンは首を振る。「接触可能な例外だ」


「嫌な言い方だなあ」


「褒めている」


 ガルドが腕を組む。


「つまり?」


「つまり」

 エルディンは言った。「今後、君が拾うものは“現場案件”になる」


 ユウキは一瞬考えてから、頷いた。


「ゴミ拾いは続けていい?」


「むしろ、続けろ」


「給料は?」


「出る」


 即答だった。


「マルタさんとリィナさんの分も?」


「検討済みだ」


 ユウキは、そこで初めて少し真剣な顔になった。


「じゃあ、やります」


 エルディンはペンを置いた。


「覚悟は?」


「ないです」


「正直だな」


「そのうち拾います」


 その返答に、エルディンは小さく息を吐いた。


「……最後に一つだけ」


「なんです?」


「第三の回収者は、また来る」


「でしょうね」


「次は警告ではないかもしれない」


 ユウキは肩をすくめた。


「その時はその時で」


 インベントリの奥で、《世界から捨てられた手》が、静かに反応した。

 まるで、何かを思い出そうとしているかのように。


 世界はまだ、軽くも重くもなっていない。


 だが確実に――

 動き始めていた。


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