表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したのに職業欄が「無職(要相談)」から動かず、最速で追放された結果、生活費のためにゴミ拾いしています  作者: Y.K
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/96

ギルドがなくなった日の、その後

 冒険者ギルドの建物は、まだそこにあった。

 看板は外され、受付カウンターは布で覆われ、掲示板には何も貼られていない。


「……静かになったわねぇ」


 マルタは掃除用の布を絞りながら、ぽつりと言った。

 いつもなら朝から騒がしかったホールは、今は自分の足音だけが響く。


「人がいないギルドって、こんなに広かったんですね」


 リィナは書類棚の整理をしながら答えた。

 残されたのは、冒険者名簿、未処理依頼、そして大量の“途中で終わった記録”。


「広いし、寒いし……なんだか落ち着かないわ」


「でも、仕事は減りましたよ」


「そうねぇ」

 マルタは苦笑した。「クレームも、無茶な依頼も、責任押し付けも、全部なくなった」


 代わりに増えたのは、事務的な後処理だけだ。


「管理局の人、また来てましたね」


「ええ。書類の山だけ残して」


「役所ですね……」


 二人は顔を見合わせて、少し笑った。


 しばらくして、リィナが小さく口を開く。


「……ユウキさん、大丈夫でしょうか」


「大丈夫よ」

 マルタは即答した。「あの子、心配されるの苦手だもの」


「でも、冒険者じゃなくなって……」


「最初から、冒険者らしくなかったじゃない」

 マルタは布を置き、腕を組む。「拾って、直して、誰にも怒られずに帰ってくる。あれ、冒険じゃなくて生活よ」


 リィナは少し考えてから、頷いた。


「確かに……」


 受付の奥、使われなくなった机の引き出しから、リィナは小さな袋を取り出した。


「これ、前にユウキさんが落としていったんです」


「何かしら?」


「飴です。……多分、マルタさんの」


「やだ、あの子ったら」


 マルタは袋を受け取り、くすっと笑った。


「拾うもの、間違ってないわね」


 その時、外から声がした。


「すみませーん、ここ、もう使ってないんですか?」


 振り返ると、若い冒険者崩れが二人、困った顔で立っている。


「依頼板、なくなったって聞いて……」


 マルタは一瞬だけ迷い、それから穏やかに言った。


「もう冒険者の仕事は扱ってないの。でも――」


 リィナが静かに続ける。


「管理局の窓口なら、別の仕事があります。危なくないとは言いませんが、ちゃんと帰れます」


 若者たちは顔を見合わせ、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます」


 二人が去った後、マルタは息を吐いた。


「世界、ちゃんと回ってるわね」


「ええ」

 リィナは書類棚を見渡す。「形は変わりましたけど」


 マルタは袋から飴を一つ取り出し、口に入れた。


「それに、あの子が拾ってる限り、大丈夫よ」


 リィナは小さく笑った。


「ええ。きっと、また面倒なものを拾ってきます」


 ギルドはなくなった。

 でも、人は困るし、仕事は残る。


 だから今日も、二人はここにいる。


 管理外区画の入口に、封印札が一枚だけ貼られていた。

 新しい。だが、管理局の様式ではない。


「……これ、誰の仕事?」

 レオルが札を指さす。


「管理局じゃないわね」

 ミーナは一目で否定した。「規格が違う」


「冒険者でもねぇな」

 ガルドが鼻を鳴らす。「字が丁寧すぎる」


 ユウキは黙って札を外した。

 視界に、反応は出ない。


【拾得物最適化指令:沈黙】

【回収対象なし】


「……やっぱり、反応しない」


「前と同じ?」

「うん。何も“拾うな”って言われてる感じ」


 中は、整っていた。

 通路は片付けられ、罠は解体され、危険物は影も形もない。掃除の質が高すぎる。


「清掃、完璧じゃない?」

 ミーナが呟く。


「しかも、余計なものまで持ってってない」

 ユウキは床の擦れ跡を見た。「必要なものだけ、正確に」


 奥の小部屋。

 そこには、空の台座があった。周囲に、何かが置かれていた痕跡だけが残る。


【零価再定義:未反応】

【未割当物件:検出不可】


「……持ってかれたな」

 ガルドが言う。


「しかも、世界に痕跡を残さずに」

 ミーナが続ける。


 ユウキは、インベントリの奥を意識した。

 金属箱は、静かなままだ。


「俺と違う」

 ユウキは言った。「拾った“あと”を消してる」


「できるの?」

 レオルが不安そうに聞く。


「できる。……やり方を知ってれば」


 その瞬間、壁際に落ちていた紙片が、風もないのに転がった。


【路傍の神託:断片】

――回収完了。記録は残すな。


 ユウキは紙片を拾い、苦笑した。


「……メモを落とすなよ」


「ギャグにするところ?」

 ミーナが半目になる。


「する。しないと、気分が重くなる」


 出口へ戻る途中、レオルが小さく言った。


「その人……敵ですか?」


「分からない」

 ユウキは正直に答えた。「少なくとも、雑じゃない」


「褒めてない?」

「評価はしてる」


 外に出ると、札が一枚、追加で貼られていた。

 同じ字だ。だが今度は短い。


――次は、触るな。


「……忠告?」

 ガルドが眉をひそめる。


「警告ね」

 ミーナが即答する。


 ユウキは札を見て、肩をすくめた。


「了解。じゃあ――正直に書く」


 誰も止めなかった。


 第三の回収者は、確かに存在する。

 そして、ユウキのことを知っている。


 それだけで、十分に面倒だった。


 報告室の空気は、いつもより重かった。

 ユウキが差し出した書類を、エルディン=クロウは黙って読み進めている。


 ページをめくる音だけが、規則正しく響いた。


「……封印札、非公式。清掃痕跡あり。回収対象、検出不可」


 エルディンは淡々と読み上げ、最後の一文で止まった。


「――“次は、触るな”」


 顔を上げる。


「この文言を、そのまま書いたのは君か?」


「はい」

 ユウキは即答した。「そのまま書かないと、後で面倒になるので」


「正しい判断だ」


 それだけ言って、エルディンは書類を閉じた。


「……怒られないんですか?」

 レオルが恐る恐る聞く。


「怒る理由がない」

 エルディンは淡々と答える。「これは“命令”ではない。“意思表示”だ」


「意思表示?」

 ミーナが眉をひそめる。


「そうだ。相手は、君たちを排除していない。ただし、干渉も望んでいない」


「じゃあ敵じゃない?」

 ガルドが聞く。


「敵かどうかは未確定だ」

 エルディンは即答する。「だが、管理局としては――」


 彼は一瞬だけ言葉を切った。


「関与できない案件と判断する」


 部屋が静まり返った。


「放置、ですか?」

 ユウキが聞く。


「監視だ」

 エルディンは訂正した。「記録は取る。だが、介入はしない」


「それ、現場に丸投げじゃないですか」


「役所の仕事は、線を引くことだ」

 エルディンは感情なく言った。「この件は、線の外だ」


 ユウキは少し考えてから、頷いた。


「分かりました。じゃあ――拾わない」


「それでいい」


 だが、エルディンは続けた。


「ただし、一点だけ」


「何です?」


「相手が“触るな”と言ったのは、管理局に対してではない」


 ユウキは目を細めた。


「……俺に、ですか」


「そうだ」


 エルディンは初めて、はっきりとした調子で言った。


「第三の回収者は、君を同類と認識している」


 レオルが息を飲む。

 ミーナは黙ったまま、書類の端を押さえた。


「同類って、光栄なのか嫌なのか分からないなぁ」


「光栄ではない」

 エルディンは否定する。「警戒対象だ」


 ユウキは苦笑した。


「……世界のゴミ拾い、思ったより狭い世界ですね」


「狭いからこそ、目立つ」

 エルディンは視線を落とす。「君は、すでに目立っている」


 話はそれで終わった。


 管理局を出た後、誰もすぐには口を開かなかった。


「……拾わない、で済むと思います?」

 レオルが小さく聞く。


「済まないわね」

 ミーナが即答する。


「向こうから来る可能性もある」

 ガルドが腕を組む。


 ユウキは空を見上げ、肩をすくめた。


「まぁ、その時はその時だよ」


 インベントリの奥で、金属箱は相変わらず沈黙している。


 だが――

 沈黙していること自体が、今は一番の異常だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ